異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
もしこの任務が無事に終わっていれば――――――――この滑走路には2機のステルス機が降り立つはずだった。
アドミラル・クズネツォフ級のスキージャンプ甲板を思わせるタンプル搭の地下の滑走路へ降り立ったPAK-FAのキャノピーから、誘導灯の明かりで照らされた長大な滑走路の向こうを見つめる。2機のステルス機が降り立っていれば、今頃指令室の中では歓声が上がっていただろう。無線機の向こうからその歓声が聞こえてきてもおかしくはない筈だ。
けれども、無線機の向こうから聞こえてきたのは、管制室で出迎えてくれる団員たちの淡々とした声だった。もちろん、全く歓声は聞こえない。
『ラ・ピュセル1、お疲れさまでした』
「ああ…………」
返事をしつつ、格納庫へと誘導してくれるエルフの兵士の後をゆっくりとついて行く。轟音を響かせながら開いた分厚い扉の向こうは格納庫になっていて、タンプル搭の航空隊のために用意された戦闘機や攻撃機が、これでもかというほど並んでいた。大半はSu-27やSu-35が占めているが、中にはPAK-FAや、一緒に採用されることになったアメリカのF-22も並んでいる。
PAK-FAを格納庫の中へと進ませ、元の場所に戻してからキャノピーを開ける。エンジンの轟音が一気に強くなったかと思うと、コクピットの中よりも少しばかり冷たい空気が流れ込んできた。整備兵がやってくるよりも先にコクピットから飛び降り、身につけていたHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を外して、敵機に風穴を開けられた主翼を見つめる。
もしあと数発の砲弾が主翼を直撃していたら、風穴が開くどころか、片方の主翼が捥ぎ取られていた事だろう。今度からは被弾しないような飛び方をしなければならないだろうなと思っていると、たんっ、と後ろの方で小柄な少女がコクピットから飛び降りた音が聞こえてきた。
「タクヤ」
「おう、ステラ」
「お疲れさまでした」
「ああ…………ステラこそ、お疲れ様」
無茶な飛び方をしている最中もひたすらセンサーで観測を続けてくれたのは、ステラだ。5機のステルス機を撃墜してエースになった俺よりも、”大物”の観測を続けて列車砲の撃破に貢献したステラの方が、立派な戦果だと思う。
おかげで敵の”切り札”の1つを台無しにすることができたのだから。
ヘルメットと酸素マスクを外した小柄な少女の頭の上に手を置いてから優しく撫でると、彼女は嬉しそうな顔をしながらこっちの顔を見上げてきた。
お前のおかげだよ、ステラ。
それに、彼らも大きな戦果をあげた。
タンプル搭の攻撃に投入される筈だった敵の超重戦車を発見し、観測して撃破に貢献したのだ。もしユージーンとエドワードが生還してくれたのならば、勲章を贈りたいところである。
けれども、格納庫の中に彼らが乗っていた機体はない。
「…………」
砲撃目標を観測する任務から戻ってきたのは、俺たちのPAK-FAだけだった。ラーテからの攻撃を回避しつつ観測を続けていたユージーンたちは、タンプル砲の徹甲弾をラーテに叩き込むことができるほどの観測データを送信し、更に砲弾を誘導してラーテを撃破してくれたが――――――――あの超重戦車と相打ちになった。
彼らを掩護するためにラーテの周囲へと向かった頃には、もう既に徹甲弾が直撃したラーテからは火柱が吹き上がり、内部の砲弾の誘爆が続いている状態だった。護衛していた戦闘機たちも見当たらなかったため機関砲を敵にぶち込む必要はなかったが――――――――仕留めた獲物を大空から見下ろしている筈の味方のステルス機が、灰色の大地の上で残骸と化していたのである。
何度も「ラ・ピュセル2、応答せよ」と言い続けたが、彼らの返事は全く聞こえなかった。
すでに、2人の遺体を回収するためにヘリが派遣されている。ラーテが撃破されていた場所はブレスト要塞からやや離れた位置にあるため、敵の戦闘機に襲われる心配はないだろう。
出撃する前には彼らの乗っていたPAK-FAが鎮座していた場所を見つめながら、唇を噛み締める。
―――――――立派だよ、お前たちは。
