異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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三日月の下の殺意

 

 星空と灰色の砂に覆われた大地の真っ只中に、古い建物の群れが佇んでいた。遠くから見れば小さな村のようにも見えるが、砂漠越えをしようとしている冒険者や旅人たちがそこで休むために近づいて行けば、きっと距離が近くなるにつれて失望することになるだろう。

 

 その村は人々が済んでいる村ではなく、大昔に壊滅した廃村なのだから。

 

 カルガニスタンはフランセン共和国の植民地にされており、各地に騎士団の駐屯地が建設されているが、カルガニスタンの砂漠が広すぎるせいで各地にある村を守り切ることは難しいため、実質的に騎士団が守っているのは彼らにとって重要な街だけとなっており、それ以外の村や小さな町は切り捨てられている状態だ。

 

 魔物が襲撃していても、騎士団は小さな村を助けるために騎士たちを派遣してくれなかったのである。

 

 その廃村のすぐ近くに停車した装甲車の兵員室から降りた吸血鬼の兵士たちは、周辺に魔物がいないか確認してから、目の前に佇んでいる廃村を見渡した。

 

 あまり大きくはない村だったらしく、家畜のために建てられた牛舎や住民たちが済んでいた小さな家が何軒かあり、村の中心にはちょっとした塔のような建物が鎮座しているのが分かる。上部には魔物が攻め込んできた時に鳴らす警鐘が設置されており、錆び付いた状態で廃村を見下ろし続けていた。

 

「チャーリー2はどこだ?」

 

 傍らに停車している『M1126ストライカーICV』のハッチから顔を出した車長が、傍らでXM8を構えて警戒している兵士に尋ねた。

 

 この廃村に派遣されたのは、アメリカ製装甲車の『M1126ストライカーICV』1両と『M1128ストライカーMGS』1両。その2両の装甲車を護衛するのは、合計で8名の随伴歩兵たちである。

 

 『M1126ストライカーICV』は、M2ブラッドレーなどの他の装甲車と比べると武装が少ないものの、あくまでも武装した歩兵たちを乗せて移動する事が目的である。搭載されている武装は12.7mm弾を発射するブローニングM2重機関銃で、車体の上部に搭載された『M151プロテクター』と呼ばれるターレットに搭載されている。

 

 その前に鎮座しているのは、まるでM1126ストライカーICV』からターレットを取り外し、その代わりに大型の戦車砲を車体の上に搭載したような形状の車両であった。

 

 歩兵たちを降ろしたばかりのM1126ストライカーICVの前に居座っているのは、同じくアメリカ軍が採用している『M1128ストライカーMGS』と呼ばれる車両である。こちらには随伴歩兵たちを乗せることはできないものの、搭載されているのは圧倒的な破壊力を誇る105mm戦車砲であり、歩兵たちを乗せることが可能なM1126ストライカーICVよりも攻撃力が遥かに向上している。

 

 彼らが派遣された理由は、鮮血の魔女と思われる狙撃手がこの廃村へと逃げ込んだためであった。

 

 吸血鬼たちに”鮮血の魔女”と呼ばれている赤毛の狙撃手は、ヴリシアの戦いで大きな戦果をあげた狙撃手である。テンプル騎士団に所属する狙撃手であり、ヴリシア帝国の帝都サン・クヴァントで行われた第二次転生者戦争では、大口径の対物(アンチマテリアル)ライフルで何人もの兵士を葬った挙句、単独でマウスを撃破している。

 

 しかし、ブレスト要塞を襲撃した際に、吸血鬼たちの狙撃手であるアリーシャが鮮血の魔女の討伐しており、占拠したばかりのブレスト要塞に襲撃を仕掛けてきたテンプル騎士団を撃退することに成功しているのだ。

 

(どういうことなんだ? 見間違えか?)

