異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

476 / 534
瀉血

 

 もしその情報が誤報だったのならば、こんなに怒り狂うことはなかった筈だ。

 

 

 

 若い頃から一緒に戦っていたし、彼女とは22年前にネイリンゲンで一戦交えたこともある。それに様々な激戦を一緒に経験したのだから、俺の妻の実力は熟知している。

 

 

 

 それゆえに、信じられなかった。

 

 

 

 氷属性の魔術を自由自在に操り、目の前の敵をことごとく氷漬けにしてきたエリス・ハヤカワが――――――――敵の戦車に片足を潰されて戦線を離脱したという情報は、誤報だと信じたかった。

 

 

 

 テントの中からは敵の弾丸に胸板を貫かれたり、敵の迫撃砲で手足を吹っ飛ばされた負傷兵たちの呻き声が響いていた。絶叫している兵士もいるし、傍らで治療している衛生兵の制服を必死につかみながら「殺してくれ」と連呼している兵士もいる。

 

 

 

 死亡してしまった兵士を担架で運んでいる衛生兵たちとすれ違い、テントの奥へと進んだ。

 

 

 

 傷だらけの兵士たちに包帯を巻いたり、ヒーリング・エリクサーを投与している衛生兵たちにぶつからないように気をつけながら奥へと進んでいくと、奥に用意されたベッドの周囲に数名の白い腕章をつけた衛生兵や治療魔術師ヒーラーが集まっているのが見えた。

 

 

 

 あそこにエリスがいませんように、と祈りながら、衛生兵たちに「通してくれ」と言いつつ前に進み、ベッドの上に横になっている負傷兵の顔を見下ろす。

 

 

 

 けれども、戦場の後方に用意されたテントの中でこのベッドに横になっている人物の顔を見た途端、俺はその情報が誤報ではないという事を理解する羽目になる。

 

 

 

 妻ではありませんようにという祈りも、それを理解すると同時に無駄になった。

 

 

 

 美しい空を彷彿とさせる蒼い髪には灰色の砂や血飛沫が付着していたけれど、汚れているというのにその髪の美しさは全く変わっていない。だが、その綺麗な蒼い前髪の下で俺を見つめてくる彼女の翡翠色の瞳は、一歳年下の夫に甘えようとするいつもの妻の瞳とは全然雰囲気が違う。

 

 

 

 見ないで、と言わんばかりにこっちを見上げるエリス。恐る恐る彼女の足を見た俺は、22年前に片足を失う羽目になった時に彼女たちが味わう羽目になった悲しみを理解する。

 

 

 

 きっとエミリアとエリスは、俺が自分で片足を切断した瞬間にこの悲しみを経験していたのだろう。

 

 

 

 エリスの右足の膝の辺りには、真っ白な包帯がこれでもかというほど巻き付けられていた。本来ならばその先にある筈の脛や爪先の部分は見当たらない。

 

 

 

 なくなってしまったのだ。

 

 

 

「足が…………」

 

 

 

 目を見開きながら、もう一度エリスの顔を見つめた。片足を失ってしまったことを知られたくなかったのか、彼女は悲しそうな表情を浮かべると、すぐに涙を指で拭い去ってから目を背けてしまう。

 

 

 

「新兵を庇って、敵の戦車に轢かれたそうです…………」

 

 

 

「…………そうか」

 

 

 

 新兵を庇ったのか、エリス。

 

 

 

 目を背け続けている彼女の顔に手を伸ばし、涙を指で拭い去る。いつも幸せそうに笑いながら甘えてくる彼女が涙を流すのは何年ぶりなのだろうか。

 

 

 

「幸いエリクサーのおかげで傷は塞がっています。すでに義足の手配は済んでありますので、この戦闘の後にすぐに移植できますよ」

 

 

 

「分かった…………。同志、妻を頼む」

 

 

 

 現時点では俺たちが優勢だ。ブレスト要塞に追い詰められている敵兵たちが包囲している部隊を打ち破り、逆に進撃してくる可能性は極めて低いだろう。しかし、だからと言ってずっとここに負傷兵を居させるわけにはいかない。もし敵の迫撃砲や要塞砲の流れ弾がテントに落下すれば、ここにいる負傷兵や貴重な衛生兵が全滅してしまう。

