「ヒッキー!おはよう」
「もう昼過ぎだぞ?由比ヶ浜」
「いいじゃん、今日、会ったの今なんだし」
「……まぁ、そうだな」
「そうそう!」
花見から少しの時間が流れて。
俺と由比ヶ浜の関係は変化した。
そう、変化してしまった。
別にいつか変化というものは起こると思っている。
この俺がウルトラマンという存在に信頼を寄せてしまっているように。
だが、この変化は果たしていいのだろうか?と俺は考えている。
酒の勢いとはいえ、俺は由比ヶ浜に告白していた。
その返事は保留、というか、なかったことにしてもらいたい。
だが、由比ヶ浜はまるでOKというように普段よりもスキンシップをしてくることが多い。
今も。
「あ、そうそう、最近、この基地に新しい参謀さんがきたんだよね?」
「情報部だったか?」
手をつなぎながら職場を歩くなんていう不届きなことをやっている。
「いいか、ウルトラマンティガなんていう訳の分からない存在に頼っているGUTSはダメなんだ。軍事組織として中途半端なGUTSも」
噂をすればなんとやら。
俺達の目の前を部下と共に通過していくのは新しく極東本部所属となった情報部のタツムラ参謀だ。
半年ほど前にヨーロッパから赴任してきたと聴いている。
若い年で参謀という地位についた彼はやり手なのだろう。
しかし、大きな声でウルトラマンティガ批判を唱えるのはかなり珍しかった。
勿論、一部のTPCでウルトラマンティガを否定するものは少なからず存在している。
正体不明、強大な力で怪獣を倒す巨人を一部は危険視しているのだ。
彼もその一人なのだろうか。
「あ」
声に俺は顔を上げる。
丁度、反対側の通路からティッシュを大量に持っているダイゴ隊員とでくわす。
その目は俺と由比ヶ浜の手をみていた。
「あ、これは」
凝視していることに気付いたダイゴ隊員は視線をそらして口笛を鳴らす。
鳴ってはいなかったけれど。
「ごめん、邪魔しちゃったみたいで」
「ダイゴさん、どうしたんですか?」
繫いだまま由比ヶ浜が訊ねる。え、このままいくの!?
「季節外れの花粉症で」
「医務室に来てください。薬、出しますので」
「あ、ありがとう」
「じゃ、ヒッキー、後でね」
「おう……おう?」
オットセイのような声を出しながら俺は驚きの声を漏らす。
ダイゴ隊員が変な噂を広めないと思うけれど、嫌な予感が少しした。
嫌な予感が別の意味で的中したのはダイゴ隊員が作戦室で隊長に聞いていた。
――幻の怪獣。
「一応、警務局に調査を依頼しているわ。でも、文字通り幻なのよ。目撃したという話だけなのよ。被害報告もないし」
「それだけの情報やったらガッツの出番はないわな」
「まぁね、余計な不安を煽りかねない。今の時点で私達は動かない方がいい」
「錯覚ですよ」
「あら、どうして、そう言い切れるの?」
「何も、痕跡がなかったんでしょう?データに何も残っていないんです」
「でも、目撃情報はすべて一致しているのよ?陽炎のように消えてしまう」
レナ隊員の言葉にホリイ隊員は唸る。
「陽炎っていうのが気になるなぁ。空気中に屈折が写ってたわけやから、どこか遠くの物質が写っていてもおかしくはない」
「蜃気楼ですか?」
「でも、それだったらどこかに怪獣がいることにならないか」
「お前、本当にアホやな」
「なにをう!?」
「ええか?蜃気楼に移り込んだ建物を怪獣やと勘違いした」
「お前、アホとはなんだ。こっちこい!」
ヤズミを板挟みにして行われるいつもの喧嘩。
介入したら痛い眼みる。
「でも、みんながみんな怪獣だと判断するのは少しおかしいな」
「みんな、疲れているんじゃない?」
「疲れている?」
「きっとそう、平和になれた生活が続いていたから」
「疑心暗鬼、ですか」
「やっぱり、私達は慎重に動くべきね。これ以上、余計な不安を煽らないように」
隊長の意見は正しい。
この数か月。空想の産物ともいえる怪獣、侵略者の出現数は途轍もないことになっている。
当たり前だった生活に亀裂が入り、誰もが混乱し、緊張の中にいる。中には精神的に参った人もいるだろう。そんな中で怪獣が現れたかもという情報だけでGUTSが出張ることは余計に住民の神経をすり減らすことになる。
少し前の怪獣騒動もその例に漏れないだろう。
冷静で知的な隊長だよな。歳が近かったら惚れていたかもしれない。うん、この考えやめよう。遠くから変な電波を察知しかねない。
