異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

525 / 534
ステラと一緒に買い物に行くとこうなる

 

 フランセンの連中がやってくる前までは、カルガニスタンに大きな街はなかった。部族ごとに領地を決めて分け合い、その領地を開拓して村や集落を作ってくらしていたのである。だから先進国のような大きな街は1つもなく、様々な規模の集落が点々と存在しているだけだったという。

 

 けれどもここを植民地にしていたフランセンの連中によって、部族たちの長が話し合って決めた領地は全て没収され、カルガニスタンで採れる豊富な資源や農作物はフランセンのものという事になってしまった。余所者たちに国と資源を取り上げられた挙句、集落や村に住んでいた若者たちは次々に彼らに”買い取られて”いき、鉱山での採掘作業をさせられる羽目になったのである。

 

 フランセンの連中のおかげで国は発展したけれど、先住民たちは資源や財産を奪われ続けた挙句、集落や村の若者たちを連れて行かれ、国内を巡回するフランセン騎士団の連中を恨みながら貧しい生活をしていたのだ。

 

 けれども今のカルガニスタンは、かなり賑やかになったと思う。

 

 彼らを虐げるフランセンの連中はいなくなったし、過酷な労働をさせられていた集落の若者たちも故郷へと戻ることができるようになった。それに、強引に奴隷として売られてしまった住民たちも、シュタージのエージェントたちの活躍によって次々に帰国し、出迎えてくれた家族たちと涙を流し合いながら抱き合っているという。

 

 苦しんでいた住民たちが平穏な生活を送ることができるようになったのは、喜ばしい事だ。

 

「デッドアンタレスのパイはいかがですかー!? 一切れ銅貨10枚ですよー!」

 

「トロールの串焼きもありますよー!」

 

 露店で大きな声を出す店主たちを見守りながら、素早く財布を取り出し、ちらりと中身を確認しておく。

 

 フミヤを国境まで送った後、ステラと一緒にバイクに乗って街へと向かいつつ、道中で出会った魔物を片っ端から討伐して素材を拝借し、街にある冒険者管理局で売却してきたので、今は財布の中にたっぷりと銀貨や金貨が入っている。さすがにダンジョンを調査した時の報酬よりも少ないけれど、その気になれば大通りに並んでいる露店で売っている食べ物を片っ端から購入することもできるかもしれない。

 

 でも、隣にいるサキュバスの少女の食欲は圧倒的としか言いようがない。

 

 ダンジョンを調査した帰りに、その報酬で夕食を食べて一泊してからタンプル搭に戻る予定だったんだが、なんとその夕食だけで報酬をほとんど使ってしまう羽目になったのである。俺はそれほど大食いじゃないから食費で困ったことは一度もない。けれども俺と手を繋ぎながら露店をじっと見つめ、その露店で売られているトロールの串焼きを見ながらよだれを拭っているステラは、テンプル騎士団の中でトップクラスの大食いなのである。

 

 第一、サキュバスの主食は魔力だ。彼女たちは自分の体内で魔力を生成する事ができないので、食事を兼ねて他の生物から魔力を吸収しなければ生きていくことができないのである。

 

 それに、魔力以外の食べ物から栄養を吸収する事ができないので、どれだけ食事を口にしてもサキュバスたちが満腹感を感じることはないのだ。吸血鬼も似たような体質で、彼らの場合は血以外の食べ物から栄養が吸収できないことになっている。

 

 幸いイリナは血を吸う方が多いので、彼女の食費ではそれほど困ってはいない。けれどもステラは食いしん坊なので、彼女を連れてレストランに入ればほぼ確実に財布の中が空になってしまう。

 

 けれども彼女はいつも研究を頑張ってくれているのだから、欲しい物を買ってあげないと。

 

「ステラ、何か食べたいのはあるか?」

 

 彼女を見下ろしながら尋ねると、ステラは唇の端から顔を出そうとしていたよだれを小さな手で拭い去りながら、目を輝かせつつ顔を上げた。

 

「トロールの串焼きが食べたいです!」

 

「分かった、買うか」

 

「はいっ♪」

 

 トロールって美味しいんだろうか。

 

 冒険を始めたばかりの頃にフィエーニュの森で遭遇したトロールの姿を思い出しつつ、彼女の手を引いて露店へと向かう。もう既に午後9時を過ぎているというのに、他国からやってきた観光客や、これから酒場へと向かおうとするダンジョン帰りの冒険者たちで大通りは埋め尽くされている。

 

