異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
タンプル搭にある設備の大半は、地下に建設されている。俺たちが席に座って兵士やエージェントたちに指示を出す指令室や、兵士たちが戦場での戦闘を想定して訓練を行う訓練場も、分厚い岩盤と装甲に守られた地下にあるのだ。
兵士たちが訓練をしている区画の下には居住区が広がっており、兵士の家族や志願しなかった住民たちが生活している。テンプル騎士団は志願制なので、受け入れた住民を徴兵することは絶対にない。その代わりに12歳以上で60歳未満の住民たちには、1人につき1丁の銃の所持と、その銃を使って一週間に一度の射撃訓練が義務付けられている。
場合によっては彼らの力を借りることになるかもしれないが、あくまでも住民にまで銃を持たせたのは護身用だ。住民たちの中には設備のメンテナンスをしている者たちもいるけれど、中にはタンプル搭の外に出て買い物に行く住民たちもいるのだ。基本的には兵士たちが護衛につくのだが、兵士たちが任務で出撃している間は護衛の兵士を派遣する事ができない場合もある。だからこそ彼らに射撃訓練を義務付け、銃の撃ち方だけでなく扱い方も教えているのだ。
銃を使うための訓練を、兵士たちの家族も受けるのである。
訓練とはいっても普通の兵士が受けるような厳しい訓練ではなく、銃の撃ち方や安全装置(セーフティ)のかけ方の教育などだ。特に安全装置(セーフティ)に関する教育は徹底的に行うように指示をしている。
銃の使い方を学んでいる住民たちの住む居住区の下にもまだ区画はあるのだが―――――――現時点では”最下層”となっている場所に、テンプル騎士団の新たな兵器が居座っていた。
灰色の砂で埋め尽くされている大地の遥か下に掘られたトンネルを見つめながら、数秒前まで弄っていた端末をポケットの中へと戻す。トンネルの天井には、フィオナ機関から伸びる鋼鉄製のパイプで伝達されている魔力を使って発光する照明がいくつも連なっており、光で闇を穿ち続けている。けれどもトンネルの中に居座る闇を全て消し去ることはできていない。
トンネルの下に鎮座しているのは、2本の金属製のレールだった。
まるで前世の世界にあった地下鉄の駅のホームを思わせる場所からそのレールを見下ろし、これからそのレールの上を疾駆することになる兵器を凝視する。
照明で照らされているホームの傍らに居座っているのは―――――――これ見よがしにテンプル騎士団のエンブレムを描かれた、”装甲列車”だった。
吸血鬼共の春季攻勢の前に、重要拠点とタンプル搭を地下トンネルで繋ぎ、もし重要拠点を放棄せざるを得ない状況になってしまった場合に列車で兵士を脱出させたり、逆にこちらの兵士たちを増援部隊として派遣するという計画がテンプル騎士団の上層部で用意されていたのである。
結局このトンネルが初めて有効活用されたのは、ブレスト要塞の地下にMOABを運び込んで吹っ飛ばすという”ブラスベルグ攻勢”の作戦の時だったが。
あの戦いの後、テンプル騎士団は本格的に装甲列車(こいつ)を運用することになった。
兵士たちの脱出や増援部隊の派遣くらいしか想定されていなかったにもかかわらず、現代戦ではお目にかかれなくなった装甲列車の本格的な運用が決まったのは、テンプル騎士団が初めて装甲列車を投入した”ブラスベルグ攻勢”が原因と言ってもいいだろう。
正確に言うと、あれはMOABをブレスト要塞の地下に運び入れるためだけに機関車と貨車を使っただけなんだけどな。
けれども敵にトンネルがあるということがバレていなかったとはいえ、気付かれずに強烈な一撃をぶちかます事ができた。もしMOABではなく大量の兵士たちだったのであれば、敵はどこからかいきなり現れた大量の兵士たちに急襲され、総崩れになっていただろう。
現代戦では高性能な装甲車やヘリたちが兵士たちを戦場へと運ぶ役目を担当している。けれども装甲列車は、線路の上を走る事しかできない哀れな兵器とはいえ、貨車を増やせばさらに多くの兵士を乗せて戦場へと向かうこともできる。運ぶことができる兵士の人数は、遥かにこっちの方が上なのだ。
