異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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蒼い髪の少年は、最前線でナイフを振るう

 

 タクヤやラウラの両親が得意としていた戦い方と、ノエルの両親が得意としていた戦い方は全く違う。リキヤやエミリアは圧倒的な身体能力や剣術で敵を殲滅するような戦い方を得意としており、第一次転生者戦争や第二次転生者戦争で大きな戦果をあげている。それに対して、ノエルの両親であるシンヤやミラが得意としていたのは、リキヤやエミリアのように敵を叩き潰すような戦い方ではなく、暗殺や隠密行動であった。

 

 それゆえに、娘であるノエルの戦い方は両親たちの戦い方がベースになっている。

 

 身体が頑丈な種族であるハーフエルフの遺伝子だけではなく、強靭な外殻を自在に展開し、あらゆる物質を切り裂く鋭い糸を生成できるキングアラクネの遺伝子まで兼ね備えているノエルならば、敵の真正面から突っ込んで行ったとしても銃を持った敵部隊を殲滅できるだろう。しかし、彼女が得意なのは敵に発見されないように拠点へと潜入し、敵の指揮官を暗殺するような任務であった。

 

 姿勢を低くしながら灰色の砂の上を移動し、敵兵に可能な限り接近する。VSSに搭載されたスコープのレティクルはすでに敵兵の後頭部と重なっているものの、ノエルはまだトリガーを引かなかった。ただ単に敵兵を殺すのであればもうトリガーを引いてもいいのだが、迂闊に敵を排除すればその敵兵の死体が他の敵兵に発見され、こちらの奇襲を教える羽目になる。

 

 真正面から敵部隊と戦うのであれば、死体が敵に見つかったとしても全く支障はない。しかし隠密行動や暗殺の際は、殺した敵兵の死体や他の敵兵の事も考えなければならないため、迂闊に敵兵を殺すわけにはいかないのだ。

 

 照準を合わせたまま、数秒だけスコープから目を離しつつ周囲を確認する。せめて樽や補給物資が入っている大きな木箱があれば敵兵の死体をその中に放り込むことができるのだが、砲兵隊の周囲には死体を隠せそうな木箱や樽は見当たらない。

 

 砂の中に埋めるべきだろうかとノエルは考えたが、穴を掘って死体を放り込み、その死体に砂をかけて隠す間に敵兵に発見される恐れがある。それに、カルガニスタンの砂漠はそれなりに強い風が吹くため、穴が浅ければあっという間に表面の砂を吹っ飛ばされ、隠した筈の死体が砂の中から露出することになってしまう。

 

 遮蔽物は、天空へと長大な砲身を向けているPzH2000の車体くらいである。

 

 舌打ちをしながら銃を降ろし、ノエルは左手を外殻で覆いながら目の前へと突き出す。

 

 瞬く間に彼女の皮膚がキメラの外殻に覆われていく。ジョロウグモの模様にも似た黒と黄色を基調とした奇妙な模様が外殻の表面に浮かび上がったかと思うと、蜘蛛の外殻をいくつも繋ぎ合わせたような奇妙な右腕と化す。

 

 鉤爪を思わせる鋭い指先から、細い糸が伸びていった。兵員室の中でノエルが飲み込んだ水銀の成分を含んだ”水銀の糸”は、まるで獲物に襲い掛かろうとする獰猛な蛇のように敵兵の首へと向かっていく。

 

 水銀の糸が首に絡みついているにもかかわらず、XM8を抱えて砂漠の向こうを見つめている吸血鬼の兵士は、肉や骨を容易く切断できるほどの切れ味を誇る糸が自分の首に絡みついていることに全く気付いていない。背後にいるキメラの少女がその糸を締め上げれば、あっという間に皮膚へと食い込み、そのまま肉と首の骨を一瞬で両断してしまうことだろう。しかも吸血鬼の弱点であるため、再生することはできない。

 

 左手の人差し指を曲げるだけで、あの敵兵の首は切断される。

 

「こちら”ビェールクト1”。周囲に敵兵は?」

 

『こちらアクーラ3。その敵兵の近くにいるPzH2000の影に敵兵が一名。俺が始末する』

 

「了解(ダー)。じゃあ、こいつも殺すね」

 

『はいはい』

 

 味方に連絡したノエルは、躊躇せずに左手の人差し指を少しだけ曲げた。まるで銃のトリガーを引いているかのように指先が動いた直後、水銀の糸が絡みついていた吸血鬼の兵士の首に、深紅の線が刻み付けられる。

 

 そこに水銀の糸が絡みついていたのだ。

 

 首に何かが絡みついているという事は感じ取ったようだが、それに気づいた頃にはすでにノエルの糸は皮膚を突き破って肉を寸断し、首の骨を蹂躙していた。

 

