異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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執念と蒼い光

 

 蒼い光を纏った砲弾が、衝撃波とスパークを引き連れながら星空の中を疾駆する。対艦ミサイルや戦艦の主砲の砲弾すら置き去りにしてしまうほどの凄まじい弾速で飛翔するその一撃が、立て続けに砲弾や対艦ミサイルを叩き込まれて傾斜しているジャック・ド・モレーへと向かっていく。

 

 損傷しているせいで速度が低下している超弩級戦艦が、砲弾やミサイルを凌駕する一撃を回避できるわけがなかった。

 

 ジャック・ド・モレーの艦長を務めるブルシーロフ大佐が命令を下すよりも先に、吸血鬼たちの解き放った最後の一撃が、傾斜していたジャック・ド・モレーの艦首を直撃した。

 

 分厚い装甲で覆われたジャック・ド・モレーの艦首があっさりとひしゃげたかと思うと、潰れかけていた艦首が、レールガンの砲弾が纏っていた猛烈な衝撃波によって抉れていく。リントヴルムから放たれた猛烈な一撃は、たった40%の電力で発射されたとはいえ、傾斜した状態で辛うじて11ノットで航行していたジャック・ド・モレーの巨体を止めるどころか、一時的に後方へと押し戻してしまう。

 

 艦首の装甲を食い破った砲弾は、隔壁や乗組員たちを蹂躙しながらジャック・ド・モレーの艦内を抉り、第一砲塔の近くで起爆した。前部甲板の装甲に亀裂が入ったかと思うと、艦内で起爆した砲弾の爆炎が亀裂の隙間から踊り出し、ジャック・ド・モレーの前部甲板を火の海にしてしまった。

 

 第一砲塔は辛うじて吹き飛ばされずに済んだものの、第一砲塔のすぐ近くでリントヴルムの砲弾が直撃したせいで、砲撃どころか砲塔を旋回させることができなくなってしまう。

 

 レールガンの圧倒的な運動エネルギーで押し戻された挙句、艦首や艦内が火の海となってしまったが――――――――ジャック・ド・モレーは、沈んでいなかった。

 

 艦首や前部甲板が壊滅状態となってしまったものの、生き残った乗組員をすぐに救助し、艦首の浸水を防ぐために素早く隔壁を閉鎖したことが功を奏したのである。右舷に傾斜した上に艦首側にも傾斜する羽目になったものの、テンプル騎士団艦隊の旗艦は、吸血鬼たちが放った最後の一撃に耐えたのである。

 

 もし仮にビスマルクのレールガンが50%以上の電力で放たれていたのであれば、その強烈な一撃で轟沈していったソビエツカヤ・ベロルーシヤとインペラトリッツァ・エカテリーナ2世と同じ運命を辿ることになっていただろう。

 

 ジャック・ド・モレーを道連れにするために放ったビスマルクのレールガンは、機能を停止していた。応急処置をしてから強引に発射したため、レールガンへと電力を供給していたケーブルや冷却液の配管がズタズタになっており、砲身も融解し始めていた。

 

 超弩級戦艦を一撃で轟沈するほどの破壊力と、戦艦の主砲や対艦ミサイルを凌駕する射程距離を兼ね備えたレールガンを搭載するために前部甲板の砲塔を撤去しているため、レールガンが使用不能になれば、ビスマルクは後部甲板の主砲や威力の小さい副砲で応戦するしかないのである。

 

 しかし、対艦ミサイルの攻撃で損傷している上にレールガンが使用不能になったビスマルクが”応戦”できないのは、火を見るよりも明らかであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵艦、撃沈ならず…………」

 

 乗組員の1人が報告した瞬間、アリアの隣に立っていた部下がすぐ近くに鎮座していたモニターを思い切り殴りつけた。悔しさを纏った拳で殴られたモニターがノイズで埋め尽くされ、画面に亀裂が入る。

 

 もしあの一撃でジャック・ド・モレーを轟沈させられたのならば、彼はモニターを殴りつけなかった筈だ。敵の旗艦を轟沈した程度では満足しないが、悔しがりながら死ぬことにはならなかったかもしれない。

 

 息を吐いてから、アリアは悔しがっている乗組員の肩を静かに掴んだ。

 

「―――――――もう十分よ」

 

