──夕日が暮れる時間。
静かな教室で士道はある人と一緒にいた。
そのある人と言うのは士道にとって大切な人で、その話というのも大切な話なのだ。
だからこそ士道は、その話というのをするのを待っていて、その人から出た言葉は……
実は私、君のことが──
「……っ!?」
やけに鮮明だった気がする夢に驚き、飛び起きて周りを見渡したが、ただいつも通りの俺の部屋があるだけだった。
……いつの間にか寝てしまっていたようだ。
こんな内容の夢を見たのはこの前から忙しかったから、そのせいなのだろうか。
何せ、十香が家に住むことになったり、よしのんのことでひと騒動あったり、十香が部屋から出なくなったりと色々あったから、やっぱりそうかもしれない。
……十香のこと、正直お手上げ状態だったんだけど、令音さんに何とかしてもらえて良かった。
何で俺の時は出てくれなかったんだと釈然としなかったけど、まあ女同士じゃないと駄目なことだったのかもしれないし、今更考えても仕方ない。
ひと息つくとさっきよりも少し気が緩んだが、いつまでも休憩するのもよくないだろう。……ああ、そろそろ食材も買わないと無くなってしまうかもしれない。なら、買いに行くか。
家を出て、何を買おうかと考えながら商店街を歩いていると、辺りを挙動不審になりながら見渡している少女を見つけた。
……驚いたことに知り合いだった。
「よ、よしのん……?」
この前知り合った──精霊の少女。
何故彼女がこんな所にいるのだろう。そもそも空間震警報も鳴ってないのに……
と、そこまで考えた所で、下手に行動するよりもどうすればいいか聞くべきかと思って琴里に電話をかけたら、素っ頓狂な命令を出された。ヤバイかと思いながらも言われたことをやったら、何とか上手くいったようでよしのん……四糸乃と、まともとは言えずともそれなりには会話することが出来た。
四糸乃は昨日の十香と会った時に、パペットを落としてしまったようで、こっちに来た時から探していたらしい。
それで、俺も四糸乃と一緒に会話をしながらよしのんを探していたが、中々見つからない。
そこで効率をあげる為に2人で手分けしてよしのんを探すことにして数分。少し離れた所でよしのんを探している四糸乃に、よしのんを見つけられたかと声をかけようとしたが、彼女の目の前に人がいることに気がついて言葉を押しとどめる。
後ろ姿しか見えないが、袖についているレースが印象的な白い服を着ていて、ジーンズを履いている人物。髪の色は観月のような濃い黒茶色で、観月と同じ髪の長さで……ってあれ、観月本人か?
「四糸乃、どうしたんだ……って、観月……?」
「……い、五河君……!?」
振り返って俺の姿に気が付くと、顔を真っ赤にして驚いたように声をあげている観月。まあ、驚く気持ちは分かるが、そこまで驚かなくてもいいんじゃないか? 家近いんだから会う可能性も高いし……
いや、何で観月が四糸乃と一緒にいるんだ?
『四糸乃の精神値は安定してるわね。……あれ、四糸乃の京乃への好感度が高い……? まあいいわ。取り敢えず、2人が知り合いなのか聞いて』
「……ん、了解」
琴里に言われたことに対して俺は小さく返事をし、観月に声をかけた。
「驚きなんだが、観月って四糸乃と知り合いなのか?」
「え……あ、……そうで、す。……この前……、会って……」
なるほどそうだったのか。
まあ、確かに二人の性格的に気が合うのかもしれないな。
……とは言っても、それは前に俺とデートしたひょうきんな性格の四糸乃ではなく、今一緒にいる大人しい性格の四糸乃とという話になるのだが。
「へえー、そんなこともあるもんなんだな」
「……う、うん。……そ、ですね」
「……」
「……」
……話が続かない。
いや、無理に話を続けなくても良いんだ。この空気が続くのは嫌だし、観月と別れて四糸乃と一緒によしのんを探すか。
そう思い観月に別れの言葉をかけようとした瞬間、観月の方から俺に声をかけてきた。
「……ど、どうして、2人はこんなところに?」
「……あ、ああ。四糸乃がよしのんを落としてしまったみたいだから、それを探す手伝いをしてたんだ」
「……そ、なんですか。……わ、たしも……手伝っても、良いですか?」
うん? 手伝うって……まあ、知り合いが困ってるんだから、助けるのは当たり前のことか?
