そしてこんな時に、またあいつが出てくると思うと… ブチっ……
目を覚まし、担当医から自分の身体の事を聞き、あの後…、一度死んだ後の事を悟ったオドリーは、あまりにもショックすぎて、その後の担当医の話は頭に入ってこなかった。
でも逆に聞こえなくてよかったと思う。担当医は、励ますとか気を使って無言で席を立つとかじゃなくて、意気揚々にセイヤがオドリーに施した手術…、救命処置に感銘を受けたと語りだし、
「なぜ、名声を手にしようとは思わなかったのか?」
「あなたは彼のこの偉業を知っていたのか?」
「これは、前例のない素晴らしい功績ですよ!」
「もしあなたさえよろしければ、この彼の臨床データを学会で発表しても構いませんか?」
「もちろん亡くなった彼の最期の名声として、輝かしい発表をさせていただきます!」
「つきましては、…………これほどの金額で、御譲りしてもらいたいのですが…。」
……と、場違いなんてレベルを通り越して、執拗に放心状態のオドリーに質問攻めをし、医者とも思えない私欲にまみれた表情で、いつも携帯しているのだろう…、白衣の内ポケットからまだ何も書かれていない小切手の束から一枚取り出し、金額を書いていく。その時、学会で(自分の功績として)発表し、医者としての認知度も、富も、権限も…すべてを手にした自分を想像し、舌なめずりするのだった。
オドリーが聞いていたら、身体の痛みなんか忘れて、激昂し、無意識に魔法を発動させ、その担当医を氷漬けにしてしまっていた。…絶対に。
しかし、涙を流し、精神不安定に陥ったオドリーを私欲でほったらかしにしていた担当医は、あろうことか、オドリーから返事がない事をいい事に、小切手に、サインさせようとオドリーの手を握って、書かせようとした。物凄い破格の安い金額で買い取れるように。
担当医がそんな私欲に走って、自分を見失っていたため、今までの一件をオドリーに面会に来た大勢の人達に聞かれていたのにも気づかず、病室に入ってきた今回の事件を調べる事になった警魔隊の隊長とその部下3人に、取り押さえられ、詐欺未遂と名誉棄損、職務放棄…等々と、諸々の罪を重ねられ、連行されていった。一緒に面会に来ていたオドリーの父親は、娘の壊れた姿を見て、担当医の仕業だと思い、激しく怒声を浴びせる。
警魔隊の隊長は、そんなオドリーの父親を落ち着かせ、オドリーの放心状態を診て、話を聞けないと判断し、全員連れて、病室を後にした。
誰もいなくなった病室で、オドリーはそれを待っていたのか、ついに気持ちが爆発し、泣き始めた。
嗚咽も漏らし、ただ泣き続ける。
ただ、悲しみに胸が裂けそうに痛くなる…。
自分を包み込むその両腕に、強く力が入り、爪を立て、皮が剥げ、血が出る…。
セイヤがいない世界で目覚めてしまった事に、ただ悲しみ、ただ嘆き、ただ自分を責める…。
嗚咽を漏らすその声は、愛しいセイヤの声…。
まるで、セイヤが泣いているような…。
でも、オドリーの耳には、そのセイヤの声が聞こえていなかった。
悲しみに暮れ、精神が崩壊しかかっているオドリーには、自分の声も、鼓動も、感覚も伝わっていなかった。
今のオドリーは、深くて真っ暗な世界に、墜ちかけていた…。
「………彼は、セイヤ君は、生きていますよ。 少し遠出しないといけなくなっただけです。」
”セイヤ””生きている”という言葉が聞こえ、深い底沼に沈みそうになっていたオドリーは、その言葉で意識を浮上させ、俯き泣いていた顔を上げる。
顔をあげた先には、30代そこそこの紳士がオドリーの目をしっかりと見て、笑いかけていた。
「…大丈夫ですよ、彼は生きています。 彼は、ある人物に命を狙われていましてね…。その人物の執拗な追っ手から逃れるために、死を偽造したのです。」
「…セイヤは、…本当に生きているの…?」
「ええ…、もちろんです。 本来なら、あなたにも全てを話すべきだったのですが、危険な目に遭わせたくないという彼の意志で、秘密にしていました。」
「彼に、逢いたい…!逢せて…!!」
「…………申し訳ありませんが、彼はもう旅立ってしまったのです。彼の命を狙う人物は、まだ彼を殺そうと躍起になっていますから。彼の目があなたに向かない内に…と。
…しばらくして蹴りがつけば、戻るという伝言をもらっていますよ。」
