異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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シュタージの切り札

 

 シュタージのメンバーの役割は、基本的に諜報活動である。世界中の街にエージェントを派遣して人々を虐げている転生者の情報を入手し、それをタンプル搭にある諜報指令室へと送るのが彼らの仕事であった。そのため戦闘力よりも情報収集や変装などの技術が重要視されている部署であり、武器を使って敵部隊と戦闘を行うのは専門外だ。

 

 もちろん、エージェントたちは潜入する際は常に小型の折り畳み式ナイフや小型ハンドガンをポケットの中や袖の中に仕込んでいるため、いざとなればそれを使って身を守ることもある。しかし目的はあくまでも情報収集であるため、LMGやアサルトライフルのような”目立つ”武器を携行することは少ない。

 

 軍拡前までは私服姿で現地に派遣されることが多かったため、シュタージの制服は用意されていなかったのだが、シュタージの規模が大きくなってからは彼らのための制服もしっかりと支給されており、諜報指令室でエージェントたちに指示を出すオペレーターたちがそれを身につけている。

 

 戦闘を二の次にしている部署だが、1人だけ暗殺に特化したメンバーがシュタージに所属している。

 

 諜報活動を行う諜報部隊に所属しているその暗殺者は、シュタージの”切り札”と言っても過言ではない。変装して情報収集を行う事が多いとはいえ、もし転生者に正体を見破られてしまったら戦闘を二の次にしているシュタージのメンバーは手も足も出ない。

 

 そこで、危険度の高い標的を狙う際は通常のエージェントではなくその”切り札”を派遣し、情報収集しつつそのまま暗殺するのだ。

 

 テンプル騎士団の特殊部隊であるスペツナズが彼女をシュタージから引き抜こうとしたことがあったのだが、シュタージの隊長であるクランは何度もそれを断ったことがあるという。確かに情報収集を行う事が多いシュタージよりも、隠密行動や暗殺を行うスペツナズの方が彼女にとっては適任なのかもしれないが、十中八九クランは”彼女”を他の部署に渡すことはないだろう。

 

 暗殺や隠密行動を得意とするその少女は、シュタージの唯一の暗殺者なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が身に纏っている制服のデザインは、他のシュタージのメンバーの制服と少しだけ違う。

 

 シュタージの制服も他の部署の制服と同じように黒い。シンプルな制服だが、少女の制服には短めのマントやフードがついていて、暗闇で身を隠しやすいようになっている。しかもマントの内側や胸の辺りには小型の投げナイフやエリクサーの容器を入れておくためのホルダーがついているため、シンプルなシュタージの制服とは違って戦闘を想定している制服だという事が分かる。

 

 制服を身に纏うのはオペレーターやクランくらいであり、潜入するエージェントたちは私服か現地の民族衣装に身を包む。だからエージェントたちが制服に身を包むのは式典の時くらいであった。

 

 兵員室の中に置かれた小さな箱の中から取り出した9×39mm弾のクリップを、傍らに置いたマガジンの中に装填していく。装填が終わったマガジンを素早くポーチの中へと突っ込んで別のマガジンを膝の上に置き、片手を箱の中へと伸ばしてまたクリップを拾い上げる。

 

 彼女と一緒にBMP-3の兵員室に乗り込んでいたスペツナズの兵士たちは、自分たちよりも年下の少女が素早くマガジンに弾丸を装填していくのを見守りながら、自分たちの得物の点検をしていた。

 

 スペツナズがシュタージから”借りた”ノエルのメインアームは、ロシア製消音狙撃銃の『VSS(ヴィントレス)』。非常に短い銃身に、通常のサプレッサーよりも大型のサプレッサーを装着した変わった狙撃銃である。従来のスナイパーライフルよりも射程距離が短いという欠点があるが、弾丸を発射する際の銃声を消しやすくなっているため、隠密行動する際にはうってつけの狙撃銃なのである。

 

 サイドアームはテンプル騎士団で正式採用されているPL-14であり、ライトとサプレッサーを装着している。

 

 今回の任務の目的は、敵の本隊の後方に展開している砲兵隊に奇襲を仕掛ける事である。強襲殲滅兵の猛攻で吸血鬼たちの浸透戦術が頓挫したとはいえ、後方に展開した敵の砲兵隊がいつでも支援砲撃を開始できるのは火を見るよりも明らかであった。それに敵部隊はマスタードガスを内蔵した砲弾を使用する可能性があるため、発射する前に損害を与えるか殲滅しなければならなかった。

