異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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メシヌの再演

 

 HMD(ヘッドマウントディスプレイ)の向こうに広がる藍色の空を睨みつけながら、コクピットの中で息を吐いた。

 

 この作戦が始まるまでには時間があった。ナタリア・ブラスベルグが立案した作戦を理解し、アーサー隊の隊員たちに俺たちの役割を伝えてから、タクヤの能力の中にある”トレーニングモード”を有効活用して何度か空戦の訓練をしても、その時間を使い切ることはできなかった。

 

 けれどもその余った時間の最中に、アンジェラを食事に誘うことはできなかった。すでに出撃する準備は終えていたし、格納庫で整備を受けている自分のユーロファイター・タイフーンの状態も整備兵から聞いてあった。つまり俺が勇気を出せば彼女と一緒に食事をすることができたというのに、声をかけることができなかったのである。

 

 情けないなと思いつつ、操縦桿をぎゅっと握る。

 

 タクヤはラウラと一緒に食事をしてから出撃したという。あいつは以前から彼女――――――しかも腹違いの姉らしい―――――――と仲が良かったとはいえ、出撃する前に一緒に過ごすことができたのだ。けれども俺は声をかけることができなかったから、結局愛機のコクピットの中で自分でメンテナンスをして時間を潰す羽目になった。

 

 彼女と一緒に食事をすることができていたのならば、コクピットの中で何度も溜息をつく羽目にはならなかった事だろう。声をかけなかったことを後悔しながら、ちらりとキャノピーの外を見つめる。

 

 ブレスト要塞の上空へと向かって飛んでいるのは、たった5機のユーロファイター・タイフーンだけではない。アーサー隊の右側には、7機のPAK-FAで編成されているテンプル騎士団空軍の『ランスロット隊』が飛行しているし、左側には5機のF-22で編成されているテンプル騎士団空軍の『パーシヴァル隊』が飛行している。

 

 もちろん、テンプル騎士団空軍の先陣を切るのはアーサー隊だ。

 

 タンプル搭から飛び立った航空隊よりも上を飛んでいるのは―――――――テンプル騎士団空軍の航空隊よりもはるかに大規模な、航空機の編隊たちだった。朝日に照らされ始めている藍色の空に幾重にもV字型の編隊を刻み付けながら飛行しているのは、アメリカ製のF-22、ロシアのPAK-FA、中国の殲撃20型たちで編成された、あまりにも贅沢なステルス機の編隊だった。

 

 モリガン・カンパニーと殲虎公司(ジェンフーコンスー)が派遣した、連合軍の航空部隊たちである。しかもステルス機たちだけで編成された贅沢な航空隊の周囲には、隊長機と思われるSu-30に率いられた無数のSu-35やSu-27が飛行しており、藍色の空をエンジンの轟音と衝撃波で蹂躙している。

 

 その大規模な航空機の群れに、先ほどモリガン・カンパニーや殲虎公司(ジェンフーコンスー)の空母から飛び立った『Su-33』や、モリガン・カンパニーが保有する飛行場から飛び立ち、空中給油を受けながらやってきた『Su-34』たちも合流しており、航空隊の規模は肥大化しつつある。

 

 更に別の飛行場から飛び立ったA-10の群れもこっちに向かっているという。

 

 スペツナズが要塞にどさくさに紛れて潜入させた隊員の報告では、ブレスト要塞から出撃する予定の航空機はたった19機のF-22のみだという。F-22は圧倒的な性能を誇るステルス戦闘機だが、いくらF-22でもたった19機で500機以上の航空隊を食い止められるわけがない。

 

 あっという間にフレアを使い果たし、ミサイルの群れに食い破られるのが関の山である。

 

『同志諸君、応答せよ。こちら”マーリン1”』

 

「こちらアーサー1。どうした?」

 

 無線機に向かってそう言いながら、ちらりとキャノピーの後方を振り向く。

 

 漆黒と深紅で彩られた垂直尾翼の向こうに、他の戦闘機たちと比べると遥かに巨大な航空機が見えた。がっちりとした胴体から左右へと伸びている主翼はやや下へと下がっており、その主翼には合計で4基のエンジンがぶら下がっているのが分かる。一見するとごく普通の航空機のようにも見えるが、その胴体の上には円盤状の部品が伸びていた。