敵の対空砲火をひたすら回避し続け、タンプル砲を叩き込むために観測を続けてくれたのだから。
ユージーンとエドワードは、ヴリシアの戦いにも参加したベテランのパイロットだった。あの時は戦闘ヘリのパイロットだったけど、タンプル搭で本格的に戦闘機の運用が始まってからは戦闘機のパイロットとなり、あらゆる任務で複座型の機体に乗り込み、偵察や味方の航空隊の指揮を執っていた優秀なパイロットたちだった。
彼らにとって、この春季攻勢は吸血鬼に殺された肉親や家族の仇を討つチャンスだったのだ。
あの2人と別行動をせずに、一緒に観測を行っていたらあの2人は戦死せずに済んだかもしれない。索敵する範囲を広げるためとはいえ、たった1機でこれでもかというほど対空兵器が搭載された敵の超重戦車の上空で観測させるのではなく、一旦俺と合流させていれば、あの2人は無事に生還できたに違いない。
「…………タクヤ」
唇を噛み締めたままあの2人が乗っていた機体が鎮座していた場所を見つめていると、ステラが小さな手で俺の手を優しく握ってくれた。
「絶対に勝ちましょう。彼らや戦死した仲間たちを弔うために」
「ステラ…………」
背伸びをしながら、もう片方の小さな手を俺の顔へと伸ばすステラ。小さな手でいつの間にか零れ落ちていた涙を拭い去ってくれた彼女は、微笑みながら言った。
「ですから、泣くのは墓標の前にしましょう」
「…………そうだな」
そういえばステラは俺たちのパーティーの中で最年長だったな。一番幼い姿をしているけれど、彼女の年齢は37歳なのだ。サキュバスたちの寿命は非常に長いため、サキュバスの基準ならばステラはまだ”子供”だけど、性格が最も大人びているのは彼女だ。
確かに、泣くのは墓標の前にしよう。
この戦いに勝利してから花束とちょっとしたお供え物を持って行って、墓前にそれを置いてから泣けばいい。俺はテンプル騎士団の団長なのだから、戦いの最中に泣くわけにはいかない。
「ありがとう、ステラ」
「どういたしまして」
もう一度彼女の頭を撫でてから、ステラと一緒に踵を返す。
早くもポッドを取り外すために作業を始めたドワーフの整備兵に「すまん、頼んだ」と言ってから、俺たちは格納庫を後にするのだった。
水筒の中に入っていた血を全て飲み干し、青空を睨みつける。
”カイザー・レリエル砲”を一撃で消滅させたあの猛烈な爆風から辛うじて生還することができたものの、俺たちはよりにもよってタンプル搭攻撃の直前に、大きな損害を被る羽目になってしまった。
シャルンホルスト級戦艦の主砲を改造した代物を搭載するラーテと、タンプル搭攻撃の切り札と言っても過言ではない80cm列車砲の2つを、敵の本拠地攻撃の前に失ってしまったのである。しかもそれを操作していた乗組員たちも、攻撃を受けた列車砲やラーテと同じ運命を辿る羽目になってしまった。
辛うじて橋頭保となったブレスト要塞や虎の子の突撃歩兵に損害はないものの、6機のステルス機と2機のラファールを撃墜された挙句、切り札を失ってしまったのである。敵の防衛線を突撃歩兵が突破している隙に列車砲やラーテでタンプル搭を砲撃する作戦だったのだが、切り札がなくなってしまった以上は残った戦力でタンプル搭を攻撃するしかない。
辛うじて母上が率いる艦隊は敵艦隊に大損害を与え続けているらしく、もう既に敵の超弩級戦艦を1隻轟沈させたという。そのまま敵艦隊を殲滅して河を上ってくれれば、味方の艦隊に失った列車砲やラーテたちの”代役”をさせるかもしれない。
しかし、未だに制空権を確保できていないため、地上部隊や艦隊に敵の航空部隊が襲い掛かる可能性は高いだろう。予定通りならばもう既に制空権を確保し、空爆で敵の地上部隊を次々に血祭りにあげる予定だったのだが、制空権を確保するどころか航空部隊に大きな損害を出し続けている状態だった。
ブレスト要塞を攻撃する際にもA-10を何機も撃墜された。更に、ナガトが操縦するたった1機のPAK-FAに5機も虎の子のステルス機が撃墜されているのである。
ブレスト要塞の滑走路を修復できたおかげで、航空部隊をすぐにタンプル搭の周辺へと派遣することができるようになったものの、今までのように航空隊を出撃させれば損害を出し続ける羽目になるだろう。だからと言って制空権の確保を諦めれば、また我々は同じ轍を踏むことになる。
