異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
冷たい水の中に入れておいたタオルを絞り、ベッドの上で眠っている彼女の額に優しく乗せた俺は、ベッドで毛布をかぶっている彼女の寝顔を数秒だけ見守ってから、踵を返して部屋に備え付けてある簡単なキッチンへと向かった。
商人から購入した米を木箱の中から取り出して、同じく倭国の商人から購入した鍋も準備してから、もう一度眠っているクランを見つめる。
クランが、風邪をひいてしまったのだ。
シュタージの指令室である”諜報指令室”で指揮を執っている最中に、いきなりクランが倒れてしまったのである。着替えを終えて一緒に諜報指令室へと向かっている時から体調が悪そうだったから、俺は何度か彼女に「今日は休んだ方がいい」と言ったんだけど、彼女は首を横に振りながら諜報指令室へと向かい、いつも通りにエージェントたちの指揮を執ろうとしたのである。
無茶をするな、と何度かクランに言われたことがあるけれど、彼女も人の事は言えないだろうな。クランだって今日は無茶をして倒れてしまったのだから。
というわけで、俺もクランと一緒に休みを貰い、彼女の看病をすることになった。シュタージの司令官代理は
冷蔵庫の中からタクヤが仕留めてきたデッドアンタレスの肉を取り出し、包丁で切っていく。こいつは砂漠に生息する魔物で、猛毒を持つ尻尾と胴体から生えた鋏で数多の冒険者を葬ってきた危険な魔物なんだが、肉は味がエビにそっくりで美味しいので食材にもされている。毒を持っている魔物だが、その毒は熱で分解する事ができるので、ちゃんと茹でたり焼いたりすれば問題ない。
なので、残念だけどこいつを刺身にして食うのは自殺行為である。
毒の分解のためにもう既に茹でてあるので、こいつを鍋の中にぶち込むのはもっと後でいいだろう。
あ、そうだ。卵も入れてみようか。そう思いながら冷蔵庫の扉を再び開けて卵を3つ取り出す。
ちなみにこの冷蔵庫はモリガン・カンパニー製。タクヤの親父が経営している会社の工場で生産されたものである。搭載されている小型フィオナ機関に魔力を充填しておけば、その魔力を氷属性の魔力に自動的に変換し、内部に冷気を放射する仕組みになっている。当たり前だけど産業革命前までは冷蔵庫は存在しなかったので、食料の保存にはかなり手間がかかっていたらしい。
しかも価格は一般的な労働者でも購入できるほど安価なので、貴族だけでなく庶民たちもこれを購入して使っているという。テンプル騎士団でもこれを大量に輸入して全ての部屋に備え付けているので、住民たちは俺たちがいた前世の世界に近い生活を送ることができるというわけだ。
段々とこの世界も、あの前世の世界に近づきつつある。
かき混ぜた卵を鍋に入れようとしていると、部屋のドアからノックする音が聞こえてきた。誰だろうか、と思いつつ火を弱火にして、クランの代わりに入り口のドアを開ける。
「はいはーい」
ドアの向こうに立っていたのは、背の高いドイツ人の少年だった。身に纏っているのはテンプル騎士団空軍の制服で、左肩には岩に刺さったエクスカリバーのエンブレムが描かれたワッペンがついているのが分かる。
アーサー隊の隊長を務めているアルフォンスだった。
「クーちゃんは無事なのか?」
黒いベレー帽をかぶったアルフォンスは、エプロンを身に着けたままドアを開けた俺を見下ろしながらそう尋ねてきやがった。
どうやらこいつはクランの幼馴染らしく、幼い頃はよくクランと一緒に遊んでいたらしい。しかもこいつとクランのご先祖様は第一次世界大戦に参加した戦友で、クランの曽祖父とこいつの祖父も第二次世界大戦に参加した戦友だったという。
クランから聞いた話なんだが、クランのご先祖様は第一次世界大戦でドイツの戦車である”A7V”の車長を担当していたらしい。車体の上に負傷した仲間を乗せて撤退する最中に墜落した飛行機から脱出したアルフォンスのご先祖様を発見し、彼も戦車の上に乗せて無事に生還したという。
