異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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フレアと熱風の果てに

 

 灰色のYF-23が、足掻く。

 

 唐突に機体を急旋回させつつ、逆に高度を落としていく。そのまま墜落するつもりなのかと思ってしまうほど無茶な急降下をした後に、接近してくる4発の中距離型空対空ミサイルを振り切るために、今度は再び急上昇。大地を覆っている灰色の砂を衝撃波で抉りながら舞い上がったYF-23が、エンジンノズルから炎を吐き出しながら天空へと舞い上がっていく。

 

 しかし、まだミサイルはYF-23を追いかけ回していた。4発のミサイルも青空を白煙で切り裂きながら、急上昇していく。

 

 すると、追われていたYF-23が急に減速し始めた。

 

「…………?」

 

 がくん、と機首が砂漠の方を向き、今度は逆に灰色の砂漠に向かって急降下していく。いきなり方向転換したYF-23へと、真正面から容赦のない4発のミサイルが突っ込んで行く。

 

 傍から見れば、ミサイルの回避を諦めて自分からミサイルに突っ込もうとしているように見える。だが、先ほど同じような方法を使って回避した俺は、いきなりミサイルに向かって飛行し始めたブラドの戦闘機を目にした瞬間、コクピットの中で舌打ちをした。

 

 迎撃するつもりなのだ。

 

 高速で接近してくるミサイルへと機首を向けた直後、灰色のYF-23の機首に搭載された機関砲が火を噴いた。解き放たれた砲弾たちが接近してくるミサイルへと牙を剥いたかと思うと、白煙を青空に刻み付けていたミサイルのうちの1発が何の前触れもなく弾け飛び、爆炎を生み出す。

 

 その爆風を突破してくる後続のミサイルを更に1発撃墜し、機関砲の連射を止めて回避を始めるブラド。操縦桿を引いたらしく、急降下していたYF-23が残った2発のミサイルを無視するかのように高度を上げつつ加速していく。

 

 そのうちの片方はブラドのYF-23に喰らい付くことができず、エンジンノズルが吐き出す炎の残滓を突き破って大空へと舞い上がった直後に爆発した。だが、残った1発のミサイルを振り切ることはできなかったらしい。

 

 そのまま飛んでいればYF-23のエンジンノズルを掠め、先ほど爆発したミサイルの二の舞になっていた事だろう。しかしその最後のミサイルは他のミサイルよりもブラドの機体に接近していた。

 

 躱される直前に、搭載されていた近接信管がミサイルを強制的に自爆させる。

 

 爆風と破片の群れが、立て続けにYF-23に牙を剥いた。ミサイルの破片がいたるところに突き刺さり、猛烈な衝撃波がフラップを歪ませる。胴体の下部に搭載されていたウェポン・ベイのハッチの一部がぼろりと機体から落下し、灰色の砂漠へと落ちていった。

 

 キャノピーにも破片がいくつか刺さったらしく、機体のキャノピーには白い亀裂が生まれている。しかしまだパイロットと機体は無事らしく、俺たちを撃墜するために機首をこっちに向けてくる。

 

 残っているのは短距離型のミサイルが2発。それを使い果たしたら機関砲だけだ。

 

『タンプル砲、着弾まで120秒』

 

「了解!」

 

 120秒以内に決着をつけ、ここから離脱しなくては。

 

 ここへと向けて発射されるのは、タンプル砲が使用可能な砲弾の中では最も破壊力のある代物なのだから。もし仮に砲弾があの列車砲に着弾しなかったとしても、間違いなくあの列車砲は木っ端微塵になる事だろう。原形を留めていたとしても、脱線して使用不能になるのは火を見るよりも明らかだ。

 

 早く離脱しないと、こっちも爆風に巻き込まれてしまう。

 

『観測データ、現在81%』

 

「十分だな」

 

 操縦桿を倒して機首をブラドの機体に向けながら、歯を食いしばる。

 

「あいつを落としたら離脱する」

 

『了解(ダー)。…………着弾まで90秒』

 