 

 もし鮮血の魔女が生きていたのであれば、タンプル搭への攻撃の際に部隊が大損害を被るのは想像に難くない。それゆえに、随伴歩兵と2両の装甲車が魔女の討伐のためにこの廃村へと送り込まれたのである。

 

 その魔女を目撃した偵察部隊と合流することになっていたのだが、廃村の周囲に偵察部隊がいる様子はない。車内へと戻りながら、M1126ストライカーICVの車長は顔をしかめた。

 

「チャーリー2、応答せよ。こちらゴルフ1-2」

 

『…………』

 

(まさか、もう魔女にやられたのか…………)

 

 彼らが到着するよりも先に、廃村へと逃げ込んだ魔女によって反撃された可能性は高い。規模は小さいとはいえ、それなりに遮蔽物のあるこの廃村は、狙撃用の得物を愛用する鮮血の魔女にとってはまさに”狩り場”とも言える場所だ。

 

 しかも偵察部隊は、交戦した際に5名のうち2名も戦死してしまっている。たった3人だけならば、遮蔽物に隠れながら狙撃するだけで容易く殲滅できるだろう。

 

 先頭にいるM1128ストライカーMGSに前進するように指示を出そうとしたその時だった。

 

『こっ、こちらチャーリー2! 聞こえるか!?』

 

「こちらゴルフ1-2。どうした?」

 

『まっ、魔女だ! 廃村の中の魔女に狙われ――――――』

 

『くそっ! こちらチャーリー3! 分隊長が戦死した!』

 

「くそったれ、もう戦闘が始まってんのかよ!」

 

 車外からは、確かに銃声が聞こえてくる。アサルトライフルと思われる銃のフルオート射撃の銃声が、住人や家畜たちが済んでいた白いレンガの建物や牛舎の向こうから轟いてくるのを確認した車長は、歯を食いしばってから命令を下した。

 

「ゴルフ1-3、前進だ! チャーリー隊を救出し、魔女を討ち取るぞッ!」

 

『了解(ヤヴォール)! おい、キャニスター弾の準備をしておけ!』

 

『了解(ヤヴォール)!!』

 

 目の前に居座っていたM1128ストライカーMGSがゆっくりと動き出し、車体の上に乗せている砲塔が旋回し始めると同時に、周囲にいる随伴歩兵たちも走り始めた。

 

 建物の向こうでマズルフラッシュが産声を上げ、立て続けに銃声が響き渡る。遮蔽物の影にいる魔女に向かってフルオート射撃をお見舞いしているのだろうか。

 

 すると、そのフルオート射撃の銃声よりもはるかに大きな銃声が、必死に戦い続けていた兵士たちの銃声を呑み込んだ。その銃声が残響へと変わり始める頃には応戦し続けていたフルオート射撃の銃声が減っており、マズルフラッシュの数も見えなくなってしまう。

 

 今しがた轟いた大きな銃声と、消えていく味方の銃声。

 

 応戦していた味方が、無慈悲で残虐な魔女の狙撃によって散ったのは想像に難くない。

 

 味方が全滅する前に攻撃を始めようとしたのか、目の前を走るM1128ストライカーMGSが急に増速する。家畜の小屋を囲んでいた木製の策を強引に薙ぎ倒し、置き去りにされていた鍬やスコップを重厚なタイヤで踏みつぶしながら、廃村の中にある広場へと進んでいく。

 

 車長も機銃で攻撃できるように、近くのモニターへと手を伸ばす。車体の上に乗っているターレットを旋回させるためにモニターをタッチすると、先ほどの銃声や大きな銃声とは比べ物にならないほどの轟音が、すぐ目の前で産声を上げた。

 

 ぎょっとしながらモニターを睨みつけると、レティクルが表示されていた筈のモニターの向こうを進んでいた筈のM1128ストライカーMGSが火達磨になっていた。炎に包まれた車体のハッチからは、車体と同じように火達磨になった乗組員たちが、絶叫しながら外へと飛び出してくる。

 

「何だ!? 味方がやられたぞ!?」

 

「砲撃か!?」

 

『いえ、砲撃ではありません! …………くそ、地雷です! 地面に大穴が…………!』

 

 いつの間にか、火達磨になったM1128ストライカーMGSの”足元”に大穴が開いていた。

 

