「達也さん、あなた……”アイドル”やってみてくれないかしら?」
真夜が放った任務通達は、爆弾となって投下され、見事に達也の思考をほんの数秒の間だけ機能停止にするまで陥れた。
人生初ではないかというくらいに戸惑いを見せ、開いた口が塞がらない状態になった達也。
無理もない。
まさか極秘任務の内容がまさか、アイドルになれと言われるなど露にも思っていなかったのだから。
「………………は?」
達也が思わず口を開き、固まるのも当然なのかもしれない。だが、自分が間抜けな顔を曝していると思うと同時に、思考回路もすぐに復旧し、元の無表情に戻る。
「ふふふ、達也さんでもそのような顔をするのね。初々しいわ。」
「………いきなり”アイドル”になれと言われれば、自分の耳を疑いたくなるのは当然かと思いますが。」
「そうね、達也さんには縁がない世界だものね。達也さんの気持ちは分かるわよ?」
(分かるなら、そもそも”アイドルになれ”とは言わないんじゃないか?)
達也は頭の中で真夜に白々しい言い回しを突っ込んだが、口には出さない。その代わりに別の事を言う。
「今まで、叔母上の命令された任務は暗殺や裏工作等でした。普通はそっちの方面で俺を呼び出したと考えた方が妥当です。
今回も、叔母上が個人的に報復したいターゲットでもいるのかと思い、来てみたのですが…。
そんな俺に、なぜ”アイドル”というものになれと?」
達也が言ったとおり、四葉の闇の仕事を幼少時からこなしてきた達也に、それとはまったく正反対の任務につけというのか。
達也は真夜の真意が窺えずに、真夜に一歩のリードを許していた。
追究する達也の目は、無意識に鋭くなる。
「最近、人間主義者が活発になってきているのは知っているでしょ?」
「はい、そうですね。活発になっているというより、元々内側に秘めていた負の感情が何かのきっかけで溢れ出ているとも言えるでしょうが。」
任務とは到底関係なさそうな話題だが、達也は真夜のこの話題からなんとなく予想を立てる。……決して、認めたくないが。
真夜も達也が遠まわしに誰かが人間主義者を煽っているという意味を正確に読み取って、感心した微笑みで話を続ける。
「そうね…、去年は色々ありましたから…。達也さんも大変ご活躍したでしょう?」
「俺にとっては不本意の連続でした。俺が望んだ訳ではないですよ。」
「それは理解しているわ。でも、強大な力に引きつられて、寄ってくるのも然り。」
「……つまり、人間主義者によるテロがあるという事ですか?芸能関係で。」
達也の回答に満足そうに微笑む真夜。
「よくできましたね、達也さん。その通り、ある情報を手に入れましてね。近々芸能界に人間主義者思考の動きが起きようとしています。
それにちなんで、様々な思惑が絡み合っているようでして、厄介なのよ。」
「ですが、そういう事なら、叔母上が事前に手を回すなりすれば事足りると思いますが?
黒羽家に頼む事をせずに、なぜ俺が対処するのですか?そこまで深刻には感じないのですが。」
「だって……」
真夜に珍しく頬を朱色に染め、恥じらい、視線を少し逸らして真紅の唇から……
「だって、達也さんのアイドル姿見てみたいんだもの…。」
まるで乙女のように、何かを期待している目で楽しそうに微笑む。
これには、達也も絶句する。
そして、真夜の体内を視て、アルコールが入っていない事を確認した。入ってくれていれば、先程の言動も百歩譲って頷けた。しかし、アルコールが入っていないとなると、もはや狂ったとしか思えない。
達也は、葉山に視線を向け、助けを求める。葉山なら何か知っているのではないかと。
確かに葉山は何かを知っていた。
しかし、それを決して話さず、寧ろ真夜の言動に笑いを溢している。
この状況に達也は、頭を抱え、まさかそんな理由で自分にアイドル白と言っているのかと思うと、めまいがしてきたのだった。
(……これはもう断る方向でいこう。)
極秘任務の内容を聞いてから、そう思っていたが、真夜の発した理由で更に決意を固める達也だった。
真夜が乙女になった!!
それだけの力が達也に!! 達也はあり得ないってそっぽ向けそうだけど。
しかし、真夜はあきらめないよ、絶対! そしてうちも!必ず達也をアイドルにしてみせる!!