 ウェポン・ベイを開き、敵機をロックオンし始める。

 

 ロックオンを始めた直後、コクピットの中に電子音が響き渡る。舌打ちをしながら一瞬だけレーダーを確認し、敵の生き残ったF-35Aが背後に回り込んでこっちをロックオンしたことを確認する。

 

 5機目の獲物はブラドにするつもりだ。お前をすぐに落とすつもりはない。

 

 そう思ったが、このまま直進していればミサイルを発射するよりも先に後方の敵にミサイルを発射されるだろう。回避を始めれば、ブラドに逃げられてしまう。

 

『着弾まで60秒』

 

 カーソルを睨みつけ、ロックオンを続ける。真正面から突っ込んでくるブラドの機体もこっちをロックオンしたらしく、コクピットの中の音を電子音が支配してしまう。

 

 真正面と真後ろからロックオンか。

 

 まだフレアは残っている。発射された直後にフレアをばら撒けば、ミサイルを回避することは容易いだろう。しかしブラドのやつもフレアを温存している筈だ。全く同じ手段を使って回避しようとするのは想像に難くない。

 

 多分、このミサイルで決着はつかない。

 

 決着をつける得物は―――――――九分九厘30mm機関砲だ。

 

 使い慣れた武器じゃないか。時代遅れだが、俺はミサイルを撃ち合う戦いよりもドッグファイトの方が好きなんだ。

 

『着弾まで50秒』

 

「―――――――フォックス2」

 

 発射スイッチを押し、ミサイルを解き放つ。

 

 後方を飛んでいる敵のF-35Aも、同じようにウェポン・ベイの中のミサイルを発射しやがった。しかもミサイルをかなり温存していたらしく、レーダーには一気に4発も発射されたミサイルの反応が映っている。大盤振る舞いという事なんだろうか。

 

 悪いね、こっちは2発しか残ってないんだ。

 

 ブラドに向けてミサイルを発射した直後、ブラドのYF-23も同じようにミサイルを発射。しかもこっちのミサイルを回避するために、機体から大量のフレアを放出し始める。

 

 こっちも、残ったフレアを全て射出。飛翔するPAK-FAから放出された深紅のフレアたちが、青空の中で立て続けに白煙を纏いながら煌き始める。早くも後方から接近してきたミサイルたちがふらついたかと思うと、そのまま煌くフレアへと突っ込んで行った。

 

 キャノピーの向こうで、俺が発射したミサイルも同じ運命を辿る。ぐらりと揺れたミサイルが高度を落とし、ロックオンした筈のブラドの機体ではなく、その機体から零れ落ちたフレアへと向かってしまう。ブラドのミサイルもキャノピーの向こうで高度をいきなり下げたかと思うと、ふらふらしながら俺の放出したフレアに突っ込み、そのまま砂漠へと落下していった。

 

 こっちのミサイルはもうゼロ。向こうはまだミサイルを温存しているだろうが、これほど接近すれば機銃を使うだろう。

 

 後方のF-35Aが、俺たちよりも先に機関砲を発射する。炎を纏った砲弾たちがPAK-FAの垂直尾翼やキャノピーの上を掠めていく。

 

 悪いが、後ろにいる奴は眼中に無い。

 

 俺が撃墜したいのはお前なんだよ、ブラド!

 

 後方から飛来した砲弾が右の主翼を貫く。ボギン、と風穴を開けられた主翼が金属音を発し、PAK-FAが右側にぐらりと揺れてしまう。すぐに操縦桿を握って体勢を立て直そうとしたが、ブラドはこっちが体勢を崩している隙に蜂の巣にするつもりらしく、正面から突っ込みながら機関砲を連射してくる!

 

「くそ…………!」

 

『着弾まで30秒。タクヤ、時間がありません』

 

 諦めて離脱するか?

