異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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今回は後半が結構グロくなってますのでご注意ください。


鮮血の廃村

 

 マズルフラッシュの向こうで、メイド服に身を包んだ少女の肉体に風穴が開いていく。銃口から立て続けに放たれる6.8mm弾が彼女の身体に突き刺さる度に、皮膚や肉が引き千切られ、運動エネルギーの激流の中で彼女の身体が揺れる。

 

 弾丸が命中するにつれてボロボロになっていく彼女の身体を、俺は無表情のまま右手のFA-MASのトリガーを引きながら眺めていた。

 

 敵が普通の人間の兵士なら、小口径の弾丸でも5発くらい撃ち込めば十分だろう。もちろん頭に銃弾を叩き込むのであれば1発で十分だ。アサルトライフル用の弾丸どころか、ハンドガン用の小さな弾丸ですら頭に1発叩き込まれるだけで、人間は呆気なく死んでしまうのだから。

 

 けれども目の前にいるのは、人間と全く変わらない姿をした少女だが、人間ではない。

 

 弱点で攻撃されない限り再生し続ける吸血鬼だ。銀の弾丸や聖水をお見舞いしない限り、身体をグチャグチャにしても十数秒で元の姿に戻ってしまう。しかも人間を遥かに上回る身体能力を持った強敵だから、大昔から人間の天敵だと言われていた。

 

 ちなみに俺が使っているFA-MASあ、本来ならばM16などと同じく5.56mm弾を使うアサルトライフルなんだけど、敵が使っているのが6.8mm弾を発射できるように改造されたXM8であるため、場合によってはマガジンごと弾薬を”拝借”できるようにマガジンなどを改造し、6.8mm弾を使用できる上にXM8のマガジンを装着できるように改造してある。

 

 だから俺の腰にあるホルダーの中には、最初に廃村へとやってきた随伴歩兵たちから頂戴したXM8のマガジンも突っ込んであった。もちろん弾薬は通常の6.8mm弾であるため、対吸血鬼用の銀の弾丸などではない。

 

 銀の弾丸をこんなにぶち込んだら――――――――死んじまうからな。このクソ野郎が。

 

「ガッ………アァッ……ギッ…………ガァァッ…………!!」

 

 至近距離で6.8mm弾のフルオート射撃を叩き込まれながら鮮血と肉片を吹き上げるメイド。猛烈な銃声の中から、彼女の呻き声が聞こえてくる。

 

 やがて、マズルフラッシュが消え失せた。エジェクション・ポートから立て続けに飛び出していた薬莢たちも飛び出さなくなり、銃声の残響と火薬の臭いだけが建物の中を支配する。窓から入り込んできた風が火薬の臭いをあっという間に吹き飛ばしたかと思うと、目の前で風穴だらけの肉片と化したメイドが発する血の臭いが、鼻孔の中へと流れ込んできた。

 

 人間だったら死んでいるんだけど、吸血鬼は死なない。

 

 ぴくりと彼女の身体が震えた直後、今しがた6.8mm弾たちが穿った風穴がいきなり塞がり始めた。瞬く間に風穴を肉と皮膚が埋め尽くし、弾丸に砕かれた骨がその肉の中で伸びていく。凄まじい速度で傷が塞がっていくメイドを見つめながら空になったマガジンを取り外し、新しいマガジンを装着してからコッキングレバーを引き終えた頃には、傷口の再生を終えたメイドが、歯を食いしばりながら俺を見上げていた。

 

「貴女………ッ!」

 

「やあ」

 

 手にしていたチェイ・タックM200から素早く手を離し、腰のホルスターの中に納まっているでっかい銃―――――――多分コルト・ウォーカーだろう――――――――を引き抜くメイド。彼女がトリガーを引くよりも先に身体を右側へと倒しつつ、尻尾を伸ばして彼女の右手へと絡みつかせる。

 

 普段の俺の尻尾は堅牢な外殻に覆われており、先端部はダガーのように鋭くなっているのだ。しかもその先端部からは超高圧の魔力が噴射できるようになっているので、相手に突き刺した後に魔力を噴射すればちょっとしたワスプナイフとして機能する。

 

