来禅高校のとある女子高生の日記   作:笹案

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ご飯

 ぴょんぴょんと、水溜まりの上を跳ぶと、雨粒などとは比べ物にならないくらいに大きな波紋が水溜まりに広がる。

 その光景を見るのが面白くて、ついぴょんぴょんと跳ねていたが、今回この世界に来たのには意味が合ったのを思い出してそれをやめる。

 

 京乃さん、京乃さんに突然消えてしまったことを謝りたくてこっちに来たんだった。

 だけど……ここどこなんだろう。見渡しても、この前のようなところではなく、よしのんのいう神社? そんな感じの所、みたい。

 もしかして京乃さんの家、遠いのかな。無鉄砲に来るべきじゃなかったのかも。そう思いながらも、京乃さんの家がこの近くにあるという望みをかけて神社から出ようとしたが、歩き出そうとした矢先に近くに落ちていた石につまずき、転んでしまった。

 特に痛いということはない、けど。

 

「よ……しのん」

 

 よしのんがいなくなってしまった。

 彼女がいないと、頭の中がぐるぐるして、ぐちゃぐちゃになって、どうしようもなく、どうにかなってしまって……

 世界が見えなくなる。世界に自分1人しかいない錯覚に陥る。よしのんがいない世界なら……

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「あの……大丈夫か? これ落としたみたいだけど」

「……っ!?」

 

 いつの間にか目の前にいた男の人の声によって、私は自我を取り戻した。

 ……彼の手には、よしのんが握られている。

 

「よ……よしのん……!」

 

 よしのんが男の人に捕まっている。

 もしかして、私に攻撃してくる人達の仲間の人……? 

 駄目だ。もしそうなら近づいた瞬間に、痛い思いをすることになる。

 でも……だけど……よしのんは助けないと……

 そう思いながらも男の人に近づけないでいると、男の人がよしのんを差し出すようにして私に手を突き出している。

 その光景を不思議に思いながら見ていたが、次第に男の人がゆっくりと、私に近寄って来ていることに気がついた。

 

「……?」

 

 そのことが怖いはずなのに、特に何も思わない。

 その感覚はつい最近味わったものと同じように感じて、変な感じがする。

 ……もしかして、この人はただ優しいからよしのんを拾ってくれただけとか? 

 それなら、今この状況にも説明がつくような気がするけど、そんな馬鹿な……

 ……まあ、別にそうじゃなくても、よしのんを助けることが出来るなら何だっていい。そう思いながら手の届く範囲に来ていたよしのんを、彼の手からそっと取って自分の左手にはめ、これからの対応を彼女に託し、意識を落としていった。

 

 

 

 

 

 また、意識が戻ったときの状況は、よく分からなかった。それに、とても怖かった。見知らぬ女の人に、よしのんを取り上げられた。いつも通りにいられなくなって、氷結傀儡(ザドキエル)を出して、女の人からよしのんを取って、その場から逃げ出した。

 

 それがこの前のこと。

 今は……

 

「……ん、どうかしたのか。もしかして、よしのん見つかったとか?」

 

 彼の言葉を聞いて、横に首を振る。

 私のそんな返事を知って、彼は大丈夫、見つかるよと言ってくれた。その言葉を聞いて、私の中にあった不安が少し消えたような気がする。

 

 どうやらよしのんはあの痛い攻撃をしている人達から逃げていた時に、いなくなってしまったようなのだ。

 それで、よしのんを一緒に探してくれているこの人は士道さん。

 この前、神社の所で会った人だ。

 あの時は気が気でなくて、この人はあの人たちの仲間なんだって考えていたけど、こんなに親身に探していてくれるのを考えると、やっぱりただ優しいからよしのんを拾ってくれただけなのかも知れない。

 

 何はともかく私は今、この人と2人でよしのんを探していて──

 

「──四糸乃ちゃん?」

「……!? き、京乃さん……?」

 

 突然声をかけられたのに驚いて振り返って見ると、士道さんが私に渡してくれたもの……えっと、傘って言うんだっけ……? それと同じようなものを頭の上に差している京乃さんの姿があった。

 

「こんな所でどうしたの?」

「そ、それは……」

 

