異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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 遺跡の中に入ればあのグロテスクな植物たちを目にすることはないだろうと思っていたが、大昔に造られた遺跡の中が、当時のままになっているわけがない。大昔の建造物ならば、床や壁が崩落したり、中に入り込んだ苔やツタに覆われているのは当たり前だ。

 

 古代文字や壁画が描かれている壁は一部を除いて殆どツタに覆われており、抹茶色の太い茎から分かれた触手のようなツタは、まるで食虫植物を思わせる花を咲かせている。

 

 俺たちがランタンで照らし出すまでは暗闇のままだった通路の中で咲くグロテスクな花たちを見下ろして顔をしかめつつ、奥へと進んでいく。

 

 壁にへばりつく気色悪い花が発するのは、錆びついた金属のような臭いだ。その臭いとこの遺跡の黴臭い臭いが混ざり合い、俺たちを追い返そうとしているかのように鼻孔へと流れ込んでくる。

 

 よく見てみると、壁の表面には冒険者が身に着けていたと思われる防具の一部や、白骨化してツタの群れに取り込まれている人骨も見て取れる。少なくともこの人骨や防具の持ち主たちは、資料がここで発見された後に絶命した冒険者たちではあるまい。

 

 この遺跡を調べようと、魔物を退けてきた勇敢な冒険者たちだろう。よく見ると装備している防具や剣もモリガン・カンパニーが設立されるより前の旧式で、一般的な魔物との戦いでも苦戦していた頃の代物である。

 

 今ではもう完全にモリガン・カンパニー製の武器や新しい技術で作られた防具などに取って代わられ、騎士団などではほとんど退役している。

 

「ラウラ、エコーロケーションに反応は?」

 

「うーん、見当たらないけど………またさっきみたいに擬態してる奴がいるかも」

 

「警戒しないとな………」

 

 ラウラのエコーロケーションは極めて強力な索敵能力である。索敵できる範囲を増やせば索敵の精度は落ちてしまうが、視覚ではなくソナーのように超音波で敵を察知するため、例えば霧の中や夜間での索敵の際は、視界が悪くても関係なしに敵を感知する事ができるのだ。

 

 しかし、これはあくまで超音波で周囲にあるものを察知する能力である。擬態している敵が潜んでいたとしても、それを察知する事は可能だが、あくまでこれは超音波を使った索敵であるため、敵が擬態しているという事まで知ることは出来ないのである。

 

 例えば、敵が木に擬態している場合、ラウラがエコーロケーションを使ってそれを探知したとしても、ラウラはそれを擬態している敵ではなく木として認識してしまうため、擬態を見破ることは出来ないのだ。

 

 それがラウラの探知能力の弱点である。

 

「分かった。とりあえず、擬態しないで徘徊している敵はいないってことだな?」

 

「う、うん」

 

「じゃあ、あとはエコーロケーションは解除していい。魔力を消耗する事になるからな」

 

 消費する量は一般的な魔術を遥かに下回るが、いつまでも使っていれば魔力は減るし、彼女の集中力も減ってしまう。

 

 ラウラにエコーロケーションを解除させ、アサルトライフルのライトとランタンで索敵を続ける。

 

「ステラ、さっきから壁画に古代文字が書いてあるみたいだけど、あれには何て書いてあるんだ?」

 

「…………天秤については書かれていませんね。ですが、『最古のホムンクルス』と書かれている壁があります。崩落とツタのせいでよく読めませんが………」

 

「最古のホムンクルス?」

 

 ホムンクルスとは、この異世界ではクローンの事を意味する。オリジナルとなる人間から遺伝子を採取し、それを魔術で調整しながらひたすら培養することで生み出されたクローンの総称で、助手と共にその技術を確立したのは『ヴィクター・フランケンシュタイン』という伝説の錬金術師であるという。

 

 しかも、メサイアの天秤を生み出した伝説の錬金術師はそのヴィクター・フランケンシュタイン氏なのだ。だからその資料が発見された遺跡に最古のホムンクルスに関して書かれていたとしてもおかしくはない。

 

「もしかすると、ここはフランケンシュタイン氏の実験場だったのかしら?」

 

「もしそうだったら、当時の発明品とか実験体が襲い掛かって来るかもな」

 

「ふにゃあっ!?」

 

 冗談だったんだが、それを聞いたラウラだけはぶるぶると震えながらSMGを構えつつ、周囲に向けて警戒し始めた。怯えてるのか?