更にあの戦いに投入したシャール2Cの”ピカルディー”が、所属していたブレスト要塞が壊滅したにもかかわらず、擱座寸前まで追い詰められたとはいえ、敵の戦車部隊を蹂躙しながら生還し、その後に実行されたブラスベルグ攻勢でも大活躍したことを知った上層部の連中は、兵士の輸送に投入される筈だった装甲列車をとんでもない代物に作り替えるように要求しやがった。
信じられない話だが―――――――シャール2C以上の装甲と武装を搭載し、敵の地上部隊を蹂躙できる決戦兵器として投入するというのだ。
戦術が現代戦から昔の世界大戦の頃に逆戻りしてるんじゃないだろうかと思いつつ、機関車の前後に連結されている重装備の車両を見つめる。
先頭に居座るのは、でっかい砲台が2つも搭載された車両だ。正面と側面の装甲はシャール2Cの分厚い正面装甲を流用しているため、仮に160mm滑腔砲から放たれたAPFSDSが直撃したとしてもそう簡単に貫通されることはないだろう。その車両の上に搭載されているのは、上下に2本の砲身が突き出ているシャール2Cの砲塔だ。搭載されているのは152mm滑腔砲で、口径に合わせて大型化したロシア製対戦車ミサイルの”レフレークス改”を発射する事ができる。主砲同軸には大口径の14.5mm弾を発射する重機関銃まで搭載されているため、この車両に搭載されている兵器だけでも絶大な破壊力を誇る。
更にアクティブ防御システムの”アリーナ”まで搭載されているので、対戦車ミサイルも容易く撃墜してしまう事が可能なのだ。
まるで戦艦の主砲のように巨大な砲塔が居座る車両の後ろに連結されているのは、対空機関砲と地対空ミサイルを搭載した”2K22ツングースカ”の砲塔を3基も搭載した車両である。巨大な主砲を搭載していれば戦車部隊に猛威を振るう事ができるが、装甲列車や戦車の天敵は航空機である。そこで、味方が制空権を確保できていない場合でも強引に航空隊を薙ぎ払いながら進撃できるように、対空用の兵器を満載した車両も用意されているのだ。
その後ろに兵士たちを30名も収容できる兵員輸送車両を連結しており、その後ろに機関車を連結している。
採用された機関車は、フィオナ機関で動く『フィオナM28』という異世界の機関車である。モリガン・カンパニーで製造された車両で、外見は前世の世界に存在した蒸気機関車の”D51”に似ている。
蒸気機関車と違って煙を出さないので目立たないし、重装備の車両を牽引できるほどの十分な馬力があるのでこの機関車が採用された。とはいえ戦闘を想定して設計されたものではないので、タクヤの能力によって装甲が装備されている。
冷却用の水を満載した車両の後ろからは、機関車の前にある車両と同じものが連結されているのだ。現時点で合計で60名も兵士を輸送する事ができるが、車両を増やせばさらに多くの兵士たちを運ぶこともできる。
爆発反応装甲を搭載するという案もあったんだが、列車の走行に必要なレールを爆発で台無しにしては元も子もないので、爆発反応装甲の搭載は見送られた。
黒と灰色のダズル迷彩に塗装されている車両の側面には、エンブレムと共に”シミャウィ”という名前がオルトバルカ語で描かれていた。
この名前を付けたのはタクヤだ。名前の由来は、第二次世界大戦の序盤であのドイツ軍を撃退するという大きな戦果をあげた、ポーランドの装甲列車の『シミャウィ』だろう。腕を組みながら名前の由来を予想している間に、隣にやってきたクランが乗り込んでいく乗組員たちに指示を出していく。
ちなみにクランはこの装甲列車に『ビスマルク』か『ティルピッツ』という名前を付けるつもりだったらしい。最終的に多数決でシミャウィになっちまったが。
俺はビスマルクが良かったんだがなぁ。タクヤめ。
「それにしても、たった1人の転生者を救出するためにこいつを出す必要あるか? 切り札だろ?」
タクヤからの連絡は、もうオペレーターたちから聞いていた。ステラを連れてダンジョンの調査に向かったあいつは、タンプル搭から離れた場所にある小さな町で、傭兵ギルド『アサシンズ』に狙われている転生者の少年を保護したという。
