異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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実験室と錬金術師の記録

 

 扉を開けた瞬間に魔物が襲ってくるかもしれないと警戒していたから、わざわざ破損した武器を装備から解除し、全く同じカスタマイズを済ませた代わりの銃を用意してまで扉の向こうへと突入したというのに、その扉の向こうに広がっていたのは穴に落ちる前と全く変わらない通路だった。壁はツタや苔で覆われ、天井を覆い尽くしているツタの一部が、まるで女性の髪のように垂れ下がっている。

 

 ライフルのライトでツタを照らし、魔物が擬態していないか確認するために怪しいところをスパイク型銃剣で軽く突く。だが、漆黒の針を大きくしたようなスパイク型の銃剣は、太いツタに浅い穴を開けるだけで、魔物が擬態している様子はない。

 

 拍子抜けしながらため息をつき、後ろでサイガ12を構えているナタリアに合図を送る。

 

「何もいないの………?」

 

「ああ、擬態している様子はないな………」

 

 魔物はここまで入り込んでいないのか? それとも、教会の兵士たちが殲滅してしまったのか? ライトで通路を照らしてみるが、もし教会の兵士たちが魔物を殲滅していたというのならば、ここにやってきた形跡が残っている筈だ。例えば狙いを外してしまったボウガンの矢や、魔物の死体などが残っていても良い筈なのに、この通路にはそのような形跡が全く残っていない。

 

 ということは、ここにはそもそも魔物が入り込んでいなかったという事になるのだろうか。もしそうならばありがたい事だと思った俺は、まるで安心する事を許さないかのように湧き上がってきた新しい不安を抑え込んだ。

 

 この通路は、上に通じているのか? ラウラたちとは合流できるのか?

 

 不安を感じながら通路をライトで照らし出していると、左側のツタがぴくりと動いたような気がした。この遺跡の入口で擬態していた奴のように、壁のツタに擬態しているのかもしれない。

 

 突入する時と同じ轍を踏んでたまるかと思いながら銃口を向けたが、その擬態していた魔物は俺に殺意を向けられていることを察したのか、擬態し続けることを諦めたかのように姿を現した。

 

 入口にいた奴よりも小さいが、同種なのかもしれない。頭はハエトリグサのように円盤状になっていて、頭全体が口になっているようだ。牙も生えているが入口の魔物よりも短い。サイズは2mくらいで、腰にポーチのように下げているウツボカズラにもにた消化液入りの器官は、まだ発達していないのかつぼみのように閉じている。

 

 だが、醜悪な姿だというのは変わらない。口からピンク色の唾液をまき散らしながら姿を現したその魔物は、俺がトリガーを引く直前に片手を前へと突き出すと、ツタのような触手を何本も伸ばして攻撃してきた!

 

「うわっ!?」

 

 紫色の粘液を纏った触手に絡み付かれる前に、すぐさま左へとジャンプして回避する。狭い通路だったから回避した直後に壁に肩を打ち付けてしまったけど、あんなぬるぬるした触手に絡み付かれるよりはマシだ。しかも俺は男だからな。

 

 その隙に本体に向けてフルオート射撃をお見舞いしてやろうと思ったんだが――――――背後から聞こえてきたナタリアの悲鳴が、トリガーを引く寸前だった俺の指を止めた。

 

「きゃああああああああああっ!?」

 

「えっ?」

 

 悲鳴にしては、やけに恥ずかしそうな絶叫だった。

 

 射撃を中断し、恐る恐る後ろを振り返ってみる。もしあの魔物の触手が俺を狙っていたのならば、躱された時点で引き戻してもう一度攻撃してきてもおかしくない筈だ。もしかしたら狙いはナタリアだったのかと冷静に考察して現実逃避しながら後ろを振り向くと、紫色のぬるぬるした粘液を纏った触手たちが、俺の後ろでショットガンを構えていたナタリアに絡み付いているのが見えた。

 

 手足に絡み付いた触手を必死に引き剥がそうとするナタリア。サイガ12の木製の銃床で触手を打ち据える彼女だが、表面がぬるぬるしているせいなのか銃床はつるりと滑ってしまい、触手を全く振り払えないようだ。

 

 やがて、俺を無視した魔物が更に彼女に触手を伸ばし、今度はナタリアの腹や胸に絡み付かせ始める。どうして俺を無視して彼女ばかり狙うのだろうか。この野郎、男は眼中にないっていうのか?

