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間違って消してしまいました。申し訳ありません。
内容は変わってませんので、気にしないでください。
生まれた時から共にいた、同じ顔、違う色の妹、スラクシャ。
「兄上! いい加減に何でもかんでも、頼まれたら引き受けるのはやめてください!」
そう言われたのはいつだったか。定かではないが、あの時は確か、荷を運ぶのを手伝った時だった。
重いそれを、俺は誤って自分の上に落としてしまったのだ。幸い、父の威光である鎧のお蔭で大したことはなかったが、一歩間違えれば大惨事になるところだった。
スラクシャはそれを心配したのだろう。しかし、オレは自分の信念を曲げることはなかった。
「人より多くのものを戴いて生まれた自分は、人より優れた“生の証”を示すべきだ。そうでなければ、力無き人々が報われない」
「……そうですか。なら、あなたが誰かに施すのなら、私が貴方に施します。それが嫌なら、自分を大事にしてください」
その言葉にオレは「努力する」と頷いた。
それ以降、性別を隠した妹はオレよりも先に人々の頼みを聞き入れた。オレが行ったときには、もうやる事は残っておらず、全て妹が片づけていた。
オレに施すとはこういうことか。
同じときに生まれた片割れとはいえ、隠しているとはいえ、女であるスラクシャはオレより細く、力も弱い。だからオレは、スラクシャが人々の頼みを聞き入れるより早く、それを聞き入れた。
そうすると、スラクシャは更に早く、願いを聞き入れようとする。
まるで2人で競っているようだと微笑ましくなった。
―――オレは、妹の言葉を、何一つ理解してなかった。
あの競技大会の後、オレ達はドローナの元で修行を受けていた。
そこにはアルジュナらも居る。元々オレ以外とは余り関わっていなかった妹だが、競技大会以来パーンダヴァの兄弟を苦手になったらしく、離れたところで修行をするようになっていた。
その日、オレは途中で席を外し、師の元を訪ね自分と妹に奥義を授けてほしいと頼んだ。今まで何度も頼んできたが、師は決して首を縦には降らず、この日もすげなく断られた。
恐らく、ここにいたところで奥義を授けられることはないだろう。
ならば、ドローナの師であるパラシュラーマに教えを請えばいい。そう思い立った俺は、スラクシャのところへ向かった。
するとそこでは、アルジュナが妹の隣に座り、首へ向かって手を伸ばしていた。
アルジュナの表情に何かを感じた俺は声をかけてそれを止めた。そのままスラクシャの手を引き、アルジュナの視線を背に感じながら門を出た。
「……アルジュナと何をしていた」
「ああ、アルジュナがまた賞賛されていたので眺めていただけです」
「それが何故ああなる」
「いえ、なんでも目が気に食わなかったらしく」
理由はよくわからないが、危害を加えられたわけではないらしい。
パラシュラーマは、クシャトリャを深く憎んでいる。そこでオレ達はバラモンであると偽って弟子入りすることができた。
そうしてオレ達は奥義を習得することができた。
だが――
「兄上!」
「っ!」
寝所に忍び込んだ蛇。オレを狙った牙は、間に飛び出したスラクシャに突きたてられた。その咄嗟の動きをみたパラシュラーマに偽りが露呈し、呪いをかけられた。
「……呪いをかけられることは構わない。だが、呪うのはオレだけにしてくれ。スラクシャは、俺が無理やり連れてきたのだから」
「……! か、るなっ」
パラシュラーマは俺の願いを聞き届け、呪われたのは俺だけだった。
「馬鹿じゃないですか!? 何故自分だけ……!」
「お前はオレを庇った。それに報いただけだ」
「ですが! ……分かりました。ただ、私が庇ったことなど、兄上が受けた呪いに比べれば些細なこと。ですから、いつか兄上が窮地に陥った時は私がそれを肩代わりします」
「そうか」
何故、あの時聞き流してしまったのか。何故、いつものやり取りだと思ってしまったのか。
「―――うっ」
鈍い頭痛に苛まれながら目を覚ます。懐かしい夢を見ていたようだ。
天井を見つめながらぼんやりする頭で意識を失う前の事を思い出す。
「(確かインドラに鎧を渡し、槍を譲り受けた。それから――)」
――大人しく寝ていてください。
「!」
目を見開く。
そう、妹に薬を盛られ、そのまま意識を失ってしまったのだ。
「何故……、いやそれより戦いは――」
慌てて寝具から身を起こした。
すると、毛布に隠れて見えなかったソレが姿を見せた。
「な、に」
茫然と自分の体を――自分が身にまとっている黄金の鎧を見つめる。
「何故、鎧がここに――」
――あなたが誰かに施すのなら、私が貴方に施します。それが嫌なら、自分を大事にしてください――
――いつか兄上が窮地に陥った時は私がそれを肩代わりします――
それは昔、己の信念を告げた時に、妹の呪いを肩代わりした時に言われた言葉。
何故今この言葉を思い出した? 何故インドラから授かった槍がない? 何故ここに鎧がある?