 

 アーサー隊の後方を飛行しているでっかい航空機は、ロシア製の『A-50』と呼ばれる”早期警戒管制機(AWACS)という航空機だった。

 

 戦闘機に搭載されているものよりも高性能なレーダーや機器を搭載しているため、索敵能力は戦闘機よりも上だ。更に味方の航空隊の指揮を執ることもできる。

 

 この作戦ではかなりの数の航空機が投入されるため、いくら各部隊の隊長でも指揮を執るのが非常に難しい。タンプル搭にある中央指令室で圧倒的な数の航空機の指揮を執るのも難しいため、連合軍は複数の早期警戒管制機(AWACS)を投入することにしたのである。

 

 後方を飛行するマーリン1から聞こえてきたのは、俺の幼馴染の声だった。

 

 早期警戒管制機(AWACS)での指揮は、シュタージのオペレーターたちが担当することになっている。

 

『ニコライ4より連絡が入ったわ。ブレスト要塞より19機のF-22が飛び立った模様』

 

「そうか…………」

 

 吸血鬼たちは、非常にプライドの高い種族だという。だから生き残った航空部隊を派遣し、こちらの航空隊を迎え撃とうとするだろうと思っていた。

 

 けれども、500機以上も航空機がいる上に高性能なレーダーを搭載した複数の早期警戒管制機(AWACS)が指揮を執っている航空隊に、たった19機の戦闘機で戦いを挑むのは自殺行為だ。

 

「…………アーサー隊、たった19機の戦闘機が相手でも高を括るな。あいつらは死に物狂いで攻撃してくるぞ」

 

 もしかしたら特攻してくるのではないかと思った俺は、ぞっとしながらキャノピーの向こうを見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 滑走路から飛び立っていったF-22たちを見つめながら、拳を思い切り握りしめた。

 

 19機のF-22たちは間違いなく全滅するだろう。敵は他の拠点から空中給油を受けつつやってきた航空隊や艦載機の群れと合流して肥大化している。いくら高性能なF-22を出撃させたとしても、無数のミサイルで瞬く間に撃墜され、制空権を確保されてしまうのが関の山だ。

 

 けれどもパイロットたちは1人も逃げなかった。

 

「…………」

 

 要塞の守備隊は、たった8000人。しかもそのうち2500人が先ほどの最終防衛ラインの戦いで負傷した負傷兵たちである。彼らになけなしのエリクサーを支給して治療したものの、負傷兵たちを全員治療できるわけがない。

 

 俺の周囲では、モスグリーンの軍服に身を包んだ兵士たちが砲弾や弾薬の入った箱を運んでいる。薄汚れた軍服を身に纏っている兵士たちの中には包帯を巻いている者もいるし、片腕が見当たらない兵士もいる。

 

 仲間に肩を貸してもらいながら防壁の方へと歩いて行く兵士には、左足がなかった。その片足が無い兵士に肩を貸している兵士はヘルメットをかぶっておらず、頭と右目を覆っている包帯があらわになっている。

 

 3分の1の兵士が、負傷兵だった。

 

 しかも日光を浴びれば身体が消滅してしまうほど耐性が低い吸血鬼を昼間に戦わせるわけにはいかないため、耐性の低い兵士たちは日光が当たらない場所に待機させなければならない。迎撃できる兵士の人数が減る羽目になるため、敵は間違いなく昼間に攻撃を仕掛けてくるだろう。

 

 踵を返し、要塞の地下へと繋がっている階段を下りていく。要塞砲に装填するための砲弾を抱えた2人の兵士たちに敬礼をしてから階段を下りていくと、小さなランタンで照らされている要塞の通路から兵士たちの呻き声が聞こえてきた。

 

 壁や天井の破片が散らばっている通路の中にいるのは、無数の負傷兵たちだった。普通の攻撃ならば再生することができるんだが、耐性が低い兵士は水銀や聖水で攻撃されると再生することができなくなってしまう。再生能力で希釈していた”死”が牙を剥くのである。

