異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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地下墓地の最深部に向かうとこうなる

 

「はぁっ、はぁっ…………!」

 

 息が切れるまで全力疾走したのは久しぶりだ。ラウラと一緒に息切れするまで屋根の上を駆け回って鬼ごっこをしていた頃を思い出しながら呼吸を整え始めつつ、俺は後ろを振り返る。

 

 スライムは強酸性の粘液で出来た恐ろしい魔物だが、スピードは非常に遅い。だが、動きが遅い魔物とはいえ液体状である上に触れられればすぐに身体を溶かされてしまうため、取り囲まれたり退路を断たれる前に脱出しなければならなかった。動きが遅いからと油断してスライムの餌食になった冒険者は何人もいるのである。

 

 だが、ステラが踏みつけた床から姿を現したスライムたちはもう俺たちに追いつけないと判断したのか、背後から追いかけてくる気配はなかった。念のためアサルトライフルのライトで照らしながら床を確認してみるが、湿っている場所はないし、スライムがまた出てくる気配はない。

 

「に、逃げ切れましたわね………!」

 

「ああ………」

 

 呼吸を整えながら蜘蛛の巣だらけの天井を見上げた俺は、呼吸を整えながら懐中時計で時刻を確認し、通路の奥をライトで照らした。

 

 俺たちが到着したこの通路は、さっきスライムに襲われた通路の奥にあった階段を駆け下りた先に広がっている通路である。それほど長い通路ではないようだが、奥の方には重そうな2つの扉が用意されているようだった。その扉の間にある壁にはリゼットらしき女性が描かれた壁画がある。

 

 基本的に一本道だったんだが、どうやら分かれ道になっているようだ。どちらかがトラップである可能性もある。

 

 いきなりライトで照らされて逃げ回る蜘蛛やムカデを見て顔をしかめながら、俺は仲間たちと共にその扉の近くまで向かった。

 

 扉はどちらも全く同じデザインだった。もしかしたらどちらも普通の扉で、この先にリゼットの棺が置かれているという最深部があるんじゃないかと思ったが、ここは彼女の家臣たちが裏切者たちの侵入を阻むために無数のトラップを仕掛けたという危険なダンジョンだ。易々と侵入者を最深部に向かわせるような仕掛けがあるわけがない。

 

「どっちかがトラップって事なのか………?」

 

 どちらかを開ければトラップが発動する仕組みにでもなっているのだろうか? 

 扉や壁に描かれている壁画にヒントはないだろうかと思って壁を凝視してみたが、描かれているのは2本の曲刀を手にするリゼットの壁画のみで、ヒントらしきものはなにも描かれていない。

 

 どちらを開ければいいのだろうか? 迂闊に開けてトラップを作動させてしまい、仲間たちを危険にさらすわけにはいかない。しかもこのダンジョンにやって来たのはいつものようなダンジョンの調査ではなく、カノンの試練のためである。この試練を達成して生還し、カレンさんから当主の座を受け継ぐべき彼女を守り抜かなければならない。

 

 その緊張が俺の手に絡みつき、先ほどから扉を開けようとする俺の手を阻み続けていた。

 

「………タクヤ」

 

「ん?」

 

 考えている最中にまたしてもぐいぐいと俺のコートの袖を引っ張ってくるステラ。もしかして、もうお腹が空いたのだろうか? 確かにそろそろお昼だから彼女にも魔力(ご飯)をあげなければならない。

 

 ついでに昼食でも摂りながらどちらの扉が正解なのか考えてみようと思いながらサキュバスの幼い少女を見下ろすと、彼女はちらちらと後ろを見て顔をしかめながら、後方を指差していた。

 

「………また来ました」

 

「えっ?」

 

 また来た………?