 あの時、急にいなくなってしまったことをあやまらないと。それに、今の状況を説明しないと。

 分かってはいるけど、上手に言葉に出来ない。

 こんな時、よしのんだったらうまく話してくれるんだろうなと焦っていると、私が誰かと話していることに気づいたらしい士道さんが、声をかけてきた。

 

「四糸乃、どうしたんだ……って、観月……?」

「……い、五河君……!?」

 

 すると、京乃さんがあわあわと慌てはじめ、その反応を見た士道さんが困った顔をする。

 

 

 五河君。五河君って……士道さんのことだったんだ。

 京乃さんが好きだという人。

 優しくて、頼りになる人。

 考えてみると……確かに目の前の士道さんの条件にぴったりと当てはまっている。

 

「驚きなんだが……観月って四糸乃と知り合いなのか?」

「え……あ、……そうで、す。……この前……、会って……」

 

 おどおどとしている彼女を見て、私は何か不思議な感情を覚えた。何だろう……違和感と言うか何というか……

 

「へえー、そんなこともあるもんなんだな」

「……う、うん。……そ、ですね」

「……」

「……」

 

 京乃さんが返事をすると会話が途切れてしまったようで、周りは女の人達が話し合っていてとても賑やかなはずなのに、2人の周りだけは静まり返っているような感覚に陥った。

 そんな空気を打破する為にか、京乃さんがさっきよりも大きい声をあげた。

 

「……ど、どうして、2人はこんなところに?」

「……あ、ああ。四糸乃がよしのんを落としてしまったみたいだから、それを探す手伝いをしてたんだ」

「……そ、なんですか。……わ、たしも……手伝っても、良いですか?」

 

 その京乃さんのことを聞いた士道さんはぴくりと眉を動かして言葉を返した。

 

「こちらこそ……いいのか?」

「……はい。……私なん、かで、よければ是非……」

「ありがとうな」

 

 士道さんがそういうと、京乃さんの顔が赤らむ。

 

「……い、えいえ。……ところで、五河君」

「なんだ?」

「あの……傘……差さないと……風邪引きますよ……?」

 

 心配するような声音で京乃さんは自分の持っている傘を士道さんに手渡そうとしたが、それを士道さんに止められた。

 

「えっと、別に俺は大丈夫だから!」

「わた……しも、大丈夫……なので。

 折りたたみ傘……あるので……」

 

 京乃さんは持っていた鞄から折りたたみ傘? を取り出した。

 

「……じゃあ、お言葉に甘えて貸してもらおうかな」

 

 そう言って、士道さんは折りたたみ傘を京乃さんから取ろうとしたが、それを京乃さんに躱された。

 

「どうしたんだ?」

「こっちを……」

 

 京乃さんは自分の持っている、折りたたみじゃない方の傘を士道さんに渡そうとするが、今度は士道さんが受け取ろうとしない。

 その光景を京乃さんは不思議そうに見つめ、首を傾げた。

 

「えっと……どうしたんですか?」

「いや、借りる身としては、出来るだけ小さい方を借りようかと思って。ほら、折りたたみの方が小さいだろ?」

「……なるほど」

 

 京乃さんは目を瞑った。

 

「……だけど、大丈夫です。

 ……この、折りたたみ……結構大きいので」

 

 折りたたみ傘の畳んでいた部分を広げて、ばっと開かれたそれは、さっきの傘と比べても遜色がないくらいに大きいことが分かった。

 それを見た士道さんは、困ったように頭をかいた。

 

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 士道さんは京乃さんから傘を貰って、それを頭上に差した。

 すると私が士道さんから貰った傘のように、その傘にも綺麗な水滴がすぅーっと流れていくのが見えたので思わずその光景に見惚れていると、2人から暖かい目で見られていることに気がついて、恥ずかしくなって両手をパタパタと動かした。

 

 

 

 

 3人で探し始めて暫く経った後、自分のお腹が空いてきたことに気がついた。

 でも、……二人は一生懸命に探してくれているのに自分がわがままを言う訳にもいかないと思い、暫く我慢して……お腹が鳴ってしまった。

 

「……」

「四糸乃、もしかしてお腹……空いたのか?」

 

