異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ブラドの執念

 

 右肩のすぐ近くを、漆黒の槍たちが駆け抜けていく。ほんの少しばかり肩の肉を刃で切り裂かれたのか、刃が掠めた直後にちょっとした痛みが右肩の表面で産声を上げた。

 

 切り裂かれた傷口から噴き出す鮮血を置き去りにしながら、ブラドに向けて突っ走る。サファイアを思わせる蒼い刀身が、蒼い軌跡を薄暗い諜報指令室の中に刻み付けながら振るわれる度に、まるで多弾頭ミサイルのように迫り来る槍の先端部が両断され、紫色の光に変貌して消えていく。

 

 あの槍を分裂させられる数に上限はないのだろうか。

 

 星剣スターライトを思い切り右上へと振り上げ、接近してきた槍を3本ほど両断しながらそう思った。

 

 この剣を使っている間は常に魔力を吸収されてしまう以上、最も弱いのは持久戦である。もし仮にあの槍が分裂できる数に上限が無いのであれば、このまま後ろに逃げ回りながらこちらの魔力が尽きるのを待っていればブラドが勝利するだろう。あいつがこの剣に魔力を吸収され続けるという事を見抜いていれば間違いなく持久戦を始める筈だ。まだ見抜かれているとは思えないが、もし持久戦が始まれば確実に勝ち目はなくなる。

 

 というか、あの槍を使うのに魔力を消費しないのだろうか?

 

 後ろへとジャンプしつつ槍を突き出し、早くもあの黒い槍を分裂させるブラドにPL-14の9mm弾を放ち、牽制しつつ槍を睨みつける。

 

 もしあの槍がクロフォード系に伝わる単なる槍であったのならば、使い手に必要なのはその槍を使いこなす技術だけで済むはずである。けれどもあの槍は、自由自在に伸ばすことができる上に、先端部を分裂させて相手を追尾させ、様々な方向から串刺しにできるというかなり特異な槍だ。あのような特異な武器を使いこなすには、技術だけでなく魔力も必要になる。

 

 持久戦を避けるべきなのは、俺だけではないのだ。

 

 俺よりも魔力の量が勝っているか、魔力を消費する量がこのスターライトよりも少ないのであれば持久戦も有効だが、少なくともブラドはそれをまだ見抜いていないに違いない。

 

 思い切り踏み込みつつ体重を前方へと移動させ、右腕でスターライトを目の前へと振り下ろす。蒼い軌跡を刻み付けながら落下した蒼い刀身が接近してきた槍の群れに襲い掛かり、あっという間に両断してしまう。そのまま剣を置き去りにするかのように一歩前に前進しつつ、身体をぐるりと反時計回りに回転させる。諜報指令室の床に食い込んだ蒼い刀身が回転する身体と共に動き、床に巨大な傷を描きながら左へと薙ぎ払われた。

 

 刀身から微かに剥離した蒼い浄化属性の光が、両断されて崩壊していく槍たちの向こうから現れた第二波を呑み込む。振り払われた刀身から生まれた蒼い斬撃に突っ込む羽目になった槍たちが一瞬で消滅し、蒼い炎に包まれながら崩れていく。

 

 振り払ったばかりの右腕の下からPL-14を手にした左手を突き出し、連続でトリガーを引く。強力な斬撃の後に銃撃されるのは予想外だったらしく、3発放った弾丸のうちの2発がブラドの胸板を食い破った。

 

 そろそろPL-14のマガジンも空になるだろうと思いつつ、自分の魔力の残量を確認する。魔力がまだ生成されているおかげで思ったよりも魔力は減っていないが、この生成の速度が落ちて行けば、最終的に体内の魔力は枯渇するだろう。

 

 魔力がなくなれば星剣も消滅するし、ブラドに勝利することもできなくなる。それどころか、ステラに思い切り魔力を吸われた後のように一歩も動けなくなってしまうに違いない。

 

 歯を食いしばりつつ、ちらりと仲間たちの方を確認する。俺を巻き込まないように援護射撃を中断している仲間たちが移動しつつ、銃口をブラドの方へと向けているのが見える。さすがにイリナの得物をぶっ放せば俺まで巻き込むことになるからなのか、イリナが発砲する様子はない。

 

 そういえば、ノエルはどこに行った?