 

 弾薬の装填を終えたノエルは、最後のマガジンをポーチへと放り込み、箱の中に入っていたC4爆弾を手に取る。身体が変異してキメラとなってからは、父であるシンヤから訓練を受けていたため、C4爆弾を敵に仕掛けて木っ端微塵にするのはお手の物である。

 

 敵の砲兵隊は、おそらく自走榴弾砲を運用している事だろう。自走榴弾砲は非常に射程距離が長いが、戦車のように分厚い装甲を搭載しているわけではないため、C4爆弾を仕掛けることができればあっという間に鉄屑と化すに違いない。

 

 BMP-3の武装でも撃破できるかもしれないが、砲兵隊を奇襲するために派遣されたスペツナズの兵士たちは乗組員も含めるとたったの9名のみであり、車両は1両のBMP-3だけである。いくら自走榴弾砲の群れに奇襲を仕掛けるとはいえ、接近する前に探知されてしまえば元も子もない。場合によっては奇襲を受けている砲兵隊を掩護するために、テンプル騎士団の守備隊と交戦中の本隊の一部が救援にやってくる可能性もある。

 

 いくらBMP-3が強力な武装を搭載した車両とはいえ、更に強力な主砲と堅牢な複合装甲を兼ね備えた戦車には太刀打ちできないのは火を見るよりも明らかである。

 

 そのため、隠密行動を得意とする歩兵がサプレッサー付きの銃を装備して砲兵隊に接近し、警備の兵士を静かに排除しつつ自走榴弾砲にC4爆弾を仕掛けて爆破することになっていた。

 

 ノエルが得意としているのは暗殺だが、このような破壊工作も得意なのである。

 

 訓練の最中に襲い掛かってきた哀れなゴーレムを、たった1つのC4爆弾で爆殺した時の事を思い出しながらそれをポーチの中へと詰め込んだノエルは、セミロングの黒い髪の中から突き出ている自分の耳を片手で撫でながら、もう片方の手を制服のホルダーに収まっている試験管へと伸ばした。

 

 一般的な回復アイテムであるエリクサーは、試験管のような容器に入れられて販売されている。しかし彼女が手に取った試験管の中に納まっているのは、傷を瞬く間に塞いでしまうヒーリング・エリクサーではなく、銀色の液体であった。

 

 蓋を外し、中に入っている銀の液体を呑み込む前に息を呑む。

 

(これ飲むとお腹が重くなるんだよなぁ…………)

 

 彼女が飲もうとしていたのは、水銀であった。

 

 ノエルは元々はハーフエルフだったのだが、父親であるシンヤがキングアラクネの義手を移植した後にミラから生まれた子供であるため、彼女の体内にもキングアラクネの遺伝子が含まれているのである。キングアラクネはこの世界で最強のアラクネと言われており、まるで巨大な蜘蛛と甲冑を身に纏った騎士を融合させたような姿をした大型の魔物だ。普通のアラクネは体内で獲物を捕らえるための糸を生成するのだが、キングアラクネは他のアラクネのように糸を使って獲物を捕らえるのではなく、鋭い糸で獲物をバラバラにしてから捕食するという習性がある。

 

 しかも体内に取り込んだ鉱物の成分を含んだ様々な種類の糸を生成する事が可能であるため、キングアラクネの糸の鋭さは生息している地域によって異なるという。更に鉱物の毒素は体内ですぐに除去されるため、取り込んだ鉱物の毒素で死ぬのはありえない。

 

 ため息をついてから水銀を一気に呑み込んだノエルは、空になった容器を足元にある箱の中に放り込んでから、重くなったお腹を小さな手でさすり始めた。

 

 普通の糸では吸血鬼を殺すことはできない――――――――再生能力が機能しなくなるまで攻撃を続ければ殺すことは可能である――――――――のだが、水銀の成分を使った水銀の糸ならば、吸血鬼を瞬く間に八つ裂きにすることが可能なのである。

 

 しかしノエルは、胃の中に居座る重い水銀の感触が大嫌いだった。

 

