異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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爆炎と星空

 

『アーサー隊、滑走路へ』

 

「了解(ヤー)」

 

 ユーロファイター・タイフーンを地下にある滑走路へと進ませながら、俺はこの機体を誘導してくれる整備兵の姿を凝視していた。ツナギに身を包んでアーサー隊を滑走とまで誘導してくれる整備兵は、多分アンジェラだろう。金髪はオイルで少しばかり汚れているけれど、相変わらず美しい。

 

 滑走路へと向かう隔壁を越えたところで、アンジェラは自分が誘導している戦闘機のパイロットが俺だという事に気付いてくれたらしい。薄暗い滑走路の中でウインクした彼女は、俺を滑走路まで誘導してから素早く格納庫の方へと走って行ってしまう。

 

 ―――――――はっきり言うと、俺は彼女に惚れてしまった。

 

 アンジェラは俺がテンプル騎士団に入団する前から整備兵を続けていたらしく、航空機の整備と出撃する戦闘機の誘導を担当しているという。だから何度かツナギに身を包んで忙しそうに整備をする彼女の姿を見たことはあったんだけど、実際に声をかけることができたのは前回の出撃の時だけだった。

 

 今回は声をかける時間がなかったけれど、ウインクしてもらえたからな。吸血鬼共の春季攻勢(カイザーシュラハト)を退けたら、彼女を食事に誘ってみよう。

 

 誘導灯で照らされた長い滑走路の先端部は、ロシアのアドミラル・クズネツォフ級のスキージャンプ甲板のように上へと曲がっている。そのため、格納庫の隔壁のすぐ脇から滑走路の向こう側を見てみると、白い線が描かれた滑走路の先端部が見えてしまうのだ。

 

 タンプル搭の飛行場は、着陸する際の難易度が非常に高い。そのため航空部隊のパイロットの中には他の拠点への異動を申請する団員もいるらしく、団長は守備隊の戦力を考慮しつつ可能な限り積極的にそれを承認しているらしい。

 

 さすがに着陸の失敗で大切なパイロットを失うわけにはいかないのだろう。

 

 だが、俺たちは何度もあのスキージャンプ甲板みたいな滑走路に降り立っているから慣れてしまった。それにあの滑走路のせいで異動するパイロットが何人もいるのだから、俺たちまで異動を申請してしまったらタンプル搭の航空隊が貧弱になってしまう。

 

 少なくともこのタンプル搭の航空機や滑走路が敵の空爆で吹っ飛ばされることはないのだから、あの滑走路にさえ慣れてくれればパイロットと航空機にとっては楽園のような場所なのだ。

 

「各機へ。敵の航空部隊はタンプル砲の砲撃で大損害を被っているとはいえ、油断するな。練度では向こうの方が上だ」

 

 中央指令室でクーちゃんから聞いた作戦を思い出しつつ、無線で仲間たちにそう言う。

 

 作戦とは言っても、タンプル搭周辺の制空権を敵に奪われないように迎え撃つだけだ。敵機は吸血鬼たちが温存していたステルス機たちらしく、80cm列車砲の観測へと向かったタクヤに牙を剥いたという。

 

 それにしても、とっくの昔に廃れた兵器を運用しているとはな。だが、もし列車砲がタンプル搭への攻撃に投入されていたらこの要塞もブレスト要塞の二の舞となっていただろう。

 

 ちらりと格納庫の方を見てみると、虎の子のPAK-FAやF-22も出撃準備に入っているようだった。敵がステルス機を大量に投入してきたため、こちらもステルス機を投入して迎撃するのだろう。俺たちもステルス機に乗り換えるように言われたが、アーサー隊の隊員たちが最も乗り慣れている機体はこもユーロファイター・タイフーンだ。練度に差があるのだから、乗り慣れている機体で出撃した方がいいだろう。

 

『アーサー隊、離陸を許可します』

 

「了解、出撃する」

 

 機体を加速させる前にもう一度ちらりと隔壁の方を確認してみるが、やっぱりもう既に退避してしまったらしく、ツナギに身を包んだアンジェラは見当たらなかった。

 

 少しばかり残念だったけど、今回はウインクしてもらえた。キャノピーの向こうでウインクする彼女を思い出してニヤリと笑ってしまった俺は、アーサー2に「ニヤニヤしてるでしょ?」と言われる前に、さっさと飛び立つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜空の真っ只中で、無数の爆炎が煌いた。真っ白な煙を夜空に刻み付けながら飛翔したミサイルが生み出した爆炎の中から降ってくるのは、そのミサイルの破片たち。運よく獲物を仕留めることができたミサイルの爆炎から落下してくるのは、その”仕留められた獲物”の残骸。

