来禅高校のとある女子高生の日記   作:笹案

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2020.9.27加筆。


四糸乃パペット 士道視点(中)

「ねえねえ、士道くん。今度の買い物に行かない?」

 

 俺が夏の暑さにやられそうになっている中。家に遊びに来た彼女は、笑顔を浮かべながらそう言った。

 

「買い物……? そういう事だったら琴里も連れていくか?」

「琴里ちゃんは駄目だよ!」

 

 彼女は手でバッテンを作る。

 

「何でだ……?」

「出かけるのは琴里ちゃんの為だからだよ」 

 

 俺の疑問の声を聞いた彼女は少し不安げな顔をしていたが、その言葉で俺はようやく1つの答えへと辿りつくことができた。

 

「……あ、そういう事か」

「忘れてるのかと思ったよ。そういう訳だから、また今度よろしくね」

「あ、ああ!」

 

 俺が返事を返すと、そいつは人のいい笑顔を浮かべながら親指を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 よしのん探しを三人でしていた次の日の朝。

 俺はやけにすっきりと目を覚まし、また夢を見たんだという事を思い出した。

 昨日のようにそんな夢を見たという事は鮮明に思い出せたが、やっぱりその子の顔は思い出せないし、声も思い出せない。琴里の為? 何のことだろうか。

 

 釈然とせずに首を捻り、寝間着から着替えて朝食の準備でもしようかと思った時、呼び鈴が鳴った。

 

 こんな時間に誰だろうと思いつつも玄関の扉を開けると、ふらふらとしている寝惚け眼の観月が出てきた。……なぜか寝間着姿で。

 

「お、おい……大丈夫か……?」

 

 俺はそう言ったがそれが聞こえていなかったのか、観月は意にも介さずに、にこりと笑いながら俺に抱きついた。

 

「えへへ、士道くんの匂いがする〜」

「……っ!?」

 

 柔らかいものが当たる感触とふんわりと香る良い匂いに困惑している中にそんな事を言われて、自分の顔が赤くなっているのを感じた。慌てて彼女を引き剥がそうとしたが、その細い体のどこにあるのか不思議になってしまうぐらい強い力で掴まれているために引き剥がすことが出来ない。

 

「な、ななな……!」

 

 予想外の出来事に語彙力が低下して、顔が赤くなっているを感じる。それを見てか分からないが、観月がもっと密着してきた。

 柔らかいもの……いや、胸が先程までとは比べ物にならないくらい自己主張してくるし、女の子特有の甘い香りが鼻に入ってくる。

 いつもは制服だから分からなかったが、観月意外とあるんだな……って、何考えてんだ、違う違う。

 

「……ふへへ、士道くんだ。士道くーん」

 

 こちらの考えなんてこれっぽっちも気づいていないであろう観月は、幸せそうに顔を緩めていたが、今の俺にはそれを気にする余裕などなく。振りほどこうとしても感触に気を取られてうまく行かない。いや、抵抗はしているのだが、全く効果がないのだ。

 それならむしろ自分からこの感触を楽しめば……いやいや、駄目だろ!? 

 それは彼女が悲しむ……いや、むしろ喜んでくれるんじゃ……

 

 

 

 

 理性と本能がせめぎあい体感的に長い時間が経ったように感じられた後、突如として彼女に掴まれていた力がなくなった。その代わりに、素数を数えていた俺に彼女の身体がのしかかってきたので慌てて支え、肩を揺らして声をかける。

 

「……お、おい! 観月!」

「……はい……? ……って、えっ……?」

 

 観月は呆けた顔でゼロ距離にいる俺を見て、次に俺の脇くらいの所に回されている自分の腕を見た。

 すると時が止まったかのように数秒間動きを固まらせ、そしてまた数秒後にばっと俺から離れた。

 

「あ……え……す、すみません!!!」

 

 観月はそう言って、バタバタと自分の家に戻ったようだ。

 ……どうしよう。家来てたから、何か用事があったから来たんだよな。だけど、この調子だともう来なそうだ……

 そう思いながら玄関の前で棒立ちしていたら、眠たげな目をしている琴里が俺に声をかけてきた。

 

「おにーちゃん、どうしたのー?」

 

 ……どうやら今は妹モードらしい。よく見てみたら白いリボンだった。

 ちょっと身構えかけていた気持ちを緩ませ、観月のことを話すことにした。

 

「あ、琴里。いや、今さっき観月がその……寝ぼけてたらしくて寝間着姿でこっちに来てたんだが、その事に気付いた後に慌てるように家に帰ってしまってな……

 どうしようか迷ってるところなんだ」

 

 琴里に全部をありのままに言うとからかわれるだろうし、観月も良い気なんてしないだろうから、彼女に抱きつかれた事は伏せて事情を説明すると、琴里に不思議そうな目を向けられた。

 

()()? 

