異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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総督の罠

 

 王都ラガヴァンビウスのど真ん中にある大通りは、シャール2Cが5両くらい並走できるのではないかと思えるほど広い。真っ白な美しい石で覆われた大通りの左右にずらりと並ぶのは貴族たちの屋敷で、宮殿に近づくにつれてその屋敷は大きい上に派手な装飾がついている。逆に、宮殿から遠ざかるにつれて屋敷はどんどん小さくなっていくのだ。

 

 一番小さな屋敷の隣にはちょっとした水路があり、王都の中心に向かうための橋がいくつも架けられている。その橋の向こうにあるのは一般的な民家や工場で、そのまま大通りを進むとでっかい防壁に穿たれたトンネルへと続いている。

 

 今回の戦勝記念パレードは、宮殿の正面から大通りを進み、そのまま防壁にあるゲートの近くまで行進することになっている。そこまで行進したら参加している騎士たちを一旦休憩させ、その後に再び宮殿まで行進させる予定だという。

 

 パレードに参加するのは各国から招待された騎士たち。もちろん制服のデザインはバラバラだし、中には未だに金属製の防具に身を包み、剣や槍を持っている騎士たちも混じっている。先進国では剣や槍は廃れつつある装備だけど、小国や発展途上国ではまだ”現役”というわけだ。

 

 宮殿の前に用意された座席から、大通りを行進し始めた騎士たちを見下ろす。先頭を進むのは、この大国の騎士団であるオルトバルカ王国騎士団。殆どの騎士たちがスチームライフルとタンクを装備し、真っ赤な制服に身を包んでいるからかなり目立っている。騎士と言うよりはマスケットを装備した戦列歩兵の隊列だ。

 

 スパイク型銃剣のついたスチームライフルを抱えながら進んでいく騎士たちを見守りながら、俺たちも周囲の将校と共に拍手する。

 

 オルトバルカ王国騎士団も、かつては剣や弓矢を装備した騎士たちばかりで構成されていた。オルトバルカ王国では魔術も発達していたため、騎士団の部隊には最低でも1人は優秀な魔術師が配属されていたらしく、剣士たちを強力な魔術で支援し、治療魔術で癒していたという。

 

 けれども今の主役は、あのスチームライフルだ。

 

 フィオナちゃんが生み出した蒸気を使う異世界の銃が、剣と弓矢を退役させようとしているのである。

 

 現代のオルトバルカ騎士団の戦術は、魔術師に支援された剣士たちが敵へと突っ込むのではなく、戦列歩兵のようにライフルを装備した兵士たちが隊列を組み、標的へと一斉射撃をするのである。射程距離は最新型でも60m程度しかないというが、射程距離内であれば貫通力は7.62mm弾に匹敵するため、騎士や冒険者たちの天敵だったドラゴンすら一斉射撃で撃墜する事ができるのだ。

 

 接近されたとしてもスパイク型銃剣で応戦できるが、鍛え抜かれたオルトバルカの騎士たちは、未だにそのスパイク型銃剣を敵兵の血で汚したことがないという。

 

 大通りを進んでいく騎士たちに拍手をしながら、俺はちらりと左隣に立っている金髪の女性を見た。

 

 テンプル騎士団は、有名になりつつあるとはいえまだ規模の小さい騎士団である。しかもその騎士団を構成しているのは、貴族たちが忌み嫌う奴隷だった兵士たち。団員の大半が奴隷で構成されている騎士団の団長ならば、いくら女王に招待されたと言っても端に座らされるだろう。

 

 けれども―――――――俺とラウラとナタリアの座席の隣にいるのは、女王陛下である。

 

 普通なら裕福な貴族や騎士団の将校が隣にいる筈なのに、女王陛下の隣に座っているのは、結成されたばかりの小規模な騎士団のメンバーである。いくら王室とハヤカワ家が親しいとはいえ、こんなことをしたら周囲の貴族や騎士団の将校が反発するのは想像に難くない。

 

 こちらを見上げながら敬礼する分隊長に手を振っていた陛下は、こっちをちらりと見ると微笑んだ。

 

「ハヤカワ卿も招待したんですけど、断られてしまいましたわ」

 

「えっ?」

 

 こ、こっ、断った!?

 

 ガルゴニス、何考えてんだよ!? 女王陛下からの招待だぞ!? いくら圧倒的な兵力を誇る企業の社長でも、招待を断ったら貴族たちに更に反発されるだろうが!

