異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
この世界に、義務教育という概念は存在しない。学校は存在するのだが、あくまでも学校は裕福な資本家の子供や貴族の子供たちくらいしか通うことが許されないため、大半の子供たちは両親から必要最低限の読み書きや計算を教わってから就職する。
両親から読み書きを教わることができずに就職してしまう子供もいるため、自分たちの母語ですら読む事ができない子供は珍しくないのだ。そのため、読み書きや計算ができる子供は恵まれているのである。
テンプル騎士団の兵士の大半は奴隷だった人々だ。商人や主人に虐げられたり、過酷な労働をさせられていた人々であるため、文字や計算の勉強ができるわけがない。中にはちゃんと教育を受けた兵士もいるものの、読み書きができない兵士の方が多いのだ。
そこでテンプル騎士団では、教育を受けた兵士たちが読み書きや計算を教えることになっており、定期的に訓練だけでなく授業も行っている。
けれども、兵士たちの成績はかなり悪かった。カノンが作ったテストを受けた兵士の4割は0点だったのである。
読み書きや計算ができないのは大問題だ。文字が読めなければタンプル搭の中にあるプレートや、兵器のマニュアルを読んでも理解する事ができない。それに計算ができなければ、マガジンの中に残っている弾丸が何発なのかも把握する事ができないし、味方同士で弾薬を分け合う際にも支障が出てしまう。
そこで、本格的な勉強会を実施することにした。カノンのテストを受けた兵士たちに授業を受けさせ、少なくとも読み書きと計算ができるようにするのだ。
実施するのは国語と算数。できるなら他の教科もやりたいんだけど、まずはしっかりと基本的な読み書きと計算ができるようにしなければならない。
俺とラウラが国語を担当し、クランとナタリアが算数を担当することになっている。まず最初に国語の授業を1時間ほど行い、15分休憩してから更に1時間授業する。昼食と休憩時間の後に1時間算数の授業を行い、同じように15分休憩してから後半の1時間の授業をするというわけだ。
というわけで、先陣を切るのは俺とラウラ先生の2人という事になった。
「ねえ、ラウラ」
「ふにゅ?」
自室を後にする前に、洗面所にある鏡の前で鏡に映っている自分の姿を見つめながら溜息をつく。髪型はいつもと同じくポニーテールで、母さん譲りの蒼い髪にはちゃんとラウラがプレゼントしてくれたリボンをつけている。確実に女子に見間違われる容姿だなと思いつつ、胸元と腰の辺りを見下ろした俺は、顔をしかめてしまった。
身に纏っているのはいつもの転生者ハンターのコートではなく、黒いスーツとスカートだった。そのスーツの胸元はそれなりに膨らんでいる上に開いており、真っ白な胸元が覗いている。
そう、今の姿は男の姿ではなく、女の姿なのだ。なので息子は搭載しておりません。
「何でこの姿で参加しなきゃいけないの?」
「えへへっ、似合ってるよ♪」
そう言いながら右腕にしがみつき、肩に頬ずりを始めるラウラ。彼女も俺と同じ服装なんだけど、俺よりも少しばかり彼女の胸の方が大きいので、スーツの胸元は彼女の方が膨らんでいる。
いつもなら顔を赤くした上に角まで伸びる筈なんだけど、そんな余裕はないだろう。
ちなみにこの服を用意し、女の姿で参加してほしいというリクエストをしてきたのはシュタージのクランさんである。
くそ、何でこんな服装で参加しなきゃいけないんだよ…………。
ただでさえ男の姿でも女に間違われるのに…………。
鏡の前でもう一度溜息をついてから、ラウラと一緒に筆箱を持って自室を後にする。教師はテンプル騎士団の中でちゃんと教育を受ける事ができたメンバーの中から真面目そうな団員が選抜されている。確かにナタリアはテンプル騎士団の中では数少ないまともな人だし、クランはよくいたずらするけれどもまだ真面目なメンバーだ。ラウラも大人びた方のラウラだったら大丈夫そうだけど、普段はこのように俺に甘えているのが当たり前なのでちょっと心配である。
