異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
第二次転生者戦争の頃と比べると、テンプル騎士団海軍は大きくなったと思う。
テンプル騎士団艦隊総旗艦『ジャック・ド・モレー』の甲板の左舷に腰を下ろし、マズルブレーキの下に釣り針のついた糸を結び付けて即席の釣り竿にされたOSV-96を抱えながら、でっかい主砲から生えた4本の砲身が向けられている方向を見つめた。ジャック・ド・モレーの艦首の向こうに見えるのは、この艦の
ヴリシア帝国へと侵攻した際のテンプル騎士団海軍が保有していた戦艦は、このジャック・ド・モレーだけだった。同じく40cm砲を搭載したソビエツキー・ソユーズ級や、ジャック・ド・モレーの
この戦艦ジャック・ド・モレーは、テンプル騎士団艦隊の旗艦でありながら最前線で戦い続けてきた女傑である。第二次転生者戦争では敵のモンタナ級戦艦との戦いに勝利し、損傷しつつ艦砲射撃を続行。敵の防衛ラインを突破しようとする味方の勝利に貢献している。
一番この戦艦が奮戦したのは、やはり春季攻勢(カイザーシュラハト)の時だろうか。
何発も砲弾や対艦ミサイルを喰らった挙句、敵のビスマルク級戦艦に搭載された大型のレールガンが艦首に直撃し、ジャック・ド・モレーは轟沈寸前まで追い詰められた。しかし、レールガンの一撃で艦首を引き裂かれ、第一砲塔を使用不能にされても、史実のテンプル騎士団団長の名を冠したこの超弩級戦艦は敵の攻撃に耐え続け、ビスマルク級戦艦を撃沈しているのである。
しかも倭国支部艦隊とモリガン・カンパニー艦隊と共に敵艦隊を撃滅してからは、ブレスト要塞を奪還する味方を艦砲射撃で支援するために反転し、再び河へと突入。徹底的なダメージコントロールが実施されていたとはいえ、艦首を破壊されたジャック・ド・モレーは右舷へと傾斜した挙句、10ノット以下での速度でしか航行できない状態だった。
いつ退艦命令が下されてもおかしくない状況だったというのに、ジャック・ド・モレーは味方艦の手を借りずに自力で航行して艦砲射撃を敢行。地上部隊が勝利するのを見届けてから、母港までそのまま自力で帰還したという。
この超弩級戦艦は、テンプル騎士団の力の象徴と言っても過言ではないだろう。
ジャック・ド・モレーの前を航行する戦艦ユーグ・ド・パイヤンは、2つの戦いで大きな戦果をあげたジャック・ド・モレー級戦艦の二番艦だ。武装や外見はほとんど同じだが、テンプル騎士団艦隊の総旗艦となるために設備を拡張されたせいで艦橋が大型化されたジャック・ド・モレーとは違い、あくまでも”打撃艦隊”の旗艦を担当することになるため、そこまで指揮を執るための設備を拡張しなくてもよかったので、艦橋は近代化改修を受けたジャック・ド・モレーと同じという事になっている。
他の姉妹艦もほぼ同じ外見なので、ジャック・ド・モレー以外の艦を見分けるのは難しいのではないだろうか。
ちなみにユーグ・ド・パイヤンは、倭国支部に配備される”第一打撃艦隊”の旗艦となることになっており、今回の合同演習に参加した後は、旗艦の補佐を担当する戦艦”ソビエツカヤ・ウクライナ”と共に倭国支部に留まることになる。
他の姉妹艦たちも、同じように別の艦隊の旗艦となる予定である。
「はぁ…………」
魚が釣れたらラウラとナタリアに焼き魚でもご馳走しようと思ったんだが、全然釣れる気配がない。諦めてOSV-96を引っ張り、マズルブレーキの下の釣り糸を外して、折り畳んでから装備している武器の中から解除する。
倭国支部まではあとどのくらいで到着するのだろうか。そう思いながら艦首の方向を見つめ、倭国支部のあるエゾはまだ見えないか確認するが、艦首の方向に見えるのは艦隊の先頭を航行するユーグ・ド・パイヤンのみである。