 

 というか、よく女王陛下からの招待を断れるなぁ…………。

 

 でも、今の親父の正体は最古の竜(ガルゴニス)だ。神々に生み出されてからずっとこの世界で生き続けているドラゴンたちの”原点”なのだから、いくら大国の女王とはいえ、権力者を恐れるわけがない。

 

「失礼しました、陛下」

 

「いえいえ、謝らなくてもいいですよ。ハヤカワ卿はこの国のために貢献してくださっています。あのお方が率いる企業が無かったら、オルトバルカが発展することはなかったでしょう」

 

 そう言いながら、陛下はパレードではなくラガヴァンビウスの街並みを眺めた。

 

 伝統的な建築様式の建物たちの大半は取り壊されており、労働者向けのアパートや巨大な工場に埋め尽くされつつある殺風景な街並み。産業革命が勃発してから、この異世界の技術と大都市の景色は段々と前世の世界に近づいているような気がする。

 

 前世の世界が嫌いだからなのか、俺はこの景色はあまり好きではない。

 

 クソ親父に虐げられた孤独な前世を、思い出してしまうから。

 

「お忙しい方なのですよ、ハヤカワ卿は」

 

 知ってますよ、陛下。

 

 けれども俺たちの本当の父親は、もうこの世にはいない。かつてあなたを救った最強の傭兵はとっくの昔にレリエルと相討ちになって死んでる。あなたがお茶会に招待している男は、リキヤ・ハヤカワという炎が遺した、陽炎という灼熱の幻なんだ。

 

 その”幻(ガルゴニス)”が、”炎(リキヤ)”を取り戻そうとしている。

 

「―――――――ええ、忙しい親父です」

 

 家族の事を大切にしてくれる、最高の親父だった。

 

 幻とはいえ、あいつは俺たちを育ててくれた。

 

 だからあいつを犠牲にしたくはない。

 

 親父の事を思い出しているうちに、オルトバルカ王国騎士団の騎士たちの隊列が座席の前を通過してしまっており、黄色い制服に身を包んだフランセン共和国騎士団の騎士たちの隊列が目の前を占領していた。

 

 そして、俺たちの座っている座席の目の前を通過していく騎士たちの後ろから、黒い制服に身を包んだ騎士たちの隊列が姿を現す。

 

「お、おい、なんだあの騎士団は?」

 

「あの団員はオークか?」

 

「薄汚いハーフエルフまでいるぞ。奴隷部隊か?」

 

「いや、違う。…………テンプル騎士団とかいう騎士団らしい」

 

 周囲に座っていた貴族や騎士団の将校たちが、フランセン騎士団の隊列の後ろから姿を現したテンプル騎士団の兵士たちを見ながらざわつき始める。

 

 はっきり言うが、あいつらは”奴隷部隊”なんかじゃない。

 

 他の種族の文化や自由を踏みにじり、高笑いしている大馬鹿野郎共よりもはるかに気高い。

 

 薄汚いのは、お前らだ。

 

「あれは君たちの部下かね?」

 

 女王陛下の隣に小規模な騎士団の団長が座っているからなのか、俺がテンプル騎士団の団長だということがすぐにバレてしまったらしい。

 

 溜息をついてからこっちに問いかけてきたのは、ナタリアの隣に座っていた貴族の男性だった。豪華な装飾のついた服に身を包んでいるけれど、腹の辺りは膨れ上がっていて、手足も太くなっている。もちろん太い原因は鍛え上げられた筋肉が皮膚の下にあるからではなく、脂肪に覆われているからだろう。

 

 要するにデブだ。

 

 高級な香水をつけているらしいが、それほど暑いわけでもないのに汗をかいているせいで、その香水の匂いが汗の臭いと混ざり合い、凄まじい臭いに変貌して俺の嗅覚を嬲り殺しにしている。悪臭と言うわけではないんだが、結構不快な臭いである。

 

「部下ではありません、”同志”です」

 

「同志ぃ? プッ……………あんな薄汚い奴隷共が同志だと?」

 

 太った貴族を一瞥してから、大通りを行進する様々な種族で構成された兵士たちを見守る。

 

 種族が違うせいで体格はかなりバラバラだけど、大急ぎで用意してもらった式典用の制服は彼らに似合っていた。普通の制服と同じく黒いけれど、あの制服は普通の制服と違って同じデザインになっている。

 

 座席で見守っている俺たちを見つけたのか、馬に跨っていた騎兵や分隊長たちが、こっちに敬礼しながら一瞬だけニヤリと笑った。

 

「やめてくれないかね? あんな薄汚い蛮族共は見たくないんだ。戦勝記念パレードが汚れてしまうじゃないか」

 