 

 可愛らしい妹分がいつの間にかいなくなっていることに気付いた俺は、ぎょっとしていることをブラドに悟られないように細心の注意を払いつつ、ブラドの槍の動きを見るふりをして諜報指令室の中を可能な限り見渡す。諜報指令室の中は薄暗いため、常人が相手ならば遮蔽物に隠れつつ容易に接近できるだろう。

 

 敵が人間ならばこの暗闇を有効活用できるが、相手は人間よりも五感が鋭い吸血鬼だ。足音や気配を消しても察知してしまうだろうし、暗さも暗視スコープが必要にならない程度の暗さでしかない。幸い周囲にはオペレーター用の大きな机やモニターが並んでいるため、その陰に隠れることはできるだろう。しかしその遮蔽物だけで吸血鬼の五感を掻い潜るのは不可能に違いない。

 

 そう思いながらブラドの槍を弾いていたのだが――――――――きらりと天井で銀色に光った何かを目にした瞬間、俺はノエルの作戦を理解した。

 

 彼女もキメラの1人だ。それに、彼女に暗殺を教えたのは最強の傭兵ギルドが誇る暗殺者(ミラさん)だ。

 

 ノエルに頼るつもりはなかったのだが、彼女の手を借りなければブラドを撃破するのは難しい。素直に彼女の手を借りるべきだろう。

 

 それに、ノエルのキメラ・アビリティは3人の”第二世代のキメラ”の中では間違いなく最も強力だろう。触れた相手に”死ね”と命令するだけで、彼女に命令された相手は自分が確実に死ねる方法を使って自殺してしまうのだから。

 

 実際に、ヴリシアではブラドがそれで一度死亡する羽目になっており、第二世代型の転生者にはたった一度しかドロップすることのない貴重な”蘇生アイテム”を使ってしまっているのである。それゆえに、もしここでまたノエルに身体を触られながら命令されれば、この諜報指令室でブラドは今度こそ自殺する羽目になるだろう。

 

 けれどもブラドはノエルを警戒している筈だ。自分を一度殺した相手なのだから。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 一気に攻めて俺が囮になるしかない。

 

 ノエルの得意とするのはあくまでも暗殺だ。敵の大軍の真っ只中に潜入して標的を暗殺することに特化した訓練を受けているため、真っ向からの戦いはそれほど得意ではないのである。

 

 だから、俺が一気に攻めて囮にならなければならない。魔力を温存しようと思っていたが、そんなことをしていたらノエルが返り討ちに遭ってしまうかもしれない。それにブラドたちも連合軍に包囲されている状況なのだから、持久戦よりも短期決戦を望んでいる筈だ。

 

 息を吐きながら身体の力を抜きつつ、左手のPL-14をホルスターの中へと戻す。そして空いた左手で星剣スターライトの柄をそっと握り――――――――体内の雷属性の魔力を、暴発寸前まで加圧する。

 

 皮膚を突き破ろうとしているのではないかと思ってしまうほど、加圧された雷属性の魔力が体内で荒れ狂う。内臓や筋肉繊維に荒々しく激突しながら暴れ回ってから、一部を除いて星剣へと吸収されていった。

 

 吸収を免れた一部の魔力を身体中の神経へと分散させてから、そっと目を開いてブラドを睨みつける。

 

 俺の本職は狙撃だが、白兵戦も得意分野の1つだ。スピードではラウラの方が上だけれど、外殻の防御力と反射速度の速さをフル活用すれば遠距離戦だけでなく近距離戦でも真価を発揮することはできるのである。