 けれども今は女になっている状態なので、メスのキメラと同じ状態になっている。つまり、尻尾は外殻ではなく柔らかい鱗で覆われているため、尻尾を武器として使うことはできないのだ。

 

 けれども外殻に覆われていないおかげで、自由自在に動かすことができる。

 

「きゃっ!?」

 

 あっさりと尻尾がメイドの右手へと絡みつくと同時に、尻尾に力を入れて彼女の手にしているコルト・ウォーカーの銃口を強引に逸らさせる。コルト・ウォーカーは黒色火薬を使う旧式のリボルバーだが、旧式のリボルバーの中では圧倒的な火力を誇っているため、転生者でも被弾すれば大ダメージを負う羽目になる。しかも今の俺は防御力のステータスが一気に下がっている上に外殻による防御力も低下しているので、外殻に頼るわけにはいかないのだ。

 

 絡みついた尻尾がアリーシャの持つリボルバーを逸らした直後、銃口から猛烈な煙とマズルフラッシュが躍り出た。その煙を置き去りにして飛び出した大口径の弾丸がレンガの壁に跳弾し、建物の中に置き去りにされていた樽を直撃する。

 

 コルト・ウォーカーはシングルアクション式のリボルバーであるため、発射したらもう一度撃鉄(ハンマー)を元の位置へと戻す必要がある。最新型のリボルバーやハンドガンのように、立て続けに連射することはできないのだ。

 

 外れたことを知ったメイドは大慌てで撃鉄(ハンマー)を元の位置に戻そうとするが、俺の尻尾が腕に絡みついている上に、彼女の細い腕を締め付け始めているせいで、指を動かすことができないらしい。

 

「くっ…………!」

 

 鱗に覆われた尻尾が、少しずつメイドの腕へめり込んでいく。柔らかい皮膚の内側で血管が潰れ、腕の骨が少しずつ曲がっていく感触が、尻尾を覆っている鱗を通過してくる。

 

 そろそろ腕が折れる頃だろうなと思っていると、メイドが足掻き始めた。

 

「この化け物ッ!」

 

 左手の袖の中から、小型の折り畳み式のナイフが顔を出したのである。瞬時に刀身を展開して木製のグリップを握ったメイドは、右腕の骨をへし折ろうとしている尻尾へとそのナイフを振り下ろすが―――――――彼女のナイフが尻尾の鱗を突き破るのよりも、FA-MASを持っていた俺の右手が、その細い左手へと向けてトリガーを引く方が早かった。

 

 ズドン、と一度だけ銃声が響き渡る。マズルフラッシュが一瞬だけ建物の中を照らし出したと思うと、その光が消えるよりも先に血飛沫が壁にぶちまけられ、銃声の残響と共に少女の絶叫が鼓膜へと飛び込んできた。

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

「残念でした」

 

 1発だけ放たれた弾丸は、正確にメイドの左腕の肘を直撃していた。もちろん抉ったのは肉だけでなく、その肉の中にある骨も正確に抉っている。

 

 けれども、肉もろとも骨にまで風穴を開けられたとしても、吸血鬼ならばすぐに再生できるのだ。とはいえ全く痛いわけではないらしい。腕が千切れればちゃんと腕が千切れる激痛を感じる羽目になるし、心臓を潰されれば心臓を潰される激痛を感じることになる。

 

 だから俺は、銀の弾丸を1発も用意していない。

 

 このメイドに、苦痛を与えるために。

 

 けれども、彼女は他の吸血鬼たちと一緒にブラドから戦闘訓練を受けた”兵士”の1人である。しかもプライドの高い吸血鬼の1人だ。片腕を締め付けられた挙句、もう片方の腕を通常の弾丸で抉られた程度で、戦意は消えていない。

 

「ッ!」

 

「おお」

 

 左腕を再生しているうちに、今度は右足を振り上げる。茶色いお洒落な靴を履いた足で俺を蹴りつけ、この尻尾を引き離すつもりなんだろう。

 

 防御力が大きく低下している状態では、銃弾や魔術どころかただの蹴りでも致命傷になる恐れがある。攻撃はとにかく全て回避することが望ましい。

 

 だから俺は、素直に回避することにした。

 

 俺の脇腹を粉砕するつもりで振り上げた蹴りに合わせて、俺も右へと動く。そして移動しながら左手の拳を握りつつ突き出し――――――たった今風穴を開けたばかりの、彼女の左手の肘へと拳をぶち込む。

