来禅高校のとある女子高生の日記   作:笹案

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狂三キラー 最終日

 下駄箱を通りかかった際に、五河君と時崎狂三が何やら会話をしているのを見つけてしまった私は、きまり悪くなってしまい、存在がバレてしまわないように下駄箱の影に隠れた。

 昨日は考えることが多く、眠りも浅くなってしまった。

 だから今日はいつもよりも早い時間に起床して、いつもよりも早い時間に学校に着いた。

 そうは言っても、早くに学校に着いた所ですることなんてものは限られている。だから気晴らしに下駄箱近くの自動販売機に飲み物を買いに来たのだが……まさかこんな場面に出くわすなんて予想外だった。

 本来ならばすぐにこの場から立ち去るべきだろうが、私はその選択肢をすぐに捨ててしまった。

 出歯亀なのは分かってはいるのだが昨日のこともあり、二人に何があったのかと気になったからだ。

 ゴクリと息を呑み、下駄箱から顔を出して二人の様子を(うかが)った。

 

 時崎狂三は前に学校に来た時と同じように笑顔を浮かべていたが、対する五河君の顔は強張っているように感じられる。

 やっぱり二人の間に昨日何かがあったと考えるべきだろう。

 そこまでは理解出来たが、肝心の会話が聞こえない。

 少し身を乗り出せば聞こえるかもしれないが、そうしてしまえば彼らに存在がバレてしまうかもしれない。時崎狂三は別にいいが、五河君に盗み聞きをするやつなんて軽蔑されたくはない。

 だから顔をあまり出さずに、目を瞑って二人の会話を聞くことだけに全神経を研ぎ澄ませると、周りの喧騒と相まって声は聞きとりづらいが、ところどころの声は聴こえてきた。

 

 会話の内容は、普通の挨拶……だろうか? 

 だけどそれにしては五河君はやっぱり昨日から調子が良くないように感じられる。……まあ、対する時崎狂三の声音はいつもと変わらないような気はするが。

 ただ、会話中に不思議な単語が一つ聞こえてきた。

 “救う”という曖昧でいて希望に満ちた言葉。

 それを聞いて、十香ちゃんや四糸乃ちゃんと会ったばかりのことを思い出す。

 

 もしかして彼は何故七罪と同じような存在を救おうとしているのだろうか? 

 七罪と同じような存在……十香ちゃんや四糸乃ちゃん、そして時崎狂三もそうなのだろうか? 

 時崎狂三は、転校初日に自身のことを精霊と言っていた。

 精霊とは、何なのだろうか? 

 その時の五河君や折紙さんの反応を見て、私はおおよその確信を得ることが出来たのだが、今の情報だけではまだ気のせいという可能性もあるかもしれない。確かに彼女と会った時に七罪を初めてみた時のような違和感は微かに感じたが……微かだったし、勘違いという可能性だってある。

 転校初日に精霊と言っていたのは、時崎狂三なりのジョークのようなものだったのかもしれない訳だし。

 

「……では放課後、屋上で」

 

 二人の会話が終わりそうなことを悟った私は、慌てて下駄箱から離れて当初の目的である飲み物を買いに行った。

 

 

 

 自動販売機でお茶を買って少し経った時、教室に入った。

 五河君は私が席につく前に、こちらを見てどこか申し訳なさそうな顔をした。だけど、彼が私にそんな顔を見せる理由なんてないのだから、私を見ていた訳ではないと思うし、きっと時崎狂三に顔を向けたのだろうとは思う。

 そう思うのに、どうしてか彼から顔を背けてしまった。

 

「京乃さんおはようございます」

「……おはようございます」

 

 席に着くと、普通に挨拶をしてきた時崎狂三に挨拶を返した。先程の出来事を思い出し、苦虫を噛み潰したような気持ちになる。

 

「どうかなされまして? もしかしてまた忘れ物でもなされたんですか?」

 

