来禅高校のとある女子高生の日記   作:笹案

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転機

 フラクシナスの中で、私は彼と話をした。昔の話。

 

 そう簡単に許してもらえるなんて思っていなかった。彼の顔はどうにも煮え切らない表情だったし、きっとどうにもならず、疎遠になってしまうのだろうと思っていた。だから、それを甘んじて受けようと、そう思っていたはずなのに。 

 彼は自分も悪かったのだと、これからは私のことももっと知っていきたいのだと、そう言ってきた。

 ……正直、訳が分からない。彼には悪いところなんてなかったし、いっぱいいっぱいだったとしても、当たってしまった私が悪いことは間違いないはずなのに、そんなことを言ってくる彼の正気を疑ってしまう。

 でも、それはそれとして、納得もした。どうイメージしたところで、彼が酷いことを言う姿は想像出来なかったから。

 

 それから、彼からも詳しい話を聞いた。

 フラクシナス。ラタトスク。精霊。AST。

 精霊。十香ちゃんや四糸乃ちゃんのような存在のこと。隣界と呼ばれる異空間から現世にやってくる際に、空間震を起こしてしまう元凶であり、ラタトスクでは彼女達と対話によって平和的に解決しようとしているらしい。

 士道くんはマナ……いや、精霊が持っている霊力というものを封印することが出来る、ラタトスクにとってはジョーカーのような存在である、らしい。

 そして、十香ちゃんと四糸乃ちゃんは士道くんが力を封印することが出来た精霊であり、今は普通の“人間”としての生活を送っているのだそうだ。

 

 たいていは見てきたから知っている。いつか、士道くんは『俺にしか出来ないことなんだ』と言っていることがあった。士道くんが、自分にしか出来ないこと。つまりそれこそが精霊の力を封印することだったのだろう。

 だからそう……そうだというのなら、私が言いたいことはひとつだけだった。

 

 

「士道くん、どうか私をラタトスクの仲間に入れてもらえませんか?」

 

 口に出すのは緊張して、それでも確かに口に出来た。

 

「……え、京乃が、ラタトスクに?」

「はい」

「でも、危険だぞ?」

「危険があるというのは重々承知です。それでも、ここで働かせてほしいんです」

「……すまん、俺には決められない」

「やっぱり……駄目でしょうか」

「いや、俺が決められる立場ではないってだけなんだ」

 

 その言葉を聞いて、少し……いや結構混乱した。

 士道くんが決められる立場ではない? でも、聞いた話じゃ士道くんって確か……

 

「……君は、司令官なんですよね? だって五河司令って呼ばれてたし……司令官ってことはフラクシナスの中で重要な立ち回りですよね。それでも無理なのかな……?」

「あー、そういうことか」

 

 士道くんは、何やら合点がいったという感じで苦笑いをした。

 

「いや、司令官なのは俺じゃなくて琴里だ。だから琴里に聞けばなんとかしてくれるかもしれない」

「……琴里ちゃんが?」

「ああ。実は琴里って、お前が思っている以上に凄いやつなんだぞ?」

 

 士道くんは自分のことのように誇らしげで、やっぱり妹思いのお兄さんなんだ、なんて思いながら琴里ちゃんについて考える。

 そもそも最近の琴里ちゃんなんてほとんど知らない。たまにすれ違ったりはしていたけど、挨拶程度しかしていなかった。昨日プールに行くまでは本当に会話なんて些細なものしかしていなくて……だから、そんな変化にだって気づかなかっただろう。

 だけど、司令官か。中学二年生の少女が司令官。……琴里ちゃんは精霊なのだから、そこらへんも関係してくるのかもしれない。

 

「……琴里ちゃんの居場所を教えてくれませんか? ひとこと伝えたいだけなので、お時間はとりません」

「ああ、分かった」

 

 それから私は、士道くんの後をついて部屋を出る。

 メカニックな戦艦内ではたくさんの機械と、制服を纏った大人達が騒然としている。

 その中の一人、村雨先生がこちらへと近付いてきて、こっそりと耳打ちをしてきた。

 

「琴里なら個室に()もっている。要件なら私が伝えるが」

「えっと……」

 