 

 移動する勢いと、性別を変えたことによって向上した攻撃力のおかげで大幅に強化された左手の拳は、もはやちょっとした鈍器だった。再生している途中の風穴を更に抉るかのように拳が直撃した瞬間、反対側の肉と結びつく筈だった筋肉繊維が、ぶちん、と容易く千切れる感触がした。

 

「ぎぃっ…………!?」

 

 もちろん俺の拳は銀じゃない。だからこれもすぐに再生するだろう。

 

 そのまま殴りつけたメイドの左手を思い切り掴み、一旦右手に持っているFA-MASを手放してメイドの胸倉を掴む。ごとん、と手放したFA-MASが床に落下する音を奏でると同時に、彼女に背負い投げをお見舞いした。

 

 蹴りを躱された挙句、傷口にパンチをお見舞いされて体勢を崩していたメイドが抗えるわけがない。あっさりと彼女の両足が床から浮いたかと思うと、まるで宙返りに失敗したかのように、思い切り木製の床に背中を叩きつけられる羽目になった。

 

 しかも、俺の尻尾は未だに彼女の右腕を握り締めたままである。そんな状態で背負い投げをされたせいなのか、メイドが床の上に叩きつけられる頃には肘から先が曲がり、折れた骨が白い皮膚から顔を覗かせていた。

 

「あああっ…………う、腕がぁ………ッ! ―――――――ぎぃっ!?」

 

「すぐ再生するだろ? 問題ない」

 

 笑顔でそう言いながら、まだ再生している途中の彼女の左の肘をブーツで思い切り踏みつける。冒険者向けに用意されたがっちりした黒いブーツの下で、再生していた途中の肉が潰れ、またしても骨が砕けていく感触がする。

 

 右腕をへし折った尻尾を、今度はメイドの首へと巻き付けてそのまま持ち上げる。呼吸を整えながらこっちを睨みつけてくるメイドを見つめながら、俺は笑うのを止めて問いかけた。

 

「…………ところで、質問してもいいかな?」

 

 尻尾で首を絞めつけつつ、さっき手放したFA-MASを拾い上げる。

 

「”俺”のお姉ちゃんの左腕と左足を奪ったのって、お前?」

 

「俺…………!? あなた、魔女じゃないの………ッ!?」

 

「気付かなかった?」

 

 もうラウラのふりはしなくてもいいだろう。容姿が似ている上に本来の声までほぼ同じだから、髪を染めて性別を変え、本来の声で喋るだけで、俺は”もう1人のラウラ”と化すというわけだ。

 

 けれども、もうラウラのふりをする必要はない。ここから先はラウラではなく、”タクヤ”に戻らなければならないのだ。そうしなければラウラを汚すことになってしまうのだから。

 

 汚れるのは俺だけでいい。彼女を守るためならば、俺は全身真っ赤に汚れても構わない。

 

 というわけで、いつも喋っている時のように声を意図的に低くする。少しでも俺を男だと思ってもらうためにこうやって声を低くして喋ってるんだが、ほとんど意味はなかったようだ。

 

 髪は敵兵が持ってた水筒の中の血で染めたけれど、尻尾と角は染めていない。もしかしたら偽物のラウラだと気付かれるんじゃないかと思ってたんだが、このメイドは気付かなかったな。

 

「ところでさ、ラウラの左腕と左足を奪ったのはお前だよな?」

 

 問いかけると、メイドは笑った。

 

「そうよ…………………私が奪ってやったのよ、あの魔女からッ!」

 

「そうか」

 

 こいつか。

 

 もしこいつじゃなかったら、彼女の腕と足を奪った敵の情報を吐かせるつもりだったんだが、もう吐かせる必要はなさそうだ。このまま痛めつけるだけでいいのだから。

 

「ふふふふっ…………彼女の復讐のつもり?」

 

 無視しながら、FA-MASを腰の後ろに下げておく。その代わりに引き抜いたのは――――――――お気に入りの得物(テルミット・ナイフ)

 

