視点としては…、亜夜子と文弥でいきましょう!
西暦二〇九六年四月十四日、土曜日の夜。
事実上、達也たち兄妹の家に珍しい客が訪問してきた。
四葉家の分家筋に当たる黒羽家の血を持つ、黒羽亜夜子と文弥の双子だった。
二人は、葉山さんに渡された地図データを何度も確認し、目の前の平凡な家が自分達が憧れて尊敬する再従兄弟が住んでいるのか疑いたくなる眼差しを向けながら、もっと相応しい住宅に住まうべきだとという認識を高める。
しかし、今日の目的は当主様からの命令を伝えるためだ。
自分達の納得できない気持ちは一旦棚上げにして、門柱の呼び鈴を押す。
『はい、どちら様でしょうか?』
「黒羽文弥と申します。司波達也さんは御在宅でしょうか?」
次の答えまでの少しの時間が過ぎる。
『どうぞお入りください。』
こうして、黒いワンピースに白いエプロン姿の少女が亜夜子と文弥に対して深々と一礼し、リビングまで案内するのだった。
★★★
平凡な見た目の家だったが、中に入っても平凡だという印象は同じだった。隅々まで掃除が行き届いているが、これといって目移りしそうな高価なものや珍品は置かれていない。
四葉家に関する物もないが、二人としては、どこかに秘密部屋に通じるものがあってもいいのにというせめてもの達也らしい小細工がないかと内心で思いながら、メイド姿をした少女の後ろを追って、家の奥へと歩く。
そしてメイド姿の少女がリビングのドアを開けて、招き入れられるとソファに座って姉弟を待っていたのは、達也一人だけだった。
「文弥、亜夜子ちゃん、久しぶり。」
微笑を浮かべたままで呼ばれた名前に二人は感動する。
(…達也兄さんが僕を歓迎してくれている…!)
(……もう、達也さんってば。”亜夜子ちゃん”なんて……。そう呼んでもらえて嬉しい決まってます! もっと呼んでもらいたいですわ!
ああ………、早く達也さんを間近で見つめたいですわ…!)
表面上は紳士淑女らしい立ち振る舞いと笑顔で見繕っている二人の内心は、久しぶりに再会した再従兄弟に対して、エキサイトしていた。ただし、お互い再従兄弟に向ける感情は少し違うが。
そして内心の考えがそのまま行動に出たのか…。
座ったまま挨拶した達也に気を悪くした様子も見せず、亜夜子は達也の正面に腰を下ろした。――――――――席を勧められるのを待たずに。
「姉さん!」
名前を呼ばれただけで、感激して姉の行動をただ目で追っていた文弥は、気を取り戻し、一人礼儀正しく立っているのに、姉が不作法な行為を取ったため、咎めたが、亜夜子は何処吹く風と聞き流している。
いや、無視という訳ではない。
いまは、目の前の達也に対して、神経全てを研ぎ澄ましていて、聞こえていないのだ。
それに不作法な行為を無視しているのでもない。
亜夜子は腰を下ろしてすぐ、視線を真っ直ぐ前へ向けると手を揃えてスカートの上に置き丁寧に一礼した。
自分の礼儀の全てに達也の視線が降り注いでいる事を敏感に察知した亜夜子は、歓喜しながら、達也に突然の訪問のお詫びを申し上げる。
…好きな人に失礼のない態度で臨み、少しでも注目してもらいたいから。
鈍感な達也は、気付いていないが、亜夜子は久しぶりに会う達也との再会に心から喜びとこの機会を与えてくれた当主…真夜へ心の中から感謝するのだった。
今日は亜夜子の視点からだったね。
任務の上で考えを相手に読み取らせない表情を作っているから、こういう時は便利だけど。
亜夜子の願いが叶ってほしかったな…、個人的には。