 周囲から聞こえてくるのは、露店の店主たちに金を支払う旅行客たちの声や、ダンジョンでの自慢話をしながら去っていく冒険者たちの声。フランセンの連中がカルガニスタンから出て行ったとはいえ、まだカルガニスタン国内には彼らが使っていた設備はそのまま残っているし、冒険者管理局の施設もあるので、街の光景はそれほど変わっていない。

 

 ステラを連れて冒険者たちや旅行客を躱しながら露店へと向かう。

 

 露店を経営しているのは浅黒い肌のダークエルフの男性だった。串に刺したでっかい肉を炙り、その肉を焼いている最中に別の肉をレイピアみたいな串に突き刺し、後ろにあるちょっとした窯で焼き始める。

 

 トロールの身長は10mもあるので、当たり前だけど肉は多い。だからあんなでっかい肉が取れるんだろう。けれどもあいつらは脂肪が結構多かった筈だ。炙られているでっかい肉は美味しそうだけど、美味いんだろうか。

 

「いらっしゃい!」

 

「おじさん、串焼き2つ」

 

「はいよ!」

 

 そう言いながらがっちりした体格のおじさんは、焼けたばかりの肉が刺さった串を窯の上に敷いてある網から拾い上げた。まるでぶつ切りにした肉をそのまま串に刺しただけらしく、武器に使えそうなほど太い串に貫かれているのは、鍛え上げた男性の腕と同等の太さの肉だった。

 

 それを包丁で切ってから渡すんだろうなと思いながら財布へと手を伸ばしていたんだが―――――――カルガニスタンの料理は、予想以上に豪快でした。

 

 なんとそのおじさんは、でっかい肉が刺さった串をそのまま俺たちに渡してきたんです。

 

「はい、お待たせ!」

 

「わぁ…………!」

 

「う、嘘…………」

 

 き、切るんじゃないんですか?

 

 目を輝かせながら肉汁で覆われた肉を見つめるステラの隣で、俺はでっかい肉をまじまじと見つめながら狼狽える。

 

「ん? 姉ちゃん、その深紅の羽根はテンプル騎士団かい?」

 

「え?」

 

 かぶっているフードの上で揺れる羽を指差しながら、おじさんは嬉しそうに言った。

 

 テンプル騎士団の兵士は、簡単に言うと”転生者ハンター”である。そのため制服の胸元や支給されているフードには、ハーピーから取れる深紅の羽根を飾っているのである。

 

 この深紅の羽根と黒い制服は転生者ハンターの象徴であり、テンプル騎士団の象徴でもあるのだ。

 

「タクヤはテンプル騎士団の団長なのですっ♪」

 

「お、おい、ステラ…………」

 

「なに? テンプル騎士団の団長は女の子だったのか!?」

 

 男なんですけど。

 

 訂正した方がいいんじゃないかなと思いつつ周囲をちらりと見てみると、露店の近くにいた旅行客や冒険者たちがちらりとこっちを見てきた。

 

 以前の総督の一件で、産声を上げたばかりの複合ギルドがフランセンをカルガニスタンから追い出したという記事が各国の新聞に掲載されたとはいえ、テンプル騎士団は予想以上に有名になっていたらしい。

 

 だからなのか、幼い少女の言った冗談だと決めつけて立ち去る旅行客よりも、本当に団長なのかもしれないと思ってまじまじとこっちを見てくる旅行客の方が多かった。

 

「それじゃあタダにしねえとな! ほら、お代はいらねえよ!」

 

「え、いいんですか?」

 

 トロールって結構危険な魔物なんだが、仕留めるのが困難な魔物の肉を無料で売ってもいいのだろうか。まだ肉はあるみたいだけど、一切れをタダで売るだけでも大変じゃないか?

 

 そう思いながら金を払おうとしたんだけど、まだ財布をしまおうとしない俺を見た店主は笑いながら首を横に振った。

 

「あんたらは俺たちを自由にしてくれた恩人だからな! それに、この肉もテンプル騎士団に志願していった若い奴らが村に送ってきてくれたんだ」

 

 志願した奴ら?

 

 そういえば、数日前に実施した魔物の掃討作戦で2体のトロールと交戦し、あっという間に撃破した部隊があったらしい。受け入れた奴隷たちの中から志願したのではなく、カルガニスタンが独立した後にテンプル騎士団へと入団した新兵たちだという。

 

 さすがに新兵だけでトロールと交戦するのは危険なので増援部隊を派遣することにしたんだが、その部隊が後退する前にトロールが彼らに気付いて襲い掛かってきたため、分隊長が独断で攻撃命令を下し、あっさりと撃破したのである。

 

 トロールを討伐するという大きな戦果をあげた新兵たちは早くも昇進しているし、その肉を故郷へと送ることも許可している。このトロールの肉はその時に活躍した兵士たちが、故郷に送った肉の一部なのだろう。