 こちらをからかうような口調で告げれられた言葉を聞いて、瞬間的にむっとしたように反論してしまった。

 

「違います」

「そうですの」

 

 くすくすと口元を押さえて笑っている彼女を見て、何とも言えない微妙な表情になってしまうのを感じる。

 私は彼女のことをよく知らないし、別に知りたいとも思わない。

 でも、彼女が五河君に何かをしようとしているなら話は別だ。

 五河君に屋上で会おうと言っていたが、結局の所その真意は私には分からない。

 

「あの、うまく言えないのですが……時崎さんは、何がしたいんですか?」

「何、と言われましても。抽象的過ぎてよく分かりませんわ」

「すみません」

「いえ、謝らないでください。違和感を感じたのならそれが正しいのですから。目に見えるものだけが正しいなんてことはありませんわ。……京乃さんなら、分かってくださると思うのですが」

「……え?」

 

 思いもよらない言葉を聞いて、思わず俯いていた顔を上げた。アホ面でも晒していたのか、私の顔を見て時崎狂三はくすりと笑ったが、すぐに思い出したように口を開いた。

 

「京乃さん、今日は帰りのホームルームが終わったらただちに家に帰ることをおすすめしますわ」

「どうしてですか?」

「最近は何かと物騒ですから」

 

 そうとだけ告げると、時崎狂三は私から目を外した。

 

 

 

 

「最近は物騒ですから、気をつけて帰ってくださいね。では皆さん、さようならー」

 

 帰りのホームルームの担任の言葉を聞いて、私はすぐに五河君の動向に目を向けた。時崎狂三にはすぐに帰るように言われたが、守る義理はないだろう。

 それよりも、今朝の言葉が気になってしまった私は、放課後、五河君の後を追いかけていた。

 そのはずだったのに突然脱力感に襲われ、学校の廊下で意識を手放してしまった。

 

 

 ♢

 

 気を失ってから、どれくらい経ったのだろうか? 

 目が覚めて左手に着けている腕時計を見てみると、意識を失ってそこまで時間が経っていないらしいことが確認出来た。

 朦朧とする意識を覚醒させるために鞄に入っている筆箱から取り出したシャーペンから芯を出し、腕に突き刺すと、その刺激で目を完全に覚ますことが出来た。

 倦怠感で動かしにくい身体に鞭打って辺りを見渡すと、辺りにはぐったりと倒れている生徒がいた。しかし、先程まで自分の目の前にいたはずの士道の姿が見当たらない。

 そこで今朝の士道と狂三がしていた会話を思い出す。

 

 放課後、屋上で会おう。

 

 どこか雲行きの怪しい会話の後に時崎狂三が言っていた言葉。そうだ、その言葉が確かならば五河君はきっと屋上にいるのだろう。

 それならば私も行かなくてはならない。

 彼が私を必要としなかったとしても……危険があるなら助けないといけないから。

 

 そう思って立ち上がると、ぐらりと世界が揺れた。

 貧血の症状なのか、目の前が真っ暗になる。

 だけど、大丈夫だ。私は歩ける。

 痛む頭を押さえて重い身体を引きずって、ふらつきながらも壁伝いに屋上に向かう。

 そうして数分が経った時、やっと目が光を認識出来るようになり、目の前の床に人影のようなものがいるということに気がついた。

 皆気絶してしまったが、もしかしたら私や五河君のように起きている人がいるのかもしれないと思い、顔を上げて……そして有り得ない光景に目を見開いた。

 

【──屋上に行くのは危険だ】

 

 その存在は不明瞭だった。

 姿形は見えているはずなのに女なのか男なのか、子供なのか大人なのかも分からない。声だって、姿同様に上手く認識出来ない。

 ……そうだと言うのに、どこか既視感を憶える存在。

 

【観月京乃。君の身に危険があれば、君が大好きな五河士道も悲しむだろう】

 