 

 機首や主翼の一部が炎を纏いながら落下してきて、灰色の砂で覆われた大地に突き立てられていく。

 

 航空機同士のぶつかり合いだ。第二次世界大戦の頃までは空戦の主役は機銃や機関砲だったんだけど、今では空戦の主役までミサイルになってしまっている。敵機をロックオンして発射すれば、フレアで邪魔されない限りは高確率で命中する。パイロットがわざわざ照準を合わせて発射しなければならない機関砲の砲弾よりもずっと”賢い”兵器なのだ。

 

 それゆえに、現代の戦いの主役はミサイルという事になっている。

 

 夜空の中で死闘を繰り広げる航空隊の中には、きっとアーサー隊もいる筈だ。そう思いながら善戦するユーロファイター・タイフーンの編隊を探そうと思ったけれど、岩に刺さったエクスカリバーのエンブレムが描かれた漆黒のユーロファイター・タイフーンを見つけるよりも先に、タンプル搭指令室からの報告が届く。

 

『タンプル砲、要塞砲、砲撃開始。着弾までおよそ180秒』

 

「了解(ダー)。…………よし。パンジャンドラム隊、突撃用意」

 

 傍らで待機している無数の鋼鉄の車輪たちの方を振り向きながら命令を発する。

 

 まず砲撃で敵の地上部隊に損害を与えてから、このパンジャンドラムの群れを突撃させるのだ。爆薬をこれでもかというほど搭載しているため、戦車に命中すればほぼ確実に擱座させられるほどの破壊力がある。装甲車に命中したのならば間違いなく木っ端微塵だろう。さすがに砲撃されればその場で爆発してしまうが、突進してくるパンジャンドラムたちを全て食い止めることはできない筈だ。

 

 その後に、ついに強襲殲滅兵(俺たち)が牙を剥く。

 

 砲撃とパンジャンドラムの猛攻で損害を被った敵が体勢を立て直すよりも先に肉薄して、敵部隊に大損害を与えるのだ。

 

 強襲殲滅兵は、基本的に重装備だ。”原型”はドイツが第一次世界大戦で投入した突撃歩兵だけど、テンプル騎士団の強襲殲滅兵は対戦車戦闘も想定しているため、中にはロケットランチャーであるRPG-7を背負っている兵士たちもいる。俺も今回はいつものOSV-96ではなく、RPG-7を背中に背負っているし、腰のホルダーには対戦車手榴弾を5つほどぶら下げている。

 

 本当はイリナも強襲殲滅兵に配属させようと思ったんだけど、今回は止めておくことにした。

 

 今回の突入前には、タンプル砲の砲弾が着弾するからである。

 

 どうやらタンプル砲を発射する際の爆発は全く経験したことがなかったらしく、始めてタンプル砲を実戦投入した際には、中央指令室の中で”幸せすぎて”気絶していたのだ。

 

 はっきり言うと、発射時の爆発よりも砲弾が着弾した時の爆発の方が凄まじい。しかも今回の砲弾は爆発がより強力なMOAB弾頭である。そんな代物が着弾して起爆したら、イリナがまた幸せすぎて気を失ってしまうのは想像に難くない。

 

 さすがに突撃前に気絶されるとかなり困るので、彼女はナタリアと一緒にチョールヌイ・オリョールに乗ってもらうことにした。けれども戦車の中にあるモニターでもその爆発は見えるかもしれないから、もしかしたら戦車の座席の上で気を失ってしまうかもしれない。

 

 タンプル砲の問題点は、設備が損傷するほど衝撃波が強烈ということと、イリナがほぼ確実に気絶する事だな…………。

 

「タクヤ、パンジャンドラムの準備は完了です」

 

「ああ、分かった」

 

 隣へとやってきたステラが、Kord重機関銃を肩に担ぎながら報告する。

 

 彼女が身につけているのは強襲殲滅兵用の防護服で、がっちりしたヘルメットをかぶっている。もちろん彼女に角はないので俺のヘルメットとは違って角を出しておくための穴は開いていない。マスタードガスから身を守るために、彼女もガスマスクを身につけている。

 

 ステラも強襲殲滅兵の一員だ。12歳くらいの幼女が戦車のハッチなどに搭載されている筈のKord重機関銃を担いでいるせいなのか、強襲殲滅兵の中でも特に目立っていた。中には彼女を凝視したまま「え、あんな小さい子も参加するの!?」と言いながら驚いている団員もいる。

 

