異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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第5章
排煙と廃棄物の街


 

 大昔に、ある1人の錬金術師が天秤を作り上げた。

 

 レリエル・クロフォードを倒した大天使にも功績を認められた伝説の錬金術師が作り出したその天秤は、手に入れた者の願いを叶える事ができるという魔法の天秤だった。

 

 彼が何をするためにその天秤を作り上げたのかは不明だが、その天秤は願いを叶える能力を持つ事から『メサイアの天秤』と呼ばれ、現在でもマンガや演劇の題材にされている。

 

 数多の考古学者たちが調査を続け、冒険者たちが争奪戦を繰り返す原因となったその伝説の天秤は、ラトーニウス王国にあるメウンサルバ遺跡の内部から発見された資料によって、実在するということが判明した。

 

 だから俺たちはその天秤を手に入れ、誰も虐げられることのない平和な世界を作ってもらうのだ。

 

 そうすれば、もう奴隷にされている人々が苦しむことはなくなる。数が激減している吸血鬼たちも受け入れられるだろうし、サキュバスであるステラも恐ろしい魔女ではなく、仲間として生きていく事ができるようになるだろう。

 

 それが、俺たちの理想だ。だからそのために、俺たちは天秤を探し求めるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 産業革命で様々な技術が発達し、段々と前世の世界のようになってきているのは喜ばしい事だ。フィオナちゃんがあのフィオナ機関を発明する前までは、別の街に移動するためには基本的に馬車に乗らなければならず、魔物に襲撃される可能性も高かったため、各地を移動する商人たちは命懸けだったという。

 

 今では列車を使って移動できるから、馬車よりも早く目的地に到着する事ができるようになった。強力なフィオナ機関を搭載する機関車の速度には魔物はついて来れないし、草原に生息する魔物たちは騎士団が定期的に掃討作戦を実施して数を減らしてくれるから、列車か運行され始めてもう9年も経っているというのに、未だに列車が魔物に襲撃されて被害が出たという知らせを聞いたことがない。

 

 運賃も馬車より少し高い程度で、しかも安全だ。更に速度も速いから、高額すぎるせいで裕福な貴族や王族ぐらいしか利用していなかった飛竜による移動も段々と利用者が減り始め、貴族たちや王族は専用列車を利用するようになったという。

 

 産業革命が起きてからこの世界は発展してきているけど、防壁の内側に入った瞬間に感じる息苦しさにはおそらく慣れることはないだろう。壁に囲まれているという閉鎖的な雰囲気だけではなく、工場が発する煙や薬品の臭いのせいで、街の中にいる時に吸う空気と草原やダンジョンで吸う空気は全く違う。

 

 ちなみにオルトバルカ王国の工場では、前世の世界を知っている親父が公害を警戒していたおかげで、排煙や廃棄物の対策を立てているから街中でも空気は綺麗である。

 

 遠くから聞こえてくる時計塔の金の重々しい音に出迎えられながら、C62に似ているラトーニウス製の機関車に牽引された列車がホームに停車する。駅員のアナウンスと客車のドアが開く音を聞きながら立ち上がり、荷物を確認してから俺たちもホームへと向かう。

 

 俺たちが辿り着いたのは、ラトーニウス王国の中心近くにあるアグノバレグという街だ。目的地であるメウンサルバ遺跡に一番近い街で、闘技場があったドナーバレグと同規模の街でもある。

 

 こちらには闘技場はないらしいが、その代わり工場の数は多く、ここで仕事をする労働者も多いという。特に製鉄所が多いらしく、騎士団に良質な鉄材を提供しているようだ。

 

「凄い数の工場ね………。見て、駅の窓からも工場がたくさん見えるわ」

 

 ナタリアが指を指している窓をちらりと見てみると、その外には巨大な無数の煙突が屹立しているのが見えた。まるで空から襲い掛かってくる敵を撃ち落とすために天空へと向けられた無数の高射砲のようである。

 

 だが、その高射砲の砲身を思わせる煙突が吐き出しているのは、爆撃機を叩き落とすための砲弾ではなく、漆黒の排煙だ。そのせいで街の中から空を見上げてみると、蒼空が黒ずんでいるように見えてしまう。

 

 肩をすくめながらフードをかぶり直し、ラウラの手を引きながらホームを後にする。階段を上がっていく乗客にぶつからないように気を付けながら階段を下りていると、俺と手を繋いでいるラウラが微笑みながらしがみついてきた。

 

 金属とオイルの臭いがする中で、彼女の甘い香りが俺を包み込む。

 

「お、おい、ラウラ!」

 

「えへへっ♪」

 

 彼女は俺を襲ってから、更に甘えるようになったような気がする。前までは手を繋いでいる状態で手を離しても唇を尖らせる程度だけだったんだが、今は手を離そうとすると涙目になりながら再びしがみついてくる。

 

 依存し過ぎじゃないか?