 

 怖がるお姉ちゃんも可愛かったので、もう少し怖がらせてみよう。さっきの冗談を頭の中で改造しながら、俺はニヤニヤと笑う。

 

「例えばホムンクルスの失敗作とか。失敗して廃棄されたホムンクルスたちの怨念がたくさん集まってきて、遺跡に迷い込んだ冒険者たちを――――――――」

 

「ふにゃああああああああっ!?」

 

 すると、ぶるぶると震えていたラウラが後ろから抱き付いてきた。両手を俺の胴体に絡み付かせながらしがみつき、ぶるぶると震え始める。

 

「こ、怖い………タクヤ、怖いよぉ………!」

 

「大丈夫だって。ホムンクルスは人間と変わらないらしいし、銃弾を叩き込めば倒せるさ」

 

「ほ、本当………?」

 

「ああ。――――――でも、怨念が相手だったらむしろ逆鱗に触れるかも」

 

「ひっ………!?」

 

 今度はミニスカートの中から尻尾まで伸ばし、俺の首に絡み付かせてくるラウラ。ちょっと苦しいけど、彼女の尻尾は俺や親父みたいに硬い外殻に覆われているわけではなく、柔らかい鱗に覆われているので、ぷにぷにしていて気持ちいい。

 

 暖かい彼女の尻尾をさすっていると、隣を歩いていたナタリアがサイガ12を担ぎながらため息をついた。

 

「仲が良いわねぇ………」

 

「シスコンになっちゃったからな」

 

「えへへっ。お姉ちゃんはブラコンだもんっ♪」

 

 背中にしがみつきながら胸を張るラウラ。フードの下で顔を赤くしながらニヤニヤしていると、ナタリアがラウラの大きな胸を見てから俺を睨みつけてくる。

 

 ラウラの胸は母親のエリスさんと同じく大きいからなぁ………。前世の友人には貧乳が好きな奴もいたけど、俺は大きい方が好きだな。だからこっちの方がいい。

 

 それに親父も、大きい方が良いものは『威力とストッピングパワーとおっぱいだ』と言ってたし。あの変態親父め。

 

 ちなみに、ギュンターさんも親父の意見に賛同しているらしい。モリガンのメンバーは、女性陣だけでなく男性陣もまともではなかったという事だ。数少ないまともな人は、信也叔父さんかカレンさんだけだったという。フィオナちゃんはまともそうに見えるけど、当時からマッドサイエンティストになりつつあったらしいし、ミラさんは戦車を爆走させるのが大好きだったという。

 

 モリガンで採用されていたのはドイツのレオパルト2A6と日本の10式戦車で、ミラさんは10式戦車の操縦士を担当していたらしい。異世界で爆走する10式戦車かぁ………。

 

 変態親父の理念(性癖)を思い出しながら歩いていると、隣を歩いていたナタリアの足元が一瞬だけ光ったような気がした。彼女もその光に気付いたらしく、足元にショットガンを向けながら通路の床を見下ろすが、もうその光は残光を引き連れて消えた後で、光っていたという形跡は残っていない。

 

 俺を見上げながら首を傾げるナタリア。だが、あの光は俺も見たから見間違いではない筈だ。

 

 今の光は何だと仲間たちに問い掛けようとした、その時だった。

 

 ――――――突然、足元の石畳が表面の苔もろとも消滅し、巨大な落とし穴に変貌したのである。

 

「――――――えっ?」

 

「ッ!」

 

 拙い。今すぐラウラを突き飛ばせば彼女は助かるし、俺も硬化した腕で壁を掴めば助かるだろう。だが、俺とラウラよりも若干前を歩いていたナタリアは、目を見開きながら早くも暗闇の中へと落下を始めている。

 

 窮地が突然襲来し過ぎたせいなのか、ナタリアはまだ落下するという恐怖を感じる事ができていないようだ。ぽかんとしながら目を見開き、俺に向かって手を伸ばしている。

 

 ごめん、ラウラ! ナタリアを見捨てるわけにはいかない!