 

 俺も手当てを手伝おうとしたその時、ランタンの真下に横になっている若い兵士が、こっちを見つめながら微笑んだのが見えた。

 

 俺よりも年下の兵士らしい。傍から見れば通路に座っているように見えるけれど、彼の太腿の辺りには包帯が巻かれており、太腿から先には何もない。それ以外に傷を負っている様子はないものの、彼が戦うことができないのは火を見るよりも明らかだった。

 

「ブラド様、敵はまだ来ないのですか?」

 

「…………ああ」

 

 戦わせてくれと言わんばかりに、その若い兵士は自分のホルスターへと手を伸ばし、コルトM1911A1をホルスターの中から引っこ抜く。けれども銃を引き抜いた瞬間に自分が両足を失う羽目になった瞬間がフラッシュバックしたのか、ハンドガンのグリップを握っていた兵士の手が震え始める。

 

 まるで銃口を向けている敵兵に怯えているかのように、俺よりも年下の兵士が震える。彼の手をそっと掴んでコルトM1911A1を取り、彼のホルスターの中へと戻すと、若い兵士はまだ震えながらこっちを見上げた。

 

 モリガン・カンパニーの連中が攻め込んで来たら、間違いなくこの通路で呻き声を上げている負傷兵たちも皆殺しにされることだろう。モリガン・カンパニーを率いる忌々しい魔王は、敵に全く容赦をしない男だという。手足のない負傷兵や若い兵士でも、躊躇することなく殺してしまうに違いない。

 

 だが、テンプル騎士団は捕虜を受け入れてくれるという。

 

 もしテンプル騎士団が降伏勧告をしてきたら、ここにいる負傷兵や戦意のない兵士たちを要塞から脱出させた方がいいかもしれない。

 

 当たり前だが、俺は最後まで戦うつもりだ。この戦いを始めてしまったのは俺なのだから、責任を取らなければならない。

 

「ブラド様…………」

 

「どうした?」

 

「僕たちは、もう帰れないのでしょうか」

 

 若い兵士が尋ねた途端、彼の周囲に横になっていた負傷兵たちが一斉にこっちを振り向いた。

 

 はっきり言うと、ここにいる兵士たちが生きてディレントリアへと帰ることができる確率はかなり低いだろう。要塞へと攻め込んでくる敵がモリガン・カンパニーの連中だったら間違いなく皆殺しにされてしまう。

 

 だからといって首を縦に振れば、兵士たちの士気が下がってしまう。こっちを見ている兵士たちを見渡してから、俺は首を横に振った。

 

「…………安心しろ。テンプル騎士団なら捕虜を受け入れてくれる」

 

 ヴリシアから逃げ遅れた兵士たちはモリガン・カンパニーの連中に片っ端から”粛清”されていったらしいが、テンプル騎士団は捕虜を受け入れていたという。もし要塞へとテンプル騎士団が攻め込んで来たら、ここにいる負傷兵たちは見逃してくれる筈だ。

 

 自分の腰にあるホルダーに手を伸ばし、非常用のエリクサーを若い負傷兵に手渡す。テンプル騎士団が捕虜を受け入れることを知って安心してくれたのか、彼の手はもう震えていなかった。

 

 負傷兵の手当てをしていた衛生兵に「彼らを頼む」と言ってから、俺は踵を返す。

 

 俺も戦わなければならない。この戦いを始めてしまったのは俺なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 がちん、という金属音が、トンネルの中で一瞬だけ荒れ狂う。

 

 機関車の目の前に居座っていたやたらと大きな貨車が切り離された音がトンネルに響き渡った直後、証明すら設置されていない真っ暗なトンネルをライトで照らしながら、装甲列車がゆっくりと後退し始める。テンプル騎士団の制服に身を包んだ運転手が支給したライトで後方を確認しながら機関車をバックさせていくのを見つめてから、俺とイリナはその置き去りにされた貨車へと向かった。

 

