異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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遺跡から脱出するとこうなる

 

 斬撃を何度も叩き込まれた筈の敵が再生する姿を目にしてうんざりしながら、ナイフを鞘の中へと戻す。俺とラウラに散々切り刻まれ、とっくに八つ裂きにされている筈の吸血鬼の青年の身体から傷が消滅していき、流れ出ていた鮮血が再生した肉と皮膚に遮られてぴたりと止まる。

 

 弱点を使わない限り、吸血鬼は殺せない。

 

 親父たちもこの再生能力と身体能力の高さのせいで苦戦したらしいし、こいつらの総大将だったレリエル・クロフォードとの戦いでは、モリガンの傭兵が全員で挑んだにもかかわらず、全員殺されかけた上に引き分けだったという。

 

 下っ端と思われる吸血鬼でも手強いのだから、総大将ともし俺たちが戦う羽目になったら殺されてしまう事だろう。

 

 吸血鬼の力にぞっとしながらも、青年が再生を終えるにはまだ時間がかかりそうだと判断した俺は、メニュー画面を開きながら踵を返し、左手でラウラの手を引いて走り出した。

 

 こいつは殺せないし、目的である天秤の情報は手に入れたから脱出するだけだという事は、もう仲間たちも理解している。踵を返して俺が走り出すと、同じように武器を背負ってから後ろの通路へと向かって走り出す。

 

「よし、逃げるぞ!」

 

「待ってください」

 

「ん?」

 

 一足先に通路へと駆け込んだナタリアとカノンだったが、仲間たちの最後尾にいたおかげで通路に一番近いところにいたステラは、全く逃げようとしていなかった。

 

 まだ攻撃するつもりなのか? ダメージはかなり与えたし、再生に時間がかかりそうだから逃げるチャンスは今だぞ?

 

 すると、彼女は目を瞑りながら右手を天井へと向けて伸ばした。

 

 握れば包み込んでしまえるほど細く、華奢なステラの腕。こんなに小さな腕で大口径のガトリング砲を扱えるのは信じられないが、彼女は人間やキメラの身体能力を凌駕するサキュバスの生き残りなのだ。

 

 小さな手に鮮血のような紅い光が集まっていき、重々しい金属製の腕輪を形成する。その腕輪から伸びるのは、まるで凍結させた鮮血で作ったような真紅の鎖だ。

 

 その鎖の終着点に鎮座するのは―――――――毬栗のように全体からランスのようなスパイクが突き出た、直径2mの鉄球である。

 

 鉄球から生えるスパイクの1つ1つはドリルのようになっていて、それを稼働させるための魔力を供給するためなのか、根元の方には細いケーブルが見受けられる。鉄球の表面には細い配管やリベットがあり、どういうわけか圧力計のようなものまで取り付けられている。

 

 サキュバスが大昔に造った武器にしては、機械的な外見の恐ろしい鉄球であった。

 

「グラシャラボラス」

 

「おいおい………」

 

 一度振り下ろすだけで莫大な魔力を消費する、非常に燃費の悪いステラの武器。幼い少女が振るうにはあまりにも重々し過ぎる無骨なそれを、ステラは表情を全く変えずに振り下ろす。

 

 鎖が引き下ろされ、浮遊していた鉄球がスパイクで天井を削りつつ落下を始める。その鉄球があと2秒後に粉砕するであろう床の上にいるのは、まだ身体を再生させている途中の、哀れな吸血鬼の青年だった。

 

「ゲェッ!?」

 

「うわ………」

 

「ダメ押しです」

 

 あまりにも強烈過ぎるダメ押しだな………。

 

 ちなみに、あのグラシャラボラスはステラのために生産した30mmガトリング機関砲よりも重いらしい。しかもステラは、それを片手で振り回すのである。

 

 グラシャラボラスの実体化を解除し、ステラは鉄球に押し潰されて肉片となった吸血鬼に向かってにやりと笑う。ヤンデレのお姉ちゃんも恐ろしいが、ステラの容赦がない上に腹黒いところも恐ろしい。

 

「あ………お腹が空いてきました………」

 

「よし、ここから脱出したらお腹いっぱい食べていいからな!」

 

