魔法科の御伽魔法書   作:薔薇大書館の管理人

212 / 453
女の火花が散る~!!…展開を回避できてよかったな、深雪。





淡い期待の断念

 

 

 

 

 

 

 亜夜子が再び腰を下ろしたところで水波がテーブルにお茶を並べる。

 

 

 「すみません、こんな夜更けに……ですが明日の午前中には浜松に戻らなければならないものですから。」

 

 

 文弥が前口上らしきものを切り出した事で、ようやく場の雰囲気が落ち着いた。

 

 

 「夜更けというほど遅い時間でもないさ。」

 

 

 日も変わっていない時間帯だから、文弥の前口上をやんわりと否定する達也。しかし、ふと浮かんできた事を優しく見つめる視線で二人に言う。

 

 

 「そう言えばまだ言っていなかったな。四高合格おめでとう。」

 

 

 「二人の実力でしたら当然でしょうけど。おめでとう、亜夜子さん、文弥君。」

 

 

 達也の台詞を受けて、深雪が笑顔でお祝いを述べる。合格発表どころか入学式から既に一週間が経っていたが、直接話をするのは三か月ぶりだ。

 

 

 「ありがとうございます、達也さん、深雪お姉さま。」

 

 

 「本当は第一高校への進学を考えていたのですが。」

 

 

 亜夜子が謝辞を述べ、文弥が苦笑いというには少しばかり苦味が効きすぎている表情で姉に続いた。

 

 

 「僕たちが一か所に集まり過ぎるのはよくないと言われて。」

 

 

 「叔母様がそう仰ったの?」

 

 

 深雪の問いかけに頷いたのは亜夜子だった。

 

 

 「ご当主様より直接お言葉を頂いたわけではありませんけど。」

 

 

 「葉山さんを通じて父に指図がありまして、一高進学は諦めました。」

 

 

 深雪の問いかけに答える二人はその言葉を聞かされた時の事を思い出す。

 

 

 いよいよ高校生になる亜夜子と文弥が真っ先に進学する高校を選んだのが、達也たちが通う一高だった。

 今まで、会う機会が少ない上に、父親から尊敬する達也と接点を持つ事を快く思われていなかったため、なかなか達也と話をする時間も十分に手にする事が出来なかった。でも、同じ高校に進学すれば、これまでの日々が嘘のように、毎日達也と会える学校生活に二人が早くも浮かれるのは当然だ。

 自分達の実力も二人に負けないほどだと自他共に認めているし、試験や入学自体に悩みを抱くほどでもない。

 

 (これを普通の少年少女が聞けば波乱が起きそうだが。)

 

 

 だから、試験がまだだというのに、二人の話は一高に入学した時いかに自然と達也に接触するか…という既に決まった将来のように盛り上がっていた。

 しかし、父親から葉山さんを通じてもたらされた一高進学を辞退せよという進言に本当に心底落ち込んだ。

 亜夜子はこれでようやく深雪とも正々堂々真っ向勝負で達也にアタックできると思っていた事もあって、衝撃は甚大だ。いや、甚大と言えば文弥も同じだ。尊敬する達也のヒーロー姿を間近で拝む事が出来ると思っていただけに、数日は抜け殻状態だった。

 

 亜夜子と文弥の父親である黒羽貢は、二人の落ち込み様に任務では決して見せない激しい動揺を見せ、馬鹿親っぷりを発揮し、ご機嫌取りに徹する。しかし、その反面、快く思っていない達也と自分の愛する子供達を一緒の高校に通わせるという危機に直面する事を回避できたと、従兄弟である真夜に心の中で感謝していた。

 

 相当落ち込んだ二人だったが、ご当主様からの命令を断るなんて真似は出来ない。

 

 そこで、二人はせめて達也と会話できるネタがとれる四高に進学する事に決めた。四高は技術的な意義の高い複雑で工程の多い魔法を重視する側面を持っている。これなら九校戦で技術者として力を見せつけた達也とも話す機会ができるだろう…。

 そう考える事にして、二人は一高への進学を諦め、代わりに四高への進学を決め、見事に(難なく)入学する事が出来たのだった。

 

 

 …その時の事を思い出したが、すぐに現実に復帰する。

 

 

 本心はともかくその表情を見る限り亜夜子はそれほど拘っていたわけでもなさそうだが、文弥はかなり未練を残している顔だ。

 

 達也と深雪は二人の表情を見てそう思ったが、亜夜子も一高進学を断念したのが悔しかったのだ。拘ってなさそうに見えたのは、任務の上での表情を読み取れないようにしている賜物であり、気持ちの持ち方を心得ているからである。

 それに比べて、文弥は断念することになった記憶を思い出し、復帰したのはいいが、あの時の悔しさが沁みだしてきて、自分の気持ちに整理がついていないだけである。

 

 もし、主席合格すれば、生徒会に入れて、達也と堂々と先輩後輩の関係でいれるのに!という願望があっただけに悔しさもかなりあるのだろう。

 …主席合格するのは当然として考えていて、しかも達也が生徒会入りするのが今年の4月からだとこれも当然として知っている文弥の計画自体が凄いが。

 

 

 しかし……

 

 

 「叔母上に禁じられたのなら仕方ないさ。」

 

 

 達也も二人が自分に懐いてくれているのは理解している。だから、その二人の期待を裏切らないように、残念そうな声を出した。本当は二人が一高に入学してもしなくてもどっちでもよかったんだが。それをこの場で暴露するほど、達也は馬鹿ではない。

 

 

 達也は一応、残念そうな声を出して文弥を慰め、さりげなく話題を変えた。

 

 

 

 

 




亜夜子と文弥にとっては、一高進学が当たり前だったんだよね。しかも生徒会入りが当たり前ときましたよ。でも、二人ならやりそうだね。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。