『よし、降りてくれ』

 

 スピーカーから隊長のウラルの声が聞こえてきた途端、水銀を飲んでお腹をさすっていたノエルを興味深そうに見つめていたスペツナズの隊員たちが、車両が完全に停止するよりも先に立ち上がり始めた。兵員室のハッチを開け、サプレッサー付きのAN-94(アバカン)やSV-98を装備した兵士たちが、次々に兵員室の外へと躍り出ていく。

 

 水銀が段々と取り込まれ始めたらしく、胃の中に居座っている重い感触が段々と消えていく。お腹をさするのを止めた彼女は、傍らに置いてあった自分のVSS(ヴィントレス)を拾い上げてから、他の兵士たちと同じようにBMP-3の車外へと飛び出した。

 

 灰色の冷たい砂塵の大地へと降り立つと同時に、VSS(ヴィントレス)の安全装置(セーフティ)を解除する。AN-94を装備した兵士たちもセレクターレバーを2点バースト射撃に切り替え、周囲を警戒していた。

 

 テンプル騎士団の一般的な兵士たちが使用しているのは、同じくロシアで開発されたAK-12である。本来ならば小口径の5.45mm弾を使用する代物なのだが、屈強な外殻や肉体を持つ魔物を相手にすることも多いため、大口径の7.62mm弾を発射できるように改造されている。

 

 しかし、スペツナズの標的はあくまで”人のみ”である。魔物の掃討はテンプル騎士団陸軍や海兵隊の仕事なのだ。

 

 転生者の暗殺や、人質と共に立て籠もっているクソ野郎の抹殺が彼らの仕事である。それゆえに反動の大きな大口径の弾丸ではなく、反動が小さい上に扱いやすく、人間を十分に射殺できる殺傷力を持つ小口径の弾丸の方が望ましい。

 

 そのため、彼らの使用する銃の弾薬は、一部を除いて小口径の弾薬ということになっている。

 

「お手並み拝見だ、お嬢ちゃん」

 

 そう言いながらニヤリと笑った兵士の口の中から伸びていたのは、人間よりも長い犬歯であった。

 

 スペツナズの兵士たちの中には、ヴリシアの戦いで降伏し、そのままテンプル騎士団の一員となった吸血鬼の兵士たちがいる。ノエルに話しかけながら笑った狙撃手も吸血鬼の兵士の1人らしい。

 

「はい。こちらこそ勉強させていただきます、”ニコライ4”」

 

「できればコールサインで呼んでくれ、お嬢ちゃん」

 

『無駄話はするな、ニコライ4』

 

「た、隊長…………」

 

 苦笑いする狙撃手(ニコライ)を見て笑いながら、ノエルは左手を首の後ろへと伸ばして漆黒のフードをかぶった。

 

『いいか? 敵の見張りの兵士を排除しつつ、支給されたC4爆弾を敵の自走榴弾砲に設置しろ。もしも敵に発見されたら即座に起爆して離脱するんだ。撤退する際は俺たちが支援する』

 

「了解(ダー)」

 

「よし、行こう。ニコライ4とアクーラ8は散開して、敵の砲兵隊の様子を報告してくれ」

 

「「了解(ダー)」」

 

 サプレッサー付きのSV-98を装備したニコライ(アクーラ)4と共に砂漠を全力疾走し始めたのは、彼と一緒にテンプル騎士団の一員となった吸血鬼の兵士である。

 

 ニコライよりもがっちりした体格の吸血鬼の巨漢が背中に背負っているのは、まるでブルパップ式のアサルトライフルに遠距離用のスコープを搭載し、巨大なサプレッサーを装着したような代物であった。サプレッサーとスコープさえなければブルパップ式のアサルトライフルに見えるかもしれないが、ライフル本体の右側からボルトハンドルが突き出ているため、ボルトアクション式のライフルであることが分かる。

 

 アクーラ8が装備しているのは、ロシアで開発された『VKS(ヴァイクロップ)』と呼ばれる”大口径消音狙撃銃”であった。ノエルのメインアームであるVSSと同じく高性能なサプレッサーを装備しており、銃声を消すことに特化した代物だが、使用する弾薬が遥かに大型化しているため、破壊力はアンチマテリアルライフルに匹敵する。

 

 なんと、使用する弾薬は大口径の12.7mm弾なのである。

 