 士道さんにそう言われて、恥ずかしくなり首をぶんぶんと横に振った……けど、もう1回お腹が鳴ってしまった。

 

「四糸乃ちゃん……と、五河君。お昼に、しませんか……?」

「あ、ああ。それに賛成だ。で、食べる場所だけど……」

 

 困ったのか唸る士道さんだったが、少しするとその表情が晴れた。

 

「あ、そうだ。俺の家で食べるか? ここから近いし」

「い、五河君の……家で……!?」

「ああ」

「ほ、本当に良いんですか?」

「勿論だ。四糸乃もそれで良いか?」

 

 その問いに対して私がぶんぶんと頷くと、士道さんは安心したように笑う。

 

「よし、じゃあ行くか……!」

 

 

 

 

 

 

 

 さっきの場所から歩いてすぐのところに士道さんの家はあった。それに京乃さんの家の隣だったらしい。

 ……そこに着いた後、すぐ作るから観月と話してて待っててくれと言われて、よしのんがいなくてちょっと気まずいながらも、気がついたら京乃さんが興奮気味に五河君の家に来れて良かった、みたいなことを言っていて、私が相槌を打つ状況になっていた。

 京乃さんが嬉しそうに話す姿を見るのは、自分のことのように嬉しくなってしまう。

 そして、あっという間に時間が過ぎ、士道さんがご飯を持ってきてくれた。

 

「よし、出来たぞ」

「それでね、あの子ったら……って。五河君、ありがとうございます。す、みません……手伝えば良かったですね……」

「いやいや、四糸乃の相手していてくれてありがとうな」

「……いえ! これは、自分で望んでやっていたこと……なので。四糸乃ちゃんもごめんね。こんな面白くない話聞かせちゃって……」

 

 申し訳なさそうに謝る京乃さんに、私はあわあわとする。

 

「……い、え。……京乃さんの、話……聞くの……好きです、から」

 

 だから謝らないで欲しいと言うと、京乃さんは俯いていた顔を上げて微笑んだ。

 

「……ありがとう」

 

 

 

 

 

「……!」

 

 士道さんが作ってくれたものはとても美味しくてつい目を見開いている私を見て、それは良かったと士道さんは笑っていたのに、京乃さんのいる方を見た瞬間、士道さんの顔は困惑に染まった。

 何だろうと思い私も京乃さんを見つめて……そしてすぐに士道さんが困惑した理由が分かった。

 

 京乃さんが、静かにぽろぽろと涙を流していたのだ。

 そんな京乃さんの様子を見て、士道さんは慌てたように声をかける。

 

「だ、大丈夫か? もしかして嫌いなものがあったのか?」

 

 慌てながらそう言う士道さんに、京乃さんは首を横に振った。

 

「とても……美味しい、です。……手料理を食べたのなんて久しぶり、だったので……」

「え……それって……」

「す、すみません! 洗面所……貸してもらっても……良いですか……?」

「……ああ、いいぞ」

 

 京乃さんの言葉を聞いて士道さんは何かを聞こうとしていたが、焦った様子の京乃さんに押されてか聞くタイミングを失ってしまったみたいだ。

 

「……大丈夫……ですか?」

「……ああ、大丈夫だ。そういえば、四糸乃。四糸乃は観月のことをどう思ってるんだ?」

 

 突然の脈絡もない話に困惑しながらも、私は士道さんの問いに答えを返した。

 

「……他の人は、わ、たしを見ると……いた、い……こ、げき……をした……のに、……京乃さんは……ち、がい……ま、した。……私に、優しく……こ、えを……かけて、くれま、した……

 そして、……京乃さんのように、優しくしてくれる人は、他にもいっぱいいると教えてくれました。

 だから、……京乃さんは……私にとって、大切な……お姉さんのような、存在です……」

 

 いつも以上に喋ってしまったせいで、少し疲れてしまった私を見て、士道さんは気遣うように私にお茶を勧めた。

 

「そうか。観月が……」

 

 何やら不思議そうな顔で士道さんは呟いていて、それを見た私には一つ気になることが出来た。

 京乃さんが、士道さんのことをどう思ってるかなんてことは分かり切っているけど、士道さんが京乃さんをどう思っているなんてことは全く分からない。

 