 

 先ほど彼女がスライムを踏みつけた時に、気持ち悪そうに顔をしかめていたのを思い出した俺は、ぎょっとしながら後ろを振り返る。

 

 先ほど歩いてきた時は黴臭い通路の中に苔の生えた石畳が広がっているだけだったが、その石畳の一部から赤紫色の粘液が滲み出していることに気付いた俺は、ぎょっとしながら大慌てで扉の方を振り向いた。

 

 どうやらこの通路に潜んでいたスライムたちが、俺たちがやって来たことに気付いたらしい。奴らの動きは遅いが、もしさっきの通路のようにスライムの大軍が出現してくれば、ここは先ほどの場所よりも短い通路だから容易く追い詰められてしまう。

 

 ラウラの氷と俺の炎があれば撃退する事ができるかもしれないが、魔力を大量に使う羽目になるし、背後からスライムに襲い掛かられてそのまま取り込まれてしまう危険性もある。それに目的は最深部まで向かう事だから、ここでスライムと戦う必要はない。

 

 リスクの高い戦いを避けるために、俺はすぐ逃げることを選択した。

 

 どちらかの扉がトラップである可能性があるが、背後からスライムが出現し始めているのだ。一刻も早くこの扉の向こうに逃げ込まなければならない。

 

 背後の石畳から溢れ出した恐怖に警戒心をかき消された俺は、躊躇することなくまず右側の扉を両手で掴み、少しずつ開け始めた。石畳と扉のこすれ合うドラゴンの唸り声のような重々しい音が、通路に響き渡っていく。

 

 大慌てでアサルトライフルを取り出し、ライトのスイッチで扉の向こうを照らし出しながら足を踏み入れる。だが、扉の向こうにあった通路を照らし出す筈だったライトの蒼白い輝きは、暗闇の中に鎮座していたゼリーのような何かに反射され、赤紫色に変色した光で通路を照らし出した。

 

 G36Kのライトで照らされていたのは――――――赤紫色の粘液の塊だった。

 

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

 通路の高さは7mくらいだろう。その通路を塞いでしまうほど巨大な粘液の塊が、地下墓地の通路にぎっしりと詰まっていたのである。

 

 獲物が扉を開けてくれたことに気付いた粘液の表面がうねり始めたが、俺はスライムがそこから粘液の触手を伸ばしてくるよりも先に後ろの通路へと戻り、全力で扉を閉めてから反対側の扉を掴んだ。

 

「ふにゃっ!? ど、どうしたの!?」

 

「あっちの通路にもスライムがいた!」

 

 あんな通路を通れるわけがない。あれはドルレアン家の家臣たちが遺したトラップなのだろうか? それとも、偶然スライムが居座っていただけなのだろうか?

 

 扉を開けながらちらりと後ろを見てみると、既に通路の後方ではスライムが何体も出現し始めていた。ラウラとカノンがSMGとPDWのセミオート射撃で牽制しているけど、弾丸は粘液にめり込むだけだ。やはりスライムに銃弾は通用しないようである。

 

 両腕に力を込めながら扉を開き、こっちにもスライムがぎっしり詰まっていませんようにと祈りながらアサルトライフルのライトで照らし出す。

 

 もしこっちにもスライムが詰まっていたのならば炎で焼き尽くしてやるつもりだったんだが、ライトが照らし出したのは苔まみれの石畳と崩れかけの壁面だけだった。瞬時にトラップが仕掛けられていないことを確認した俺は、後方でスライムを牽制している仲間たちに「早く来いッ!」と叫ぶと、左手でG36Kに装着されているグレネードランチャーのグリップを握り、こっちを追いかけてくるスライムの群れに向かって40mmグレネード弾をお見舞いした。

 

 薄暗い通路の中で一瞬だけ橙色の光が膨れ上がり、炸裂した砲弾の爆風が粘液の集合体を木端微塵に吹き飛ばす。石畳の破片と共に飛び散ったスライムの飛沫が再生する前に仲間たちを扉の中へと招き入れた俺は、コートの内側にある手榴弾を1つ取り出し、安全ピンを引き抜いてから再生しているスライムたちへと向けて投げつけた。

 

 爆風で粉々にされても奴らは再生してしまう事だろう。だが、吹き飛ばされれば奴らはその度に再生しなければならない。再生している間は追いかけてくることは出来ない筈だ。

 

 赤紫色の飛沫が再生を始めているのを確認した俺は、隣でハンドガンを発砲しながら牽制の手助けをしてくれていたステラの手を引くと、扉を閉めてから息を吐いた。

 

「ふう………。すごい数のスライムだなぁ………」

 