「蛮族?」

 

「その通り。あんな種族共は奴隷にされて当然だよ」

 

 ぶん殴ってやろうかな。

 

 そう思いながら溜息をついたその時、その太った貴族の隣に座っていたナタリアが、腕を組んだままその貴族を睨みつけた。

 

「―――――――私は、他の種族たちの自由や文化を踏みにじる人の方が野蛮だと思いますよ、ムッシュ」

 

「なんだと? ……………小娘、私に野蛮と言ったのか!?」

 

「黙ってもらえませんか? 汚い罵声でパレードを汚さないでください」

 

「なっ……………!」

 

 隣に座っていた少女にバカにされたのが悔しいのか、その太った貴族の顔がどんどん赤くなっていく。けれどもそいつがナタリアに言い返すよりも先に、太った貴族は自分が恥をかいていることに気付いた。

 

 18歳の”小娘”に、大国の貴族があっさりと罵倒されて怒り狂っているのである。ナタリアを罵倒して恥を晒すよりも、野蛮な自分のプライドを守るべきだと判断したその貴族は悔しそうな顔をしたまま舌打ちをし、再び行進していく騎士たちを見下ろした。

 

 気の強い奴だな、ナタリアは。

 

 貴族に恥をかかせる戦果をあげた参謀総長(ナタリア)を感心しながら見つめていると、彼女は腕を組んだまま落ち着いたふりをしながら、「席を代わって」と言わんばかりにこっちを見つめてくる。

 

 隣で汗をかいている貴族が発する臭いに耐えられないのだろうか。それとも、キモい奴の隣に座るよりも女王陛下の隣に座った方がマシだと思ってるんだろうか。

 

 代わってあげたいけど、席を代わったら俺の鼻がとんでもないことになってしまうので、首を横に振ることにした。

 

 ごめんね、ナタリア。

 

 苦笑いしながら手と首を横に振ると、彼女も首を横に振る。

 

 休憩時間になったら代わってやるから、もう少し我慢してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願い! タクヤ、席代わって!」

 

「いや、代わったら俺の鼻が……………」

 

 会場の外にある休憩所の外で頭を下げるナタリアを見つめながら、彼女の隣に座っていた貴族の発していた臭いを思い出した俺は、顔をしかめながら苦笑いする。

 

 あの不快な臭いの発生源の隣に座るくらいなら、ガスマスクを装備せずに、マスタードガスが充満している部屋の中で昼寝した方がマシである。

 

 あいつの隣に座ったら十中八九吐くぞ? 

 

「いいでしょ?」

 

「じょ、女王陛下の目の前で朝に食ったカレーとナンを吐く羽目になりそうだ……………」

 

 女王陛下も顔をしかめてたぞ…………。陛下にお願いすれば、あの貴族を退場させられるだろうか。そうすればナタリアと席を代わる必要はなくなるな。

 

 よし、ちょっと女王陛下にお願いしてみよう! ハヤカワ家と王室は親しいから、きっと俺たちのお願いを聞いてくれるに違いない!

 

「―――――――タクヤ・ハヤカワ」

 

「ん?」

 

 嗅覚が蹂躙されずに済む方法を見つけて喜んでいた俺の鼓膜に、少しばかり訛りのあるオルトバルカ語が流れ込んでくる。その訛ったオルトバルカ語で話しかけてきた男の事を思い出しながら振り向くと、案の定、フランセン騎士団の制服に身を包み、メガネをかけた男性が後ろに立っていた。

 

 テンプル騎士団に嫌がらせをしてきた、レオ・ヴォルジャティアン総督である。

 

 護衛の騎士は引き連れていない。自分で身を守れるほどの実力者なのだろうかと思ったけれど、腰には何も武器を下げていないし、懐にナイフや小型クロスボウを仕込んでいる様子もない。もしかしたら魔術師かもしれないけれど、こいつの目つきは戦いが本職の男の目つきではなく、政治家の目つきである。

 

 仮設だけど、多分こいつは魔術師ではない。

 

「君と話がしたい」

 

「…………では、彼女たちも」

 

「ダメだ」

 

 ナタリアとラウラの2人も一緒でいいだろうと提案したが、総督は即座に却下する。

 

「分かりました」

 

 俺だけと話がしたいらしい。

 

 心配そうな顔をしているラウラとナタリアにウインクしてから、路地の向こうへと歩き出した総督の後についていく。

 