 ああ……うんうん、そりゃー京乃おねーちゃんからしたら恥ずかしいよね! 

 ちょっと時間置いて、おねーちゃんがこっちに来なかったら、おにーちゃんがおねーちゃんの家に行ったら?」

 

 やっぱりそうするべきだよな。

 うんうんと頷き、俺は琴里に言葉を返す。

 

「そうだな、そうしよう」

 

 

 

 

 

 結局暫く待っても家に来なかったので観月の家の前に立っている。

 琴里が見ていたら早く呼び鈴押せとか言いそうだけど……何せ女子の家に行くなんて中々ない経験だから緊張するんだよな。

 とは言っても、腹に背はかえられない。

 このままでは時間が無駄に浪費するだけで終わってしまう。

 

 そう思い震える手を抑えながら呼び鈴を押す。

 暫く経つと観月が家から出てきた。

 ……勿論寝間着から着替えて。

 

「いいい、五河君!? あ、あの、さっきはめ、迷惑かけたみたいですみませんでした!! 何か失礼はありませんでしたか!?」

 

 失礼……いや、それよりも……

 

「……観月、さっきの事覚えてないのか?」

「あの……すみません、覚えてないんです。起きたら五河君に揺さぶられてて……これ以上の失礼があるかと思うと……」

 

 ぶるりと体を震わせる観月。

 ……彼女に、甘えた調子で声をかけられ、あまつさえ抱きつかれたりもしたのだ。寝間着姿を見られただけ(だけというのも可笑しいかもしれないが)で、全身がマナーモードの携帯のように震えているのに、クラスメイトに甘えるように声をかけたり、抱きついたりなんかしていた事を教えてしまえば……いや、どうなるのだろう。

 取り敢えず今までの比ではない様子を見ることになるのは確かだろう。

 

「い、いや大丈夫だ! 観月はただ立って寝てただけだから!!」

「い、いや、全然大丈夫なんかじゃ……って、え? 立って寝てたんですか私!? 

 ……い、いえ、迷惑をかけてしまったことに変わりはありません。すみませんが五河君、ここで少し待っててくれませんか?」

「……? ああ」

 

 俺がそう言うのを聞くと、ぺこりと頭を下げた後に駆け足で家の中へと入っていった。

 そうして暫く経った時に、菓子を片手に持って恐る恐ると言った感じで口を開く。

 

「えっと、その……」

「その菓子がどうかしたのか?」

「そ、そうなんです! この前おじさんが帰ってきた時に、家に置いていって……

 五河君、良かったらこの前のお礼という事で受け取って下さいませんか……?」

 

 観月は申し訳なさそうな顔をしながら、俺に菓子を押し付ける。

 

「いや、おじさんが観月に買ったものなんだろう? だったら俺が貰っちゃ悪いし……」

「そ、そんな事ないです! 

 あの人大量に買ってきたので、消費期限まで一人だけでは処理出来る自信ありませんし……その、無理そうでしたら他の人におすそ分けって形でも構いませんし……」

 

 俺は特別甘い物が好きというわけではないが、十香や琴里なんかにあげたら喜ぶだろう。

 特に十香とは喧嘩中のような雰囲気だし、これを渡すことで仲直り……とまではいかなくても、少しは俺の言い分に聞く耳を持ってくれるかもしれないし、いいことづくめなのではないだろうか。

 ひとりでは食べきれないというのは、こちらに受け取らせる為の嘘な可能性もなくはないが、……まあ、好意はありがたく受け取っておこう。

 

「そうか、じゃあありがたく貰うかな」

 

 俺がそう言うと、観月はほっと肩を撫で下ろして菓子を渡してくれ、立ち話も何だからと家の中に俺を入れてくれ、リビングの椅子に座るように促した。

 ……何だろうか? 家の造りも、机、椅子、テレビなんかの家具も家具もそう変わらないのに、何か違和感というか……

 ああ、そうだ。俺の家では嗅いだことのない匂いがするんだ。あまり嗅いだことのない匂いだが、どこかで嗅いだような……

 アロマ? お香? 近い気がするが違うような……

 

「何の匂いだ……?」

「……? におい、ですか……? 