自分を置いて、勝手に去ってしまったセイヤに、どうして何も打ち上げてくれなかったんだと憤りを感じるオドリー。しかし、オドリーの耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。
『…悪いな、オドリー。
終わったら、君の元へ急いで帰るからな…。』
それは、セイヤの声だった。
そしてその声を発したのは、録音レコーダーからだった。
「彼が旅立ちの際に、あなたに宛てて、送った物です。
彼は、帰ってきますよ…。」
その録音レコーダーを男性から受け取り、大事そうに両手で包み込むオドリーに、男性は話を進める。
「…ですが、彼がその人物を引き付けていると言っても、いつあなたに危害が加えられるか分かりません。そこで、彼からあなたを保護してもらいたいと頼まれてまして…。
あなたを迎えに来ました…。
今も、その人物の手下があなたを狙って、この病院に潜んでいるかもしれないので…!」
いきなり深刻な表情になり、気を引き締めだした男性の真剣さに、オドリーもただならぬものを感じ、唾を飲み込む。それと同時に、その真剣さと自分を守ろうとしてくれている雰囲気に、セイヤが重なる。
「あ…、あなたは一体…?」
オドリーに問われた男性は、人懐こい笑みを浮かべ、被っていた帽子を取り、頭を下げ、名乗り始める。
「これは…、申し遅れました。
私は、彼の親友の、カバルレ・サマダ…と申します。
どうぞ、気軽にカバルレ…と呼んでください。」
セイヤの親友と聞き、先程の紳士ぶりも相まって、オドリーはカバルレと名乗った男性を信じ、誰も告げずに、病室を後にした…。
落ち着いて、病室に戻ってきたオドリーの父親と警魔隊の隊長は姿を消したオドリーを急いで病院だけでなく、周辺まで範囲を広げ、隈なく捜索したが、見つからなかった。
カバルレは、『鬼門遁甲』で警魔隊の目を欺き、堂々と念願のオドリーを、言葉巧みに話を誘導し、偽りの真相を告げ、我が物としたのだった…。
★★★
(ふん…!! ついに…!ついに手に入れたぞ!!俺の最高の女を!!
予想外の顛末だったが、邪魔者は排除できた…。
今、欲しかった絶世の美が俺の腕の中に…!!
オドリー…!! お前はもう俺のものだ…!!誰にも渡さん…!!!)
「カ~~~~~~~バッバッバッバ!!!」
勝ち誇った顔で高笑いするカバルレ…。
そのカバルレの腕の中で、眠るオドリーは、血相は悪いが、どこか安堵し、嬉しそうな顔をしていた。
『セイヤは、生きている…。』
それが今、オドリーの心を繋ぎとめている証かもしれない。
カバルレは、セイヤが生きているというのも、セイヤの名を口にするのも吐き気が伴うほど嫌だったが、今にも命を投げ出しそうなオドリーを失う訳にはいかず、嘘をついた。
今は、そのままにしておいてやる…。
しかし、オドリーの声が忌々しい男の声だという事が気に入らず、それを思うと、首を締めたくなる衝動に駆られるが、急いで開発した、”変声ベール”をオドリーの顔に被せ、冷酷な微笑を浮かべた。
「これで、忌々しいあの男の声は聞こえない…。私の愛するオドリーの声だ…。」
含み笑いをして、カバルレは新しい拠点にオドリーを連れて行き、ベールをセイヤからの贈り物だと偽り、オドリーの記憶を書き換え、『セイヤは、お前を捨てて去り、絶望に駆られていたオドリーを慰め、俺の女になった…』という設定をインプットした。
こうして、カバルレはオドリーを手に入れ、闇の世界で頂点に立つために『カバルレ・サマダ大サーカス』を表向きに展開し、闇に腰を下ろしたのだった…。
…………そして今、カバルレは、残酷な方法で手に入れたオドリーに手を掛け、衝撃の告白をしたのだ!!
『……せっかく、あいつを殺して、苦労して手に入れ、愛でてやったというのによ。』
『………オドリーの婚約者だったあの男を殺したのさ!!』
悪いとこれっぽっちも思っていないカバルレの冷酷非情で、外道すぎる傲慢な態度は、ROSEを最大限に怒らせるには十分すぎる理由だった…。
………誰か、金属パットを持ってきてください…!!
今からこれで、カバルレを…!!(激怒)
ピーポーピーポー!!ガチャっ!!
…ちょっと待て~~~!!連行しないで!!今、あいつの頭をこれで~~~!!…てか、あいつを逮捕して、刑を与えてよ!!
捕まえる相手を間違えてるってば~~~~~~~!!!!!!