―――なぜ、ここにスラクシャはいない?―――
血の気が引いた。自分の寝所を飛び出し、いつも妹が使っている隣の寝所へ入った。
しかし、そこには誰もいない。
「くっ、どこに!」
「カルナ? 起きたのか」
後ろを振り返ると、ドゥリーヨダナの姿があった。
「ドゥリーヨダナ、スラクシャはどこだ? 何故俺に鎧が、それに戦いは……」
「…………」
ドゥリーヨダナは黙って目を反らした。
……それが何よりの返事だった。
「――――!」
「なっ、カルナ!!」
カルナは戦場へと駆け出した。
既に戦いは始まっていた。
周囲を気にせずに戦場を駆ける。時折、カウラヴァの戦士が驚いたような顔でこちらを見る。その表情を見るたびに、嫌な予感は確信へと変わっていく。
そして―――
「っ!」
見つけた。まだ距離はあるが、それでもわかった。
赤い髪はなにかを塗ったのかオレと同じ白髪になっており、その手にはインドラから授かった槍が握られている。
身に纏っているはずの黄金の鎧はなく、自分が身に着けているそれが妹の物だと確信した。
――あの痛みを、味わわせてしまった。
そして、スラクシャが鎧を自ら剥いだ理由はカルナだ。
罪悪感に首を強く振る。
今は、そんなことを考えてる場合ではない。早く辿り着かなければ――
ガタンッ
突如響いた音に前を見ると、妹の乗っている戦車の車輪が動かなくなってしまっていた。
「(バカな!? アレは、オレにかけられた呪いのはず!)」
何故スラクシャにその呪いが? いや、そんなことを考えている暇はない。アルジュナが矢をつがえている、早くしないと――!!
「スラク―――!!」
だが、オレが辿り着くよりも早く
目の前で、妹の無防備な細い首を、アルジュナの放った矢が貫いた。
顔だけなら前から知っていた。同じ師から教えを乞うているのだから当たり前だ。
初めて声を聴いたのは競技大会。ビーマ兄上がカルナを嘲った、その時に奴はそこまで大きい訳でもなく、良く通る声で言ったのだ。
「その御者の息子風情に劣る貴様ら……失礼、あなた方は御者の息子以下ということですか」
そこからは凄まじかった。クル族主催の大会だからと殺し合いにまでは発展しなかったものの、カルナと同じ容貌から吐き出される罵詈雑言の嵐。ビーマ兄上が押されるほどの勢いで、しかし笑みを崩さぬままに。
他の兄弟たちは全員対抗していたが、私だけは何を言うでもなく、ただその顔を見ていた。
初めて1対1で言葉を交わしたのは、競技大会の後、師であるドローナのもとでともに修行を受けていた時だった。
私の放った矢が的の中心に深々と突き刺さる。それを師が、兄が、弟が、周りの弟子たちが賞賛する。そして、更なる期待をかける。
昔からそうだった。当たり前のように与えられる賞賛。
――立派だ、流石だな、お前ならもっとできるだろう――
違う、私は、そんな期待をかけられるほどの人間では――!
