異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ヴィルヘルムと鎮魂歌

 

 ある日、この地下墓地の最深部を訪れた少女の姿を目にして、私は我が目を疑った。

 

 奇妙な武器を持ち、ハーフエルフの少年と共にここを訪れた少女は、リゼット様に瓜二つだったのである。

 

 もしかすると、彼女はここに封印された棺から自分の得物を取りに来たリゼット様だったのかもしれない。すぐにでも彼女の傍らに跪きたかったが、あの時の私は未練がまだ足りなかったのか、今のように実体化することも出来なかったため、黙って2人が最深部の曲刀を手に入れるのを見守る事しかできなかった。

 

 蘇ったリゼット様が曲刀を手に入れる間、もう1人のハーフエルフの少年は、他の冒険者たちとたった1人で戦い、彼女を守り続けていた。相手の方が手強かったようだが、ハーフエルフの少年はひたすら鉈を振るい続け、彼女が戻るまで格上の相手と戦い続けていたのである。

 

 まるで、私が裏切者たちと戦ったあの時のようだった。勝ち目がないと仲間たちに言われても、私も彼のように手強い裏切者たちと戦った。

 

 私まで蘇ったかのようなハーフエルフの少年だった。

 

 彼がいれば、リゼット様は大丈夫だろう。私もあのお方を守りたかったが、未練の足りない私では何もできない。だが、私の同胞でもある勇敢な彼ならば、きっと私の代わりに今度こそリゼット様を守り抜いてくれるに違いない。

 

 彼らが訪れたのは、確か21年前の筈だ。

 

 あの同胞がいるならば、今頃リゼット様は活躍されている事だろう。もう大昔に死んだ戦死者の出る幕ではない。そろそろ私も成仏するべきなのかもしれない。

 

 そう思いながらいつも私は剣を離そうとするのだが、かつて数多の敵兵を両断してきたこの得物は、私の手から離れてくれない。必死に指を離そうとしても、私の指はブロードソードの柄から離れないし、力を抜こうとしても無意味だ。目の前に敵が現れれば、いつも私は怨念のこもった絶叫をあげながら剣を振り下ろしている。

 

 もう未練は残っていない。リゼット様が復活し、新たな家臣と共に戦いを始めているのだから。

 

 だから、もう私の出番はない。なのに、私は未だに成仏できない。

 

 怨念が、消えないのだ。

 

 どうすればいい?

 

 誰か……教えてくれ…………。

 

 

 

 

 

 

 

『グォォォォォォォォォォッ!!』

 

 怨嗟の絶叫で、地下墓地の広間が激震する。1000年間も蓄積してきた裏切者たちへの怒りが肥大化し、ついに弾けようとしているかのような凄まじい絶叫。だがこの絶叫は、何だか怨念以外の感情も混じっているような気がした。

 

 大半は確かに裏切者たちへの怒りだ。リゼットの曲刀を手に入れ、世界を支配するという私利私欲のためだけにリゼットを殺害し、曲刀を奪おうとした愚か者たちへの怒りは1000年経っても全く弱まっていない。

 

 だが、その後ろに別の感情があるような気がするんだ。まるで助けを求めているような弱々しい別の感情だ。

 

 待ってろ、ウィルヘルム。今解放してやる………。

 

 隣にいるラウラと目を合わせ、まるで親父にいたずらしていた時のようににやりと笑った俺たちは、咆哮するウィルヘルムへと向かって走り出した。

 

 俺たちの役目は、あいつの胸骨を吹き飛ばして風穴を開け、カノンに心臓を狙撃させる事。彼に止めを刺すべきカノンは後方でマークスマンライフルを構えているし、その傍らではステラがいつでも援護できるようにガトリング砲を構えている。

 

「ナタリアッ!」

 

「了解! 攪乱は任せなさい!」

 

 走り出した俺たちとは別方向にナタリアが走り出す。担いでいたカールグスタフM3を背負い、左肩のホルダーに預けていた愛用のコンパウンドボウを構えた彼女は、腰の矢筒の中から矢を引き抜いて番え、ウィルヘルムへと狙いを定める。

 

 ナタリアは俺たちよりも半年前から冒険者として活動している先輩だ。銃の使い方にはまだ不慣れだが、他の冒険者から受けた訓練では最も弓矢による戦闘を得意としていたという。

 

 弓矢は銃のように銃声を発しないし、装備しているのはモリガン・カンパニー製の新型コンパウンドボウである。貫通力は、従来の弓矢の比ではない。

 

