異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
「ギュンター………さん………?」
黒い甲冑に身を包んだその騎士の顔を目の当たりにした俺は、我が目を疑いながらG36Kの銃口を下ろしてしまった。
もしここに来た目的がウィルヘルムと思われる新種の魔物の討伐ではなくダンジョンの調査だったのならば、こんなに驚愕することはなかっただろう。仲間たちと最深部まで到達し、ここに立つ騎士の顔を見て驚愕することは変わりないかもしれないが、もし調査が目的だったのならば銃を下ろしてしまう事はなかったかもしれない。
だが、俺は下ろしてしまった銃口を慌てて目の前の騎士へと向け、スコープを覗き込んだ。こいつは敵だ。管理局にレポートを提出しに行く俺たちを見送ってくれたギュンターさんがこんなところにいるわけがない。
ギュンターさんにそっくりな男を目にして俺は驚愕していたが、あの人とは違う部分を見つけたおかげなのか、徐々に敵意と冷静さが息を吹き返し始めた。
―――――目の前のこの騎士は、ギュンターさんのように眼帯をしていない。
確かに顔は傷だらけだ。緑色の光で照らし出される広間に立つその騎士の顔には、刃物で切られた無数の傷跡が浮かび上がっている。しかし、この騎士は眼帯を付けていない。片方の目を失ったわけではないらしい。
カノンの父親であるギュンターさんは、俺とラウラが3歳の頃に、転生者たちとの戦いで左目を失っている。身体中に弾丸が被弾してボロボロになって生還したギュンターさんは、カノンが生まれてから義眼を移植し、その義眼を隠すために黒い眼帯を付けている。
義眼を見せてもらったことは一度もないが、左右で瞳の色が違うらしい。だから仮にあの人が眼帯を外していたとしても、瞳の色で判別する事ができる。
目の前の騎士の瞳の色を見て安心した俺は、驚愕する仲間たちの方を振り返ると、「安心しろ、ギュンターさんじゃない」と教えた。
自分の父親ではないという事が分かってカノンは安堵したようだったけど、彼女の表情は徐々に緊張に支配され始めていた。目の前の騎士が父親ではなかったとしても、この騎士と戦わなければならない。この騎士を倒す事がカノンの試練の目的なのだから。
それに、もしこの騎士がウィルヘルムだったのならば――――――彼を倒し、解放してあげなければならない。
セレクターレバーをセミオート射撃からフルオート射撃に切り替え、先制攻撃を仕掛けようとしたその時、スコープの向こうでギュンターさんにそっくりな騎士が、真っ赤な目を見開いた。
彼の恐ろしい瞳が見つめているのは先頭に立つ俺ではない。―――――最後尾に立つ、カノンだった。
『―――――リゼット様………?』
「え………?」
声もギュンターさんにそっくりだった。またしてもこの騎士はギュンターさんなのではないかと思ってしまったが、すぐにその疑惑を消し去ると、今度は銃口を騎士へと向けたままカノンの方を振り向いた。
この騎士は、カノンをリゼットと勘違いしているのか………?
リゼットはカノンやカレンさんの先祖だ。絵画に描かれているリゼットの姿は2人にそっくりで、もし2人が当時の鎧を身に纏ったならば、彼女の家臣たちは2人をリゼットと見間違えてしまう事だろう。
だが、リゼットとカノンの髪の色は違う。リゼットはカレンさんと同じく金髪なんだが、カノンはギュンターさんの母親から遺伝したらしく、髪の色は橙色になっている。いくら顔つきが自分の主君に似ているとはいえ、勘違いしてしまうだろうか?