 やっぱり琴里ちゃんは忙しい、らしい。

 ……緊急で伝えたいけど、無茶を通せば、信頼度が下がってしまいそうだ。まだどんな顔をしてどう話を切り出せばいいかだって分かっていないし、心の準備をする時間くらいはあってもいいかもしれない。

 

「琴里ちゃんにお伝えしたいことがあるんです。お時間を作れる時で構わないので、連絡くれたら嬉しいと伝えていただけますか?」

「ふむ、了解した」

 

「……あの、ここが空中艦というのは聞いたのですが、どう帰れば……」

「転送する」

「……てんそう、ですか?」

「ああ」

 

 てんそう……転送(てんそう)? 聞き慣れない単語で少し脳が混乱してしまったし、人に対して使うとは思ってなかったけど、そういうことならお任せしてしまおう。

 

「一応言っておくが、今日のことは口外しないよう頼む」

「はい、勿論です」

「あと、これ」

 

 ……村雨先生が持っている私の水着袋と鞄を見て、今の今まで、自分が着ているのが水着だったという事実を思い出した。

 

「……ありがとうございます。白衣は洗濯して返しますね」

「気にしなくていいが」

「いえ、わがままかもしれませんが……そうしないと少し、気分が落ち着かないので」

「そうか。まだスペアはあるから、期限は気にしないでくれたまえ」

「……出来るだけ、早く返しますね」

「ん」

 

 眠そうなまま、彼女は短く頷くと機械を操作した。そして、私を見て少し微笑んで手を降った。

 

「──さっきは誤魔化してすまなかった。契約を破ったこと、気にしてはいないよ。君の願いが、叶うといいね」

 

 

 

 ぐるりと視界が一転する。そして、眼下に映るのは、見知った道だった。そう、家の近くの路地裏。そこから出てみると、近所の主婦たちが談笑していた。……やっぱり、先程までの出来事が夢だったんじゃないかと思えてしまいそうなくらい、いつも通りの光景。だけど…私が今着ているのは、村雨先生の白衣だ。

 なんだか、どっと疲れてしまった。でも塩素まみれの身体で寝るのは、少し良くないような気がする。簡単にシャワーを浴び、着替えたあとにリビングのソファに座ると、急速に訪れた眠気に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 ピンポンという軽快な音で、私の意識が一気に浮上した。慌てて身だしなみを整えて、玄関へと向かう。

 

「邪魔するわ」

 

 扉を開けた瞬間、彼女は滑り込むように入ってきて、靴を脱ぎそろえたあとにズカズカと部屋に入ってきた。その間、およそ5秒。思わずぽかんと(ほう)けてしまったが、慌てて彼女についていった。

 

「あのっ、琴里ちゃん。お仕事は?」

「一段落ついたから来たの。悪かった?」

「い、いえ! 全然大丈夫です。あっ、今なにかお茶を……」

「長居する気はないからいらないわ。それよりも、私に伝えたいことってなにかしら?」

 

 慣れた様子でリビングの椅子に座り、こちらを見る琴里ちゃん。せっかく時間を縫って来てくれたんだ。ちゃんと伝えないと彼女の時間まで無駄にしてしまう。

 そういう思いもあってなのか、言葉は思ったよりも簡単に出てきた。

 

「私をフラクシナスで働かせてくれませんか?」

 

 琴里ちゃんは無言だった。ただ、私を見ている。

 

「技術的なものは分かりませんが、雑用でもなんでもやります。なんなら肉壁でも」

「ふざけないでちょうだい」

 

 冷たい声だった。

 

「ふざけてません」

「本気?」

「勿論です」

 

 琴里ちゃんは険しい顔のまま、机に頬杖をつく。

 

「……超次元的存在がいるって事実に浮かれちゃった? それとも秘密組織って言葉が魅力的だったのかしら、こっちは遊びじゃないのよ」

「分かっています」

「危険な目に遭わせたくないだとか、そんなこと言って……肉壁にあなた一人がなったところで、なんの解決にもなりはしないのよ。むしろ邪魔」

 

 すげなく言われてしまった。

 

「……私は、琴里ちゃんにも士道くんにも危険な目に遭って欲しくないです。でも、精霊達にも辛い目に遭って欲しくない。そしてその気持ちは士道くんも、きっと琴里ちゃんだって一緒なんですよね。だから、その手伝いがしたいんです。君達の邪魔をする気なんて毛頭ない……です」