「少尉、我々と敵の戦力差は?」
「はい、ブラド様…………敵の戦力は、我々の7倍かと思われます」
「7倍か…………」
ヴリシアの時の連合軍の戦力は、我々の20倍だったのだ。あの時と比べればまだ敵の規模は小さいものの、練度の差はあの時よりも明らかに縮められている。
とはいえ、虎の子の突撃歩兵にはほとんど損害が出ていない。ブレスト要塞の防衛線を突破した時のように浸透戦術を駆使して攻め込めば、タンプル搭の防衛線も突破できる筈だ。
テンプル騎士団の残存戦力はすでに各地の前哨基地や重要拠点から兵力をかき集め、タンプル搭の付近で最終防衛ラインを構築しているという。しかも偵察部隊の報告では、こちらの戦車部隊を蹂躙した敵の超重戦車も全て投入するつもりらしく、タンプル搭の付近に構築された最終防衛ラインに巨大な戦車の群れが終結しているらしい。
さすがに突撃歩兵にも甚大な被害が出るだろう。今度は俺も突撃歩兵たちと共に最前線で戦う必要がありそうだ。
戦力差は7体1だが、浸透戦術が成功すれば敵の防衛線は突破できる。そのまま敵の要塞に侵入して司令部を殲滅すれば、練度が上がっているとはいえまだ錬度の低いテンプル騎士団の兵士たちも降伏するだろう。仮に降伏しなかったとしても、司令部や団長のナガトを失えば烏合の衆だ。それに転生者であるナガトが死ねば、彼の能力で生産された武器や兵器はすべて消失する。あっという間に敵部隊は弱体化するというわけだ。
切り札を失ったせいで難易度が上がってしまったが、ナガトさえ倒すことができれば我々の勝利である。
「…………ブラド様、緊急事態です」
「なんだ?」
空になった水筒を腰に下げてから、コルトM1911A1の点検を始めるためにホルスターから得物を引き抜くと同時に、近くにいた吸血鬼の兵士が顔をしかめながら報告する。
「―――――――その………たった今、モリガン・カンパニーが我々に宣戦布告した模様です」
「…………は?」
なんだと…………?
自分の息子を救うために、あの魔王はモリガン・カンパニーを動かすつもりだとでも言うのか?
ヴリシアで惨敗した時の事を思い出した瞬間、俺は凍り付いてしまう。モリガン・カンパニーは世界規模の超巨大企業だ。転生者が率いている三大勢力の中では最も規模が大きな組織であり、世界中に支社や拠点を保有している。モリガン・カンパニーが保有している戦力の規模は全盛期のソ連軍を上回るほどらしく、全ての兵力を投入されれば、我々は手も足も出ない。
ヴリシアの時の戦力差は20体1だったが、あの時は20体1で”済んだ”のだ。あの時の戦力差は大き過ぎたが、ヴリシアの戦いの際の彼らの戦力は氷山の一角なのである。
しかもあの戦いの後に、三大勢力は更に軍拡を進めている。モリガン・カンパニーや殲虎公司が攻め込んで来たら、今度は20体1では済まないのは火を見るよりも明らかだった。下手をすれば100対1や200対1になるかもしれない。
「バカな…………! モリガン・カンパニーに春季攻勢の情報が漏れたのか!?」
「い、いえ、宣戦布告の理由が…………我々が無関係なオルトバルカ王国の国民を乗せた豪華客船を撃沈したからだそうです」
「豪華客船…………!? ちょっと待て。俺は敵の輸送船だけを攻撃しろと命令した筈だ。まさか、豪華客船まで撃沈したのか!?」
「分かりませんが、潜水艦部隊が豪華客船を輸送船と誤認した可能性はあります」
「…………なんてことだ」
この春季攻勢(カイザーシュラハト)は、三大勢力の中でまだ最も規模の小さいテンプル騎士団に狙いを絞ったからこそ、まだ勝ち目のある戦いだったのだ。まだ錬度が低いテンプル騎士団を一気に襲撃して短期間で撃滅しなければならなかったというのに、潜水艦部隊の連中が豪華客船を輸送船と”誤認して”撃沈したせいで、俺たちはこの異世界で最も強大な怪物の逆鱗に触れてしまったのである。
モリガン・カンパニーが宣戦布告するという事は、第一次転生者戦争の勃発前から彼らと同盟関係にある殲虎公司(ジェンフーコンスー)の連中も参戦する事だろう。彼らの戦力はモリガン・カンパニーほどではないものの、兵士の錬度は三大勢力の中では最も高い上に、核兵器を運用できる技術者がいるため、普通の転生者では決して運用できない原子力空母や核弾頭を自由に投入できるという強みがある勢力だ。