 正体の分からない不気味な存在が、私や五河君のことを心配するような声をかけてきたことが酷くアンバランスに思えた。

 私はこんな得体のしれない人物に心配をされるような覚えはない。そんなことをされても不気味なだけだ。

 

 冷や汗が流れるのを感じながら後方に片足を引くと、静かな廊下に足音が響き、直後力が抜けて身体が崩れ落ちそうになる。

 身体が限界を訴えているのかもしれない。

 でも、もしそうだとしても、ここでこの存在に隙を見せるのは良くないように思えた。

 今、この存在から逃げ切ることは不可能だろうし、そんなことをしても何も解決しない。

 だってここから……学校から逃げてしまえば、私は五河君を助けに行くことが出来ない。

 

 屋上に行くのは危険。

 もしその言葉が本当であれば、五河君は時崎狂三と一緒に屋上にいるのだろう。それなら彼は今この時も困っているのかもしれない。

 困っていないというのなら、それでも構わない。

 ただ、私は事実を確認する為にも屋上に行かないといけない。

 その為にも……うまくこの場を切り抜けないと。

 

「私に何かあれば彼が悲しむと、そう思うんですか? 

 彼にとって、私は数いる同級生の一人。彼は優しいですから少しは悲しむかもしれませんが、長い年月引きずるようなことではないし、それよりも彼に何かがある方が私にとって恐ろしいんです」

 

 だから屋上に行くと暗に告げると、影がゆらりと揺れる。

 

【そうかな? まあ、君にとってはそうなのかもしれないね】

 

「……何が言いたいんですか?」

 

 (とぼ)けるようにそう言ってきた存在に、不信感が募っていく。

 早くこの場から抜けたいのに、はぐらかすような物言いに語気が強くなってしまった。

 この存在を怒らせてしまえばどうなるか分からないが、その存在は私に対して怒っているようには感じられなかったので、自然と敵対的な態度を取ってしまった。

 しかし、危害を加えてくる可能性はあるし、やはり今の対応は失敗だっただろう。

 ……と、そこまで考えた所で、ある可能性が私の頭をもたげた。

 

「まさか貴方が、こんなことをしたんですか?」

 

 皆が意識を失っているという異常事態だが、こんな訳の分からない存在がやったのであれば納得がいく。

 他にも懸念している可能性もあったが、違うと言うのならばそれで構わない。

 

【こんなこと、というのは生徒達が倒れている事態についてだろうか? それならば私は関与していない。これを引き起こしたのは時崎狂三だ】

 

 その言葉を聞いて、そうかと納得した。

 全く信用出来ない人物からの言葉であるが、それでも腑に落ちたのだから仕方ない。

 

【あまり驚いていないね】

 

 それはそうだ。

 今朝、時崎狂三は油を売っていないで早く帰れとご丁寧に忠告したのだ。その時点でこうするつもりだったと言うことなのだろう。

 

「予想はついていましたから」

 

 その存在が何の感慨もこもってないような声音でそうかと呟いたのを聞きながら、私はこの場を抜け出す方法を模索する。

 わざわざ危険だから帰りなさいなんて言うような存在には感じられない。この存在は、何かしらの理由があって私に話し掛けてきたのだろう。

 

「用が無いならもう行きます。早くしないと、手遅れになる」

 

 今この時も、五河君は時崎狂三によって危険な目に遭わされているかもしれない。余計なことを駄弁っている時間なんてありはしない。

 ぎゅっと服の裾を掴み、力を込めてこの場から抜け出そうとする。

 足を一歩踏み出す。大丈夫、ちゃんと歩ける。先程よりも身体は軽くなっている。そのことを実感し、屋上に向けてもう一歩歩みを進める。

 そうだったのに……そこで、呼びかけられて動きを止めざるを得なくなった。

 

【──君は、彼を……五河士道を守れる力が欲しくはないかい?】

 

「……何を、言って……」

 

 彼を守る力? 