つまり、クランのご先祖様はアルフォンスのご先祖様の命の恩人というわけだ。
というかクランのご先祖様も戦車に乗ってたんだな…………。第二次世界大戦でも曽祖父がティーガーⅠに乗ってたみたいだし、祖父も西ドイツでレオパルト1に乗っていたという。そしてクランのお父さんは現役の車長で、レオパルト2に乗っている。
戦車一家だな、クランの家系は。娘も異世界でレオパルトに乗ってるし。
「ああ、ちゃんと看病してるよ」
「よ、よかった…………。話をしてもいいか?」
「どうぞ」
人の彼女を取るつもりじゃないだろうな、と思いながらちょっと目を細めたが、俺は素直にこいつを部屋に入れてやることにした。アルフォンスはかなり誠実な男だからクランを奪うのは有り得ないし、こいつにはもう既に好きな女の子がいるらしい。
道を譲ると、アルフォンスは部屋の中へと足を踏み入れる。タンプル搭の部屋の中に入る際は靴を脱ぐ必要はないので、そのまま部屋の中へと入っても問題はないのだ。とはいっても家の中に足を踏み入れる前に靴を脱ぐのが当たり前だった日本で育ったせいなのか、やっぱり靴を履いたまま中に入るのは違和感しか感じない。
そういえば、前世の世界でクランも大学の寮の部屋に入る時も靴を脱がずに上がろうとしてたな。慌てて靴を脱ごうとしていたクランの事を思い出しつつキッチンへと戻り、俺はアルフォンスを適度に監視しながら雑炊の調理を続けることにした。
よし、そろそろ卵を入れるか。デッドアンタレスの肉を入れるのはもっと後だな。これもう茹でてあるし。
『クーちゃん、大丈夫?』
『ゴホッ…………あれ? アルフォンス?』
『体調はどう?』
『大丈夫よ…………これ、ただの風邪だし。それにケーターがちゃんと看病してくれてるからすぐに復帰できるわ』
ベッドの方からドイツ語の会話が聞こえてくるんだけど、当然ながらドイツ語は全然分かりません。正確に言うと少しは喋れるんだけど、さすがにドイツ語が母語の人たちの会話を聞いても、あの2人がなんと言っているのかは理解できない。
ドイツ語辞典でも用意するべきだろうか。
転生者はこの端末を持っていれば、この異世界の言語―――――――異世界の公用語になっているオルトバルカ語のみだが―――――――を理解できるようになる。もちろん出身国の違う転生者同士でも、まるで自分の母語のように扱えるようになったオルトバルカ語でコミュニケーションを取ることができるんだけど、やっぱり自分の母語の方が使いやすいんだろう。
そう思いながら増水の中にデッドアンタレスの肉を入れ、米や卵と一緒に煮込む。あと3分くらい煮込めば十分だろう。
「何を作ってるんだ?」
「わっ!?」
いつの間にかキッチンの近くにいたアルフォンスに声をかけられ、びっくりしてしまう。
彼はキッチンの中に居座る鍋をまじまじと見つめながら、首を傾げた。
「スープか?」
「雑炊だ」
「ゾースイ? 日本(ヤーパン)の料理か?」
「そうだよ」
クランの口には合うだろうか。前世の世界でも彼女は日本食をよく食べてたから大丈夫だとは思うけど、お粥とか雑炊は日本で食べたことがなかった筈だ。
ちょっと心配になったので、俺は鍋の蓋を開けた。煮込まれた純白のご飯と黄色い卵の上にデッドアンタレスの真っ白な肉が乗っており、すでに茹でてあるその肉には、水分を吸ったせいで艶がある。
棚の中からスプーンと小皿を取り出し、そのスプーンで増水の端を少しばかり崩す。小さな肉と卵の一部と一緒に少量のご飯を小皿の上に乗せた俺は、スプーンと一緒にその小皿をアルフォンスに差し出した。
「食ってみるか?」
「いいのか?」
「おう」
小皿を受け取り、スプーンで小皿の上の雑炊を口へと運ぶアルフォンス。湯気と熱を発する雑炊を少しばかりそれを冷ましてから、彼はそれを口へと放り込んだ。