「はい」

 

 また俺とラウラが餌食になるのか………。

 

 苦笑いしながら、ステラの手を引いて通路へと駆け込む。ラウラが唇を尖らせながら手を伸ばしてきたけど、手を繋いで逃げる前にまだアレを準備しておかなければならない。

 

 開いたままになっていたメニュー画面を素早くタッチし、生産済みの装備の中からあるものを装備した俺は、右手の代わりにラウラにそれを差し出した。

 

「ふにゅ? これって………トラバサミ?」

 

「そう。この前の在庫」

 

 サメの牙を思わせる刃がついた恐ろしいトラップを彼女に手渡した俺は、自分の後ろの床に1つ設置すると、素早く数歩前に進んでから更にトラバサミを設置した。

 

 このトラバサミは、フランシスカに襲撃される前に生産したトラップの在庫である。もしかしたらあの戦闘中にフランシスカが引っ掛かってくれるんじゃないかと思ってたんだが、母さんが加勢に来てくれたおかげで結局トラップには何も引っかからなかった。だからあの森に設置したトラップは一度も作動することなく、メニュー画面の中で在庫と化していたんだ。

 

「さあ、皆さん。トラップの在庫を処分しましょう!」

 

「ふにゅ、在庫処分セールだねっ♪」

 

 トラップを生産するのに使うポイントは他の武器と比べると安価だから、1つ使ってしまうとまた生産し直さなければならないとはいえ気軽に使う事が出来るのだ。しかも弾薬のように最初から装填されている分と再装填(リロード)3回分――――――スキルで強化すれば5回分―――――――のように制限されているわけではなく、作った分はストックしておくことができるため、非常に便利なのである。

 

 積極的に攻撃するような場合には無用の長物だが、敵の待ち伏せや時間稼ぎでは大活躍する武器なのだ。

 

 しかも、設置しているのはトラバサミだけではない。クレイモア地雷も在庫が10個ほど残っているから、仕掛け放題だ。

 

 ひっひっひっ。幼少期に親父にいたずらした時の事を思い出すぜ。

 

 クレイモア地雷からワイヤーを伸ばし、ワイヤーの先端にあるスパイクを壁のレンガの間に捻じ込む。肝心な地雷本体は、崩れ落ちたレンガの残骸の中にさりげなく紛れ込ませておこう。どうせ狭い通路なのだから、このワイヤーを誤って引っ張ってしまったら、爆風と無数の鉄球たちにもてなしてもらえるに違いない。

 

「ふにゅ……トラバサミの方が在庫がいっぱいあるんだね」

 

「おう。だからこっちは隠して設置するんじゃなくて、床にびっしり仕掛けなさい」

 

「はーいっ!」

 

「よ、容赦ないわねぇ………」

 

 トラバサミの在庫は40個もあるからな。崩れたレンガとかツタの陰に隠しても良いが、びっしりと仕掛けて足止めした方が良いだろう。基本的にここのダンジョンは一本道なのだからどの道引っかかるしかないし、悠長にトラップをじっくりと仕掛けている時間もない。

 

 トラバサミはラウラに担当してもらう事にしよう。

 

 クレイモア地雷からワイヤーを伸ばし、反対側の壁のツタに引っ掛ける。自分で地雷を起爆しないように気を付けて屈み、ワイヤーの下をすり抜けてからもう1つの地雷を足元へと置いてからワイヤーを壁にセットする。

 

 うまく行けば最初の1つが作動した直後にもう1つも作動する事だろう。

 

「仕掛けたよ、タクヤ!」

 

「よし、逃げよう」

 

 これでかなり足止めできるぞ。

 

 あの狂った吸血鬼が罠に引っかかる姿を想像しながら、俺はにやりと笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 吸血鬼は、他の種族と比べると非常にプライドが高い種族であると言われている。具体的な理由は不明だが、吸血鬼という種族の大半がそのような気質を持っているという事なのだろう。

 

 だから、あのように未熟な少女たちが吸血鬼をズタズタにするという事は、彼らの逆鱗に触れることと同じなのだ。

 