視線を感じた。そこにいたのは、あの男と同じ顔をした、赤い髪の、奴の弟。
私を見るその目に写っているのは――憐み。
カッと頭に血が上る。だが、それが表情に出る前に奴は手元の弓へと視線を下した。
周囲の人間がそれぞれの修練に戻る中、私は奴の――スラクシャの下へと足を進め、隣に腰を下ろした。
男は顔を上げると驚いた表情を浮かべる。しかし、そんなことはどうでもいい。
じっと赤い目を見つめるが、先ほど浮かんでいた憐みの色はどこにもなく、今はただ驚きと疑問に満ちている。
「…………何か用ですか」
「…………あの目はなんだ」
「?」
意味が分からないという風に首をかしげる奴に苛立ち、カルナより長いその髪を引っ張る。
「いっ!」
「とぼけるな、何故私を憐れんだ!」
「いっ、言うから、離してください!」
引っ張った部分を押さえながら睨みつけられた。
意に介さず無言で待つと、渋々といったように口を開いた。
「あなたは、周りの賞賛を重荷に思っているように見えましたから」
―――呼吸が止まった。
何故気づかれた、何故、何故―――!
「貴、様」
無意識に、手が伸びる。このまま止めなければ、どこを掴むつもりなのか自分でもわからない。
肩か、首か、体に触れる寸前まで手を伸ばし――
「戻ったぞ」
ハッと、響いた声に意識が戻る。
いつの間にかすぐ隣にカルナが立っていた。
「兄上、今までどこに行ってたんですか」
「行くぞ」
「え?」
カルナはスラクシャの腕をとり、立ち上がらせるとそのまま門の方へ向かう。
「ちょ、兄上!? どこに行く気ですか!? そしてどこに行ってたんですか!?」
「ここでは得るものがない」
「……ドローナのところへ行ったがまた奥義を授けられなかったから、もういる意味がないということですか。わかりました、わかったので手の力を緩めてください、痛いです!」
そのまま後ろを振り返ることなく去っていく赤を見つめていた。
まともに言葉を交わしたのはあれが最初で最後だった。
それからは顔を合わせることがあっても、私と話すことはなかった。
そのうちに戦が始まり、お互いに殺し殺される関係となった。
ただし奴は御者を務めており、直接殺し合ったのはカルナだったが。
私とカルナが戦っている間に、従兄であるクリシュナが奴の相手をした。
時折、カルナを窮地に追い込むと一撃を加えようとしたタイミングで奴は弓を放ってくる。馬から御者席へと飛び移っているのを見たときは目を疑った。まさか、走っている戦車の御者席から馬へと飛び移り、正確にこちらを射抜いたのか。
一歩間違えれば本人も、カルナも死にかねない行為。だが、躊躇うことなくとったその行動に、互いが互いのことを信頼していることがわかる。
クリシュナを信頼していないわけではないが、私が御者だったとして、スラクシャと同じことができるかと言われれば答えは否だ。
互いに信頼し合い、またスラクシャがカルナを真に理解しているからこそできた事だ。
――そう思うと、何故か黒い感情が湧きあがった。
そうして戦が激しくなり、とうとうその日が来た。
見慣れた戦車の上に宿敵の姿はあったがスラクシャの姿はなかった。
カルナの能力を十全に引き出せるのは奴だけ。しかも、カルナは見慣れた黄金の鎧を纏っていない。
父が自分のためにしたことは分かっている。だが、呪いがかかっているとはいえ万全の状態の奴と戦いたかったのも事実。もしかしたら、奴にも何かしたのかもしれない。
複雑な思いを抱きながらも戦い、そして決着がついた。
―――ただし、私が射殺したのは宿敵ではなく、カルナに扮したスラクシャだった。
「―――ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
気が付けばカルナは妹の亡骸を抱え叫んでいた。
もっと早く目覚めていれば、
もっと早く来ていれば、
もっと、自分を大事にしていれば――
さまざまな思いが悲鳴となってカルナの口から慟哭となって溢れ出した。
「―――っ、あ」
その様子をアルジュナは茫然としながら見ていた。
目の前の現実を認めたくなかった。
目の前の光景を認めたくなかった。
目の前に横たわる、赤を認めたくなかった――
アルジュナは、ただただその場に立ち尽くす事しかできなかった。
「……構えろ、アルジュナ」
ハッと顔をあげると、片割れの亡骸を丁寧に横たえ、槍を構えるカルナの姿があった。
「なにを……」
「スラクシャは、妹は、オレとお前を全力で戦わせるために自ら鎧を剥いだ。……オレを騙って戦場に出たのも、おそらく時間稼ぎだ」
そこまで言うと、カルナは槍を持つ手に力を込める。
アルジュナはというと、カルナの言葉に衝撃を受けていた。
「(今、この男は何と言った? 妹、だと――)」
自ら戦場に出ていたとはいえ、自分は女性を謀殺したことになる。
「貴様、私が憎くないのか!!」
「ああ」
あっさりと答えるカルナにアルジュナは目を見開く。しかし、すぐに顔を険しくさせ、カルナを睨みつけた。
「戯言を! 私は貴様の妹を殺した、憎まないはずが――」
「オレが憎んでいるのはオレ自身だ。アルジュナよ」
「どういう――」
「オレが、自らの生き方を変えられなかったが故に、スラクシャは死んだ」
「スラクシャを死に追いやったのはオレだ。お前の責ではない」
アルジュナは信じられない思いでそれを聞いていた。
カルナの言う通りアルジュナに責が無いとしても、目の前に直接手を下した敵がいるというのに、この男は―――!