アサシンズとの交戦が想定されるため、アサシンズの情報をよこせと要求してきたようだ。
近隣のギルドの情報はしっかりと調べてあるので、もちろんアサシンズの情報も集めてある。メンバーは合計で200人前後で、本拠地はない。各地を移動しながら活動している変わった連中だ。暗殺に特化したメンバーばかりで構成されているらしいし、得物は小型のナイフや古めかしいサーベル程度である。
だからこそ俺はクランに問いかけた。
相手は暗殺くらいしかできない連中だ。装甲車や戦車を投入しなくても勝てるだろうし、下手したら銃を使う必要もないような相手だ。こんな重装備の装甲列車を投入しても勝負にならないのは想像に難くない。
制服姿の運転手に「じゃ、お願いね」と言ってから敬礼した彼女は、微笑みながらこっちを振り向いた。
「何言ってるのよ。相手が弱いからこそ投入するんじゃないの」
「……………容赦ないなぁ」
クランがこいつを投入すると言った理由が理解できた。
クランの奴は、アサシンズの連中を実験台にするつもりなのだ。このシミャウィは訓練のために出撃したことはあるが、実際に敵と交戦したことは一度もない。だからアサシンズの連中を生贄にして、この装甲列車のデータを得るつもりなのだろう。
すでに装甲列車を走らせるための地上の線路や地下のトンネルは、フランセンとの国境の近くまで伸びている。最終的にはカルガニスタン全土に線路を用意して、いつでも装甲列車を派遣できるようにする予定だ。
「ところで、モリガン・カンパニー側から返事はあったの?」
「『フランセンの国境に第872哨戒部隊を派遣する』だそうだ。そこに連れてこいって事だろ」
保護した転生者を装甲列車で回収し、モリガン・カンパニーの部隊に引き渡してオルトバルカまで連れ帰ってもらうことになっている。どうやら彼は小説家らしく、明後日にはオルトバルカに帰る予定だったらしいからな。
出版している小説の新刊の発売が延期になったらファンは悲しむだろう。モリガン・カンパニーの連中はそれも考慮してくれたんだろうが、あいつらの狙いはその作者が持っている一枚の写真だろうな。
タクヤが保護した転生者は、小説の参考にするために写真を撮影しながら旅行してたらしいんだが、どうやらアサシンズの連中が麻薬の取引をしているところを写真に撮ってしまったらしい。それを管理局に提出されればアサシンズは解体され、メンバーは確実に身柄を拘束されることになるため、アサシンズの連中は是が非でもその小説の作者を消し、写真の提出を阻止しようとするに違いない。
でも、モリガン・カンパニーの手に渡った方が危ないような気がする……………。あの組織は容赦がない連中ばかりだから、アサシンズの連中や取引相手は確実に”粛清”されることだろう。
「で、その哨戒部隊の兵力は?」
「歩兵70名、T-14が10両、T-15が15両、スーパーハインド6機。その気になれば近隣の空港からいつでもA-10Cを出撃させられるらしい」
「…………ねえ、それが”哨戒部隊”なの?」
「ああ。しかも”第872”だそうだ」
化け物だな…………。
ヴリシアに派遣した部隊や春季攻勢(カイザーシュラハト)の迎撃に派遣した兵力ですら、モリガン・カンパニーの全兵力ではないらしい。あの企業の上層部の連中の話では、全ての兵力を集めて侵攻させると、数が多過ぎるせいで”指揮が執り切れなくなる”ために一部の兵力しか投入しなかったという。
要するに、あの2つの戦いでモリガン・カンパニーは全く本気を出していないのだ。
あんな勢力と戦争になったら勝ち目がないな、と思いつつ、俺は再び腕を組みながら装甲車を見つめた。
モリガン・カンパニーは容赦のない連中だが、テンプル騎士団もクソ野郎には絶対に容赦をしない勢力だと思いつつ、メニュー画面を開いた。
どうやらクランの奴は、この作者を保護してフランセンの国境まで連れて行き、そこで待っているモリガン・カンパニーの哨戒部隊に引き渡すためだけに、虎の子の装甲列車を投入するらしい。敢えて格下の敵との戦闘に投入してテストをするつもりなんだろうなと思いつつ、メニュー画面に映っているチョールヌイ・オリョールをタッチし、その戦車を目の前に出現させる。