「ステラは、あのぬるぬるした魔物が嫌いです」

 

「え? そういえば、さっき踏んじゃったんだよな………」

 

「はい。とっても気持ち悪かったです」

 

 踏みつけた時の感触を思い出したのか、いつも無表情のステラはぷるぷると震えながら顔をしかめ、ちらりと自分の靴を見下ろした。

 

 靴にスライムの粘液がついていないことを確認したステラは顔をしかめるのを止めると、「行きましょう」と言ってから仲間たちの所へと戻っていく。

 

 ステラはスライムが嫌いなんだな………。

 

 彼女の苦手な魔物を知った俺は、手招きしているラウラに向かって肩をすくめた。

 

 

 

 

 

 

 

 扉の先にあった通路は、長い螺旋階段になっているようだった。最下層までの深さはおそらく200m以上だろう。円柱状の空間の縁に用意された螺旋階段に手すりは用意されていないため、転落しないように壁に寄りながらゆっくりと下層へ下りていく。

 

 こんなところで魔物に襲撃されたら、魔物の攻撃で命を落とすよりも先に転落してしまう事だろう。幸いなことにトラップは先にここを訪れた冒険者が破壊していたのか、俺たちに牙を剥く事はなかった。

 

「ほら、カノン」

 

「も、申し訳ありませんわ………」

 

 腰に下げていた水筒を後ろにいるカノンに手渡し、彼女に水分補給をさせる。オルエーニュ渓谷へと足を踏み入れてからもう3時間以上も経過しているが、魔物の襲撃とトラップへの警戒心のせいでなかなか休憩できていない。音をあげるメンバーはまだ1人もいないが、疲労は弾っている筈だ。

 

 先ほどのように壁からいきなりスライムが出現しないか警戒しながら、螺旋階段を下りていく。

 

 この地下墓地は先ほどの2つの扉を除けばほとんど一本道だった。だから迷う事はなかったんだが、危険な魔物やトラップに警戒しながら進まなければならなかったため、集中力はどんどん削られていった。

 

 他の冒険者もこのように集中力を削られ、トラップや魔物の餌食にされてしまったんだろう。長い通路を延々と警戒しながら進み続ければ集中力は削り取られていく。そして集中力がなくなればトラップを見落としたり、魔物の餌食になるわけだ。迷宮のように複雑な通路を用意するよりも凶悪でたちが悪い。

 

 長い螺旋階段にトラップが仕掛けられていなかったことに安心しながら最下層へと到着した俺たちは、目の前に鎮座する巨大な扉を見上げた。

 

 円柱状の空間の最下層にあるその扉は、間違いなく10m以上の大きさがある。1人の英雄を埋葬するにしては過剰過ぎる大きさだ。少しだけ開いているその扉の表面には古代文字の羅列がずらりと並び、その下には鎧を身に着けた男女の壁画が描かれている。

 

 その2人の壁画の下に刻まれていたのは――――――ドルレアン家の家紋だった。

 

「ここが最深部のようですわね」

 

「あれも古代文字よね……? ステラちゃん、読める?」

 

「はい。………『偉大なる風の戦士はここに眠る。彼女の誇りを穢す咎人は立ち去れ』と書かれています」

 

「ふにゅ………」

 

 侵入者への最後通告なのだろうか。

 

 扉に刻まれている古代文字の羅列を見上げながら、俺はアサルトライフルのグリップをぎゅっと握った。

 

 ここを訪れた理由は、リゼットの忠臣であるウィルヘルムの魂と思われる新種の魔物を討伐し、冒険者たちの安全を確保する事だ。まだその新種の魔物がウィルヘルムなのかは分からないが、もしかするとカレンさんの仮説は正しいのかもしれない。

 

「――――――扉の向こうに何かいるよ」

 

「………!」

 

 エコーロケーションで少しだけ開いている扉の向こうを索敵していたラウラが、この向こうに敵がいるという事を告げた。

 

 この扉の向こうに行けば、ボスとの戦いが始まるという事だ。

 

「――――――カノン」

 

 仲間たちが武器の点検を始めたり、深呼吸する中で、俺はMP7A1のマガジンをチェックしていたカノンの名前を呼んだ。彼女は新しいマガジンに交換し、コッキングレバーを引いてから、息を呑んで俺の顔を見つめる。

