異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ネイリンゲンへの旅路

 

 フィオナちゃんから武器を受け取り、彼女を見送ってから出発の準備を終えた俺たちは、料理を振る舞ってくれたミラさんと従妹のノエルに別れを告げるため、彼女がいる部屋を訪れていた。

 

 大きなベッドの上でぬいぐるみや人形に囲まれているノエルは、俺たちが装備を整えて部屋に入って来たのを見て、もう出発するつもりなんだと察したんだろう。少しだけ寂しそうな顔をした後ににっこりと笑うと、「もうお別れなんだね」と言った。俺は微笑みながら頷くと、ベッドの傍らにある椅子に腰を下ろし、ノエルの頭を撫でる。

 

 おそらく、しばらくここに帰ってくることはないだろう。これから俺たちはダンジョンと化しているネイリンゲンを経由してラトーニウス王国へと入国し、メサイアの天秤の資料が発見されたというメウンサルバ遺跡を目指す予定だ。そこで天秤についてのヒントを手に入れた後は本格的に天秤を探す旅に出ることになる。

 

 だから、天秤を見つけるまでここに帰ってくる確率は低いだろう。管理局の施設で手紙を出す事は可能なので、ダンジョンの調査をしたら定期的にノエルに手紙を書き、土産話の代わりでもしてあげようかと思っている。いつも部屋のベッドの中で生活している彼女はダンジョンの土産話を大喜びで聞いてくれたから、きっとこの話も手紙で送れば喜んでくれる筈だ。

 

「ごめんな、ノエル。そろそろ出発するから………お別れを言いに来たんだ」

 

「うん、仕方ないよ。………ゴホッ。お兄ちゃんたちは冒険者だもん。ゴホッ、ゴホッ」

 

 久しぶりに再会した俺たちと別れるのは辛いに違いない。俺もノエルとお別れするのは辛いと思っているが、咳き込む彼女を見ていると別の辛さが俺の胸を穿とうと牙を突き立ててくる。

 

 身体が屈強だと言われているハーフエルフとして生まれた彼女は、普通の人間よりも身体が弱い。それに、エイナ・ドルレアンを訪れた時よりも咳が悪化しているような気がする。

 

(ノエル、大丈夫?)

 

「うん……ゴホッ。大丈夫。ありがとう、ママ」

 

 苦しそうに咳き込むノエルの背中を、ミラさんが優しく摩る。

 

 ノエルの身体が弱い原因はフィオナちゃんが検査中だし、色んな治療魔術師(ヒーラー)に診てもらった事があるらしい。だが、騎士団に所属する優秀な治療魔術師(ヒーラー)でも原因を解明できなかったようで、現在はフィオナちゃんが定期的に診察に来てくれているという。

 

 でも、フィオナちゃんでもなかなか原因が分からないらしく、ノエルの体質は昔から全く変わっていないらしい。

 

 信也叔父さんは傭兵の仕事をしながら、彼女の体質を治す方法を探しているらしいんだけど、全く治療のための情報は手に入らないようだ。

 

 もし俺たちの冒険の途中でその情報が入ったら、手紙を送って知らせてあげよう。この異世界は前世の世界よりも広いみたいだから、どこかの地域に治療法があるかもしれない。

 

 それに、現在では治療魔術師(ヒーラー)の魔術による治療が主流になっているが、大昔には前世の世界のように手術で病気を治していた医者が存在していたらしい。現在ではほんの少しの魔力を消費するだけで治療ができる魔術に取って代わられてしまったため、この世界で医者を目にすることはないけど、この世界のどこかに医療技術を受け継いで細々と治療を続けている一族がいると聞いている。

 

 もしかしたら、彼らならばノエルの体質を治せるかもしれない。

 

 この子は昔から外で遊んだことが殆ど無い。気が弱い奴だから怖がるかもしれないが、もし体質が治ったら彼女を連れて買い物に行こう。そうすれば気の弱い性格も直るかもしれないし、喜んでくれるかもしれない。

 

「あ、お兄ちゃん」

 

「ん? どうした?」

 

「あのね、これ持って行って」

 

 考え事をしている最中に俺を呼んだノエルは、何度か咳き込みながらベッドの枕元にある小さなぬいぐるみへと手を伸ばした。手の平の3分の1くらいの小さなぬいぐるみで、おそらく彼女の手作りなんだろう。ノエルは少しだけ顔を赤くしながらそれを俺に渡すと、俯きながら指を弄り始めた。

 

 その小さなぬいぐるみは、黒いコートを身に纏った奇妙なぬいぐるみだった。髪の色は蒼くて、髪型はポニーテールになっている。そのポニーテールの下に隠れているのはコートのフードらしく、ちゃんとフードには真紅のハーピーの羽根らしき装飾もついていた。

 