「……そう」

 

 やはり、あまり(かんば)しくない反応だった。どうしてなのだろうと少し考えてみるが、答えなんて出ない。

 ……本当はそこまで、言いたくなかったけど、この分では言わないと、うまく取り合ってもらえないかもしれない。ならきっと、しょうがない。

 

「ファントムでしたか、彼のことを知りたいんですよね」

 

 琴里ちゃんはぴくりと眉を動かした。

 

「知る限り、私は彼に四度接触しました。一度目は琴里ちゃんも知っての通り、五年前のあの日のこと、二度目は……とあることが理由で、彼は私に話を持ちかけたんです。……士道くんにはお話ししたのですが、琴里ちゃんにもちゃんと話さないといけませんね」

 

 そう前置きをして、端的に伝える。

 士道くんに伝えてたことにプラスして、ガスの事故と、オーシャンパークでもファントムに会ったということ。

 

「……彼は私を精霊にする為に接触してきました。でも、私はその約束を破り、精霊としての力を手に入れることを放棄しました。ですが……私に会いにファントムが再び接触してくる可能性も否定はしきれません」

「つまり、あなたを手元に置いておいた方がこちらとしても都合が良いってことね」

「はい」

 

 私が頷くと、琴里ちゃんは深々とため息を吐いた。

 

「……さっきから話を聞いてて気になっていたんだけど、あなたはどうしてここで働きたいのかしら?」

「理由は簡単です。私は……」

 

 琴里ちゃんに告げるのは、最初から私の胸にある一つの願い。そう、最初から私の胸にあることなんて、それだけだったんだから当たり前の想い。

 

「あなたって本当……」

 

 ──馬鹿ね。

 琴里ちゃんは小声で何かを告げた。

 怒っているのだろうか? そう思い、彼女を見てみるが、そういう風にも見えない。ただ、呆れなどの感情は見て取れた。

 

「大丈夫よ。あなたの言う通り、上に話はつけるわ。それでいい?」 

「勿論、です」

 

 力強く頷くと、琴里ちゃんはまたため息を吐いた。

 

「本当はね、あなたを巻き込みたくはなかったの。でもそう……ファントムね」

 

 琴里ちゃんはなんだか疲れてしまったようだった。

 

「邪魔したわね」

「いえ、あの……琴里ちゃん」

「なに?」

「何か困ったことがあったら、相談してくださいね。これでも一応、年上ですから」

 

 少し胸を張り、琴里ちゃんにそう告げた。

 琴里ちゃんはきょとりとした様子だったが、すぐに表情を和らげ、少し笑った。

 

「プールでも言ったでしょう? 敬語はやめなさい」

「えっ、でも琴里ちゃんは上司になるんだし」

「TPOを弁えていれば別に構わないわ」

 

 ……前も似たようなこと、言ってたっけ。確かに、今までため口で話していた相手がいきなり敬語になったら気味悪く感じてしまうのかもしれない。

 

「うん、分かったよ。じゃあね、琴里ちゃん」

「ええ」

 

 やはりテキパキと動いて、琴里ちゃんは部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 そして数日後──

 

 フラクシナスで活動することを承認してもらえたという話を琴里ちゃんから聞けた。

 

 やっぱり私が、“ファントム”と呼ばれる存在を知っているというのも一因ではあるらしい。

 ファントムが、私の前にまた姿を表すかもしれないとは言っていたけど、私はそうは思わない。

 私は彼女との約束を破った。だから、彼女にはもう私と関わる理由はないだろう。

 ただ、少し気になることもある。ファントムにとって私は“都合が良い存在”であると、そう言っていた。どうして彼女にとって都合が良いのか……それは分からないからこそ、その理由を追求していきたいとは考えている。

 もしかしたら、五河君の、士道くんの役に立つことが出来るんじゃないかって……どうなるかは分からないけど、マイナスになることはないはずだ。

 

 精霊達が円滑な日常生活を送れるようにサポートする。それが、私に課せられた一番の任務ということになるらしい。十香ちゃん達は、士道くんと一緒にいるときが精神的に安定するのだそうだ。でも、四糸乃ちゃんの場合は、私といるときもそれなりに安定しているからきっと助けになるのだろうと。

 