 そこに対戦車用の地雷が設置してあったのだ。それを踏みつけてしまったせいで地雷が起爆し、M1128ストライカーMGSの車体の底を猛烈な爆風と衝撃波が突き破ったのである。しかも地雷を3枚ほど重ねて設置していたらしく、車体の底を突き破った爆風によって車体の天井にも風穴が開いているのが見えた。

 

 装甲車どころか、戦車でも耐えられないだろう。

 

 車内の砲弾や燃料に引火し、残骸と化したM1128ストライカーMGSの装甲が更に爆発で抉られていく。

 

「地雷…………ッ!」

 

 迂闊に村に入ろうとすれば、今しがた撃破されたM1128ストライカーMGSの乗組員たちと同じ運命を辿ることになるのが関の山である。だからと言ってこのまま停車していれば、村へと突撃していく歩兵たちを機銃で支援することができなくなってしまう。

 

 唇を噛み締めながら、地雷を踏みつけないように祈りつつ突撃するべきだろうかと車長が考えていると、火達磨になった味方の吸血鬼の腕を掴んで後方へと引きずっていた兵士の上半身が、何の前触れもなく飛び散った。

 

『は?』

 

『ぼ、ボリスがやられたッ! 敵の狙撃手だ!』

 

『くそったれ、散開しろ! 遮蔽物の影――――――――』

 

『軍曹ッ! くそ、軍曹も撃たれた!』

 

 遮蔽物の影へと飛び込んだ兵士たちが、XM8を乱射し始める。生き残ったM1126ストライカーICVの車長もターレットを旋回させて狙撃手を探そうとしたが、モニターの向こうに狙撃手は見当たらない。崩れかけのレンガの壁や、錆び付いた警鐘が鎮座する中央の塔へと12.7mm弾を撃ち込んだが、無意味だと言わんばかりに全く別の角度から飛来した1発の銃弾が、また1人の随伴歩兵の脇腹を食い千切った。

 

 血まみれの肋骨とぐちゃぐちゃになった内臓を地面の上にばら撒きながら、若い歩兵が血を吐きながら崩れ落ちていく。

 

 通常の弾丸であるならば再生はできるが、もし銀の弾丸を喰らう羽目になれば、耐性のある吸血鬼でない限り再生することはできない。再生能力という便利な能力で希釈していた”死”が、吸血鬼たちに牙を剥くことになるのである。

 

『くそ、どこにいる!?』

 

『敵の居場所が分からん…………ッ! ゴルフ1-2、分かったか!?』

 

「いや、何も見えん…………ッ!」

 

『くそ――――――――うわっ』

 

『アンドレイッ!!』

 

 敵の狙撃手が使っているライフルのマズルフラッシュすら見えない。

 

 このままでは、敵の狙撃手を発見する前に随伴歩兵が全員やられてしまうことになるのは火を見るよりも明らかであった。装甲車や戦車は歩兵のように小回りが利かないため、随伴歩兵たちに護衛してもらう必要がある。

 

 もしこのまま随伴歩兵が狙撃で殲滅されてしまえば、敵が対戦車用のロケットランチャーやC4爆弾を持っていれば容易く撃破されてしまう。

 

 村の入り口に対戦車地雷があったという事は、この廃村にいる鮮血の魔女はまだ爆発物を持っている可能性が高い。しかもその鮮血の魔女は、吸血鬼に匹敵するほどの高い身体能力を持つ”キメラ”である。彼らの瞬発力ならば、その気になればブローニングM2重機関銃のフルオート射撃を回避しながら強引に肉薄し、C4爆弾で装甲車を容易く吹っ飛ばしてしまうだろう。

 

 まだ随伴歩兵は残っているが、これ以上魔女を探そうとすれば随伴歩兵に被害が出てしまう。

 

 その時、モニターに映っている村の中心の塔に、人影が見えた。

 

(なんだ…………?)