 す、すみません、何かにおいますか……!? 

 わ、私の体臭ですか? 毎日お風呂に入っているつもりでしたが、やっぱり臭いますかね!? くさいですか!?」

 

 突然慌て出した観月に、慌てて訂正の言葉をかける。

 

「違う違う! 観月はいい匂……じゃなくて……部屋から匂うような……?」

 

 さっきの事を思い出してしまい、つい口を滑らせてしまったが、観月は顔を傾げるくらいで特にその事を気にしている様子はない。

 その代わりに観月は顎に手を当てて考える仕草をして、そしてはっとした表情で口を開く。

 

「……もしかしたら、あれかも、しれません」

「あれ?」

「お菓子の匂いです。ちょっと寝ぼけた時に食べてしまったようで、……匂いが篭って、しまった……のかも、しれません

 

 ちゃんと換気しないとと呟く観月の様子を見て、確かに菓子の甘い匂いもする様な気がするとは思ったが、俺が知りたかったのはその匂いではなく。

 

「……もしかして、花か?」

「花、ですか……?」

 

 少し考えてこんだ様子の観月だったが、何かを思い出したという様子だった。

 

「……そういえば、花束を買って、お母さんに、あげようと思ってたんです。でも……勇気が出なくて無駄にしちゃって……」

「喧嘩でもしているのか?」

「……ええっと、そういうわけじゃ……ないと思います。五河君が気にするほどのことじゃ、ないですよ」

「……本当に大丈夫か?」

「大丈夫です。次に会うときには、きっと元通りですから。だから……()()()、です。その……もう少し、時間が欲しくて……」

 

 また、胸がざわめく。昨日観月の笑顔を見たときみたいに、妙な鼓動の高まり。

 ……よその家事情に首を突っ込むものではないだろう。それに、きっと観月は一人で解決出来るはずだ。

 

「そう、だな。観月が大丈夫っていうならそれを信じる。

ただ……困っていることがあるなら頼ってくれ。出来れば観月の助けになりたいんだ」

「……あ、りがとう……ございます。その言葉だけで、本当、嬉しい……です」

 

 硬い笑顔を浮かべて、彼女は台所へと向かった。

 気持ちを切り替え、お茶を出してくれた観月にお礼を言って、向き合うように椅子に座った。

 

 

「……家に来てたが、何か言いたいことでもあったのか?」

 

 俺がそう言うと、観月はばつの悪そうな顔で頭を下げてその姿勢をキープしたままに口を開く。

 

「あ、あの……その節は本当にすみませんでした。

 その、朝は……その寝ぼけてて……その、よ、用とか……無かったんです。ほ、本当にすみませんでした!」

 

 綺麗な姿勢のお辞儀をピシッと決める観月。

 そんな彼女に少々面食らいながらも顔を上げるようにいう。

 

「いや、全然大丈夫だ! バンバン来てもらって構わないから!!」

「……本当、ですか……?」

 

 上目遣いでこちらを見上げる観月を見て、何かこちらがイケナイ事をしてしまっているような気分になりながらもしっかりと彼女に肯定の言葉をかける。

 

「あ、ああ!」

「……あ、ありがとう……ございます」

「でも、そうなのか。用事とかないなら……ちょっと俺の方から頼みがあるんだが、聞いて貰ってもいいか?」

「は、はい、勿論!」

「その、十香の事なんだが……」

「は、はひ! 夜刀神さんと一緒に暮らしてるんですよね! 式はどちらで上げるのでしょうか!?」

 

 観月のどこから来たのかと言いたくなるくらいに突拍子のない言葉に焦りながらも、彼女を落ち着けさせようと言葉を返す。

 

「いやいやいや、違うぞ! 十香は親戚の子で、突然こっちに引っ越して来ることになったのはいいけど、住むはずの家がまだ出来てないから臨時で泊まらせてるだけだから、そういう話じゃないぞ!」

「……そうなんですか?」

「……ああ、そうなんだ!」

「……」

 

 勿論殆ど嘘だ。

 確かに十香の住む家が出来ていないと言うのは合っているが、当然ながら十香と親戚というのは嘘だ。

 それ故に上手く誤魔化せるか不安だったし罪悪感も残ったが、クラスメイト同様、理由も無しに同居するなんて思わなかったからか、少し疑わしそうな顔をしていた観月だったが俺の返事を聞くと溜飲を下げたように息を吐く。

 

「だからクラスのやつらにバレないようにしたいんだ。

 あいつらにバレたら何言われるか……」

 

 俺がそう言うと、観月はあっけにとられたような顔で口を開く。

 

「そ、そんな事ですか? 