 

 

 

 敵兵を1人残らず殺せば流れ弾が飛んでくる可能性は無くなるが、いくらキメラでもすぐに敵を皆殺しにするのは不可能だ。

 

 

 

 それゆえに、復帰できる可能性の低い負傷兵は迅速に後方にあるタンプル搭の医務室へと移送されることになっていた。

 

 

 

 片足を失う羽目になったエリスも、移送される対象である。

 

 

 

 このまま彼女を見つめていたら俺まで泣いてしまいそうだった。大切な妻の片足が無くなってしまったのだから。

 

 

 

 普通の夫ならば悲しみながら、妻のために義足の用意をするだろう。戦場とは無縁なごく普通の夫婦ならばそれで終わりだ。けれども俺たちは傭兵である。戦場は傭兵たちの”職場”であり、慣れ親しんだ”隣人”のような存在なのだ。

 

 

 

 だから妻が片足を失ったことを悲しみながら終わらせてはならない。彼女の右足を奪った敵への復讐をする必要がある。

 

 

 

 俺はただの夫ではなく、世界最強の傭兵ギルドと言われたモリガンのリーダーなのだから。

 

 

 

「…………待って、リキヤくん」

 

 

 

 ダーリンではなく、リキヤくんと呼ばれるのはいつぶりだろうか。

 

 

 

 久しぶりに彼女に名前で呼ばれたことにびっくりしつつ、俺はベッドの上でこっちを見つめているエリスの方を振り返る。

 

 

 

「…………絶対帰ってきて」

 

 

 

 心配なのだろうか。

 

 

 

 エリスは俺までこの戦いで手足を失ったり、命を落としてしまうかもしれないと思って心配してくれているのだろうか。

 

 

 

 できるならこのまま再び踵を返し、ベッドの上で心配してくれている大切な妻を抱きしめてあげたかった。もし仮にここが戦場の真っ只中ではなく、医務室の中で2人きりだったのならば、彼女を抱きしめて安心させ、キスをしてから戦場へと向かっていた事だろう。

 

 

 

 けれども、今はそうするわけにはいかなかった。

 

 

 

 ブレスト要塞を攻撃している同志たちが、敵の猛攻で次々に負傷しているのだ。すでに最前線では南側の地雷原を突破したハーレム・ヘルファイターズと西側の地雷原を突破したテンプル騎士団の兵士たちが戦闘を開始しており、吸血鬼たちの殲滅を始めている。

 

 

 

 とはいえ、敵兵は死に物狂いで攻撃を続行している。俺も最前線に戻って敵を殲滅し、一刻も早く吸血鬼たちを撃滅する必要がある。

 

 

 

 それに、もう火はついてしまった。

 

 

 

 心の中で、妻の足を奪われた悲しみが燃え上がり、炎の中で憤怒へと変質していく。それがまるで蛹の中から飛び出し、羽化しようとする虫の成虫のように、悲しみが満たしていた心を内側から押し始める。

 

 

 

 だから、ベッドの傍らには戻らなかった。そのまま首を縦に振って微笑み、テントを後にする。

 

 

 

 古びた端末をポケットの中から取り出し、生産済みの装備の中からロシア製重機関銃のKord重機関銃を取り出す。12.7mmの連なるベルトをカバーの中にぶち込んでコッキングレバーを引き、射撃準備を終えたのを確認してから、今度は端末をタッチしてRPG-7を装備。予備の弾頭を腰のホルダーに下げてから、爆音や爆炎が産声を上げている戦場を睨みつける。

 

 

 

 メインアームはKord重機関銃とRPG-7。重機関銃は銀の12.7mm弾を使用する対吸血鬼型となっているし、RPG-7の弾頭も水銀を充填した水銀榴弾となっている。そのため戦車や装甲車への攻撃力は大きく低下しているが、その代わりに攻撃範囲が広くなっているため、歩兵の群れを一撃で殲滅することも可能だろう。それに装甲車の撃破は難しいものの、アクティブ防御システムやセンサーにダメージを与えることはできる筈だ。