 

「いつも団長さんにはお世話になってるみたいだし、タダでいいぜ」

 

「ありがとう、おじさん」

 

 でっかい肉が刺さった金属製の串を受け取り、ステラと一緒に露店を後にする。ステラが俺がテンプル騎士団の団長だという事を暴露してくれたせいで、旅行客や冒険者たちとすれ違う度に「あんな若い子が団長なのか?」という声が聞こえてくる。

 

 残念ながら、まだ18歳の男が団長なのだ。

 

 ざわつく観光客を躱しながら露店を後にし、一旦大通りから離れる。反対側にあった喫茶店のすぐ隣にある路地に入り、そのまま真っ直ぐ進んで反対側へと向かう。

 

「私たちって有名なんですね」

 

「予想以上だな」

 

 そう言いながら、早くもトロールの串焼きに嚙り付くステラ。小さな口ででっかい肉の一部を食い千切り、たっぷりと肉汁を纏った肉を咀嚼する。

 

 あの太った巨人みたいな魔物の肉がどんな味なのか気になるけれど、とりあえず食べる前に広い所へ出たい。ここで食べてしまってもいいんだけど、出来るのであればもう少し広いところで頭上の星空を見上げながら食事をしたいものだ。

 

 樽が積み上げられた路地裏を通過すると、石で造られた建物の向こうに木製の柵が見えてきた。あそこが街と外に広がる砂漠の境界線なのだろう。長い間砂塵を含んだ風に晒されていたせいで、柵は灰色に染まってボロボロになっていた。

 

 この変ならいいだろう、と思いつつ、さっき路地裏に置いてあった小さめの樽を2つ拝借する。ちゃんとした椅子よりも座り心地は悪いけれど、街中を歩き続けたせいで疲れた両足を休めるにはちょうどいい。

 

 それを傍らに置いて腰を下ろすと、ステラもその樽に腰を下ろし、美味しそうに串焼きに喰らい付いた。

 

 これ、美味しいんだろうか。味付けは塩とスパイスらしく、巨大な肉からは焼けた肉の匂いと香辛料の香りが溢れ出し、容赦なく鼻孔へと浸透してくる。香りは滅茶苦茶美味しそうだし、見た目もでっかい肉をそのまま焼いたようにしか見えないので美味そうに見えるんだけど、あのオリーブグリーンのでっかいデブにしか見えない魔物の肉だと思うと美味そうとは思えないんだよなぁ。

 

 でもステラは美味そうに食ってるし、せっかくタダでもらったんだから食ってみるか。

 

「いただきまーす」

 

 串に刺さっている肉の一部を前歯で挟み、そのまま食い千切って咀嚼する。

 

 味はどういうわけなのか牛肉みたいな感じがする。でっかい牛肉をぶつ切りにしてそのまま焼いたような感じだろうか。外はちょっとばかり焦げてたけれど中はまだ赤い部分が残っていて、噛みついた歯を柔らかい歯応えで歓迎してくれる。

 

 美味しいな、これ。

 

 でもトロールの肉って硬い上に油だらけになっている筈なんだけど、どうすればこんなに美味しくなるのだろうか。今度トロールに遭遇したら肉を持ち帰って試してみようかな。

 

「美味しいな、ステラ」

 

「ごちそうさまでした♪」

 

「もう食ったの!?」

 

 隣で必死に肉を食べていたステラはもう食べ終えていたみたいで、まだ細かい肉や肉汁の付着したレイピアみたいな串を、小さな舌でぺろぺろと舐めているところだった。

 

 もう1つ買ってきてあげようかな。でもまた同じ露店で買うのはちょっと気まずいし、さすがにあのおじさんも貴重なトロールの肉をこれ以上タダで売るわけにはいかないだろう。もし買いに行く羽目になったら、今度はちゃんとお金を払おう。

 

 そう思いながら自分の分の串焼きを凝視し、隣でまだ串を舐めているステラに差し出した。

 

「食べる?」

 

「い、いいのですか!?」

 

「ああ、俺はもうお腹いっぱいだからな」

 

 これが気に入っていたらしく、目を輝かせながら俺の分の串焼きを受け取るステラ。代わりに彼女が舐めていた串を受け取り、隣で串焼きを咀嚼する彼女の頭を撫でながら星空を見上げる。

 

 カルガニスタンの夜はかなりシンプルだ。特徴的な灰色の砂漠まで、太陽が姿を消したせいで真っ黒に染まってしまうので、夜空と黒く染まった砂漠意外に見えるのは星か月くらいである。もしあの砂漠に小さなライトやランタンをいくつも置いたら、足元の地面まで星空と化してしまったのではないかと錯覚してしまう事だろう。

