異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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植民地と穴

 

 ヴリシア産の紅茶がなくなったらティーカップの中身がコーヒーになるんじゃないかと思っていたんだけど、今しがた拾い上げたティーカップの中身は、お気に入りのオルトバルカ産の紅茶に戻っていた。ヴリシア産の紅茶よりも香りは強くないけれど、さっぱりした味だからこっちの方が好きなのだ。

 

 小さい頃からよく飲んでいたオルトバルカ産の紅茶の中に、ナタリアが作ってくれた甘めのジャムを足してから、フランセンに潜入しているシュタージのエージェントが送ってくれた新聞を手に取る。写真とカメラがフィオナちゃんによって発明される以前は写真の代わりにイラストが描かれていたらしいが、カメラが発明されてからはイラストが描かれることはなくなり、白黒の写真に取って代わられている。

 

 新聞を広げ、フランセン語で書かれた記事を読みつつもう一度ティーカップを口元へと運ぶ。

 

 騎士団が盗賊団を討伐したと書かれている記事の隣に議会で可決された法案の記事が書かれているのを見つけた俺は、そこに書かれているフランセン語の群れを読み、新聞を広げたままニヤリと笑った。

 

《カルガニスタンの土地の一部をテンプル騎士団へ売却》

 

 どうやらシュタージと”交渉”した議員たちは、スキャンダルを暴露されて恥をかくよりも、労働者の年収以下の金額と植民地の土地の一部を対価にして、スキャンダルを守ることを選択してくれたらしい。

 

《昨日の議会で、カルガニスタンで活躍するテンプル騎士団へ植民地の一部を売却する法案が可決された》

 

 フランセンに売ってもらった土地は、タンプル搭や重要拠点などの周囲である。要するに、タンプル搭や周囲に展開している拠点のある土地が俺たちのものになったということだ。かなり広い土地を手に入れる事ができたけれど、カルガニスタンの国土はかなり広い。

 

 テンプル騎士団が購入したのは、カルガニスタンの国土のうちの2%ほどの土地らしい。

 

 けれども、これでフランセンの連中がこっちに手を出すことはないだろう。テンプル騎士団が購入した土地はフランセンの総督が統治する植民地から切り離されるため、総督が管理局に圧力をかけても俺たちから資格を剥奪することはできない。

 

 テンプル騎士団への商品の売却を禁じられると商品が手に入らなくなってしまうけれど、もう既にシュタージのエージェントたちがオルトバルカの商人たちと契約して別の輸送ルートを用意しているので、カルガニスタンの商人たちにテンプル騎士団との商売を禁じても意味はない。

 

「紅茶が底をつく前に土地を買えて良かったね♪」

 

「ああ、一安心だ」

 

 そう言いながら、エプロンを身に着けたラウラがスコーンをテーブルの上に置いた。焼きたてのスコーンに手を伸ばしてジャムをつけ、すぐに口へと運ぶ。

 

 紅茶が底をついたら間違いなくとんでもないことになっていただろう。けれどもシュタージのおかげでオルトバルカの商人たちから商品を購入できるので、オルトバルカ産の紅茶が飲み放題だ。

 

 商人たちは商品を船で運んでくるので、今まで以上に海軍を増強し、徹底的に海の魔物を相当しなければならない。新しい海上戦力を用意したり、戦艦の火力を強化する必要がありそうだ。

 

 ちなみにテンプル騎士団艦隊旗艦であるジャック・ド・モレーは、すでに火力強化のために改修を受けている。

 

「ラウラ、スコーンのおかわりはありますか?」

 

「えへへっ、いっぱい焼いたからまだまだあるよっ♪」

 

「食べ放題ということですね!?」

 

 目を輝かせながらスコーンを口へと運ぶステラ。俺もジャムを塗ったスコーンを口の中へと放り込み、ティーカップを拾い上げる。

 

 もし土地の購入ができなかったら、兵士や住民たちに支給する食料を減らす羽目になっていただろう。タンプル搭や拠点でも食料の生産は行っているんだけど、救出した奴隷たちを次々に受け入れているため、生産している食料が足りなくなってしまうのである。

 

 数が減りつつあるスコーンに手を伸ばしていると、隣の席にカノンがやってきて、俺の耳に口を近づけてから囁いた。

 