 

 

 

 サイドアームにはオーストリア製大型リボルバーのプファイファー・ツェリスカを2丁装備しておく。

 

 

 

 どの装備も非常に重いが、身体を鍛えていただけではなく、転生者のステータスのおかげで重量は全く感じない。まるで小型のハンドガンを持ってるかのような軽さである。

 

 

 

「―――――――クソ野郎共は、俺が絶滅させる」

 

 

 

 あのクソ野郎共に存在価値はない。

 

 

 

 自分たちの種族を優先し、他の種族を虐げるようなクソ野郎を逃がすわけにはいかない。

 

 

 

 降伏してきても容赦なく殺してやる。包帯を身体中に巻いた負傷兵や若い兵士だろうと、全員惨殺してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼い斬撃が、迫り来る槍の先端部たちを薙ぎ払う。

 

 

 

 左から右へと薙ぎ払った剣を、前方へと踏み込みながら今度は左上へと振り上げる。俺から見て左上から急降下してきた槍の先端部が蒼い刀身によってあっさりと両断され、一瞬だけ火花を散らしながら床へと落下していく。

 

 

 

 迎撃するために放った銃弾すら両断したブラドの分裂した槍を易々と両断してしまう星剣スターライトの切れ味は凄まじいとしか言いようがないが――――――――この召喚した剣を装備している間は、凄まじい量の魔力を常に吸収されてしまうのだ。身体の中で生成された魔力をすぐさま加圧し、星剣スターライトの”燃料”にしているものの、いくらキメラとはいえ生成できる魔力の量には限界がある。

 

 

 

 魔力が減っていくと、疲労にも似た感覚が身体を襲うのだ。そのため魔力が減っていく度に汗をかく羽目になるし、息もどんどん上がっていく。しかもそのまま魔力を放出し続ければ死に至ってしまうため、このままスターライトを振るい続けていれば、身体中の魔力をこいつに吸収されて俺は死んでしまうだろう。

 

 

 

 だからこそ、急いでブラドをこいつで両断しなければならなかった。

 

 

 

 姿勢を低くして突っ走り、目の前にある机を踏み台にしてジャンプする。切断された槍の一部が再生して再び分裂し、またしても多弾頭ミサイルのようにジャンプ中の俺に向かって伸びてくる。

 

 

 

 あのブラドの槍は自由自在に伸ばせるだけでなく、あのように槍を分裂させて敵を集中攻撃する事が可能なのだ。しかも標的を追尾することもできるため、回避するのが非常に難しい。

 

 

 

 さらに切れ味まですさまじいため、銃弾で迎撃してもその銃弾が両断されてしまう。大口径の弾丸を刃ではなく柄の部分に命中させて軌道を変えようとしても、すぐにあの槍は軌道を修正して襲い掛かってくるだろう。

 

 

 

 厄介な装備を遺したな、レリエルさん。

 

 

 

 思い切りスターライトを振り下ろしつつ、柄を握っている右腕から流し込む魔力の量を一時的に増やす。燃料が増えて喜んでいるかのように刀身が蒼く輝き始めたかと思うと、振り下ろした刀身から蒼い光が剥離し――――――――蒼い光の斬撃へと変貌して、真正面へと飛翔していった。

 

 

 

 正面から襲い掛かってきた槍の一部を消滅させ、掠めた他の槍の先端部を融解させてしまう。けれども俺がこれをぶっ放したのは、襲い掛かってくる槍たちを消し去るためだけではない。

 

 

 

 その槍を操っている使い手を消さない限り、あの槍は俺たちに襲い掛かってくるのだから。

 

 

 

「!」

 

 

 

 ぎょっとしたブラドが、左手のコルトM1911A1を連射して牽制しつつ後退する。こっちに向かってぶっ放された.45ACP弾はことごとく斬撃の光に呑み込まれ、あっさりと融解していった。

 

 

 

