異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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閑話 フィオナ・プロトコル

 

 最強の傭兵ギルドと言われたモリガンのメンバーは、ギルドが全盛期ほど機能しなくなった現在でも、この世界に大きな影響を与え続けている。

 

 最初はたった1人の少年と2人の少女だけだった無名のギルドが、わずか半年でネイリンゲン最強の傭兵ギルドと呼ばれるようになり、更に領主の娘やハーフエルフの奴隷の兄妹を仲間にし、さらに勢力を伸ばして世界最強の傭兵ギルドとなったのである。

 

 メンバーであるカレンやリキヤも奴隷制度の廃止のために活動を続けており、未だに多くの労働者や一部の貴族に影響を与え続けているが、この世界に与えている影響の規模ならば、最初期のメンバーの1人でもあるフィオナが最も大きいだろう。

 

 傭兵として活躍しながら研究を続け、リキヤたちが使用した現代兵器を目にした彼女は、異世界で普及している魔術や魔力の新しい使い方を考案したのである。

 

 元々魔力は、魔術を使うためのエネルギーという認識しかなかった異世界にとって、魔力を動力源にして機械を動かすという発想はなかったのである。リキヤたちが使った戦車や装甲車を目にしてそれを思いついた彼女は、ネイリンゲンが焼き払われた後も研究を続け、ついに異世界初の本格的な機械である『フィオナ機関』を開発したのだ。

 

 使用者の魔力を内部に流し込むことによってその魔力を圧縮し、高圧になったその魔力で機械を動かす仕掛けの新しい動力機関は、試作型の完成から実用化まで少々時間がかかってしまったが、凄まじい速度で異世界に普及した。フィオナ機関を動力機関として使用する列車が登場して活躍を続けているし、それ以外の様々な分野でも最初のフィオナ機関から派生した様々な動力機関が使用されている。

 

 たった1人の少女の発明が、魔術が主流だった異世界に産業革命を引き起こしたのである。

 

 普及したフィオナ機関に改良をしつつ、彼女はそれ以外の分野でも様々な発明を続けた。冒険者たちにとっての生命線でもある回復アイテムの『エリクサー』の改良や、魔物を討伐するための武器の設計も行っているし、伝統的な魔術の研究も継続している。既に彼女の持つ特許は800件を超えており、フィオナの所属するモリガン・カンパニーの社員たちからは『天才技術者』と呼ばれるようになった。

 

 だが、彼女は発明と研究を決してやめない。いつも仕事が終わってからは、個人用の研究所に閉じ籠ってはひたすら研究を続けているのである。

 

 フィオナがそんなに研究を続け、発明して世界中に普及させ続けているのは、彼女が他のメンバーたちと違って子供を残す事ができないからなのだろう。

 

 リキヤが異世界に転生する約100年前に、ネイリンゲンの貴族の娘であったフィオナは12歳で病死している。治療魔術があまり発達していなかった当時では治療することは出来ず、両親が雇った治療魔術師(ヒーラー)の見当違いな治療が全く効果がない中で息絶えた彼女は、まだ死にたくないという強烈な未練のせいで成仏する事ができず、幽霊となってしまったのである。

 

 死んでしまった愛娘の幽霊を目にした彼女の両親は、幽霊になった彼女を迎え入れてはくれなかった。死んだ筈の人間が目の前に現れる恐怖が、愛娘への愛情を上回ってしまったのだ。

 

 家族に怖がられてしまったフィオナは、家族に拒絶された悲しみと孤独感を感じながら、両親が持っていた自分への愛情はその程度だったのかと落胆しつつ、屋敷から逃げ出していく家族と使用人たちを見守っていた。

 

 彼女はもう大昔に死んだ人間である。強烈な未練のおかげで幽霊でありながら実体化する事ができるのだが、それは触る事ができる幽霊と変わらない。

 

 常人のように、子供を残す事ができないのである。

 

 何も残せない年齢で病死し、そのまま全てが停滞してしまった彼女にとって、研究と発明こそが生き甲斐なのだ。だから彼女は研究を続け、研究の成果を残し続けるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 モリガン・カンパニー本社の地下には、巨大な研究所がある。元々は騎士団の本部として使用されていた砦のような建物とは全く違い、地下の研究所の内装はより近代的で、勤務しているスタッフも魔術師のような恰好ではなく白衣を着用している。

