異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
部屋の中にある鏡を見つめながら、俺は溜息をついた。
キメラは人間と魔物の遺伝子を併せ持つ新しい種族で、”突然変異の塊”と言っても過言ではないほどどのような種族なのかという傾向がつかめない種族である。それゆえに突然変異を起こす確率は、他の種族とは比べ物にならないほど高い。
だから魔力を含んだウィッチアップルは食べないように注意していた。あれを食べると中に蓄積されている魔力の影響で、突然変異を起こしてしまう可能性があるからである。
1回目は
けれど―――――――食っちまったよ、ウィッチアップルを。
ウィッチアップルは甘みが強いリンゴで、魔力を含んでいる。そのため非常に美味しいのだが、危険な魔物が徘徊するダンジョンのような危険地帯や、魔力の濃度が高い地域でしか育たないため栽培することは不可能なのだ。それゆえにダンジョンで発見して持ち帰れば、たった1個で調査の報酬に匹敵する金額になる。
魔力を含んでいる果物なので、魔力が主食のサキュバスたちはよくおやつに食べていたという。
サキュバスたちは魔力を摂取しない限り満腹感を感じない体質なので、魔力を含んでいるウィッチアップルはおやつにうってつけだったのだろう。それが主食にならなかったのは、魔力を含んでいるとはいえ常人の持っている魔力よりも量が少ないし、栽培も困難であるため危険なダンジョンや魔力の濃度が高い土地から採ってくるしかない。それゆえに食料にするのは難しかったのだろう。
彼女たちにとってはおやつかもしれないけれど、変異を起こしやすいキメラにとっては突然変異の起爆スイッチというわけだ。
そのスイッチを、俺は昨日押してしまったのである。
二度あることは三度あるってか。
何も変異が起きていませんようにと祈りながら目を覚ましたのだが―――――――変異を起こしやすいキメラが、ウィッチアップルを食べてただで済むわけがない。
「はぁ…………」
鏡を見つめてから自分の両手を見下ろして、俺は溜息をつく。
親父と比べると、訓練を受けて鍛え上げたとはいえ俺の体格は結構華奢だ。男にしてはすらりとした体格だからよく女に間違われるのかもしれない。最大の原因は髪型と顔つきだと思うが。
けれども袖から覗いている手は、すらりとしているというよりは”小さい”と言うべきかもしれない。指は縮み、手のひらも全体的に小さくなってしまっている。
小さくなっているのは手のひらや指だけではない。両足も結構小さくなっている上に身長まで縮んでいる。おかげで洗面所にある鏡を見るためには踏み台が必要になってしまっている。多分、今の身長は140cmくらいだろうか。
そう、また幼い姿になってしまったのである。一番最初にウィッチアップルを食っちまった時は5歳か6歳くらいだったんだが、今の俺の年齢はおそらく8歳か9歳くらいだろう。
またショタクヤになっちまったと思いつつ、俺に抱き着いたまま眠っていたラウラからこっそりと離れ、トイレに向かった俺は―――――――今回は”ショタクヤ”ではないということに気付く羽目になった。
信じられないんだが―――――――俺の”アハトアハト”が見当たらないのである。
何度もラウラに搾り取られたアハトアハトが、なかったのだ。
つまり今の俺は、ショタクヤではない。
考えられない事だが―――――――ショタクヤではなく”ロリタクヤ”になってしまっているのである。
「うそだろ…………」
お願いですからやめてください、あのリンゴをキメラに食べさせるのは。
「こんどはようじょかよ…………」
しかもいつもよりも声が高くなってるし。
踏み台に使っていたブラッドエリクサーの箱――――――イリナとラウラが食事をする時のために売店で購入しておいたものだ―――――――の上から降り、溜息をつきながらステータス画面を開く。
転生者の身体能力は、攻撃力、防御力、スピードの3つのステータスによって強化されることになっている。基本的にレベルが上がると同時にどんどん上がっていく仕組みになっているんだが、姿が変わるとそのステータスも影響を受けてしまう。ちなみにショタクヤになっちまった時は全部のステータスが一気に下がってしまったし、女の姿になると攻撃力とスピードのステータスが上がる代わりに、防御力は初期ステータス並みに低下してしまうようだ。