「…………悪くないな」
「それはよかった」
「で、このエビみたいなのは何だ?」
「デッドアンタレスの肉だよ。タクヤの奴が仕留めてきたらしくてな」
「さ、サソリの肉を入れたのか!?」
「安心しろって。味はエビにそっくりだし、毒は加熱すればすぐ分解できる。カルガニスタンでは一般的な食材らしいぞ」
どうやら不味くはないらしい。
小皿に残った雑炊を全部口へと運んだアルフォンスは、「ご馳走様」と言ってからそれをキッチンの近くへと置いた。部屋のドアの方へと歩きながらベッドにいるクランにドイツ語で声をかけた彼は、クランに向かって頷いてからドアを開け、俺たちの部屋を後にした。
鍋の中にある雑炊を皿へと乗せ、大きめのスプーンも用意する。ネギも入れればよかったな、と後悔しながらその皿をお盆の上に乗せ、エプロンを身に着けたままクランの所へと向かう。
「ゴホッ…………ごめんね、ケーター」
「気にすんなって。ところで食欲は?」
「だ、大丈夫…………」
それはよかった。
お盆を近くの小さなテーブルの上に置くと、クランもアルフォンスと同じように皿の上の雑炊をまじまじと見つめる。
「これは何? スープ?」
「雑炊だよ」
「ゾースイ?」
「ああ」
雑炊をまじまじと見つめながら、ベッドから身体を起こそうとするクラン。よく見ると後ろ髪の一部から寝癖らしきものが飛び出ていて、大人びている彼女に子供っぽい雰囲気を与えている。
普段の彼女はすぐに寝癖を直してしまうので、寝癖がついているクランは結構珍しい。前世の世界でも1回くらいしか見たことがない。やっぱり寝癖がついているのは恥ずかしいのかもしれないけれど、寝癖がついているクランも可愛いので何も言わないでおこう。バレたら恥ずかしがるかもしれないけれど。
恥ずかしがるクランも可愛いかもしれないなと思いつつ、雑炊を冷ましてから、雑炊を乗せたスプーンを彼女の口へと運ぶ。
彼女の口には合うだろうか。
「あっ、美味しい」
「そ、そうか?」
「ええ。さっぱりしてるし、このエビみたいなのも柔らかくて美味しいわ。これはエビよね?」
いいえ。クランさん、それはサソリのお肉なんです。
「これ、デッドアンタレスの肉なんだ」
「えっ、サソリの肉なの?」
「ああ。でも美味しいだろ?」
「うん、悪くないかも♪」
どうやらクランはこの雑炊を気に入ってくれたらしい。食欲はあるらしいので、少なくともこの皿に入っている分は完食できるだろう。もし残してしまったら厨房からネギを貰ってきて残った雑炊に混ぜ、また温めてから明日の朝に食べればいい。
もっと食べたいと言わんばかりに、口を小さく開けて待機するクラン。俺は寝癖がついていることに未だに気付いていないクランを見て微笑みながら、再びスプーンを彼女の口へと運ぶ。
次々にスプーンを彼女の口へと運んでいいるうちに、皿の中は空っぽになってしまった。もっと持ってくるか、と尋ねると、クランは首を横に振る。食欲はあるらしいけれど、まだそんなに食べられないらしい。
枕元に置いてある彼女のタオルを拾い上げ、再び冷たい水で濡らす。熱は下がっただろうかと思いつつ近くにある体温計へと手を伸ばし、まるでテレビのリモコンをそのまま細くしたような外見の、モリガン・カンパニー製の体温計を拾い上げる。
こいつの内部に充填されている魔力を使って体温を測る仕組みらしい。
モリガン・カンパニーの製品のおかげで、この世界の生活は前世の世界の生活に近づきつつある。飛行機や自動車が登場するのはあと何年後なのだろうか。
もしクランと結婚して子供が生まれたら、家族を連れて異世界製の車でドライブにでも行きたいものである。
体温計のスイッチを押してからそれをクランに渡すと、彼女はパジャマのボタンをいくつか外し始めた。体温を測るためにはボタンを外さないといけないのは仕方がないと思うんだけど、水色のブラジャーに覆われた大きめの胸が覗くまでボタンを外す必要はないと思う。