 

 改札口にある装置に切符を提示した俺は、左手を突き出してメニュー画面を開いた。改札口を通過してからステラやカノンたちが来るまでいろいろと確認しながら待つことにしよう。

 

 久しぶりに好感度でも見てみるか。

 

 このメニュー画面では、仲間たちの好感度を見る事ができる。好感度はレベル5まであり、その人物が普通の性格ならばピンク色で表示される。ちなみに黄色はツンデレで、紫色はヤンデレで、蒼はクーデレを意味するという。

 

 当然ながらラウラのハートの色は紫なんだが………彼女の好感度を目にした瞬間、俺は驚愕した。

 

 なんと、ラウラの名前の横に、レベル5までしかない筈のハートマークが7つも並んでいたのだ。

 

 あれ? ラウラだけ好感度が7になってるぞ? これってレベル5までじゃないの?

 

 彼女の好感度のレベルを見て驚愕している隙に、ラウラは俺の右手の甲に頬ずりを始めた。あれだけ鍛えてきたというのに相変わらず真っ白で細い手は、ラウラの手とあまり変わらない。

 

 頬ずりしながら俺の右手の匂いを嗅ぎ始めるラウラ。手を引っ張ってやめさせようとするが、ラウラは必死に俺の手を両手で掴んで抵抗しつつ、くんくんと匂いを嗅ぎ続ける。

 

「く、くすぐったいよ」

 

「ふにゃあー………。タクヤの手、良い匂いがするよぉ……………」

 

 うっとりしながら匂いを嗅ぎ続けるラウラ。俺は大慌てで手を引っ張るけど、やはりラウラは俺の手を離さない。しかも切符を購入しようとしている人々が俺とラウラを見て、顔を赤くしたり目を逸らしている。

 

 お姉ちゃん、やめて。滅茶苦茶恥ずかしい………。

 

「ふふっ。甘えているお姉様も可愛らしいですわ」

 

「ちょっと、駅の中で何やってるのよ。このシスコン」

 

「タクヤ、ステラもタクヤに甘えたいです」

 

 ちょっと待て、ステラも甘えるつもりか!?

 

 おいおい、駅の中で甘えるのは拙いだろ!? そういうことは休憩中か宿屋でやってくれよ!

 

 とりあえず、俺は仲間たちを連れて駅の外へと出た。駅の中はまだ観葉植物とホームから流れ出たオイルの臭いだけで済んでいたんだが、工場の煙突が乱立する街に足を踏み入れた瞬間、俺は咳き込みそうになった。

 

 車の排気ガスにも似た臭いが、この街を覆い尽くしていたのだ。

 

「うわ………凄い臭いだな………」

 

「ゲホッ、ゲホッ……は、早くダンジョンに行きましょうよ………」

 

 まるで毒ガスみたいな臭いである。ガスマスクでも作って仲間に配るべきだろうかと思ったが、早くここを後にしてメウンサルバ遺跡に向かった方が良さそうだ。このままじゃ病気になるかもしれない。

 

 歩道を歩く人々はマスクをしているけど、何度も咳き込んでいるようだった。マスクをしている理由と咳き込んでいる原因が風邪ではないのは明らかだろう。

 

 早くこの街を出よう。涙目になりながら咳き込む姉の手を引きながら、俺はすぐに街の外を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 防壁の外に出ればあの排煙の臭いとおさらばできると思っていたんだが、どうやら壁の外でも排煙と廃棄物の悪臭の遊び相手にならなければならないらしい。

 

 支給されたマスクを着用したラトーニウス王国騎士団の騎士たちに見送られ、防壁の外へと出た俺たちは、草原の空気も防壁の中の空気とあまり変わらない事に落胆しながら、メウンサルバ遺跡を目指していた。

 