「そういえば、お姉様の料理が美味しくなりましたわね」

 

「ああ、ナタリア先生のおかげだ」

 

 そう言いながら、向かいの席でスコーンを食いまくってるステラの頭を撫でていたナタリアを見る。彼女がラウラに料理を教えてくれたおかげで、最強の転生者(魔王)を追い詰めるほどの料理が絶品に変わったのだ。

 

 ちなみに、カノンも幼少の頃にラウラの作った紫色のシチューや、何故か血のように紅いオムレツを目にしている。あの紅いオムレツには何を使っていたのだろうか。

 

 けれどもナタリア先生のおかげでラウラは料理が上手くなった。下手したら俺よりも料理が上手いかもしれない。

 

 新しい皿にこれでもかというほどスコーンを乗せて戻ってきたラウラは、エプロンを外してから隣に座ると、ニコニコしながら自分の焼いたスコーンを食べ始める。ミニスカートの中から伸びている彼女の尻尾をちらりと見下ろしてみると、やっぱりラウラは尻尾を左右に振っていた。

 

「ところで、例の法案に反対した議員はいるのか?」

 

 ラウラの頭を撫でながらナタリアに尋ねると、彼女は皿の上に乗っている焼きたてのスコーンに手を伸ばしながら答えた。

 

「いないみたいよ。ただ、麻薬カルテルと取引をしてた議員は何人かいるみたい」

 

「麻薬カルテルか………………クソ野郎の塊だな。潰した方がいい」

 

 この世界にも麻薬カルテルは存在するらしく、騎士団が麻薬カルテルの討伐も行っている。

 

 ナタリアもその麻薬カルテルを潰すつもりだったらしく、さっき口へと放り込んだスコーンを呑み込んでから頷いた。

 

「いつでもスペツナズを派遣できるわ」

 

「ねえ、そいつらって吹っ飛ばしていいの?」

 

「ああ、吹っ飛ばしていいぞ」

 

 イリナも麻薬カルテルの討伐に参加するつもりなんだろうか。

 

 彼女の装備はグレネード弾や炸裂弾を発射する装備で統一されているため、火力はテンプル騎士団の兵士の中でもトップクラスなのは想像に難くない。しかも味方を一度も巻き込んだことがない上に、どこにぶち込めば敵を効率よく始末できるのかを判断しながら攻撃するため、彼女が戦闘に参加するだけで敵の群れはすぐに壊滅してしまう。

 

 けれども、味方を巻き込む恐れがない状態ならばもっと早く終わるだろう。下手したらイリナを1人で派遣した方が討伐作戦が早く終わってしまうかもしれない。

 

「議員の方はどうするの?」

 

「そっちも消す。今回の”交渉”が公になったら拙いし、麻薬カルテルなんかと取引するクソ野郎に生きている価値はない。……………議員の暗殺はノエルに任せよう」

 

 シュタージは基本的に諜報活動を行う部署だ。戦闘の技術よりも情報収集の方が優先されるため、エージェントたちの戦闘力はそれほど高くはない。自衛用に小型のハンドガンやマシンピストルを装備しているけれど、しっかりと武装した地上部隊よりも火力はかなり劣るため、戦闘向きではない。

 

 だが―――――――シュタージには、1人だけ暗殺者(アサシン)がいる。

 

 モリガンの傭兵たちのなかで、暗殺を担当していた両親から暗殺の技術を受け継いだ上に、キメラの強力な能力まで身に着けているシュタージの”切り札”が。

 

 ウラルの奴がスペツナズに引き抜こうとしているらしいが、クランは絶対にノエルを手放さないだろう。確かに彼女はスペツナズに向いている人材かもしれないが、彼女はクランが即座に動かす事ができる唯一の暗殺者(アサシン)だ。相手に触れるだけで手を汚さずに標的を自殺させられるのだから、証拠を残すことが許されない諜報部隊(シュタージ)に配属させておく方が好ましい。

 

 議員の暗殺はノエルに任せて、麻薬カルテルはスペツナズに消してもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バカな……………」

 

 本国から送られてきた新聞に載っていた記事を見た瞬間、私はテンプル騎士団を弱体化させるために行ってきた作戦が全て水泡に帰したことを理解した。

 

