異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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狂気のユーリィ

「タクヤ、見て!」

 

 実験室の中を調べていた俺を、先ほどの記録を見ていたナタリアが古びた本を見下ろしながら手招きした。ヴィクター・フランケンシュタインが残した実験の記録の中から、ついにメサイアの天秤のヒントを見つけたのだろうかと期待しながら彼女の傍らへと向かい、埃臭い部屋の中で記録を見下ろす。

 

 相変わらずわけの分からない古代文字の羅列が連なっていたが、右側のページにはインクで図解のようなものが書かれていた。装飾がついた豪華な天秤で、その傍らには3つの鍵が描かれている。天秤の図解なら分かるが、なぜ鍵まで描かれている? 天秤には無関係だろ?

 

 その周囲に書かれている古代文字は、おそらく天秤についてのヒントなんだろう。俺たちに解読する術はないので、これを持ち帰ってステラに解読してもらうしかない。

 

 一流の考古学者でさえ解読が困難と言われる古代語を母語としているのは、ステラだけなのだから。

 

「これが天秤か?」

 

「多分ね。………これ、なんで鍵まで書いてあるのかしら?」

 

 イラストの中では、天秤の脇には3つの鍵が並んでいる。何のための鍵なのかと考え始めたが、仮説はすぐに出来上がった。

 

「――――――隠してたんだ………。赤の他人が、こいつを使って好き勝手に願いを叶えられないように………」

 

 なぜそんな事をするのかと思ってしまうが、この天秤を作ったヴィクター・フランケンシュタインならばそうする事だろう。彼はこれを何のために造り出したのかは不明だが、みだりに他人に手に入れさせ、好き勝手に願いを叶えさせられるような状況にしたくはなかった筈である。

 

 だから防護措置のために、3つの鍵を作ってどこかに隠した………? くそったれ、面倒だな。つまり天秤を手に入れるためにはその3つの鍵を集め、天秤が保管されている場所を探し出さなければならないって事か。

 

 大冒険になるのは面白いが、その分激しい争奪戦が長引くという事だ。

 

「もしかしたらここに保管されているかもしれないって思ったんだけど………甘くないわね、フランケンシュタイン氏は」

 

「綿密に秘匿した挙句、3つの鍵を集めさせるのか………。せめて秘匿だけにして、ここに保管してくれても良かったんじゃないか?」

 

 愚痴をこぼしつつ、ハングルに似ている古代文字を睨みつける。俺たちは読むことは出来ないが、ステラはこれが母語だから読めるんだよな。確か、古代語の語感はロシア語やスペイン語に近かったような気がする。

 

 彼女の喋っていた古代語を思い出そうとしていると、いきなり聞き覚えのある少女の叫び声が聞こえてきたような気がして、俺は目を見開きながら埃とツタまみれの天井を見上げた。

 

「ラウラ………?」

 

「え? どうしたの?」

 

 今の絶叫は――――――ラウラの声だった。

 

 ナタリアには聞こえていなかったのだろうか。ぎょっとしながらナタリアを見つめるが、彼女は俺の表情に驚きながら「な、なに?」と聞いてくるだけだ。おそらく、今の絶叫が聞こえたのは俺だけなのだろう。

 

 幻聴ではないだろう。確かに、ラウラの絶叫は聞こえてきた。

 

 もしかして彼女は――――――助けを求めているのか?

 

「………ナタリア、その資料は持って行こう。―――――ラウラたちが、危険な目に遭っているかもしれない」

 

「え? ちょっと、何で?」

 

「ラウラの声が聞こえたんだ」

 

「ラウラの?」

 

「ああ」

 

 小さい頃から、彼女とずっと一緒にいた。常に一緒に行動して育ってきたからなのか、今では互いに指示を出さなくても片割れが何を考えているのか察して行動する事ができる。だから、意思の疎通に言葉を使う必要がない。

 

 母さんたちには「お前たちはテレパシーを使って会話してるのか?」と何度も言われるほど、俺たちは互いの考えを察する事ができる。

 

 だから今の叫び声も、幻聴ではない。彼女が危険な目に遭っているかもしれないという予測の信憑性はかなり高い筈だ。

 

 63式自動歩槍を担いだまま、俺はナタリアから記録を受け取った。腰のポーチに埃まみれの記録を押し込み、部屋の奥にあるもう一つの扉を開く。

 

「う、嘘でしょ? 私には何も聞こえなかったわ」

 

「………俺には聞こえた」

 

 早く助けに行かなければならない。

 