今回の合同演習は、陸軍と海軍が参加する。最初は空軍も参加予定だったんだけど、本部の航空部隊が参加する予定だったスオミ支部との合同演習の予定が変わり、今回の倭国支部との合同演習と重なってしまったため、空軍はスオミ支部との合同演習に参加することになった。
合同演習で倭国支部の錬度を確認しつつ、実戦経験の少ない彼らの錬度を底上げするというわけだ。ついでに倭国支部の状況も確認するため、俺、ラウラ、ナタリアの3人で視察を行う予定である。
そう、戦勝記念パレードの時と同じメンバーなのだ。
前にこの3人でタンプル搭を留守にしたらフランセンの総督が宣戦布告するというとんでもない事件が起こったので、出来るなら誰かが残るかメンバーを変えようと思ったのだが、ナタリアかラウラに留守番をお願いするのは可哀そうだし、他のメンバーも予定があったらしいので、今回もこの3人で行くしかない。
大丈夫かなぁ…………。
俺たちが不在の間に、もしかしたら今度はモリガン・カンパニーが同盟を破棄して襲撃してくるんじゃないだろうか。あの企業が襲撃して来たら、いくら軍拡中とはいえテンプル騎士団に勝ち目はないだろう。
俺たちがタンプル搭に残っていたとしても勝ち目はないが。
襲撃されませんようにと祈りつつメニュー画面を見ていると、後ろから足音が聞こえてきた。ナタリアだろうか、と潮の匂いと共に鼻孔へと流れ込んでくる甘い匂いでやってくる人物を予想しながら待っていると、俺のすぐ隣に黒い制服と軍帽を身に着けた金髪の美少女が腰を下ろした。
風向きで影響を受けやすいとはいえ、この嗅覚は結構頼りになるものだ。
「何してたの?」
「釣り」
「釣れた?」
「全然。魚が釣れたら料理しようと思ってたんだけどさ」
釣れなかったのは残念だが、魚料理なら倭国でも食えるだろう。倭国支部にいる柊の話では、倭国は俺たちが住んでいた前世の世界で言うと日本のような国であり、明治維新の辺りの日本に非常にそっくりだという。文化もそっくりなので、ご飯やみそ汁だけでなく刺身や寿司もあるらしい。
転生してからは日本食を食べることは少なくなってしまったからな。久しぶりに日本食を食べるのも悪くはないだろう。とは言っても、他の転生者と違って別人として転生したせいなのか味覚まで変わってしまっているので、前世の世界にいた頃のように日本食を”美味しい”と感じられるかどうかは分からない。
幼少の頃に親父が作ってくれた日本食は問題なく食えたので、多分大丈夫だとは思うが。
「焼き魚?」
「まあな。でも倭国に行けば刺身とか寿司が食えるぞ」
「スシかぁ…………」
そう言いながら微笑み、甲板の向こうに広がる海を見つめるナタリア。旅をしている最中に寿司を作った時の彼女の事を思い出しつつ、俺も海の向こうを見つめる。
オルトバルカにも魚料理はあるけれど、やっぱり火を通した料理ばかりだった。オルトバルカどころかラトーニウスやヴリシアなどの列強国でも生魚を食べることはないらしく、親父が母さんやエリスさんに初めて刺身や寿司を振る舞った時は、2人ともかなり驚いていたらしい。今では当たり前のように箸を使って刺身を食ってるらしいけど。
なので初めて寿司を目にしたナタリアも、寿司をまじまじと見つめて『う、嘘でしょ? ライスの上に生魚を…………?』と言いながら驚いていた。
今では普通に食べてくれるので、本場に行っても大丈夫だろう。
ちなみにラウラは俺と一緒に定期的に日本食を食べながら育ったので、生魚は問題なく食える。しかも親父が倭国の商人から取り寄せた納豆も美味しそうに食べていた。さすがに母さんとエリスさんは食えなかったみたいだが。
「で、でも、今回の目的は視察と合同演習よ? 料理を食べに行くわけじゃないんだから、気を引き締めなさいよねっ」
お前こそ寿司を食うのを楽しみにしてるくせに。
ニヤニヤしつつ空を見上げると、隣に座っていたナタリアがこっちに寄りかかってきた。
