異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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本部VS倭国支部 前編

 

 本部と倭国支部の兵士たちの模擬戦が繰り広げられるのは、屋外に作られた訓練場である。市街地戦を想定した訓練所になっており、広大な訓練場の中にはまるで先進国の大都会の一角をそのまま廃墟にしてしまったかのような、少々贅沢な訓練場が広がっている。

 

 窓ガラスが割れ、建物の壁を構成するレンガが剥がれ落ちた労働者向けのアパート。店主や商品がなくなって薄汚れた露店や、埃だらけの商品がずらりと並ぶ鍛冶屋らしき建物。本当の大都市ならば買い物客たちが占領している筈の大通りは荒れ果てていて、一部の建物は倒壊してその大通りを遮っている。

 

 建物が乱立するせいで、敵と銃撃戦を繰り広げることになる距離は必然的に短くなるだろう。しかし、場所によっては遠距離から敵を狙撃できるポイントもあるため、近距離向けの銃ばかり装備していけば大丈夫というわけではない。

 

 だからこういう場所では、室内戦の場合よりもアサルトライフルが重宝する。

 

 模擬戦に参加する兵士の大半は、アサルトライフルを装備している。けれども全員アサルトライフルで武装しているというわけではなく、中にはマークスマンライフルやスナイパーライフルを装備している兵士もいるし、バイポッド付きのLMGを装備している分隊支援兵も見受けられる。

 

 訓練場の近くに用意された見張り台の上に上った俺たちは、用意されていた席に腰を下ろした。見張り台と言っても敵の攻撃を警戒するための見張り台ではなく、あの訓練場で模擬戦を行う兵士たちを見張る教官用の見張り台だ。

 

 普通の見張り台よりも広くなっていて、座席の周囲にはモニターがいくつか設置されている。映し出されているのは訓練場の中に設置されたカメラの映像で、廃墟の真っ只中を走って配置につく兵士たちの姿が映っている。ヘルメットは昔のドイツ軍が採用していたシュタールヘルムにそっくりだから、あれは本部の兵士だろうか。

 

 同じく昔のドイツが採用していたピッケルハウベを被った分隊長を先頭に、遮蔽物に隠れながら移動していく兵士たち。中には廃墟の中へと入り、身を乗り出せそうな穴からバイポッドを展開したLMGの銃身を突き出して待ち伏せの準備をしている分隊もある。

 

 この模擬戦は20人対20人。どちらも1つの分隊は4人の兵士で構成されているので、合計で5つの分隊となるわけだ。

 

「さすが本部だ、動きが速い」

 

 本部の兵士たちが映っているモニターを見つめていた柊は、予想以上に本部の兵士たちの動きが速いことに驚いているようだった。

 

 一緒に戦ってきた戦友たちが評価されているのは喜ばしい事なのだが―――――――俺も驚いていることがある。

 

 ―――――――倭国支部の兵士たちの、対応力の速さだ。

 

 一番右端にある小型のモニターには、単独で行動している偵察兵らしき兵士が映っている。マークスマンライフルを背負いながら双眼鏡を覗き込んでいる兵士は、どうやら接近しつつある本部の兵士の動きを後方の味方に報告しているらしい。

 

 そして別のモニターには、その偵察兵からの報告を聞きつつ待ち伏せの準備をしている分隊の兵士たちの姿が映っていた。

 

 どうやら倭国支部の兵士たちは、本部の兵士の進撃速度が予想以上に速かったことを知って先制攻撃を諦め、防衛戦を始めるつもりらしい。すでに彼らが陣取る廃墟の窓や壁に開いた穴からは、バイポッドを展開した『ミニミ軽機関銃』や、同じくバイポッドを展開した89式小銃を構え、分隊長の命令を待つ兵士たちが見えている。

 

 ミニミ軽機関銃はベルギーで開発されたLMGである。使用する弾薬は、M4やG36Cなどの西側のアサルトライフルで使用されている小口径の5.56mm弾となっており、西側の様々な国で正式採用されている非常に優秀な銃である。

 

 通常は5.56mm弾が連なるベルトを使用するんだが、場合によってはM16やM4のマガジンを使う事も可能なのだ。弾数は一気に減ってしまうものの、彼らにアサルトライフルのマガジンを渡せば弾幕を張ってくれるというわけである。

