異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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代役の最終試験

 

 リキヤの息子(タクヤ)レリエルの息子(ブラド)を討伐したことによって、吸血鬼たちが装備していた兵器はすべて消滅した。

 

 基本的に、転生者が生産した戦車や戦艦が撃破されて残骸と化した場合も、転生者が死亡すればその残骸まで消滅するようになっている。だからカルガニスタンに取り残された残骸は連合軍の戦車やテンプル騎士団の戦車だけであり、吸血鬼たちが運用していたマウスやレオパルト2の残骸は全く見当たらない。

 

 抵抗を続けていた吸血鬼たちは、きっと武装が消滅した瞬間に絶望した事だろう。目の前から大量の歩兵たちが攻め込んできているというのに、自分たちの武器が全て消えてしまったのだから。

 

 だが、ブラドが死亡して兵器が消滅したことで、助かった奴もいる。

 

 空母『ウリヤノフスク』の医療室のドアを開けた俺は、一緒に入って来ようとした護衛の兵士たちに「ここで待っていてくれ」と告げてから、そのまま部屋の中へと足を踏み入れた。

 

 地上部隊の負傷兵は、テンプル騎士団本部の医療室で治療してもらっている。海戦ではモリガン・カンパニー艦隊に全く損害が出ていないため、戦死者どころか負傷者すら出ていないのだ。しかもまだ2回ほど対艦ミサイルの飽和攻撃を実施できるほどのミサイルを温存している。

 

 負傷者がいないせいで、医療室の中はかなり静かだった。普段ならば数名の治療魔術師(ヒーラー)が負傷者の治療を行っている筈なのだが、少しばかり広い部屋の中にいるのはベッドの上で眠っている1人の女性だけである。

 

 静かに歩きながら、その女性が眠っているベッドの側へと向かう。頭にかぶっていたシルクハットを近くの机の上に置いてからベッドを囲んでいるカーテンを開け、近くにある椅子に腰を下ろす。

 

 そのベッドで眠っていたのは、白いドレスにも似た服に身を包んだ金髪の女性だった。大人になったばかりの女性なのではないかと思えるほど若々しい容姿だが、実際の年齢は間違いなくリキヤと同じくらいだろう。

 

 若々しい容姿のままなのは、この女性が吸血鬼だからだ。

 

 吸血鬼の寿命はハイエルフ以上に長い。だから普通の人間が老人になる頃でも、吸血鬼たちはまるで20代前半のような若々しい姿を維持したままだという。

 

 ベッドに眠っているその女性の顔を見つめていると、女性がゆっくりと目を開けた。医療室の天井を見つめてから、ベッドの中から片手を伸ばして自分のお腹に触れ、近くに座っている俺の方を見つめる。

 

 困惑しているのだろう。水銀と聖水を呑み込み、戦艦ビスマルクと共に海の藻屑になった筈なのに、敵の空母の医療室でベッドに横になっていたのだから。

 

「やあ、アリア」

 

「こ、ここは…………?」

 

「”ウリヤノフスク”の医療室だ」

 

 吸血鬼たちの艦隊の指揮を執っていたアリアは、乗組員たちと共に脱出せずに艦内に残り、海の藻屑になろうとしたのだろう。しかしブラドが死亡してしまったことによって沈んだビスマルクの残骸も消滅してしまい、海の藻屑になる筈だった彼女は助かってしまったのである。

 

 アリアが飲み込んでいた水銀と聖水も、もう既に彼女の胃の中から除去されている。吸血鬼は弱点以外の方法で殺すこともできるが、再生能力が機能しなくなるまで何度も殺さなければならない。そのため吸血鬼の弱点を使って殺すのが最も合理的な手段と言われていた。

 

 だからアリアは、確実に死ぬために弱点である水銀と聖水を呑み込んでいたのだろう。

 

 水銀と聖水は、吸血鬼たちからすれば強力な硫酸のような代物だ。触れれば身体が溶けてしまう上に、通常の吸血鬼は傷を再生させる事ができなくなってしまう。

 

 しかし、聖水と水銀を呑み込んだアリアが死ぬよりも先に、息子であるブラドがタクヤによって討伐されてしまったことにより、彼女は消滅したビスマルクの残骸から放り出されて海面へと逆戻りすることになった。

 

 息子が死んだことによって、母親が生き残ってしまったのである。

 