先ほどまで唸り声を上げながら俺たちに襲い掛かろうとしていた騎士は、片手をブロードソードから離すと、彼女と一緒にいる俺たちに武器を向けられているというのに、まるで武器を向けられていることに気付いていないかのように俺の隣を通過すると、銃口を下げてあたふたするカノンの目の前で跪いた。
『リゼット様………。良かった、蘇ってくださったのですね………!』
「あ、あの………」
ウィルヘルムはリゼットの棺を裏切者たちから守るために、この地下墓地の入口で裏切者たちと戦って戦死している。彼女が風の精霊から授けられたという曲刀の力を彼らに渡せば九分九厘裏切者たちは悪用するだろう。それに、リゼットはウィルヘルムにとって命の恩人であったという説もある。
だから彼は、不利だというのに裏切者たちとたった1人で戦い、仲間たちが地下墓地の中にリゼットを埋葬するまで時間を稼いだんだ。リゼットはただの主君ではなく、命の恩人でもある。だから彼は裏切者たちに彼女の曲刀を渡さないように、たった1人で裏切者たちと戦ったんだ。
おそらく、カレンさんの仮説は的中している。この男はリゼットの忠臣のウィルヘルムだろう。1000年前に戦死したというのに、未だに戦死した古戦場をさまよっているに違いない。
『待っておりました、リゼット様。もうこの世に裏切者共はおりませぬ。リゼット様、再び我らをお導き下さい…………!』
「あ、あなたは………ウィルヘルム………?」
恐る恐る問い掛けるカノン。どうやら彼女の予想は当たっていたらしく、返り血まみれの甲冑に身を包んだハーフエルフの騎士は、まるで母親に褒められた子供のように嬉しそうに微笑みながら顔をあげた。
『覚えていて下さったのですね!? そうです、ウィルヘルムです!』
「やっぱり………」
この男は、あのウィルヘルムだ。
まるで盗賊団のリーダーのような雰囲気の騎士は、目の前にいる少女がリゼットではなく、彼女の子孫であることに気付かないまま喜び続けた。
「………ねえ」
「ん?」
カノンを自分の主君だと思い込んで大喜びするウィルヘルムを見下ろしていると、近くでPDW(パーソナル・ディフェンス・ウェポン)を構えていたナタリアが囁いた。彼女が持つマグプルPDRの弾薬は、5.56mm弾から俺たちと同じく6.8mm弾に変更してある。ウィルヘルムが身に着けている防具の防御力は不明だが、6.8mm弾の貫通力ならば貫通させることは出来る筈だ。
だが、さすがに大昔の英雄を背後から撃ち抜くわけにはいかないのだろう。正々堂々と戦う事のない俺も、今の彼を撃つ気にはなれなかった。
「どうしてリゼットじゃないって気付かないのかしら?」
「分からん」
勘違いしているとはいえ、カノンはリゼットの子孫である。本人ではないとしても主君の子孫に再会している彼を撃ちたくないという情けのような気持ちもあるけど、いささか楽観的だが、合理的な理由も持ち合わせている。
ウィルヘルムはこの地下墓地に足を踏み入れた冒険者たちを無差別に攻撃していた。おそらく俺たちが説得しても、問答無用で攻撃を続ける事だろう。だが、リゼットだと勘違いしているとはいえ、侵入者である俺たちを無視してカノンに跪いているのだ。もしかすると、カノンが説得すれば戦わずに成仏してくれるかもしれない。
カノンがリゼットではないという事がバレてしまっても、彼女の子孫だという事を理解してくれれば話を聞いてくれる筈だ。
もし彼女の話を聞いてくれなければ――――――武力行使しかない。
『さあ、リゼット様。エイナ・ドルレアンへ戻りましょう。やはりあの街を統治するのはあなた様が最も相応しい! このウィルヘルムも、あなたのために――――――』
「――――――いえ、ウィルヘルム。もう良いのです」
『え………?』
どうやらカノンは、自分がリゼットではないという事を明かすつもりらしい。さすがに自分の祖先のために戦い、裏切者たちとの戦いで散ったハーフエルフの英雄を騙すような真似はしたくないのだろう。
彼女がリゼットではないという事を知ったウィルヘルムは、失望するだろうか。
『……り、リゼット……様…………?』
「―――――――わたくしは、リゼットではありません。彼女の子孫のカノン・セラス・レ・ドルレアンですわ」
先ほどまで大喜びしていたウィルヘルムが、目を丸くしながらカノンを見上げた。
認めたくないんだろう。目の前に立つ少女が、自分の主君ではなかったという事を。1000年間もずっとこの地下墓地をさまよい続けてやっと彼女と出会えたと思っていたというのに、その少女は主君ではなく、主君の子孫だったのだから。
大昔からずっと主君と再会したいと望んでいた亡霊に、少しの間だけとはいえカノンをリゼットだと思い込ませてしまったのは、かなり残酷な事だったかもしれない。
彼の痛々しい呆然とする顔を直視しながら、カノンはカノンは言った。
