異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
すらりと横に並んだ戦車たちの主砲が、立て続けに火を噴く。
歩兵の持つライフルとは比べ物にならないほど巨大な砲口から飛び出した砲弾たちは、身に纏っていたサボットを脱ぎ捨てて飛翔すると、用意されていた的たちを正確に撃ち抜き、猛烈な運動エネルギーで木っ端微塵に吹き飛ばしてしまう。
砕かれた的の破片が舞い上がるのを双眼鏡で見守りながら、俺たちは倭国支部の兵士たちの錬度が上がっていることを実感していた。
「静止している標的とはいえ、全弾命中とはな」
「あんたらに比べたら実戦経験は浅いが、毎日猛特訓してるからな」
倭国支部を率いる柊も、双眼鏡を覗き込みながら誇らしげにそう言った。
倭国支部に配備されている戦車は自衛隊で採用されている車両ばかりだ。大半は『74式戦車』で構成されているものの、砲撃訓練をしている戦車の中には新型の『90式戦車』と『10式戦車』も紛れ込んでいるのが分かる。
90式戦車は日本で開発された新型の戦車であり、74式戦車の主砲よりも強力な120mm滑腔砲を搭載している。74式戦車の主砲である105mmライフル砲よりも使用できる砲弾の種類が多く、口径も大きいので攻撃力は強化されていると言ってもいいだろう。
けれども90式戦車の特徴は、攻撃力だけではない。アメリカが誇るエイブラムスやドイツのレオパルトに匹敵する火力を持っているだけでなく、非常に高い命中精度を誇っているのである。高い火力をほぼ確実に命中させられることがどれだけ大きな利点なのかは言うまでもない。
更に自動装填装置を搭載しているため、乗組員は車長、操縦手、砲手の3名のみである。
その90式戦車と共に射撃訓練をしているのは、同じく日本製の新型戦車である10式戦車たちだ。
10式戦車も自衛隊で採用されている戦車で、こちらも乗組員は3名のみとなっている。アメリカのエイブラムスと比べると小ぢんまりとしていて華奢に見えてしまうが、90式戦車と同じく火力と防御力と非常に高い命中精度を兼ね備えた、優秀な戦車なのである。
相変わらず倭国支部の戦車の大半は74式戦車となっているものの、最終的には90式戦車と10式戦車に行進する予定らしい。
「戦車の数が増えたな」
「まあな。やっぱり戦車は必須だよ」
「だろうな…………」
この異世界で勃発した”転生者戦争”や、大損害を被る羽目になったあの春季攻勢(カイザーシュラハト)でも、戦車がどれだけ必要な存在なのかは痛感した。強力な主砲や機関銃を搭載して敵兵を薙ぎ払い、分厚い装甲で敵の攻撃から身を守りつつ強引に進撃できるあの怪物は、陸軍や海兵隊からすれば必需品としか言いようがない。
戦車がない状態で「進撃せよ」と命令するのは、兵士たちに死ねと言っているようなものである。
「ふにゅー…………本部の戦車よりも小さいんだね」
「あの戦車って、確かタクヤが転生する前にいた”ニホン”っていう国の戦車なんでしょ?」
「そうだよ」
確かに倭国支部で採用されている90式戦車や10式戦車は、本部で採用されているT-90や、これでもかというほど火力を底上げされたチョールヌイ・オリョールと比べると小柄に見えるかもしれない。けれども搭載されている装備は最新鋭と言っても過言ではないし、小柄な戦車とは思えないほど高い火力と防御力を持っているのである。
2人にも説明した方がいいかな、と思いながら双眼鏡から目を離したその時、訓練場の中へと別の戦車部隊がやってくるのが見えた。倭国支部の戦車たちよりも大型の車体の上に乗っているのは、まるで半分に切り取った円盤の後ろに戦車の砲塔の後部を取り付けたかのような砲塔が特徴的な、チョールヌイ・オリョールの群れであった。