しかもモリガン・カンパニーと同盟関係にあるのだから、モリガン・カンパニーにもその核兵器を提供している可能性がある。
全盛期のソ連軍を上回る規模の武装勢力が核兵器を保有すれば、どんなにレベルの高い転生者でも決して歯向かえない。
「…………殲虎公司(ジェンフーコンスー)の連中は?」
「はい、モリガン・カンパニーと共に宣戦布告をしました。すでに彼らの軍港からは、無数の駆逐艦や空母が出撃したとのことです」
「…………戦力差はどうなると思う?」
「分かりませんが、我らの戦力では絶対に勝てないのは明らかです」
絶対に勝てない相手の、逆鱗に触れてしまった。
今すぐ撤退するべきかもしれない。モリガン・カンパニーの兵士たちは全く容赦がないため、降伏している兵士たちや負傷兵たちでも躊躇なく射殺するという。テンプル騎士団では何名も捕虜を受け入れているらしいが、モリガン・カンパニーと殲虎公司(ジェンフーコンスー)は全く捕虜を受け入れない。敵兵を皆殺しにするのが当たり前なのだ。
それゆえに、第一次転生者戦争で彼らと戦う羽目になった転生者たちは、1人も捕虜がいなかった。守備隊の人数と戦死者の人数が同じだったのである。
「…………ディレントリアに残った部隊を動かせるか?」
「ブラド様、まだ戦うおつもりなのですか…………!?」
報告してくれた吸血鬼の兵士が、目を見開きながらそう言う。確かに絶対に勝ち目がない敵が宣戦布告し、こちらに大規模な艦隊を派遣しているというのにまだテンプル騎士団に攻撃を仕掛けようとするのは正気の沙汰ではないだろう。
下手をすれば敵部隊に包囲される羽目になる。しかも、捕虜を決して受け入れない冷酷な敵兵の群れに。
今すぐに撤退すれば、辛うじて包囲される前にディレントリアまで逃げることができる筈だ。
だが――――――――すぐ近くに、天秤の鍵があるのだ。
父上を復活させられるチャンスなのである。鍵を奪うことさえできれば父であるレリエル・クロフォードが復活し、再び人類を蹂躙することができるようになる。
ここで撤退してしまったら、テンプル騎士団の連中に先を越されてしまうだろう。それゆえに、撤退することはできない。このまま進軍してタンプル搭を陥落させ、何としても天秤の鍵を手に入れなければならないのだ。
「ディレントリアに残った戦力も今日中にかき集めろ。明日の夜に、タンプル搭を襲撃する」
「…………かしこまりました、ブラド様」
下手をすれば、モリガン・カンパニーの連中に包囲されて皆殺しにされるだろう。
冷や汗を拭い去った吸血鬼の兵士は俺に敬礼をしてから、ディレントリアの部隊に命令をするために、仮設の司令部から飛び出していった。
オルトバルカ王国にあるドルレアン領は、大国であるオルトバルカ王国の南方にあるドルレアン家の領土である。他の領主が治める領地とは違って奴隷制度の廃止を目指しており、エイナ・ドルレアンの内部では奴隷の売買は全て違法という事になっている。
そのため、エイナ・ドルレアンはオルトバルカ王国の中で唯一の『奴隷のいない街』となっていた。
領主であるカレン・ディーア・レ・ドルレアンと、彼女を支援するモリガン・カンパニーのリキヤ・ハヤカワの手によって、奴隷制度の廃止が進められている。更に失業者をリキヤが積極的に雇用しているため、失業者の数も非常に少ない裕福な街である。
そのエイナ・ドルレアンの周囲に建造された巨大な防壁の外に、フェンスに囲まれた巨大な飛行場が鎮座していた。産業革命が勃発したことで工業が発展したとはいえ、まだ産業革命が起こったばかりのイギリスを思わせる街のすぐ外に、航空機が飛び立つための飛行場が居座っているのはミスマッチとしか言いようがないだろう。
その空港を建設したのは、モリガン・カンパニーである。
広大な滑走路には巨大な輸送機がずらりと何機も並んでおり、戦車を積み込めそうなほど巨大な格納庫へと迷彩服を身に纏った兵士たちがせっせと物資を積み込んでいく。ホワイトとグレーの迷彩模様の軍服に身を包んだ兵士たちの頭からは長い耳が伸びており、筋肉のついた強靭な身体はやや浅黒い。