「アリア様…………!」

 

 ヴリシアで惨敗し、敗残兵たちと共にディレントリアへと逃げ込む羽目になってから、吸血鬼たちは怨敵であるテンプル騎士団を壊滅させるために、この春季攻勢(カイザーシュラハト)の準備を進めてきた。

 

 猛威を振るった近代化改修型のマウスや、圧倒的な性能を誇るイージス艦を何隻も用意して戦いを始めたにもかかわらず、テンプル騎士団に勝利することはできなかった。

 

 第二次転生者戦争(ヴリシアの戦い)で大打撃を被った敗残兵でテンプル騎士団に戦いを挑むのは、無理があったのである。いくら救助した他の吸血鬼たちに訓練で武器の使い方を教えて兵士にしても、軍拡で組織の規模が飛躍的に大きくなっていたテンプル騎士団の兵力を上回ることは不可能であった。だからこそテンプル騎士団だけに戦いを挑み、浸透戦術を駆使して大打撃を与えるしかなかったのである。

 

 それゆえに、モリガン・カンパニーや殲虎公司(ジェンフーコンスー)が宣戦布告した時点で、ディレントリアまで撤退するべきだったのだ。

 

 陸軍を指揮している息子(ブラド)に撤退するべきだと言っておけばよかったと後悔しながら、アリアは乗組員たちを見渡した。

 

 彼らを無茶な戦いに付き合わせてしまった責任を取らなくてはならない。

 

 巨大な勢力の逆鱗に触れてしまった時点で撤退するべきだったというのに、戦いを続けてしまったのだから。

 

「…………みんな、無茶な戦いに付き合わせてしまってごめんなさい」

 

 優しい声でそう言うと、CICの中にいる数名の乗組員たちが、拳を思い切り握りしめながら涙を拭い去り始めた。

 

 最後の一撃で敵艦を道連れにできなかったという悔しさと、敵の集中砲火を叩き込まれ、海の藻屑になってしまう恐怖が混ざり合った涙を拭う若い乗組員たちを見つめながら、アリアは微笑む。

 

「でも、最後まで勇敢に戦ってくれてありがとう。…………もう、こんな愚かな女王に付き合う必要はないわ」

 

 前方にはテンプル騎士団艦隊が鎮座しており、後方にはモリガン・カンパニーと殲虎公司(ジェンフーコンスー)の連合艦隊が展開している。損傷したせいで鈍重になってしまった挙句、迎撃用のシースパローや速射砲を破壊されてしまったビスマルクが敵の大艦隊から逃れることは不可能だろう。

 

 このままでは、ビスマルクは敵艦隊の集中砲火を浴びて轟沈することになるのは想像に難くない。

 

「―――――――総員、退艦しなさい。…………モリガン・カンパニーの連中は捕虜を受け入れないけど、テンプル騎士団ならば捕虜をちゃんと受け入れていると聞いているわ。屈辱かもしれないけれど…………テンプル騎士団艦隊まで泳いで、受け入れてもらってちょうだい」

 

 モリガン・カンパニーと殲虎公司(ジェンフーコンスー)は、捕虜を絶対に受け入れない組織である。敵が白旗を振っていても容赦なく攻撃を続け、負傷兵も容赦なく皆殺しにしてしまうという。

 

 15年前の第一次転生者戦争では、ファルリュー島の10000名の守備隊が全員戦死しているのだ。”勇者”と呼ばれていた転生者を葬った後は、その戦いで生き残っていた敵の守備隊たちを全滅させるまで島から出なかったのである。

 

 それゆえに、この2つの勢力に”降伏”するわけにはいかなかった。

 

 レリエル・クロフォードが大天使によって封印されてから、吸血鬼たちの人数は爆発的に減少している。少しでも同胞たちを生き残らせるためにも、容赦のない大勢力に皆殺しにさせるわけにはいかない。

 

「マリウス、同胞たちをお願いね」

 

「…………了解です(ヤヴォール)、アリア様」

 

 傍らで涙を拭っていた乗組員にそう言ってから、アリアはCICを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「同志カノン、第二砲塔は使えるか?」

 

『ええ、第二砲塔は使えますわ。ただ、第一砲塔は使用不能です』

 

「分かった。…………砲撃準備。目標、ビスマルク級戦艦」

 