 

「ふにゃっ!?」

 

 ラウラを後ろへと突き飛ばし、尻尾の先端部を落とし穴の縁に突き立てながらナタリアへと向かって手を伸ばす。俺はオスのキメラだからなのか、ラウラよりも尻尾が長いため、攻撃する時や移動する時は非常に便利なのだ。

 

 あっさりと石畳を貫き、まるで杭のように突き刺さった尻尾でぶら下がりながら、右手を伸ばして落下していくナタリアの手首を掴み取る。いきなり落下が中断されたことでナタリアの身体が大きく揺れ、俺も下へと引きずり込まれそうになる。

 

 くそったれ。トラップが用意してあるとは………!

 

 左手に持っているAK-12で穴の底を照らし出そうとしてみるが、アサルトライフルのライトを向けても底の方は真っ暗なままだ。この落とし穴はかなり深いらしい。

 

 転落すれば、キメラでもただでは済まないかもしれない。

 

「ご、ごめん、助かったわ………」

 

「気にすんな。無事か?」

 

「ええ、怪我は―――――――」

 

 ナタリアが返答している最中に、頭上からぼこん、とまるでレンガやコンクリートの壁が崩れ落ちるような音が聞こえてきた。冗談だろうと思いながら頭上を見上げようとするよりも先に周囲の壁が上へと加速を始め、足元の暗闇が俺たちを飲み込み始める。

 

 尻尾の先を見上げてみると―――――――尻尾は縁の部分の石畳に突き刺さったままだった。だが、その尻尾に貫かれていた石畳が外れてしまったせいで俺とナタリアは落下する羽目になったらしい。

 

 もう少し頑丈に作ってくれよと不満を感じながら、ナタリアの絶叫の中で俺は穴の上へと手を伸ばしていた。

 

 穴の縁から身を乗り出し、泣き叫びながら俺へと手を伸ばしている赤毛の少女が見える。

 

 泣かないで、ラウラ―――――――。

 

「きゃあああああああああああああああッ!!」

 

 ライフルを腰に下げつつ、俺はナタリアの腕を引っ張った。そして絶叫する彼女を抱き抱え、背中をサラマンダーの硬い外殻で覆っていく。

 

 親父とは違って蒼い外殻を生成した俺は、そのままナタリアの下敷きになるように移動する。全身ではなく背中だけ外殻で覆ったのは、落下した衝撃でナタリアが怪我をしないようにするためだ。全身を硬化した場合、落下した際の衝撃で死ぬことは無くても、衝撃で俺の外殻にナタリアがぶつかって負傷してしまうかもしれない。

 

 アンチマテリアルライフルや重機関銃の12.7mm弾さえも弾き飛ばすほどの外殻なのだから、身を守るのは背中だけでいい。

 

 いつ地面に叩き付けられるのかと恐怖を感じ始めた直後、突然落下が止まった。鉄板の上に小さな鉄球を落としたかのような金属音が反響し、火花が暗闇の中で舞う。ついに落とし穴の底まで落下し、俺は床に背中を叩き付けてしまったのだと理解した瞬間、外殻を突き抜けてきた衝撃が生み出す激痛が俺を飲み込んだ。

 

「グウッ………あッ………はぁっ、はぁっ………!」

 

 内臓や骨が砕けてしまったかのような激痛の中で、俺はナタリアを抱き締めながら呼吸を整えた。喉の奥から暖かい液体と血の臭いが沸き上がり、口の中を侵食していく。

 

 コートのホルダーの中から、辛うじて割れていなかったヒーリング・エリクサーの試験管のような容器を取り出すと、蓋を取ってから中身を口へと流し込み、喉から逆流しつつあった自分の鮮血と共に飲み込む。

 

 まるで背中を巨大な鉄球で殴りつけられたような激痛が消え去るまで呼吸を整えてから、守るために抱き締めていたナタリアを見下ろした。

 

 彼女も先ほどの強烈な衝撃を感じたようだが、俺のように負傷はしていないようだ。仲間が無傷だったことを知って安心した俺は、異性であるナタリアをいつまでも抱き締めていたことに気付き、顔を赤くしながら慌てて手を離した。

 

「わっ……ご、ごめんナタリア!」

 

「げほっ、げほっ………だ、大丈夫よ。あんたのおかげで助かったわ………」

 

 埃が舞う中で立ち上がったナタリアは、片手で頭を押さえながら周囲を見渡すと、近くに落下していた自分のショットガンを拾い上げた。落下した際に破損していないかチェックしているんだろう。

 

「そ、それに……………わ、悪くなかったわ………」

 

「は?」

 

 小声だったのと、まだ落下した時の音が反響していたせいで何て言ってたか聞こえなかった。やはりどこか怪我をしたのだろうか?