 信じられない事だが、本国の議会はカルガニスタンの土地の一部をテンプル騎士団に売り渡す法案を可決させたという。しかもテンプル騎士団が支払う金額は金貨4枚のみ。一般的な労働者の年収以下の金額である。

 

 本国にはテンプル騎士団と友好的な指揮官や議員もいると聞いたが、いくら友好的な連中がいるとはいえ、こんな金額で植民地の一部を売り渡すのはありえない。

 

 売り渡された土地は、テンプル騎士団の”領土”となる。もちろんその領土を統治するのはテンプル騎士団だ。商人たちに奴らとの商売を禁じ続ければカルガニスタンで物資を購入するのは難しくなるが、別の商人たちと契約し、別の輸送ルートを確保すれば意味はなくなってしまう。

 

 それに、奴らが統治する領土ということは、これ以上管理局に圧力をかけても資格を剥奪させる事ができなくなってしまうということを意味する。

 

「テンプル騎士団め…………!」

 

 おそらく、本国の議員たちに賄賂を渡したか、脅迫してあの法案を可決させたに違いない。

 

「総督、どうなさいますか?」

 

「……………正面から攻撃を仕掛けても返り討ちに遭うだけだ」

 

「しかし、奴らの持つ兵器は脅威です。野放しにすれば絶対に我々に牙を剥きます」

 

「分かっている」

 

 奴らが手に入れた領土は、簡単に言えばカルガニスタンという城壁に穿たれた”穴”だ。このまま放っておけば、その穴から次々に敵が入り込んでくる事だろう。

 

 テンプル騎士団では種族の差別は全く行っていないという。信じられない事だが、あの組織の中では人間やエルフだけでなく、薄汚いハーフエルフやオーク共まで平等に生活しているらしい。

 

 そのテンプル騎士団が自分たちの領土を手に入れたという噂がカルガニスタンに広がれば、各地で抵抗しているゲリラや部族たちがテンプル騎士団と合流することは想像に難くない。もしテンプル騎士団がそのゲリラたちを吸収し、あの驚異的な飛び道具で武装させれば、カルガニスタンに駐留しているフランセンの騎士団は間違いなく惨敗する。

 

 本国の連中は、カルガニスタンが独立する”きっかけ”を奴らに与えてしまったのだ。

 

 なんとしても、この植民地を手放すわけにはいかない。

 

 しかし、もう弱体化させることは不可能だろう。別の作戦を考える必要がある。

 

「大尉、念のためスチームライフルを2000丁ほどオルトバルカ王国から購入してくれ。兵士に支給して訓練させろ」

 

「本国に要請した方が早いのでは?」

 

「本国に要請しても反対される。極秘裏にオルトバルカから購入した方がいい」

 

「………………了解しました、総督」

 

「それと、偵察部隊を編成してテンプル騎士団の動きを徹底的に監視しろ」

 

「はっ!」

 

 場合によってはテンプル騎士団と戦争をする羽目になるかもしれない。

 

 大尉がドアを閉めた音を聴きながら、私は唇を噛み締めた。

 

 あの領土()を、何としても奪還しなければ(塞がなければ)ならない。カルガニスタンという広大な植民地と豊富な資源を失えば、九分九厘フランセンは一気に弱体化してしまうのだから。

 

 無断で独立国(テンプル騎士団)と戦争を始めれば、私は総督を解任されるだろう。だが、植民地を失った挙句、祖国(フランセン)が崩壊するのを防ぐためには、テンプル騎士団をカルガニスタンから排除しなければならない。

 

 拳を握り締めながら、私は窓の向こうに広がる灰色の砂漠を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 射撃訓練場の中で、銃声が荒れ狂う。

 

 銃口から飛び出した弾丸が的の頭を直撃し、あっさりと風穴を開ける。リアサイトとフロントサイトの向こうに突っ立っている的の頭に穴が開いたのを確認してから銃を降ろし、安全装置(セーフティ)をかけてから、銃身の長い漆黒のライフルを肩に担いだ。

 

 いつもぶっ放しているのはAK-47が使用する7.62mm弾なんだけど、今しがた風穴を開けたのは大口径の弾丸よりも大人しい5.56mm弾だ。

 

「…………反動が小さいな」

 