 弓で狙われていると気付いたウィルヘルムは雄叫びを上げながら剣を振り上げるが、それを振り下ろすよりも先に、まるで流星群のような30mm弾の群れが飛来し、防具もろともウィルヘルムの右腕をズタズタに食い破っていく。

 

 アンチマテリアルライフル以上の口径の砲弾を連射できる重火器を手にしているのは、ステラしかいない。彼女が俺たちを援護するために、残っている砲弾を連射してくれたのだろう。

 

 ちらりと後ろを見てみると、大型の弾薬タンクを取り付けられた巨大なガトリング砲を手にした幼い少女が、凄まじい反動で搭載している戦闘機まで破損させてしまうほどの得物を容易く連射している姿が見えた。彼女が装着している弾薬タンクの砲弾を撃ち尽くせば、あのガトリング砲の砲弾は底をつく。

 

 だが、ステラは構わずガトリング砲を連射し続けた。砲弾の高速連射でウィルヘルムの腕をついに切断し、そのまま彼の胸元へと砲弾の群れを迸らせる。マズルフラッシュの残光を纏った砲弾たちが、薄暗い広間に煌めきを刻みつけながらウィルヘルムの防具を貫通し、胸骨に穴を開けていく。

 

『小娘がァァァァァァァァァァァァッ!!』

 

 30mm弾の連射を煩わしいと思ったのか、ウィルヘルムは右手を再生させつつ左手で胸を抑え、砲弾に心臓を貫かれないようにしながら絶叫した。彼が叫んでいる間に問答無用で30mm弾が彼の左手を滅茶苦茶にしていくが、もう激痛すら気にならないほど激昂しているらしく、ウィルヘルムは再生させたばかりの腕で剣を拾い上げる。

 

 そのままステラまで接近しようと前に踏み出した瞬間だった。

 

 荒々しく華やかな轟音とマズルフラッシュが迸るステラのガトリング砲とは別の方向から、物静かだが獰猛な1本の矢が飛来し、皺だらけの顔に埋め込まれたウィルヘルムの眼球へと突き刺さったのである。

 

『ギャアアアアアアアアアアアッ!!』

 

「さすがナタリア!」

 

 どうせすぐに眼球を再生させ、この怪物は再び襲いかかってくることだろう。だが、一時的にとはいえ隻眼の状態での戦闘を強いられる。

 

 それが、接近するチャンスだ。彼の剣すら届かないほど肉薄し、俺とラウラが手にした得物であいつの胸骨を吹っ飛ばす!

 

『貴様ァァァァァァァァッ!!』

 

 激昂しながら、ウィルヘルムは眼球に突き刺さった矢を強引に抜き取った。指先で裁縫に使う針のように細い矢を投げ捨てた彼は、1000年間も蓄積していた怨念と自分の眼球を撃ち抜いた少女への怒りを組み合わせ、今度はナタリアに狙いを定める。

 

 そろそろ牽制を始めようかとリボルバーのホルスターに手を伸ばしたその時、地下墓地の広間で停滞し続ける黴臭い空気が、微かに冷えたような気がした。

 

 何年間もずっと来訪者が無かった地下墓地の空気は、21年前にこの場所が知られてからも相変わらず黴臭かったことだろう。たかが21年だけで変わるわけがない。

 

 基本的に変わる筈のないここの空気が、変わり始めている。普通の人達ならば以上だと思うだろうが、その元凶と幼少の頃から常に一緒にいた俺は、早くもこの原因を理解し、その原因となった赤毛の少女が何を始めようとしているのかを察していた。

 

 空気の冷却は止まらない。徐々に吐き出す息が白く染まり始め、しまいには緑色の光で照らされている石畳が、鮮血のように紅い霜で覆われ始める。ウィルヘルムが流した鮮血が凍り付いたわけではない。空気中の水分が凍結し、それらが結合して床を覆い始めているのである。

 

 やがてその霜は他の霜たちと共食いを始めたかのように結合し始め、厚みを増していく。雪原のように気温が下がった頃には、石畳は鮮血のような氷に覆われ、黴臭い地下墓地の中には火の粉を思わせる紅い雪が降り始めていた。

 

 まるで、雪と氷が真紅に染まったスケート場だ。

 

「きゃははっ!」

 

 隣を走っていた元凶(ラウラ)が、まるで大好きなおもちゃを目にした子供のように笑うと、凍り付いた床の上でジャンプしながら両足のサバイバルナイフを展開した。

 

 あのサバイバルナイフは、足に取り付けられるように脹脛の部分にカバーが用意されている。基本的にナイフはそこに収納されており、攻撃する際は展開して足技を繰り出すかのように敵を斬りつける事ができる。普通の戦い方よりも変則的な戦い方を好む愛娘のために、モリガン・カンパニーの技術分野を統括するエリスさんが用意したという特注品だ。