 

 この異世界が彼女の技術で発展していくにつれて、段々と前世の世界に雰囲気が似てきたと思いながらも、リキヤは愛用の杖を持ちながら地下へのエレベーターへと乗り込んだ。

 

 このエレベーターもフィオナの発明品の1つである。天井と手すりと床しかないシンプルなエレベーターで、中にあるのは移動する階層を指示するためのパネルのみである。

 

 パネルには階層が表示されていて、行きたい階層をタッチすると指先から勝手に微量の魔力が吸収され、その階層へとエレベーターを動かす仕組みになっている。

 

 地下1階をタッチし、エレベーターが下へと下がり始める。

 

 壁ではなく手すりがあるだけなので、地下以外の階層ならば外の景色が見えるのだが、地下の研究所に行く時は当然ながら何も見えない。無骨なケーブルや配管の並んだ壁が囲んでいるだけである。

 

 地下1階に到達すると同時に、エレベーターの外に取り付けられているベルが鳴る。目的の階層への到達を伝えるベルなのだが、これはドアを開ける合図にもなっているのだ。

 

 枠に取り付けられている歯車が駆動し、ドアが開く。エレベーターの中から出てパイプやケーブルが突き出た壁を眺めていたリキヤは、右側の通路のパイプから噴き出した蒸気の向こうから人影が近づいてくることに気付き、右側を振り向く。

 

「やあ、フィオナ博士」

 

『どうも、リキヤさん』

 

 薄れ始めた純白の上記の向こうから現れたのは、白髪の小柄な少女であった。他のスタッフと同じく白衣を身に着け、その下に小さなワイシャツと真紅のネクタイを身に着けており、純白のメガネもかけている。前まではワンピース姿で仕事をしていた彼女だが、リキヤの妻であるエリスから「こっちの方が似合うわよ」と奨められてからはこの白衣を愛用しているという。

 

「お疲れ様。それで、今日は何を発明したんだ?」

 

『はい。こちらへどうぞ』

 

 凄まじい勢いで特許を取り続けているフィオナは、いつも様々な発明品を開発しては技術分野のエリスに相談し、何かの分野で使えそうなものはテストしてもらっている。

 

 ふわふわと浮遊しながら通路を移動していくフィオナ。幽霊でありながら実体化できる彼女は、基本的にあまり歩くことはない。このように宙に浮かんで移動したり、実体化を解除して壁をすり抜けて移動するから、彼女を見たことのない新入社員はいつも驚いているのだ。

 

 フィオナに案内されたのは、プレートに『第2研究室』と表示された広めの部屋だった。彼女は研究室を分野ごとに使い分けており、この第2研究室は魔術などのこの異世界の伝統的な技術の研究に使っている。だからこの部屋に通された時点で、リキヤは彼女が見せたがっている新しい発明がどのような代物なのか予測していた。

 

 奇妙な模様の魔法陣や古代文字の羅列が描かれた床の上に立ったフィオナは、かけていた小さなメガネを外すと、リキヤに『では、今から実演しますね』と言ってから詠唱を始める。

 

 聞いたことのない言語だった。語感は前世の世界の言語であるロシア語やスペイン語に近いが、当然ながら何を言っているのかは全く分からない。

 

 だが、彼女が詠唱を続けるにつれて魔力が足元の魔法陣に流れ込んでいるのは分かった。おそらくあの詠唱は、魔力を使用して足元の魔法陣を発動させるためのものなのだろう。

 

 魔術でも実演するつもりなのかと思いながら見守っていたリキヤの目の前で、その魔法陣が水色に輝き始める。ランタンの明かりをたちまち追い出した水色の輝きは、魔法陣の中心に立つフィオナを包み込むと、まるで握りつぶされたかのように収縮し――――――――再び膨れ上がり、爆風のように荒れ狂った。

 

「!」

 

 その光から感じたのは、猛烈な光属性の魔力であった。だが、今のは明らかに普通の魔術ではない。爆風で周囲の敵を木端微塵にするような魔術ならば、今頃リキヤは吹き飛ばされている筈である。

 