 確かにステラは小さいけれど、俺たちのパーティーの中では最年長なのだ。12歳くらいの女の子にしか見えないけれど、もう37歳らしい。ただ、サキュバスの基準ではまだ小さい子供だという。

 

 つまり、ステラはサキュバスの基準でも幼女というわけか。

 

 ちなみにステラのメインアームは、使用する弾薬を12.7mm弾から14.5mm弾に変更したKord重機関銃だ。14.5mmは、かつてはソ連製の対戦車ライフルの弾薬に使用されていた大口径の弾丸であり、そいつの戦車部隊に大損害を与える戦果をあげている。彼女の重機関銃は、それを連射できるというわけだ。

 

 サイドアームはテンプル騎士団で正式採用しているPL-14。強襲殲滅兵たちのサイドアームでもあるんだけど、強襲殲滅兵用のPL-14はちょっとばかりカスタマイズされている。

 

 まず、フルオート射撃ができるように改造されている。こうすれば接近戦での攻撃力を更に底上げすることができるというわけだ。マガジンも26発入りのロングマガジンに換装し、フルオート射撃する時のためにストックも用意してある。

 

 ストックはベークライト製で、グリップの下部に装着する。しかもそのストックはホルスターとしても使うことができるのだ。

 

 余談だけど、ソ連で開発された『スチェッキン』というマシンピストルも、同じようにホルスターを装着してストックにすることができた。

 

『着弾まで30秒』

 

「衝撃に備えろ! MOAB弾頭が着弾するぞ!」

 

 双眼鏡を覗き込み、進撃してくる敵の戦車部隊を確認する。

 

 灰色の砂漠にキャタピラの跡を刻み付けながら進撃してくるのは、ブレスト要塞の戦車部隊を蹂躙した近代化改修型のマウス部隊。アクティブ防御システムを装備しているため、ロケットランチャーや対戦車ミサイルで撃破するのは至難の業だろう。もし仮に命中したとしても、あの分厚い装甲を貫通するのは難しい。

 

 そのマウスたちを護衛するのは無数のレオパルト2たち。砲塔の上に吸血鬼の歩兵を乗せた戦車たちの後方を、M2ブラッドレーやM1128ストライカーMGSの群れが進撃してくる。

 

 タンプル搭を総攻撃するために、全ての戦力を投入したのだろう。

 

 このまま砲撃戦が始まれば、こっちも損害を被るかもしれない。

 

 だが――――――――”このまま”戦いが始まるのは、ありえない。

 

『10、9、8、7、6、5、4、3、2、1―――――――』

 

 ――――――――こっちには、あと2回分の切り札が残っているのだから。

 

『弾着、今!』

 

 オペレーターがそう告げた次の瞬間、灰色の砂漠が真っ赤に染まった。

 

 ドン、と砲弾が爆発する音が聞こえたかと思うと、産声を上げた爆炎が敵の戦車部隊をあっさりと飲み込んだ。砲塔の上に乗っていた吸血鬼の歩兵の身体が瞬く間に燃え上がったかと思うと、身体が再生するよりも先に完全に焼き尽くされて消滅し、乗っていた戦車もろとも消え去っていく。

 

 灼熱の衝撃波が主砲の砲身をへし折り、吹っ飛んだ太い砲身が後続の装甲車に突き刺さる。M2ブラッドレーの車体が後方に傾いたかと思うと、車体の前方が浮き、そのままぐるぐると縦に回転しながら後方へと吹っ飛ばされていく。

 

 反射的に双眼鏡から目を離し、左手で頭を守りながら爆炎を見つめる。あんな大爆発が起こっているのだから轟音が聞こえてくるはずなのに、砲弾が起爆した轟音は全く聞こえない。全ての音が消失した空間で敵が焼き尽くされていく光景を目の当たりにしているかのように、爆発する音や焼かれていく敵兵の断末魔は全く聞こえなかった。

 

 200cm砲のMOAB弾頭の破壊力は、圧倒的としか言いようがなかった。着弾した位置からかなり離れているにもかかわらず、こっちまで吹っ飛ばされてしまうのではないかと思ってしまうほど強烈な衝撃波の残滓。その衝撃波の残滓が消え失せるよりも先に、追撃が着弾する。

 

 今度は、立て続けに6つの爆発が産声を上げた。真っ先に着弾したタンプル砲のMOAB弾頭と比べると爆発はかなり小さかったが、着弾した場所の近くを走行していたM1128ストライカーMGSの車体の右側を捥ぎ取った挙句、半分だけになってしまった車体を軽々と吹っ飛ばしてしまうほどの衝撃波が、またしても敵部隊に牙を剥く。

 