 この貨車の真上に、ブレスト要塞の中央指令室や戦術区画があるらしい。ここで起爆すれば間違いなく要塞の地下にあった区画をほぼ全て吹き飛ばし、地上にいる敵を荒々しい爆炎で吹っ飛ばしてくれるに違いない。

 

 両腕を蒼と黒の二色で彩られた外殻で覆い、貨車のハッチを掴みながら思い切り力を込める。華奢な腕の中で筋肉が一気に硬くなったかと思うと、コートの袖の中にいる両腕が微かに膨らんだ。

 

 金属音を奏でながら、大型の貨車のハッチが開いていく。装甲車を何両か積み込めそうなほど大きな貨車のハッチの向こうに居座っていたのは、本当ならばタンプル砲の砲身から発射される筈だった巨大なMOAB弾頭であった。

 

 砲弾のカバーは取り外されており、内部から伸びているケーブルに時限式の起爆装置が接続されているのが見える。ハッチから手を離して降下するのを止めた俺は、腰にぶら下げていた小型のランタンに蒼い炎をつけてから車内を照らし出す。

 

 隣ではイリナが地図を見下ろし、要塞の位置とトンネルの位置を確認しているところだった。

 

 彼女は爆発が大好きらしく、初歩的な魔術をすべて無視して最初から爆発する強力な魔術ばかり習得している。今まで爆発する魔術ばかり使っていたからなのか、イリナはどこに爆発する攻撃をお見舞いすれば効率よく敵を吹っ飛ばせるのか熟知しているらしく、その武器や魔術の爆発を見れば効果的な使い方が分かってしまうという。

 

 ブレスト要塞の真下で起爆させれば要塞の内部に大穴を開けることができるのは、イリナの計算で確認してある。

 

 ポケットから取り出した手帳に数式を書き込んで、計算を始めるイリナ。真面目な顔でその計算を終えた彼女はこっちを見つめると、微笑みながら頷いた。

 

「ここで大丈夫。隔壁に封じ込められた爆炎と衝撃波が大穴を開けてくれるよ」

 

「分かった。…………よし、起爆準備に入る」

 

 起爆装置の表面にあるキーボードをタッチし、装置に時間を入力する。そして人差し指をスイッチへと近づけ、もう一度イリナの顔を見つめてから、俺はそのスイッチを押した。

 

 その直後、起爆装置に入力した数字が凄まじい勢いで減少し始める。しっかりと起爆装置が作動し始めたことを確認してから、俺とイリナはでっかい貨車のハッチから飛び出し、後退していく装甲列車を追いかけ始めた。

 

 俺たちが合流したのを確認してから、仲間の兵士たちが壁面に設置されている真っ黒なレバーを降ろし始める。先ほど貨車を切り離した時よりも重々しい轟音がトンネルの中へと響き渡ったかと思うと、機関車の真正面を照らしていたライトが分厚い金属の壁に遮られ始める。

 

 あのレバーは隔壁を降ろすためのスイッチなのだ。いくら地下にあるトンネルで迅速に離脱できるとはいえ、敵がこのトンネルを発見すればすぐにこのトンネルを辿って追撃してくる事だろう。下手をすればそのままタンプル搭の地下を襲撃されてしまうかもしれない。

 

 敵の追撃を防ぐために、トンネルの中にはこれでもかというほど分厚い隔壁が用意されている。隔壁の厚さは近代化改修型シャール2Cの正面装甲の4倍であるため、いくら200cm砲のMOAB弾頭でもこの隔壁を吹っ飛ばすのは不可能に違いない。

 

 しかも複数の隔壁を閉鎖するため、俺たちまで吹っ飛ばされることはないのだ。

 

 どんどん隔壁が降りてくるのを見守りながら、ちらりと懐中時計を確認する。

 

「―――――――爆発まで50秒!」

 

 起爆装置に入力した時間は5分だ。もう既に6枚目の隔壁が降りているので俺たちまで爆風で吹っ飛ばされることはないと思うのだが、可能な限り離れておいた方がいいだろう。

 

 こっちまで吹っ飛ばされたら、お姉ちゃんを悲しませる羽目になるのだから。

 

 

 


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