 これのモデルになったのが誰なのかすぐに察した俺は、これを完成させたノエルの器用さに驚きながら顔を上げる。

 

「これは―――――俺か?」

 

「う、うん。お兄ちゃんのぬいぐるみ……作ってみたの。………み、みんなの分も作ったんだよ」

 

 そう言いながら枕元の他のぬいぐるみも手に取るノエル。よく見ると、そのぬいぐるみたちの中にはベレー帽をかぶった赤毛の少女のぬいぐるみもあったし、弓を持った金髪の少女のぬいぐるみもあった。更にお嬢様のようなドレスを身に纏った橙色の髪の少女のぬいぐるみもあるし、ワンピースを身に着けた銀髪の少女のぬいぐるみもある。

 

 全て、俺の仲間たちを模したぬいぐるみだった。サイズはやはり手の平の3分の1くらいで、常に持ち歩けそうな大きさだ。

 

「ふにゃあ………! 私のもある!」

 

「器用なのね………すごいわ、ノエルちゃん」

 

「えへへっ………これ、私からのプレゼントだよっ」

 

 俺たちが地下墓地に行っている間に作っていたんだろうか。ちゃんと服装や特徴的な部分まで再現してある。俺のぬいぐるみはよくみるとちゃんと髪の中から角が伸びているし、ラウラのぬいぐるみはミニスカートの中から尻尾が伸びている。それに、ステラのぬいぐるみの特徴的な銀髪は、ちゃんと毛先のほうは桜色になっていた。

 

 これはお守りにしよう。

 

 受け取ったぬいぐるみを握りしめてからポケットに入れた俺は、微笑みながら「ありがとな、ノエル」と礼を言うと、もう一度彼女の頭を撫でた。

 

 彼女もラウラのように俺に頭を撫でられるのが大好きらしい。小さい頃から頭を撫でると、ノエルはハーフエルフの長い耳をぴくぴくと動かしながら喜んでくれる。

 

 身体が弱くなってベッドの上で生活していても、その耳を動かす癖は変わっていなかった。幼少期から変わらない癖を見て安心した俺は、ミラさんに頭を下げてからゆっくりと立ち上がる。

 

 そろそろ、出発しなければならない。俺たちの旅の目的はメサイアの天秤を手に入れる事だ。俺の願いを叶える事が出来れば、世界中で虐げられている人々は救われることになる。

 

 もし俺たち以外にメサイアの天秤が実在するという事を知る者がいれば、そいつらと争奪戦になる事だろう。それに、更に凶悪な魔物たちとの戦いにもなる筈だ。

 

 これからの旅で起こる戦いは、更に厳しくなるに違いない。

 

 でも、その戦いに勝利して進まなければ、天秤を手に入れることなど出来ないだろう。だから進まなければならない。虐げられている奴隷の人々を救い、サキュバスたちを再興させるためにも。

 

「ミラさん、お世話になりました。俺たちはこれで」

 

(ええ、気を付けてね。厳しい旅になるでしょうけど………)

 

「頑張りますよ。戦い方は幼少の頃から両親に教え込まれてるんで」

 

 そうだ。俺たちは小さい頃から戦い方を学んできた。

 

 敵を倒すためだけの戦いじゃない。誰かを救うための戦いもあるし、人々を虐げる転生者のようなクソ野郎を蹂躙するための戦いもあるだろう。その戦い方は、数多の激戦を経験してきた両親(猛者)たちから教わってきたではないか。

 

 それに、仲間もできた。ダンジョンで共に強敵と戦った大切な仲間たちと一緒ならば、厳しい戦いも勝利できる筈だ。

 

「気を付けてね、みんな」

 

「うん。ノエルちゃん、旅が終わったらまた来るからね!」

 

「その時は、土産話をたくさん聞かせてあげるからな」

 

「うん、楽しみにしてるね!」

 

 メサイアの天秤という大昔の錬金術師が生み出した伝説の天秤を探し求めるのが旅の目的だが、あくまで俺たちの本業は冒険者だ。天秤ばかり探すのではなく、適度にダンジョンの調査も続けていく予定である。

 

 旅を終えて戻ってきた時、果たしてノエルに膨大な量の土産話を話し切れるのだろうか。

 

 これからの旅路への心配の他にそんな心配までしてしまった俺は、仲間たちに「行こう」と告げると、見送ってくれるミラさんとノエルにもう一度別れを告げてから踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 メサイアの天秤の資料が発見されたというメウンサルバ遺跡は、隣国のラトーニウス王国にあるという。親父と母さんが初めて出会った場所だ。

 

 ラトーニウス王国はオルトバルカ王国の南にある隣国で、オルトバルカよりも魔術の発展が遅れているためなのか、騎士団は魔術よりも接近戦を重視しているらしい。そのため剣術では世界最強と言われているらしいが、凄まじい速さで魔術が発展していく中で未だに剣術を主体としているため、他国の騎士たちからは時代遅れの騎士団と揶揄されることもあるという。