 後ろへと思い切りジャンプしたブラドの右足の爪先を、蒼い斬撃の端が掠める。ブーツが微かに斬撃で切れたと思った次の瞬間、まるで油に火のついたマッチを放り込んだかのように、そのブーツの断面で蒼い炎が産声を上げ、ブラドの右足を包み込んだのである。

 

 

 

「ぐぅっ!?」

 

 

 

 燃え上がった炎がどんどん彼の肉を焼き、膝の上にも燃え移っていく。炎を消すよりも足を千切った方が早いと判断したらしく、着地したブラドは躊躇せずに自分の槍の先端部を太腿に押し当てると、歯を食いしばりながら自分の足を槍で串刺しにした。

 

 

 

 先端部が足の骨を両断する鈍い音が微かに聞こえたかと思うと、汗まみれになりながら槍を握っていたブラドが手を思い切り捻り、鮮血が吹き上がり始めた傷口をどんどん広げていく。断面の肉が再び再生するよりも先に足を切断することに成功した彼は、槍を杖代わりにして立ちながらこっちを睨みつけ、呼吸を整える。

 

 

 

「小癪な…………”浄化属性”の炎だと…………ッ!?」

 

 

 

 この星剣スターライトの炎は、普通の炎とは異なる。こいつの炎も俺の炎と同じく蒼いんだが、これは俺の魔力を吸収することでこの剣まで蒼い炎を使えるようになったというわけではない。この蒼い炎は、魔剣が変異を起こした星剣スターライトが操ることができる特殊な炎なのだ。

 

 

 

 正確に言うと、この炎は”炎属性”と”光属性”の2つの属性の魔力が混ざり合い、加圧されることによって生じる”浄化属性”と呼ばれる特殊な属性なのだ。ようするに2つの属性を持つ炎であり、大昔から悪霊や悪魔が最も恐れる属性であったと言われている。

 

 

 

 要するに、光属性が苦手な吸血鬼にとっては光属性以上に強力な属性ってことだ。

 

 

 

 元々は大天使がレリエルを討伐するために装備した伝説の剣だったのだから、光属性の魔力が残っていてもおかしくはないだろう。

 

 

 

 ブラドの足が再生を始めるが、再生速度は今までよりも明らかに遅くなっているのが分かる。弱点の銀の弾丸を撃ち込まれても本当に弱点なのかと思ってしまうほど素早く傷が再生していたというのに、浄化属性の炎で侵食されたせいなのか、自分で切断した足の再生は非常に遅くなっていた。

 

 

 

 ゆっくりと伸びていく筋肉繊維の束が本来の形に戻っていく前に、後方にいるナタリアとノエルがAK-12とVSSのフルオート射撃で追撃する。片方の足を再生させているせいで機動力が一気に落ちているブラドが、その容赦のない弾幕を回避できるわけがなかった。

 

 

 

 レリエルから受け継いだ槍を一気に分裂させ、迫り来る弾丸の群れを迎撃しようとするブラド。信じられないことに、分裂した槍たちはまるでイージス艦から放たれた対空ミサイルのように正確に弾丸を両断し、弾き飛ばして迎撃していく。

 

 

 

 しかし、いくら伝説の槍でも2丁の現代兵器から放たれる弾丸の群れを全て迎撃することはできなかったらしい。

 

 

 

 槍を突き出しながら魔力を放出していたブラドの身体が、9mm弾に貫かれて揺れる。鮮血が吹き上がったブラドの身体に容赦なく7.62mm弾の群れが突き刺さり、胸板をズタズタにしていった。槍を操って弾丸の迎撃を継続するブラドだったが、無数の弾丸を切り裂くために飛び交う槍たちの間をすり抜けてきたやけにでっかい弾丸が、ブラドに肉薄する。

 

 

 

 いや、あれは弾丸じゃない。

 

 

 

 ―――――――砲弾グレネード弾だ。

 

 

 

「―――――――!」

 

 

 

 イリナのAK-12/76にぶら下げられたグレネードランチャーから解き放たれた、水銀榴弾である。

 

 