 一緒に生活してきた姉弟の片割れが、助けを求めているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分よりも格上の相手と幼少の頃から訓練を続けていたラウラにとっては、この戦いは久しぶりの苦戦であった。タクヤと共に転生者ハンターとなり、旅に出てからは転生者たちのステータスのせいで苦戦したことはあったが、幼少期から磨き続けてきた2人の技術を上回る者はおらず、彼女は敵を狙撃しながら拍子抜けしていたものだ。

 

 だが、今回の敵は今までの転生者よりも遥かに手強い。ステータスではなく、純粋な戦うための技術において劣っていると理解した時点で、ラウラは相手が自分よりも格上だという事を察していた。

 

 彼女の最も得意な遠距離戦で戦えないという理由も苦戦の原因となっている。だが、もし仮にここが遺跡の中ではなく平原で、得意な狙撃ができる状況だったとしても、どのみち苦戦する事になっていただろう。

 

 今まで戦ってきた相手ならば、弾丸で撃ち抜けば死ぬし、ナイフで貫いても死ぬ。強固な防具や外殻で防ぐか躱さない限り殺せる相手だったのだ。しかし今回の相手は、銃弾で撃ち抜き、ナイフで貫いても死なない。死ぬのはたった数秒だけで、すぐに蘇ってしまうのである。

 

「やぁっ!!」

 

「ゲェッ!?」

 

 呼吸を荒くするラウラの目の前で、吸血鬼の青年と斬り合っていたカノンの持つ直刀が、その振り払われた剣戟を受け止めようとした青年の剣をすり抜け、彼の首筋にめり込んだ。防御力は人間と変わらない吸血鬼はあっさりとその一撃で首を刎ね飛ばされ、広間の中に鮮血をばら撒きながら床に崩れ落ちる。

 

 目を見開いたまま落下してくる青年の生首。しかし、その切断された生首は紫色の光を発すると、そのまま残光が薄れていくかのように消滅してしまう。

 

 すると、今度は首を刎ね飛ばされた身体の方が動き出した。人間ならば即死しているというのに、両手で体を支えながら起き上がり、更に床に落ちていた自分の得物を拾い上げたのである。

 

 切断された首の断面から、筋肉繊維の束と骨が伸びていく。まるで木が成長するかのように枝分かれを繰り返し、やがて人間の頭のような形状になったそれを、今度は表面に現れた皮膚が覆っていく。

 

「おいおい、お嬢さん。いきなり僕の首を斬りおとさないでくれよ。今みたいに再生できるけど、痛みがないわけじゃないんだよ?」

 

「くっ………!」

 

「カノンちゃん、下がって!」

 

 切断された場所に触れながら言うユーリィ。首を切断される痛みを先ほどまで感じ続けていた筈なのに、彼は目を見開きながら後ずさりするカノンを見下ろしてニヤニヤと笑っていた。

 

 彼の剣戟をすり抜け、カノンが首を切断したように見えたが、おそらく今のはカノンにわざと首を斬りおとさせたんだろう。彼女の技術を見るためなのかもしれないが、九分九厘それは彼の目的ではない。

 

 再生能力を見せつけ、絶望させるためにわざと首を刎ね飛ばさせたのだ。人間やエルフならば死んでいるような攻撃を喰らっても再生してしまうところを見せつけるために、剣戟をすり抜けられたように見せかけたのである。

 

 何と悪辣な演出だと思いつつ、ラウラはカノンに後退するように指示を出した。カノンの得意分野は中距離射撃だし、いくら彼女がモリガンの傭兵であった両親から訓練を受けていたとはいえ、この男と戦うならばそのアドバンテージでは足りない。せめて吸血鬼の弱点を持ち合わせていれば彼女に前衛を任せ、その隙に弱点を使って攻撃するという作戦も使えたのだが、あの再生能力を阻害する手段がステラの魔術しかない以上、このままカノンに前衛を任せるべきではない。

 

「――――――アストラル・レイピア」

 

 感情がこもっていない声と共に、ステラの目の前に白銀の魔法陣が出現する。彼女の詠唱は古代語で行っていたらしく、どのような魔術を繰り出そうとしているのかは属性しか分からなかったが、どうやら彼女が今から放とうとしているのは強力な光属性の魔術らしかった。

 

 ステラが生み出した魔法陣の中から、レイピアの刀身を思わせる白銀の棘のようなものが出現する。

 

 光属性の特徴は、雷属性と同じく攻撃の速度が非常に速い事である。特に遠距離攻撃が可能なタイプは弾速が非常に速いため、闘技場で敵の魔術師が繰り出そうとしていたボルト・ランツェのように回避するのは非常に難しい。

 

