異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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テンプル騎士団の勉強会 後編

 タクヤとラウラがしっかりと国語の授業で読み書きを教えてくれたおかげで、兵士たちは私が黒板にオルトバルカ語の文章を書いても理解してくれているようだった。

 

 

 

 だから私は、この算数の授業も大丈夫だろうと思ってたんだけど―――――――質問に答えてくれた兵士の答えが間違っていることを知った私とクランちゃんは、高を括っていたということを理解する羽目になった。

 

 

 

「…………レオン伍長、この計算は分かる?」

 

 

 

「はい、6ですよね?」

 

 

 

 …………間違ってるわよ、レオン伍長。

 

 

 

 教室の後ろで苦笑いしているクランちゃんの方を見てから、私は今しがた黒板に書いた問題の文章を確認する。もしかしたら私が問題を間違えている可能性もあるかもしれないと思ったんだけど、全く間違っている様子はなかった。

 

 

 

《5両のエイブラムスが12両のT-72と戦闘しています。8両のT-72がエイブラムスに撃破されました。残ったT-72は何両でしょう?》

 

 

 

 正しい答えは4両なのに、何で6両なのかしら。引き算を間違ったの…………?

 

 

 

「イワン軍曹、答えは?」

 

 

 

「ええと…………20両?」

 

 

 

 何で足すの!? 引き算よ!?

 

 

 

 問題の文章は読めるようになってるみたいなんだけど、計算がまだできてないのね…………。カノンちゃんのテストで算数のテストの点数がかなり低かったのは、そもそも問題文が読めていなかった可能性があるわ。

 

 

 

 つまり、彼らは計算ではなくてその問題文が読めなくて0点をとっていた可能性がある。

 

 

 

 溜息をついてから、私はチョークを拾い上げて黒板に戦車の簡単なイラストを描き始める。12両の戦車のイラストを描いてから、撃破された戦車の上に印をどんどんつけていった。こうすれば生徒たちも理解できる筈よ。

 

 

 

 撃破された8両の戦車に印をつけてから、そろそろ正解してくれますようにと祈りながら後ろを振り返る。

 

 

 

「この印が書かれているのが撃破された車両よ。撃破されてない車両は?」

 

 

 

「9両ですか?」

 

 

 

「何で!?」

 

 

 

「いや…………エイブラムスは1両もやられてないみたいなんで…………」

 

 

 

 エイブラムスの数まで足しちゃったの!?

 

 

 

 で、でも、足し算はできるみたいね…………。

 

 

 

「ええと、T-72だけでいいわ」

 

 

 

「4両です」

 

 

 

「正解」

 

 

 

 や、やっと正解してくれた…………。

 

 

 

 近くに置いてある黒板消しを拾い上げて、黒板に書いた戦車のイラストたちを消していく。

 

 

 

 そういえばここにいる兵士たちの中には実戦を経験した兵士もいるみたいなんだけど、読み書きができない上に計算もできない状態で戦う事ができたのかしら?

 

 

 

「と、ところで、この中で実戦を経験したことがある人はいる?」

 

 

 

 気になった私が問いかけると、問題を見つめて考えていた数名の兵士たちがこっちを向きながら手を上げた。

 

 

 

「だ、大丈夫だったの? 計算ができないと残ってる弾の数も分からないでしょ?」

 

 

 

「ええ。でも、弾が出なくなるまでトリガーを引いてからマガジンを交換してたんで…………」

 

 

 

 つまり、フルオートで射撃してたって事?

 

 

 

「ええと、あなたは?」

 

 

 

「私は強襲殲滅兵だったんで、棍棒をずっと振り回してました。なので計算は不要でしたよ。ハハハハッ」

 

 

 

 きょ、強襲殲滅兵の生き残りまでここにいるの!?