 

「何て言った? やっぱり怪我してたのか?」

 

「ち、違うわよ、馬鹿! ………まったく」

 

『タクヤ! ナタリアちゃん! 聞こえる!?』

 

 顔を赤くしながら下を向いたナタリアを見ながら首を傾げていると、耳元に装着している無線機から、ノイズと共に焦ったラウラの声が聞こえてきた。いつも仲間たちが身に着けている小型無線機だ。2km以上離れている際は通信できないが、非常に小型で使い方も簡単だから、これを仲間たちに支給している。

 

 ちなみに2kmはラウラや俺が狙撃で援護できる射程距離と同じだ。だから俺たちと通信できないという事は、援護できないという事を意味する。仲間たちとどれだけ離れているのかの目安にもなるのだ。

 

 安心した俺は、息を吐いてから無線機に向かって返答した。

 

「ああ、聞こえる。こっちは無事だよ」

 

『ふにゅう………よ、良かったよぉ………! 待ってて、お姉ちゃんも今から落ちるから!』

 

『お、お姉様、落ち着いてくださいな! お姉様まで落ちたら意味がありませんわよ!?』

 

 ラウラまで落ちようとしてるのかよ!?

 

 やめとけって! 外殻の生成が下手なラウラが落ちたら、骨折するかもしれないぞ!?

 

「ねえ、あれって通路……?」

 

「え?」

 

 俺たちを救出するために穴に落ちようとするラウラを必死に止めるカノンの声を聞いていると、後ろでショットガンのチェックをしていたナタリアが穴の奥を指差した。

 

 円柱状の空間の最下層に、木製の扉があったのだ。表面は苔と埃で覆われていて、開けられた形跡が全くない古い扉が鎮座している。

 

 それ以外に扉は見当たらない。どうやらここから逃げ出すには、あの扉から上へと上がらなければならないらしい。

 

 なんてこった。ラウラたちと分断されちまったぞ。

 

「ラウラ、出口らしき扉を見つけた。俺とナタリアはそこを通っていくから、二手に分かれよう」

 

『えぇ!? やだやだ! タクヤと一緒じゃなきゃ嫌なのっ!!』

 

「お姉ちゃん、必ず合流する。合流したらいっぱい甘えていいから、我慢してくれるかな?」

 

『ふにゅう………分かった、頑張って我慢するぅ………』

 

「ありがと。………それじゃ、気を付けてね」

 

『はーいっ!』

 

 通信を終え、俺もアサルトライフルの点検を開始する。落下の衝撃のせいなのか、銃身は曲がっている上にマガジンは歪んでいたし、ドットサイトのレンズも割れていた。ブースターは千切れてしまっている。

 

 また作り直さないといけないな。銃身や部品を交換するという手もあるんだが、内部の部品も破損している可能性がある。念のため作り直しておいた方が良いだろう。

 

「ナタリア、武器はどうだ?」

 

「マガジンが壊れたわ。銃身も曲がってるし、ハンドガードには亀裂が入ってる」

 

 彼女のショットガンも破損してしまっているらしい。こちらも作り直しておいた方が良いかもしれない。

 

「分かった、ちょっと待ってろ」

 

 あの扉の向こうには、もしかしたら擬態している魔物が潜んでいるかもしれない。開けられた形跡がないという事は、魔物を掃討したという教会の兵士たちはここまで来ていないという事だ。

 

 魔物の残党が潜んでいた場合、俺とナタリアの2人だけで突破しなければならない。

 

 メニュー画面を開き、破損した武器をもう一度作り直しながら、俺は古びた扉を睨みつけた。

 

 


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