 

 だが、最も変則的なのは、ラウラの能力と組み合わせられるように用意されているギミックだろう。

 

 彼女の両足から展開したナイフが着地するよりも先に更に伸びたかと思うと、くるりと半回転し、爪先の方向へとカバーと刀身の境い目からL字型に折れ曲がる。

 

 その形状は、まるで靴底にサバイバルナイフの刀身を取り付けた物騒なスケートシューズだった。

 

 空中で両足の得物をスケートシューズのような形状に変形させたラウラは、紅い氷の上に着地すると、こんこん、とサバイバルナイフの切っ先で氷の表面を叩き、左手をMP412REXのホルスターへと伸ばす。

 

 カラーリングは彼女をイメージしているため、黒と真紅の2色となっている。

 

「いくよ、タクヤ」

 

「了解、お姉ちゃん」

 

 ラウラの得物はリボルバーと、RKG-3対戦車手榴弾。リボルバーは牽制用で、対戦車手榴弾は奴の胸骨を吹っ飛ばすための得物である。棍棒としても使えそうなほど巨大な古めかしい手榴弾をくるくると回した彼女は、俺がホルスターからMP412REXを引き抜いたのを見てにやりと笑うと―――――俺と同時に、再びウィルヘルムへと突撃を開始した。

 

 まるでスケートの選手のように、華麗に氷の上を滑っていくラウラ。地下墓地の広間が凍結した事に驚いたウィルヘルムが雄叫びを上げながら剣を突き刺してくるが、ラウラはウィルヘルムの殺気と威圧感をぶつけられても全く怯まない。氷の上でくるりと回転して突き下ろされるブロードソードの切っ先を躱しつつ、反撃にリボルバーをぶっ放し、.357マグナム弾でウィルヘルムの眉間を狙い撃つ。

 

 続けざまに剣を引き抜き、再びラウラを串刺しにしようとするウィルヘルム。だが、やはりラウラには全く当たらない。ゴーレムやトロールすら串刺しにしてしまうほどの恐ろしい剣戟をひらりと躱し、氷の表面に2本の傷跡を刻みつけながらウィルヘルムに急迫する。

 

 スケートシューズで滑りながらウィルヘルムの剣戟を躱している間に、今度は俺がウィルヘルムへと接近した。この亡霊はラウラを叩き潰す事に夢中になっている。だから、俺には全く攻撃が来ない。

 

 姉が生み出した氷で滑らないように気を付けながら接近した俺は、まだ俺に気付かない亡霊を見上げてにやりと笑うと、皺だらけの真っ黒な皮膚で覆われたウィルヘルムの左足にナイフを突き立てた。

 

 やはり筋肉が中に入っていないのか、手応えは今までナイフで切り刻んできた魔物とは全く違う。皮膚をあっさりと突き抜けたナイフの切っ先はすぐに骨に突き当たり、進撃を止めてしまう。

 

 巨大な怪物を倒すには小さ過ぎるナイフに見えるが――――――もしかしたら、こいつは対戦車手榴弾並みに獰猛な得物かもしれない。間違いなく、ナイフの中で一番殺傷力の高い代物だろう。

 

 攻撃されたことにウィルヘルムが気付き、俺の身体を鷲掴みにしようと手を伸ばしてくるが、残念ながらもう間に合わないだろう。最強のナイフの刃は、もう突き立てられているのだから。

 

 唸り声を発しながら手を伸ばしてくる怪物を嘲笑うと、俺はナイフに取り付けられているスイッチを押した。

 

 その瞬間、まるでナイフの刀身の中から圧縮された空気が流れ出すような音が一瞬だけ聞こえた。

 

 ナイフの切っ先にある小さな穴から、たった今このナイフが最も獰猛だと言われる理由が、ウィルヘルムの体内へと流れ込んだのである。

 

 突然、ぶくりとナイフが突き立てられていた周囲の皮膚が膨らみ始めた。真っ黒に染まった皮膚が徐々に団子のように膨れ上がったかと思うと、その成長した膨らみの表面が唐突に破け、まるで内部に爆弾でも仕込まれていたかのようにそのまま弾け飛んだ。

 

『ガァァァァァァァァッ!?』

 

「さすがワスプナイフだぜッ!!」

 

 飛び散る鮮血と皮膚の破片を浴びながら、俺は後ろにジャンプしつつ叫んだ。

 

 ワスプナイフとは、アメリカ製のナイフの1つだ。グリップの中に高圧のガスを充填した小型のカートリッジを搭載しており、スイッチを押すとカートリッジ内部の高圧ガスが噴出される仕組みになっている。ナイフで刺された標的の体内を、さらにこのガスがズタズタに破壊するというわけだ。

