「な……に……」
ジャンヌ・オルタは信じられないといった面持ちで受けた傷を見詰めている。私の攻撃も喰らっていたのだ。あれは致命傷だろう。
彼女が旗を取り落とすと同時に、私にも限界が来た。またも崩れ落ちてしまう。
「スラクシャ!」
「スラクシャさん! はやく、手当しないと……!」
いえ、鎧あるので放っておけばそのうち治ります。
と言いたかったけどその気力もなかったのでなされるがままにしておいた。
「そん、な。馬鹿な。有り得ない、嘘だ
だって、私は――聖杯を、所有しているはず――! 聖杯を持つ者に、敗北はない。そのはずなのに……!」
「おお、ジャンヌ! ジャンヌよ! 何という痛ましいお姿に……!」
「ジ、ル……」
吹っ飛んだ扉から飛び込んできたのはジル・ド・レェだった。あの2人の包囲網を突破してきたらしい。普通にすごい。
ジル・ド・レェを見て安心したような表情をするオルタに、彼は後のことは自分に任せて眠るように言う。
フランスを滅ぼせていないと彼女は無理に起き上がろうとするが、重ねて休むように言われると安堵の表情で消滅していった。
「……」
「――やはり、そうだったのですね」
「勘の鋭い御方だ」
無言で佇むジル・ド・レェにジャンヌが確信を以て声をかけた。
「あ、此処に居た!」
「いきなり逃げ出すとは……」
続いてエリザベートと清姫が部屋に飛び込んでくる。どうやら勝負の最中に逃げたらしい。ジル・ド・レェの到着より遅れてきたことを考えるにあのヒトデを大量に召喚されて足止めでも喰らっていたのだろうか。
「あの、ジャンヌさん。一体――?」
「聖杯、を、持っているのは、“竜の魔女”ではなかった、ということです……」
「スラクシャさんの言うとおりです。そもそもあのサーヴァントは英霊の座には決して存在しないサーヴァントです。私の闇の側面でない以上、そう結論せざるを得ません」
しかし、そこで疑問が残る。あの強力な力はどうやって手に入れたのか。
「それは即ち、聖杯に他なりません。つまり“竜の魔女”そのものが――」
「その通り。“竜の魔女”こそが、
「な……!?」
「え? え? え? どゆこと? 竜って聖杯なの? じゃあアタシも!?」
素っ頓狂なことを言うエリザベートに清姫の容赦ないツッコミが入る。
なんか和んだ。
「貴方は――
「私は貴女を蘇らせようと願ったのです。心から、心底から願ったのですよ。当然でしょう?」
しかし、それだけは叶えられないと聖杯に拒絶された彼はジャンヌ・ダルク――“竜の魔女”を聖杯そのもので造り上げたのだ。
そして“竜の魔女”は、最後までそのことを知らなかったのだろう。
ジャンヌは自分が蘇ったとしても“竜の魔女”にはならなかったという。
裏切られたのに、嘲弄されたのに、無念の最後、だったのに――。
それでも祖国を恨みも憎みもしない。何故なら……この国にはジル・ド・レェたちが、大事な人たちがいたのだから。
「……お優しい。余りにお優しいその言葉。しかし、ジャンヌ」
そう。ジャンヌ・ダルクはフランスを恨まなかった。でも、
「私は、この国を、憎んだのだ……! 全てを裏切ったこの国を滅ぼそうと誓ったのだ!」
「ジル……」
「貴女は
……前世があったから客観的に見ることが出来てただけで、もし普通に生まれてたら私もああなってたのかもしれないんだよなあ。
「我が道を阻むな、ジャンヌ・ダルクゥゥゥッ!」
「…………そう、そうですね。確かにその通りだ。貴方が阻むのは道理で、聖杯で力を得た貴方が国を滅ぼそうとするのも、悲しいくらいに道理だ」
「そして私は――それを止める。聖杯戦争における裁定者、ルーラーとして。あなたの道を阻みます。ジル・ド・レェ……!」
どうやら、これがこの特異点最後の戦闘になりそうだ。
「っ、さて、と」
「聖杯を確認しました! 先輩、指示を!」
「……気合いをいれろ」
「はい! マシュ・キリエライト!」
「ライダー、スラクシャ」
「「行きます!!」」
聖杯をその手に持っているからか、先ほどよりもヒトデどもの量も力も段違いになっている。
もう群れというか海だ。ヒトデの海。
「スラクシャさん! 大怪我をしているんですから、無理をしないでください!」
「治ってるから大丈夫です!」
いや嘘だけど。流石にまだ治ってないけど、一応露払いくらいはできる。
しかし減らない。射殺しては切落とし、また射落とすを繰り返している。幾らなんでも可笑しいだろうと思ったその時、
「スラクシャ! 清姫! 炎を使うんだ! そいつら、倒した残骸からも生まれてきてる!」
マスターからの指示が聞こえた。なるほど、そりゃ減るわけがない。
「シャアアアア!!」
「はあっ!」
2人で炎をだしてヒトデを焼き払う。塵一つ残さずに焼き払うとさすがに復活はしなかった。
「ほぉーら。まだまだ行きますよ?」
「げっ」
ジル・ド・レェの持つ本に魔力が集中したかと思うと、また倒した分のヒトデが召喚されていく。
「あーもうっ! 全然減らないじゃない! そこのアオダイショウと赤いの! もっと炎出しなさいよ!」
「待って。赤いのって私ですか?」
「そちらこそ、仮にも竜の端くれなら火くらい吹いたらどうです?」
「竜属性持ちは火を吹くのが普通なんですか!?」
「ちょっとそこ! 気が抜けるから真面目にやって!」
私のせいじゃないですマスター!