 リキヤはゆっくりと目を開けながら、魔法陣の中心にいた筈のフィオナを探す。今の実験は成功したのだろうかと思いながら部屋の中心を見据えていると、散って行く光属性の魔力の残滓の向こうに、明らかにフィオナよりも巨大な影が鎮座していた。

 

 フィオナではない。彼女はモリガンの中でも小柄なメンバーだ。それに目の前にいる影は四つん這いになっているようだし、頭のような部分からは雄の鹿を思わせる角が生えている。

 

 ホルスターから銃を抜くべきかと警戒しながら考えていると、その影の傍らに見覚えのある白衣姿の幼い少女が浮遊していた。

 

『うふふっ。成功です、リキヤさん』

 

「フィオナ、こいつは………?」

 

 実験が成功して喜ぶフィオナの傍らに鎮座しているのは、まるで獣のような生物であった。

 

 純白の体毛に包まれた巨体と、大きな爪の生えた四肢を持つ狼のような獣である。まるでグリズリーのように大きな純白の狼だが、この狼の頭からは雄の鹿のような蒼い角が生えている。まるでサファイアを木の枝のような形状に削り出した美しい角の中には、光属性の魔力が封じ込められているらしい。

 

 召喚したフィオナと同じく蒼い瞳を持つその狼は、傍らで首筋を撫でてくれている主に気付いたのか、床の上に座り込んで嬉しそうな鳴き声を発した。

 

「まさか、精霊か?」

 

『ええ』

 

 精霊とは、かつてレリエル・クロフォードを封印した大天使の力の欠片である。契約する事ができれば凄まじい戦闘力を持つ精霊を自由に召喚し、戦わせる事ができるのだが、契約するためには非常に手間がかかる上に、適性のある者しか契約する事ができないという欠点がある。

 

 そのため精霊と契約した者の数は非常に少なく、その契約者を保有する騎士団では契約者を切り札扱いしているという。

 

 本来ならば供物を用意したり、儀式を行わなければ契約できない筈の精霊を、フィオナは短時間の詠唱と魔法陣だけで召喚し、契約してしまったのだ。

 

「どういうことだ? 儀式はやったのか?」

 

『いえいえ、儀式はやってません。大量の魔力と魔法陣を用意しただけです』

 

「馬鹿な。それだけで契約できるわけがないだろ?」

 

『前までの方法ならそうです。ありえない契約方法ですね』

 

 召喚した狼のような精霊の頭を撫でながら、フィオナが説明を始めた。

 

『その前までの方法を簡略化し、簡単に契約できるように組み直したんですよ』

 

「何だって………? じゃあ、あとは適正があればすぐに契約できるって事か………?」

 

『はい。これで適性がある人ならば簡単に精霊を召喚できるようになります。新しいプロトコルです』

 

 彼女が行ったのは、精霊を召喚するための手順の簡略化だ。魔法陣を簡略化することで儀式を省略し、魔力を供物にするように再設定したというのである。

 

 この技術が普及すれば、騎士団は適性を持つ人物の育成を始める事だろう。そして精霊と契約した団員だけで部隊を結成するに違いない。

 

 将来的に、精霊と契約した者たちが主役になるのである。

 

『どうです? まだ改良できますから、実用化するためには時間がかかりそうですけど………』

 

「どのくらいかかる?」

 

『あと9年くらいは必要です』

 

「9年か………」

 

 おそらく、9年後には孫が生まれている事だろう。このフィオナの技術を使って戦う事になるのは、自分や子供たちではなく、孫たちになるに違いない。

 

「もし実用化したら、この方式を『フィオナ・プロトコル』と名付けよう」

 

『は、恥ずかしいです………』

 

 顔を赤くしながら精霊の頭を撫で続けるフィオナを見守りながら、リキヤは少しだけ目を細めた。

 

(この技術を使うのは、孫たちか………)

 

 タクヤやラウラの子供たちは、確実にキメラの遺伝子を受け継いで生まれる事だろう。傭兵として戦い、片足を失って変異した自分の遺伝子。数年後には子供たちも親になるのだろうかと思った瞬間、リキヤはあの時の事を思い出し、顔をしかめた。

 

 自分は彼らを見守るだけだ。そのために、大切な友人から様々な物を引き継いだのだから。

 

 自分は炎から生まれた灼熱の幻にしか過ぎないのだ。

 

 


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