「私は…………何で生きてるの…………?」

 

「ビスマルクが消滅したからだ」

 

 戦艦ビスマルクは、ブラドの能力によって生産された兵器である。

 

 そのビスマルクの消滅は、ブラドの死を意味していた。

 

「嘘…………」

 

「…………お前の息子は死んだ。テンプル騎士団に返り討ちにされたんだ」

 

「嘘よ………あの子が…………」

 

 絶望するアリアを見下ろしながら、拳を握り締める。

 

 エンシェントドラゴンの寿命には、終着点がない。つまり誰かに殺されない限りは死ぬことはないのだ。それゆえにエンシェントドラゴンは繁殖して子孫を残す必要がないため、性別という概念すらない。

 

 だからリキヤの記憶を受け継ぐ前までは、”子供が生まれる”という感覚がどのようなものなのか、全くわからなかった。子供を生んだエミリアやエリスが嬉しそうな表情をしていたから、人間にとっては嬉しい事なのだということは理解していた。

 

 だが、リキヤの記憶を受け継いだおかげで、その感覚を理解する事ができた。

 

 それゆえに、自分の子供をこの戦いで失う羽目になったアリアの絶望も、理解する事ができた。

 

「どうして…………」

 

 涙を流し始めたアリアにハンカチを差し出す。アリアはそのハンカチを受け取ると、流れ落ち始めた涙を拭い始めた。

 

「…………魔王、私を殺して」

 

「無理だ」

 

「お願いよ…………死なせてちょうだい」

 

「ダメだ。……お前は生きなければならない」

 

 アリアの要求をあっさりと断り、彼女を睨みつける。

 

 彼女は過激派の吸血鬼たちを率いるレリエル・クロフォードの後継者だ。今回の戦いで過激派の吸血鬼たちは大損害を被ったものの、未だに吸血鬼が世界を支配するべきだと主張する過激派の連中も残っている。春季攻勢(カイザーシュラハト)で吸血鬼たちが惨敗したことによって過激派の連中の勝ち目はなくなったが、兵力を集めてまた攻撃を仕掛けてくる可能性もある。

 

 だからこそ、その過激派の連中を説得できる者が必要なのだ。

 

 レリエル・クロフォードを殺したことになっている俺が奴らを説得したとしても逆効果だ。奴らの潜伏している地域を攻撃しても、吸血鬼たちを食い止めることはできないだろう。

 

 しかし、レリエル・クロフォードの後継者であるアリアならば発言力がある。

 

 彼女ならば、過激派の連中を説得できる筈なのだ。

 

「アリア、死は罰なんかじゃない」

 

「…………」

 

「いいか、アリア。もし俺が仲間のせいで死んでそいつを残す羽目になったとしてもな、謝罪するために死んでほしいとは全く思わない。償いたいんだったら生きてほしいって思うんだよ。…………ここで死ぬのはただの自己満足にしかならんぞ」

 

 かつて、リキヤは若き日のエリスを説得する時もこう言った。エミリアの許婚だったジョシュアによって彼女が殺された時に、計画に加担してエミリアを死なせてしまったことを悔やんでいたエリスを説得し、ネイリンゲンまで連れ帰ったのだ。

 

 エミリアの亡骸を背負いながら、エリスを連れ帰ろうとするリキヤの姿がフラッシュバックする。けれどもこれは、私(ガルゴニス)が見た光景ではない。あの頃は、私はまだ封印されていたのだから。

 

 涙を拭ったアリアがこっちを見上げる。

 

「だから生きろ。ディレントリアに戻って過激派の連中を説得するんだ。いいな?」

 

「…………分かったわ」

 

 彼女も、同胞をこれ以上死なせたくない筈だ。

 

 レリエルが封印された後に本格化した人間たちの反撃によって、吸血鬼たちの数は一気に減っている。もしテンプル騎士団や俺たちに攻撃を仕掛ければ、ただでさえ少ない同胞の数がさらに減る羽目になるのだから。

 

 それにテンプル騎士団には様々な種族の兵士たちが所属している。この世界では種族を差別するのが当たり前だが、彼らのように共存することはできるのだ。

 