 中には、光の速度で相手に飛来する恐ろしい代物もあるという。だが、さすがにそんな魔術を繰り出せば1発でステラは体内の魔力を使い果たしてしまう。自分で魔力を回復する術がないステラは、このような戦いでは魔力を節約しながら戦わなければならないのだ。

 

 しかし、彼女が繰り出そうとしている魔術は、節約しているとはいえ強力なものであった。光のレイピアを召喚して撃ち出すという単純な魔術であるが、その弾速は非常に速いため回避するのは難しく、しかも貫通力も高いため防御しても貫通する可能性が高い。遠距離戦においては、ボルト・ランツェと同じく厄介な魔術だと言われている。

 

 古代語での詠唱で生み出した光のレイピアを、ステラはカノンが後退したのを確認してから撃ち出した。後端部から光の輪を生み出しつつ、レーザーのように飛び去る光のレイピア。ユーリィは苦手な属性の魔術を繰り出されて目を細めたが、躱し切ることは出来ないと覚悟していたのか、その光のレイピアが直撃する寸前に右へとジャンプした。

 

 やはりユーリィはステラの一撃を躱し切る事が出来ず、取り残された左半身を光のレイピアに貫かれる羽目になった。ユーリィの左の鎖骨を貫いたアストラル・レイピアは彼の肉を焼き、骨を焦がしながら彼を蹂躙する。

 

「ぎっ………ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥアァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 他の種族と異なり、体内に極めて高濃度の闇属性に汚染された魔力を持つ吸血鬼にとって、日光を浴びるのは熱線を浴びるのと同じだ。人間が暖かいと感じる日光でも、吸血鬼が浴びれば肌が燃え上がり、肉は焦げていく。

 

 強力な吸血鬼ならば身体能力と再生能力が低下する程度で済むのだが、ユーリィはレリエルやヴィクトルのように強力な吸血鬼ではない。だから日光よりも強力な光属性の魔術を喰らえば、ただでは済まないのである。

 

 しかし、直撃して消滅するよりは左半身を焼かれた方がマシだ。吸血鬼には再生能力があるが、だからこそ死を恐れるのだ。

 

 それに、プライドも高い。それゆえにユーリィは、年下の少女たちに討ち取られるわけにはいかない。

 

 風穴を開けられ、真っ黒に焦げた左腕をぶら下げながら着地するユーリィ。キャリコM950を構えつつ照準を合わせていたラウラが追撃するが、ユーリィは緩やかに左半身を再生させ続けるだけだった。銀で作った弾丸でも撃ち込まない限り殺せないのだから、回避する必要はないと判断したのだろう。容赦なく9mm弾の群れが風穴を開けていくが、ユーリィはニヤニヤと笑ったまま被弾し続けるだけである。

 

(やっぱり、ステラちゃんの魔術だけじゃ………!)

 

 吸血鬼の弱点が不足しているだけではない。よりにもよって、この場に前衛であるタクヤがいないのである。ユーリィと戦う羽目になったのは本来なら狙撃で援護する筈のラウラと、中距離からの射撃で真価を発揮する選抜射手(マークスマン)のカノンと、魔術による攻撃や重火器による支援を担当するステラの3人だ。

 

 つまり、後衛だけでこの吸血鬼と戦わなければならないのである。

 

 前衛がいない上に、敵に決定打を叩き込めるのはステラの光属性の魔術のみ。せめて落とし穴に落ちてしまった2人と合流する事が出来れば勝てるかもしれないが、3人の後衛だけではユーリィを撃破するのは困難であった。

 

(やっぱり、逃げ切るしかないのかな………)

 

 こうなったら、カノンとラウラの2人が前衛を担当し、ステラに隙を見て光属性の魔術を叩き込んでもらうしかない。そうやって戦いつつ時間を稼ぎ、タクヤに合流してもらうのだ。

 

 SMG(サブマシンガン)による射撃からトマホークを使って接近戦を挑もうとしていたその時、急に再生を終えたユーリィが笑うのを止めた。

 

「―――――――ああ、長引かせるとあの小娘にやられそうだからな………。とっととぶちのめそう」

 

「へえ………舐め過ぎてたって事に今気付いたわけ?」

 

「いやいや、面倒だなって思っただけさ」

 

 キャリコM950からトマホークに持ち替えながらユーリィを睨みつけるラウラ。笑うのを止めたユーリィは、手にしていた鮮血の剣を投げ捨てると、再生を終えたばかりの左手を右手で掴む。

 

 もう、彼は笑っていない。それどころか、まるで追い詰められたように冷や汗をかきながら、必死に呼吸を整えて自分の左手を見下ろしている。

 

「面倒なんだよ、本当に。………これ、滅茶苦茶痛いからさぁ」

 

(滅茶苦茶………痛い……?)