「隊長、八幡隊員、タツムラ参謀がおよびです」
「タツムラ参謀が?」
「え、俺も?」
「どうも、お呼びたてして」
「ご無沙汰続きで申し訳ありません」
「比企谷八幡です。失礼します」
「ま、お互い、忙しい身ですから。どうです。ここのところ?」
「は?」
「何の、ことです?」
タツムラ参謀の言葉に俺達は困惑する。
この参謀と全くと言っていいほど、接点がない。隊長も参謀会議で顔を合わせる程度の筈だ。
「噂は耳にしているでしょう?怪獣出現の」
「あぁ」
「まぁ、その怪獣の噂を流したのは我々だから」
場の空気が良くない方へ向かい始める。
イルマ隊長も察したのだろう。
「驚いた?普通、驚くよね」
「しかし、何のために」
タツムラ参謀は操作をして目の前に映像を出す。
それはひと月ほど前に出現した怪獣のデータだ。
確か。
「デシモン、ですね」
「幸いにもティガの力を借りずに倒すことが出来た。だが、この時も戦いも苦労した筈だ」
「えぇ」
「その苦戦の原因はむしろ、群衆にあったのではないか?群衆のパニックにあったのでは?なぜ、GUTSに従わないのか。なぜ、もっと行動できないのか……」
言葉の端々に込められるのは苛立ち?
「失礼、私は大衆が怪獣という言葉一つで、どれだけのデータがとれるのかサンプルを取りたかったのだ」
「今、多くの怪獣が出現しています。そのサンプリングでよいではないですか」
「試しましたよ。だが、どれも過剰すぎて役に立たない」
「強制的な大衆統制をしたいのですか?それでは、まるで」
「TPCが人を支配しているようなものだ」
俺の言葉にタツムラ参謀が目を向ける。
興味深いというような感情だ。
「やはり、キミは素質がある」
「は?」
「待ってください!TPCもGUTSも決してメンタリズムに入っては!」
不穏な空気を破壊しようとするイルマ隊長だが、室内に電話のコール音が鳴り響く。
タツムラ参謀は誰かと会話をしている。「よし、今がいい時期だ」と言っている。
何かが動く。
電話を切ったタツムラ参謀はこちらをみる。
「また怪獣出現の情報が入ったそうだ。そろそろ仕上げとしてGUTSも調査に動いてもらおうか。噂の真偽性を高めるために」
「嘘だとすぐにばれる、無駄に人の生活を脅かすだけです!」
「あ、そうそう、この件は隊員達に黙っていてほしい。トップシークレットという奴だ」
「何故!」
イルマ隊長としては納得でいないだろう。だが、俺は容易に想像できた。
コイツは。真実を伝えた隊員達が腑抜けな捜査をさせないためだ。
「デマとしていい加減な調査をしてもらっては困る。敵を欺くには、いや、これはおかしいか」
「私は隊員達を信頼して」
「イルマ隊長、これも――」
「わかりましたよ」
タツムラ参謀の話を遮るように俺は立ち上がる。
「サンプルが欲しいんですよね。隊長が他の隊員達へ言いふらさないようにさせますし、腑抜けな捜査はさせずに俺がちゃんと監視します。それでいいですよね?」
俺の言葉にタツムラ参謀は小さく手を叩く。
「やはり、キミは素晴らしい。呼んで正解だった。後は頼むよ?比企谷隊員」
「……命令ですから」
「待ちなさい!」
外に出てしばらく歩いたところでイルマ隊長に呼び止められる。
「どういうつもりなの?」
「あのまま引き受けるのを渋っていたら強制的に隊長はやらされていたんですよ」
「それは」
「だったら、部下がアンタを監視しているという事ならまだできるでしょ?命令でいやいややらされるより、まだ、いい」
「それは間違っているわ」
「だが、あの参謀は必ずやらせますよ。それだけの危険があります」
あんな、人を実験動物のように見ているような奴は。
「だからって、貴方が犠牲になるような」
「失礼します」
隊長の指示で俺達は怪獣の調査を始めた。
やはりというべきなのか、隊員達は今回の調査に少し不満を持っている。
「この調査、やりすぎやないか?急に人が変わったみたいに」
「失礼だぞ、ホリイ隊員」
「せやかて、根拠ないんやろ?」
「やめろ、ホリイ」
二号の操縦席の中で不満をぶつけるホリイ隊員。
この人は科学者だ、根拠がない事で動くのはおかしいと考えているのだろう。
真実を知っているから、正しいといえる。
だが、ここで余計なことをされてもまずい。