「でかっ…………!」
一般的な120mm滑腔砲よりも巨大な152mm滑腔砲を搭載してしまったせいで砲塔が大型化しただけでなく、防御力の底上げのために若干車体を大型化して複合装甲を増設したせいで、10式戦車と比べると超重戦車にも見えてしまう。
キャタピラとエンジンの音を響かせながら訓練場へと乱入してきた6両のチョールヌイ・オリョールを目の当たりにした柊は、ぎょっとしながら双眼鏡を覗き込んだ。
敵の超重戦車を撃破することを想定して改造した戦車なんだが、コストが高すぎるので、コストの低いT-72B3やT-90と一緒に運用している。なので本部の全ての部隊にチョールヌイ・オリョールが支給されているわけではないのだ。
最初は倭国支部にもチョールヌイ・オリョールを配備する予定だったんだが、倭国支部は本部とは違って周囲を海に囲まれており、ここを襲撃するにはまず上陸しなければならない事と、山が多いせいで大型の戦車の運用には適さないことが分かったため、小柄で重量の軽い日本製の戦車を配備するのが最適という事になり、日本製の戦車たちが配備されるようになったのだ。
なのでここには、虎の子のシャール2Cは配備されていない。
ちなみにスオミ支部はかなりの量の雪が降るせいで、重い戦車を走らせればあっという間に雪の中に埋まってしまって使い物にならなくなってしまうので、スオミ支部にもシャール2Cは配備されていないのだ。
おかげで本部は、初期型の10両と増産された後期型の10両を全部運用している。
訓練場に現れたチョールヌイ・オリョールたちも10式戦車たちの隣に並ぶと、新たに用意された的へと照準を合わせ始める。隣の10式戦車の砲塔から顔を出し、巨大な砲塔を持つチョールヌイ・オリョールを見つめて目を丸くしている倭国支部の車長を見つめた俺は、152mm滑腔砲が火を噴くのを見守ることにした。
「はぁー…………」
上着を壁にかけて赤いネクタイを外し、座布団の上に腰を下ろす。右肩を回しつつメニュー画面を開こうとした俺は、久しぶりに床を覆っている畳を目にした事に気付き、懐かしさを感じた。
そういえば、こうやって畳の上に敷かれた座布団に座るのは前世の世界以来だな…………。
俺とラウラとナタリアのために用意された部屋は、まるで旅館の中を彷彿とさせる広い和室だった。床は綺麗な畳で覆われていて、壁には掛け軸もある。本部の部屋と違ってドアはなく、ドアの代わりに襖が用意されていた。
確か、前世の世界でお世話になった母さんの実家の部屋もこんな感じの和室だった。まだ母さんが生きていた頃、夏休みに祖父と祖母の家に泊まりに行ったことを思い出しながら、和室の壁に掛けられている掛け軸を見つめる。あの掛け軸に描かれているのは倭国のサムライなのだろうか。
「それにしても、代わったドアよね」
「ふにゅう…………椅子じゃなくてこれの上に座るんだね」
…………俺は前世の世界でこういう空間で生活していたことがあったから慣れてるけど、ナタリアとラウラは生まれて初めて和室で生活することになったわけだから慣れていないのだろう。
彼女たちはちゃんと休む事ができているのだろうか。
倭国支部はタンプル搭と違い、大口径の要塞砲を配備しているわけではない。衝撃波を考慮しなければならないほどの要塞砲がないので、格納庫などの設備は地上にも用意されているのだ。ただ、敵の攻撃で被害を受けることを防ぐために、兵士たちや住民が生活している居住区や指揮を執るための指令室などの重要な設備は地下に用意されており、分厚い装甲で守られている。
なのでこの部屋も地下に作られている。もちろん窓はないので閉鎖的な感じがしてしまうかもしれないけれど、タンプル搭の部屋よりもスペースがあるせいなのか、むしろ解放感を感じてしまう。