 

「くっ……離しなさいっ、この変態! ――――――ひゃんっ!?」

 

『ピギィィィ………!』

 

 無視されたことに憤っていると、彼女の胸に絡み付いていた触手が、するすると彼女の服の中へと潜り込み始めた。触手にショットガンを取り上げられた彼女は必死にその触手を止めようとするけど、両腕は他の触手に絡み付かれているから何もできない。顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら絶叫するだけだ。

 

「ちょっと、なんなのこいつ――――――んっ、や、やめなさいっ!! タクヤ、早く助けてよ!」

 

「あ、ああ」

 

 女みたいな顔つきなのに男だと見抜いてもらえたのは嬉しいし、触手に絡み付かれて恥ずかしそうにしているナタリアを眺めていたいが、早く助けないと彼女にビンタされてしまいそうだ。

 

 左手を腰の鞘に伸ばして大型ソードブレイカーを引き抜き、ぬるぬるした触手の群れに向かって思い切り振り下ろす。あの粘液は敵の剣戟を滑らせるためのものなのかもしれないが、相手の剣を受け止めるための大きなセレーションを防ぐことは出来ないだろう。

 

 本来なら防御のために使う得物が触手に喰らい付く。ノコギリを思わせる深いセレーションが触手を引き千切り、ぶちぶちと噛み千切っていく。

 

 強引に振り下ろして一気に触手を何本も両断した俺は、得物を腰の鞘に戻しつつ右手のAK-12を本体へと向けた。そしてすぐに左手で銃身を支え、トリガーを引く。

 

 よくも俺を無視しやがったな!? この変態植物がッ!!

 

『ピギィィィィィィィィィィィィィッ!?』

 

 腰の器官や胴体や頭を次々に穴だらけにしていく。こいつもやはり強固な外殻を持っているわけではないらしく、防御力はかなり低いようだ。

 

 身体中から紫色の体液を噴き上げ、蜂の巣にされた魔物が崩れ落ちる。まだ千切られた触手を痙攣させているそいつに7.62mm弾を1発叩き込んで止めを刺した俺は、薬莢が床に落下する金属音を聞きながら後ろを振り返った。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫………。なんなのよ、この触手………」

 

 手足にまだへばり付いている触手を指先でつまみ、気持ち悪そうに少しずつ引き剥がしていくナタリア。もう本体は死んでいるし、切断されているから簡単に取れるだろう。まだ痙攣しているのが気色悪い。

 

 手を貸してあげるべきだろうかと悩んでいると、ナタリアの腰の辺りにもその触手の残滓がへばり付いているようだった。ナタリアは気付いていないようなので取ってあげようかと思い、手を伸ばしたんだが、よく見るとその触手は腰にへばりついているだけではなくて、先端部は少しだけだが彼女のズボンの中に入り込んでしまっているようだった。

 

 ど、どうしよう………?

 

 ナタリアに教えてあげるべきか? でも、ナタリアはまだ手足や胸の辺りの触手の相手をしているし………俺が取ってあげた方が良いだろう。

 

 彼女にビンタされる覚悟で、その触手を掴み取る。抹茶色の触手の表面はまだ紫色の粘液で覆われており、非常にぬるぬるしている。

 

「うう………キモい………」

 

 手から離れないようにしっかりと触手を握った俺は、息を呑んでから―――――その触手を引っ張った。

 

「ひゃぁっ!?」

 

 触手を引っ張った瞬間、手足の触手を引き剥がしていたナタリアがびくりと震えた。やはりズボンの中にも触手が入りかけていたことに気付いていなかったらしく、ナタリアは目を見開きながら俺の方を振り向く。

 

 粘液でぬるぬるしていたせいなのか、ズボンの中に潜り込んでいた触手の先端部はあっさりと引き抜く事ができた。彼女の私服を粘液で濡らしながら出て来た魔物の残滓を摘み、無造作に通路へと放り投げる。

 

「い、いや、ズボンにも入ってたし………取ってあげようかなってさ………」

 

 俺を睨みつけてくるナタリアに言い訳しながら、指についた粘液をズボンに拭う。やっぱりビンタされるのかなと思いつつ言い訳を続けていると、彼女は胸元に残っていた触手を掴み、それを振り上げた。