 

 しかし、反射速度が速過ぎるせいで、”身体を動かしているつもりなのに身体が遅れて動く”ことがよくあるのである。身体の動きよりも反射速度の方が勝っているため、タイムラグが発生しているのだ。

 

 そこで、雷属性の魔力を活用してこのタイムラグを一時的に消すことにした。

 

 身体中の神経へと伝達される電気信号の速度を雷属性の魔力で底上げすることで、身体の動く速さを反射速度に追いつかせるのだ。そうすれば予測通りの速さで身体も動いてくれるため、接近戦で猛威を振るうことができる。

 

 けれどもこれはケーブルに想定以上の電流を流すような荒業だ。長時間この技を使うと体内の神経が魔力によって破壊されてしまう恐れがあるため、2分程度しか使うことができない。

 

 でも、短時間でいい。

 

 その間に決着をつけてやる…………!

 

 身体の表面にスパークが生じる。バチッ、と音を立てながら煌くスパークたちが諜報司令部の中を照らし出した。

 

 ゆっくりと切っ先を床へと下げ、前傾姿勢になりつつ腰を落とす。左足を前に出しながら右足のかかとを上げて前に突進する準備をしつつ、これから斬りかかる標的(ブラド)に狙いを定める。

 

「ラトーニウス式の……………剣術だと…………!?」

 

 そう、この構え方はラトーニウス式の剣術の構え方だ。

 

 幼少の頃に母さんから教わった、ラトーニウス式の剣術である。

 

 ラトーニウス王国はオルトバルカ王国よりも国土が小さい上に魔術でも遅れており、騎士団にはほとんど魔術師がいない状態だ。そのため大半は弓矢や剣を使って戦う騎士で構成されているため、魔物の討伐では大きな被害が出ていたという。

 

 エリスさんのように優秀な魔術師はいたものの、そのような人材はかなり貴重な存在であるため、すぐに王都の方へと引き抜かれて抑止力やプロパガンダに使われていたため、騎士たちがどれだけ魔術の素質がある逸材をスカウトしてきても全く意味はなかったらしい。

 

 そこで前線で戦う騎士たちは、剣術を駆使した白兵戦で攻撃力を底上げしようと考えた。支援は弓矢を装備した支援部隊に依存し、敵に肉薄して切り刻む事だけに特化した突撃部隊で猛攻を仕掛け、敵を殲滅しようとしたのである。

 

 それゆえに、ラトーニウス王国は魔術では発展途上国だったが、剣術ならばオルトバルカ王国よりも先進国となったのだ。

 

 俺が母から教わったのは、そのラトーニウス式の攻撃的な剣術である。

 

 フル活用するのは、スピードと瞬発力。加速する事さえできれば腕力は要らない。腕はあくまでも、剣の軌道を調節するための装置に過ぎないのだから。

 

 剣よりもナイフの方が得意なんだが、母から剣術を習っていてよかったと思いつつ、俺は瞬発力をフル活用して駆け出す。

 

 床に触れている切っ先が傷を刻み付けつつ、火花を散らし始める。まるで鉄板の表面を削っているかのような甲高い音を奏でながら、俺の右隣の床に蒼い線が刻まれていく。

 

「そんな時代遅れの剣術でッ!!」

 

 叫びながら、ブラドが槍の柄の後端を床に突き立て、先端部を部屋の天井へと向けながら魔力を放出する。濁った闇属性の魔力の濃度が一瞬だけ上がったかと思うと、まるで巨大な幹から無数の木の枝が伸びていくかのように、天空へと向けられたブラドの槍が伸びながら無数の()を生み出した。

 

 直角に曲がりながら部屋の中を這い回っていた50本以上の枝のような槍たちが、一斉にこっちへと降り注いでくる。

 

 さすがに弾速は銃よりもはるかに遅いが、あの一つ一つの槍が標的を追尾するようになっている。あの中に飛び込めば、瞬く間に串刺しにされてしまうだろう。

 