 痛みに気付いた敵兵が左手をライフルのハンドガードから離し、自分の首へと伸ばすよりも先に、ぽろり、とヘルメットをかぶった兵士の首が砂の上へと落下する。切断された首が地面に落下すると同時に、今しがた首を切り落とした水銀の糸が、今度は鮮血を吹き上げながら崩れ落ちようとしている敵兵の背中へと突き刺さった。皮膚や背筋に小さな風穴を開けながら背骨へと絡みついた水銀の糸は、背骨を切断してしまわない程度の強さで敵兵の肉体を背後へと引っ張り、首を切断された吸血鬼の兵士の死体をPzH2000の車体の影へと隠してしまう。

 

 ノエルが死体を隠し終えると同時に、かつん、と車体の反対側から小さな音が聞こえてきた。車体の周囲を警備している敵兵がいないか確認しつつ、ノエルはPzH2000へと向けて素早く走る。ポーチの中からC4爆弾を取り出し、夜空へと砲身を向けている自走榴弾砲の車体の後部へと設置してから、VSSを構えつつPzH2000の影から周囲を確認する。

 

 車体の反対側には、アクーラ3が仕留めた敵兵の死体があった。AN-94の2点バースト射撃によって正確に頭を撃ち抜かれたらしく、ヘルメットには2つの風穴が開いているのが見えた。ヘルメットの隙間から鮮血と脳味噌の破片を覗かせながら倒れている兵士の上を飛び越えたノエルは、他の味方がPzH2000の車体にC4爆弾を設置し終えていることを確認してから、次の群れへと向かう。

 

『アクーラ2、車体の影に敵だ。2人いる』

 

『了解(ダー)、片方は頼んだぜ』

 

『はいよ』

 

 無線機の向こうからアクーラ4(ニコライ4)とアクーラ2の声が聞こえてきたかと思うと、ノエルがこれから接近して爆弾を設置しようとしていた車両を警備していた兵士が、ほぼ同時に崩れ落ちたのである。

 

 片方の兵士の頭を穿ったのは、後方でバイポッドを展開して狙撃したニコライ4が放った.338ラプア・マグナム弾であった。

 

(すごい…………)

 

 テンプル騎士団のスペツナズは、転生者の暗殺や、人質と一緒に建物に立て籠もる犯罪者の抹殺を何度も経験してきた精鋭部隊である。今回のような現代兵器を装備した敵勢力との戦闘は殆ど経験していないとはいえ、警備をしている兵士を次々に始末し、敵の自走榴弾砲に爆弾を設置している。

 

 もし敵に発見されれば、後方で待機しているBMP-3が彼らを支援する予定になっている。合流した後は即座に設置した分のC4爆弾を起爆し、可能な限り敵の砲兵隊に損害を与えることになっているのだが、この調子であれば全ての車両に爆弾を仕掛けるのは難しくないかもしれない。

 

 1個ずつならば辛うじて全ての車両に設置できる分の爆弾があるのだから。

 

 問題は、いくら強力な爆弾とはいえ、1個のC4爆弾でこの自走榴弾砲を仕留め切れない可能性がある点だろう。とはいえ後方には100mm低圧砲と30mm機関砲を兼ね備えたBMP-3も待機している。起爆した時点でこちらの攻撃は察知されてしまうのだから、仕留め切れなかったのならばBMP-3も突撃して強引に殲滅すればいい。

 

 別の車両に向かって走っていたノエルは、はっとしながら走るのを止めると同時に伏せた。右手に持っていたVSSを構えてスコープを覗き込み、別の車両を確認する。

 

『おい、向こうの車両の警備兵が見当たらないぞ?』

 

『ちょっと様子を見てくる』

 

(…………)

 

 どうやら、爆弾を仕掛け終えた車両の近くにいる筈の警備兵が見当たらないことに気付いてしまったらしい。ヴリシア語の会話が聞こえてきた直後、ノエルがこれから爆弾を仕掛けようとしていたPzH2000の影から敵兵が姿を現し、ノエルの方へと向かってくる。

 

 テンプル騎士団の制服は真っ黒である。夜間での戦闘の際には目立つことはないとはいえ、足元を埋め尽くしているのは灰色の砂である。ずっと伏せていれば敵兵に発見されてしまうのは想像に難くない。

 

 発見される前に――――――――始末する必要がある。

 

 先ほどのように糸を伸ばしている余裕はないと判断したノエルは、スコープのレティクルを敵兵に合わせた。

 