 

 魔物たちが襲撃してきた際に鳴らす警鐘のすぐ近くで、長大な対物ライフルを左手に持ったまま佇む人影の頭からは、まるで鮮血を思わせる赤い頭髪が伸びていた。短いマントのついた漆黒のコートを身に纏っているが、胸元が膨らんでいるため女性であることが分かる。

 

 彼女の腰の後ろからは鱗に覆われた尻尾が伸びており、赤毛の中からは、まるでダガーの刀身のような形状の角が2本も伸びている。

 

 三日月へと向かって伸びている塔の上部に佇んでいるその女性は、必死にXM8を乱射する兵士たちを見下ろしながら、嗤っていた。

 

「あ、あいつが…………せっ、鮮血の………魔女…………ッ!」

 

 すぐにターレットを塔の上の魔女へと向けたが、それよりも先に左手のライフル――――――――フランス製のヘカートⅡだ――――――――を構えた”魔女”がトリガーを引き、彼女が塔の上にいる事に気付いた随伴歩兵の頭を正確に砕いた。

 

 残った随伴歩兵は、3名のみである。

 

 応戦したとしても、魔女はすぐに別の遮蔽物に隠れてしまうだろう。もしM1128ストライカーMGSが無事だったのならば砲撃で建物を破壊し、強引に攻撃することができたのだが、生き残った兵士たちやM1126ストライカーICVには建物を破壊できる武装は搭載されていない。

 

 当たり前だが、魔女が遮蔽物に隠れて狙撃を再開すれば、また彼女を探さなければならなくなる。その最中に随伴歩兵が魔女に狙撃されて死んでいく羽目になるのは、想像に難くない。

 

「少尉、どうします!?」

 

「…………撤退だ。勝ち目がない」

 

「りょ、了解です…………ッ! 各員、すぐに乗れ! 離脱するぞ!!」

 

 生き残った随伴歩兵の1人が腰からスモーク・グレネードを取り出し、安全ピンを引き抜いてから投擲する。それから溢れ出した白煙が風に吹き飛ばされる前に遮蔽物の影から飛び出し、M1126ストライカーICVの兵員室へと飛び込んでいく。

 

 兵員室のハッチが閉じたのを確認してから、車長は「よし、後退!」と操縦士に命令を下し、モニターを睨みつけた。

 

 冷たい風が村を包み込み、スモーク・グレネードが生み出した白煙を吹き飛ばしていく。

 

 その向こうに鎮座する塔の上には、まだ”鮮血の魔女”が佇んでいた。

 

 後退していく吸血鬼たちを見下ろし、嗤いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します、ブラド様」

 

「よく来たな」

 

 ブレスト要塞の防壁の内側に用意された大きなテントの中で待っていたのは、オリーブグリーンの軍服に身を包んだブラドだった。

 

 戦闘機で出撃し、航空隊を支援するために一旦後方で待機している空母『クレマンソー』へと戻っていたブラドは、制圧が終わったブレスト要塞のテントの中でタンプル搭の周囲の地図を眺めながら、彼のメイドでもあるアリーシャを待っていた。

 

「鮮血の魔女を討ち取ったのか」

 

「ええ、大したことはありませんでした」

 

「そうか…………」

 

 アリーシャは無表情のままブラドに報告したが、無意識のうちに胸を張っていた。

 

 吸血鬼の兵士たちが恐れていた鮮血の魔女を、彼女1人で討伐することに成功したのである。これでテンプル騎士団の戦力を一気に削ることができただけでなく、敵兵の士気を下げることもできた事だろう。

 

 しかし、吸血鬼たちにとっては怨敵ともいえるキメラを討ち取ったにもかかわらず、ブラドは全く喜んでいない。

 

「…………先ほど、タンプル搭の南西にある廃村へ派遣した部隊が、お前が討ち取った筈の魔女にやられたそうだ」

 

「……………………あり得ません、ブラド様」

 

 ブレスト要塞の外で、アリーシャはラウラの片腕と片足を捥ぎ取ったのである。いくら傷口を塞ぐことができるエリクサーがあるとはいえ、片腕と片足を失った狙撃手が最前線に戻って来れるわけがない。大急ぎで義手と義足を移植したとしても、リハビリには1ヶ月もかかる。

 

「あの忌々しいキメラは確かに私が討ち取りました。生きているわけがありません」

 

「…………アリーシャ、その魔女の死体は?」

 

「そ、それは…………………!」

 

 死体は、確認していない。

 