重機関銃用の弾薬がぎっしりと入った箱をたった1人で運んでいく兵士たちは、ハーフエルフの兵士たちであった。あらゆる種族の中で最も奴隷にされることの多いハーフエルフやオークたちは、キメラや吸血鬼を除いた人類の中では最も強靭な肉体を持つ種族であるため、重い荷物を1人で持つのは朝飯前なのだ。しかもヴリシアでの戦いでは、5.56mm弾が被弾したにもかかわらず、そのままスコップを構えて敵の塹壕へと突っ込んで行ったという。
彼らの軍服の肩に描かれているのは、燃え上がる拳が鎖を粉砕するエンブレムだった。
奴隷だったハーフエルフやオークのみで構成された、モリガン・カンパニーの『ハーレム・ヘルファイターズ』のエンブレムである。
「よーし、その箱は中でいい。戦車も積んでいくんだから脇に置いとけよー」
「へーい」
ファイルを確認しながら兵士たちに指示を出しているのは、左目に眼帯を装着した傷だらけのハーフエルフの男性であった。迷彩服に身を包んでいるものの、兵士というよりは盗賊団の団長やギャングのボスのような姿の大男である。
彼の名は”ギュンター・ドルレアン”。テンプル騎士団に所属するカノンの父親であり、このドルレアン領を治めるカレンの夫である。
モリガンの傭兵の1人でもあり、ヴリシアの戦いではハーレム・ヘルファイターズの隊長として敵の塹壕をいくつも壊滅させる戦果をあげた兵士だ。
元々奴隷であったため、幼少の頃に教育を受けることができなかったせいで、数年前までは読み書きや計算が全くできなかった。しかし、カレンやモリガンのメンバーたちに勉強を教えてもらったおかげで、今ならば読み書きや簡単な計算ならばできるようになっている。
とはいえ読めない単語もまだあるらしく、時折妻であるカレンにこっそりと「何て読むんだ?」と尋ねることがあるという。
ちなみに、彼のように読み書きができないまま成人になる人は多い。この世界では義務教育がないため、基本的に子供たちは両親から勉強を教わるのだ。そのため奴隷だった子供や貧しい子供たちは教育を受けることができないまま成人になってしまう。
「ええと、戦車の数は40両で…………あ、ダメだ。これ読めねえ…………。おーい、カレン! これ何て読むんだ!?」
ファイルを持ったまま手を振りながら、輸送機の傍らで兵士と話をしていた妻を呼ぶギュンター。彼の大きな声が滑走路に響き渡った瞬間、積み込んだ弾薬や予備の武器を数えていたカレンは、頭を抱えながら溜息をついた。
「それこの前教えたでしょー!? ”注意事項”って読むのー!!」
「あ、思い出した! ありがとー!!」
それなりに大きな字で書かれていた文字を、鍛え上げた視力であっさりと読んでしまうカレン。大きな声で礼を言う夫が作業を再開したのを確認したカレンは、もう一度溜息をついた。
これからハーレム・ヘルファイターズとドルレアン家の私兵たちを率いてカルガニスタンへと向かうというのに、夫は普段と全く変わっていない。苦笑いしていた傍らの兵士に「ごめんなさいね」と謝ってから、カレンはFA-MASが治められた箱の蓋を閉じ、輸送機の中へと詰め込んだ。
カルガニスタンへと派遣されるのは、モリガン・カンパニーに所属するハーレム・ヘルファイターズと、モリガン・カンパニーの兵士たちから訓練を受けたドルレアン家の私兵たちである。
オルトバルカ人たちを乗せたグランバルカ号を撃沈した吸血鬼たちに報復するために、モリガン・カンパニーの兵士たちや殲虎公司の兵士たちと共に、カルガニスタンへと向かうのだ。その大部隊を指揮するのは、この世界で最強の転生者と言われている”魔王(リキヤ)”である。しかもモリガンの傭兵たちが全員戦闘に参加するため、兵士たちの指揮は第一次転生者戦争や第二次転生者戦争とは比べ物にならないほど高くなっていた。
(それにしても、実戦は久しぶりね)
汗を拭い去ったカレンは、紺色の空を見上げた。カルガニスタンではもう既に夜が明けているが、オルトバルカ王国のドルレアン領では、まだ朝の4時である。
彼女が実戦に参加するのは、半年前の魔物の掃討作戦依頼であった。
吸血鬼たちと戦っている愛娘の事を考えながら、カレンは拳を握り締めた。
カノンはカレンやギュンターから才能を受け継いだ子供である。タクヤやラウラたちと一緒に旅をしたおかげで、成長しているに違いない。
最前線で戦っている愛娘と再会するのを楽しみにしながら、彼女は足元にある弾薬の箱を拾い上げ、傍らの兵士へと渡すのだった。