 

 ナタリアとノエルはあの弾幕で追撃するつもりだったらしいが、イリナはどうやらことごとく弾丸を弾いていくあの槍の群れの軌道を予測し、迎撃が間に合わないタイミングでグレネードランチャーをぶっ放したようだ。

 

 

 

 恐るべき弾速の弾丸を弾き飛ばす槍の群れの隙間を堂々と通過したグレネード弾が、ブラドの腹にめり込んだ。7.62mm弾や9mm弾に貫かれた傷口を瞬時に再生させていたブラドでも、その弾丸たちよりもでかい砲弾に耐えられるわけがない。

 

 

 

 彼のみぞおちにめり込んだグレネード弾が炸裂し、ブラドの内臓や肋骨を一気に吹っ飛ばす。炸薬の爆発で押し出された水銀たちが斬撃と化し、心臓や胸骨をズタズタに切り裂いた直後、ブラドの上半身が爆炎と水銀の奔流で木っ端微塵にされた。

 

 

 

「命中!」

 

 

 

「う、嘘でしょ…………ッ!?」

 

 

 

「狙いが正確過ぎですよ、イリナ大尉…………!」

 

 

 

「ふふふふっ。グレネードランチャーを愛していれば百発百中なのさっ♪」

 

 

 

 グレネードランチャーの再装填リロードを終えたイリナが胸を張りながら微笑む。その際に揺れた大きな胸を羨ましそうに見つめていたノエルは、すぐに自分の小さな胸を見下ろしてから悔しそうな表情をすると、歯を食いしばりながらイリナの胸を睨みつけた。

 

 

 

 安心しろって。ミラさんも大人になる前は貧乳だったらしいから。

 

 

 

 ノエルにそう言いたかったけど、爆炎の中で闇属性の魔力が再び膨れ上がったのを感じた瞬間、俺は咄嗟に爆炎の中へとPL-14を向けてトリガーを引いた。

 

 

 

 ブローバックするスライドから小さな薬莢が飛び出し、銃口から銀の9mm弾が躍り出る。

 

 

 

 命中しただろうかと思った次の瞬間、爆炎に風穴が開いた。

 

 

 

 ぎょっとして回避しようとしたけれど、身体が傾き始めたと思った直後、ドスッ、と胸板に何かが突き刺さった音がした。衝撃を感じた直後に激痛が胸板の中で産声を上げ、傷口から噴き上がった鮮血が手に持っていた蒼い星剣を赤く染める。

 

 

 

「―――――――え?」

 

 

 

「た…………タクヤッ!?」

 

 

 

 ―――――――爆炎の中から伸びていたのは、複雑な古代文字が刻み込まれた漆黒の槍だった。

 

 

 

 ブラドの槍である。

 

 

 

「ガハッ………!」

 

 

 

「油断したな、クソキメラめ」

 

 

 

 くそったれ…………!

 

 

 

 ブラドの弾丸を弾くために胸板や腹の辺りは外殻で覆っていた筈だ。どうやらあの槍は、本当にキメラの外殻すら貫通してしまう喉の切れ味を誇るらしい。

 

 

 

 こっちの外殻は30mm弾や40mm弾にも耐えられる上に、粘着榴弾でもそれほどダメージを与えられないほどの防御力があるんだぞ………ッ!?

 

 

 

 ゆっくりと槍を引き抜いたブラドが、自分の頭を再生させながら嗤う。しっかりと皮膚で覆われているのは下顎から下だけで、上顎から上はまだ筋肉繊維や眼球が剥き出しの状態だった。けれどもすぐに再生した皮膚が筋肉繊維を包み込み、元の状態に戻してしまう。

 

 

 

 でも、外殻のおかげで肺まで貫かれたわけではないらしい。外殻はこのまま硬化を維持していた方が良さそうだ。

 

 

 

 そう思いながら大慌てでエリクサーを飲み込み、PL-14を構える。

 

 

 

 しかし、アイアンサイトの向こうのブラドを睨みつけながら、俺は違和感を感じていた。

 

 

 