 琴里ちゃんは私にとって上司、ということになるのだろう。

 友達の妹だった子が上司。言葉の上では違和感はあるけれど、ラタトスクの人達は琴里ちゃんを自然に頼っていて、彼女もそれを受け入れている姿はどうもしっくりとくる。

 成長したんだねと思わず呟くと、琴里ちゃんに聴こえてしまったみたいで、少し怒られてしまった。

 

 

 私の生活は、フラクシナスで過ごしているうちに少し変わっていった。

 

 個性的なラタトスクの人達の顔を覚え、研修を受け、それから開放されたら精霊に関する様々な資料を渡された。

 でも、試験期間は己の学業に勤しむようにと言われた時には少し優しいのではないかと思ったけれど、それも仕事の一環らしい。

 十香ちゃんが困っていた時に助けられるように、ということらしい。もっとも、それも士道くんが教えたりしたほうがいいらしいけど……まあ、私でも問題はないらしい。

 

 私は資料として、士道くんがこれまで活動していた資料を見た。空間震が発生する瞬間から始まり、ドタバタの中での精霊と関わりを強めていき、そして最後は……

 それが条件だというのなら、それも致し方ないことだ。理性ではそう分かっているのに、どうも感情では納得しきれなくて、そんな自分に嫌気が差した。

 

 精霊との対話では危険が付き纏う。人間では到底太刀打ち出来ない力を有し、そしてラタトスクとの精霊と敵対している組織との戦いでは戦闘力だってあった方がいいのだと言う。

 折紙さんが所属している組織であるAST、そしてその本社であるDEM社はラタトスクに妨害することも今後多くなってくるだろうと。

 今の私が出来ることと言えば、士道くんを逃がすことだけ。だからこそ、彼を守れる力が欲しいと、真剣に思う。

 

 そんな中で目をつけたのは、ASTの所有する武器だ。

 適正があるかは分からないと言われたが、少しでも可能性があるのなら縋りたい。手術費料は馬鹿にならない値段で、一学生風情が払える額ではないらしいが、給料から引いてくれるらしい。

 

 私に与えられた挽回(ばんかい)のチャンスなのだから、必死で食らいつきたいと、そう思う。

 

 

 そして今の私には一つ、はっきりさせなくてはならないことがあった。

 

 平日の夕暮れ時。家で日記を書いている最中に、呼び鈴がなった。もしかしたらと思い、玄関の扉を開けると、そこには、待ち人がいた。

 

「いらっしゃい、七罪」

 

 彼女を家の中に入れ、扉を閉める。大丈夫、きっと誰にも不審には思われていないだろう。ほっと息を吐き、彼女へと目を向ける。

 

「……生きてたの?」

「うん、生きてるよ。勝手に殺さないでほしいかな」

「……そっか。よかった、本当に……」

 

 震えている彼女の手をそっと握る。暖かい、小さな手だ。見た目に気を遣うようになったのはとても良い変化だと思うけど、彼女の姿は、出会ってから何ひとつ変わらない。背丈も顔も、ずっと成長することはない。きっとこれからも……いや、もしかしたらそんなことはないのかもしれない。

 

 士道くんと話して以降、彼女が来るのをずっと待っていた。……いや、本当はちょっと、この時が来ないで欲しかったけど。少し怖気(おじけ)づいてしまいそうだけど、……なんとか勇気を奮い立たせて彼女の名前を呼ぶ。

 

「七罪。七罪に聞かなきゃいけないことがあってね。これによって、今後を改めないといけないの」

 

 七罪は私の方へと顔を向ける。

 そしてどうやらただことではないと悟ってくれたのか、その表情は真剣なものへとなっていた。 

 

「私ね、精霊との対話、そして封印を目的とする組織に所属することになったんだ」

「……えっ、なにそれ」

「これは言ったら怒られちゃうだろうけど、七罪を騙すような真似はしたくない」

 

 言ってしまった、という気持ちはあるけど、どっちにしても言わなければならなかったんだと思う。

 私は七罪という精霊と知り合いである。そう告げれば、きっとラタトスクのメンバーには信用されるようになるのかもしれない。

 でも私は、友達を売るような真似なんてしたくなかった。それに……無理やり七罪に士道くんを押し付けて騙し討ちするような真似をし不興を買うよりも、ラタトスクにとっても良いはずだ。