 あれはタンプル搭の36cm要塞砲の砲撃だろう。口径ならば日本海軍の金剛級や扶桑級の主砲と同等だが、あれはあくまでも主砲ではなく”副砲”だ。

 

 キーン、という音が聞こえてきたかと思うと、段々と聞き慣れた音が鼓膜へと流れ込んでくる。轟音と衝撃波の残滓を浴びる羽目になった兵士たちの呻き声が聞こえてくるようになった頃には、敵の戦車部隊を覆っていた爆炎も消え始めていた。

 

 もう一度双眼鏡を覗き込み、敵部隊が被った損害を確認する。

 

 MOAB弾頭の砲撃をお見舞いされる羽目になった戦車たちは、衝撃波で抉られた大地の上で黒焦げになっていた。分厚い装甲は強引に引き剥がされており、巨大な主砲の砲身はあっさりとへし折られてしまっている。中には猛烈な衝撃波でひっくり返された車両もあるらしく、キャタピラやタイヤを天空へと向けたまま全く動かない。

 

 あの爆炎で再生するよりも先に完全に焼き尽くされてしまったらしく、歩兵の姿は見当たらなかった。

 

 吸血鬼たちの地上部隊は大損害としか言いようがないほどの損害を被る羽目になったものの、壊滅したわけではなかった。まだ健在な車両は残っているものの、あの爆風を浴びる羽目になった装甲が黒焦げになっているのは当たり前で、中には主砲の砲身がひしゃげたり曲がっている戦車も見受けられる。

 

 運が良ければ、あの砲撃でアクティブ防御システムが故障しているかもしれない。

 

「同志、パンジャンドラムの射程距離内です」

 

「よし――――――――パンジャンドラム、出撃!」

 

 防護服の中からスイッチを取り出し、兵士たちがパンジャンドラムから離れたのを確認してからスイッチを押す。

 

 巨大な鋼鉄の車輪に搭載されたロケットモーターが起動し、一斉に火を噴き始める。やがてロケットモーターの推力が巨躯を動かし始めたかと思うと、鋼鉄の車輪の群れがどんどん加速し始め、少しばかりぐらつきながら吸血鬼たちへと向かって全力疾走を始めた。

 

 敵部隊は損害を被ってからまだ体勢を立て直せていないらしい。指揮官が戦死したのだろうか。

 

 やがて、健在だったレオパルト2が砲塔を旋回させ、パンジャンドラムを迎撃し始めた。主砲同軸の機銃が立て続けに火を噴くが、いくら兵士を瞬く間にミンチにしてしまう7.62mm弾のフルオート射撃でも、鋼鉄の塊であるパンジャンドラムはそう簡単に止まらない。

 

 そのレオパルトが主砲を放ち、パンジャンドラムを1つ破壊する。戦車の装甲を貫通できるほど強力なAPFSDSが直撃する羽目になったパンジャンドラムの巨躯が一瞬だけ着弾の衝撃で浮いたかと思うと、そのまま左へと逸れ、隣を激走していたパンジャンドラムに激突して一緒に爆発する羽目になったが、それ以外のパンジャンドラムはその爆炎を置き去りにし、すでに戦車部隊に牙を剥いていた。

 

 生き残っていた歩兵たちを踏みつぶして砂まみれのミンチにし、ひっくり返っていたM2ブラッドレーを押し潰す。横になってしまったパンジャンドラムが起爆して、内部に搭載されている水銀と一緒に爆炎をぶちまけて兵士たちをバラバラにしてしまう。

 

 マウスの残骸の隣を掠めてレオパルトに肉薄したパンジャンドラムが爆炎と化し、レオパルトをあっという間に飲み込んだ。黒煙の中から炎が産声を上げたかと思うと、砲塔の上から火達磨になった車長と思われる吸血鬼が躍り出て、絶叫を発しながら砂の上を転がり始める。

 

 何基かは狙いが外れて砂漠の向こうへと転がっていってしまったものの、体勢を立て直せていなかった敵は更に損害を被る羽目になった。

 

 もう既に安全装置(セーフティ)が解除されているAK-12を構え、整列している強襲殲滅兵たちを見渡す。彼らももう既に安全装置(セーフティ)を解除しているらしく、マスタードガスから身を守るためのガスマスクを装備して突撃の準備をしていた。

 

 そういえば、敵の砲撃の前に突撃が始まっちまうな。防護服とガスマスクは要らなかったかもしれない。

 

 そう思いながら溜息をついた俺は、念のためにマスクをかぶったまま命令を下すのだった。

 

「―――――――強襲殲滅兵、突撃ぃッ!!」

 

 

 

 

 


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