「ふにゅ? タクヤ、それ何? 模型?」
「え?」
腕に抱き着きながら頬ずりしていたラウラが、俺が右手に持っている物体を見つめながら首を傾げた。
俺が右手に持っているのは、一見するとシャール2Cの模型のように見えるかもしれない。けれどもこれは模型ではなく、鉛筆や消しゴムを入れておくことが可能な”シャール2C型筆箱”なのだ。暇な時に工房のバーンズさんから余った木材や金属の一部を貰って作った自作の筆箱で、主砲の砲身の部分は鉛筆削りになっている。
これ、タンプル搭の工房で販売したら売れるだろうか。
ちなみに今度はエイブラムス型とチョールヌイ・オリョール型の筆箱を暇潰しに作る予定である。
「俺の筆箱。しかも鉛筆削り付き」
「ふにゅー…………。タクヤって昔から器用だよね」
「まあね」
この器用さは、前世の頃に身につけた。前世の世界では母さんが他界してから家事やバイトも自分でやらなければならなくなったから、いろいろな技術を磨く事ができた。
2人で一緒にエレベーターに乗り、居住区に用意された教室を目指す。今回は国語の授業をするだけなので武装する必要はないんだが、念のため腰にはPL-14を収めたホルスターを用意してある。本拠地の中でも丸腰では移動したくないんだよね…………。
エレベーターから降りて配管やケーブルが剥き出しになっている通路を歩き、教室に使うことになった部屋のドアへと手を伸ばす。授業を受ける兵士は男性が多いので、こっちの格好の方が生徒が大喜びするとクランが言っていたんだが、本当に女の姿で授業をする必要はあるのだろうか。
クランが見たかっただけなんじゃないだろうなと思いつつ、教室のドアを開けた。
少しばかり広くなっている教室の中には、ドワーフの職人たちが暇潰しに作ってくれた椅子と机がずらりと並んでおり、各部隊の隊員の中から選抜されたバカたちがその席について俺たちを待っていた。
けれども、読み書きやできなかったり計算ができないのは仕方がないだろう。テンプル騎士団の兵士の大半は奴隷で、勉強をする事などできなかったのだから。
俺たちの今日の任務は、彼らに勉強を教える事だ!
「よし、起立」
教室の前に出て号令を発すると、兵士たちは訓練の時のように席から立ち上がり、一斉に敬礼を始めた。俺とラウラも彼らに敬礼を返すと兵士たちは敬礼を止め、一斉に席に再び腰を下ろす。
もう既に支給してあった教科書とノートを開き、授業を受ける準備をする兵士たち。テストでかなり低い点数を取った兵士たちとは思えないほど真面目なんだけど、彼らは本当にバカなんだろうか?
予想以上に真面目だった兵士たちを見ながらチョークを拾い上げる。
ちなみに、親父たちが若かった頃までは紙は貴重品だったらしく、庶民が購入して勉強に使えるような代物ではなかったという。けれども親父がモリガン・カンパニーを設立し、高品質な紙を、この異世界の紙の価格をバカにしているのではないかと思えるほど低い価格で売り始めたせいで、庶民も簡単に紙やノートを手に入れる事ができるようになった。それまで紙を作っていた工場も立て続けに潰れていったため、現時点でも紙の製造はモリガン・カンパニーが独占している状態である。
というか、様々な商品にモリガン・カンパニーのロゴマークが刻まれているのが当たり前なのだ。あの大企業の影響力はかなり大きいのである。だからこそ、列強国でさえモリガン・カンパニーには絶対に逆らえない。
もちろんここにあるノートもモリガン・カンパニーのロゴマークが入っているし、教科書や消しゴムもモリガン・カンパニーが作ったものである。義務教育がこの世界でも当たり前になったら、あの会社はもっと儲かるだろうな…………。
「よし、授業を始めるぞ。ちなみに授業の最後に国語のテストをするからな。…………ラウラ、頼む」
「はーいっ♪」