「彼女は今、あの棺の中で眠っているではありませんか。………もう、あの時代から1000年も経っています。相変わらず戦いは続いていますが、あなたはハーフエルフの英雄として語り継がれているのです。もう、十分に剣を振るったでしょう? 十分に敵を屠ったでしょう? 甲冑が血まみれになるまで戦い続けたのならば、もう良いのです。………ウィルヘルム、あなたの戦いは大昔に終わっています。ですから、もう休んで良いのです」
『リゼット様、何をおっしゃるのです………? あなたは間違いなくリゼット様だ。ドルレアン領を統治し、風の精霊から曲刀を授けられた英雄の――――――』
「――――――話を聞きなさい、ウィルヘルム」
首を横に振りながら言ったカノンは、一瞬だけ唇を噛み締めた。
長い間ずっとこの地下墓地をさまよい続け、やっと主君と再会できたと大喜びしている英雄の魂を突き放さなければならないのだ。リゼットはもうこの世にはいない。だから彼は、彼女の元へと還らなければならない。それを告げなければならないカノンも、辛い思いをしているに違いない。
「―――――――もう、あなたはリゼットの待つあの世へと還りなさい。あなたが守るべき主君は、もうこの世にはいないのです」
頼む、成仏してくれ。
銃口をウィルヘルムの背中に向けながら、俺はそう祈った。あんたの戦いはもう終わっている。だから成仏して、あの世にいる主君を守ってやれ。
きっとリゼットも、あんたの事を待ってる筈だ。
彼が素直に成仏してくれることを祈りながら銃を向けていると、カノンを見上げていたウィルヘルムが俯いた。もう目の前の少女がリゼットではないという事を理解したのか、彼女をリゼットだと決めつけるような言葉は発しない。黙って命令を聞く家臣のように跪き、緑色に照らされる床を見つめている。
やがて、彼の背中が小刻みに震え始めた。鎧が揺れる小さな金属音の中から、やがてウィルヘルムの小さな笑い声が聞こえてくる。
『フッフッフッフッフッフッフッ…………………』
「………」
幼少期から戦闘訓練を受けていた俺とラウラとカノンは、ウィルヘルムが家臣のような敬意をかき消し、敵意を纏い始めたことに瞬時に気付いた。広間を照らすエメラルドのような美しい輝きが、彼の放つ敵意に汚染され、禍々しい色に染まったように見える。
銃を構えながら後ずさりすると、ウィルヘルムは静かに立ち上がった。右手で腰の鞘の中に納まっているブロードソードを引き抜き、くるくると回してから切っ先を床へと叩き付ける。
リゼットではなく子孫だという事を明かさずに説得した方が良かっただろうかと考えてしまったが、彼はもう剣を抜いている。後悔している場合ではないのは明らかだ。
『リゼット様では………ないのか………』
「ウィルヘルム、わたくしは――――――――」
「カノン、武器を構えろッ!!」
もう説得できない。こいつを成仏させるのならば、戦わなければならない。
カノンはまた唇を噛み締めると、右手に持っていたMP7A1の銃口をウィルヘルムへと向けた。彼の戦いを終わらせるには、俺たちが彼を倒さなければならない。
俺たちがこいつをリゼットの所に連れて行ってやろう。
『貴様らも、リゼット様の曲刀が目的か………! 裏切者め! あのお方の曲刀は渡さんッ!!』
リゼットの曲刀は、既にカレンさんとギュンターさんが21年前に回収している。あの棺の中にあるのはリゼットの遺体だけだ。
もしかしたら、ウィルヘルムは未だに曲刀があの中にあると思い込み、戦いを続けようとしているのかもしれない。だが、俺たちを裏切者と呼んだという事は、今度は俺たちの事をリゼットを裏切った家臣たちだと勘違いしているのか………?
支離滅裂だ。この亡霊は混乱しているんだろうか。
彼を説得できないと理解した瞬間、俺はすぐにトリガーを引いてしまえるような気がした。目の前の英雄を撃つことなど出来ないという躊躇いが完全に消滅し、彼の敵意を俺の敵意が押し返そうとする。
敵意を向けられたのならば、こちらも敵意を向けて殺す。幼少の頃からそんな訓練を受けていたではないか。あの頃から教え込まれていたせいで、俺の身体は勝手に安全装置(セーフティ)を解除していた。
スコープの向こうで剣の切っ先をカノンへと向けようとしているウィルヘルムの後頭部へと照準を合わせ、トリガーを引く。いきなり至近距離から轟いた宣戦布告と俺の敵意にウィルヘルムは反応できず、カノンにブロードソードを向けるよりも先に彼の後頭部に6.8mm弾が襲いかかる。
銀髪で覆われた後頭部に、いきなり赤黒く彩られた風穴が出現した。ウィルヘルムはまるで後頭部を突き飛ばされたかのように首を大きく前方へと振ると、カノンへと向ける途中だったブロードソードを手から離し、血涙と鼻血を流しながらうつ伏せに崩れ落ちた。
銃声の残響が響き渡る広間の中に、鎧を身に着けた大男が崩れ落ちる金属音と、ブロードソードが落下する音が響き渡る。