 

「士道くんもその組織に入っていて、しかも精霊の力を封印することが出来る、ただ一人の存在であるんだって」

 

 何か言いたげな七罪に申し訳なく思いながらも、そのまま話を続ける。自分が話したいこと、そして七罪の為にも大切な話。

 

「……精霊としての力は、君のことを危険に晒す。でも、七罪にとってその力が大切なのは知っているし、今まで君のことを助けていた力を奪うのはあまりにも身勝手だ。だけど、だからこそ、精霊としての力を封印する組織に所属している私と接触をとっていたら、そのうち七罪が精霊だってバレてしまうかもしれない。だから今ここで、少しでも考えてほしいんだ」

 

「精霊という存在に敵意を向けられる日々。そんなの、私には耐えられる気がしないよ。七罪だって、人に酷いことを言われたり、攻撃されたりなんてされたくないと思う。その日々から開放される。でも、その力はきっと、七罪にとって大切な存在なんだよね。君を幸せにしてきた力。だから、簡単に手放せなんて言えない。だからね」

 

 自分でも支離滅裂になってきているのが分かる。室内はそこまで暑くないはずなのに、身体がじっとり汗ばんでいきた。

 

「……ねえ、京乃」

 

 そう声をかけられ、心臓が嫌に脈打つのを感じた。

 こう選択を迫ったことは、つまり七罪がどちらの解答をしたとして文句は言えないという覚悟をしなくちゃならないだろう。

 

「何かな?」

 

 声が震えてしまわないようにして、私がそう尋ねると、七罪は服の裾をぎゅっと握った。

 

「今まであんたは、私の……変身する力が目的で接していたんでしょ? それなのに、その力がなくなったら私といる理由なんてないでしょ」

 

 彼女らしからぬ弱音だった。だって私なんかと一緒にいるのは理由なんてさしてないはずだし、七罪って存在に救われていたのは私の方なのに……

 

「確かに、最初そうだったのは否定しないけど、今も七罪と一緒にいるのは、それだけじゃないよ」

 

 今までも何度も言ってきたことだと思っていた。でも、よく考えてみると、口に出して伝えたことはなかったかもしれない。

 

「今はその能力なんかじゃなくて、本来の君のことを大切に想っている。そのことは、伝えておきたいな」

「……なんか、雰囲気変わった?」

「そうかもしれないね」

 

 自分じゃ分からないけど、きっかけなら思い当たる。

 

 

「……もう一つ、質問」

 

 七罪は指を一本を立て、困ったような表情で口を開いた。

 

「愛しの五河士道の敵になっても、私の味方でいてくれるの?」

 

 その言葉には、正直迷った。七罪も士道くんも自分にとって大切は存在で、どちらかを選ぶなんて出来そうもなかったからだ。

 

「……七罪と士道くんが敵対する状況ってどんな状況だろう」

「例えば、実はあんたのいる組織が精霊の力を悪用しようとする組織とか、それで、五河士道は自分の中に私の力を取り込むことで完全無欠の生命体になろうとしているとか……? そうじゃなくても、五河士道が実はロリコンで四糸乃とか妹とかを襲ってたりする可能性もないとは言い切れないし。そんな時に京乃は私を守ってくれんの?」

 

 士道くんが小児性愛(ペドフィリア)って可能性は考えたことすらなかった。……いや、でも琴里ちゃんも四糸乃ちゃんも七罪が言っているような目に遭っていたら私だって流石に分かる。それが負の感情であれ、正の感情であれ、表面に全く出さないのはおかしい。可能性はゼロだろう。そう信じたい。

 

「士道くんが、そんなことするとは思いたくないけど……まあ、何か理由があるなら聞くし、間違った方向に進みそうなら止めるよ。私にそんな資格はないかもしれないけど、それでも……好きな人に目を醒ましてほしいから」

「嫌われるかもしれないのに?」

「……嫌われるなら、それもしょうがないのかもね」

 

 むしろ、今までが可笑しかったんだし。

 

 ……まあ、士道くんがそうだなんて考えたくはないな。私ってどう繕っても、そこまで小さくないし。

 いや、ちょっと待って。五河君って確かこの前、四糸乃ちゃんとキスしそうだったような。……あれ、もしかして精霊の力の封印じゃなくて……いや、よそう。きっと大丈夫だ。

 