授業をラウラに任せて、俺は教壇を離れた。俺が授業をするべきなのかもしれないけれど、やらなければならないことがあるのだ。
「それじゃあ最初は読み書きからねっ♪」
この世界の公用語はオルトバルカ語ということになっている。なのでオルトバルカ語を喋ることができれば、少なくとも先進国にいる住民たちとコミュニケーションを取ることはできるのだ。とはいえ中には本来の母語を喋っている地域もあるし、発展途上国の大半はその国の母語が使われているので、オルトバルカ語さえ覚えていれば全ての人々と会話する事ができるというわけではない。
前世の世界で例えると、英語のような存在だ。発音や文字も英語にそっくりなので、すぐに覚える事ができた。さすがに文字の形状は違うし、文法もちょっとだけ違うけどね。
まず文字や読み方を覚えなければテストを受けることはできない。なので国語の授業では読み書きを行うことになっている。
黒板にチョークで文字を書き、その文字の読み方を教え始める。授業を受けている兵士たちはノートにその文字を書き、ラウラの真似をして発音の練習をしているけれど、数名だけ何をすればいいのか分からない生徒がいる。
多分、オルトバルカ語ではなく他の言語が母語になっている国からやってきた兵士たちなのだろう。
『やあ、同志。どうした?』
『ああ、すいません。何をすればいいのか分からなくて…………』
やっぱりオルトバルカ語が通じない兵士だったか。
テンプル騎士団の中には、オルトバルカ語が話せない兵士も何名か含まれているのだ。種族どころか国籍までバラバラな兵士たちで構成されている組織なので、兵士たちの母語までバラバラなのである。
なので、兵士たちがオルトバルカ語を離せない場合のために、シュタージに協力してもらって兵士たちの母語を調べて勉強している。そうすればその兵士たちの通訳になる事ができるし、彼らも話しやすい筈だ。
『読み書きの授業だから、ラウラの発音の真似をしてくれ。文字はノートに書いてくれよ?』
『あ、分かりました。すいませんです、団長』
『気にすんな』
『それにしても、そのスーツ似合ってますね。可愛いですよ』
『あ…………ありがとう』
俺は男だからね? 今は息子を搭載してないけど。
「じゃあこの文章は何て読むのかな?」
「「「マガジンが3つあります」」」
「これは?」
「「「私はタクヤを愛しています」」」
ん?
「これは?」
「「「私のタクヤはとても可愛いです」」」
ら、ラウラ先生、何を教えてるんですか?
「ラウラ、出来れば真面目にやってくれ」
「はーいっ♪」
多分、彼女は真面目にやらないんじゃないだろうか。やっぱり俺が授業を教えた方が良かったなと思ったけれど、カルガニスタンに住んでいる部族の言語を話せるのは俺だ。ラウラは彼らの言葉を話す事ができないので通訳を任せるわけにはいかない。
ラウラに任せるしかないな。
溜息をつきながら黒板に書かれている英語にそっくりの文字たちを見つめる。基本的にオルトバルカ語は英語にそっくりなんだけど、中にはキリル文字にそっくりな文字も混じっている。発音も英語に非常にそっくりだ。
前世の世界では英語の成績は二番目に良かったので、覚えるのは簡単だった。ちなみに一番得意だった教科は世界史だな。第一次世界大戦に入ってからはテストで満点を取るのは当たり前だったよ。
「じゃあイワン君、これは何て読むと思う?」
「”見る”ですか?」
「正解っ♪ じゃあ、これは?」
「”走る”?」
「正解っ♪」
生徒に向かってウインクしながら微笑むラウラ。今しがた問題に答えたイワン君は顔を赤くしながら席につき、ニヤニヤしながらノートに文字を書いている。
段々と真面目になってきたな。それに生徒も読み書きを覚え始めているようだし、少なくとも最後にやる予定のテストは以前よりもいい点数を取ってくれそうだ。
そう思いながら、俺はお姉ちゃんの授業を見守りつつ、オルトバルカ語が通じない兵士たちのサポートを続けるのだった。
「国語の方は大丈夫そうだな」
