異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
タンプル搭の象徴でもある巨大な要塞砲たちの周囲には、分厚い岩山が城壁のように広がっている。この要塞が建設されたばかりの頃はただの巨大な岩山だったんだけど、今では岩山の中に無数の通路を用意し、巨大な迫撃砲や臼砲をこれでもかというほど設置している。
俺が立っている見張り台からは、その設置された臼砲たちが見えた。
臼砲とは、砲口から覗き込めば装填されている砲弾が見えてしまうほど砲身が切り詰められている兵器であり、巨大な砲弾を発射することができる。大昔から様々な戦いに投入されて猛威をふるっていた恐るべき兵器だが、今では廃れてしまっている。
余談だけど、第二次世界大戦でドイツ軍が実戦投入した『カール自走臼砲』もこの臼砲の一種だ。
見張り台に用意されたKord重機関銃の傍らにある鉄柵に寄り掛かりながら、腰の水筒を拾い上げて口へと運ぶ。ナタリアが作ってくれたジャムの入ったアイスティーを飲んでから、俺はタンプル搭の周囲を埋め尽くしている無数の戦車や装甲車の群れを見下ろした。
このタンプル搭の岩山に接近してきた敵を迎撃するために配備された臼砲たちの群れの向こうには、いつもならば灰色の砂漠が広がっている筈だった。けれどもその砂漠には黒と灰色の迷彩模様が施された戦車たちが居座っていて、大きなエンジンの音を響かせている。
タンプル搭の周囲を埋め尽くしているのは、T-14の群れだった。T-72B3やT-90と比べるとすらりとした砲塔の脇にはハンマーとレンチが交差しているエンブレムが描かれており、そのエンブレムの上には深紅の星が描かれているのが見える。
岩山の周囲に居座っているのは、モリガン・カンパニーの戦車たちだった。
凄まじい数の上陸用舟艇から砂漠へと上陸した戦車の数は、間違いなくヴリシアの時よりも多い。吸血鬼たちの総本山であるヴリシア帝国の帝都サン・クヴァントへと侵攻した際にもモリガン・カンパニーと殲虎公司(ジェンフーコンスー)は圧倒的としか言いようがないほどの規模の戦力を投入したが、この春季攻勢を迎え撃つために彼らが投入した戦力は、あの時の戦力を上回っている。
過激派の吸血鬼たちは、”覇者”たちの逆鱗に触れてしまったのだ。
彼らは春季攻勢を始める前に、ウィルバー海峡を通過する輸送船を何隻も潜水艦で撃沈している。しかし吸血鬼たちの潜水艦は、テンプル騎士団の駆逐艦や殲虎公司(ジェンフーコンスー)の輸送艦ではなく、誤って何の罪もない人々が乗っている豪華客船『グランバルカ号』を、輸送船と誤認して魚雷で撃沈してしまったのである。
その犠牲者の中に、モリガン・カンパニーの社員たちや、社員の家族たちも含まれていた。
大切な”同志”たちを奪われた世界最大の勢力が、同志の命を奪った敵に報復をしないわけがない。
「…………」
モリガン・カンパニーと殲虎公司(ジェンフーコンスー)の連合軍が投入した戦車の数は1000両以上だという。俺たちのように分厚い装甲と強力な主砲を兼ね備えた超重戦車を保有しているわけではないものの、この戦いに投入する戦車の数はテンプル騎士団の戦車の数を遥かに上回っている。
もう既に吸血鬼たちは最終防衛ラインの突破に失敗し、橋頭保にしたブレスト要塞まで後退している。しかも虎の子の列車砲や超重戦車も失う羽目になった挙句、航空隊にも大きな損害を出しているため、制空権を確保するのは不可能だろう。
風前の灯火としか言いようがない吸血鬼たちに大規模な部隊を投入するのは、やり過ぎなのではないだろうか。
シュタージからの報告では、ブレスト要塞へと撤退した吸血鬼たちの人数は合計で8000人ほどだという。それに対し、これからブレスト要塞奪還のためにブレスト要塞へと進撃する連合軍の兵士の人数は、合計で43500000人。吸血鬼の兵士と人間の兵士の身体能力に大きな差があるとはいえ、大昔から人間たちに恐れられていた筈の吸血鬼たちが、現代兵器で武装した兵士たちに瞬殺される羽目になるのは火を見るよりも明らかである。