「構えないのならこちらから行くぞ!」
カルナが槍を振るう。
戦士としての本能か、アルジュナは咄嗟に弓を構え応戦する。
こうして、今度こそ2人の英雄がぶつかった――。
スラクシャが女だという事実に驚愕したのは、アルジュナの背後で見ていたクリシュナも同じだった。女であれば面白いと思ったが、まさか本当に女だったとは。
「(惜しい事をしたな。できれば、カルナを殺した後に生け捕りにしたかったのに)」
しかし、死んでしまってはそれもかなわない。クリシュナは、アルジュナをどうやって勝利に導くかに思考を巡らせる。
鎧を所有しているカルナには、全力を出したクリシュナですら敵うか分からない。アルジュナが持ちこたえているのは、カルナの動きが精細さを欠いてるからで、しかしアルジュナもスラクシャの死に動揺し反撃どころではない。
このままではアルジュナが負ける――。
どうしようかと考えるクリシュナの目に、スラクシャの亡骸が目に入った。
「ぐっ――!」
槍の側面に体を打たれ、アルジュナは膝をつく。
反撃をしようと思わなかったわけではない。だが、攻撃しようとするたびにスラクシャの顔が脳裏をよぎり、どうしても矢を放てない。
仮に放てたとしても、黄金の鎧を装備したカルナにはそのほとんどは効くことなく、仮にダメージを与えられたとしてもすぐに回復してしまうだろうが。
「――ここまでだな」
カルナが槍を向ける。
立ち上がろうとするが、どうしても足に力が入らない。
アルジュナが覚悟を決めた、その時だった――
「そこまでだよ、カルナ」
クリシュナの声が響く。
アルジュナが痛みをこらえながら顔を向けると、
「っ!? クリシュナ、何を……!」
クリシュナは、横たわったスラクシャの首筋に、彼女が所持していた短剣を突きつけていた。
「貴様っ!」
「動かないでね、カルナ。動いたら彼女の首を落とすから」
「――っ!」
歯を食いしばり動かないカルナと、呆然と自分を見るアルジュナに、クリシュナは笑いかける。勿論、スラクシャの首に突き付けた短剣は動かさない。
「じゃあ、カルナ。まずはその鎧を脱いでもらおうか。スラクシャから譲ってもらったのなら、簡単に脱げるだろう」
「…………」
ガシャリ、と音を立ててアルジュナの目の前で黄金の鎧を脱いでいくカルナ。アルジュナは何も言えずに、その光景を見ていた。
「これでいいのか」
「ありがとう。じゃあ、アルジュナ」
「カルナを殺そうか」
「……………………、え」
言われたことが理解できず、声を漏らす事しかできなかったアルジュナにクリシュナは言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「黄金の鎧を身に着けたカルナじゃあどうやっても勝てない。でも、いまならカルナは無防備だ」
「馬鹿な! 出来るわけが……!」
「でも動けないスラクシャは殺せたじゃないか」
ビクリ、とアルジュナの肩が跳ねる。
「大丈夫、あの時より距離は近いから簡単に殺せるさ。それに……殺さないとパーンダヴァの皆が殺されるよ」
「あ、ぁあ、ぁ」
弱弱しく頭を振り、目に涙すら浮かべるアルジュナに、容赦なくクリシュナは言葉を投げかける。
「ほら早く。それともパーンダヴァを見捨てるのかい?」
「ちが、違う! 私は、私、は……!」
「その必要はない」
さらにアルジュナを追い詰めようとしたクリシュナを、カルナの静かな声が止めた。
「なに? 妹を見捨てる気?」
「一つ誓え。決して、スラクシャを辱めるな」
「君が死んだら誓うよ」
「…………確かに聞いたぞ」
そういうとカルナは、手に持ったインドラの槍を、自分の首筋にあてがった。
「!?」
「オレはどうやっても生き方を変えられないらしい」