余りの多さに矢をつがえる暇もなく、今は短刀で近づいてくるヒトデを切り伏せている状態だ。マスターのところに行こうとするのはマシュさんが守る前に清姫が焼き払っているので大丈夫。
しかし、このままじゃジリ貧だ。どうにかして召喚を止めないと。
そう思った時ジャンヌの声が響いた。
「皆さん! この使い魔を召喚しているのはジルではなく、あの本です! あれさえなんとかできれば……!」
なるほど。だから本に魔力が集中したのか。
……本……紙……。
「マシュ、俺の護衛をおねがい! 清姫、スラクシャ!」
「了解ですマスター! エリザベート、手伝ってください!」
「む! 仕方ないわね。いいわ、手伝ってあげる!」
「分かりました
いまなんか可笑しくなかったか!?
「(気のせいにしておこう)先のダメージがまだ残っているのでエリザベートは正面に回るまでヒトデをひたすら刺しちゃってください。正面に行けたら清姫が奴の周辺のヒトデを焼く。道が開けたら私が突っ込んであの本を焼きます」
多分、それで限界が来るだろうし。
「あら。それでは、私が本を焼いても良いのでは?」
「念のためです。私は神の血を引いてますからね」
火は浄化の力があると言われてるし、太陽神の血を引いている私の魔力から生み出した炎なら多少なりとも効果があるだろう。
「なら仕方ないですね……。残念ですが、今回はお譲りしますわ」
なにを? いや、ツッコんだら負けだ。理性がある(会話可能な)バーサーカー=なんか別のところで吹っ飛んでるに決まってる。例外はあるだろうけど。
それはさておき。さっさとケリをつけようとすぐに動く。
エリザベートがグサグサとヒトデを刺し、刺さったまま力任せに振り回して他のヒトデにぶつけて吹っ飛ばす。密集しているもんだからそれはもう当たる当たる。
それでも多い。私たちも勿論切ったり焼いたりしているけど少しずつしか前に進めない。
「面倒ね! こうなったら……!」
エリザベートがドン! と床に槍を打ち付ける。
それを見た清姫の顔色が変わった。
「ちょ、あなたまさか……!」
「サーヴァント界最大のヒットナンバーを、聞かせてあげる! 【
彼女の宝具が発動した途端、
――なんと形容すればいいのか。音痴、いや、そんなんじゃなく。言葉じゃ言い表せれない。
テロい、そう。テロだこれは。一番近い言葉がテロだ。まさか音楽をこんな風に喩える日がくるとは。
声はいい。歌詞も、まあこんなのもアリだろう。
しかし音程。テメーはダメである。何処に行ったんだ戻ってこい。
それが大音量、至近距離、狭い空間。耳を押さえているとはいえ、至近距離で巻き添えを喰らった私の耳は一瞬だが使い物にならなくなった。
……ああ、ドゥリーヨダナのところで聞いた演奏は綺麗だったな……。
「スラクシャー! 戻ってきて! チャンスだよチャンス!!」
「……ハッ!」
あっぶな! 一瞬とはいえ意識が飛ぶとは……なんて恐ろしい宝具なんだ。
周囲を見ればヒトデどもが体を縮こませて身を寄せ合っていた。
……罪悪感半端ないな!
「き、清姫! お願いします!」
「どうかご照覧あれ! 【
清姫の姿が大蛇へと変わり、炎の息を吐く……あっつ! 超熱い! 同じ炎なのに執念とかそういうのがプラスされてるから熱さ倍増してるのか! そりゃ安珍も焼け死ぬわ!!