 

「――――――いいな。ウィルヘルムを殺しに来たんじゃない。………開放しに来たんだ」

 

「分かっていますわ、お兄様」

 

 主君を裏切った家臣たちとの戦いで命を落としたウィルヘルムがこの扉の奥で待っているというのならば、彼と戦い、大昔から剣を振るい続けている彼を解放してやらなければならない。

 

 もう既に、ウィルヘルムという英雄の戦いは終わっているのだから。

 

 カノンに向かって頷いてから、俺はG36Kを構えた。素早くドアの近くへと移動し、ナタリアとラウラに合図を送る。

 

「ステラ、攻撃は俺とナタリアとラウラの3人で行う。ステラは回復とカノンのサポートを頼むぞ」

 

「了解です」

 

「よし、行くぞ」

 

 仲間たちが武器を構えたのを確認し、俺はG36Kを構えながら扉の向こうへと飛び込んだ。

 

 扉の向こうに広がっていたのは、地下に用意された円形の広間だった。地下墓地の中というよりは闘技場を思わせる広間だが、壁面にあるのは観客席ではなく、エメラルドのような美しい緑色の結晶の群れだった。その結晶達がまるで街灯やランタンのように緑色の光を発しているため、広間の中は緑色の光で包まれている。

 

 ライトで照らす必要はないだろう。アサルトライフルのライトのスイッチを切った俺は、後ろから突入してきた仲間たちと共に広間の中を見渡す。

 

 広間の床は石畳で作られているようだけど、広間の中心部には緑色の模様が浮かんでいて、そこから広間の奥へと向かって3本の緑色の線が伸びていた。

 

 その3本の線の終着点に鎮座するのは―――――――緑色の炎が灯った3つのロウソクに囲まれた1つの棺と、その傍らに跪く人影だった。

 

「あれが………リゼット様の棺………!」

 

 間違いない。あの棺の中に埋葬されている人物は、カノンやカレンさんの祖先であるリゼット・テュール・ド・レ・ドルレアンだろう。風の精霊から2本の曲刀を与えられ、その力を欲した家臣たちの裏切りで命を落とした初代ドルレアン家の当主が、あの棺の中に眠っているのだ。

 

 大昔の英雄の棺を目にした俺は息を呑んでから、銃口を棺の傍らにいる人影へと向けた。

 

 その人影の格好は、普通の冒険者と比べると異様だった。古めかしい漆黒の甲冑は返り血らしきもので赤黒く汚れていて、背中には所々赤黒く染まった漆黒のマントがある。腰には大きなバスケットヒルトのついたブロードソードを下げている。特徴的な大型のバスケットヒルトは漆黒に塗装されていて、表面には鮮血のような紅い装飾がついている。

 

 棺の傍らに跪いていたその禍々しい騎士は、広間に俺たちが入って来たことに気付いたらしく、ゆっくりと立ち上がりながら武器を向ける俺たちを睨みつけてきた。

 

 まるで数多の敵兵を薙ぎ倒し、戦いを終えたような雰囲気の騎士だった。種族はハーフエルフなのか、短い銀髪の左右からは浅黒く長い耳が突き出ている。

 

 確か、ウィルヘルムの種族はハーフエルフだった筈だ。まさかこいつは、本当にウィルヘルムなのか………?

 

 唸り声を上げながら、禍々しい返り血まみれの騎士は剣の柄を掴みながらこっちへと向かって来る。もう発砲するべきだろうかと思いながらスコープで彼の顔に照準を合わせた瞬間、俺は我が目を疑う羽目になった。

 

「え………?」

 

「そんな………」

 

 スコープの向こうに見えたのは、見覚えのある強面の男性の顔だったのだ。顔中に無数の傷が残っているせいなのか、騎士というよりは盗賊団のリーダーのような雰囲気の大男。おそらく彼の姿を目にして最も驚愕しているのは、この試練を受けることになったカノンだろう。

 

「――――――お、お父様………!?」

 

 俺たちの目の前に現れた血まみれの騎士は――――――カノンの父親であるギュンターさんにそっくりだったのだから。

 

 


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