 勿論、皆さんには言ったりしません……」

「本当か!? ありがとう……」

「……! いえいえ、私なんかが出来る事でしたら……何でも、言ってください」

「そうか? そうなら、四糸乃の事なんだが……

 これからも仲良くしてやってくれないか?」

「……え、私がですか? ……そ、そんなのこちらからお願いしたいくらいですけど、でも……」

 

 そこで区切ると、観月は嬉しそうな表情から一転、陰りをみせる。

 

「四糸乃ちゃんは、凄い優しくて良い子です。

 ……だからこそ、きっと私の事なんかでも無下に出来ないんです。

 ……私なんかが彼女に歩み寄ってしまえば……彼女はきっと断る事も出来ない」

 

 不安そうに言う観月だが、俺にはそんな風に思えなかった。昨日、四糸乃は観月の事をお姉さんみたいな人と評していたのだ。嫌いな人にそんな事を言うはずがないし、何よりも俺といる時よりも二人共楽しそうだった。

 

「……よく分からないが、観月は自分が四糸乃に嫌われてるんじゃないかって思っているのか? 

 そんなんお門違いもいいところだと思うぞ?」

「……?」

「観月と話している時の四糸乃は凄く楽しそうだし、その姿に嘘偽りはないと思うんだ」

「そうかな……そうなのかな。分かりました、五河君。

 ありがとうございました、その……私も頑張ってみようと思います」

「そうか、良かった」

 

 出来る限り怖がらせないように笑みを浮かべたが、顔を背けられてしまった。

 

 俺が頼み事をしたその後は、観月と取り留めもない話をした。趣味はなんだとか、休みの日はどんな事をしているかとか。意外にも会話は弾んだような気がする。

 

「料理しようとは、思うんですけど、……何か上手くいかないんです」

「あ、じゃあ、俺が見ていようか? 

 それで駄目な時は注意するって形で」

「え? 良いんですか!? 

 じゃあ肉じゃがに挑戦したいんですけど……」

「ああ、あれな。難しく作る必要はないし、手軽なやつなら作り方教える……というか、携帯とかで調べれば出てくるんじゃないか?」

「そ、それはそうなんですけど……その……」

 

 もごもごと口を動かす観月だったが、内容までは俺には聞こえない。

 

「まあ、見れば分かると思うし、人が見てた方が上手く行くかもな。じゃあ今度また観月の家にお邪魔してもいいか?」

「……! はい、ありがとうございます! 勿論大丈夫です!」

 

 と、そこまで話した後で、そろそろ昼飯の時間が迫って来ている事に気がついた。帰って十香……はともかく、琴里に飯を作らないとな。

 

「観月」

「……五河君、どうかしたんですか?」

「琴里達に昼飯作らないといけないし、そろそろ帰らないといけない」

「……そうですか」

 

 少し低めのトーンでそう言った観月は、少しの間目を瞑る。すると心なしか空気が重くなったのような気がした。

 しかしそれも一瞬の事で、彼女が目を開けた次の瞬間にはいつも通りの弱々しげな顔に戻り、空気も元に戻ったように感じられた。

 

「分かりました、あの……今日はありがとうございました」

「ああ、こちらこそありがとうな」

「……観月」

「は、はい!」

「その……四糸乃だけでなく、十香や鳶一とも仲良くして欲しいんだ。二人とも良い奴だからさ。いや、無理にとは言わないが」

「夜刀神さんと……鳶一さん、ですか?」

「ああ」

 

 俺がそう頷くと、観月は引き攣った笑みを浮かべた。

 

「その、分かりました……善処はします」

 

 

 

 

 

 自分の家に帰りリビングへと足を進めると、テレビにかじりついている我が妹の姿があった。

 俺の存在に気がつくと、こちらに顔を向けて無邪気に笑う。

 

「随分と長かったね、おにーちゃん!」

「ああ、思ったよりも話が弾んでな……」

 

 俺がそう言うと、琴里は複雑そうな顔をした後ににっこりと笑って口を開く。

 

「そっかー、それは良かった!」

「俺も良かったと安心している。

 あと昼飯何がいいか?」

「デラックス・キッズ・プレート!」

 

 それは近所のファミレスのメニューの一つだった。

 いつぞやは行けなかったし、再挑戦という形で行ってみても良いかもしれない。

 

「んー……そうだな、前は行けなかったし、たまには外食でもいいか」

「やったぁー! 