午前中の最後に行ったテストの採点を終えた俺は、椅子に座ったまま背伸びしてからそう言った。カノンのテストを受けた兵士たちは全員赤点をとる羽目になってたようだけど、今回はちゃんと勉強をしたからなのか、平均的な点数は50点まで一気に上がっている。しかも0点をとった兵士は1人もいない。
まだ点数は低いけれど、このまま勉強を続けていけば問題はなくなるだろう。文字が読めるようになればタンプル搭の中にあるプレートの文字も読めるようになるし、オルトバルカ語を話せるようになれば他の兵士たちとの連携も取りやすくなるのだから。
「お疲れ様、”タクヤ先生”」
「おう」
あくびをしていると、スーツ姿のナタリアがアイスティーの入ったティーカップを持ってきてくれた。髪型はいつものツインテールなんだけど、いつものテンプル騎士団の制服じゃないからなのか、雰囲気が違う。普段は冷静沈着な参謀なんだけど、スーツ姿のナタリアはしっかりとした授業をしてくれそうな先生である。
多分、彼女の雰囲気を変えている原因はスカートだろうな。いつもはズボンを身につけているんだけど、今日は少しばかり短めのスカートだから、黒ニーソと太腿があらわになっている。
スカートを穿いてるナタリアも悪くないな。というか、俺はこっちの方が好きだ。明日からスカートを穿いてくれって頼んだら、彼女は明日からスカートをに見つけてくれるだろうか。
「ねえ、何見てるの?」
「ああ、ナタリアがスカートを穿くのは珍しいからさ」
「ふふっ、似合ってる?」
「最高です」
「うふふっ、当たり前よ♪」
嬉しそうに笑いながら胸を張るナタリア。彼女の顔を見上げながらティーカップを口へと運び、ナタリア特製のジャムが入ったアイスティーで疲れを希釈する。
ちなみに、俺たちがテストの採点に使う部屋も空き部屋だったんだけど、どういうわけか前世の世界の学校にあった職員室みたいな感じの部屋になっている。しかも部屋の入り口には”職員室”と書かれたプレートまで用意されていたので、俺たちは休憩室ではなく職員室と呼んでいた。
なんだか、本当に学校の先生になった気分だ。
「ラウラ、見て見て!」
「ん?」
午後の授業の準備をしていたクランが、見覚えのあるコートを羽織りながらはしゃいでいるのが見えた。短めのマントやアイテム用のホルダーが装備されているコートにはフードまでついていて、そのフードには2枚の深紅の羽根が飾られている。
転生者ハンターの象徴だ。
あれ? そういえば、あのコートは部屋に置いたままだったよな?
「ふっふっふっ、明日からは私が団長ね!」
「ふにゃー…………! 似合ってるよ、クラン団長!」
「じゃあ、まずテンプル騎士団の装備品を全てドイツ製に変更―――――――」
「クラァァァァァァンッ! 俺のコートを返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「あはははっ、バレちゃった♪」
「ラウラ、クランを捕まえろ!」
「ふにゃー♪」
お、俺の部屋から盗んできたのか!?
どうして彼女が俺のコートを羽織っていたのかは分からないけれど、とりあえずクランを追いかけ回すことにした。
タクヤとラウラが実施したテストを受けた兵士たちの点数は、前回よりも上がっていた。
だから算数の授業を私とクランちゃんでやれば、きっと兵士たちの成績も上がる筈。
そう思ってたんだけど、算数を担当することになった私とクランちゃんは、高を括っていたということを実感する羽目になった。
ヤバい教科は、国語じゃなくて算数だったのだから。
おまけ
タクヤの喋れる言語
ナタリア「あ、あんたっていろんな言葉を喋れるのね…………」
タクヤ「まあね」
ナタリア「どれくらい喋れるの?」
タクヤ「ええと…………先進国の言語は全部喋れるし、カルガニスタン語も大丈夫だな。後は前世の世界の日本語と英語だ。趣味でロシア語もちょっとだけ勉強してたから少しなら喋れる」
ナタリア「何それぇ!?」
ケーター(こいつロシア語まで喋れるのか…………)
完