 ボウイナイフのようにがっちりした刀身と、ナックルダスターを思わせる武骨なフィンガーガードが特徴的な大型のナイフだ。刀身の付け根の部分には、まるで古めかしいフリントロック式のライフルを彷彿とさせる撃鉄(ハンマー)と火皿が搭載されている。

 

 木製のグリップ―――――――外側を木製の部品が覆っていて、内部には金属製の部品がある―――――――の後端にあるハッチから、アルミニウムの粉末と酸化した金属の粉末を混ぜ合わせたものが入ったカートリッジを装填し、トリガーを引くことで火皿の黒色火薬がカートリッジの”中身”に着火させてテルミット反応を引き起こし、カートリッジ後端の少量の黒色火薬がその超高温の粉末を刀身の先端部にある噴射口から射出することで、標的を焼却するという恐るべきナイフである。

 

 圧倒的な殺傷力を誇るナイフだが、どういうわけかフリントロック式であるため、再び超高温の粉末をぶちまけるのには手間がかかってしまう。

 

 久しぶりに木製のグリップを握り、刀身を見下ろす。漆黒に塗装された分厚い刀身を見つめてから、もう一度メイドの方を見る。

 

「残念ね。ここで私を殺しても無駄よ。あなたたちは、ブラド様によって皆殺しにされるのだから」

 

 強がるなよ、吸血鬼(ヴァンパイア)。

 

 超高温の粉末をぶちまけてやろうかと思ったが、それよりも先に、尻尾に拘束されていたメイドが再び足を振り上げ、俺の脇腹へと蹴りを叩き込みやがった。

 

「ッ!」

 

 はっきり言うと、これは予想外だった。

 

 脇腹に彼女の右足がめり込み、左側の肋骨が2本くらい折れる音が聞こえる。性別を男に戻しておけばよかったと思った頃には、俺は尻尾を彼女から離してしまった挙句、壁に叩きつけられていた。

 

 くそったれ、こっちの防御力は初期ステータス以下なんだぞ…………?

 

 すぐに起き上がりつつ、性別を元へと戻す。ラウラよりも一回り小さかった胸が引っ込んでいったかと思うと、身長が少しばかり伸び、大きめのコートの中で身体が少しばかり大きくなる。けれども身に纏っているこの転生者ハンターのコートは親父のサイズに合わせてある代物なので、どちらかと言うと華奢な俺にとっては十分デカいのだ。

 

 とりあえず、エリクサーで回復するべきだ。肋骨が折れているのだから。

 

 短いマントの内側にあるエリクサーの収まったホルダーへと手を伸ばそうとしたが、さっきメイドが床に落とした筈のライフルが消えていることに気付いた俺は、すぐに左手をもう1本のテルミット・ナイフに伸ばすと同時に、胸板と腹の辺りに蒼い外殻を生成する。

 

 皮膚が外殻に変異して身体を覆い終えると同時に、ズドン、と銃声が響き渡り、1発の.408チェイ・タック弾が胸板へと直撃した。

 

「ッ!!」

 

 肋骨は折れたままだったが、やっぱり外殻を生成したのは正しかったようだ。もし回復しようとしていたら、この大口径のライフル弾でやられていたに違いない。

 

 幸い、男に戻った時の俺の外殻は、12.7mm弾どころか14.5mm弾や23mm弾でも貫通不可能なほど硬い。さすがに40mm機関砲は防げないかもしれないが、この外殻は発達すれば一撃だけならば120mm砲を防ぐこともできるほどの硬さになるという。

 

 俺から離れ、瞬時にチェイ・タックM200を拾い上げたメイドの一撃は命中したが、まるで戦車の装甲が銃弾を弾き飛ばすかのような甲高い音を奏でながら、大口径の.408チェイ・タック弾が弾かれ、部屋の天井へと突き刺さった。

 

 弾丸が飛んできた方向を睨みつけると、スナイパーライフルを構えたメイドが目を見開きながらこっちを見ていた。今の一撃で止めを刺すつもりだったらしいが、俺は戦闘に特化したオスのサラマンダーの遺伝子を持つキメラである。メスよりもはるかに早く分厚い外殻を生成できるため、防御力は別格なのだ。

 

「う、嘘…………弾丸を弾い――――――――」

 

 逃がさん。

 