 

 まさしく、最強のナイフだろう。

 

 左足の脹脛の皮膚を殆ど吹き飛ばされたウィルヘルムは、激昂しながら早くも皮膚を再生させ始めている。黒い霧のようなものが傷口を覆い始めて皮膚を形成していく速度は、やはり早い。胸骨を破壊して風穴を開けたとしても、すぐに狙撃しなければ着弾前に再生してしまう。

 

 ナイフのグリップの中からカートリッジを排出し、予備のカートリッジを装填する。獰猛な破壊力の動力源を得たナイフをくるりと回した俺は、もう一度片足を吹き飛ばしてやろうかと思ったが、氷の上を自由自在に滑り回るラウラを追いかけ回しているウィルヘルムの胸に緋色の礫が命中したのを目にして、第二波を断念した。

 

 今の緋色の礫は、ナタリアに渡した無反動砲のスポットライフルに装填されている曳光弾だ。あれをぶっ放したという事は、そろそろ対戦車榴弾を叩き込むつもりなんだろう。今の曳光弾による射撃は、照準を合わせると同時に、そろそろ決着を付けようという意見だったに違いない。

 

 確かに、そろそろ決着をつけるべきだ。既にステラのガトリング砲は砲弾を撃ち尽くしてしまっているし、このまま戦いを続けていれば弾薬が底をつく。

 

 それに、ウィルヘルムを早く成仏させてやらなければ。

 

 ラウラもその曳光弾を見ていたらしく、リボルバーによる牽制を中断すると、対戦車手榴弾に取り付けられている安全ピンへと手を近づけた。いよいよ戦車を吹っ飛ばすために開発された獰猛な手榴弾の出番がやってきたというわけだ。

 

 対戦車手榴弾の準備をしつつ、またしてもウィルヘルムの剣戟をひらりと躱すラウラ。俺よりも身軽な彼女は氷の表面にひときわ深い傷跡を刻んで跳躍した彼女は、紅い氷の破片を周囲に纏っていた。まるでルビーのように紅い氷の破片たちが緑色の光を反射し、鮮血のダイヤモンドダストを作り出す。

 

 見惚れそうになってしまったが、今は戦闘中だ。

 

 スケートシューズのナイフを元の状態に戻し、ウィルヘルムの巨大な腕を踏みつけて着地するラウラ。常にナイフを展開した状態で疾走を始めたため、彼女が一歩進むごとにナイフが突き刺さり、彼の剛腕から鮮血が噴き上がる。

 

 ウィルヘルムは必死にラウラを叩き落とそうとするが、剛腕で攻撃するという事を見切っていた彼女は既に腕からジャンプし、空中で手榴弾の安全ピンを引き抜いていた。

 

 ピン、という小さな金属音が、冷酷にウィルヘルムに突き刺さる。そしてその手榴弾を持つ少女の笑みは、この広間を覆い尽くす紅い氷よりも冷たい。

 

「―――――おやすみなさい、ウィルヘルム」

 

 目を合わせるだけで凍り付いてしまいそうなほどの冷笑と共に、ついに対戦車手榴弾が解き放たれる。棍棒に使えそうなほど大きな古めかしい手榴弾はくるくると縦に回転し、ウィルヘルムの胸元へと向かっていく。

 

 彼はその武器を目にしたことはない筈だが、危険なものだという事は理解したのだろう。慌ててそれを払い落とそうとしたが、既に安全ピンを抜かれ、放り投げられた後のそれを払い落とすのは不可能だった。

 

 巨大な手の平が対戦車手榴弾を叩き落とす前に、ラウラが放り投げた手榴弾が爆風を生み出したのである。戦車を吹き飛ばすために開発された対戦車手榴弾の爆薬は瞬時に膨張すると、生み出した爆風をすぐ近くにいたウィルヘルムへと叩き付けた。

 

 大量の爆薬が形成した獰猛な爆風が、ウィルヘルムの防具を融解させ、吹き飛ばす。未だに続く爆風の嵐はあらわになった彼の胸骨に喰らい付くと、胸骨の表面を抉り、破片でズタズタにしながら食い破る。

 

 さすがに1つでは胸骨を抉ることは出来なかったらしく、荒々しかった爆風が早くも黒煙へと変わり始めている。だが――――――立て続けに、もう1つの獰猛な得物から放たれた砲弾が、抉られたばかりの胸骨へと飛び込んでいった。

 

 それは、ナタリアが放った無反動砲の対戦車榴弾であった。

 