 そう言いながら、俺はアメリカ製アサルトライフルの『M16A4』を訓練場の壁に立てかける。

 

 M16は、アメリカ軍が運用しているアサルトライフルだ。長い銃身と照準器のついたキャリングハンドルが特徴的な銃で、他国の銃と比べると非常に汎用性が高いという特徴がある。しかも使用する弾薬は小口径の5.56mm弾であるため、反動が小さくて扱いやすい。

 

 この銃が初めて投入されたのは、ベトナム戦争だ。

 

 ベトナム戦争ではアメリカ軍は『M14』と呼ばれるライフルを使用していたんだけど、大口径の弾丸を使用するM14は非常に反動が大きいため、扱いにくかったという。

 

 そこで、M14よりも反動が小さくて扱いやすいM16が投入されたのだ。現代のアサルトライフルが小口径の弾丸を使用するようになったきっかけは、このM16と言っても過言ではない。冷戦の最中は敵国だったソ連でも小口径の弾丸を使用するようになった原因でもある。

 

 そう、この銃は敵国にまで大きな影響を与えたのだ。

 

 ちなみにM14もマークスマンライフルに改造され、今でもアメリカ軍の兵士たちをM16と共に支え続けている。

 

 テンプル騎士団では7.62mm弾を発射できるように改造したテンプル騎士団仕様のAK-12とAK-15を正式採用している。小口径の弾丸を使用するライフルも配備しているけれど、それを使用するのは対人戦が専門のスペツナズくらいである。

 

 この世界では魔物との戦闘も行うことが多いため、ライフル弾はできるだけストッピングパワーの大きい口径が大きい方が望ましいのだ。大口径の弾丸ならば魔物の外殻も貫通できるし、厄介な飛竜も撃墜する事ができるのである。

 

 基本的に東側の装備が配備されているけれど、武器庫の中には西側の装備も用意してある。今しがた射撃に使っていたM16A4も、数分前に武器庫の中から持ってきた代物だ。

 

「試験部隊でも作ろうかな」

 

 来週の会議で提案してみよう。

 

 そう思いながらもう一度M16A4を拾い上げ、セレクターレバーを3点バーストに切り替える。銃床を肩に当てて照準器を覗き込もうとしたその時、後ろにあるドアが開いて、ナタリアが射撃訓練場に入ってきた。

 

「ん? ナタリア?」

 

「タクヤ、オルトバルカ王国から招待状よ」

 

「は?」

 

 招待状? どういうことだ?

 

「来週にヴリシア・オルトバルカ戦争の戦勝記念パレードがあるらしいの。そのパレードにテンプル騎士団も参加してほしいんですって」

 

 ヴリシア・オルトバルカ戦争は、今から120年前に勃発した大国同士の戦争だ。ヴリシア帝国の植民地へとオルトバルカ王国が侵攻したことが原因で勃発した戦争で、最終的に優秀な魔術師を何人も実戦投入したオルトバルカが勝利している。

 

 その戦争の戦勝記念パレードに、テンプル騎士団が招待されたらしい。世界最強の大国が開催するパレードに招待してもらえるのは嬉しいんだが、さすがにAK-15を装備した兵士たちを参加させるわけにはいかないだろう。

 

「ちなみに、招待したのは誰?」

 

「……………シャルロット女王からよ」

 

「女王陛下が?」

 

 ハヤカワ家は、王室と太いパイプがある。要するに王室はハヤカワ家やモリガン・カンパニーの後ろ盾なのだ。

 

 断るわけにはいかないな……………。

 

「分かった、『喜んで参加させていただきます』って返事を送っておいてくれ」

 

「分かったわ。…………でも、さすがにアサルトライフルを装備した兵士を派遣するわけにもいかないわよね?」

 

「ああ、あれはこの世界の武器じゃないからな。できるだけ公にしない方がいい」

 

「じゃあ、兵士には普通のロングソードとかスチームライフルでも持たせる?」

 

「そうした方が良さそうだ」

 

 任務の最中に目撃されるのは仕方がないが、こういうパレードで兵士にAK-15を持たせるわけにはいかないからな。

 

 再びM16A4に安全装置(セーフティ)をかけた俺は、銃を肩に担いだまま射撃訓練場を後にすると、ナタリアと共に会議室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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