 片腕と片足を捥ぎ取り、彼女の腹を蹴りつけて肋骨を折った直後に他の狙撃手に襲撃され、撤退する羽目になったのである。死体を確認できる余裕は全くなかった。

 

 しかし、鮮血の魔女には片腕と片足が無い筈だ。復帰できるわけがない。

 

 アリーシャは反論しようとしたが、ブラドに睨みつけられていることに気付き、息を呑みながら反論するのを止めた。

 

「…………撤退してきた部下は、『廃村の塔に赤毛の女の狙撃手がいた』と言っている。得物は大口径の対物ライフルで、尻尾と角が生えていたそうだ」

 

 ダガーを思わせる角とドラゴンのような尻尾は、キメラの特徴である。

 

 キメラは人間と魔物の遺伝子を併せ持つ新しい種族であり、数が減りつつある吸血鬼よりもはるかに個体数が少ない。外見は人間と殆ど変わらないが、頭には角や触覚のようなものがあり、腰の後ろからは尻尾が生えているという特徴があるのだ。

 

 大口径の対物(アンチマテリアル)ライフルを使う赤毛の狙撃手は、鮮血の魔女しかいない。

 

「―――――――アリーシャ、魔女はタンプル搭を攻撃する前に何としても排除する必要がある。だが、我々の兵力は奴らの兵力よりも少ない。戦車や戦闘ヘリを派遣する余裕はないのだ」

 

 地図をテーブルの上に置いたブラドが、アリーシャを睨みつけながら椅子から立ち上がる。

 

「今度こそ、魔女を確実に討ち取れ。失敗は絶対に許さん」

 

「…………はい、ブラド様」

 

 鮮血の魔女を排除しなければ、タンプル搭へと進撃した部隊は帝都で撃破された戦車部隊と同じ運命を辿るだろう。正確な狙撃でアクティブ防御システムを破壊され、他の歩兵や装甲車の対戦車ミサイルで袋叩きにされるのが関の山だ。しかも今回は前回よりも戦車の数が少ないため、少しでも敵の戦力を削ぎ落とさなければならない。

 

 主人(ブラド)に睨みつけられたアリーシャは、首を縦に振りながら拳を握り締めた。

 

 片腕と片足を失った筈の魔女が前線に姿を現したのはありえないが、もし本当に仕留め損なったのであれば、今度こそ仕留めるしかない。

 

 ブラドに敬礼をしてから踵を返したアリーシャは、拳を握り締めたままテントを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 左手と左足が、痛む。

 

 失ったわけではないというのに、肉と骨の中で激痛が産声を上げているのが分かる。

 

 多分、これは俺の痛みではない。あの忌々しい狙撃手に左腕と左足を捥ぎ取られる羽目になった、ラウラの痛みだ。

 

 俺たちの父親は同じ男で、母親は遺伝子的にはほぼ同じ女性である。つまり俺とラウラは、能力や性別は違うけれど、遺伝子的にはほぼ同じキメラと言える存在なのだ。

 

 この激痛は、ラウラが感じた痛み。

 

 左手を思い切り握りしめながら、夜空の真っ只中に居座る三日月を見上げる。

 

 あの狙撃手は、必ず殺してやる。すぐに再生して苦しめることができるように、通常の弾丸で何度も腹を抉り、ナイフで手足や指を切り落としてバラバラにしてやる。

 

「…………」

 

 あの時、敵の装甲車の車長や随伴歩兵たちは俺の姿を見た筈だ。ウィッチアップルのおかげで身につけた性別を変更する能力で女になった状態だから、間違いなく俺を女だと思っていた事だろう。しかも敵兵の血で髪を真っ赤に染めたから、ラウラが前線に戻ってきたと勘違いしているに違いない。

 

 敵の兵力は俺たちよりも少ない。それゆえに、前線へと戻ってきた”鮮血の魔女”を討伐するために戦車や戦闘ヘリを派遣する余裕はない筈だ。

 

 だからこそ、ラウラを討ち取った狙撃手を投入する。

 

 夜空に居座る三日月を見上げながら俺は笑った。

 

 もう少しで、俺の女(ラウラ)の手足を奪ったクソ野郎を惨殺できるのだから。

 

 

 

 


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