異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

488 / 534
準備を終えた怪物

 今日は学校とバイトは休みだ。

 

 いつもなら家に帰る前にクソ親父のために酒を買っていく必要があるんだけど、今日は必要ない。だから買い物が終わってから、俺は家に真っ直ぐに帰ることにした。

 

 玄関のドアを開けて中に入り、靴を脱いでから部屋へと向かう。相変わらず玄関にはクソ親父の靴が並んでいて、リビングの方からはテレビの音が聞こえてくる。ことん、と酒の瓶をテーブルの上に置く音を聴きながら、買い物袋の中身を容赦なく冷蔵庫にぶち込んでいく。

 

 当たり前だけど、クソ親父が俺に「お帰り」と言う事はない。だから俺も、あのクソ親父に「ただいま」と言う事はない。基本的に俺から声をかけることはないのである。

 

 階段を駆け下りてキッチンへと向かい、夕飯の準備をすることにする。今の時刻は午後5時だから、今すぐに用意すれば早めに夕食を済ませられる筈だ。

 

 食材が入っている冷蔵庫を開けようとしたその時だった。

 

「?」

 

 ポケットに入っている携帯電話から、着信音が聞こえてきたのである。誰だろうかと思いつつポケットの中から携帯電話を取り出して開いてみると、メールが届いていた。

 

 そのメールを送ってきた送信者の名前を見た俺は、目を細める。

 

 クソ親父に見つからないうちにメールの中身を確認しておく。

 

 ―――――――やっぱり、酒を買って来なかったのは正解だった。

 

「おい、クソガキ」

 

 メールの中身を確認してからポケットに突っ込むと同時に、ソファの上に横になりながらテレビを見ていたクソ親父がこっちを睨みつけながら低い声で言った。どうせ酒を買って来なかったことを咎めるつもりなんだろうな、と思いながらそっちを無表情のまま見つめる。

 

「てめえ、酒はどうした?」

 

「買ってきてない」

 

「あぁ? …………買って来いって言っただろうが」

 

「うん」

 

「じゃあ何で買って来なかったんだぁ!? あぁ!?」

 

 怒鳴られるのには慣れてしまった。小さい頃は母さんの陰に隠れてたけど、そうすれば母さんまで巻き込んでしまうし、最悪の場合は俺の代わりに母さんが殴られてしまうから、すぐに母さんの陰に隠れるのは止めてしまった。

 

 小さい頃から何度も怒鳴られているからなのか、全然怖いとは思わない。もう震えなくなっちまったな、と思いつつ、ソファの上に横になりながら偉そうにこっちを睨みつけている無能を見つめる。

 

 こいつは俺がこの家からいなくなったらどうするつもりなのだろうか。

 

 ちょっとだけ気になるけれど、もう気にする必要はないだろう。

 

「はっ、やっぱりクソ女にそっくりだな………。使えねえガキだ。黙って金稼いで、酒を買ってくればいいんだよ、クソが」

 

「…………」

 

 ちらりとキッチンの中に用意してある包丁を見る。

 

 俺が小さい頃から母さんが使っていた包丁だ。小さい頃、あの親父を殺してやろうかと思ってちらりとその包丁を見た時、母さんは止めなさいと言わんばかりに首を横に振っていた。

 

 あの時の包丁が、すぐ近くに置いてある。

 

 母が美味しい料理を作ってくれた包丁が、近くにある。

 

 けれども、もう母さんの料理を食べることはできない。母さんはあのクソ親父のせいでこの世を去り、お墓の下で眠っているのだから。

 

 あの時首を横に振って制止してくれた母さんの顔を思い浮かべながら、俺も首を横に振った。

 

 いいんだよ、母さん。

 

 俺はもう我慢したし、解放されたんだ。

 

 さっきのメールで、開放してもらったのだから。

 

 これは自由になるための”仕上げ”なんだ。だから止めないでくれ。

 

 母さんは悲しむだろうな、と思いながら、その包丁に手を伸ばす。こっちを睨みつけながらまだ文句を言っているクソ親父に見つからないように包丁を拾い上げ、冷蔵庫からキャベツを取り出して調理するふりをしつつ、クソ親父の様子を確認する。

 

 文句を聞いていないと思ったのか、舌打ちをしてから再びテレビを見始めるクソ親父。こっちを見ていないことを確認してから、まな板の上にキャベツを置き去りにし、右手に包丁を持ったままゆっくりとソファの方に近づいていく。

 

 あのソファはいつもクソ親父が横になっているから、俺や母さんは座ったことがない。いつも横になっているせいで、そのソファからは汗の臭いがする。できるならこのソファには近づきたくなかったんだけど、我慢するしかなさそうだ。

 

「あ? 何だよ?」

 

 ソファのすぐ後ろに俺が立っていることに気付いたクソ親父が、少しだけびっくりしてから睨みつけてくる。

 

「さっさと飯作れよ。サボってんじゃねーぞ、クソガキが」

 

「…………もう、お前に飯は作らない」

 

「あ?」

 

 こんな奴のために、飯を作る必要はない。

 

 もう、そんなことはしなくていい。

 

「何言ってんだ? 殴られてえのか?」

 

 できるなら、もっと優しい父親が欲しかった。多少厳しくても、しっかり働いている立派な父親だったら尊敬していたかもしれないのに。

 

 何で俺の父親は、こんな奴なんだろうか。

 

 失望しながら、俺は右手に持っていた包丁を振り上げた。息子が振り上げた包丁を目にした瞬間、ソファの上に横になっていたクソ親父がぎょっとする。殴れば言う事を聞くだろうと思って高を括っていたのかもしれない。今まで言う事を聞かせていた息子が、包丁を持って襲い掛かってくるのは予想外だったんだろう。