 じゃあ、私は家出る準備してくるね〜」

 

 琴里は嬉しそうに自分の部屋へと戻っていった。

 

 俺は、その間に十香に一緒にファミレスに行かないかと誘ったが、沈黙を返されてしまった。

 確か十香は部屋に大量の食べ物と飲み物を持っていっていたはずだから、飯の問題はないが……いや、何とかならないのだろうか。

 そう思いながら、俺は十香の部屋を後にして、2人でファミレスに行った。

 

 

 

 お待ちかねのキッズプレートを前に興奮を隠しきれないようにウズウズとしていた琴里だったが、次の瞬間にはプレートの中身(エビフライ)へと手を飛ばしていた。

 そして口に運んだ瞬間に幸せそうに顔を緩ませる。

 

「うっまー! おにーちゃんも食べる!?」

「いや、俺は琴里が美味しそうに食べてるの見てるだけで充分だ」

「そうかー? まあ、欲しいって言ってもあげないけどな!」

「いや、いらねえよ」

 

 そう言いながら俺は自分が頼んだものを口に運んだ。

 ちなみに俺はビーフシチューである。美味かった。

 俺もこれに負けないくらいのものを作れるようになりたいものだと、咀嚼をしながら考えていた。

 

 家に帰った後に、琴里はラタトスクに戻った。

 十香や四糸乃などの精霊に関する案件で戻らなくてはいけなくなったらしくて、夜は帰れないだろうと言うことだ。

 白いリボンでありがとうな、おにーちゃん! と言ったあとに黒いリボンに付け替えて、俺を罵倒しながら姿を消した。

 

 あんまりな落差にちょっと気分が下がった。なんとか持ち直して十香に声を掛けにいったがやっぱり反応はなく……部屋から出たら観月がくれた菓子を一緒に食べようと言って、俺は自分の部屋へと戻った。

 

 

 その後は……まあいつも通りだ。学校で出されていた課題があった事を思い出して勉強したり、それが終わった後は十香の機嫌を直すこと、鳶一の家にいるよしのんをどうやって救い出そうかと考えたりしていたら時間が潰れて、やっぱり十香は出てきてくれなかった為に夕飯を一人で食べて、風呂に入り寝た。

 

 

 

 

 

 月曜のその時、教室は凄い騒がしかった。

 

 何故って? そりゃあ……今まで俺以外の誰とも自分から話そうとしなかった観月が、自分から誰かに話しかけてるんだから、それも仕方のないことなのだろう。

 

 ……何で俺に話しかけてくるのかはよく分からんが、その事を殿町に聞こうとすると殺気のこもった目で見られるし、女子には羨ましそうな目で見られるから理由を知るのは諦めた。

 

 勿論女子が観月に話しかけようとした事は何回かあった。しかし、観月は女子に話かけられる度に泣いたり、悪い時には気絶してしまったりと、ちゃんと話すことに成功する事は1回もなかったのだ。

 

 そのうちに、女子たちも観月と話すことを諦めたのだが……それに、話している相手というのも鳶一という事で中々に驚きがあったのかも知れない。

 ……って、まあ、理由は分かってるっちゃ分かってるけどな。

 

『その……四糸乃だけでなく、十香や鳶一とも仲良くして欲しいんだ。二人とも良い奴だからさ。

 いや、無理だったら別にいいんだが』

『夜刀神さんと……鳶一さん、ですか?』

『ああ』

『その、分かりました……善処はします』

 

 そう言った彼女の顔はしおらしくなっていて、あの反応は、もう完全に駄目なやつだと思っていたからそこは驚きだけど。

 

 クラスメイトは天変地異が起こったとか何とかと騒ぎまくっているが、俺は騒ぎの中心である隣の席の人物に声をかけることにした。

 

「……鳶一?」

「何」

「観月と何話してたんだ? ……その、もしかして精霊の事か?」

 

 隣の席に座っている鳶一にそう言ったが、それを聞いた鳶一の目は何言っているんだろうと言っているような気がした。……あくまでそんな気がしたというだけだが。

 

「何を言ってるの。彼女には、重要な物を貰っただけ」

「それって何なんだ?」

「秘密」

 

 そう淡々と告げる鳶一だったが、心なしかいつもよりも嬉しそうな表情を浮かべているような気がする。

 ……鳶一が喜びそうなプレゼントとは何だろうか? 