というわけで、今のステータスを把握するためにメニュー画面を開いた俺は、自分のステータスの数値を目にして絶句した。
幸いスピードのステータスは変わっていなかったが―――――――攻撃力と防御力は、なんとどちらも100まで低下してしまっていたのである。
しょ、初期ステータス並みじゃねえかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
スピードのステータスが変わっていないのは喜ばしい事だが、他の2つのステータスが一気に初期ステータスと同じくらいまで低下したのは大問題である。特に攻撃力が初期ステータスと同等だと、それなりにレベルの高い転生者に攻撃が通用しなくなる恐れがあるのだ。
特に影響を受けるのは近接攻撃である。ナイフや剣などで転生者を攻撃しても、相手の防御力がこっちの攻撃力を上回っていれば刃が相手の皮膚に叩きつけられても斬ることはできないし、突き刺しても皮膚が微かに窪む程度になってしまうのである。
銃の攻撃力にも多少は影響するが、近距離攻撃ほど大きな影響を受けるわけではない。銃の場合は普通の銃と同じく弾薬などが攻撃力に大きな影響を与えるので、攻撃力のステータスはおまけ程度で済むのだ。
俺の本職は狙撃だけど、白兵戦もそれなりに得意なので、近距離攻撃がこれで使い物にならなくなってしまったのは本当に大問題である。
落胆しながら洗面所を後にする。背伸びをしてドアノブへと小さな手を伸ばしてドアを開けると―――――――ドアの向こうでは、楽しそうに微笑んでいる3人の美少女が、どういうわけかやけにフリルが付けられたゴスロリの服やスク水を準備して待っていた。
その用意した衣装を自分たちが着るわけではないのは火を見るよりも明らかである。
「そ、そのいしょうはなに?」
「ふにゅ? タクヤ用の衣装だよ?」
「ふふっ、やっぱりゴスロリが似合いますわ! 今回は幼女なのですから!」
「何言ってるの? スク水が一番だよっ!」
子供用の衣装を持ったまま、こっちにじりじりと近づいてくるイリナとカノン。まさかあれを俺に着せるつもりなのだろうか。
逃げようと思ったんだけど、素早く伸びてきたラウラの柔らかい尻尾が腰に巻き付いているせいで逃げる事ができません。お姉ちゃん、俺は男なんですけど。あんな服を着るわけにはいかないので逃がしてもらえないでしょうか。
頼んでもラウラは逃がしてくれないだろうなと思いながら、俺はまたしても溜息をついた。
俺の性別ってどっちなんだろうか。
そんなことを考えながら、隣にいるラウラと手を繋ぎながらタンプル搭の通路を進む。幼児になった時はラウラに抱き抱えられたせいで恥をかいた挙句、母親譲りの大きなおっぱいが猛威を振るったので、今回は彼女にお願いして歩かせてもらっている。
ちなみに身に纏っているのはいつものコートではなく、先ほどカノンとイリナに服を脱がされた挙句、強引に着せられたフリルだらけのゴスロリの服である。どうやらカノンがステラに着せるつもりで実家から届けてもらった服らしい。
こいつは同じ部屋に住んでいる仲間にこんな服を着せるつもりだったのかと思いつつ、反対側の手を握ってニヤニヤしながら歩いているカノンの顔を見上げた。
真面目な時はカレンさんのように凛々しくなるんだけど、普段のカノンは変態なんだよなぁ…………。何でテンプル騎士団の団員はこういう人ばかりなのだろうか。
「やっぱり似合ってますわね♪」
「やかましい」
俺は男だ。
幸い団員たちの大半は訓練中らしく、通路の中にいるのは巡回中の警備班の兵士たちくらいだ。PPK-12を背中に背負った兵士たちがラウラとカノンに敬礼してくるけれど、見慣れない幼女と手を繋いで歩いているからなのか、目を見開きながら俺をまじまじと見てきたり、首をかしげている。
多分俺とラウラに子供ができたという噂が産声を上げることになるだろうなぁ…………。
3人で一緒にエレベーターに乗り込み、シルヴィアがいる畑へと向かう。もう既に検査はしてもらっているので、これから彼女に検査の結果を教えてもらいに行くのだ。