 

「――――――この、変態キメラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 恥ずかしさと怒りを俺に叩き付けるかのように、ナタリアは触手の残骸を思い切り振り下ろす。粘液と体液をまき散らしながら振り下ろされたその一撃は、まるで熟練の騎士が振り下ろす本気の剣戟のような速度で落下してくると、ばちん、とまるで鞭のような音を立てて俺の頭を直撃した。

 

「みにみっ!?」

 

 び、ビンタよりも痛てぇ………。

 

 角折れてないよね? キメラの角って頭蓋骨の一部が変異したものだから、折れたら致命傷だぞ? 頭蓋骨を骨折するのと同じなんだからな?

 

 フードを取りながら角をさすり、キメラの特徴でもある角が無事であることを確認した俺は、ナタリアがさっき触手に取り上げられていたサイガ12を拾い上げると、グリップやハンドガードに付着していた粘液を拭ってから彼女に返した。

 

「まったく………」

 

「す、すいませんでした………」

 

「………で、でも、あんたのおかげで助かったわ。――――――ありがとね、タクヤ」

 

「お、おう」

 

 いつも真面目で女性陣の中では一番大人びているナタリアだが、微笑んでいる彼女も可愛らしい。もしかしたら顔が赤くなっているかもしれないと思った俺は、彼女に見られないようにフードを目深にかぶろうとしたんだけど、指に残っていた粘液のせいでうまくかぶり直せない。

 

「何やってるの? ほら、早く行くわよ」

 

「ああ………ん?」

 

「どうしたの?」

 

「いや………今の奴から、何かドロップしてる」

 

「え?」

 

 今しがた蜂の巣にして撃破した魔物を振り返るナタリア。ツタまみれの通路の真っ只中で仰臥(ぎょうが)する体液まみれの死体の上には、武器や装備がドロップしたことを意味する蒼白い六角形の結晶のような光が浮遊していた。

 

 これは俺の転生者としての能力なんだが、俺が転生者であることを知る親父以外の人々には、俺や仲間が敵を倒すと、その敵が装備をドロップするようになる能力だという説明をしてある。

 

 他にも魔物が潜んでいるかもしれないので、警戒しながら死体まで近づいていく。敵がいない事を確認してから決勝に手を伸ばすと、目の前にメッセージが表示された。

 

《アサルトライフル『63式自動歩槍』を入手しました》

 

 63式自動歩槍か。珍しい武器がドロップしたな。

 

 この魔物がドロップした63式自動歩槍は、中国のアサルトライフルである。AK-47や俺たちがカスタマイズしたAK-12と同じく7.62mm弾を使用するライフルで、まるでAK-47に折り畳み式の銃剣を取り付け、グリップをピストルグリップではなくボルトアクションライフルのような曲銃床にしたような外見を持つ変わったライフルだ。

 

 大口径の弾丸を連射できるため攻撃力とストッピングパワーは非常に高いんだが、やはり反動が非常に強い。それに一般的なアサルトライフルと比べると銃身が長いという欠点がある。そのため最終的にAK-47を改良した中国製アサルトライフルの56式自動歩槍に取って代わられ、全て退役してしまっている。

 

「強い武器でも出た?」

 

「珍しいのが出た」

 

「珍しいの?」

 

 ナタリアに見せるために、入手したばかりの63式自動歩槍を装備する。AK-47を曲銃床にしたような形状のライフルを構え、アイアンサイトを覗き込んでいると、ナタリアは珍しそうにこの中国製のライフルを見つめ始めた。

 

「これ………アサルトライフル?」

 

「ああ。珍しい形だけどな」

 

 使ってみようかなぁ………。反動が大きいらしいけど、キメラの腕力なら耐えられるだろう。もう7.62mm弾のフルオート射撃を片手でぶっ放せるようになったし。それに、AK-12の弾薬の節約にもなる。

 

 とりあえず、ライフルグレネード用のアダプターを銃身に装備しておこう。

 

 ライフルグレネードとは、通常のグレネードランチャーのように砲身からグレネード弾を撃ち出す方式ではなく、アサルトライフルやボルトアクションライフルの銃口にグレネード弾を装着し、それを撃ち出す方式の事だ。第一次世界大戦や第二次世界大戦では主流だったし、現代でも自衛隊の89式自動小銃やフランスのFA-MASなどはこの方式を採用している。