 街の中から草原へと続く水路には、工場の廃棄物と思われる物体が散乱している。廃棄物のせいなのか、まるで粘液のように変質した水路の水を見下ろして顔をしかめながら、俺はそろそろ仲間たちにガスマスクを支給するべきだろうかと検討し始めた。

 

 くそったれ。ここの領主は全く対策をしていないのか? それとも、領民よりも自分の領地の発展と金の方が大事だと思ってるのか? もし後者が理由だったら、領主失格だぞ。

 

「ゲホッ………これでは魔物も住めないわね………」

 

「いえ………この廃棄物や毒素の影響で変異するかもしれません」

 

「ふにゅ………」

 

 魔物の中には、生息している地域の影響を受けて変異した変異種も多い。そのような魔物は変異する前と属性が変わっていたり、その気候に耐えるために更に頑丈になっている場合が多いのである。

 

 例えば、毒ガスが噴き出る場所がある地域に生息する魔物は、その毒ガスによって苦しめられるが、段々とその毒ガスを体内に取り込んでいくため毒が通用しなくなるし、毒を使った攻撃をしてくることもある。

 

 今までは魔物の変異の原因は自然環境ばかりだったが――――――もしかしたら、人間が原因で変異する魔物も出現するかもしれない。

 

 もしそんな魔物が出てきたら非常に危険だ。今まで冒険者たちが戦ってきた魔物の情報はあるが、新しい変異種は当然ながら全く情報が無いため、非常に危険な存在となるのである。

 

 ステラの仮説が的中しませんようにと祈りながら、俺はメニュー画面を開いて仲間たちに武器を渡していった。ナタリアにサイガ12を渡し、カノンにはSVK-12を渡す。ステラに渡すのはLMGのRPK-12だ。ラウラにはスナイパーライフルのSV-98とリボルバーのMP412REXを装備させ、俺はAK-12を装備する。

 

 ラウラとナタリア以外の3人が使う弾薬は同じであるため、もし弾切れしそうになった場合は弾薬を分け合う事ができる。だから武器や弾薬は、可能な限り仲間と同じものを使うべきだろう。

 

 俺とステラの持つAK-12とRPK-12の銃身の下に装備してあったグレネードランチャーのGP-25は、ポーランド製グレネードランチャーのwz.1974パラドに変更してある。変更した理由は、こちらの方が再装填(リロード)が素早いからである。

 

 ロシア製のGP-25は、前装式と呼ばれる方式のグレネードランチャーである。この方式はアサルトライフルのようにマガジンを交換するのではなく、砲口や銃口から使用する弾薬を装填しなければならない。だが、ポーランド製のwz.1974パラドは一部のリボルバーのような中折れ(トップブレイク)式であるため、こちらの方が素早く再装填(リロード)ができるのだ。

 

 まるで銃身の下にそのまま砲身を取り付け、金具で留めたようなシンプルな形状のグレネードランチャーを点検してから、俺とステラは得物を肩に担ぎつつ仲間たちと共に遺跡を目指す。

 

 幸いなことに、街から離れるにつれて排煙や廃棄物の悪臭が薄れ始めた。あの排気ガスのような臭いを嗅がなくていいのは喜ばしい事だが、やはり魔物があの廃棄物の影響で変異していないか心配だ。変異して強力になった魔物の最初の餌食になるのは嫌だぜ。

 

 徒歩で草原を通過し、森へと足を踏み入れる。俺たちが幼少期に狩りをした森よりも木が低いが、街から噴き上がる黒い排煙が日光を包み込んでいるせいなのか、木の枝が細い上に葉も少ないというのに森の中は薄暗い。

 

 草原の向こうに見えるアグノバレグの防壁を振り返ってうんざりしながら、左手の親指の先に小さな蒼い炎を出現させ、腰のベルトに着けている小さなランタンに着火する。

 

 まだ午前11時で快晴だというのに、排煙のせいで森の中をランタンで照らしながら進まなければならないようだ。

 

「き、気味の悪い植物ばかりね………」

 

 同じように腰の小さなランタンで周囲を照らし出しつつ、サイガ12を構えるナタリアが怯えながら呟いた。一見するとこの森は普通の森のように見えるが、木の根元から生える雑草や草むらの中には、見たこともない植物が生えていることにすぐに気付いた。

 

 黄緑色の茎の先に、まるで人間の手のような形状の花が咲いているのである。しかも花びらの色は肌色で、一瞬だけ俺はそれが植物ではなく、本当に人間が助けを求めて必死に手を伸ばしているのではないかと思ってしまった。

 

 家に置いてあった本の中には植物の図鑑もあったが、こんな植物は載ってなかったぞ。新種か? 早くも排煙のせいで変異したのか?