 

 左半身を焼かれ、何度も銃弾に貫かれて死んでいた男が、今更痛みを恐れている。違和感を感じながらユーリィを睨みつけていると、自分の左手を掴んだユーリィは一旦瞼を閉じてから―――――――歯を食いしばりつつ、まるで意図的に肩を脱臼させようとしているかのように自分の左腕を引っ張り始めたのである。

 

 何か攻撃を繰り出してくると思い込んでいたラウラたちは、いきなり自分の腕を引っ張り始めたユーリィを驚愕しながら見つめていた。

 

 何かの魔術でも繰り出すのではないかと思ったが、それにしては魔力に変化が全くない。吸血鬼は大昔から闇属性の魔術を得意としていたのだが、それを繰り出そうとしているわけでもないようだ。

 

 ただ、自分の腕を引っ張っている。

 

 ドラゴンを持ち上げてしまうほどの筋力を持つ吸血鬼が本気で引っ張れば、片手で自分のもう片方の手を千切り取ることは可能である。まさか自分の腕を千切るつもりなのだろうか? しかし、自分で傷を負う真似をして意味はあるのだろうか?

 

 魔術に詳しいステラも理解できないらしく、無表情のまま首を傾げていた。

 

 やがて、ユーリィの左手が何度も打ち据えられたかのように真っ赤になり始めた。今度は左腕の筋肉繊維と皮膚が千切れ始める音が聞こえ始め、その中で左腕の骨格が絶叫する。

 

 左腕の断末魔を無視するかのように、ユーリィは腕を引っ張り続けた。

 

「あ……ああ………痛てえ………痛てえ、痛てえぇッ!! くそったれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 そして――――――――彼が身に着けているスーツの袖の中から、ぶちん、と筋肉繊維の束が千切れる音が聞こえてきた。じたばたと痙攣していた左腕が動かなくなり、まるで鞘の中から引き抜かれた剣のように、するりと切断されたユーリィの左腕が姿を現す。

 

 千切られた断面からは鮮血を流しながら、まだ紅潮している左腕があらわになった。

 

「くそ、痛てぇッ! 母ちゃんのビンタの600000倍痛てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

「こ、こいつ、何やってるの………!?」

 

 全く理解できない。再生能力があるとはいえ、自分で自分の片腕を千切り取ったのである。不気味で、禍々し過ぎるその行動を見てしまったラウラたちは、ユーリィが激痛で苦しんでいるというのに攻撃する事が出来なかった。

 

 今まで戦ってきた敵よりも禍々しく、ありえない敵。これが両親たちが戦った吸血鬼なのだろうか。

 

「お前らぁぁぁぁぁぁぁぁ………見たところ五体満足みたいだなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!?」

 

 ゆらりと揺れてから息を吸い込み、千切れたばかりの左腕を剣のように握るユーリィ。すると、肩の断面から新しい左腕が再生を始めると同時に、千切れた方の左腕が変形し始めた。

 

 まだ紅潮している皮膚の一部が膨らみ始めたのである。続けざまにあらゆる場所が膨張し始め、瞬く間に彼の左腕はぼこぼこした棍棒に早変わりしてしまった。

 

 しかし、それが終着点ではなかったらしい。

 

 まるで爆弾が爆発したかのように、今度はその膨張した部分が弾け飛んだのである。肉片を含んだ血飛沫が舞う中からあらわになったのは―――――――骨と鮮血で形成された、両刃の禍々しい刀身であった。

 

「じゃあ、手足を切断した時の………激痛も知らないわけだなぁ………? ヒヒィッ………未経験だな!? 手足失ったことないんだよなぁ!? ヒヒヒヒヒヒヒヒヒィッ!」

 

 ラウラたちを侮っていた態度ではない。激痛のせいで狂ってしまったのだろうか。

 

 紅く汚れた美しい金髪を右手で払いながら、目を血走らせつつ笑い続けるユーリィ。冷や汗と口元のよだれを拭い去り、左腕で作った禍々しい剣の切っ先をラウラたちへと向けた彼は、血まみれになったまま笑い続けた。

 

「俺の痛みも理解できないんだよなぁぁぁぁぁぁぁ!? じゃあ、理解できるように手足を斬りおとしてやるぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 この狂気を、今から迎え撃たなければならない。

 

(タクヤ………ッ!)

 

 最愛の弟の事を一瞬だけ考えた彼女は、カノンに向かって頷いてから、ユーリィと狂気を迎え撃つために走り始めた。

 

 


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