「待て、カルナ!!」
「さらばだ、アルジュナよ」
ズシャリ
刃が肉を断ち切る鈍い音と、それと共に広がる血、その匂い。
それらをアルジュナが認識した時にはカルナはすでに死んでいた。
「カ、ルナ……」
「自害か……。仕方ない、誓いは誓いだしね」
クリシュナはスラクシャに突き付けていた短剣をそのまま地に投げ捨てた。
カルナとスラクシャが死んだ今、パーンダヴァの勝利は確実だった。
アルジュナはクリシュナに手を引かれるまま歩く事しかできなかった。
「……まあ、辱めないとは言ったけど、座で何もしないとは言ってないよね」
それから、パーンダヴァはクルクシェートラの戦いで勝利を収めた。ドゥリーヨダナも最後まで戦ったが、とうとう討たれた。
パーンダヴァでは盛大な宴が開かれた。カウラヴァの中で最も厄介だったカルナとスラクシャを倒した英雄としてアルジュナも参加していた。
表面上は普段通りの彼だったが、その内心は心臓に穴が空いたかのように空虚だった。
そうして宴も終わり、夜も更けたころ、アルジュナを含む5人の兄弟は母親であるクンティーに呼び出された。
「母上、どうしましたかこんな夜更けに」
長兄であるユディシュティラが代表して訊くが、クンティーは顔を青くさせたまま中々口を開かない。
やがて意を決したのか、震える声で打ち明けた。
「……言わなければならないことがあります」
「カルナとスラクシャは……あなたたちの兄弟です」
頭が真っ白になった。
「は、母上、何をおっしゃるのですか?」
クンティーは過去に自分が犯した過ちを、カルナとスラクシャを捨てた事を、戦いが始まる前にクリシュナの協力でカルナに会い、カルナがアルジュナ以外の兄弟を殺さないと誓ったことを全て話した。
「……スラクシャには、最期まで会うことは叶いませんでしたが……」
「何故、今更……! もっと早く言ってくれれば!!」
ユディシュティラが母を責める。ビーマが呆然とする。ナクラとサハディーが泣き崩れる。
兄弟全員がそれぞれ嘆き、怒るなか、アルジュナは茫洋とした目で虚空を見詰めていた。
……クリシュナは、カルナが兄だと、スラクシャが姉だと知っていたのか? 知っていて……。
「母上。スラクシャが、姉だというのは、本当ですか?」
はっとクンティーが息を飲む。
それは、肯定したのと同義だった。
「そんな……!」
ビーマが悲痛な声を上げた。彼はあの競技大会で散々スラクシャと罵り合ったのだ。その時に投げかけた言葉の中には、酷い侮蔑の言葉もあった。
アルジュナは思い出す、彼女を初めて認識した時のことを。彼女と初めて会話をした時のことを。
――あなたは、周りの賞賛を重荷に思っているように見えましたから
バキリ、と。
アルジュナの中で何かが壊れた音がした。
「―――ぁあああああああああああああああ!!!」
悲鳴を上げ、崩れ落ちるアルジュナに、兄弟が、母が駆け寄り心配する。
だが、その中の誰一人としてアルジュナを理解していない。
唯一アルジュナを理解していたのはスラクシャだけで、その姉をアルジュナは、クリシュナに言われたとはいえ、自分の手で、自分の意志で殺してしまったのだ。
「――――ん?」
スラクシャは、誰もいない座で一人首をかしげる。
自分の取った行動が、取り返しのつかないほどの悲劇を巻き起こしてしまったことを知らずに。
「……気のせいか」
ヴィシュヌ神の化身によって隔絶されてしまった座の中で、彼女/彼は待ち続ける。
他人に施してばかりだった愛しい兄と再会することを、もしかしたらあの真っ直ぐな弟と会えるかもしれないことを。
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