 後方の車両へと向かおうとしていた敵兵が、その車両の手前で伏せているノエルの方を見つめながら首を傾げるのが見えた。車両を警備している筈の味方がどうなっているのかを確認するよりも先に、砂漠の上に伏せている黒服の少女を調べるつもりらしく、アサルトライフルの安全装置(セーフティ)を解除して銃口をノエルへと向けながら、ゆっくりと近づいてくる。

 

 トリガーを引く前に一瞬だけその兵士の後ろにいる敵兵を確認する。味方の兵士の確認を相方に任せたらしく、こちらを振り向く様子はない。目の前にいる兵士の顔面に9mm弾をプレゼントした後にその兵士を始末しても問題はないだろう。

 

 敵兵が地面に伏せているノエルに気付くよりも先に、彼女の細い指がVSSのトリガーを引いた。

 

 従来のサプレッサーよりも長大なサプレッサーの中から、1発の9mm弾が躍り出る。通常のアサルトライフルならばマズルブレーキと共に銃声も躍り出る筈だったが、サプレッサーの銃口から飛び出たのは、たった1発の銃弾だけだった。

 

 ロシア製の消音狙撃銃から静かに飛び出した9mm弾が、照準を合わせられた敵兵の顔面へと向かっていく。弾丸が接近しているというのに、その敵兵は相変わらず砂漠の上に伏せている黒服の少女を見つめながら首を傾げるだけである。

 

 その時、首を傾げていた敵兵の頭が後ろへと大きく揺れた。まるで突き飛ばされたかのように左目のすぐ上が後方へと揺れたかと思うと、血まみれの皮膚の一部や脳味噌の一部が後方へとまき散らされる。9mm弾を頭に叩き込まれる羽目になった敵兵はぐるりと後ろに向かって反時計回りに半回転すると、自分が巻き散らした脳味噌の一部を隠そうとするかのようにうつ伏せに倒れた。

 

 息を吐きつつ、次の標的へと照準を合わせる。

 

 トリガーを引こうとしたその時、レティクルの向こうで敵兵の頭が揺れた。ヘルメットを貫通した一発の銃弾が敵兵の頭蓋骨を突き破り、脳味噌を蹂躙する。右側の側道部を撃ち抜かれた敵兵はヘルメットの隙間から鮮血を流しながら崩れ落ち、砂の上を真っ赤に染めた。

 

 今の一撃は、ノエルの弾丸ではない。

 

 ぎょっとしたノエルは周囲を見渡したが、他の兵士たちは二人一組で見張りの兵士を排除しつつ爆弾を設置している。手が空いている兵士は狙撃で援護することになっているニコライ4とアクーラ8だけだ。

 

『―――――――大丈夫か、お嬢ちゃん』

 

「ええ。ありがとね、ニコライ4」

 

 獲物を横取りしたスペツナズの狙撃手にそう言いながら、ノエルは死体の向こうに鎮座しているPzH2000へと突っ走るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オークの兵士が振り回した棍棒が、吸血鬼の兵士の頭をヘルメットもろとも叩き割った。鮮血や肉片がこびりついたヘルメットの破片が飛び散り、首から上が粉砕された吸血鬼の死体が崩れ落ちていく。

 

 その死体を踏みつけながら前進し、アサルトライフルを連射している敵兵の喉元に思い切りスパイク型銃剣を突き立てる。吸血鬼の兵士が目を見開きながらスパイク型銃剣を掴んで引き抜こうとするが、こいつを殺すまでは銃剣を引き抜くつもりはない。一時的に銃剣は敵兵の喉から離れ始めたが、全体重を乗せてもう一度突き入れると、再び銃剣が喉へと突き刺さり始めた。

 

 切っ先が首の骨を貫く感触を感じてから、銃剣を引き抜いて敵兵の死体を思い切り蹴飛ばす。セレクターレバーをフルオートに切り替えて7.62mmを連射し、数名の敵兵をズタズタにしてから、空になったマガジンを取り外した。

 

 敵の超重戦車(マウス)は味方のシャール2Cたちのおかげで次々に撃破されている。中には飛来する大型の対戦車ミサイルをアクティブ防御システムで迎撃しつつ、必死に抵抗し続けている車両もいるが、数秒後に飛来した2発のAPFSDSにあっさりと複合装甲を貫通され、黒煙を吹き上げながら擱座していく。

 

「がぁっ…………!」

 

「ダニエルッ!」

 

「!!」

 

 その時、戦車の残骸の向こうから飛来した数発の銃弾が、RPK-12を連射していた強襲殲滅兵の胸板を貫いた。しかも小口径の5.56mm弾ではなく、よりにもよって7.62mm弾だったらしい。

 

 鮮血を吹き上げながら崩れ落ちたハーフエルフのダニエルを、他の強襲殲滅兵たちがすぐに後方へと引きずっていく。すぐにエリクサーを飲ませれば助かる筈だが、飲ませる前にまた被弾すれば屈強なハーフエルフでも死んでしまう。

 

 仲間を撃ったのは誰だ…………!?