 

 

 

 でも、強襲殲滅兵は各部隊から選抜された屈強な兵士で構成された重装備の突撃歩兵だから、学力は関係なかったのよね…………。身体が頑丈で、スタミナのある兵士であることが強襲殲滅兵に入隊できる条件だった筈だから。

 

 

 

「あなたは?」

 

 

 

「自分は砲兵でした」

 

 

 

「算数どころか数学ができないといけない部署じゃないの!?」

 

 

 

 簡単な計算すらできない状態の兵士をどうして砲兵隊に配属したのかしら…………?

 

 

 

「だ、大丈夫だったの?」

 

 

 

「ええ、弾道は予測できましたので結構当たりましたよ。同志団長から表彰していただいてますし。勲章は部屋に飾ってます」

 

 

 

 あ、ありえないわ…………。つまり計算は一斉せずに直感で砲弾を命中させて多ということよね? しかもタクヤに表彰されるほど戦果をあげてるの…………?

 

 

 

「ナタリアちゃん、次は私が問題を出すわ」

 

 

 

「お願いね、クランちゃん」

 

 

 

 クランちゃんと後退してちょっと休憩した方がいいかもしれないわね。一旦教壇を離れて教室の後ろに向かい、持ってきた教科書を開く。学校に通う貴族の子供向けに作られた教科書には、簡単な足し算や引き算などの計算がずらりと書かれていた。小さい頃にママから読み書きや計算を教わった時の事を思い出した私は、数秒で解けるほど簡単な計算問題の群れを見つめながら息を吐いた。

 

 

 

 私やタクヤたちはちゃんと親から教育を受ける事ができたけれど、ここにいる兵士たちは小さい頃から奴隷にされていたり、両親が教育を受けていなかったせいで読み書きや計算を教えてもらうことができなかった。学校に通う事ができるのは裕福な資本家の子供や貴族の子供ばかりで、基本的に庶民の子供は両親から勉強を教えてもらうのが当たり前になっている。

 

 

 

 だから、教育を受ける事ができた私やラウラたちは幸運なのね…………。

 

 

 

「じゃあ次の問題よ。30発の5.56mm弾が入るマガジンがあるわ。20発撃ったんだけど、マガジンの中には何発残ってるかしら?」

 

 

 

 答えは10発ね。簡単な引き算だけど、さっきの計算でも兵士たちは間違えていたから、もしかしたらこの問題も間違えてしまうかもしれない。

 

 

 

 アドバイスをした方がいいんじゃないかなと思ったんだけど、私が兵士たちにアドバイスをする前に、クランちゃんがアドバイスを始めた。

 

 

 

「撃ったってことは、マガジンの中の弾丸が減るっていうことよ。弾丸を使ってるんだから増えるわけがないわ。さっきの問題でも足しちゃってる人がいたけど、引き算の問題は基本的に数が大きくなることはないのよ」

 

 

 

 そういえば、他の問題でも引き算なのに数字を足して間違っている兵士がいたわね。もしかして、この兵士たちは足し算と引き算の区別がついていないのかしら?

 

 

 

 多分、後ろで見てたクランちゃんは兵士たちが問題を区別できていないことに気付いたんだわ………!

 

 

 

「イワン君、答えは?」

 

 

 

「10発!」

 

 

 

「正解!」

 

 

 

 さ、さすがクランちゃん………!

 

 

 

 授業を受けている兵士たちが間違っている部分を見抜いたから、クランちゃんのアドバイスはかなり正確だった。確かに兵士たちは間違って数を引かずに足している兵士が何人もいたから、足し算と引き算の区別がつくようにすれば間違う兵士も減る筈よ。

 

 

 

 よし、これで兵士たちのテストの点数も上がるわ!