 ―――――――胸板を襲っている激痛が、消えないのである。

 

 

 

「………!?」

 

 

 

 ちらりと胸板を見下ろしてみる。エリクサーを一口飲めばどんな傷でも数秒で塞がってしまう筈だ。さすがに切断された手足を生やすことはできないが、断面を塞いで出血を数秒で止めることができる便利なアイテムであるため、冒険者や騎士たちに重宝されている。

 

 

 

 彼らの生存率を爆発的に向上させた画期的なアイテムなのだが、どうやら俺の傷は未だに塞がっていないらしい。

 

 

 

 そう、傷が塞がっていないのだ。

 

 

 

 普段ならばとっくに傷が塞がっていてもおかしくはないのに、全く傷が塞がらない。

 

 

 

「なっ………!?」

 

 

 

 なぜ傷口が塞がらないのだろうかと思ったが、大昔に図鑑で読んだ吸血鬼に関する情報のおかげで、すぐに仮説を立てることができた。

 

 

 

 吸血鬼の体内には高濃度の闇属性の魔力がある。個人差はあるものの、強力な吸血鬼であるほど闇属性の濃度は濃くなっており、それを纏った攻撃を受ければ、傷口に入り込んだ闇属性の魔力による汚染の影響でヒールや回復アイテムによる治療が阻害されることがあるという。

 

 

 

 おそらく、原因はその闇属性の魔力だろう。レリエルから受け継いだ伝説の槍という事は、長い間伝説の吸血鬼の魔力を吸い続けて完全に汚染されていてもおかしくはない。それを突き刺されれば、回復アイテムによる治療の”阻害”どころか、回復アイテムや治療を”無効化”してしまうに違いない。

 

 

 

 つまり、俺の体内にはブラドの汚染された魔力が残っているってことか…………!

 

 

 

 出血が全く止まらない。くそ、このままでは出血のせいで死んでしまうかもしれない。

 

 

 

 いっそのこと傷口を炎で焼いて強引に塞ごうかと思ったが――――――――その考えをすぐに却下した俺は、息を吐きながらブラドを見つめた。

 

 

 

 回復できないことに気付いて絶望するのを見守るつもりだったのか、ブラドもこっちを見つめている。

 

 

 

 確かに恐ろしい能力だが、その原因が体内の高濃度の闇属性の魔力ならば、それを除去すればいい。下手したら死亡する恐れもあるが、そうしなければ傷口は塞がらない。

 

 

 

 星剣スターライトを床に突き立てた俺は、ブラドを睨みつけながら――――――――思い切り魔力を放出し始めた。

 

 

 

「!?」

 

 

 

 加圧されていた魔力が体外へと飛び出していく。蒼い火の粉と化した炎属性の魔力やスパークにも似た雷属性の魔力が、まるで傷口から噴き出す鮮血のように噴き上がる。

 

 

 

 体内に汚染された魔力が残っているのならば、勿体ないが、自分の魔力ごとそれを放出してしまえばいいのだ。

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……………………!」

 

 

 

 もう一口エリクサーを飲み、傷口が塞がり始めたことを確認する。汚染された魔力を放出する事には成功したらしい。

 

 

 

 これ以上放出を続ければ剣に供給する魔力燃料を使い果たしてしまうので、俺はすぐに放出を止めた。猛烈な疲労を感じながら呼吸を整え、残っている魔力の加圧を継続しつつ、床から引き抜いた星剣スターライトの切っ先をブラドへと向けた。

 

 

 

「―――――――瀉血しゃけつって知ってるか?」

 

 

 

「ほう、体内の魔力を放出したのか」

 

 

 

 魔力を一気に失うことになるが、こうすれば汚染された魔力を除去できるからな。

 

 

 

 こうすれば回復は可能になるが、その度に魔力を放出する羽目になる。できるならばあの槍の攻撃は回避するべきだろう。

 

 

 

 魔力が尽きる前に決着をつけようと思った俺は、幼少の頃に母さんから教わったラトーニウス式の剣術を思い出しながら、槍を構えたブラドに向かって突っ走っていった。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。