 

 AK-12を一旦装備から解除し、代わりに63式自動歩槍を装備した俺は、まだ珍しそうにライフルを見つめるナタリアに向かってにやりと笑ってから、彼女と共に通路を進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 警戒しながら通路を進み続けたんだが、結局擬態していたのはナタリアに触手を絡み付かせてきたあの変態植物1体だけだった。注ぎ続けた警戒心を無駄にしてしまったような気がするが、無警戒のまま進んで魔物の餌食になるよりはマシだ。安全のための対価だったのだと思いながらライフルを肩に担ぎ、目の前に鎮座する扉を見据える。

 

 魔物が擬態している様子はない。念のためスパイク型銃剣で突いてみるが、扉を覆っているツタは本物のツタだ。

 

 63式自動歩槍を構えながら息を呑んでいると、サイガ12を構えていたナタリアが俺を見つめながら頷いた。音を立てずに扉の前まで移動し、片手を錆びついたドアノブへと近づけていく。

 

 射撃準備を整えてから彼女に向かって頷くと、ナタリアの白い手が錆びついたドアノブを捻り、そっと扉を後方へと押す。

 

 その扉を思い切り蹴飛ばし、俺は部屋の中へと突入した。

 

 蹴り飛ばされた扉が外れ、部屋の中にあった机に激突すると、その机の上に乗っていた何か―――――おそらくフラスコや試験管などの実験器具だろう―――――を弾き飛ばしながら落下し、爆炎のように埃を巻き上げる。

 

 部屋の中には、蛍のような虫が舞っていた。尾で蒼白い光を煌めかせつつ飛び回る虫の群れ。彼らが部屋を照らし出してくれるおかげで、ランタンで照らさなくても部屋の中は明るかった。

 

 あの虫は何だ? 幼少期に読んだ図鑑には載ってなかったぞ。新種か?

 

 あの変態植物も新種だった。この2つをレポートに書いて提出すれば、報酬はいつもより高く支払ってもらえるに違いないと考えながら、俺はナタリアと共に部屋の中を見渡す。

 

「何、ここ………」

 

 規則的に並ぶ机の上には、分厚い図鑑や大きなビーカーが並んでいる。ビーカーの中で赤黒い液体に包まれているのは、魔物か動物の臓器だろうか。グロテスクな代物が収まっているビーカーを凝視した俺は、部屋の奥に鎮座する円柱状の物体に気付き、ランタンで照らしながらそれの傍らに駆け寄った。

 

 ガラスで作られた円柱状の物体は、まるでビーカーをそのまま大きくして、上部に無数のケーブルやプラグに似た器具を突き刺したような形状をしていた。おそらくこの中で何かが培養されていたんだろう。だが、これが使われていたのは大昔らしく、今ではガラスは割れ、曇ったまま放置されている。

 

「実験室………?」

 

 壁に『最古のホムンクルス』と古代文字で刻まれていたとステラが言った際、俺は冗談でこの遺跡はヴィクター・フランケンシュタインの実験施設だったのではないかと言ったが、もしかするとその冗談は本当だったのかもしれない。確か、ホムンクルスを培養するにはこのように巨大な設備が必要だと錬金術の本に書いてあったような気がする。

 

「ねえ、見て」

 

「何だ? ………記録か?」

 

 机の上からナタリアが発見したのは、埃まみれになり、穴だらけになった古い本だった。中には古代文字の羅列が並び、たまに何かの図解や設計図も記載されている。

 

 古代語は読めないが、記載されている図解でそれが何を意味するのか理解できる。この巨大なビーカーを思わる設備の中で培養される人間の絵が描かれているから、これはホムンクルスの培養方法だろう。

 

 古代文字で、こんな実験を記録しているのは――――――十中八九、ホムンクルスの培養方法を確立したヴィクター・フランケンシュタインに違いない。

 

「すげえな………伝説の錬金術師が書き残した記録か! おい、天秤は載ってないのか?」

 

「待って、調べてみるわ」

 

 いいぞ。もしかしたら、これで天秤のヒントが手に入るかもしれない!

 

 実験室の中を見渡しながら、俺はヒントが見つかりますようにと祈り続けていた。

 

 


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