「……士道さんは?」

「……ん? どうした?」

「士道さんは、京乃さんのこと、どう……思ってる、ですか?」

「えっと……観月か?」

 

 そう困ったように聞いてくる士道さんをみて、そんなことを聞いてしまって良かったのかと不安になってきた。

 

「……す、みません。無理なら、答えなくて……大丈夫、ですよ?」

「あ、いや、別に無理な訳じゃないんだ。

 ただなぁ……、観月か……

 ……俺、観月と仲良くないからな……」

「そう、なんですか……?」

「ああ……」

 

 京乃さんが士道さんのことをあんなにも想っているから、てっきり仲がいいのだと思っていたんだけど……

 

「……まあ、あんまり良くも思われていないだろうしな……」

「……ど……して、ですか?」

「この前は話している途中に気絶されたんだ……

 いや、まあそれはよくあることなんだけど……」

「よくある、ことなんですか……!?」

「ああ、よくあることなんだ。

 ……学校の奴が話しかけても、良くて逃げ出すか、悪くて気絶……って感じだしな」

「そ、そうなんですか……」

 

 ……学校って何なんだろうとか思っちゃったけど、話の腰を折るのも良くないよね。

 それにしても、気絶って……

 私と話しているときの京乃さんはそんな感じしないのに……

 そんなことを考えていたら、士道さんに真面目な顔で見つめられていた。

 

「だから……観月が四糸乃と楽しそうに話していてびっくりしたんだ。

 ……その、四糸乃が良ければ、なんだが……

 これから観月と仲良くしてくれないか? 

 その……あいつが、楽しそうにしているとこ見たことなかったから……」

「……京乃さんが、私と楽しそうに……?」

「そうだ」

 

 ……そう、なのかな……? 

 そうだったら、凄い嬉しいしこっちからお願いしたい。

 そう思い、士道さんに勢いよく答えを返した。

 

「わ、かりました……!」

 

 私がそう言うと、士道さんが安堵の息を吐いた。

 

「良かった……

 ……って、そのことに気を取られて忘れてたわ!」

 

 大きな声を出されたのでビクッと体が震える。

 すると同時に、士道さんが両耳を抑える。

 その光景を私が不思議に思いながら見ていたら、士道さんが申し訳なさそうに謝った。

 

「あ、いきなりすまん。

 それにこの前は、その……いきなり、き、キスしてごめんな……?」

 

 ……キス? ってなんだろう。

 あ、そういえば京乃さんと話していた時も出てた言葉だったような気もする……

 ちゃんと聞いとけばよかったな……

 とにかく、士道さんに聞かないとな……

 

「その……士道さん。キ、ス……って何ですか?」

「え? ああ、それは……こう、唇を触れさせることで……」

「……?」

 

 それでもよく分からなかったから、士道さんが言った通りに唇を士道さんに近づけた。

 

「……こう、いうの……です、か?」

「っ、あ、ああ……そう、そんな感じ」

 

 何故か少し顔を赤くしている士道さんにそう言われたけど、やっぱり覚えていない。

 ……よしのんに、任せたときのこと……かな? 

 

「……よく、覚えて、ません」

「……え?」

 

 士道さんが眉をひそめた。

 だから、士道さんにも分かるようにとよしのんのことを教えようとして……

 

「シドー……! すまなかった、私は──」

 

 突如として開かれた扉の音とつい最近聞いたような気がする声によって、それは遮られた。

 そして、その声の主を見てか士道さんがぶわっと汗をだした。

 

「と──とッ、ととととととと十香……ッ!?」

 

 ……どうしたんだろう? 

 そう思い、扉のある方を見て……怖さのあまりに声が出てしまった。

 

「……ひっ……!」

 

 身体が震える。どうして、あの時の、よしのんを取り上げたお姉さんが……

 

「どうしたんっ……! です……」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、ドタドタと京乃さんが女の人と同じ扉から来て、あまりの怖さにか語尾が弱まっていた。

 

 ……京乃さん、ごめん、なさい。

 ……これ以上、この場にいたら……私……、駄目なことをしてしまいそう……

 ……逃げて、しまうことを……許して、ください……


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