 それでも、そのまま突っ走り続ける。

 

 走りながら剣を左上へと振り上げて槍を両断し、そのままスターライトをやや下げてから右へと思い切り薙ぎ払う。まとめて弾き飛ばされた槍たちを一瞥しながらそのまま突撃し、床に剣の切っ先を擦りつけながら刀身を振り上げる。

 

 身体の速度が反応速度に追いついてくれたおかげで、何とかこの猛攻を見切ることはできていた。殺到してくる槍の群れたちの軌道を予測しつつ剣を振るう度に槍の数は減っているものの、俺の体内の魔力もどんどん減っている。

 

 電気信号の伝達速度を底上げするために魔力を使っているのだから、消費するも増加しているのだ。

 

 確かに、銃を使うことができるのに、いくら伝説の剣とはいえその剣を使って戦うのは時代遅れとしか言いようがないかもしれない。俺たちの世界では剣はほぼ完全に廃れてしまっており、戦争の主役は銃弾を連射できるアサルトライフルなのだから。

 

 けれども―――――――時代遅れとレッテルを貼っているから、前回の戦いで惨敗するんだ。

 

 時代遅れの戦い方かもしれないが、その技術はいつまでも現役なのだから。

 

 切っ先を床に擦りつけるのを止め、小さくジャンプしつつ空中で時計回りに縦に回転。ぐるりと一回転しつつ思い切り剣を床に叩きつけ、衝撃波と蒼い光の爆発で迫り来る槍たちを一気に消滅させる。蒼い光に押し出された床の破片を一瞬だけ踏みつけてさらにジャンプし、空中で切っ先をブラドへと向け、そのまま急降下爆撃機のように急降下していく。

 

 悪魔のサイレンは用意できないが、こいつで串刺しにしてやる。

 

 しかし、俺が空中へと逃げた事を知った槍たちが即座に対空砲火のようにこっちへと進路を変え、まるで電子機器の中に入っている細かい配線を思わせる模様を空中に描きながら、俺へと襲い掛かってきた。

 

 外殻を貫通するほどの切れ味の槍だから、防ぐわけにはいかない。けれども空中でこの槍たちを弾き返すには限界がある。

 

 ブラドは勝ったと思っているのか、槍に魔力を注入したままこっちを見上げていた。

 

 ―――――――よし、”射線上”には入ってるな。

 

 罠にかかったことを知った俺は、急降下しながら嗤う。

 

 伝達速度の強化を解除しつつ、星剣スターライトに魔力を注入したまま降下していく。後は強烈な一撃をプレゼントしてあげるだけでいいのだから、無駄な魔力を使う必要はないだろう。

 

 ブラドへと向けられている蒼い刀身の切っ先に、蒼い魔法陣が出現する。高速回転しながらその魔法陣が刀身を包み込んだかと思うと、次々に同じサイズの魔法陣が姿を現し、まるで土星の輪のように刀身の周囲をぐるぐると回り始めた。

 

 魔法陣の回転速度が上がっていくにつれて、サファイアのように蒼い刀身がどんどん蒼い輝きを放ち始める。

 

 この一撃をぶっ放せば星剣の役割は終わりなのだから、これでもかというほど魔力をプレゼントしてあげよう。とはいえその後に立てなくなったらとんでもないことになるので、すぐに動けるように魔力は残しておくつもりだが。

 

 暴発寸前まで加圧された魔力が流れ込んだことによって、更に光が強烈になっていく。このままでは超高圧の魔力が刀身を突き破ってしまうのではないかと思ってしまうほどの光を浴びながら――――――――貯めた魔力を、ブラドへと向けて解き放った。

 

「―――――――蒼星奔流(スターバースト)ぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 まるで膨れ上がった魔力に突き破られたかのように、刀身の周囲で高速回転していた魔法陣たちが立て続けに割れる。

