「…はい、答辞の内容はこれで問題ありません。」
「ありがとうございます、深雪先輩。」
「うん、詩奈ちゃんらしかったですよ。深雪お姉さまに褒められたのだから心配はいりませんわ!」
「う、うん…、ありがとう。泉美ちゃん。」
入学式での打ち合わせも済み、気楽なムードが流れる。そしてそれまで上級生として振る舞っていた泉美が詩奈に話しかける。同じ首都圏内に住んでいるし、年齢が近い事から昔から交流を持っていたのだ。いつものように接してくる泉美にほっとした詩奈だったが、やけに深雪の事に執着を見せ、我を忘れている様を目撃してしまい、虚を突かれた感じを受けた。しかし、達也のいる場所でみっともない姿を見せる訳にもいかず、己の精神力をフルパワーで発揮し、笑顔をキープするのに成功するのだった。
「それでは、そろそろ会場へ行きましょうか。準備も必要ですので。」
「そうだな、既に幹比古も会場に来ているだろうし、警備の事で話しておきたい事もあるからな。」
「は、はい! 私もよろしければお手伝いいたします。」
泉美が深雪へ提案したのを、達也が汲み取り、それを更に詩奈が答える。泉美は不本意だと言わんばかりに達也を睨むが、深雪の顔色を窺ってみると、曇っている表情をしていたので、思わず凝視してしまう。
「深雪お姉さま?」
「…お、…達也様。入学式の準備は私共が先にしておきますので、達也様は少しばかりこちらでお休みになっていてください。少々お疲れの御様子だとお見受けいたしました。」
突然、達也にそう言いだした深雪にこの場の全員が絶句した。しばらくして達也が口を開く。
「問題ない。深雪に仕事を押し付けるほど疲れてはいないさ。」
それは安易に「疲れている事を認めている」ような言い草だった。
「ですが、今朝は早くから登校しての準備や見回り等をされておりましたし、いくら達也様でもご無理はよくありません。幸い、まだ式まで時間はありますし、吉田君との打ち合わせは今すぐでなくても大丈夫ですから。…お願いします。」
心配する表情で、上目遣いでお願いする深雪。その仕草は深雪の美貌を更に魅惑的にし、泉美だけでなく、ほのかも水波もそして、詩奈も見惚れるほどのものだった。
(…これが魔性の女の魅惑なのね。確かに…、これは威力あるわ。…勝てる感じがしない)
妙な敗北感を感じた詩奈は、深雪のお願いを達也が断るとは到底思えなかった。そしてそれは正しかった。
「……わかった。十五分だけ少し休憩させてもらう。時間になったら、会場に直行する。それでいいか?」
「はい、大丈夫です。…私の我が儘を聞いていただいてありがとうございます、達也様。」
「別に我が儘だと思っちゃいないさ。深雪が俺の身を案じて言ってくれた事は分かっている。寧ろお前を不安にさせてしまった俺が悪かったな。」
「そ…」
「あ、あの!」
達也と深雪が二人の世界を作りだそうとしているのを、直感で妨害しないとまずいと感じ取った詩奈が会話に入り込む。
「わ、私、実は朝食を食べずに来てしまって…。こちらの庭とかで食べようと思っていたんです。もしよろしければ、一緒に食べませんか?」
そう言ってピクニックとかで持ち運ぶ籠を取りだし、中から多彩なサンドイッチを取りだしてきた。それを見て、泉美が顔を輝かせる。
「わぁ~、詩奈ちゃんのサンドイッチです! 私、大好きなんですよ!」
「こちらは、三矢さんがお作りに?」
「はい、私、お菓子とか料理とか、作るのが好きなので。良かったらどうぞ?司波先輩♥」
深雪に話しかけられていた詩奈は、サンドイッチを取りだすと真っ先に達也に渡した。それを達也は受け取り、食べる。
「…美味い。ありがとう、三矢さん。」
「あ、有難うございます!!」
達也から褒められて、湯気が上がりそうに顔を真っ赤にし、喜びを噛み締める詩奈をジト目で見る深雪とほのか。そしてサンドイッチを物欲しそうに見つめる泉美であった。
泉美がなんだか香澄っぽくなった気がする。それにしても、詩奈がサンドイッチを武器に仕掛けてくるとは。
そう…、詩奈が早く登校したのは、こういった意図を望んでの事。しかし、同是食べるなら天気も晴れているし、庭やベンチで食べようと場所探し&探検をした結果、迷子になったという訳ですよ!
いよいよ明日でうちの詩奈が終わります。原作と見比べてみて、どう違っているか…。今からでも楽しみだな~~。