しかも吸血鬼たちの艦隊は壊滅してしまったため、ブレスト要塞へと殺到することになる地上部隊を艦砲射撃で食い止めることもできない。しかもウィルバー海峡に居座るウリヤノフスク級原子力空母や、アドミラル・クズネツォフ級空母から無数の航空機が飛び立つ予定になっている上に、タンプル搭からも生き残った航空隊が全て出撃することになっている。
航空機同士の戦いでも、吸血鬼たちに勝ち目はない。制空権の確保が不可能になった上に艦砲射撃で支援してもらうこともできないのだから、彼らは猛烈な空爆と艦砲射撃をお見舞いされながら、圧倒的な数の地上部隊をなけなしの武装で食い止めるしかないのである。
捕虜になった吸血鬼たちは幸運だな、と思いながら、俺は踵を返した。
最終防衛ラインで吸血鬼たちを撃退することに成功したが、まだ俺たちは”領土”を奪還していない。
ブレスト要塞を奪還しなければ、俺たちは勝利できないのだ。
テンプル騎士団が作戦会議をする際は、広大な『戦術会議室』を使うようにしている。一見すると円卓の騎士たちと共にテンプル騎士団のルールや予算についての会議を行う会議室に似ているが、こちらの戦術会議室に足を踏み入れることが許されているのはテンプル騎士団の”兵士”のみだ。そのため、議会に出席する権利を持つ”円卓の騎士”でも、兵士でなければこの戦術会議室に入ることは許されない。
広大な部屋の中にはテンプル騎士団のエンブレムが描かれた巨大な黒い円卓が鎮座しており、その周囲に小さな椅子がいくつも並んでいる。中央に鎮座している漆黒の円卓の中にはフィオナ機関が内蔵されており、参謀総長の席に座った者が魔力を流し込めば、机の上に巨大な立体映像を投影できるようになっている。
その巨大な漆黒の円卓から浮かび上がった青白い立体映像の光が、椅子に座っているメンバーたちの顔を照らし出した。
普段ならば様々な部署の上層部のメンバーだけが席に座っているため、空席があるのは当たり前である。しかし今回はテンプル騎士団のメンバーだけで戦うわけではないため、戦術会議室の席は満席だった。
青白い立体映像を見つめている赤毛の大男の顔をちらりと見てから、俺もナタリアが自分の魔力で投影している立体映像を凝視する。
空席になっている筈の椅子に座っているのは、モリガン・カンパニーの上層部のメンバーや、殲虎公司(ジェンフーコンスー)の上層部のメンバーたちだった。もちろん、世界最強の勢力であるモリガン・カンパニーを率いる
自分たちの同志を殺された怒りをまだ感じているらしく、母さんやエリスさんの隣に座っている親父は、戦場の真っ只中で敵兵を蹂躙している時のような目つきのまま、腕を組んで立体映像を睨みつけている。
息を吐きながら、自分の隣の席を見つめる。
この戦術会議室を使うようになってからは必ず隣にはラウラが座ることになっていたんだが――――――――――――利き手と左足を失う重傷を負ってしまった彼女は、当然ながら欠席している。だから俺の隣の席は空席だ。
親父たちは同志を殺されて怒っているだけでなく、大切な愛娘を傷つけられて怒り狂っているのだろう。
はっきり言うと、俺もまだ吸血鬼たちを許すことができない。彼女の手足を奪ったメイドを惨殺して復讐することはできたが、復讐心は完全に消えていない。
親父があの目つきになったのは、俺からラウラの事を聞いてからだ。
自分の命の恩人が早くも戦場で戦っている時のような顔つきになっていてびっくりしたのか、ナタリアが一瞬だけこちらをちらりと見た。けれども彼女は息を吐きながら魔力の量を調節して立体映像を調整すると、真面目な声で作戦の説明を開始する。
「ブレスト要塞を占拠している吸血鬼の兵力は、約8000名と思われます。敵は未だに近代化改修型のマウスを温存している上に、ブレスト要塞の滑走路を修復して航空機の離陸に使用しているようですが、航空隊や戦車部隊の規模は我々の戦力よりもはるかに少ないでしょう」