「お、お兄様………」
「…………」
ゆっくりと銃口を下げながらカノンを見つめ、首を横へと振る。
躊躇っている場合ではなかった。ウィルヘルムは俺たちを敵だと思い込み、剣を抜いたのだ。説得できなくなった以上、彼と戦うしかない。だから俺は銃を向け、躊躇わずにトリガーを引いた。
英雄への敬意が全く無いわけではない。だが、カノンが受けた試練は彼を撃破する事だ。躊躇って斬り殺されたのならば当主になることなど出来ない。
「…………許してくれ、ウィルヘルム」
うつ伏せに倒れながら鮮血を流すウィルヘルムに向かって、俺は呟いた。
これで成仏してくれただろうか。見ず知らずの冒険者に背後から撃たれるのは、大昔の英雄にとっては屈辱的な死に方かもしれない。でも、あんたの戦いは大昔に終わっている。あんたは主君の棺を裏切者たちから守り抜いたんだ。立派な最期だったじゃないか。
だから、もう成仏してくれ。G36Kを腰の後ろに下げ、そう祈りながら踵を返そうとしたその時だった。
緑色の光で照らされた床に崩れ落ちていたウィルヘルムの巨躯が、ぴくりと動いたのだ。
「…………ッ!」
痙攣したわけではない。まるで目を覚まし、ベッドから起き上がろうとしているかのように身体がぴくりと動いたのである。
ぎょっとしながら反射的にレ・マット・リボルバーを腰のホルスターから引き抜きながら振り返ると、ウィルヘルムは既にゆっくりと起き上がっていた。右手を伸ばして床の上のブロードソードを拾い上げ、頬を汚していた血涙を返り血まみれのガントレットで拭い去った大昔の英雄は、唸り声を上げながら先ほどの不意打ちを叩き込んだ俺を睨みつけてくる。
『私は――――――もう死なぬ』
「………ッ!」
その直後、目の前の大男が赤黒い残像に変貌した。
俺は慌てて後ろへとジャンプしつつ、左手を腰に伸ばして鞘の中から大型ソードブレイカーを引き抜く。咄嗟に攻撃用のナイフではなく防御用の得物を引き抜いたのは、ウィルヘルムの剣戟が襲い掛かって来ると予測したからだった。
大きなセレーションのついたソードブレイカーを構えた瞬間、血生臭い突風が襲来したかと思うと、いきなり手元から猛烈な金属音が轟き、まるで腕の中にある骨をハンマーで殴打されているかのような衝撃が左腕を爆走する。
今の攻撃を常人が受け止めていたら、ソードブレイカーもろとも左腕が剣戟の衝撃だけでズタズタにされていたかもしれない。人間よりも頑丈なキメラとして生まれて良かったと思いながら、目の前に出現した血まみれの騎士を睨みつけた。
『殺す………ッ! 我が主君を貶めようとする愚か者は、このウィルヘルムが絶滅させるッ!!』
「く………ッ!」
右手のレ・マット・リボルバーを至近距離でウィルヘルムの腹に突き付け、トリガーを引く。近代化改修によってカスタマイズされたリボルバーから飛び出した.44マグナム弾は容易くウィルヘルムの鎧を貫通すると、彼の腹にも風穴を開けてしまう。
腹をマグナム弾で撃ち抜かれた直後のウィルヘルムを蹴り飛ばしつつ、撃鉄(ハンマー)を元の位置に戻す。
ウィルヘルムの剣戟は、訓練の時に受け止めた母さんの剣戟と同等の重さだった。この男に接近戦を挑むのは危険かもしれない。
「タクヤ、大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だ。―――――俺とラウラが前衛をやる。ナタリアは無反動砲を何とか叩き込んでくれ」
「わ、分かったわ!」
おそらく、カールグスタフM3の対戦車榴弾を叩き込んだとしてもあの亡霊は再生してしまう事だろう。
「ステラ、あいつの弱点は分かるか?」
「何とか調べてみます。ですが、ステラは無防備になってしまいます」
「構わん、俺らが死守する。………カノン、戦えるか?」
俺とラウラとナタリアの3人でウィルヘルムを食い止めている間に、ステラがあの亡霊の弱点を分析する。もし今の装備で撃破するのが不可能ならば、一旦このダンジョンから脱出するか、通路まで戻って魔物を撃破してレベルを上げ、ポイントを入手してから装備を整えなければならない。
もし撃破できるのならばこのまま戦いを続けるつもりだが―――――カノンは戦えるのだろうか。
彼女は俺たちと比べると実戦を経験した回数は少ない。大昔の亡霊に殺意を突き付けられたのは、きっとこのウィルヘルムとの戦いが初めてだろう。
戦えないのならば、あの扉の向こうまで逃がすべきだろうか。もし彼女が戦えなかった場合の作戦を考えながら焦っていると、唇を噛み締めていたカノンはMP7A1を腰に下げ、背中に背負っていたマークスマンライフルを構えた。
「―――――――お兄様、これはわたくしの試練ですわ」
「――――――そうだな」
どうやら戦えるらしい。
彼女に向かってにやりと笑った俺は、傍らでトマホークを取り出していたラウラに向かって頷くと、2人で同時にウィルヘルムへと向かって走り出した。