 

 

 

 クランちゃんの教え方を見て感心していると、黒板の問題を消したクランちゃんがこっちに戻ってきた。

 

 

 

「相手が間違ってる部分を見抜いてあげれば、もっと上手く教えられるわよ♪」

 

 

 

「勉強になったわ。ありがとう」

 

 

 

「ふふふっ。ナタリアちゃんは真面目な子だし、いい先生になると思うわ」

 

 

 

「そ、そうかな…………」

 

 

 

 先生かぁ…………。本職は冒険者なんだけど、先生になるのも悪くないかも。

 

 

 

 そう思っていると、クランちゃんは微笑みながら頭を撫でてくれた。

 

 

 

「頑張ってね、ナタリア先生♪」

 

 

 

「うん、頑張るわ」

 

 

 

 しっかりと彼らに勉強を教えてあげないと。

 

 

 

 クランちゃんに応援された私は、そう思いながら教壇の方へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、成績上がってるじゃん」

 

 

 

 採点が終わった算数のテストに書かれているテストの点数は、以前に行った算数のテストの点数よりも明らかに上がっていた。以前のテストでは当たり前のように0点と書かれたテストの答案用紙が何枚もあったんだが、ナタリアたちが実施したテストの答案用紙たちの中には、0点と書かれている答案用紙は一枚もない。

 

 

 

 100点をとった兵士はいなかったけれど、2名だけ80点をとった兵士もいる。平均的な点数は60点ほどらしい。

 

 

 

 その答案用紙をナタリアの机に置くと、アイスティーを飲みながら休憩していたナタリアが顔を上げた。

 

 

 

「ねえ」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「あんた、計算ができない兵士をどうして砲兵隊に配属したの?」

 

 

 

「ああ、フョードル軍曹か。確かに計算はできてないけど演習の時の命中率が一番高くてな。確かに計算ができない砲兵を配属するのは大問題かもしれないけど、本人も砲兵隊に配属してほしいって言ってたし、試しに配属してみたんだ」

 

 

 

 そう答えると、ナタリアは溜息をついた。

 

 

 

「あのね、配属するならちゃんと教育を受けた兵士を配属しなさいよ。というか、そのフョードル軍曹にちゃんと数学は教えたの?」

 

 

 

「いや、数学を教えたら混乱したらしくて、命中精度が一気に下がっちまった…………」

 

 

 

「何よそれ!?」

 

 

 

「でも、今回のテストで80点とってるし、教育していけばもっと命中精度は上がるだろ」

 

 

 

 フョードル軍曹は春季攻勢カイザーシュラハトの迎撃にも参加してるし、魔物の討伐の際も支援砲撃で魔物の群れに大打撃を与える戦果をあげてるからな。二週間前に彼を表彰した事を思い出しながら、俺は頭を掻いて席につく。

 

 

 

 今回の勉強会で兵士たちの成績を上げることに成功したけれど、読み書きや簡単な計算ができるようになっただけだ。まだ教育をする必要があるし、新しく入隊してくる奴隷だった志願兵たちの中にも読み書きができない兵士たちは何人もいる筈だ。だから新しい志願兵が入団する度に、彼らに読み書きや簡単な計算の教育をしなければならない。

 

 

 

 しかも志願兵の出身地によってはオルトバルカ語が通じないので、彼らの母語を喋れる人材も必要になる。

 

 

 

「タクヤドラッヘ。学力も問題だけど、言語も問題よ」

 

 

 

「ああ………オルトバルカ語が通じない兵士もいるからな」

 

 

 

 オルトバルカ語を喋ることができる志願兵だけを入隊させるという手もあるが、吸血鬼たちの春季攻勢カイザーシュラハトでテンプル騎士団は大損害を被っている。特にブレスト要塞の守備隊の戦死者が非常に多いため、大急ぎで兵士たちを訓練させつつ、ブレスト要塞の代わりの要塞を建造しなければならない。

 

 

 

 要塞は、東西南北の防衛ラインを守るための重要拠点なのだから。

 

 

 

 部隊の再編成のためにも兵士が必要なので、志願兵の人数が減ることは避けたい。だから敢えてオルトバルカ語が喋れない兵士にも入隊を許可し、入隊後にオルトバルカ語の教育を実施している。

 

 

 

 現時点でのテンプル騎士団の問題点は、練度、学力、言語の3つか…………。練度は訓練や実戦を経験すれば上がるかもしれないけど、学力と言語はしっかりと教育をしなければならない。

 

 

 

「いっそのこと、教育が専門の部署でも作るか?」

 