 踵を返し、医療室を後にする。ドアの向こうで待っていた兵士たちに「すまないね」と言ってから通路を進み、溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タンプル搭の第一居住区にある空き部屋は、もう既にフィオナが持ち込んだ実験用の道具や分厚い教本だらけになっていた。部屋に用意されている簡単なキッチンにもビーカーやフラスコが置かれており、やけに大きなビーカーの中には、ゴブリンの脳味噌が紫色の液体と一緒に収まっているのが見える。

 

 本当ならばベッドがあるスペースに置かれた机の傍らでは、12歳くらいの少女が磨り潰した薬草をフラスコの中へとぶち込み、ピンク色の液体と混ぜ合わせているところだった。彼女がフラスコを振る度に中に入っている液体がオレンジ色に変色していく。

 

 その幼い姿の技術者の傍らで、車椅子に乗った蒼い髪の女性が分厚い錬金術の教本を読んでいるところだった。右足の膝の辺りには未だに真っ白な包帯がこれでもかというほど巻き付けられていた。本来ならばその先にある筈の脛や爪先の部分は、見当たらない。

 

「エリス」

 

「あら、ダーリン」

 

 もし彼女の足が無事だったのならば、今頃俺に抱き着いていただろう。

 

 けれどもエリスは、義足を移植しない限り立つことはできない。

 

「錬金術の本か?」

 

「ええ、騎士団にいた頃から興味があったのよ」

 

「へぇ…………。なんだか複雑だな」

 

「ふふふっ。錬金術はとっても難しいのよ」

 

 彼女が読んでいた本を覗き込みながら、俺は錬金術が全く分からないふりをした。

 

 本当は、錬金術の事は全て知っているのだ。俺の正体は彼女の夫だった男ではなく、最古の竜(ガルゴニス)なのだから。

 

「ところでエリス…………足の件なんだが」

 

「ああ、義足を手配してくれたの?」

 

「いや…………手配はしていない」

 

 まだ、エリスのための義足は手配していない。というか、手配する予定はない。

 

「エリス…………退役するべきだと思うんだ」

 

 義足を手配すれば、彼女を復帰させることはできるだろう。リハビリさえ終われば、再び彼女と一緒に戦う事ができるに違いない。

 

 けれども俺は、彼女を復帰させるつもりはなかった。

 

 一緒に戦うという事は、また戦場に向かうという事なのだから。

 

 エリスは”絶対零度”という異名を持つ、ラトーニウス王国騎士団に所属していた最強の騎士だった。氷属性の魔術を自在に操る彼女がラトーニウスにいたからこそ、オルトバルカ王国も迂闊に攻め込む事ができなかったのだ。

 

 だが、大切な妻をもうこれ以上戦場に行かせたくはない。

 

 だから彼女を退役させるつもりだった。

 

 拳を握り締めながら告げると、エリスは俺の顔を見上げながら微笑んだ。

 

「―――――――ええ、私も退役した方がいいと思ってたの」

 

「エリス…………」

 

 反対するんじゃないかと思っていたんだが、彼女も退役した方がいいと思っていたのか。

 

 説得する準備をしてきたのだが、肩透かしを食らう羽目になっちまった。

 

「ごめんなさいね、心配かけちゃって」

 

「いや、大丈夫だ。それに君を危険な目に遭わせずに済む。…………ラウラたちに話はしたのか?」

 

「ええ、さっき見舞いに来てくれたの。ほら、そこにスコーンがあるでしょ? ラウラが焼いてくれたのよ」

 

 ラウラが?

 

 確かラウラも料理が下手だったのではないだろうか。彼女が作ったシチューを食べて死にかけたことを思い出しながら、車椅子に乗っているエリスの傍らにあるテーブルの上にある皿をちらりと見てみる。皿の上に乗っているのは美味しそうなスコーンたちで、その皿の隣には甘そうなジャムが乗った小皿も置いてある。

 

 どうやら、旅に出ている間に上達したらしい。

 

「…………本当は、まだリキヤくんたちと戦いたいんだけど、みんなを心配させたくないから…………」

 

「エリス…………」

 

 彼女の近くに置いてあった椅子に腰を下ろし、右手を伸ばして優しく彼女の頭を撫でる。すると、俯いていたエリスが顔を上げ、嬉しそうな表情を浮かべながら頬を膨らませた。

 

「もう、年下のくせに♪」

 

「ははははっ」

 

 リキヤは彼女たちに支えられていた。親友を撃ち殺してしまった時も、エリスが支えてくれたからこそ戦い続ける事ができたのである。

 