 

 無様な顔をしながらソファから起き上がろうとするデブを嗤いながら、容赦なく包丁を振り下ろした。

 

 どういうわけか、全然躊躇はしなかった。このクソ親父に全く優しくしてもらえなかったからなのだろうか? それとも、幼少の頃からずっと憎んでいたからなのだろうか。

 

 人を殺そうとしているという罪悪感は全く感じない。むしろ、心の中を侵食していた憎しみが凄まじい勢いで減っていく。

 

「がっ…………」

 

 どすっ、と、包丁の切っ先が起き上がろうとしていたクソ親父の脇腹を貫いた。白い上着の脇腹の辺りがどんどん真っ赤に染まり、汗臭いソファが段々と血の臭いに侵食されていく。服から滲み出た鮮血がグレーのソファを濡らし、赤く染めていった。

 

 包丁を引き抜き、真っ赤に染まった刀身を見下ろす。

 

 母さんが生きてたら悲しんでたかもしれない。

 

「て、てめ………え…………ッ! ち、父親に…………こ、こんなことを―――――――」

 

「父親?」

 

 真っ赤に染まった包丁に指で触れ、赤くなってしまった刀身に銀色のラインを刻み付けてから、傷口を押さえて苦しんでいるクズを見下ろした。

 

「息子と妻を虐げるクズを父親とは言わないよ」

 

 だから俺は、こいつを父親とは思っていない。

 

 左手を握り締め、思い切り振り上げてから急降下させる。傷口を必死に抑えているクズの両手もろとも左手の拳で殴りつけた瞬間、血まみれになっていたクズが目を見開き、呻き声を発した。

 

 ざまあみろ、クソ野郎。

 

 血まみれになった左手をちらりと見てから顔をしかめ、右手に持っていた包丁をもう一度振り上げる。無残に殺してやろうと思ったけど、時間はかけたくないから、そろそろ殺してしまおう。

 

「ま、待て! 永人、許してく―――――――」

 

 許す気はありません。

 

「―――――――今までありがとね、”お父さん”」

 

 必死に命乞いをする無様な父を見下ろして笑いながら、俺は容赦なく包丁を突き立てた。切っ先が首の肉を切り裂くと同時に命乞いが途切れ、代わりに首を串刺しにされている苦痛が音に変貌したかのような、痛々しい呻き声が彼の口から溢れ出す。

 

 そんな無様な音が、このクソ親父が最後に声帯から発した音。

 

 この無様で存在する価値のない男にはふさわしいんじゃないだろうか。

 

 喉と脇腹から鮮血を流し、身体を痙攣させ始めたクソ親父から包丁を引き抜く。

 

 血まみれになった制服はどうしようか。できるならば、この後に母さんのお墓の前に行きたいんだけど、着替えた方がいいのだろうか。

 

 血まみれの包丁を持ったまま、俺は階段の方へと向かう。クソ親父が見ていたテレビがついたままになっていたけれど、そのままでいいだろう。テレビの音声を聴きながら短めの階段をゆっくりと昇り、血まみれの包丁を机の上に置いてから携帯電話を充電しておく。

 

 溜息をついてから、俺は着替えを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、お母さん」

 

 母さんがこの世を去ってしまった時のように、墓石に触れながら呟く。

 

 多分、母さんは悲しんでいる筈だ。高校を卒業するまで耐えれば家を出ていくことができたのに、卒業する前に自分の手で父親―――――――あいつを父親とは思いたくない―――――――を殺してしまったのだから。

 

 ごめんなさい。

 

 殺した父にではなく、墓石の下に眠っている母さんに謝る。

 

 あいつを殺した罪悪感は全くない。むしろ、母さんの仇を取ることができたのだから俺は満足している。この墓石の下に眠っている母さんたちは満足するどころか、悲しんでいるかもしれない。

 

 だから、謝る。

 

 けれども、もうあの家にいる必要はなくなった。

 

 不要になったのだ。

 

 だからあの家で生活する必要はない。友達から貰ったマンガと机とベッドしかない殺風景な部屋で眠る必要はないし、家事をしたり、バイトで金を稼ぐ必要もない。

 

 もう、いらない。

 

「…………じゃあね、母さん」

 

 墓石から静かに手を離し、踵を返す。

 

 薄暗くなった空から降ってきた水滴が、着替えたばかりの私服の肩を直撃する。数秒後に襲来した雨粒の弾幕を浴びながら携帯電話を取り出し、電話をかける。

 

 もう、終わった。

 

 俺がやるべきことは。

 

 父を殺して復讐は果たしたし、母にも別れを告げた。

 

 だから、もう終わらせてもいいのだ。

 

「―――――――もしもし。うん、こっちは終わった。…………ああ、分かった、うん。それじゃ」

 

 そう言えば、家にあるテレビをつけたままにしてしまったけれど、消した方がいいだろうか?

 

 いや、消さなくていいだろう。

 

 もう、終わったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『昨日、事故で墜落した飛行機の中から、飛行機に搭乗していた乗客全員の遺体が発見されました。乗客たちの中には修学旅行に行く途中だった高校生の生徒たちも含まれており、体調不良で欠席していた一名の男子生徒を除いた全ての生徒が犠牲になっています。警察は遺体の回収を急ぎつつ、この事故の―――――――』

 

 

 

 

 

 

 

 番外編『怪物の生まれた場所』 完

 

 第十八章『火薬と日常』へ続く

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。