いつもはしっかりしているんだけど、こういう時は結構甘えてくるのである。よく甘えてくるのは2人きりになった時で、他のみんなが訓練や偵察任務に行っている時はよく一緒にシャワーを浴びたり、料理を振る舞うのである。
もし甲板の上に他の乗組員たちがいなかったらキスしてただろうな、と思いつつ、彼女と一緒に海を眺めることにするのだった。
テンプル騎士団の倭国支部はエゾと呼ばれる場所にある。北東部にある大きな島であり、倭国の本州とは離れているのだ。なのでここに行くには空を飛んで海を超えるか船を使うしかないのだが、この世界ではまだ飛行機は発明されていないし、飛竜に乗れるのは裕福な資本家や貴族くらいなので、基本的には船を使う人が多いという。
エゾは、前世の世界の日本で言うと北海道だろう。
鎖国を維持しようとした旧幕府軍と、オルトバルカ王国の支援を受けた新政府軍が激戦を繰り広げたボシン戦争で敗北した旧幕府軍の本拠地を、テンプル騎士団の倭国支部として使わせてもらっているのだ。
タンプル搭のように勝手に拠点を作ってしまったわけだが、幸い倭国はオルトバルカ王国の同盟国であり、オルトバルカとはかなり親密な関係にある。なので親父に倭国の新政府からエゾでのテンプル騎士団の活動を認めるように要請してもらい、ちゃんと許可を受ける事ができた。
総督の一件とは違って、こっちは穏便に済んだというわけだ。その代わりに新政府からは”積極的に活動し、国内の治安維持に協力すること”という条件を付けられている。
「久しぶりだなぁ」
「ふにゅー」
軍港へと入港したジャック・ド・モレーの甲板の上から、倭国支部となった”九稜城(くりょうじょう)”を見つめつつ、ここへと2つ目の鍵を手に入れるために訪れた時の事を思い出す。あの時はボシン戦争の最終決戦の真っ最中で、新政府軍を迎え撃とうとする旧幕府軍の兵士に見つからないように城へと潜入し、天守閣から鍵を拝借してきたのだ。
あの戦い以降は廃城となっていたらしく、誰もここを使う事はなかったという。しかもその戦闘で戦死した兵士たちの血の臭いのせいで周辺の魔物を刺激してしまったらしく、一時期はダンジョンに指定されそうなほどの危険地帯になっていたらしい。
柊たちが辿り着いた頃は、オルトバルカ王国騎士団の掃討作戦が終わってかなり平穏になっていたようだが。
倭国支部は廃城と化していた九稜城を改築して使用しており、まるで戦国時代の頃に建てられたかのような城が、要塞砲が搭載された防壁に囲まれて鎮座している。さすがにタンプル搭のようにでっかい要塞砲は用意されていないらしく、巡洋艦の主砲くらいの大きさの連装砲が、防壁の上に規則的に並べられていた。その防壁だけならば近代的な要塞に見えるんだけど、その奥に戦国時代の頃の城を思わせる建造物が居座っているせいで猛烈な違和感を感じてしまう。
倭国支部の軍港には、倭国支部に所属する艦隊が既に停泊していた。春季攻勢(カイザーシュラハト)に参戦して本部の艦隊を救ってくれたイージス艦『こんごう』と、近代化改修を受けた戦艦『金剛』も停泊しており、甲板の上では真っ白な制服に身を包んだ乗組員たちが、テンプル騎士団本部のエンブレムが描かれた旗を振って出迎えてくれているのが見える。
しかもその戦艦『金剛』の隣には、3隻ほど全く同じ形状の戦艦が並んでいた。同型艦の『比叡』、『榛名』、『霧島』だろうか。どの艦も艦橋の脇に対艦ミサイルのキャニスターやCIWSを搭載されており、近代化改修を受けているらしい。
金剛型戦艦は太平洋戦争でも活躍した戦艦たちである。この異世界の海でも優秀な速度を生かして活躍してくれることだろう。
軍港で出迎えてくれた倭国支部の同志たちが、せっせとタラップを用意してくれる。彼らを見守りながら気を引き締め、タラップを降りる前に深呼吸する。