……そうとは言っても、これでもし四糸乃の機嫌が悪くなったら良くないし、どうするべきか琴里に聞くか。
そう思いインカムをこつんと叩くと、少しの間が開いて琴里の声が帰ってきた。
『……あー、士道? どうするべきかって話でしょう?
ここで京乃の話を断っても、四糸乃の機嫌が悪くなるでしょうし、了承しといて』
「……分かった」
周りに聞こえないような声で琴里に呟き、観月に確認を取る。
「こちらこそ……いいのか?」
「……はい。……私なん、かで、よければ是非……」
「ありがとうな」
俺が感謝の気持ちを述べると、心なしか観月の顔がまた赤くなった……ような気がする。
もしかして熱でもあるのか?
だったら帰ってもらった方がいいか?
……本人がやる気満々だから本当に無理そうだと思ったらその時にでも帰ってもらえばいいか。
そう思いながら3人でよしのん捜索をしたが、あの後結局よしのんは見つからずに、昼時に三人で五河家にて昼飯を食べる流れになった。
「……こ、こが……士道、さんの家……」
蚊が鳴くような声で呟く四糸乃に肯定の言葉をかける。
前に観月の家に来たとかで別にここが初めて見る景色という訳ではないようだが、それでも初めて見たとでも言うかのようなキラキラとした目で見つめている。
「ああ、そうだ。特に凄いものとかないけど、ゆっくりしていってくれ。……あ、もちろん観月もな」
俺がそういうと、観月は不安そうにこくこくと頷いた。
観月のそんな姿にむず痒いものを感じながらも、家の扉を開けて二人を迎え入れる。
そして、二人に手を洗ってもらい(その際に水道から水が出たことに驚いて四糸乃が観月に水をぶちまけた)、居間にある椅子に座らせた。
「昼飯作るから適当に寛いでいてくれ。
……あ、テレビとかもつけてていいぞ」
「……あ、ありがと、ございます」
まだギクシャクしている京乃に苦笑いを返しながら、俺は何を作ろうかと考える。
結局買い物には行けなかったし、家にあるものでしか作れない。家にあるのと言えば……卵、鶏肉、あと野菜と米くらいなものだ。
親子丼でも作るかと思い、3人分を作って机に運ぶと楽しそうに笑っている観月と四糸乃の姿が見えた。
しかし俺が近くに来たことに気がつくと、観月の表情は一転して悲しそうなものになる。
……何か俺悪いことしたか?
少しそう思ったが、四糸乃達を困らせてはいけないと思って彼女らに声をかける。
「よし、出来たぞー」
「それでね、あの子ったら……って。五河君、ありがとうございます。
す、みません……手伝えば良かったですね……」
何故、何故なのか?
何故悲しそうな顔をするのか。
止めてくれ、観月のそんな顔は見たくない。
……ふと、そこまで考えた所で自分の考えに疑問を持って首を傾げた。
そんな顔が見たくないのならば、いったいどんな顔なら見たいのだろうか。
「いやいや、四糸乃の相手していてくれてありがとうな」
「……いえ! これは、自分で望んでやっていたこと……なので。四糸乃ちゃんもごめんね。こんな面白くない話聞かせちゃって……」
申し訳なさそうに謝る観月に、四糸乃はあわあわとしながらもしっかりと自分の意見を話す。
「……い、え。……京乃さんの、話……聞くの……好きです、から」
だから謝らないで欲しいと四糸乃が言うと、観月は俯いていた顔を上げて、その顔に笑みを浮かべた。
「……ありがとう」
昼飯を家で食ったことは、結論で言うと失敗だったのかもしれない。
何故なら、俺が作った料理を食べて観月が泣き出してしまったり、四糸乃と俺がキスしてしまうのではないかと思える程に顔を近づけてしまったタイミングで十香が帰ってきてしまったりしたからだ。
そう、観月。あの後、何で泣き出してしまったのか考えてみたのだが……彼女の家族に関わる問題なのかもしれない。
昔は彼女のお母さんと観月と仲良く歩いている光景をよく見ていたような気がするが、最近は全く見ないのだ。
仲が悪いようには見えなかったし、うちの家みたいに仕ことが忙しくて中々家に帰ってこれないとか、そんな理由があるのだろう。
俺には大したものは作れないが、それでも来たいなら遠慮せずに食べに来て欲しいと思う。