「怪獣を見たといっている以上、後になって大きなことになっても大変です。必要だから、調査をするんですよ。大がかりでもね」
「八幡?」
「さ、次のエリアに行きましょう」
探るようにみてくるホリイ隊員の視線から逃げる。
そうだ、大衆を混乱させる原因だとしてもやらないといけない。
命令なのだ。
「間違いないです!確かにこの目でみたんです!」
「やっぱり……」
「おいおい、ダイゴが言うからって真に受けるなよ」
「地図のデータもくまなく調べました。怪獣が出現したという事はありえません」
ダイゴ隊員が調査中に怪獣を見たという事で作戦室内は議論の嵐だ。
隊員達が議論する横でリーダーが訊ねる。
「隊長、この調査を続行する根拠を教えてください。今回の調査は無駄に世間を混乱させているように思えます」
隊長の言葉を待つ。
やはり、イルマ隊長は葛藤している。
「じゃあ、皆さんは怪獣が出たという通報があっても動かないつもりですか?」
俺の言葉に全員の視線が集まった。
「何だと?」
「そういうことになりますよ?怪獣が出たら調査をしないといけない。それが今のGUTSだ。根拠がない。科学的証明がないからということだけで動かない。後になってそれが怪獣出現の前触れだとわかったら?俺達は怪獣について何もかも把握しているわけじゃない。大衆を不安にさせる。でも、それで何もないとわかればいいじゃないですか。何か起こった後だと、だれが責任を取るんです?」
「お前な、そういう話をしているわけじゃないんだよ!!」
「同じですよ」
「何だと?」
怒りの感情を出すシンジョウ隊員が俺の胸倉を掴む。
「八幡、お前なぁ!」
「よせ、シンジョウ」
リーダーが割り込む。
「貴方に責任が取れますか?シンジョウ隊員。少なくとも俺は辞表をだすくらいしか思いつきません」
胸倉を引きはがされて俺は作戦室を出る。
向かった先はタツムラ参謀の所だ。
「この計画、ただ噂を流しているだけですか?」
「何だね?急に」
「俺達には伝えていないだけで各地にホログラフィーのような投影をしているとかはないか確認しておきたかっただけです」
「本来ならそれぐらいのことはすべきなんだろうけれど、生憎、予算がなくてね、噂を流す事だけですよ」
「そうですか」
噂を流すにしてはやけに怪獣を見たという報告数が多すぎる。
「まさか、キミも怪獣を見たと思っているんじゃないんだろうね?しっかりしてくれよ。キミのような人間がそんなバカなことを考えるなど」
「やけに自分の事を評価していないっすか?ただの民間上りの俺を」
「自分を卑下することはない。僕はキミを高く評価している。物事の本質を見抜き、最善の行動をとれる。キミの動き一つでここまで良い状況へ傾いたんだ。もっと自分に誇りを持つべきです」
「……」
「明日から情報の範囲を広げようと思っています」
「そうですか」
「もうしばらく、頑張ってください」
俺は参謀の部屋を出る。
“あれ”の準備、しておくか。
翌日、作戦室へ足を向かう。
すると中が荒れていた。
少し遅れて隊長もやってくる。
「隊長、さっきから通報がひっきりなしです!」
「やっぱり、本当だったんだ」
「蜃気楼かもしれねぇだろ?」
「でも、これだけの目撃情報です」
「データに異常はありません!」
「見落としたんとちゃうか?」
「お前、さっきまで否定していただろ!」
「人間は進歩するんや」
「……待って、待って!!」
「どうしたんですか、隊長?」
「みんな、みんな聞いて、怪獣はいないわ!全部TPCが作り上げたデマだったの。それが人々が踊らされ、怯えさせられた。それを知っていて」
「そんな」
「俺達も?」
「ごめんなさい」
謝る隊長の傍、ホリイ隊員が訊ねる。
「八幡も知っとったんやな?」
「はい、タツムラ参謀に命令されていました」
「お前!」
ダンと机をたたくシンジョウ隊員。
まさか、仲間に踊らされるとは思っていなかっただろう。彼は今にも殴ってきそうだ。
殴られる覚悟はできている。
「ポイントG1-4に怪獣出現!」
「もうええって」
「タツムラ参謀の所に行ってくるわ」
「自分も行きます」
「待ってください!本当に街を破壊しているんです。今、映像を出します!」
「こいつだ!」
作戦室に映る怪獣の姿。
ダイゴ隊員の言葉からして目撃した怪獣はこいつなのだろう。
だが、どういうことだ?