倭国支部の制服は、まるで旧日本軍の軍服をそのまま黒くしたようなデザインだった。俺たちを出迎えるためにずらりと並んでくれた兵士たちは旧日本軍が採用していた『三八式歩兵銃』を手にしているのが見えるけれど、ここで正式採用されてるのは自衛隊の『89式小銃』の筈である。多分あれは式典用の銃だろう。
ちなみに三八式歩兵銃は、小口径の6.5mm弾を使用する日本製のボルトアクションライフルだ。口径が小さいので他国の銃と比べると攻撃力は劣るものの、命中精度が優秀で、反動もかなり小さかったため、ボルトアクションライフルの中では使い易かったという。
タラップを降りつつ、三八式歩兵銃を抱えて直立している兵士たちに敬礼する。
倭国支部の兵士たちはあのボシン戦争の敗残兵で構成されているという。中には本部から派遣された兵士も混じっているようだけど、倭国支部の兵士の7割は鎖国を続けるために新政府軍に戦いを挑んだサムライの生き残りなのだ。
柊の話では、「新政府軍にもう一度戦いを挑もうとしてた連中を死ぬ気で説得した」という。戦争に敗北しても士気の高い連中を一体どうやって説得したのだろうか。もし時間があったら、彼にその時の話を聞いてみたいものだ。説得する技術も指導者には必要な要素なのだから。
よく見ると腰に日本刀―――――――日本ではなく倭国なので”倭国刀”と言うべきだろうか―――――――を下げている兵士もおり、サムライの生き残りだという事を俺たちに告げている。
しっかりと整列した兵士たちの間を敬礼しながら進んでいると、向こうから黒い制服に身を包み、腰に刀を下げた黒髪の少年がやってくるのが見えた。腰に下げているホルスターの中身は、旧日本軍が採用していた”南部大型自動拳銃”だろうか。
「久しぶりだな、同志」
「ああ、元気だったか?」
「おかげさまでな」
そう言いながら、倭国支部を指揮する支部長の柊は笑った。一番最初に出会った頃は華奢で頼りなさそうな感じの少年だったんだが、ほんの少しだけとはいえ本格的な転生者同士の”戦争”や実戦を経験したからなのか、今の彼は頼もしい指揮官にしか見えない。
兵士たちの錬度も上がっているのだろう。明日の合同演習や陸軍の模擬戦が楽しみだ。
「部屋は用意してある。ゆっくり休んでくれ」
「感謝するよ、同志」
「どういたしまして。…………それにしても、でかい艦じゃないか」
微笑みながら言った彼は、腕を組んでから軍港に停泊するジャック・ド・モレーとユーグ・ド・パイヤンを見つめた。
テンプル騎士団の力の象徴と、その同型艦である。
「
「おう」
対艦ミサイルのキャニスターと、4連装40cm砲を3基も搭載した化け物である。きっと倭国の周囲の海域で猛威を振るってくれることだろう。
けれども旧日本海軍は強力な戦艦を何隻も保有していた。柊の話では、今後はポイントが溜まり次第旧日本海軍の戦艦を生産し、近代化改修を施して実戦投入していく予定だという。そのうち日本を代表する戦艦である大和も近代化改修を受けて異世界の海を公開することになるのだろうか。
戦艦をどんどん作るのは結構だけど、ホテルにするのは絶対に許さないからな。戦艦として生まれ落ちた以上は、最前線で砲弾をぶっ放してもらわなければならない。
なのでジャック・ド・モレーは、テンプル騎士団艦隊総旗艦でありながら三日に一度は出撃し、魔物の掃討や海兵隊の上陸支援のために艦砲射撃を実施している。力の象徴をホテルにするわけにはいかないからな。
「それで、明日の模擬戦の相手は?」
「本部の海兵隊を連れてきた。そっちは?」
「こっちも海兵隊だ」
明日から始まる合同演習では、本部と倭国支部の共同作戦を想定した訓練だけでなく、海兵隊や陸軍の兵士たち同士での模擬戦も行う予定である。現時点ではテンプル騎士団の中で最も錬度が低いのはこの倭国支部なんだが、彼らはどれほど成長しているのだろうか。
期待してるぞ、柊。