 それはどういうことなんだ。

 曖昧な響きの言葉だが、それは私の願いそのものだった。

 彼を守る力が欲しい。今よりもずっと強い力が、今よりも強い心が欲しい。

 でも、そんなものどうすることも出来ない。自分でどうにかするしかないのだ。私はそうやって今まで生きてきたというのに……

 

 私がそんな葛藤を心の中で繰り広げていることを知ってか知らずかは分からないが、その存在は軽く嗤ったような気がした。

 その存在の手と認識出来る場所に、白い宝石のような物が現れた。

 

【君はこれに触ればいい。それだけだ】

 

 淡々と告げるそのノイズのようなものからは、表情もなにも読み取れなかった。

 困ったら力を貸してくれるなんて、そんな虫のいい話があるだろうか? 全くもって信用ならないし胡散臭い。

 しかし……私は迷ってしまった。

 私は彼を守る力が欲しい。だから、蜜のように甘く纏わり付き、誘惑してくる話を簡単に切り捨てることは出来なかった。

 気が付いた時には、その宝石のような物に吸い寄せられるように私は無意識に手を伸ばしていた。

 

 ──しかし、あと1cmで届きそうな所で手を止めた。

 

 触れる直前、いつか見た夢を思い出した。

 私は夢の中で化け物へと変化し、そして屋上でみんなを殺したんだ。

 いつも明るくて可愛い十香ちゃんも、不器用な優しさを持つ折紙さんも、士道くんの妹だという真那ちゃんも……士道くんを除いたその場にいた人物全てを殺し、その場一面を血の海へと沈めたんだ。

 ごくりと息を呑む。

 あの夢の中の私は正気ではなかった。

 自分の欲望の為に不必要なもの全てを切り捨てるなんて、そんな子供のような思考回路に陥っていたのだ。

 そんなこと、許してはいけない。

 夢の中の場所は見たことなかった場所だったけど、一度訪れた今なら確信を持てる。

 あそこはこの高校の屋上だ。

 そこで、私は不思議な力を使って自決しようとしていた。

 もう、ただの夢と切り捨てることは出来なかった。

 夢にしては……あまりにも今の状況と酷似し過ぎてしまっている。

 

【どうしたんだい】

 

 動きを止めた私を不審に思ったのか、ノイズのようなものはそう問いかけてきた。

 

「……その力を貰っても、私も彼も幸せになんて、なれない」

 

 あの最期は悲惨なものだった。

 誰も幸せになれない、そんな結末。

 ……そんな悲しいことを認められるはずもないし、認めたくもなかった。

 

【……それは残念だ、観月京乃。約束は破るってことでいいんだね。君は賢いと思っていたのだがな】

 

「……え?」

 

 約束を破る? 

 いったい、何を言っているんだ。

 そう思う心とは裏腹に、得体のしれない寒気がこみ上げてくる。……私は、何かを間違えた? 

 

【そうか、そうだったね。それなら愚か者である君に、ひとつ“いいこと”を教えてあげるよ】

 

【実はね……】

 

 私は、そのノイズのようなものが言っている台詞を理解出来なかった。いや、したくなかっただけなのかもしれない。

 何でもない調子で告げられた言葉は、私の今までを否定されるような、残酷な言葉だった。

【実はね、君が信じているその記憶は偽物なんだ。その証拠に、君はそのことを覚えているんだろう?】

「何、を……」

 

 呆然としながら呟いた私を見て、そいつは言葉を続ける。

 

【観月京乃。君に最後のチャンスをあげるよ。それまでにどうするのが自分にとって最善か、考えておくんだよ】

 

 最後のチャンスも何も、私にとっては今が最善だ。

 全くもってありがたくない忠告に、自然と機嫌が悪くなるを感じる。

 

【嫌われてしまったかな?】

 

 首を傾けて彼はそう問いかけてくる。

 何もおかしいことは言ってないというように、自分の言っていることは正しいのだと言うように笑いかけてくる。

 

【それでも約束をしたからね。また来るよ、次はいい返事を期待しているからね】

 