ショタクヤになっちまった時はウィッチアップルの魔力が体内に定着しなかったのですぐに元に戻れたけれど、性別を切り替える能力を手に入れた時は魔力が完全に定着してしまったため、元に戻ることはできたものの、能力は残ってしまっている。
今回はどちらなのだろうか。場合によっては、元の姿には戻れないという最悪の結果が出ている可能性もある。もしそうなったら性別が変わった挙句、また8歳児からやり直さなければならない。
それは本当に最悪である。ラウラと結婚しても子供が作れないじゃないか…………。
キメラは現時点で4人しかいない希少な種族なので、何としても子孫を残さなければならない。
元の姿に戻れませんようにと祈りつつ、もう二度とあんなリンゴは口にしないと誓っているうちに、鉄格子にも似た扉のついたエレベーターが畑のある区画についたらしく、短いチャイムを奏でた。歯車たちが回転する音を発しながら扉を開けると同時に、取り付けられているパイプの隙間から蒸気にも似た魔力の残滓が噴き出してくる。
この魔力の残滓は高圧の魔力が通過した際に取り残されていく物なので、特に有害というわけではない。
エレベーターから降り、畑へと向かう。タンプル搭の地下にある畑では、天井に埋め込まれたメモリークォーツによって再現された日光を使って野菜などを栽培しているのだ。なので警備兵たちに守られた安全な地下で、魔物に襲われることなく野菜を栽培する事ができるのである。
自分が生えた場所からは基本的に移動できないアルラウネであるシルヴィアには、その畑の管理や薬草などの研究をお願いしている。彼女は植物や魔力の事に関しては非常に詳しいらしく、最近は栽培している薬草を調合して独自のエリクサーを作ろうとしているらしい。
扉を開けた瞬間、歯車たちの音やオイルの臭いが一瞬で土と植物の匂いに呑み込まれてしまった。
ここは地下にある区画なんだけど、天井に映し出されているのは青空と太陽だ。カルガニスタンの砂漠のように熱いというわけではなく、まるでラガヴァンビウスの周囲に広がる草原にいるように暖かい。植物たちにとっては理想的な気温と天候なのではないだろうか。
その畑の隅に置いてある木製の机の近くに、両足を大きめの植木鉢に入れられたシルヴィアがいた。机の上には実験器具や分厚い本が並んでおり、その机の上だけは科学者の実験室と化している。ビーカーの中に入っているオレンジ色の液体は新しいエリクサーだろうか?
「シルヴィア」
「あっ、タクヤさん。検査の結果は出ましたよ」
微笑みながらそう言ったシルヴィアは、片手で液体の入った試験管を振りながらもう片方の手を伸ばし、数枚の資料を手に取った。
俺は元の姿に戻ることはできるのだろうか。出来る事ならば再び男の姿に戻り、キメラの子孫をちゃんと残したいものである。
「今回なんですが―――――――前回のように魔力が定着してしまっていますね」
「どういうことだ?」
「ええと、要するに元の姿に戻ることは可能です。前回と同じパターンですのでご安心を」
よ、良かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
つまり、この幼女の姿からいつでも元の姿に戻ったり、女の姿に戻ることができるのだ。姿が変わると自分のステータスもかなり変わってしまうんだけど、この幼女の姿の特徴は何なのだろうか。
ちなみに男の姿の時は、スピードがやや高めになっているが、基本的にステータスはバランスが取れている。女の姿になると防御力が一気に下がる代わりに、攻撃力とスピードが劇的に向上するので、スピードを生かして攻め込みたい場合に重宝している。
けれどもこの幼女の姿は―――――――スピードのステータスが男の姿の時と変わらないというのに、他の2つのステータスが初期ステータスまで下がってしまっているのである。スピードに特化しているわけではないのに、何かの対価と言わんばかりの2つのステータスがとんでもないことになっているのだから、何か特別な能力でもあるのではないだろうか。
というか、無かったらこの幼女の姿になる意味はない。大人の兵士を惑わすのには使えるかもしれないが。