 

 なるほど、そのまま進撃しても先制攻撃が成功する可能性は低いから、防衛戦で敵の戦力を削る作戦に変更したというわけか…………。

 

 倭国支部もスオミ支部のように防衛戦が専門なんだろうかと思った俺は、倭国支部を構成する兵士たちの事を思い出してはっとする。

 

 倭国支部の兵士の大半は、あのボシン戦争の敗残兵だ。

 

 オルトバルカ王国から最新の装備を購入していた新政府軍の猛攻によって、旧幕府軍はどんどん退却していく羽目になった。劣勢という事は戦闘の大半は敵を迎え撃つ防衛戦になるという事なのだから、旧幕府軍として戦ったサムライたちは何度も防衛戦を経験しているのだ。

 

 結果的に新政府軍に敗北してしまったものの、彼らはボシン戦争で経験した防衛戦の教訓を生かしているのである。

 

 モニターを見つめていると、隣に座っていたラウラに肩をトントンと叩かれた。

 

「ん?」

 

「あのままじゃ拙いんじゃない? 反撃されるわよ?」

 

 あ、大人びてる方のお姉ちゃんだ。

 

 確かにあのまま前進を続ければ、廃墟の中で待ち伏せの準備をしている倭国支部の兵士たちに反撃されることになるだろう。隠れていた敵から何の前触れもなく奇襲されれば損害を被ることになるだろうし、仮に犠牲者が出なくても混乱することになる。

 

 だが、前進している分隊の兵士たちは待ち伏せされている可能性があることに気付いたのか、段々と進撃速度を落として慎重に動き始めた。敵部隊と接触する予定の地点を過ぎても遭遇しなかったから、敵が待ち伏せしていると考えたのだろう。

 

 残念ながら俺たちは無線で指示を出すことはできない。黙ってモニターを見つめ、兵士たちの模擬戦を見守る事しかできないのだ。

 

 訓練や実戦での経験が生かされることを祈るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第二分隊、配置につきました』

 

『第三分隊、準備よし。安全装置解除』

 

『こちら偵察隊。敵部隊は地点”ハ”を通過。人数は4名。地点”イ”からも4名接近中。警戒せよ』

 

「了解。…………各員、射撃用意」

 

 無線機に向かって指示を出しつつ、双眼鏡を覗き込む。

 

 足の速い兵士たちだけで編成された偵察部隊を先行させて偵察させ、敵の動きを確認しつつ奇襲していく予定だったんだが、敵の進撃する速度が予想以上に速かったため、先制攻撃は諦める羽目になってしまった。

 

 さすが本部の兵士たちだ。何度も実戦を経験しているから動きが速い。

 

 こちらの兵士が陣取っているのは3ヵ所の廃墟だ。本部の兵士が通過してくる可能性の高い大通りに集中砲火をぶちかませる位置なので、敵の姿が見えたら即座に蜂の巣にすることができるだろう。しかし、相手は現代兵器で武装した吸血鬼との戦闘や転生者との死闘を経験している本部の兵士である。こちらの攻撃部隊と襲撃しなかったから、我々が待ち伏せに戦術を切り替えたことは察している筈だ。

 

 そう簡単に目の前にやってきてくれる可能性は低い。

 

 汗を拭い去り、双眼鏡の向こうを睨みつける。

 

 気温が高いせいで、廃墟の中は予想しているよりも蒸し暑い。壁に穴は開いているし窓ガラスも割れているので風通しは良いように見えるんだが、周囲に高い建物が多いので、思ったよりも風は来ないのだ。

 

 流れ落ちた汗が足元のレンガを濡らし、奇妙な斑模様を描く。

 

 本部の兵士はどこだ…………?