 正体不明のノイズは、私がまばたきをした次の瞬間に消えていた。

 

 

 ……今はあいつの言った言葉の意味なんて考えている場合ではない。

 あんな、荒唐無稽極まりない話、どこにあるのだろうか。

 今のことを忘れようと振り払うように首を振り、私は重い足を引きずりながら屋上に向けて歩き出す。

 幸い誰にも邪魔されることはなく、前に訪れた屋上の扉の前へと辿り着いた。

 しかし、そこである違和感に目をとられる。否、それは違和感という小さなものではないだろう。

 鍵穴に銃痕のようなものがあり、扉は最早扉としての機能を果たしていなかったのだ。それ故に扉を開く必要もなく、屋上の光景が瞬間的に入ってきた。

 

 そこで私は、何故か死にかけの時崎狂三の前に立ちはだかっている士道くん、そして独創的な和服のような衣装に身を包んだ人物を目をした。

 

 

 

 

 ♢

 

 

 天使を構え、獰猛な笑みを浮かべている琴里を見て俺は言葉を失う。

 避けられない。そう分かった時、俺の足は自然と膝をついている狂三の元に向かっていた。

 最悪の精霊? 命を狙われている? それがなんだと言うのか。

 狂三のことを何も知らない俺には、あいつを罰することなんて出来ない。

 少しでもダメージを減らそうと、狂三の前に立ちはだかる。

 

「……っ! おにーちゃん、おねーちゃん! 避けて!!」

 

 琴里の悲痛な声を聞いて、反射的に目を瞑る。

 大丈夫だ、俺だったら致命傷を負っても回復する力があるんだ。

 そう思っていたのに、横から来た誰かに突き飛ばされた。

 宙に浮いた身体は、受け身の姿勢を取ることが出来ずに地面に打ち付ける。

 その衝撃で一瞬息が止まり、苦しくて咳き込む。

 

「……馬鹿っ、君は馬鹿だ!」

 

 叫ぶような声が聴こえてきた次の瞬間、先程まで俺と狂三がいた辺りを中心に炎が包み込んだ。

 琴里の放った炎の魔は()めるように俺の足元まで這って来た。突然の出来事に避けることも出来ずに、足に痛みが伝わってきた。

 

「ぐっ……!」

 

 一瞬のことだったと言うのに、その痛みは止むことがない。いつもなら俺を癒やしてくれていた能力だって発動していない。それでも、先程の位置に比べたら明らかにマシだろう。普通の人間であれば、声を上げる間もなく……命を落としてしまうだろうから。

 

 ……普通の人間であれば? 

 そう考えた後に、先程の声の主を思い浮かべる。

 あれは、最近聞いた声だった。十香でも四糸乃でも、まして琴里や真那、狂三でもない。

 なら、誰なのか。

 途端に激しくなる鼓動を無視して考える。あいつら以外で最近会った同年代の人物……そこまで考えた所で、あいつの声と顔が頭に思い浮かんだ。

 

「どう……して……ッ!」

 

 意識が戻ったのか、琴里は俺達を見て目を見開いて泣きそうな声音でそう叫んで、糸が切れたように倒れた。慌てて駆け寄ろうとするが、足が鉛のように重くなって、動けない。

 琴里は大丈夫なのか、それに今の声はやっぱり……

 

 自分の可能性を否定したくて慌てて声の主を見ると、そこには安堵しているように見えるそいつの姿があった。

 直撃する位置からは離れていたが、それでも炎の攻撃を受けてしまったのか、着ていた制服も髪や左半身の大部分が焼き爛れてしまっていた。

 

「なんで、おまえが」

 

 想像もしていなかった人物のあまりにも生々しい怪我に喉が引き攣るのを感じる。

 訳が分からなかった。何でここにいるのか理解が出来なかった。

 彼女は俺が声を発したことに気がついたのか、三日月型に口を吊り上げた後に言葉を紡いだ。

 