 

 離脱すれば、上手くいけばブラドともう1機の敵機を爆風に巻き込んで撃墜することはできるだろう。タンプル搭から放たれたMOAB弾頭は、それほど強力な代物なのだから。操縦桿を横に倒して離脱しようと思ったが――――――――離脱したら1勝1敗になっちまう。

 

 それに、ラウラの手足を奪ったメイドのご主人はこいつなんだ。あのメイドの所に送ってやるべきだろう。

 

 操縦桿を右に倒しながら一気に減速。こっちに突っ込みながら機関砲を乱射するブラドに向かって、中身がなくなったウェポン・ベイを晒そうとしているかのように立ちはだかる。

 

 傍から見ればこれでもかというほど機関砲をお見舞いするチャンスに見えるが、叩き込んで撃墜した後には離脱しなければならない。当たり前だが、離脱しなければ撃墜した敵機の残骸にハグされて、そのままあの世まで一緒に行く羽目になってしまうからだ。

 

 ブラドの目の前に立ちはだかったのは、機関砲をぶち込んでも離脱が間に合わない距離だからである。あいつもトレーニングモードで戦闘機の飛ばし方や空戦の訓練を繰り返している筈だ。どれくらい距離が開いていなければ危険なのかは熟知している筈である。

 

 案の定、ブラドは機関砲の連射を止め、大人しく減速したPAK-FAの下をくぐって回避していく。キャノピーの右側を灰色の機体が通過していったのを確認しながらニヤリと笑い、そのまま操縦桿を思い切り引きながら急加速。右側へと傾きつつ、正面から突っ込んできた敵機にウェポン・ベイを晒していたPAK-FAがいきなり急旋回を始めたかと思うと、凄まじいGを纏いながら一気に後方へと機首を向けた。

 

 今のはクルビットの応用だ。機体を傾けたままクルビットを行い、その途中で急加速して機体を強引に急旋回させたのである。

 

 飛行訓練している最中に、実戦では使えないだろうなと思いながら練習しておいた飛び方である。

 

 役に立ったよ、実戦で。

 

 急加速したPAK-FAのすぐ目の前を、こっちを回避した直後のYF-23が飛んでいる。今しがた自分に向けてウェポン・ベイを晒していた筈のステルス機が急旋回し、背後に回り込んでいるとは思っていないだろう。

 

 案の定、キャノピーの中でこっちを振り向いたブラドが、ぎょっとしているのが見えた。

 

「До свидания(さらばだ)」

 

 後方を飛んでいるPAK-FAを見つめながら目を見開いているブラドに向かって、左手の中指を立てながら機関砲の発射スイッチを押した。

 

 30mm弾の群れが垂直尾翼をへし折り、主翼の後部に取り付けられているフラップを滅茶苦茶にする。1発の砲弾がエンジンノズルの中へと飛び込んだと思った直後、エンジンノズルから通常の炎ではなく火柱と黒煙が吹き上がる。その黒煙を突き破って接近した砲弾たちが立て続けにめり込み、YF-23の背中の装甲がどんどん剥がれていく。

 

 いたるところから煙を吐き出しているYF-23のキャノピーが開き、パイロットスーツに身を包んだアイロットが飛び出していく。パラシュートを開いてゆっくりと降りていくブラドに向かってニヤニヤと笑いながら手を振ってから、再び機体を急旋回させる。このまま飛んでいたらタンプル砲の砲撃に巻き込まれてしまう。

 

 これで俺もエースパイロットだな。今度から撃墜マークでも書いてみようか。

 

『着弾まで10秒』

 

 PAK-FAを加速させながら、青空を見上げた。

 

 大空に、小さな漆黒の風穴が開く。超弩級戦艦ですら命中すれば真っ二つにしてしまえるほどの破壊力を持つ巨大な砲弾が、高熱と獰猛な運動エネルギーを纏いながら大地へと落下してくる。

 

 タンプル砲から発射されたMOAB弾頭だ。

 

 後端部にある薬室から解き放たれ、他の32基の薬室の中で生れ落ちた爆風たちに押し出されることで射程距離が劇的に伸びた200cmガンランチャーの砲弾が、ついに大空を飛行するのを止めて落下を始め、大地へと牙を剥こうとしているのである。