『グォッ!?』

 

「命中ッ!!」

 

 再生している途中だった胸骨と激突した対戦車榴弾は、対戦車手榴弾以上の爆風を生み出し、それで胸骨を削り取りながら、爆風の中で更に強力なメタルジェットの牙を突き立てた。

 

 戦車の装甲を突き破るほどの威力があるメタルジェットは胸骨を完全に突き破ったが、その風穴は思ったよりも小さい。すぐに再生してしまうため、カノンに狙撃させるためにはもっと広げなければならない。

 

『無駄だ、私は死なんッ! リゼット様の棺を今度こそ守り切るまで死ぬことなどないのだッ!!』

 

「―――――――いや、もう休め。ウィルヘルム」

 

 まだ主君の棺を守らなければならないという執念と忠誠心は素晴らしい。まさに彼こそ立派な忠臣だ。もしリゼットが存命していたら褒め称えている事だろう。

 

 だが、お前の戦いはもう終わっている。―――――もう、苦しまなくていい。

 

 彼の忠誠心を痛々しく感じた俺は、目を細めてから跳躍した。尻尾を伸ばして先端部を腕に突き立て、ラウラと同じように彼の腕の上を全力疾走。払い落とすために迫ってくる剛腕をひらりと回避し、ワスプナイフを構えながら再生している最中の彼の胸板に飛び移る。

 

 既にナタリアの対戦車榴弾が開けた風穴は塞がりかけていた。暗黒の霧の中にうっすらと見えるのは、既に死んでいるというのに鼓動を続ける禍々しい巨大な心臓。彼の執念と怨念の根源でもある臓器の鼓動は、やっぱり痛々しかった。

 

 ワスプナイフを再生中の胸板に突き立てた俺は、腰の後ろから伸びるキメラの尻尾も同じように突き立てた。

 

 ステラが尻尾を弄っている時に、彼女に俺の尻尾は危険だぞと注意したことがあったが、危険なのは外殻が鋭くなっているからではなく、その先端部に小さな穴が開いている事だ。親父にも尻尾は生えているが、俺のように穴が開いているわけではない。

 

 実は、俺の尻尾もワスプナイフと似たような芸当ができるようになっているんだ。体内で生成した高圧の魔力を突き刺した対象の体内に噴射することで、同じく体内をズタズタにする事ができる。炎属性の魔力を調節すれば、尻尾の先端から火炎放射器のように炎を噴出することも可能だ。

 

 名称を付けるとしたら『擬似ワスプナイフ』だろうか。

 

 ウィルヘルムの恐ろしい顔が、胸板に張り付いている俺を見下ろす。痩せ細ったような顔に埋め込まれた真っ赤な瞳は、相変わらず怒り狂っているように見えたけど、何故か微かに安心しているようにも見えた。

 

 まるで、やっと戦いが終わったことを喜ぶ兵士のような、安心した目つきだった。

 

「―――――じゃあな」

 

 ゆっくり休め――――――。

 

 瞼を瞑ってから、俺はワスプナイフのスイッチを押すと同時に、尻尾の中に高圧の魔力を送り込んだ。

 

 風穴を必死に塞いでいた黒い霧が膨れ上がり、胸骨の表面に不規則な亀裂が生まれる。割れ目から微かに高圧ガスと魔力が漏れ始めたと思った直後、一瞬だけ胸骨が膨らみ、体内に送り込まれた魔力とガスに耐え切れなくなった胸骨はあっけなく弾け飛んだ。

 

 無数の骨の破片が針のように飛び出し、俺の顔や身体に突き刺さっていく。何度も鋭い痛みに喰らい付かれながら飛び降りた俺は、落下しながら後方でマークスマンライフルを構えるカノンを振り返る。

 

 この距離なら、当てられるだろ?

 

 いつも訓練の最高難易度で満点なんだから。

 

 撃て、カノン。

 

 終わらせろ。

 

 こいつの苦しみに、終止符を打て。

 

「――――――――カノン、撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 絶叫した直後、聞き慣れた銃声が地下墓地の広間を駆け回った。

 

 カノンが構えたSL-9の銃口から、彼に別れを告げるための6.8mm弾が飛び出したんだ。マズルフラッシュの残光を未だに纏いながら飛来した弾丸は、仰向けになりながら落下する俺の目の前を流れ星のように通過すると、黴の臭いを火薬の臭いで上書きし、残響を響かせながら、塞がっていく彼の風穴へと向かっていく。

 

 そして――――――彼の怨念が具現化したような暗黒の霧の奥にある心臓に、ついに6.8mm弾が飛び込んだ。

 

 

 


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