「了解(ダー)」

 

 ビスマルクのレールガンによって、前部甲板は壊滅状態だった。

 

 辛うじて迅速に隔壁を閉鎖したことで浸水を防ぐことはできたものの、第一砲塔が使用不能になってしまったため、砲撃できる砲塔は前部甲板の第二砲塔と、後部甲板に居座る第三砲塔のみである。

 

 しかし、もう敵艦との砲撃戦が始まることはないだろう。

 

 最後の一撃でジャック・ド・モレーを仕留めることができなかったビスマルクは、これから海の藻屑になるのだから。対艦ミサイルを叩き込まれた挙句、前部甲板の主砲を撤去して搭載した切り札が使用不能になってしまったビスマルクは、もう抵抗することはできないのだ。

 

『こちら艦橋。聞こえますか?』

 

「どうした?」

 

『敵艦から乗組員たちが退艦し、こっちに向かって泳いでいます』

 

 もしモリガン・カンパニーの艦隊だったのならば、容赦なく対艦ミサイルで敵艦に止めを刺しているだろう。そう思いながら、ブルシーロフ艦長は帽子をかぶり直した。

 

 抵抗することができなくなったビスマルクの艦長が、乗組員たちに退艦するように命令を下したに違いない。いくら超弩級戦艦とはいえ、後部甲板に搭載された主砲だけで抵抗を続けられるわけがない。それゆえに、モリガン・カンパニーや殲虎公司(ジェンフーコンスー)のように捕虜を受け入れない組織ではなく、捕虜を受け入れるテンプル騎士団に投降するように指示を出したのだろう。

 

「艦長、いかがいたしましょうか?」

 

「同志艦長、モリガン・カンパニー艦隊旗艦『ウリヤノフスク』より、敵の捕虜は皆殺しにするように指示が出ています」

 

「―――――――同志、本艦は先ほどの砲撃戦で通信設備が損傷している。そんな指示は一切受信できていない」

 

 通信を担当している若い乗組員の顔を見下ろしながら、ブルシーロフ艦長はニヤリと笑った。

 

 先ほどの戦いで袋叩きにされたとはいえ、ジャック・ド・モレーの通信設備は健在である。それゆえに、味方の艦隊からの指示を受信できなかったわけがない。

 

 損傷していない設備を”損傷した”と言った艦長の顔を見上げた若い乗組員は、ぎょっとしながらがっちりした艦長を見上げた。

 

 捕虜を皆殺しにするのは、あくまでもモリガン・カンパニーや殲虎公司(ジェンフーコンスー)のやり方だ。あの二大勢力が味方になっているとはいえ、テンプル騎士団の”上”というわけではない。

 

 それゆえに、二大勢力のやり方通りにする必要は全くないのだ。

 

「ど、同志艦長、モリガン・カンパニーの命令に背くのですか!?」

 

「同志団長の命令なら皆殺しにするが、あいつらは我々の指揮官じゃないからな。…………同志、念のため武装した警備兵を甲板に向かわせろ。プライドの高い吸血鬼共が抵抗する可能性は低いが、念のためボディチェックもしっかり実施するように」

 

「はい、同志艦長」

 

 吸血鬼たちは、非常にプライドの高い種族である。

 

 それゆえに、投降した直後に自爆する可能性は非常に低い。

 

「同志カノン、砲撃は敵艦の乗組員を収容し終えるまで待ってくれ」

 

『了解ですわ』

 

 乗組員を皆殺しにしろという命令が届いていないことを察知すれば、モリガン・カンパニー艦隊は対艦ミサイルでビスマルクに止めを刺すだろう。

 

 もしミサイルが発射されたら迎撃し、敵の乗組員を守るべきなのだろうかと考えながら、ブルシーロフ艦長はモニターを見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦長室にある机の上に、一枚の白黒の写真が置かれていた。

 

 そこに写っているのは殆ど容姿の変わっていないアリアと、まだ幼い息子のブラドである。その2人の間に立っているのは漆黒のコートに身を包んだ黒髪の男性だ。微笑んでいる唇の間からは鋭い犬歯が覗いており、その男性も吸血鬼の1人という事が分かる。

 

 その写真の真ん中に写っている人物が、伝説の吸血鬼と言われている”レリエル・クロフォード”であった。300年以上前に大天使によって封印され、復活してからあのリキヤ・ハヤカワと死闘を繰り広げた男である。