 

『…………こちら第四分隊、敵部隊を捕捉』

 

 その報告を聞いた瞬間、反射的に第四分隊が陣取る廃墟から見える大通りの方へと双眼鏡を向けた。第四分隊が隠れているのは3階建ての建物で、そこのすぐ目の前には大通りが広がっている。

 

 荒れ果てた大通りと無人の露店が連なる大通りの向こうに、黒服の兵士たちが見えた。

 

 ―――――――地点”ハ”から接近してきた本部の兵士たちだ。

 

 向こうも4人で1つの分隊だという。双眼鏡で確認したが、確かに4人の兵士たちがお互いに周囲を警戒しながら、じりじりとこちらへと接近している。装備している武装はよく見えないが、4人の兵士の内の1人はやけに銃身が長く、スコープのついた銃を装備しているのが見える。彼らの装備するAK-12と外見がそっくりだから、おそらくあれはマークスマンライフルのSVK-12だろう。

 

 狙撃されたら厄介だな…………。

 

『隊長、攻撃許可を』

 

「まだ待て…………おかしいぞ」

 

「何がです?」

 

 違和感を感じていると、傍らの窓から89式小銃を構えている若い部下が問いかけてきた。

 

「向こうも4人で1つの分隊…………あそこにいるのはたった4人だけだ。地点”イ”から接近しているのも4名だぞ? 他の分隊は何をしている…………?」

 

 接近している2つの分隊が攻撃部隊ではないのは火を見るよりも明らかだ。では、なぜたった2つの分隊を、4つの分隊が待ち伏せしている場所まで前進させたのか?

 

 様々な仮説が頭の中で産声を上げたが、その中で最も信憑性が高く、説得力のある仮説が産声を上げた瞬間、俺は悟った。

 

 ―――――――このまま待ち伏せをしていれば、一網打尽にされると。

 

「いかん…………ッ! 隊長より各分隊へ。第一分隊が敵を引きつけている間に移動せよ」

 

「な、なぜです? あの連中を叩き潰す好機では?」

 

「馬鹿者、なぜ16人の兵士が待ち伏せしている場所にたった8人の兵士を送り込み、残った12人の兵士が後方に居座っていると思う?」

 

 本部の兵士が我々を舐めているというわけではない。一緒に訓練した本部の戦友たちは、そんなに無礼な兵士たちではない。ならば全力でこちらに攻撃を仕掛けてきてもおかしくは無い筈だ。だというのに、こちらへと接近してきた兵士の人数はたった8人だけ。いくら錬度が大きく勝っているとはいえ、たった8人で16人の兵士たちが待ち伏せしている廃墟へと攻撃するのは無謀としか言いようがない。

 

 おそらくあの兵士たちは偵察部隊なのだ。敢えて前進して攻撃を受け、こちらの隠れている場所を特定するのが役目なのだろう。

 

 もう一度双眼鏡を覗き込み、接近してくる兵士たちを確認する。

 

 遮蔽物に隠れながら接近してくる兵士のうちの1人が背中に無線機を背負っているのを見た瞬間、俺は確信した。

 

 このまま廃墟に陣取っていれば、後方の分隊が装備している迫撃砲で一網打尽にされると。

 

 模擬戦のルールでは、戦車やヘリなどの兵器の使用は禁止だ。しかし歩兵が運用できる兵器であれば使用は禁止されていないため、迫撃砲を装備しても問題はない。

 

 戦闘機に空爆されるよりはマシだが、ここに留まっていれば迫撃砲で殲滅されてしまうのは火を見るよりも明らかだ。

 

「各分隊、移動急げ。第一分隊、攻撃用意。味方の分隊が撤退を終え次第離脱するぞ」

 

「了解!」

 

「…………よし、撃ち方始め!」

 

 命令を下した瞬間、待ち伏せしていた部下たちの89式小銃とミニミ軽機関銃が同時に火を噴いた。

 

 第一分隊の兵士は、89式小銃を装備したライフルマン3名とミニミ軽機関銃を装備した分隊支援兵1名で構成されている。マークスマンラフルを装備した兵士はいないので中距離射撃は苦手だが、ここから大通りにいる敵を狙うのは問題ないだろう。

 

 マズルフラッシュが煌き、エジェクション・ポートから躍り出た薬莢たちが足元へと落下していく。銃口から解き放たれた弾丸たちは大通りの地面を直撃すると、鮮血のように紅い液体をまき散らし、大地を紅く彩った。

 

 そういえばこれは模擬戦だったな。猛烈な緊張感のせいで実戦だと思っていた。

 

 模擬戦だったことを思い出しつつ、俺も背負っていた89式小銃を構えて射撃を始める。セミオート射撃で本部の兵士たちが隠れた遮蔽物を狙撃し、狙ってるぞ、という事を敵兵たちに教える。

 

 本部の兵士たちは強引に反撃しようとせず、遮蔽物へと隠れてチャンスを窺っているようだった。

 

 このまま時間を稼ごうと思っていたんだが―――――――遮蔽物の陰に隠れている兵士が、腰のホルダーに収めていたスコップを取り出したのを見た俺は、目を見開いた。

 

 スコップ? まさか、それを構えて突っ込んでくる気じゃないだろうな?