「守らなきゃって、思った。守らないと、いけない。そうしないと私は……」

 

 彼女はゆっくりとこちらまで歩いてくる。

 おぼつかない足取りで、脇目も振らずにこちらに歩いてくる姿は危なっかしく、風が吹けば倒れてしまうのではないかと思えるくらいに弱く感じられた。

 ただ、そんな姿を見て焦燥する気持ちとは裏腹に、俺の胸には何か、こみ上げてくるものがあった。

 言うなれば、既視感。懐かしいような、それでいてどこか気持ち悪さを感じる姿。

 

 俺は昔、こんな風に傷付いた彼女を見たのだろうか? 

 いや、違う。見覚えがあるのは重症の彼女ではなく、彼女が今浮かべている表情……ではなかっただろうか。

 自分でもどうしてそんなことを思ったのかなんて分からないし、そんなことを考えている場合ではないのは分かっている。

 

「君に、大した怪我がなくて良かった。本当に、良かった」

 

 やはり既視感のある表情を浮かべ、彼女はゆっくりとまぶたを閉じた。

 

「……!」

 

 いつものように名前を呼ぼうとしたが、言葉は出てこなかった。

 何かが詰まってしまったように、何かが間違っているとでも言うかのような現象。

 それについて考えようとすると、頭を鈍器で殴られたように鈍い痛みを発してくるし、胃の中の物が逆流しそうになる。意識が吹っ飛びそうになる。

 仰向けのままで荒い息を繰り返していると、背中の方から音が聞こえた。

 

 音の方へ顔を向けると、狂三が身じろぎをして起き上がろうとしていた。

 琴里との交戦で負傷したのか本調子ではないようだが、それでも立ち上がり、俺の前にいる観月の元まで歩いてきた。

 観月はもう意識を失っているようで、地面に血だまりを広げていきながら浅い息を繰り返していた。

 素人目から見ても、……もう彼女が助かるようには見えなかった。

 

 ……死ぬ? 今日まで普通に生きていたあいつが? 

 

「……まだ、そんな状態でも生きているのですね」

 

 狂三がそう言ってしゃがみ、死に体の観月に向かって銃を向ける姿が見えた。

 

 俺は琴里の放った天使の攻撃を完全に防ぐことが出来なかったせいか、思うように身体を動かすことが出来ない。

 意識だって少しずつ霞んでいっている。

 しかし、それでも俺は彼女を止めずにはいられなかった。

 

「や、めて……くれ……狂三……あいつ……に、手を、出さないで……く……れ……」

 

 必死に、乞うように絞り出した声が聞き取れたのか、狂三は銃をそのままに俺の方に顔を向けたが、一瞬後にはすぐに顔を元の位置に戻した。

 

「あらあら、士道さんが心配なさるようなことなど一つもありませんわ」

「待ってくれ……! 殺すなら、俺に……!!」

 

 狂三にはもう見向けもされない。

 

 心配することがないだって? 

 そんなの、心配するに決まっているだろ。

 だって、あの人見知りな四糸乃が一番懐いているのはあいつだ。十香だって俺の家で話したりゲームをする時間は大切だと言っていた。観月京乃は彼女達の日常を彩る上で欠けてはならないんだ。

 俺にだって大切なんだ。あいつのことはずっとずっと大切だった。

 

「京乃さん、すぐに楽にさせてあげますわ」

 

 狂三の気が変わるのを想うも虚しく、狂三の放った弾が、あいつに向かっていった。

 それを見届けた所で俺の意識は完全に途絶えた。

 




三巻の内容は取り敢えずここまで。

アンケ機能使ってみたかったのと、ちょうど良い機会なので集計します。
完全に反映する訳ではなく、参考にする程度ですので気軽にどうぞ。

次の話は何が良い?

  • 狂三視点での三巻+四巻の初めまで
  • 七罪の話(その後)
  • 士道と令音の話(その後)
  • 何でもいい

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