 アクーラ4の狙撃で仕留められないような獲物へと強烈な弾丸をお見舞いするために、アクーラ8はアクーラ4よりも強烈な弾丸を放つことができる銃を支給されていたのだ。

 

 2人の吸血鬼の狙撃手は姿勢を低くしながら疾駆すると、10秒ほどで灰色の砂で構成された丘の反対側へと消えていった。

 

 AN-94を装備した兵士たちと共に姿勢を低くしながら、ノエルも移動を始めた。左側に屹立する灰色の砂の丘の向こうでは爆炎がいくつも煌いており、その爆炎が残光と化す頃に爆音が轟く。兵士たちの雄叫びや断末魔は全く聞こえなかったが、ノエルは最終防衛ラインの守備隊が繰り広げている死闘がどれだけ激しいのかを理解する。

 

(お兄ちゃん…………)

 

 ラウラが利き手と左足を失ったという報告を聞いた瞬間、ノエルもタクヤのように彼女の仇を取りに出撃しようとした。彼女にとってラウラは小さい頃から遊び相手になってくれた姉のような存在なのである。幸い義手と義足を移植すれば復帰できるが、リハビリが終わるまではラウラはベッドの上で生活することになるだろう。

 

 身体が弱かったせいでベッドの上で生活していたノエルは、狭いベッドの上に横になりながら窓の外を見つめていた時の事を思い出した。ベッドから出て歩いてもすぐに息切れしてしまうせいで走ることができない上に、すぐに体調を崩してしまったため、ベッドからこっそりと逃げ出すこともできなかったのである。

 

 今までに何人も転生者を殺してきたラウラが重傷を負ってしまうほどの激戦が繰り広げられているのだから、もしかしたら大切な(タクヤ)も同じように重傷を負ってしまうかもしれない。それゆえにノエルは、爆炎が煌く度に心配になった。

 

『―――――――こちらアクーラ8。攻撃目標を確認』

 

『こちらアクーラ4、こっちも目標を確認。結構多いぞ』

 

 支給されたC4爆弾で仕留め切れるだろうか、と考え始めたノエルは、目の前に鎮座する灰色の砂の丘の向こうに、塔にも似た巨大な金属の砲身が何本も突き出ていることに気付いた。まるで星空の中で煌いている星たちを撃ち落とそうとしているかのように天空へと向けられた砲身が牙を剥くのは、星空ではなくテンプル騎士団の守備隊だろう。

 

 丘の上に伏せた兵士から双眼鏡を渡されたノエルは、同じように砂の上に伏せながら双眼鏡を覗き込む。

 

 丘の向こうに居座っていたのは、戦車に搭載されている砲身よりも長大な砲身を持つ自走榴弾砲の群れだった。ずらりと並んだ自走榴弾の群れは微動だにせずに砲口を星空へと向けて待機しており、巨大な自走榴弾砲の周囲はXM8を装備した歩兵たちが巡回しているのが見える。

 

 吸血鬼たちの砲兵隊が運用しているのは、『PzH2000』と呼ばれるドイツ製の自走榴弾砲であった。強力な155mm榴弾砲を搭載した車両であり、射程距離は非常に長い。しかも極めて短時間で砲撃を始めることができる高性能な兵器である。

 

 丘の向こうに並んでいたのは、合計で23両のPzH2000の群れであった。1人の兵士に支給されているC4爆弾は3つずつであるため、仮に1個ずつC4爆弾を敵の自走榴弾砲に仕掛けたとすれば、辛うじて全てのPzH2000を爆破できるだろう。

 

 双眼鏡をアクーラ1に返したノエルは、VSSのスコープを覗き込む。

 

 スペツナズが奇襲を仕掛けたことを察知したら、敵の砲兵隊は逃げてしまうだろう。可能ならば気付かれずにこの砲兵隊を排除しなければならない。

 

「よし、アクーラ4とアクーラ8は狙撃で見張りの兵士を仕留めろ。こっちは敵の自走榴弾砲に接近して見張りを排除しつつ、C4爆弾を設置する」

 

『『了解(ダー)』』

 

 無線機に向かって指示を出したアクーラ1が合図したのを確認したノエルは、一旦スコープから目を離すと、頷いてから静かに移動を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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