わざとだな、と確信しつつ、クランの誘惑通りに彼女の胸を凝視してしまう。
とりあえず、さっきの皿を片付けておこう。
クランが食べ終えた雑炊の皿とスプーンを拾い上げ、キッチンへと運ぶ。
クランは巡洋戦艦だな。さすがにラウラみたいな超弩級戦艦ではないけど。
「あ、熱下がってる」
「どれくらい?」
「36.8℃ですって」
「じゃあ明日の朝には治りそうだな」
安心しながら皿とスプーンの水を拭き取り、再び棚の中へと戻す。エプロンも脱いで壁にかけてからベッドの傍らに戻り、彼女から体温計を受け取って俺も彼女の体温を確認する。最初に測った時は38℃くらいだったからもう大丈夫だろう。
「シャワーはどうする? 浴びれそう?」
住民の部屋にはシャワールームが備え付けられており、シャワールームの中にはちゃんと浴槽もある。
それに、なんと居住区の中には大浴場もあるのだ。どうやら居住区の拡張のために穴を掘っていたドワーフたちが温泉を発見してしまったらしい。兵士たちや住民たちもよくその大浴場を使っているんだけど、さすがに風邪をひいているクランを大浴場まで連れて行くのは無理だろう。
彼女に尋ねると、クランは首を横に振った。
「今日は寝てたいな」
「はいはい。でも、さすがにシャワーを浴びないのは拙いんじゃないか?」
「じゃあ…………ケーター、身体拭いてくれる?」
「えっ?」
な、な、なんですって?
額に乗せていた濡れたタオルを手に取り、それをもう一度冷たい水で濡らしてから俺に差し出してくるクラン。タオルを受け取ってしまった俺は、呆然としながら彼女を見つめる。
「せ、せ、背中だけですよね?」
「いえ、全身よ?」
ぜ、全身…………?
「一緒にお風呂入ったこともあるし、私の裸を見たこともあるから大丈夫でしょ?」
「そ、そうだけどさ…………」
裸を見るどころか抱いちゃったこともあるんですけど、どういうわけか緊張しちゃうんです。どうしてなんでしょうか。
「じゃあお願いっ♪」
そう言いながら再び身体を起こし、パジャマのボタンを外し始めるクラン。またしてもあらわになった水色のブラジャーと再会する羽目になった俺は、息を呑んでからタオルを持った手を伸ばすのだった。
「同志大佐、エージェントからの報告書です」
「Danke(ありがとう).そこに置いといてもらえるかしら」
オペレーターが置いて行った報告書を手に取り、エージェントたちが集めた情報を目にするクラン。エージェントたちが集めてくるのは基本的には転生者に関する情報で、人々を虐げている転生者がいれば部隊を派遣して殺す必要があるし、転生してきたばかりの善良な転生者がいる場合は保護しなければならない。
転生者を排除するという判断を下すのも、クランの仕事だ。とはいっても実際に排除する前に、排除する必要があるという理由を円卓の騎士たちに説明する義務があるので、即座に部隊を派遣できるというわけではないのだが。
昨日みたいに寝癖のついているクランも可愛いけど、やっぱり彼女に一番似合うのはあの黒い制服だな。そう思いながら俺も報告書を受け取り、内容を確認しつつちらりと彼女を見守る。
やっぱり風は今朝には治っており、俺が歯を磨き終えて洗面所から出てきた頃には、黒い制服と略帽を身に纏った凛々しい彼女が、微笑みながら俺の事を待っていてくれた。
「ケーター、読み終わったらそっちの報告書もこっちにちょうだい」
「
返事をしながら内容を確認し、彼女に報告書を手渡す。
するとクランは微笑みながら顔を俺の耳へと近づけ、囁いた。
「―――――――昨日はありがとっ♪」
顔を離す前に頬にキスをしてから、再び凛々しい表情になって報告書を確認するクラン。
俺はニヤニヤしながら自分の席へと戻り、いつの間にか机の上にどっさりと置かれている報告書を確認し始めるのだった。