 

「ラウラ、エコーロケーションで敵を索敵できるか?」

 

「待っててね。―――――――えいっ」

 

 ここの魔物は既に教会の兵士たちが掃討したと言うが、警戒せずにそのまま進もうとするのは愚の骨頂だ。念には念を入れて、確実に索敵した方が良いだろう。

 

 銃剣付きのスナイパーライフルを構えていたラウラが、目を瞑りながら超音波を発する。彼女はサラマンダーのキメラでありながら氷を操る事ができるんだが、それはあくまで母親であるエリスさんからの遺伝で、キメラとしての能力ではない。

 

 彼女はキメラの中でも突然変異の塊と言ってもいいだろう。俺や親父のように炎が使えない代わりに、索敵能力に特化しているのだ。

 

 遠距離の魔力を察知する事も可能だが、最も凄まじいのは2kmの狙撃でもスコープを必要としないほどの視力と、エコーロケーションによる索敵だろう。

 

 頭の中にイルカと同じくメロン体があるラウラは、それから超音波を発し、まるで潜水艦のソナーのように敵を探す事が可能なのである。範囲を伸ばせば索敵の制度は落ちてしまうが、現時点で2km先まで索敵する事が可能だ。

 

 視界が悪い場所でも、彼女に索敵してもらえば敵の位置は一目瞭然というわけだな。

 

 敵の居場所が分かるだけで感じる恐怖は軽減されるし、先制攻撃もできるようになる。だから彼女の能力はこのようなダンジョンでも重宝するのだ。

 

 周囲を警戒しながら彼女の様子を窺っていると、ラウラは首を傾げながら目を開いた。

 

「どう?」

 

「おかしいなぁ………。敵がいないよ?」

 

「やっぱり、兵士が殲滅したのか?」

 

「うーん………」

 

 もしかすると、本当に魔物がいないのかもしれない。ダンジョンの指定も解除されかかっているような場所だから、魔物がいない可能性も高い。

 

 ダンジョンはあくまで生息する魔物や環境が危険過ぎるせいで調査ができていない地域の総称だから、その危険が殆ど排除され、調査も終わりつつある場所がダンジョンではなくなるのは当たり前だ。

 

「なら、進みましょう。遺跡はこの森の中にあるのですから」

 

「そうだな」

 

 早くメウンサルバ遺跡に向かい、ヒントを探してから天秤を探さなければならない。天秤が実在するという情報を他の冒険者たちが知れば、確実に天秤の争奪戦が勃発する事になるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――あいつらか」

 

 奇妙な武器を持つ少女たちを木の上から見下ろしながら、その金髪の青年はにやりと笑った。まるで貴族のように優雅な雰囲気を放つ青年だが、口調は貴族のように丁寧ではなく、まるでごろつきのように粗暴な口調である。

 

 同胞のヴィクトルから命令され、メウンサルバ遺跡を目指すためにやってきたユーリィは、ついでに始末しろと言われた標的たちを見下ろしつつ息を呑んだ。

 

 彼の好みの血の味は、20代の女性の血である。10代の少女の血は味が薄いし、30代の女性の血は味が濃いから20代の女性の血が一番好みなのだが、今回はあまり味わうことのない10代の少女の血を愉しむのも悪くないだろう。

 

 特に、ナイフを付けたクロスボウのような奇妙な武器を持つ赤毛の少女の血は美味そうである。10代の少女にしては大人びているし、あの炎のような赤毛も悪くない。

 

(………ハハッ)

 

 メサイアの天秤の情報を手に入れ、あの少女たちを始末するのがユーリィの任務だ。標的たちの中の2人は魔王の娘だとヴィクトルから聞いているが、まだ冒険者に登録したばかりの初心者だろうし、吸血鬼であるユーリィは普通の攻撃で殺す事ができない。

 

 吸血鬼の奇襲を想定していないのならば、勝ち目はないだろう。

 

 唸り声を発したユーリィは、あの赤毛の少女から血を吸う事を考えながら追跡を開始した。

 

 


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