「ところで、ほかにとくちょうはないのか? とくべつなのうりょくは?」
シルヴィアに幼い声で問いかける。出来るならいつもの声で喋りたいのだが、身体が幼くなっているせいで声まで幼くなってしまっている。わざと低く喋ろうとしてもあまり変わらない。
どういうわけか顔を赤くしたシルヴィアは、小ぢんまりとした角が生えている俺の頭を撫でながら質問に答えてくれた。
おい、子供扱いすんな。引っこ抜くぞ。
「ええとですね…………タクヤ”ちゃん”にはちゃんと新しい能力があるようですよ」
「ひっこぬくよ?」
さり気なく”ちゃん”に変えるな。今は幼女だけど、いつもはちゃんとアハトアハトが付いてるんだからな。
「こらっ、シルヴィアちゃんにそんなこと言っちゃダメでしょ?」
「はーい…………」
ら、ラウラまで子供扱いし始めた…………。
「一緒に採取した血液なんですけど、血液中に含まれている魔力の濃度が異様に濃かったんですよ」
「え?」
この世界の人間の血液の中にも、魔力は含まれている。魔力の濃度は濃ければ濃いほどその人間が大量の魔力を体内に持っているということを意味しているため、優秀な魔術師かどうかを確認する際には血液を採取し、魔力の濃度を測定するのだ。
魔力の量は優秀な魔術師になる条件の1つなのである。
どれだけ瞬時に魔術を発動できても、ファイアーボールを放っただけで魔力が底をつくのであれば決して優秀な魔術師にはなれないからだ。魔術は勉強したり訓練をすれば上達するけれど、魔力の量だけはどのような方法を使っても変えることはできない。
しかし、どうやらこの状態の魔力の量はかなり豊富らしい。ということは魔術に特化した状態ということなんだろうか。
「試しに魔力を放出してみてください」
「はいはーい」
返事をしつつ小さな手を目の前に突き出し、ただ単に魔力を放出する。もう既に炎属性と雷属性に変換された魔力たちが手のひらから姿を現したかと思うと、時折スパークや火の粉を生み出しながら後続の魔力たちに押し流されていった。
魔力を消費すると疲労にも似た感覚を感じ始める。大半の魔力を使ってしまうと手足に力が入らなくなり、動けなくなってしまうのだ。しかも体内の魔力を全て使い果たしてしまうと死に至るため、魔術を連発する際は体内の魔力の残量に注意しながら使わなければならない。
放出を始めてからそろそろ10分くらい経過するのではないだろうか。魔力の量には元々自信はあったけれど、10分も魔力を消費すれば腕に力が入らなくなってきてもおかしくはない。騎士団の選抜試験に合格した魔術師たちですら、呼吸を乱さずに魔力を放出できる時間は15分程度と言われている。
だというのに、全く疲れない。下手したらこのまま魔力を放出し続けられるのではないだろうか。
「ふにゅ? まだ続くの?」
「お、お兄様? そろそろ疲れたのでは?」
「いや…………全然疲れない」
「えぇ!?」
ど、どういうこと?
エリスさんですら20分くらい放出し続けるのが限界なんだぞ!? この調子じゃ20分どころか一日中放出してられそうなんですけど!?
「やっぱり…………幼女の姿は、魔術に特化した状態のようですね」
腕を組みながらそう言うシルヴィア。けれども、血液中の魔力の量が異様に多かったとはいえ、こんなに放出し続けられるのは考えられない。
すると、シルヴィアが「あ、放出はもう止めていいですよ」と言ってから、机の上にあったもう一枚の資料を取り出した。
「これは?」
「タクヤさんの魔力の量の予測です」
どれどれ?
資料に書かれていたのは、魔術師たちの平均的な魔力の量を意味するグラフと、俺のものと思われる魔力を意味するグラフだった。平均的な魔術師たちのグラフはちゃんと書かれているんだけど、俺の魔力を意味すると思われるグラフは―――――――平均的な連中と比べるなと言わんばかりに、いきなり図の真上へと真っ直ぐに伸びており、図の外まで突き出てしまっているのである。
え、なにこれ?
測定不能…………?
「なにこれ?」
「ええと…………おそらくなんですけど」
苦笑いしながら俺の顔を見下ろしたシルヴィアは―――――――とんでもない仮説を告げやがった。
「―――――――多分、体内の魔力の量は”無制限”なのではないかと」