……ってまあ、一番問題なのは観月では無く、十香のことなのだが。
俺と四糸乃がキスをしている(ように見える)タイミングで十香が帰ってきてしまったのが一番の問題だと思う。……いや、それも元を正せば四糸乃達を家にあげてしまった俺が悪いんだが。
その結果として十香は怒り、四糸乃は逃げ帰るようにロスト、観月も十香が怒っているのをみて泣きそうに、というか半泣きしていたという何とも言えない地獄絵図のような物が出来上がってしまったのだ。
……もう四糸乃はロストしてしまったし、十香の誤解を解こうとしたが、また部屋に閉じこもったっきり出なくなってしまった上に琴里に今十香に話しかけるのは逆効果だと言われたから、こうなってしまったものは仕方ないと思い、どうすればいいのか分からずにオロオロしている観月に声をかける。
「……観月」
「は、はい、何でしょうか!? ……あ……い、いや……その……良い所を邪魔して、すみませんでした」
しどろもどろになりながら家から出ようとしている観月に、焦りながら待ったをかける。
「お、おい! いや、違うからな!?」
「……?」
「四糸乃とキスしてたりなんか……」
「……本当ですか? 嘘は言わなくて良いんですよ? 四糸乃ちゃんと五河君が恋人だったとしたら、お、お祝いしますから……」
「いや、本当に違うからな!」
いや、正直の所を言うと恋人ではなくとも四糸乃をデレさせないといけないという点では微妙に合っているのかもしれないが……
とはいえども、そのことを言ったとしてもこの状況では何も生まれまい。
「そうなんだ。……良かった」
そう安堵した表情で俺が今まで見たことが無い、それでいて何故かどこか懐かしさを感じる柔らかい笑みを俺に向けてみせた。
十香が見せるような向日葵のような眩しい満面の笑顔ではなく、こちらを安心させるようなふんわりとした笑み。
それを見た途端に俺の動悸が速くなり、それと同時に何故か今朝見た夢を思い出した。
とは言っても、それは朧気で肝心の内容は全くと言っても良い程に覚えていない。
ただ覚えていることと言えば、俺が教室でとある人物と話していたということだけだが……
その話していた内容を思い出そうとするが、その記憶は黒いカーテンで隠されているかのようにそれ以上先は思い出せず、それでも思い出そうとしてカーテンの内を見ようと……
「あの……大丈夫、ですか? 顔色が悪い……よう、ですが……」
覗きこむようにこちらを見つめる観月の顔は不安そうで、それを見たら速くなっていた動悸はいつの間にか収まっていた。
……どうやら考えすぎたあまりに、顔色が悪くなっていたらしい。
「全然大丈夫だ。心配かけてごめんな」
「え……いや、心配なんて……!」
慌てたように頭を横に振る観月。そんな観月を見ながら、これ以上夢の内容について考えていたら今以上に彼女に心配をかけてしまうかもしれないし、これ以上夢について考えるのをやめようと考え直す。
……そんなことよりも大事なことがあるんだしな。
「観月、俺のことなんかよりも聞きたいことがあるんだが……」
「は、はい、何でしょうか……?」
「今日見ていて思ったんだが……前から四糸乃と話せたのか?」
「……? どういうこと、ですか……?」
「初めて会った時から今の大人しい四糸乃と会話出来ていたのか?」
「……はい、初めて会ったときから、四糸乃ちゃんとも、よしのんとも話して、ました……」
「……よしのんとも?」
「……はい、そうですが……」
それがどうかしたのかとこちらを見る観月だが、俺にはそれは意外なことだった。
よしのんってパペットだろ?
何でパペットが喋るんだ?
「いや、俺の時には今の四糸乃と話せてなくてな……
観月の時は違ったのか?」
「……はい、そうでした、ね」
「ってことは、よしのんって四糸乃の何なんだろうな……」
最初、四糸乃がよしのんを通して自分の思っていることを話しているのだろうと思っていた。
しかしよしのんが話しているときに、四糸乃も話すというなら話は別だ。今日改めて話して思ったが、四糸乃は一人二役の人形劇とか、そんなことをするような子ではない。だけど、それならばよしのんとは何なのだろうか?