 けれども、リキヤはもう彼女たちに恩を返す事ができない。

 

 だから私(ガルゴニス)が、恩を返す事ができなくなってしまった男の代わりに彼女たちを支えるのだ。

 

 私は、彼の記憶と容姿を受け継いだのだから。

 

 それが、私の役目なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「”ツヴァイ”が勝ったのかぁ…………」

 

 目の前の立体映像に映し出されている映像を見つめながら、私は傍らに置いてある紅茶のカップを口へと運んだ。

 

 立体映像に映し出されているのは、燃え盛る諜報指令室の中で雄叫びを上げながら殴り合う2人の第二世代型転生者たち。銃やナイフを使わずに死闘を繰り広げる2人の転生者たちの戦いを見つめながら、私はニヤリと笑う。

 

 もう最終段階だね。”テスト”は終わったのだから。

 

 端末を手に入れた転生者たちをひたすら狩り続けたツヴァイは、”最強の転生者”になりつつある。クソ野郎という”餌”を食べ続けることによって、あの世界を守る守護者にふさわしい戦士へと成長しつつあるのだ。

 

 彼があの世界の守護者になってくれれば、もうパラレルワールドから何の罪もないリキヤたちが強制的に転生させられ、戦死していくことはなくなる。だからアインスとの戦いに勝利したツヴァイには、何としても”リキヤの代役”として成長してもらわなければならない。

 

 でも、彼自身が代役にならなくてもいいんだけどね。

 

 そろそろ私も、彼の前に顔を出した方がいいのかもしれない。もし私が彼の目の前に姿を現したら、あの転生者は私に銃口を向けるだろうか。

 

 チョコレートに手を伸ばそうと思ったその時、チョコレートが入っている箱のすぐ隣に置いてあった私の携帯電話が着信音を発し始めた。箱へと伸ばしていた手の向きを変えて携帯電話を掴み取り、耳元へと運ぶ。

 

 ”あの子”からの電話だった。

 

「もしもし、輪廻よ。…………ああ、見たのね? うん、そう。勝ったのはツヴァイ。…………ふふっ、予想通りでしょ? だって彼は”99人目のリキヤ”の遺伝子を受け継いでるんだから。…………うん、だからそろそろ仕上げをしようと思うの。彼を最強の転生者にするために」

 

 転生者を殺せばレベルがすぐに上がる設定になっているのは、転生者同士で殺し合わせるための仕組み。それに気づいた転生者同士が殺し合いを続ければ、最終的に強い転生者だけが生き残る。

 

 生き残った転生者を”リキヤ”の代役にすればいい。もし仮に力を悪用するクソ野郎でも、記憶を消去して戦死していったリキヤたちの記憶を”移植”すればこの世界を守る守護者になってくれる。けれども成長しているツヴァイを洗脳する必要はないかもしれない。

 

 彼の遺伝子を受け継いだ”代役”が、産声を上げようとしているのだから。

 

「うん、彼らの狙いは天秤だよ。だから私が会いに行かなくても会えるんだけどね。…………うん、近いうちにツヴァイと会うつもり。もちろん”君”の出番ももうすぐだから準備しててね。こっちの準備は終わってるから。…………うん、分かった。じゃあ準備が終わったら連絡してね。バイバーイ」

 

 携帯電話をテーブルの上に置き、今度こそチョコレートの入った箱へと手を伸ばす。それを口へと運びながら左手で立体映像をタッチして、私はお気に入りの映像の再生を始めた。

 

 映し出されたのは、赤毛の男性と吸血鬼の王の死闘。12年前に相討ちになった、レリエル・クロフォードと速河力也の最終決戦だった。

 

 もうすぐで君の代役が生まれるんだよ、力也。

 

 その代役が完成する前に、”最終試験”をする必要がある。

 

 ちゃんと力也の代役として機能するかどうか、”試験官”にテストしてもらうのだ。

 

 だから私は、その試験官を呼ぶことにした。多分、その最終試験の試験官と会ったら、ツヴァイはびっくりするかもね。

 

 ―――――――頼んだよ、”試験官(ドライ)”。

 

 

 

 

 第十七章『ブラスベルグ攻勢』 完

 

 番外編『怪物の生まれた場所』へ続く

 

 

 

 


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