部屋にはキッチンがないので食事は食堂に行くしかないが、部屋には小さな浴室が備え付けられているし、大浴場もある。住み心地の良い場所なので、ここがテンプル騎士団の支部の1つだという事を忘れてしまいそうだ。
俺の隣に座布団を敷き、その上に腰を下ろすナタリアとラウラ。けれども正座をした事がないので不慣れらしく、時折身体を揺らしたり、顔をしかめて足を延ばしている。
別に正座しなくてもいいのに…………リラックスできないだろ、それじゃ。
「あ、あんた、何で平然とセイザできるのよ…………」
「前世で経験済みですもの」
「ふにゅー…………普通に座っちゃダメ?」
「別に大丈夫だよ。リラックスできればいいんだから」
そう言うと、ナタリアとラウラは安心しながら正座を止め、どういうわけか俺の身体に寄り掛かりながら座り始めた。多分寄り掛かってきたのはわざとだと思う。
「あ、そうだ。そろそろ夕飯を食べに行くか」
「ふにゅ、そうだね。お姉ちゃんお腹空いちゃった♪」
この合同演習は5日間も行われる。もちろん視察にやってきた俺たちもその合同演習を視察しなければならないので、もう少しこの倭国支部に滞在する必要があるのだ。
ちなみに今日は、演習が始まって2日目である。3日目は砲兵隊の訓練がメインになる予定だ。
本部の兵士と倭国支部の兵士の模擬戦は、最終日に行われる。
メニュー画面を着替えて服装を選択し、転生者ハンターのコートからテンプル騎士団の黒い制服に着替える。部屋を後にする前に洗面所の鏡の前で服装を確認してから、頭の上に略帽をかぶった俺は、自分の服装に猛烈な違和感を感じた。
いつもは私服か転生者ハンターのコートばかり着ているせいで、テンプル騎士団の制服を身に纏った回数はまだ数回のみなのだ。
「ふにゅ、珍しいね」
「何か違和感を感じちゃうわ」
ナタリアさん、違和感を感じてるのは俺もです。
自分の服装に違和感を感じながら部屋を後にする。部屋のドアにちゃんと鍵をかけたことを確認してから、2人を連れて食堂へと向かう。倭国支部の通路はしっかりと整理されていて、まるで戦国時代の城の中のような雰囲気を放っていた。
タンプル搭の通路は壁や天井から配管とかケーブルが剥き出しになっているので、倭国支部のようにすっきりしているわけではない。
できれば改善したいところなんだけど、タンプル搭の設備を作ってくれたドワーフの職人たちにとっては地下に大規模な施設を建造するのは初の試みだったらしく、各所に魔力や蒸気を伝達する配管やケーブルを壁の中に埋めてしまうと通路が狭くなってしまうため、妥協して剥き出しにするしかなかったらしい。
あそこで失敗した点を熟知した職人を派遣して倭国支部の設備を作ってもらったのだから、すっきりしているのは当たり前である。
しばらく通路を歩いていると、やけに大きな襖が通路の向こうに見えてきた。襖の前にある段差の前には兵士たちが履いていた靴やブーツがずらりと並んでおり、もう既にかなりの人数の先客がそこを利用していることが分かる。
タンプル搭の食堂では靴を脱ぐ必要がないので、このような光景はお目にかかれないのだ。
「あ、そうか。靴は脱がないといけないのね」
「そういうこと」
食堂に入る前に靴を脱ぎ、隅に並べておく。ナタリアたちが靴を脱ぐのを見守っていた俺は、ナタリアの制服のデザインがいつの間にか変わっていることに気付いた。
前まで彼女の制服は黒い上着とズボンだったんだが―――――――いつの間にかズボンではなく、黒いスカートに変わっていたのである。しかもスカートはちょっとばかり短めなので、よく見るとナタリアの白い太腿があらわになっていた。