 

 最後の魔法陣が崩壊した直後、刀身の中に封じ込められていた超高圧の魔力たちが解き放たれ、蒼い奔流を形成した。濃密な蒼い閃光がクレイモアにも似た蒼い剣の刀身から迸ったかと思うと、俺に向かって接近していた槍たちがその閃光に触れるよりも先に蒼い炎を発して燃え上がり、あっという間に消失してその閃光に道を譲ってしまう。

 

 スパークと火の粉を引き連れながらあっさりと槍たちを退けた閃光の”終着点”は、その槍たちではない。その槍たちを操っていたブラドである。

 

「ッ!」

 

 大慌てでブラドは床から槍を引っこ抜き、ジャンプして閃光を回避しようとする。

 

 そのままならブラドは閃光を飛び越えることに成功していた事だろう。掠めた際に少しばかり身体が燃えることになったかもしれないが、掠めた程度ならばまだ再生能力は機能するのだから。

 

 しかし、真横から飛来した1発の7.62mm弾が、ブラドの動きを狂わせた。

 

「がっ――――――――」

 

 ナタリアのセミオート射撃が、ジャンプしたばかりのブラドの腰へと命中したのである。

 

 骨盤を圧倒的なストッピングパワーと殺傷力で粉砕した7.62mm弾が、ブラドにダメージを与えつつジャンプした軌道を変えてしまう。閃光の射線上にブラドを叩き落すことはできなかったが―――――――完全に可否することは、不可能であった。

 

 蒼い閃光がブラドの片足を包み込む。あっという間に彼の左足の肉が溶けて消え去り、骨も猛烈な光の奔流の中で崩壊し、消滅していく。断面から蒼い炎が産声を上げたかと思うと、まるでブラドの身体を侵食しようとしているかのように彼の太腿へと燃え移っていった。

 

 閃光はそのまま床へと突き刺さって大穴を開けてしまったが、それを避けることができなかったブラドはまたしても左足を失う羽目になったのである。

 

 くそったれ、あの一撃をぶっ放すために魔力を90%も使っちまった……………!

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! あぁぁぁぁぁぁぁぁっ…………! く、くそ、足がぁッ…………!ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「はぁっ、はぁっ……………ラウラの仇だ、クソ野郎……………」

 

 床の上に着地して呼吸を整えながら、ニヤリと笑う。

 

「こ、この野郎………ッ!」

 

 槍を杖代わりにしながら立っていたブラドが、左手に持っていたコルトM1911A1をこっちへと向ける。

 

 魔力を放出したせいで光が消えつつある星剣を杖代わりにしたまま、俺もホルスターからPL-14を引き抜いてブラドへと向ける。確かまだマガジンの中には弾丸が残っていた筈だと思いながら、アメリカで生まれたハンドガンの最高傑作を構えるブラドへと、ロシアの最新型のハンドガンの銃口を向けた。

 

 けれども、俺がトリガーを引く必要はないだろう。

 

 ―――――――”囮”になる事はできたのだから。

 

「―――――――こんばんわ、吸血鬼(ヴァンパイア)」

 

「!?」

 

 そう、モリガンの傭兵たちに鍛え上げられた暗殺者が、ブラドに忍び寄っていたのだ。

 

 ジョロウグモを彷彿とさせる複雑でグロテスクな模様の外殻を纏ったノエルの手が、ブラドの肩を掴む。

 

 さっきの大技は、あの一撃でブラドと決着をつけるつもりだと思い込ませるための囮だったのだ。わざとらしく剣の切っ先を床に擦りつけて火花を散らしながら、珍しいラトーニウス式の剣術の構え方のまま突撃したのは、自殺命令(アポトーシス)を使ってブラドの暗殺を実行しようとしているノエルから注意を逸らすためだったのである。

 

 俺は紳士的な男になれって言われながら育ったけどさ、親父みたいに正々堂々と戦うつもりはないんだ。

 