 

「タクヤ」

 

「ん?」

 

 彼女の頭を撫でながら星空を見上げている間に、数秒前に渡した筈の串焼きが消えていた。もう食べてしまったのだろうか。

 

 何か話があるらしいけれど、ステラの口の周囲には肉汁がこびりついている。服に垂れ落ちたら大変なことになるので、その前にポケットからハンカチを取り出して彼女の口の周りを拭いておくことにした。

 

 外出する時はハンカチを持ち歩くようにしているのである。

 

 口の周りを拭き終えると、ステラは数秒だけ恥ずかしそうに顔を赤くしてから話を始めた。

 

「…………タクヤたちと会う事ができて、ステラは本当に幸せです」

 

「ありがとよ」

 

 仲間が絶滅してしまったショックで無表情だった頃の彼女を思い出しながら、俺は微笑んだ。

 

 前世で俺は辛い経験をしたんだけど、彼女の方がはるかに辛い経験をしている。自分以外の同胞を皆殺しにされた挙句、母親に庇ってもらって千年以上も生き延びて、自分以外のサキュバスがいなくなってしまった世界で目を覚ましたのだから。

 

 自分以外の仲間がいない孤独な世界。しかもその世界では、生きるために魔力を吸収する必要があっただけなのに、サキュバスたちは勝手に魔女と決めつけられて忌み嫌われている。

 

 仲間を皆殺しにされた挙句、死んでいった仲間たちを魔女扱いされていることを知ったステラがどれだけ大きなショックを受けたのかは想像に難くない。

 

 けれども今の彼女は、そのショックに打ち勝ちつつある。

 

「みんなと一緒に冒険するのは楽しいですし、美味しい物もいっぱい食べられますから」

 

「食いしん坊だな…………」

 

「ふふふっ…………♪ それに、タクヤのおかげで生まれて初めて海の中を見ることもできましたし」

 

 楽しそうに笑いながら顔を上げ、俺の顔を見上げるステラ。すると彼女のお尻の辺りまで伸びている長い銀髪が触手のように動き始め、頭を彼女の顔の近くへと引き寄せ始める。

 

「ですからずっと一緒にいてくださいね、タクヤ」

 

「分かったよ、ステラ」

 

 俺の顔を引き寄せた状態で目を瞑り、唇を奪おうとするステラ。キスをするつもりなんだろうなと思いつつ、こっちも唇を近づけたんだけど―――――――彼女の小さな唇に触れた瞬間に、彼女の体質を思い出した。

 

 サキュバスが魔力を吸収するためには、身体のどこかにある紋章に相手の身体の一部を触れさせた状態で吸収しなければならない。その紋章の場所はサキュバスによって異なるらしいんだが、基本的には母親からの遺伝となるという。

 

 ステラの場合はその紋章が舌にあるので、相手と舌を絡ませながらキスをしなければならないのである。

 

 ―――――――要するに、ステラとキスすると魔力を強引に吸われてしまう。

 

 舌を絡ませなければ大丈夫だろうと思ってそのままキスしたんだけど、いつもの癖なのか、それとも舌を絡ませたかったのか、油断していた俺の唇を彼女の小さな舌があっさりと突破して、俺の舌に絡みつかせやがった。

 

 身体の中で産声を上げる疲労のような感覚。力を入れているつもりなのに逆に力が抜けていき、最終的に座っている事すらできなくなるほど力が抜けていく。

 

 き、キスが台無しだ…………。

 

 もしかして、ただ単にご飯(魔力)が食べたかっただけなんだろうか。

 

 彼女が舌を離すと同時に、樽の上から転がり落ちそうになってしまう。踏ん張る事すらできなくなった俺を、自由自在に操れる銀色の髪で受け止めてくれた彼女は、うっとりしながら口の周りをぺろりと舐め回し、再び顔を近づけてくる。

 

 もう魔力はないよ、と言うよりも先に、再び唇を奪うステラ。けれども今度は舌を絡ませるいつものキスではなく、唇同士を触れ合わせるだけのシンプルなキスだった。

 

「―――愛してます、タクヤ」

 

 唇を離し、まだ身動きができない俺の頭を自分の小さな太腿の上に乗せるステラ。魔力が回復するまで膝枕をしてくれるという事なんだろうか。

 

 誰も来ないような街の片隅で、星空を見上げながら美少女に膝枕をしてもらうのは悪くない。

 

「俺も愛してるよ、ステラ」

 

 そう言いながら、こっちを覗き込んでくる彼女の顔を見上げて微笑んだ。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。