な、何でスカートにしたんだろうか。
「お前制服変えた?」
「えっ? …………あ、ああ、そうよ。スカートにしてみたの。どうかしら?」
「滅茶苦茶に合ってるよ。可愛いと思う」
「…………あ、当たり前じゃない」
少しだけ顔を赤くしながら脱いだ靴を端に並べるナタリア。並べ終えた彼女は満足そうにしながら襖を開けると、一足先に食堂の中へと入っていった。
倭国支部の食堂は本部よりも広い。本部のように敵の大規模な襲撃を想定して戦闘用の設備を建造したり、大規模な研究設備が建造されているわけではないので、その分のスペースをこうして兵士たちや住民たちの居住区に使っているのだ。だから本部よりもゆったりとしているし、解放感もある。
快適さを改善しないと、人員がどんどん倭国支部に異動を希望し始めるんじゃないだろうかと考えながら、俺もラウラを連れて食堂へと入り、開いている席に腰を下ろした。
本部はテーブルと椅子が用意されているんだが、倭国支部の場合はテーブルと座布団が用意されており、床は畳で覆われている。だからなのか、和食の匂いと畳の匂いが混ざり合って、前世の世界でお世話になった祖父と祖母の家を思い出してしまう。
身体が別人になり、味覚や親しんだ文化が変わってしまっても、前世の記憶のおかげでこういう空間にいると懐かしさを感じてしまうのだ。
先に食事をしていた兵士の大半は人間で、当たり前だけど東洋人ばかりだった。倭国は長い間人間のみで構成されていた国なので、エルフなどの他の種族は住んでいなかったのである。
食事をしている兵士たちの階級はバラバラだった。二等兵や伍長だけでなく、少佐や大佐のように階級の高い指揮官も一緒に食事をしている。中には信じられないことに、二等兵たちと一緒に雑談をしながら食事をしている准将や少将もいた。
かなり広い食堂だけど、倭国支部にある食堂はここだけで、将校用の席が用意されているわけでもないので、必然的に前線で戦う兵士たちと指揮を執る将校が同じテーブルで飯を食うのが日常茶飯事になるというわけだ。こうすることで将校たちは前線の兵士たちとコミュニケーションを取ることができるし、逆に兵士たちも自分たちを指揮する将校がどういう人間なのかを知る事ができて、より連携がとり易くなる。
これは本部やスオミ支部と同じ仕組みだ。本部でも将校や兵士たちは同じ食堂で食事をしているのである。
メニューを手に取り、ラウラとナタリアの前に置く。メニューは倭国語とオルトバルカ語で書かれているから、2人でも分かる筈だ。
「何にする? 俺は天ぷら蕎麦で」
「テンプラ? ああ、フライみたいな料理ね」
「ふにゅー…………あっ、それじゃあ私も天ぷら蕎麦にしようかなぁ♪」
「お揃いだな」
「うんっ♪」
「ナタリアは?」
「うーん…………せっかくだし、私もそれにしようかしら」
天ぷら蕎麦3つだな。
「すいませーん!」
「はーい! …………あっ、団長さん! お疲れ様です!」
エプロンを身に付けながらやってきたのは、数ヵ月前に本部から倭国支部へと異動になったエルフの男性だった。本部にいた頃は本部の食堂で勤務していたんだが、倭国の食文化に興味を持ったらしく、倭国への異動を希望したのでこちらへと異動させたのである。
「調子はどう?」
「ええ、楽しいです。倭国の文化は列強国と大きく異なるので。…………それで、ご注文は?」
「天ぷら蕎麦を3つ頼む」
「はい、かしこまりました!」
大きな声でそう言ってから敬礼し、踵を返して厨房へと戻っていくエルフの男性。厨房で調理をしている先輩に注文を伝えてから、すぐに別のテーブルへと向かう彼を見送った俺は、前世の世界とこっちの世界の天ぷら蕎麦は同じ味なんだろうかと考えつつ、食堂の天井を見上げるのだった。