 前世の頃に一緒に学校生活を経験してるから分かるだろ、ブラド。

 

 ―――――――俺が狡猾な卑怯者だって事を。

 

 顔を上げながら、嗤う。

 

 しかし、ブラドはノエルが命令するよりも先に、彼女の手を掴んで強引に引き剥がしていた。

 

「!」

 

「しまった…………!」

 

 ノエルの自殺命令(アポトーシス)は、相手に触れていなければ意味がない。

 

 だから相手が触れている場合でも問題はないのだが、ノエルはブラドが即座にノエルの腕を掴んできたことにびっくりしてしまったらしく、チャンスを逃してしまったのだ。

 

「またお前か、蜘蛛野郎ッ!」

 

「ぐっ…………!」

 

 すぐにノエルの手を振り払ったブラドが、ノエルの眉間にコルトM1911A1の銃口を向ける。自殺命令(アポトーシス)を使うのは無理だと判断したノエルが暗殺を断念し、そのまま後ろへと下がろうとする。

 

 ノエルの外殻も堅牢だが、サラマンダーの外殻ほど分厚くはない。そのため、徹甲弾や炸薬の量を増やしてある強装弾ならば、彼女の外殻は貫通されてしまう恐れがあるのである。

 

 さすがに.45ACP弾での貫通は難しいかもしれないが、被弾すれば俺よりもダメージを受けることになるだろう。

 

 けれども俺は、助けようとしなかった。

 

 魔力が減ったせいで動けなかったわけではない。

 

 これも作戦通りだったのだから。

 

「―――――――槍、掴んだわよ」

 

「なっ…………!」

 

 ブラドがノエルに発砲しようとしている間に忍び寄った少女が、凛とした声でブラドに告げる。漆黒の制服に身を包んだその少女は、先ほどブラドの骨盤を銀の弾丸で粉砕した張本人であった。

 

 紫色の瞳でブラドを睨みつけているのは、右手にAK-12を持ったナタリアだった。特殊な黒い手袋をはめた左手でブラドの持つ漆黒の槍を掴んでいる彼女は、その手袋へと魔力を注入し始める。

 

 一見するとやや薄めの手袋にしか見えないが、ナタリアの父親が愛娘のために遺した特別製の手袋が、ついに真価を発揮する。

 

 ぱきっ、と奇妙な音が奏でられたと同時に、薄暗い諜報指令室の中で、唐突に黄金の光が産声を上げたのである。すぐ近くでその光を浴びる羽目になったブラドは違和感を感じたらしく、その光を発しているナタリアの左手を睨みつけた。

 

「―――――――!?」

 

 ブラドが持っていた槍は、漆黒の槍だった筈だ。複雑な模様が描かれた長い柄と刃も真っ黒であり、それ以外の色で彩られている部位などどこにも無い筈だった。

 

 しかし、ナタリアの手に掴まれている場所の周囲の部位が――――――――黄金で彩られていたのである。

 

 変色した槍の柄がどんどん黒い部分を侵食していき、刃や槍を握っているブラドの右手まで黄金に変えていく。

 

 ナタリアが左手にはめている手袋は、優秀な錬金術師であり、メサイアの天秤を作り上げたヴィクター・フランケンシュタイン氏の助手の子孫であるロイ・ブラスベルグ氏が愛娘のために錬金術を駆使して作り上げた、『ミダス王の左手』と呼ばれる特別な手袋であった。

 

 対象に触れた状態で魔力を流し込むと、その対象を黄金の塊に変えてしまうことができるという代物である。下手をすれば自滅する危険性もあるものの、再生能力を持つ敵も黄金に変えてしまえば殺してしまうことができるため、ノエルと同じく相手に触れる事さえできれば再生能力を無視して相手を消すことができるのだ。

 

 簡単に言えば、”ゴージャスな石化”のようなものである。

 

「黄金になりなさい。そっちの方がお似合いよ」

 

「こ、この…………ッ!」

 

 二段構えだと思ったか? 