 

 

「ふにゅう…………つまり、先生だけの部署って事?」

 

 

 

「ああ。先生って言っても、あくまでも勉強やテンプル騎士団の目的に関する教育を行う職員だよ。だから戦闘訓練は受けていなくてもいい」

 

 

 

「そうした方がいいかもしれないわね…………。住民の中には教育を受けて育った人もいるみたいだし」

 

 

 

 それに、もしそのような教育を前線で戦う兵士たちに担当させるわけにはいかない。もしその兵士たちが戦闘で戦死してしまったら、読み書きや計算などの教育ができる人材がいなくなってしまう。

 

 

 

 できるならば、勉強だけでなくテンプル騎士団の目的に関する教育もしてくれる職員がいる方が望ましい。テンプル騎士団はただ単に戦場で銃をぶっ放す武装組織ではなく、世界中で人々を虐げるクソ野郎を討伐し、人々を守るための巨大な組織なのだから。

 

 

 

 それゆえに、前線で戦う兵士たちが殺さなければならない敵の特徴を把握している必要がある。そのような教育も彼らには担当してもらおう。

 

 

 

「クラン、もし今度の議会でこの案が承認されたら教育を担当する人員を決めておいてくれ。兵士だけでなく、住民から選んでも構わない」

 

 

 

「分かったわ。”政治将校”はちゃんと決めておくから」

 

 

 

 な、なんだか段々とソ連みたいになっていくな…………。

 

 

 

 ちなみにテンプル騎士団では、新しい組織の規定を決めたり、部署の設立をする際は必ず議会で円卓の騎士たちに説明し、全員から承認を受けなければならない。議員である円卓の騎士の中の1人がその案を否決すれば、規定や部署の設立などの案は即座に否決されてしまうという決まりがあるのだ。

 

 

 

 これは強行採決を防ぐための仕組みなので、団長である俺が新しい規定を提案しても、誰か1人が否決すればなかったことになってしまうのである。

 

 

 

 テンプル騎士団の団長の権限は、思ったよりも弱いのだ。

 

 

 

 例えば俺が敵の本拠地にタンプル砲を発射するように命令しても、円卓の騎士の1人が否決すればタンプル砲の使用許可は下りることはない。

 

 

 

 だからこの”政治将校”たちの部署を設立するためには、一旦新しい部署を設立するという案を議会に提出し、円卓の騎士たちと話し合ってから全員に承認してもらわなければならないのである。かなり面倒な仕組みかもしれないけれど、逆に言えば全員が承認するまでしっかりと話し合う事ができるので、最終的には全ての議員が納得してくれるような規定になっているのである。

 

 

 

 でも、多分この”政治将校”の設立に反対する議員はいないだろう。円卓の騎士たちは、テンプル騎士団の兵士たちの学力が低い事を把握している筈だ。

 

 

 

「とりあえず、今日はありがとう。おかげで兵士たちの成績も上がったよ」

 

 

 

「ふふっ、それにしてもタクヤドラッヘって女装してる方が似合うわね♪」

 

 

 

「はぁ!? へ、部屋に戻ったらこれすぐに脱ぐからなっ!」

 

 

 

「ふにゅう、ダメだよタクヤ。部屋に帰ってからもそのまま着てなさいっ♪」

 

 

 

「ラウラ!?」

 

 

 

 俺は男なんですけど!?

 

 

 

 今はウィッチアップルを食ったせいで手に入れた能力で性別を変えてるけど、本当は男だからな!? 本当ならちゃんと息子は搭載してるんだぞ!?

 

 

 

 溜息をつきながら近くにある席に腰を下ろし、頬ずりを始めるラウラを見ながら苦笑いする。

 

 

 

 前世の世界よりも、こっちの方が幸せだな…………。

 

 

 

 何度も死にかけたけれど、こっちの世界で仲間たちと生活してる方が幸せだ。

 

 

 

 頬ずりしているラウラの頭を撫でながら、俺はそう思うのだった。

 

 

 

 


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