そう考えている時、険しい顔をしながら考えことをしていた観月がぽつりぽつりと話しはじめた。
「よしのんは、きっと……四糸乃ちゃんの、別人格なんだと、思います。……彼女は、辛い思いをしてきた……と言ってました。……だから、彼女は……自分がこれ以上に傷つかなくても良いように、相手が傷つかなくてもいいように……、そうして、よしのんを作ったんじゃ……ないかと……わ、私は……思いました」
「……」
よしのんは私のヒーローだと、一緒によしのんを探していた時に四糸乃は言っていた。
よしのんがいてくれたから、自分が自分のままでいれるとも言っていた。そんな四糸乃とよしのんが外れた状態で会った時、そして十香からよしのんを取られた時も、彼女は酷く怯えていた。
それは自分の中にいた、よしのんという自分を守ってくれる友達の反応が突如として消えたからではないだろうか。
それに前に四糸乃とキスした時に、彼女の霊力が封印出来なかったのは、あの時に会話していたのが四糸乃本人ではなく、よしのんだったからということだろう。
そう観月の言ったことに納得すると同時にまた新たな疑問が出てきた。
四糸乃は辛い思いをしたと、観月に言っていたらしい。
けど、それってそれだけなのだろうか?
四糸乃は、観月に自身が精霊だってことも告げているのではないだろうか?
……と、そこまで考えた後で、その可能性は低そうだと考え直す。
自分が危険な存在だと気付いてはいるかもしれないが、四糸乃は優しい女の子だ。
観月がASTと関係ないと知ったら、巻き込まないようにするに違いない。
だったら観月に精霊のことについてバレることも無いはずだし、そもそも彼女がそんなとんでもないことを四糸乃から聞いたとするならば、彼女が楽しそうに四糸乃と談笑しているはずがない。
彼女は俺と同じように普通の人間だし、同級生の女子達と比べて異常な位に臆病で思っていることが顔に出やすい。
そんな彼女が今もいつもと同じ、いやそれ以上に楽しそうにしているのにそんな状況に陥っているのか?
……いやいやいや、ないだろう。
と、そこまで考えた所でまたしてもこちらの顔色を伺うかのように視線を送っている観月によって考えをやめざるを得ない状況になった。
「……あの、五河君?」
「観月。どうかしたのか?」
「よしのん探しで疲れちゃった……し、これ以上、……お世話になる訳にもいきません、ので……もう、家に帰り……ます、ね」
「じゃあ家まで送るぞ?」
「……!? ……いえ、そんなご迷惑を、お掛けする……わけ、には……いけません、から」
「いや、隣だし近いんだから送ってくよ」
「……い、いえ! そそそ、そんな……」
尋常じゃない様子の観月を見て、苦笑いを浮かべながら俺は言葉を返す。
「まあ、観月がそこまでいうなら仕方ないか」
「……はい、今日は、ありがとうございました。……それに、昼ご飯、ありがとう……ございました。とても、……美味しかったです」
真っ直ぐとこちらを見つめる空色の瞳に少しドキリとしながらも、自分の手料理を褒めてもらえたことで少し気恥ずかしい気持ちになりながらも言葉を返す。
「それは良かった。……あ、そうそう。休みとか暇な日でもあれば、俺の家に来てくれて構わないぞ。大したものは作れないが、観月の分の飯作るから」
「……!? は、はい……ありがとう……ございます!」
深々とお辞儀をして急ぎ足で家から出る観月を見送って玄関のドアを閉めると、インカムから琴里の声が聞こえてきた。
『……やるじゃない士道。精霊とは関係ない女の子を家に連れて来て胃袋を掴むなんて。
……あ、でも気を付けることをお勧めするわ。
もし精霊達をデレさせた状況なのに、彼女と付き合ったりすると誰かから刺されること間違い無しだから』
「……? 何言ってんだ? そんなことになる訳ないだろ」
観月と付き合うなんて、そんな状況になる訳ない。
なる訳ないのだ。
それは
あいつに好かれていないと言うのにそんなこと、あるはずもない。
そもそも誰かってだれだよ。
そう思いながら返事を返していると、特大級の溜息を返された。
『……ってまあ、彼女のことは置いておくとして。よしのんと四糸乃は別人格、ねぇ。
まあ、調べる価値はありそうだからラタトスクで調べておくわ』
「ああ、ありがとうな」
『……ふん、当然のことよ。あとそれと、映像を洗ってみたところ、よしのんの所在が判明したの』
「本当か!? どこにあるんだ?」
『それは──鳶一折紙の家よ』
琴里の発した言葉によってはっきりとしてしまった状況に、俺は頬を痙攣させるほかなかった。