 案の定、ユーリィは通路を疾走しながら激昂していた。必ずあの冒険者たちに追いつき、八つ裂きにして惨殺してやると決めた彼の怒りは、他の種族の怒りの比ではない。

 

 寿命が極めて長い吸血鬼からすれば、人間や新しい種族でもあるキメラは公園で遊び回る子供と変わらない。それゆえにその子供たちに後れを取っているという事実は、油のように彼の怒りを覆い尽くし、更に燃え上がらせたのだ。

 

 もし仮にヴィクトルが一緒に行動していて、彼が静止したとしてもユーリィは無視していた事だろう。今の彼を落ち着かせる事が出来るのは、タクヤやラウラたちを惨殺することか、彼らの指導者である『カーミラ』に宥められることだけだろう。

 

(許さねえ………あのガキ共ぉッ!!)

 

 人間やキメラという餓鬼の分際で、吸血鬼である自分を傷つけた事は絶対に許さない。

 

(確か魔王のガキがいるんだよなぁ………。あいつらを捕まえたら、あの赤毛の姉を弟の前で殺してやる!)

 

 しかし、彼の怒りはそのガキたちの最も獰猛な置き土産によって、更に燃え上がることになる。

 

 目の前で姉を殺され、絶望するあのフードをかぶった少年の顔を想像しながら通路を駆け抜けようとしたその時、踏み下ろした右足が何かを踏みつけたような気がした。がこん、となぜか床が少しだけ沈んだような感覚が違和感と共に這い上がってくる。

 

 その違和感は、ユーリィが足を持ち上げる寸前に激痛へと変貌した。いきなり足に何かが掴みかかったかと思うと、その掴みかかった何かが足に食い込んだような感覚がして、下を見下ろす途中に激痛が襲ってきたのだ。

 

「――――――なぁッ!?」

 

 彼の右足に掴みかかっていたのは――――――サメを思わせる金属製の牙の群れであった。

 

 先ほどタクヤやラウラたちが、逃走しながら仕掛けていったトラバサミである。彼らを惨殺する事ばかり考えていたから、ユーリィは彼らが仕掛けていったトラップに気付く事が出来なかったのである。

 

「く、くそ! 調子に乗りやがって………ガァァァァァッ!!」

 

 トラバサミに噛みつかれた右足を強引に引き千切り、片足でジャンプしながら右足を再生させていく。早く追いかけなければあの冒険者たちに逃げ切られてしまう。ここで激痛に屈し、呻きながら再生させるわけにはいかないのだ。

 

 怒りと憎悪の中に、焦りが溶け込む。早く追いついて殺さなければならないという焦りが溶け込み、彼の警戒心と注意力を更に削り取る。

 

 やっと右足が指先の辺りまで再生が終わったその時だった。ひたすらジャンプを続けていたユーリィの身体が、今度は細いワイヤーのようなものに引っかかったのである。

 

「は? ――――――うぎゃあっ!?」

 

 埃や細いツタかと思った直後、いきなりそのワイヤーのようなものが伸びていたと思われる壁のレンガの一部が爆風を吐き出した。その爆風と共に飛び出した小さな鉄球がユーリィの肉体を貫き、外れた鉄球たちは通路の狭い壁に跳弾してから彼の肉体を打ち据えていく。

 

 それも置き土産のうちの1つであった。ワイヤーで作動するように改造されたクレイモア地雷である。ワイヤーを引くと爆発するだけでなく、無数の小型の鉄球を射出する仕組みになっている地雷であるため、仮に爆風に呑み込まれることはなくても、その爆風に押し出された鉄球たちに貫かれてしまう事だろう。

 

 ユーリィは、その爆風と鉄球の群れを同時に肉体に叩き込まれる羽目になった。灼熱の激流に嬲り殺しにされ、全身を鉄球の群れに食い破られる。プライドをズタズタにした餓鬼どもを殺しに行くというのに、断念してしまおうかと思ってしまったユーリィは、折れ曲がり始めた心を必死に押さえこみつつ身体を再生させ、激痛を怒りの中に放り込んで焼き尽くす。

 

「ゆ、許さねえ………あのガキ共ぉッ!!」

 