 考えてみても特に思いつかない。

 

「……まあ、良いか。それよりも鳶一」

「何」

 

 機械的に首を傾げる鳶一。

 彼女の瞳は、まだ何か用があるのかと暗に示しているような気がして、これから言おうとしている言葉を言っても大丈夫なのだろうかと思わずゴクリと息を飲む。

 しかし、話しかけないと何も始まらない。

 そう思い、彼女に声をかける。

 

「あー、えっと……」

 

 ……と、その続きを言おうとした時、クラスの奴らの視線を集めてしまっている事に気がつき、小声で話す事にした。

 

「……頼みたい事があるんだが、休み時間にでもどこか人気のない所に行かないか?」

「分かった。一時限目が終わったらついて来て」

「……ああ、ありがとう!」

 

 

 

 そして一時限目が終わったあと、いつぞやのように手を掴まれ、教室を出る。

 そうして彼女が歩みを止めた所は、トイレの前だった。

 少しも迷わずに、女子トイレの中に入ろうとする鳶一に待ったをかける。

 

「と、トビイチさん? もしかしてですけど、女子トイレに行こうとしてないですか?」

「駄目?」

「いや人気のない場所ってそういう意味じゃないから!」

「分かった」

 

 そう言った彼女の表情は、何も変わっていないはずなのに、残念そうな表情をしているような気がした。

 着いてきてと言って、次に彼女が俺の手を引いて連れてきた所は、いつぞやに来た屋上の近くの階段だった。

 

「頼みって何」

「……こ、今度の休みにお前の家に遊びに行っても良いか?」

「……」

 

 俺がそう言うと、鳶一は真顔でくるりと1回転をし、ぴょんと真上へと跳んだ。

 

「17日が空いている。その日で良ければ」

「……! ありがとう!」

 

 鳶一の頬が少し赤らんでいるような気がしたが、それもやっぱり気のせいだろう。そうに違いない。

 

 あと、教室に戻った時に殿町から憎しみの視線が突き刺さったが、それ以外は何事もなく時間が進んでいった。

 

 

 

 

 たまちゃん先生の話が終わり、皆が帰りの支度をしているとき、後方からうわずったような声をかけられた。

 

「い、五河君!」

「……ん、観月か。どうかしたのか?」

「え、えっとあの……」

 

 おろおろとしている観月が話しかける前に、彼女の手に握られている物に気が付く。

 それは綺麗な装飾が施されたウサギのパペットで……

 その正体に気がつくと俺は驚きの声を上げてしまった。

 

「それ……よしのんか!? 

 どこで見つけたんだ!?」

「その、……昨日、鳶一さんの家に行かせて貰ったんです。……それで、よしのんを彼女の部屋で、見つけたので……お願いして、貰いました…」

「そうか、よくやった!」

 

 それを聞いた観月が嬉しそうにしている姿が小動物のようで、ついわしゃわしゃと観月の頭をやってしまって、目がぐるぐるに回っているように錯覚してしまえるぐらい混乱させてしまった。

 

「っ〜!!」

「あ……悪い!」

「い、いえ……もっとやっても……」

「……? 何か言ったか?」

 

 ボソリと小さな声で呟いたような気がしたので、その内容について聞こうとしたが、真っ赤な顔でぶんぶんと首を横に振られた。

 

「な、何でもないです!! あの、よしのんをよろしくお願いします!! あとありがとうございましたぁ!!」

「……あ、ちょっと待て……って……もういないか」

 

 観月は半ば押し付けるような形で俺によしのんを受け取らせると、脱兎のごときスピードで行ってしまった。

 もう帰りのホームルームも終わったし、家に帰ったのだろう。彼女は部活にも入ってなかったはずだしな。

 それにしても……観月って案外喜怒哀楽激しいらしい。

 

 そんな新発見を少し嬉しく思いながら鳶一とは反対側の隣の席を見るが、十香はもう帰ってしまったらしい。

 

 あちらもこちらもどうにかしないといけないと思いつつ、俺は教室を出た。

 


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