 姿勢を低くし、スナイパーライフルを構えているメイドに向かって全力疾走する。姿勢を低くしながら突っ走る度に激痛を感じるが、その激痛を無視してそのままメイドに肉薄する。

 

 メイドは大慌てでボルトハンドルを引き、でっかい薬莢を排出したが、次の一撃が放たれるよりも先に肉薄できるのは火を見るよりも明らかだった。もし相手の得物が連射のし易いセミオートマチック式の得物だったのならば弾幕を張って後退することができたのかもしれないが、ボルトアクション式は命中精度が高い代わりに連射が効かないという欠点がある。

 

 それゆえに、スナイパーは接近戦に弱い。

 

 おそらくこのメイドはその欠点を格闘術と古めかしいリボルバーで補っていたつもりなのだろう。もう一度強烈なライフル弾を放とうとするのではなく、その弱点を補うための武器で反撃すれば逃げることはできたかもしれない。

 

 しかし、あの外殻の防御力を目にしてしまったからなのか、メイドは大口径のライフル弾にこだわってしまったようだった。

 

 それゆえに、あっさりと肉薄できた。

 

「―――――――!」

 

「やあ」

 

 腰の後ろから伸びた尻尾の外殻が、俺へと向けられていたチェイ・タックM200の銃身を殴りつける。今度は柔らかい鱗ではなく分厚い外殻で覆われている状態だから、このように外殻でぶん殴ったり、先端部の鋭い部分で突き刺すこともできるのだ。

 

 ライフルをこっちに向けられないように尻尾を巻きつけておきながら、更に肉薄する。メイドは大慌てで折り畳み式のナイフを取り出して刀身を展開するが、彼女のナイフが刀身を展開し終えた頃には、懐に飛び込んだ左手のテルミット・ナイフの切っ先が、彼女の首へと駆け上がっていた。

 

 ボウイナイフのように大きな刀身の峰には、セレーションまでついている。

 

 切っ先が肉の塊に突き刺さる感触がすると同時に、傷口から噴き出した暖かい鮮血がナイフを握っている左手に降りかかる。漆黒の刀身とフィンガーガードを鉄の臭いがする鮮血が濡らし、銃声の残響を吸血鬼の少女の呻き声がかき消していく。

 

 火皿の中の黒色火薬が鮮血で台無しになっていないことを祈りながら、俺はフィンガーガードの内側にあるトリガーを引いた。

 

 銃声にも似た爆音と、火薬の臭いを孕んだ凄まじい白煙が左手を包み込んだ。火皿の中に注入しておいた黒色火薬は健在だったらしく、点火されたその黒色火薬は内部のカートリッジに着火する役目をしっかりと果してくれたのである。

 

 火皿の火薬がカートリッジの中に納まっていた粉末に着火すると同時に、後端に充填されていた少量の黒色火薬も点火させ、爆発した火薬の爆風が粉末を炎上させながら、ナイフの切っ先にある噴射口から灼熱の粉末を噴射させる。

 

 噴射口から入り込んだ鮮血すらあっという間に蒸発された灼熱の奔流は、鮮血を吹き上げ続けていたメイドの傷口へと飛び込むと、約4000℃の粉末は容赦なく少女の血液を蒸発させ、肉や皮膚を焼き尽くした。

 

 しかも噴射口のある切っ先が斜め上を向いていたため、その灼熱の粉末は喉元だけでなく、口の中や鼻孔まで蹂躙した。金切り声を上げる少女の口の中は火の海と化しており、頃焦げになった舌が火達磨になっていた。

 

 顔や首の皮膚がどんどん黒くなっていく彼女から強引にナイフを引き抜くと同時に、黒焦げになった肉が付着した黒い刀身が白い煙を吐き出しながら姿を現し、肉の焦げる臭いが部屋の中を支配する。華奢な腹をがっちりした冒険者用のブーツで思い切り蹴り飛ばすと、メイドは黒焦げになってしまった口から呻き声を上げながら、窓の外へと吹っ飛ばされていく。

 

 熱で声帯まで燃え尽きてしまったのだろう。4000℃の粉末を首や頭へと直接流し込まれた吸血鬼の少女が、凄まじい苦痛を味わったのは想像に難くない。

 

 引き抜いたナイフから黒焦げになった肉片を引き剥がそうとしたその時、バチンッ、と窓の外から金属音が聞こえてきた。

 