多分、そのまま進撃すれば勝てるのではないだろうか。
最終防衛ラインの戦闘でこちらも損害を受けたとはいえ、大打撃を受けたわけではない。ブレスト要塞への侵攻に投入できるテンプル騎士団の戦力は、負傷兵を除けば55000人もいるのだから、シャール2Cたちと一緒に進撃すればテンプル騎士団だけでも勝利できる筈だ。
そう思ったけれど、俺は頭を抱えながら”正面から進撃する”という作戦を頭の中から消し去る。
確かにこっちの方が数は多いのだから、正面から進撃するだけで勝てるかもしれない。しかし吸血鬼たちは死に物狂いで攻撃してくるだろう。
間違いなく、吸血鬼たちの士気は高い。
それに要塞の周囲に敵が地雷や爆薬を設置している可能性もある。迂闊に戦車で進撃すれば地雷で破壊されたり擱座するのが関の山だ。敵が要塞に大型の要塞砲を用意していれば、間違いなく地雷で混乱した戦車部隊が砲撃の餌食になる。
だからこそ作戦を立てなければならないのだ。
仲間を死なせるわけにはいかないのだから。
「しかし、要塞の周囲に対戦車地雷が設置されている可能性があります。迂闊に戦車部隊が進撃すれば、地雷で撃破されてしまう恐れがあります」
ナタリアも対戦車地雷を警戒していたようだ。やっぱり、彼女は冷静な指揮官だな。
「要塞の周囲に地雷を? 同志ナタリア、周囲に地雷を設置したら敵は要塞から出られなくなるのでは?」
李風(リーフェン)さんの隣に座っていた殲虎公司(ジェンフーコンスー)のメンバーの1人が質問する。殲虎公司(ジェンフーコンスー)はモリガン・カンパニーよりも規模が小さい勢力だが、第一次転生者戦争と第二次転生者戦争を経験したベテランが数多く所属している組織であり、練度ではモリガン・カンパニーの兵士を上回っている。
今しがた質問したメンバーも、ベテランの兵士だった。
確かに、要塞の周囲に地雷を設置すれば吸血鬼たちは要塞から出られなくなる。戦車を使わなければ脱出することはできるが、航空機やヘリで脱出しようとすれば制空権を確保している戦闘機にあっという間に撃墜されるのが関の山だし、最悪の場合はスティンガーミサイルを携行した歩兵に撃墜されてしまうだろう。
もちろん、兵士たちが走って要塞から逃げようとしても、戦闘ヘリや装甲車の餌食になるだけだ。
そう、敵兵は要塞から逃げられない。
きっと、要塞から”逃げる気がない”のだ。
吸血鬼たちが要塞から逃げる気がないことに気付いていた李風さんが、腕を組んだまま答えた。
「”背水の陣”だよ、同志」
「背水の陣…………」
敵は要塞から逃げられない。つまり、全滅するまで俺たちと戦うつもりなのだ。
やはり吸血鬼たちの士気は非常に高い。いくら連合軍の兵士たちが何度も激戦を経験したベテランとはいえ、士気が高い上に死に物狂いで攻撃してくる吸血鬼たちとの戦いで損害を被るのは想像に難くない。
最悪の場合は、特攻してくる可能性もあるだろう。
「クラン、タンプル砲はあと1発だけ使えるよな?」
「ええ。でも、砲撃の衝撃で第一格納庫と第八区画の天井が崩落しそうなの。第十一区画の隔壁も歪んで動かなくなってるから、最後の1発を使うのは非常に危険よ」
ブレスト要塞はタンプル砲や36cm要塞砲の射程距離内にある。ブレスト要塞の位置も分かっているため、偵察機に特殊なポッドを搭載して観測データを送信させる必要はない。しかし、さすがに合計で33基の薬室の炸薬を起爆させて砲弾をぶっ放すタンプル砲の衝撃波は非常に凄まじいため、タンプル砲で砲撃すればタンプル搭にも損害が出てしまう。
第十一区画の隔壁が動かないという事は、戦車を吹っ飛ばすほどの衝撃波が要塞内部に流れ込む恐れがあるという事だ。凄まじい重さの戦車を吹っ飛ばすほどの衝撃なのだから、人間の兵士がその衝撃波を喰らえば間違いなく木っ端微塵になってしまうだろう。
くそ、タンプル砲は使えないってことか…………。隔壁が動かないってことは、副砲で砲撃するのも危険だな…………。