炎が収まり、清姫の姿が元に戻る頃には、私達のまわりに居たヒトデの7割近くは灰になっていた。
勿論、部屋一杯にいたので全体で言えばまだまだ残ってるけど……。これ、やっぱ清姫に任せても良かったんじゃ……。
「何を呆けているのですか。さあ、道は開きましたよ!」
「っ、ありがとうございます!」
ヒトデは勿論、ジル・ド・レェも直接喰らいこそしなかったが、間近で宝具は2回連続で発動されて余波を受けたのかすぐには反応できないようだ。
「――
召喚した炎を矢に纏わせ、放つ。擬似ブラフマーストラのようなものだが、あれよりは全然威力はない。というか今の私では出せない。
2人の宝具によって駆逐されたヒトデに気を取られていたジル・ド・レェが気が付いた時にはすでに遅く、矢がジル・ド・レェの持つ魔導書に突き刺さる。
炎はすぐに燃え移り、本は灰になった。
すると、いままで部屋中にひしめき合っていたヒトデが一斉に液状化し、飛び散った。
「ジャンヌ! マシュさん!」
「令呪を以て命ずる! やれ! マシュ! ジャンヌ!」
「「はぁあああああ!!」」
2人の攻撃がジル・ド・レェに当たる。
令呪の支援も有り、残るすべての魔力を使ったその一撃は、ジル・ド・レェの霊核に致命的なダメージを与えた。
「馬鹿、な……! 聖杯の力を以てしても、届かなかった……だと……。そんなはずはない! そんな理不尽があってたまるか! 私、は、まだ……!」
「ジル。もう、いいんです。もう大丈夫です。休みなさい。貴方はよくやってくれた」
ジャンヌの心からの言葉。最後の最後まで、決して後悔しない。自らの屍が誰かの道へ繋がっている。それだけで良いと。
「さあ、戻りましょう。在るべき
「……ジャンヌ。地獄に堕ちるのは、私だけで――」
その言葉を最後にキャスター、ジル・ド・レェは消滅し、その場には聖杯が残った。
「聖杯の回収を完了した! これより、時代の修正が始まるぞ! レイシフトの準備は整っている。すぐにでも帰還してくれ!」
え、もう還らなくちゃいけないの? いや、流石に疲れたし体中痛いし休みたいんだけどさ。
外に残ったジークフリートやマリーさんたちにも挨拶くらいしたかったのに。
エリザベートが、清姫が別れを告げて座に還っていく。
清姫が何か意味深なことを言っていたが、多分気にしたら負けだ。
ふと、部屋の外から騒がしい音と焦ったような気配。
「ジャンヌ!」
「ジル……!」
飛び込んできたのは、この時代のジル・ド・レェ。ワイバーンは恐らく消えているだろうから、急いで駆け付けてきたのだろう。
ジャンヌの姿を見てジル・ド・レェは希望を持つが、ほかならぬジャンヌがそれを否定する。
此処に居るジャンヌはサーヴァント。この世界は泡沫の夢にしか過ぎない。ジャンヌは死ぬし、ジル・ド・レェは悲嘆し、歴史通りに大量殺人を犯す。
「ジャンヌ……」
「でも、違う形で、違う在り方で。共に戦うこともできる……そんな予感があります。だから、これは一時の別れです」
「やはり、貴女は……。いや、それでも。死してなお、この国を……!」
「赦して欲しい、ジャンヌ・ダルクよ! 我々は、フランスは、貴女を裏切った……! おおおおお……!」
「大丈夫、大丈夫です。せめて笑って、この世界から離れましょう」
泣き崩れる騎士に優しく笑いかける聖女。
とても神々しくて、とても……。
「………………」
長い間会ってないせいで感傷的になり易くなってるようだ。
「マスター……そろそろのようです」
レイシフトの準備が整った。これでフランスは元に戻る。失われた命も、荒れ果てた土地もすべて元に戻る。
しかし、ジャンヌたちと出会ったことも、共に戦ったこともなくなる。
「みなさんとは、またどこかで出会えそうな予感がします。私の勘は、けっこう当たるんですよ?
――さようなら。そして、ありがとう。全てが虚空の彼方に消え去るとしても。残るものが、きっと――」
そうして私達はカルデアに戻ってきた。
初のグランドオーダーは無事に遂行された。
カルデアが半壊する原因となったレフ・ライノールなる人物は現れなかった。まあ、いずれ姿を現すだろうしそれまでに要鍛錬だ。
緊張も解け、あとは部屋に帰って休むだけとなった。
が、連続で大ダメージを喰らった挙句に魔力切れを起こした私はすぐにぶっ倒れてしまった。
「――よ。――は、―――にいる――」
「――――会―――。―――なら―――って」
「―――が―――――ら。―――が―――!」
「――――――――」
「――今―――る。―――」
「スラクシャ――」
「…………?」
なにか、夢を見た気がした。
酷くおぼろげで、ほとんど覚えてないけど。
――カルナに会いたくなった。
此れにて第1章完結。
次は皆さんのお言葉に甘えて5章いっちゃおうかと考えてます。私も書きたいし。
予告していた番外編もありますので、よければどうぞ。
誤字脱字・感想ありましたらお願いします。