 

 テンプル騎士団の兵士は白兵戦を好むという。特に本部の兵士は白兵戦が専門と言ってもいいほど積極的に白兵戦を挑むらしく、アサルトライフルや高性能なミサイルが主役となった戦場でも棍棒や剣で武装する兵士も多いという。

 

 たった1つの分隊とはいえ、LMG1丁とアサルトライフル3丁を装備している兵士たちにスコップで突撃するのは愚の骨頂だ。

 

 本当に突っ込むのかと思いつつ見ていると、その兵士は装備していたスコップを分解し始めた。

 

 何だ? あいつは何をするつもりだ?

 

 柄から先端部を引っこ抜き、後端部も引っこ抜いて柄の中間に取り付けたかと思うと、今度はスコップの先端部を下へと取り付けて底盤にしてしまう。

 

 やがて、彼が装備していたスコップは、やけに小ぢんまりとした迫撃砲へと姿を変えていた。

 

「な、何だありゃ…………」

 

 す、スコップが迫撃砲になっただと…………!?

 

 何なんだ、あのスコップは!?

 

「隊長、敵のスコップが迫撃砲に!」

 

「分かってる! くそ、あいつに攻撃を集中させろ!」

 

 慌ててその兵士へと狙いを合わせるが、その兵士は味方に「狙われてる」と警告されたのか、慌てて別の遮蔽物の陰へと隠れてしまう。そいつが隠れた遮蔽物をわざと撃って圧力をかけるが、実戦を経験している彼らに圧力をかけるという手はあまり意味がなかったらしい。

 

 次の瞬間、ポンッ、という音が訓練場の中へと響き渡った。

 

 迫撃砲が発射された音である。

 

 とはいえ、あの迫撃砲はそれほどサイズは大きくなかった。破壊力と射程距離は従来の迫撃砲よりも劣っている事だろう。

 

 だが―――――――たった1人で容易く持ち運べるうえに、最前線で瞬時に砲撃を行える軽迫撃砲というのは非常に脅威である。銃撃戦の最中にそんな軽迫撃砲で支援されたら、こちらは敵の銃弾だけでなく頭上から降ってくる砲弾にも警戒しなければならなくなってしまう。

 

 パンッ、と真っ赤なペンキの入った模擬戦用の砲弾が、廃墟の壁に激突してペンキをぶちまける。グレネード弾などの砲弾も模擬戦用のペイント弾となっており、あの紅い飛沫に少しでも触れれば戦死扱いとなる。飛沫は破片という事なのだろう。

 

 幸い今の砲撃で犠牲者は出なかったようだが、このまま砲撃を続けられればこの中にも砲弾が飛び込んでくるに違いない。

 

「あのスコップ、こっちの支部にも支給してもらえませんかね?」

 

 新しいベルトをカバーの中へとぶち込みながら、味方の分隊支援兵が羨ましそうにそう言った。確かにあの軽迫撃砲はぜひ配備してほしいところだ。模擬戦が終わったら柊支部長に頼んでみるとしよう。

 

『隊長、こっちは退避完了です!』

 

「了解! あいつら凄いスコップ持ってるぞ! 気を付けろよ!」

 

『凄いスコップって何です!?』

 

「合流したら土産話をしてやる! よし、こっちも退避だ!」

 

「了解!」

 

 部下たちが射撃を止めて廃墟の出口へと向かっている間に、セレクターレバーをフルオートに切り替え、マガジンに残っているペイント弾を全て大通りへと叩き込む。立て続けに放たれる弾丸で敵兵を足止めしていると、バイポッドを折り畳んだミニミ軽機関銃を担いだ部下にトントンと肩を叩かれた。

 

 部下に向かって頷き、俺も隠れていた廃墟の一室を後にする。

 

 階段を駆け下りている最中に、先ほどまで隠れていた一室を直撃したペイント弾が、部屋の中を真っ赤に染めた。

 

 

 

 

 


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