何の前触れもなく黒と灰色のダズル迷彩に塗装された戦車が出現したのを目の当たりにした少年は、ぎょっとしながら目を見開いた。
「せ、戦車!?」
「どうぞ、先生。俺たちの愛車だ」
キャタピラと装甲と戦車砲を積んだ物騒な愛車だけどね。
普段は操縦手、砲手、車長の3人で操縦することになっている。自動装填装置を搭載しているので、砲手が乗る必要はないのだ。今から3人でこの戦車に乗って装甲列車の線路まで向かうわけなんだが、俺の隣にいる作者さんは戦車の動かし方を知らないので、実質的にこいつを動かすのは俺とステラということになる。
操縦手がステラで、砲手が俺だ。
彼女がまたドリフトしないことを祈りつつ、砲塔の中へと入る。原稿と写真の入ったカバンを抱えながら砲塔をよじ登ってきた先生に向かって手招きし、でっかい機関銃が搭載されているハッチの中へと案内してから、ハッチを閉じて砲手の座席に座る。
装甲列車の線路に向かうのであれば、バイクやハンヴィーで移動した方が手っ取り早い。けれども敢えて小回りの利かない戦車を選んだのは、この戦車が分厚い装甲で守られているからだ。
装甲の薄い車両や防御力とは無縁なバイクでの移動だと、唐突に奇襲される恐れがある。それを防ぐために警戒しながら護衛するのが俺とステラの役目というわけなんだが、いくら実戦を何度も経験しているとはいえ限界があるし、相手は暗殺を得意とする傭兵たちだ。もしかしたら俺たちの隙を突くほどの実力者がいるかもしれない。
なので、戦車で移動すれば安全というわけだ。全ての方向を警戒しながら進むのはめんどくさいし。
それにこの戦車に乗りながら敵と戦えば、車長の席に座りながらきょろきょろと砲塔の中を見渡している先生にも現代兵器の真の力を見せてあげられますしね。
「あ、あのさ」
「ん?」
モニターをタッチして自動装填装置のチェックをしていると、車長の席に座りながらカバンを抱えていた作者が声をかけてきた。
「そういえば、君の名前は?」
「タクヤ・ハヤカワだ。あっちにいる幼女がステラ・クセルクセス」
「タクヤ、ステラはこう見えても39歳なのですよ? 幼女ではありませんっ」
操縦手の席でチェックしながら反論するステラ。苦笑いしながら彼女に謝りつつ、俺の名前を聞いた彼のリアクションを予想する。
こっちの世界では”タクヤ”という名前は珍しいらしいので、男なのか女なのかは分からないようだ。けれども前世の世界の日本からやってきた転生者ならば、タクヤという名前が男の名前だという事を知っているだろう。
なので、俺の名前を聞いた転生者共のリアクションは、女なのに男の名前を付けられた哀れな美少女だと思うか、男だと知ってショックを受けるかのどちらかである。
今回はどっちなんだろうな、と思いつつ彼の方を見て見ると、彼は俺と目が合った瞬間に微笑んだ。
「やっぱりね」
「え?」
ん? バレてた?
「なんだか言動が女の子にしては粗暴だし、仕草も男っぽかったからさ」
おお、やっと男だと思ってもらえた!?
でも最初はこいつも俺の事を女だと言ってたよな? 男だとは思っていたけれど、断定できなかったから女ということにしていたという事なんだろうか。
今まで散々女に間違われてばかりだったからなのか、結構嬉しい。けれども親しい人や肉親にすら女に間違われることもあったし、時折自分の性別が女だと無意識のうちに思い込んでしまうこともあったから、ちょっとばかり自分が男だと思われていた事に違和感を感じてしまう。
違和感を感じるのは拙いよな。
「そりゃどうも。で、先生の名前は?」
「俺は『牧島文耶(まきしまふみや)』。よろしく」
「おう、フミヤ先生。……………それじゃあ同志、そろそろ行きますか」
「了解(ダー)」
今のところ、アサシンズの連中は襲撃してきていない。まだ仲間が殺されたという事に気付いていないのだろうか。
とりあえず、警戒しながら装甲列車(シミャウィ)と合流するまで旅を楽しむとしよう。