 

 艦長室の椅子に腰を下ろしたアリアは、その写真をずっと眺めていた。

 

 もう既に、艦内から乗組員たちの声や足音は全く聞こえてこない。全員退艦したのだろうかと思いながら、彼女は溜息をつく。

 

 吸血鬼の兵士たちをこんな無茶な戦いに付き合わせてしまったのだから、レリエル・クロフォードの後継者として責任を取らなければならない。それゆえに、アリアはビスマルクから退艦せずに、この超弩級戦艦と共に海の藻屑になるつもりであった。

 

 机の引き出しを開け、中から2つの瓶を取り出す。そっと机の上に瓶を置いてから、彼女は白い指で瓶の栓を開け、その瓶を口元へと運んだ。

 

 2つの瓶の片方に入っているのは、吸血鬼たちの弱点である水銀である。水銀も彼らの苦手とする”銀”であるため、水銀を使って攻撃されれば彼らの肉体は再生することはない。テンプル騎士団が対吸血鬼用に使用した水銀榴弾の内部にも水銀が充填されており、爆発した直後に衝撃波に押し出された水銀の斬撃が、敵兵の肉体を切り刻むようになっている。

 

 吸血鬼にとっては猛毒の塊としか言いようがない水銀を呑み込んだアリアは、空になった瓶を机の上に置いてから、もう片方の瓶に手を伸ばした。

 

 もう片方の瓶に入っているのも、吸血鬼の弱点の1つである聖水であった。聖水は吸血鬼たちにとっては硫酸のようなものである。触れるだけで身体が溶けてしまう上に、耐性がない吸血鬼はその傷口を再生させることができない。

 

 それを全て吞み込んだアリアは、呻き声を上げながら天井を見上げた。

 

 吸血鬼が苦手とする”2つの弱点”が、彼女の胃袋を溶かし始める。レリエル・クロフォードから何度も血を与えられていた彼女の肉体は耐性が非常に高いため、すぐに再生を始めるが、胃の中の聖水と水銀が容赦なく再び彼女の胃や内臓を溶かし始める。

 

 身体の中を溶かされる激痛を感じながら、彼女は大切な写真を握り締めた。

 

 彼女が本格的に人間たちに牙を剥いたのは、レリエルによって商人たちから救い出されてからだった。ヴリシアの商人の店に囚われていたアリアは、店を訪れた1人の男によって助け出され、その男の眷属となったのである。

 

 血を与えられなかったせいで痩せ細っていた吸血鬼の少女を、忌々しい牢屋から救い出してくれた吸血鬼の王の顔を思い浮かべた瞬間、ビスマルクの巨体が激震した。

 

 退艦した乗組員たちの収容を終えたジャック・ド・モレーが、ビスマルクへと砲撃を始めたに違いない。

 

 あと数分で、この超弩級戦艦は海の藻屑になるだろう。

 

 自決用に用意しておいた聖水と水銀で内臓を溶かされながら、アリアも海の藻屑になるのだ。

 

「レリエル様…………」

 

 白黒の写真に写っているレリエルの顔を見つめながら微笑んだ直後、またしてもビスマルクの船体が揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビスマルクの前部甲板で、爆炎が産声を上げた。

 

 へし折られたレールガンの砲身が海へと落下し、爆炎と衝撃波がケーブルや細い配管を引き千切っていく。40cm徹甲弾を叩き込まれた船体から次々に火柱が吹き上がったかと思うと、ビスマルクの艦首が段々と海の中へと沈み始めた。前部甲板で荒れ狂っていた火柱たちが浸水してきた海水に呑み込まれていき、姿を消していく。

 

 損傷したレールガンが海水に呑み込まれ、艦橋や煙突も沈んでいく。真っ赤に塗装された部分や巨大なスクリューがあらわになった頃には、ビスマルクの艦橋は見えなくなっていた。

 

「総員、敬礼!」

 

 ビスマルクの乗組員たちを救助するために甲板にいたジャック・ド・モレーの乗組員たちが、沈んでいくビスマルクに敬礼する。後部甲板には健在な砲塔が残っていたが、天空へと向けられたビスマルクの後部甲板と共に、漆黒の海の中へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 


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