 身に着けていた豪華なスーツは血と爆薬の臭いで滅茶苦茶になっている。しかし、その血はあの冒険者たちの返り血ではなく、自分の血だ。そしてスーツに付着している爆薬の臭いは、自分が敵に叩き込んだのではなく、あの冒険者たちの置き土産に引っかかったことの証でしかない。

 

 その無様さを自覚する度に、彼は怒りを感じていた。

 

 歯を食いしばりながら再び通路を突っ走るが―――――――またしてもワイヤーが張られていたらしく、壁から噴き上がった火柱と鉄球の群れが彼を包み込んだ。

 

 脇腹に大穴を開けられながらも辛うじて耐え、そのまま走り続けようとしたユーリィの片足がまたしてもワイヤーを切断し、もう一つの火柱を生み出す。爆風に両足を一気に食い千切られ、焦げた石畳の上に顔面を叩き付けてしまう。

 

(く、くそぉ………何なんだ!? 吸血鬼の俺が、あいつらより劣ってるって事なのか!?)

 

 焦げてしまった両腕で起き上がろうとしつつ、目の前の通路を見つめるユーリィ。遺跡の外へと伸びる通路を睨みつけた彼は、自分の目の前の床が牙のように尖った何かによって埋め尽くされていることに気付き、目を見開いた。

 

 ツタに燃え移った炎が、ランタンのように通路を照らし出す。

 

 荒々しく揺れ続ける炎が照らし出したのは――――――――床を覆い尽くし、踏み抜いた獲物の足を食い破ろうとしているかのように待ち構える、無数のトラバサミの群れであった。

 

 

 

 

 

 

 

「逃げ切ったかな………?」

 

 背後からは、まだクレイモア地雷が発する爆音が聞こえてくる。跳弾するような小さな音は、おそらくクレイモア地雷の鉄球が壁に当たっている音なのだろう。

 

 遺跡の外まで何とか脱出した俺たちは、入口の扉の外から遺跡の中の通路を振り返りつつ呟いた。あの吸血鬼は作戦通りに地雷とトラバサミの在庫処分セールに引っかかり、足止めされているらしい。

 

 あとはこのまま遺跡を離れてしまおう。願わくば廃棄物と排煙の悪臭に覆われているあの街に戻りたくないのだが、あそこにも管理局の宿泊施設はあるし、手に入れたこのヒントをステラに解読してもらう時間が必要だ。

 

 メニュー画面を開き、クレイモア地雷を更に2つ生産した俺は、ダメ押しという事で入口の近くにその2つを仕掛けておく。

 

「ま、まだ仕掛けるの!?」

 

「足止めになるだろ。それに、こいつが爆発すればあの吸血鬼が外に出て来たって事だ。運が良ければ爆風で入口が崩れて、あの馬鹿を生き埋めに出来るしな」

 

 手榴弾を放り込まれれば崩落してしまいそうな入口の天井を見上げながら、俺はナタリアに説明した。

 

「合理的ですわね。それに遺跡の中から出れば油断するでしょうし」

 

「とりあえず、早く離れるべきだと思います」

 

「それもそうだね。タクヤ、早く」

 

「おう。ステラ、街に戻ったら解読を頼むぜ」

 

「了解です」

 

 今のうちにポーチの中から例の実験の記録が記された本を取り出し、ステラに渡しておく。ボロボロになっているその本の表紙に書かれているハングルに似た古代文字を眺めたステラは、久しぶりに自分の母語を目にして懐かしいと思ったらしく、埃臭いその本を微笑みながら抱き締めた。

 

 これで、やっと天秤のヒントを手に入れる事ができた。まだ解読してもらったわけではなく、ナタリアと一緒に本の中に記載されているイラストを見た程度だけど、天秤を手に入れるためには3つの鍵を集めなければならないらしい。

 

 もしかしたら、この中にその在処が書かれているかもしれない。それに、ガルちゃんが天秤を探すために旅をしている俺たちを止めようとした理由も、もしかしたらこの中に書かれているかもしれない。

 

 徐々に排煙の臭いが強烈になってくる。その臭いにうんざりしながら、仲間たちと共に街へと向かって全力疾走した。

 


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