 そういえば、さっきメイドが吹っ飛んで行った窓の外にはトラバサミをいくつか仕掛けておいたような気がする。もちろん堅牢な外殻を容赦なく貫通できるように、鋭いスパイクがこれでもかというほど設置された対魔物用のトラバサミである。

 

「うわっ…………」

 

 吹っ飛ばされて叩きつけられた場所に、ちょうどトラバサミが仕掛けてあったらしい。腰が地面に当たった瞬間にトラバサミが始動したのか、これでもかというほど鋭いスパイクが取り付けられた対魔物用のトラバサミが喰らい付いたのは、少女の華奢な両足ではなく、すらりとした腰だった。

 

 まるで巨大な怪物に下半身を食い千切られそうになっているようにも見える。自分が仕掛けた罠だというのに、今しがた吹っ飛んで行った少女を確認して顔をしかめた。

 

「可哀そうだなぁ」

 

「あっ、ああ…………い、痛いよぉ……………………ッ!」

 

 窓の外へと出て、顔を再生させている最中の吸血鬼の少女を見下ろす。

 

 トラバサミに食いつかれた腰の傷口から流れ出た鮮血が、砂に覆われた道の中で一時的に鮮血の水溜まりを作る。その水溜まりの中には、苦しむ吸血鬼の少女を見下ろしながら笑っている自分が映っていて、俺はぎょっとしてしまった。

 

 いつの間に笑っていたのだろうか。

 

「…………」

 

「き、キメラめ…………ッ! か、必ず私たちが………せっ、絶滅させてやるぅ…………ッ!」

 

 もう再生は終わったらしい。

 

 トラバサミに喰らい付かれたメイドは、もう丸腰だった。腰の周りをスパイクで貫かれている状態だから、もう抵抗はできないだろう。

 

 十分痛めつけたし、そろそろ殺そうかな。

 

 そう思いながらヘカートⅡを取り出し、銀の弾丸をメニュー画面で生産しようとする。けれども、「生産」と書かれたメニューをタッチしようとした瞬間、利き腕と左足を失ってベッドに横になっているラウラの姿がフラッシュバックして、反射的に指を止めてしまう。

 

 ―――――――もっと痛めつけろ。

 

 俺の女(ラウラ)から腕と足を奪ったんだ。簡単に殺していいのか? 

 

 もっとこのクソ野郎が苦しんでいる姿を見るべきじゃないのか?

 

「…………」

 

 まだ、足りない。

 

 右手のテルミット・ナイフを逆手持ちにした俺は、躊躇せずにそれをメイドの腹へと突き立てた。

 

「ギィッ!!」

 

 吸血鬼の身体が再生する場合は、心臓に近い部位が”本体”となる。例えば剣士の強烈な剣戟で上半身と下半身を真っ二つにされた場合は、心臓のある上半身から下半身が生え、切断された下半身はそのまま動かなくなるというわけだ。再生の”スタート地点”は心臓なのである。

 

 トラバサミに喰らい付かれている彼女を引っ張り出すことができるし、ついでに痛めつけることもできるから、ここで上半身と下半身を両断しておこう。

 

 こいつには、もっと苦しんでもらわないといけないから。

 

「ギッ………ア…………ッ! ギィッ…………グエェッ………カァ…………ッ!」

 

 内臓もろとも肉を切り裂き、硬い背骨を巨躯解体(ブッチャー・タイム)を発動させて強引に両断する。彼女のメイド服を血や内臓の一部がこびりついた刀身が突き破ると同時に上半身を引っ張ると、ぶちん、と再生しかけていた肉が千切れる音を奏でながら、トラバサミに滅茶苦茶にされた下半身が”置き去り”にされる。

 

「………」

 

 気を失ってしまったのか、たった1本のナイフで上半身と下半身を切断されてしまった銀髪の少女は、白目になった状態で涙を流し、口を開けたまま気を失ってしまっていた。

 

 俺は動かなくなったメイドの襟をつかみ、傷口の再生をしている彼女の上半身をそのまま引きずっていく。

 

 まだ俺は笑っているんだろうか。

 

 そう思いながら、俺は血の臭いがする廃村の中を歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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