要塞砲でブレスト要塞の周囲を砲撃し、設置されている地雷を可能な限り砲撃で除去するという作戦を考えてたんだが、第十一区画の隔壁が修理できない限り無理だろう。
「そこで、少数の部隊で要塞に奇襲をかけることにしました」
「奇襲ですって?」
「…………同志ナタリア、いったいどこから奇襲を仕掛けるのです? 要塞の周囲には全く遮蔽物はないのですよ?」
奇襲を仕掛けるという作戦が予想外だったらしく、親父の隣に座っているエリスさんたちが目を見開いたのが見えた。モリガンの策士でもあるシンヤ叔父さんはメガネをかけ直しながら、興味深そうに立体映像を凝視している。
彼女が立体映像を調整するよりも先に、俺は彼女がどうやって奇襲するつもりなのかを理解していた。
確かにブレスト要塞の周囲に広がっているのは砂漠だけだ。多分要塞の周囲にはまだ敵の戦車の残骸が転がっている筈だが、それに隠れながら要塞に近づいて奇襲を仕掛けるのは不可能だろう。
しかし、”あのルート”から奇襲を仕掛けるのであれば、作戦は確実に成功する。
彼女の作戦を見抜いてニヤリと笑うと、こっちを見たナタリアもニヤリと笑った。作戦を理解してもらえたのが嬉しいらしい。
やがて、円卓の上に投影されていたブレスト要塞の映像が無数の青白い光になって消失する。防壁が倒壊した状態のブレスト要塞を再現していた光たちは再び集合すると、今度は先ほどよりも小さめのブレスト要塞とタンプル搭を青白い立体映像で再現する。
2つのテンプル騎士団の拠点が再現されたかと思うと、その拠点の間に広がる砂漠の下で、1本の線が伸び始めた。
「その下にある線は?」
「―――――――緊急用の列車の線路です、同志リキノフ」
タンプル搭の東西南北には、合計で4つの重要拠点がある。その拠点に移動する際は航空機や装甲車を使うようになっているんだが、以前は拠点の間に線路を用意し、強力な武装と分厚い装甲を搭載した”装甲列車”で移動できるようにするという計画があった。
けれども、地上に線路を用意すれば作業中の団員が魔物に襲われる恐れがあるし、完成したとしても線路が魔物に破壊される恐れがある。いくら強力な武装と装甲を兼ね備えた装甲列車でも、線路が無ければ全く役に立たないのである。
それゆえにこの計画は中止されてしまったのだが、もし他の拠点が敵の襲撃で壊滅状態になった際に迅速にタンプル搭まで脱出できるように、極秘裏にトンネルを掘って線路を準備するように一部のドワーフたちに指示していたのである。
地下に線路を作れば、魔物が分厚い壁で守られたトンネルを突き破って内部に侵入しない限りは線路が破壊される恐れがないし、拠点が敵に包囲されてもこの列車を使って脱出させたり、逆に増援部隊を派遣することもできる。
しかし、吸血鬼たちの春季攻勢が始まってしまったため、トンネルは未だに完成していない。だからブレスト要塞の兵士たちをタンプル搭までこのトンネルで退避させることができなかったのだ。
トンネルが完成していたら、もっと生存者の数は多かったに違いない。
「線路だと…………?」
「ええ。どのトンネルも未完成ですが、幸いブレスト要塞行きの線路は91%ほど完成しています。もう少し掘り進めれば、ブレスト要塞の真下です」
「親父…………そこでタンプル砲のMOAB弾頭を起爆させたらどうなると思う?」
「お前たち…………ッ!」
トンネルには、要塞を放棄した後に敵がそのトンネルを辿って追撃できないように、分厚い隔壁がいくつも用意されている。タンプル砲専用のMOAB弾頭の破壊力は他の砲弾の比ではない―――――――下手したら核兵器に匹敵する―――――――が、シャール2Cの4倍の分厚さを誇る隔壁を何枚も突き破ることはできない筈だ。
ぎょっとしている親父―――――――正確に言うと、親父の姿になっているガルゴニスだ―――――――を見つめながら、俺は笑った。
間違いなく、最高の一撃になる筈だ。
真正面から攻めてくるはずの敵が、いきなり足元に大穴を開けて攻めてくるのだから。