「なに百面相してんの?」

「……う、ううん。気にしないで」

 

 七罪は気難しい顔をしていたが、頭の中の情報を整理したのか、いつも通りの無愛想な表情に戻っていた。

 

「……ま、あんたの気持ちは、分かったわ」

「京乃が私を、素のままの私を大切に想ってくれてるって言うのなら……まあ、少しは勇気が出る」

 

「また今度、五河士道に会いにいく。五河士道のこと、まだ信用出来るって訳じゃないけど、そこまで悪いやつには見えなかったし、それに……このままじゃ京乃に迷惑かかるかもしれないって、そう思ってたから。だから、そんな悪い話じゃないし」

 

 彼女は、すぐに会いに行くという選択は取らないようだった。でも、それでも間違いなく一歩進んだ。それがどうも嬉しくて、私は彼女に抱きついた。

 

「ありがとう、七罪」

「そうやたらめったらひっつくのやめなさいよ」

「嫌かな?」

「……そこまで嫌じゃ、ないけど」

「そっかそっか」

 

 とんとんと弱く背中を叩く。七罪のこわばっていた身体から、少し力が抜けた。

 

「君の安全は、出来る限り私が守る。だから安心してね。……誰にも君を傷つけさせはしないんだから」

「……あんたに守られるほど、弱くないし」

「あはは、そうだよね。やっぱりこれも私の自己満足だから……うん、じゃあ」

 

 手をどかして、七罪の方へと顔を向ける。

 

「今日は君がいなくなるまで付き合うよ。何がしたい?」

「……インベーダーゲーム」

「えっ……懐かしいね、まだ家にあったっけな……?」

 

 30分くらいかけて手持ちサイズのそれを探し出し、彼女と対戦してみた。

 生憎と、こういうゲームには(うと)いもので、七罪にはほとんど負けてしまった。でも、だからこそ、まぐれでも勝てた時には喜びもひとしおだったし、彼女も楽しんでくれたみたいだった。七罪には笑顔でいて欲しい。だからこそやっぱり私は……

 

 

 

 そして日々は過ぎていく。前までと同じように、それでいて変わっていく日常。

 それで良かった。今までよりも充実した日々を送れているのは確かな事実だったし、今までよりもみんなに深く関われるようになった。昔の同級生のようで苦手だった三人組とも、一応は話せるようになったし、きっとそれは、ちょっとずつでしかないけど成長といってもいいだろう。

 少しずつであっても、きっと私の中で何かが変わってきているのだろう。だから、きっと、私は大丈夫。……そう、そのはず、だったんだけど。

 

 

 

「デートしないか」

 

 一瞬思考が停止した。そして次の瞬間には様々な感情が込み上げてきた。

 懐疑、困惑、そして期待。

 

 ただ単純に分からなかった。彼がなんでそんなことを尋ねてくるのかも、何を思っているのかさえ分からない。

 

 ただ、そう聞かれただけで胸が高鳴ってしまう能天気具合に、自分でも少しうんざりとしてしまいそうだ。




挿絵は活動報告の方に載せておきました。興味ある方がいれば気軽に覗きにきてください。


そして、アンケート取るの好きなのでまた取ります。
次回(多分)最終回なのですが、そのあとに何か後日談的なものも書きたいなと思ってます。なので、読んでいる人が何に興味があるのか知りたいので調査させてもらいます。


①原初の精霊の話
ネタバレさんが出てきます。普通にアニメ三期以降の内容が含まれます。

②昔のオリ主の話
言葉の通りです。

③5巻以降の内容
かなりのダイジェストになると思います。あと、この場合原作とそう変わらない展開になります。場合によっては台本形式になるかもしれません。まあ、多分だいたいの精霊との交流はかけると思います。そんな感じです。

④ラタトスクでの話
今回ダイジェストになってしまったので、そこらへんとか。

⑤完全リメイク
内容としては、ファントムと契約したらどうなるかって感じのもの。内容はかなり異なっている。書くとすると、ここじゃなくて別作品として投稿することになると思われます。

どれが気になる?

  • 原初の精霊の話
  • 昔のオリ主の話
  • 5巻以降の内容
  • ラタトスクでの話
  • 完全リメイク

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