 

 最終的に送信できた観測データは81%。敵を観測してデータを送信し、砲弾を誘導するという任務は大成功と言えるだろう。

 

 砲弾が落下していくのは、もちろん機関車を失って動くことができなくなってしまった、吸血鬼たちの80cm列車砲。機関車を破壊されたせいで動けなくなった列車砲から砲兵たちが退避していくのが見えるが、間違いなく生存者はゼロになるだろう。

 

 数秒後に、彼らは猛烈な爆風で完全に消滅する羽目になるのだから。

 

『5、4、3、2、1………弾着、今』

 

 ステラがそう告げた瞬間、青空が見えなくなった。

 

 遮られたというよりは、空が青くなくなってしまったというべきだろうか。後方で産声を上げた火柱の光が強烈すぎて、まだ朝だというのに空が真っ黒に染まる。雲たちが瞬く間に衝撃波によって引き千切られて消滅していき、吹き飛ばされた砂塵の奔流が大地を両断する。

 

 間違えて核弾頭を発射したんじゃないかと思ってしまうほど凄まじい大爆発が、カルガニスタンの砂漠を穿つ。

 

 列車砲の砲身をへし折って中心部に着弾し、そこでMOAB弾頭が起爆したせいで、列車砲は木っ端微塵になっていた。列車砲の内部で産声を上げた爆風が逃げ遅れた砲兵たちの身体を完全に消滅させ、内部に残っていた砲弾をことごとく誘爆させていく。列車砲本体どころか線路や機関車の残骸すら完全に焼き尽くした爆風が、まるで古傷のように砂漠に用意された漆黒の線路をどんどん抉りながら拡散していき、逃げていた作業員たちを焼き尽くした。

 

 そしてその衝撃波は、天空にすら牙を剥く。

 

 撃墜されたブラドの戦闘機とすれ違ってから、自分たちのリーダーを撃墜した俺たちを殺そうといていたF-35Aの尾翼が何の前触れもなく千切れ飛んだかと思うと、空にまで解き放たれた衝撃波が瞬く間にF-35Aを呑み込んだ。フラップが剥がれ落ち、主翼が瞬く間にひしゃげてしまったステルス機が高度を下げたかと思うと、地上で噴き上がった火柱が操縦不能になったステルス機を呑み込み、パイロットもろとも完全に消滅させてしまう。

 

 俺たちの機体も揺れたが、今しがた消滅したF-35Aのように爆風に呑み込まれる前に離脱することができたらしい。相変わらず主翼に風穴を開けられたせいでふらついてしまうが、今の衝撃波で損傷した様子はなかった。

 

『イリナが見たら大喜びしそうですね』

 

「今頃気絶してるんじゃないか?」

 

 始めてタンプル砲を実戦投入した時の事を思い出しながら、俺は苦笑いする。

 

 タンプル砲が発射された際の大爆発をモニターで見ていたイリナが、幸せすぎて気絶してしまったのである。その後彼女を部屋に連れて行ってからご飯(俺の血)をあげたのだ。多分、またタンプル搭の中で気絶しているに違いない。

 

『こちらタンプル搭管制室。ラ・ピュセル1、列車砲は?』

 

「こちらラ・ピュセル1。砲撃は列車砲に命中。目標は完全消滅した」

 

『さすがです、同志団長』

 

「続けてラーテを狙え。次の準備はできてるな?」

 

『はい、すぐに撃てます』

 

「分かった」

 

 念のため、俺たちも救援に向かおう。既にミサイルを全て使い果たしてしまった挙句、主翼に被弾したせいでふらついてしまうものの、ユージーンたちの負担を減らすことはできる筈だ。場合によってはラーテの対空砲を破壊して支援することもできるし、航空隊を撃墜することもできる。

 

 よし、撃墜マークを増やしてやろう。

 

 後方で火柱を吹き上げる列車砲の残骸をちらりと見てから、俺はPAK-FAを旋回させるのだった。

 

 

 

 

 

 


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