 

 だが、俺の母さんの剣術はその時代遅れの騎士団の中で培われてきた技術だ。もしかする母さん並みの剣豪がいるかもしれないから、あの国の騎士団は侮れない。

 

 エイナ・ドルレアンからラトーニウス王国に最も早く向かうためには、ネイリンゲンを経由するべきだろう。かつてはオルトバルカ王国の最南端にある田舎の街で、モリガンの本部があった場所だが、現在では転生者たちの攻撃で荒れ果て、廃墟となった街は丸ごとダンジョンに指定されている。

 

 皮肉なことに、このダンジョンと化したネイリンゲンがあるからこそ隣国が迂闊に進行できなくなっているという。ラトーニウスの騎士団が躊躇うほど危険なダンジョンというわけだ。

 

 当然ながら人は住んでいないため、鉄道の線路はそこまでつながっていない。ここからネイリンゲンに向かうには、従来のように馬や馬車を使うか、徒歩で行くしかないだろう。道中にはダンジョンもないと言われているため、退屈な旅路になりそうだ。

 

「今夜は野宿だなぁ………」

 

 まだ時刻は午前10時だというのに、俺は蒼空を見上げながらそんなことを言った。蒼空を見上げながら野宿すると宣言するのは早過ぎるかもしれないが、ここからネイリンゲンまで向かうには1日以上かかってしまう。野宿は考えておいた方が良いかもしれない。

 

 ネイリンゲン方面に向かう商人の馬車に乗せてもらえれば良いんだが、あんな危険なダンジョンの近くを通りたがる商人は当たり前だが1人もいない。街で馬を借りても返しに来なければならないため、ここは歩いていくしかないだろう。

 

「なんだか、歩いて移動するのは久しぶりだね」

 

「そうだなぁ………。かなり歩く羽目になるけどな」

 

「あらあら、お散歩はお嫌いですの?」

 

「散歩より、ラウラと一緒に鬼ごっこをやってる方が性に合うよ」

 

 訓練も兼ねてラウラと何度も鬼ごっこをやったことがあったんだが、おそらくあんなに凄まじい鬼ごっこを経験したことのある姉弟はどこにもいないだろう。

 

 ラウラが鬼の時はエコーロケーションを使って索敵してくるから隠れても全く意味がないし、逃げようとしても足元を凍らせた上に両足のナイフをスケートシューズ代わりにして追いかけてくるから、基本的に走って逃げるのは不可能だ。

 

 逆に俺が鬼の時は、ラウラが道を凍らせて足止めしようとしても瞬時の氷を解かせるので時間稼ぎは意味がない。それに反応の速さならば俺の方が上だから、彼女がフェイントを使って逃げようとしてもすぐに見切って対応できる。ラウラほど派手ではないけど、俺の場合は手堅くラウラを追いかける事が出来る。

 

 あの訓練のおかげで身体能力はかなり上がったし、状況判断の能力も向上したと思う。だが、ラウラは訓練ではなく完全に遊びだと思っていたらしい。

 

「えへへっ。なら、ネイリンゲンまで走ってみる?」

 

「ば、馬鹿。到着する前にぶっ倒れて―――――――ラウラぁ!?」

 

 冗談だと思ってそんなことを言っていると、俺の隣から漂っていた甘い香りが遠ざかっていくような気がした。甘い香りを含んだ冷たい風が吹き、隣にいた筈の赤毛の少女が幼少期のようににこにこと笑いながら、草原へと向かって駆けて行く。

 

 おいおい、ここから本当に走っていくのかよ!?

 

「きゃはははははっ! ほら、競争しようよ!」

 

「ま、待てって! おい、お姉ちゃん!」

 

「ちょっと、本当に走っていくつもり!?」

 

「まあ、お姉様ったら………楽しそうですわ」

 

「タクヤ、ラウラがはぐれたら大変です」

 

 確かに、はぐれたら大変だ。こんなに広い草原ではぐれたら探し出すのはかなり難しい。

 

 俺はため息をつくと、楽しそうに走っていく姉を仲間たちと共に大慌てで追いかけ始めた。

 

 きっとこれからの旅は、もっと厳しい旅になるだろう。

 

 俺たちが探し求める伝説の天秤は、それほど価値がある物だ。大昔から語り継がれていて、実在するか分からないと言われてきた大昔の錬金術師の遺産が実在するという事を、かつてサキュバスの戦士たちが証明しているのだ。

 

 だから、俺たちが手に入れる。仲間たちと厳しい旅路を耐え抜き、メサイアの天秤を手に入れてやる。

 

 そして、虐げられている人々を救うのだ。

 

 

 

 第三章 完

 

 第四章へ続く

 

 


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