噂はデマの筈だ。
本物がでてくるなど。
俺と隊長は作戦室で待機していた。
出現した怪獣は幻影を創り出せる。
目的地へ向かう途中に現れた怪獣にデキサスビームを撃った所で発覚する。
それでわかった。
怪獣は今まで蜃気楼をだして人々に目撃させていたのだ。
まるでタツムラ参謀の計画に同意するような。
最悪の形で計画が裏目に出ていた。
現場に到着したGUTSによる怪獣攻撃。
しかし、怪獣は背中からとてつもない輝きを放つと分身体を次々と生み出していく。
怪獣と戦うために現れたウルトラマンティガも翻弄されている。
実態と幻影を入れ替える能力を持っていたのだ。
攻撃しようとした直前で幻影と実態の入れ替わりを行っていて、紫のティガも大苦戦している。
「どこに行くつもり?」
ヘルメットを手に取った所で隊長がやってくる。
「出撃します。あの怪獣が暴れる原因を作った責任がありますから」
「それなら」
イルマ隊長もヘルメットを手に取る。
「私にもその責任があるわ。私も出動する」
「隊長は操縦に集中してください」
「わかったわ」
二人の乗るウィング一号は怪獣の中へ突撃する。
「何故、怪獣は現れたの……」
『隊長!無茶です、やめてください!』
通信のスィッチをオフにする。
「私は裏切った」
「そんなこというなら、自分もですよ。自分も最低なことをしている」
「だったらやらなかったらよかったのに」
「そんなことしたら隊長だけが悪者になってしまう。ダメですよ」
「貴方、本当に不器用ね」
「これが最善と思うからです」
一歩間違ったら怪獣と正面衝突。
文字通り命を懸けたフライトになる。
「俺の命、預けます」
「貴方の命、預かるわ」
ウィング一号が怪獣の中を突っ切る。
やがて、すり抜けた怪獣が振り返り際に光線を撃つ。
「隊長!」
「くっ!」
回避が間に合わずウィングに直撃。
機内で火花が散る。
「ティガ!これが本物よ!」
イルマ隊長の叫びと共にティガが光線を撃つ。
攻撃を受けた怪獣は消滅する。
「ダメ、操縦が」
ウィング一号はコントロールを失い、地面に向かっていく。
あぁ、小町、悲しませるだろうな。
由比ヶ浜。ごめん、俺は。
落下するという直前、ウルトラマンティガがウィング一号をキャッチして地面へ卸す。
二日後。
「受け取るわけにはいかんな」
「何故っすか?自分はGUTSの規律をいくつも違反しましたし、隊員の足並みを乱しました。こんな奴がいても」
「GUTSにキミは必要だ。冷淡と思えるような策を選びながらも仲間の心を意識しているキミを失うわけにはいかん」
「しかし、自分は隊長を脅すような行為をしました。こんなもの許されるわけがない」
俺は総監に退職願いを出しに来ていた。
退職する場合、届ではなく願いとするのだ。それから上が受理した後の処理を行って退職できる。やめる!といってやめられるほど組織は甘くない。
「少し前にイルマ隊長もキミと同じようにこれをもってきた。その時にもいったが、キミと共に戦い続けている仲間を信じろ。この程度で信頼関係など乱れぬさ。そう、タツムラ参謀の計画に興味深いことがわかった。彼の部下が流した地域で怪獣報告はほとんどなかった。
怪獣の情報で市民は踊らされていなかったということがわかった。人はそこまで愚かではないということさ」
「……ですが」
「八幡君、キミは強い。だが、一人っきりの強さよりも仲間と一緒にいることの強さを大事にするんだ」
そういって総監は退職願を破ってしまう。
「泥臭くてもいいじゃないか。最高の仲間がいるんだ」
総監室を出て、作戦室に向かう。
中へ入ることに少し躊躇してしまった。
すると勝手に扉が開く。
「あ」
「八幡隊員、出動だよ。ウィング一号だ」
「え、あの」
「おい、何ぼけっとしているんだ、さっさと行くぞ。お前が後ろなんだから」
「行くぞ、八幡」
シンジョウ隊員に言われ、リーダーに肩を叩かれる。
「八幡隊員」
呆然としている俺にイルマ隊長が声をかけた。
「おかえりなさい。早速だけれど、働いてもらうわよ」
「……わかりました、社畜頑張りますよ」
――ただいま。
これで入ったのか凄い微妙です。
今回、八幡の行動でもっと亀裂を入れようかと思いましたが止めました。
片づけられる自信なかったので。
一応、次は拝啓ウルトラマン様を予定しています。
あくまで予定なので変わりはします。もしかしたらちゃんとやると思いますけれど。