 

 残念だけど、三段構えだったんだよ、ブラド。

 

 そのままブラドが黄金に変わっていくのを眺めようと思ったんだが――――――――ブラドの執念は、予想以上だった。

 

 左手に持っているコルトM1911A1を黄金に変わっていく自分の右手の手首に向けたかと思うと、躊躇わずにそのまま何度も引き金を引き始めたのである。スライドが立て続けにブローバックし、マガジンに残っていた.45ACP弾が彼の手首に風穴を穿つ。

 

 手首の骨と肉が弾丸に引き裂かれたのを確認したブラドは、肉が再生するよりも先に思い切り右手を引っ張り始めた。ぶちっ、と肉が千切れる音が響き、切断された血管から噴き出た鮮血が、すぐ近くにいたナタリアの顔を赤く染める。

 

「自分の手を…………ッ!?」

 

 くそ、黄金になるのを防ぐために腕を千切りやがった!

 

 再生能力があるとはいえ、自分で自分の手を躊躇せずに捥ぎ取れるわけがない。黄金になるよりはマシだが、あんなにすぐ覚悟を決められるとは思っていなかった。

 

 慌ててPL-14をブラドへと向ける。三段構えで十分だと思ってたから、さすがに四段構えはない。

 

 ナタリアのおかげであの面倒な槍を黄金に変えることができたが、まだブラドは生きているのだから。

 

「逃げろナタリアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 叫びながら、PL-14で狙いを定める。

 

 だが――――――――そのスライドがブローバックするよりも先に、俺の頭のすぐ隣を1発のでっかい弾丸が掠めた。

 

 イリナの炸裂弾かと思ったが、よく見たらイリナはナタリアの後ろでショットガンを構えている。ノエルもブラドから距離を取ってVSSを構えているから、今の弾丸は彼女の得物の弾ではない。

 

 外で戦っていた仲間が駆けつけてくれたのだろうかと思ったが――――――――鼻孔へと流れ込んできた大好きな香りが、その予測を否定してくれた。

 

 石鹸と花の香りが混ざり合ったような匂い。この香りは大好きだけど、この香りをいつも纏っている少女は――――――――今頃自室のベッドの上にいる筈である。

 

 戦闘で利き手と左足を失ってしまったのだから。

 

 だから、戦場にいるわけがない。

 

 今しがた隣を掠めた弾丸―――――――おそらく大口径の20mm弾だ――――――――がブラドの胴体を直撃し、胸骨や肺を容易くミンチにする。肉片や血まみれの骨の一部が飛び散り、上半身を千切り取られたブラドの下半身がモニターの破片だらけの床に倒れたのを見つめてから、ゆっくりと後ろの入口の方を振り向いた。

 

 あの香りを発する少女がいる筈がない。

 

 そう思いながら入口の方を振り向いた。

 

 後ろの方にある指令室の入り口に立っているのは――――――――テンプル騎士団の制服に身を包み、やけに銃身の長いハンガリー製のアンチマテリアルライフルを構えた、赤毛の少女だった。まるで炎を彷彿とさせる赤毛の中からは2本の角が伸びており、ダガーのような形状の角の先端部はルビーのように紅くなっているのが分かる。

 

 鮮血を思わせる紅い瞳は鋭かったけれど、こっちを彼女が見た瞬間、ブラドを容赦なく20mmで射抜いた赤毛の狙撃手は、楽しそうににっこりと笑った。

 

 そこにいたのは、絶対に最前線へと戻ってくる事ができなかった筈の、赤毛の少女だったのである。

 

「―――――――お待たせ、タクヤ♪」

 

「ら…………ラウラ…………!?」

 

 ブラド、ごめんな。

 

 俺も予想外だよ、四段構えは。

 

 

 

 

 

 

 


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