 

 再装填(リロード)を終えたAK-12を腰の後ろにあるホルダーに下げ、背中に背負っていたOSV-96を構える。銃身を展開しつつ、T字型の大型マズルブレーキの下部に折り畳まれていたスパイク型銃剣を展開してから、左手で長大なアンチマテリアルライフルから突き出たキャリングハンドルを握った。

 

 装着されているマガジンは、通常の弾薬ではなく徹甲弾である。

 

 スコップで味方のオークの兵士を殴りつけようとしていた敵兵をミンチにしてから、敵兵たちの後方を睨みつける。

 

 突撃してくる強襲殲滅兵たちを迎撃している敵兵たちの後方に居座っているのは――――――――1両のレオパルト2だった。すでに砲撃が命中していたのか、砲塔の装甲の一部は黒焦げになっており、その装甲の表面にはタンクデサントしていた兵士たちの肉片や内臓がこびりついている。

 

 そのレオパルト2の主砲が火を噴いた。

 

 咄嗟に外殻を使って硬化し、着弾した砲弾の爆風と破片を外殻で弾き飛ばす。普通の兵士ならば爆風と破片でミンチになっている筈だったけれど、ボディアーマーを身につけている上にキメラの外殻で硬化できる俺の身体には、未だに全く傷はついていなかった。

 

 主砲同軸に搭載された機関銃が火を噴くと同時に、そのレオパルト2に向かって突っ走る。

 

 さっきは味方が合流していない状態だったから戦車に向かって突撃するような真似はしなかったが、今は強襲殲滅兵と敵の歩兵が白兵戦を繰り広げている状態だ。そのため、敵の戦車部隊は迂闊に砲撃すれば味方の兵士まで巻き込む羽目になる。

 

 弱点で攻撃しなければ即死することはないとはいえ、一時的に戦死してしまうのだから、こっちの突撃を迎え撃つ兵士が減ってしまう。

 

 仲間の兵士を巻き込まないために、レオパルトは突っ込んでくる俺を主砲同軸の機銃で迎え撃つしかなかった。

 

「Урааааааааа!!」

 

『グエッ…………』

 

 スコップを振り上げようとしていた敵兵の顔面にスパイク型銃剣を突き立て、引き抜きつつ時計回りに身体を回転させる。その兵士の後方でライフルを構えていた敵兵の顎をOSV-96のでっかい銃床で思い切りぶん殴り、崩れ落ちた敵兵の身体を踏みつけて更に前へと進む。

 

 突っ走りながらトリガーを引き、敵の戦車のアクティブ防御システムを狙う。けれどもスコープを覗き込んでいない上に、突っ走りながら射撃しているのだから、この射撃が命中するわけがない。

 

 敵の砲塔には命中したようだが、命中したのは装甲が厚い部分だったらしい。14.5mm徹甲弾があっさりと装甲に弾かれ、血まみれの装甲を火花で一瞬だけ照らす。

 

 射撃している隙に接近してきた敵兵の銃剣を尻尾で受け流し、咄嗟に左手を腰の鞘へと伸ばしてテルミット・ナイフを思い切り左へと薙ぎ払った。刀身が敵兵の喉元を切り裂き、噴き出した返り血が防護服とOSV-96に降りかかる。

 

 生々しい迷彩模様と化した防護服を纏ったまま敵の戦車へと向かっていく。レオパルトは大慌てで後退しようとしたが、後方のシャール2Cがその車両を狙っていたらしく、152mm連装滑腔砲から放たれた多目的対戦車榴弾(HEAT-MP)がキャタピラへと着弾した。

 

 車体の右脇から火柱が吹き上がり、逃げようとしていた敵の戦車がぴたりと止まる。

 

 逃がすわけがないだろ…………!?

 

 立て続けに放たれる機銃を左手に持っているナイフで切り裂きつつ、尻尾を腰のホルダーに入っている対戦車手榴弾へと伸ばす。安全ピンが抜ける音を聞きながらジャンプし、砲塔の上に降り立った俺は、応戦するためにハッチから飛び出してきた敵の車長を14.5mm徹甲弾でミンチにしてから、ハッチの中にその対戦車手榴弾を放り込んだ。

 

 砲塔から飛び降りた直後、レオパルトのハッチから火柱が吹き上がる。

 

 機銃の連射が止まったのを確認してから、俺は再び走り出した。

 

 絶対に、負けるわけにはいかない。

 

 ブレスト要塞で戦死した同志たちや、手足を失ったラウラの仇を取るまでは。

 

 

 

 


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