 もしかしたら、俺をおびき出して路地の奥で暗殺するための罠なのかもしれない。フランセンの総督府にとって、テンプル騎士団は植民地を蝕む忌々しい敵でしかないのだ。団長を消す事ができれば、テンプル騎士団の戦力は一気に低下するだろう。

 

 シュタージが調べてくれた参加する将校のリストの中に、フランセンの指揮官や総督の名前があった時点で護身用に武器を携帯することにしていた。なのでこの式典用の制服の内ポケットには、刀身の長さを延長したスペツナズ・ナイフとサプレッサー付きのPSMが収まっている。それに腰には式典用に作ってもらったロングソードもあるので、敵を返り討ちにすることはできるだろう。

 

 警戒しながら総督の後ろを歩き続けたが、総督の部下が待ち伏せしていたり、罠を仕掛けられている様子はなかった。

 

 本当に話をするだけらしい。

 

「今日、私は総督を辞任するつもりだ」

 

 何の前触れもなく立ち止まった総督は、屋敷と屋敷の間にあるちょっとばかり豪華な路地のど真ん中で立ち止まり、そんなことを言った。

 

「それはいいですね。後任がテンプル騎士団と友好的な人物であることを願います」

 

「…………願う必要などないさ」

 

「どういう意味です?」

 

 知らないふりをしながら、総督に聞き返す。

 

 団長がいない間にタンプル搭を攻撃する準備をしていたことは、シュタージのエージェントが潜入してくれていたおかげで筒抜けだった。俺たちが戦勝記念パレードに出席している隙に、陸軍、海軍、空軍を投入してテンプル騎士団へと攻撃を仕掛ける作戦らしい。

 

 団長がオルトバルカに行っている間に、新しい武器を装備した騎士たちを投入してタンプル搭を攻撃すれば勝ち目はあると判断したのだろう。事前にテンプル騎士団を監視し、装備している兵器がどのような性能なのかを可能な限り調べて対策を用意し、新型の武器を用意できたからこそ、この作戦を実行したに違いない。

 

 ―――――――愚かしいにも程がある。

 

 彼らの罠にかかってしまった哀れな団長のふりをしていると、総督はメガネをかけ直しながら答えてくれた。

 

「君がカルガニスタンに戻る頃には、テンプル騎士団は消滅している」

 

「なんですって?」

 

「あそこは我々の土地だ。返してもらうよ」

 

 この総督は、以前に交戦したフランセンの騎士たちの指揮官と比べれば優秀だろう。真正面から戦いを仕掛けるのではなく、商人たちにテンプル騎士団との商売を禁じたり、管理局に圧力をかけて騎士団の弱体化を誘発しようとしたのだから。

 

 真っ向から戦うことを避け続けた。

 

 今回の作戦を実行したのも、俺たちがカルガニスタンを離れている間。

 

 有能な指揮官だと思う。

 

 ―――――――相手がテンプル騎士団でないのであれば。

 

「ふふふっ」

 

「…………何だ?」

 

「―――――――あそこはカルガニスタンの先住民たちの土地です。あなたたちの土地じゃない」

 

 罠にかかったふりをするのを止めながら、ニヤリと笑う。少しずつ本性をこの男に見せてやる度に、総督が目を見開いていく。

 

 悟りつつあるのだろう。

 

 彼が考えた作戦は失敗するということを。

 

 彼が戦いを挑んだ相手は、合理性で研磨され続けた現代兵器で武装した、最強の騎士団なのだから。

 

「そちらから攻撃を仕掛けていただいた方が好都合です。”我が騎士団”への明確な侵略行為ですからね。―――――――おかげで、『侵略者を撃退する』という大義名分が手に入る」

 

「ッ!」

 

 こっちから総督に戦いを挑めば、最悪の場合はフランセン本国まで敵に回してしまうだろう。しかし、命令を無視した総督が勝手に”独立国”となったテンプル騎士団を攻撃し始めれば、本国は手を出す事ができなくなる。

 

 勝手に戦争を始めた部下に加勢すれば、他の列強国から間違いなく非難されるからである。

 

 それゆえに、本国の相手はしなくていい。しかもこっちは総督に侵略されているのだから、堂々と叩き潰す事ができるというわけだ。

 

 なので、俺たちは総督が攻撃を始めるまでずっと待っていた。

 

 この戦いに勝利すれば本国と交渉し、賠償金を手に入れることもできる。それに、上手くいけばカルガニスタン全土を手に入れる事ができるからだ。

 

「脚本通りに動いてくれてありがとうございます、総督」

 

 罠にかかったことを悟って唇を噛み締める総督を見つめながら、俺は嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 


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