異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
次の獲物を狙おうとして照準を合わせたその時、私はぞくりとした。
誰かに狙われているという事を理解してその場から離れようと思った頃には、ゲパードM1のグリップを握っていた左腕をいきなり突き飛ばされたような感触がして、顔や肩に暖かいものがぶちまけられていた。
『…………!?』
私はメスのキメラだから、硬化する速度ではオスのキメラであるタクヤに大きく劣ってしまう。
キメラの能力は、体内にある魔物の遺伝子によって大きく左右される。私の場合は体内にメスのサラマンダーの遺伝子があるから、その能力や習性が反映されている。
メスのサラマンダーは、卵や子供たちを巣の中でひたすら温め続ける必要があるから、耐熱性が極めて高くて堅牢な外殻は邪魔になってしまう。だから、メスのサラマンダーの身体は熱を伝えやすくて柔らかい鱗に覆われている。子供たちの世話をすることに特化した身体になってるの。
だからメスや子供たちを外敵から守るのは、強靭な身体を持つオスのサラマンダー。
それゆえに、私は外殻を降下させる速度がタクヤよりも遅いし、防御力も劣っている。もし仮に今の攻撃をもっと早く察知できたとしても、防御するのは不可能だったかもしれない。
右手をエリクサーの瓶があるホルダーへと伸ばしながら、私は傷口を確認しようとした。銃弾で撃ち抜かれた程度ならすぐに治療できるから、エリクサーを飲んでから素早く復帰できる。けれども重傷を負っていたのであれば、一旦後ろに下がるべきなのかもしれない。
伏せたまま後方に下がりつつ、エリクサーを飲む前に右手で傷口を抑えるために左腕に触れようとした瞬間、私は違和感を感じた。
本当なら左腕がある筈の場所へと右手を伸ばしている筈なのに、自分の左腕らしきものが見当たらないのだから。
『え?』
ぞっとしながら、左腕を見下ろす。
左腕が動かない原因は激痛だと思ったんだけど、別の原因だった。
真っ赤に染まった左腕の袖と、その血まみれになった袖の中から覗く肉と骨。断面からは鮮血が流れ落ちていて、灰色の砂を真っ赤に染めている。
あれ? 私の左腕は?
『あ――――――――』
ちらりと後方を見てみると、私のゲパードM1が転がっていた。
タクヤにお願いして、23mm弾を発射できるように改造してもらった愛用のアンチマテリアルライフルのグリップにしがみついているのは、カーキ色の迷彩服の袖を纏った、”誰か”の真っ白な左腕。
多分、仲間の中で左腕を見失ったのは自分だけだと思う。それに、あんなに口径の大きなライフルを使っているのも自分だけだ。つまりその左腕は――――――――いきなりなくなった、私の左腕という事を意味している。
後ろに転がっているのが自分の左腕だという事を理解した瞬間、私は絶叫したくなった。
敵の攻撃で、自分の片腕が捥ぎ取られてしまったのだから。
タクヤを両手で抱きしめてあげることができなくなった。あの子は抱きしめられると喜んでくれたのに。
どうしよう…………。
『ッ!』
左腕の断面を右手で押さえながら、後方へと下がる。無線で味方に負傷したことを告げるべきだろうかと思っていたその時、ブレスト要塞の防壁の上から、誰かが飛び降りたのが見えた。
吸血鬼なのかもしれないけれど、身に纏っているのはオリーブグリーンの軍服ではなく、白いフリルがたくさんついたメイド服。それを身に纏っているのは私たちと同い年くらいの銀髪の女の子で、両手にはスコープのついたスナイパーライフルを持っているのが分かる。
あのメイド服を着てる子も、敵なのかな?
そう思いながら右手を傷口から離し、ホルスターの中に納まっているCz75SP-01を引き抜く。
次の瞬間、こっちに向かって走ってくるその子が放ったスナイパーライフルの銃弾が、すぐ近くの砂を直撃した。彼女がボルトハンドルを引いている隙にトリガーを何度か引き、接近してくるメイド服を着た吸血鬼を牽制する。
けれども彼女は飛来する9mm弾の群れを躱しながら、私に向かって接近してきた。
立て続けにトリガーを引くけれど、その吸血鬼の少女には全く命中しない。立ち上がって逃げようと思ったけれど、立った瞬間に敵の戦車の機銃で蜂の巣にされてしまう恐れがある。
しかも左腕を失った激痛のせいなのか、氷属性の魔力の調整が上手くできない。氷の粒子を使って姿を消すには正確に魔力の量や圧力を調整しなければならないから、調整が上手くできないという事は、姿が消せないという事を意味していた。
Cz75SP-01のスライドが動かなくなる。排出された最後の薬莢が砂の上に落下するよりも先に再装填しようと思った私は、左手を予備のマガジンへと伸ばそうとしたけれど、数十秒前に左腕は捥ぎ取られてしまっている。舌打ちをしながら尻尾を伸ばして予備のマガジンを掴み取ったけれど、それをハンドガンに装着しようと思った頃には、目の前にやってきていた吸血鬼の少女に右手の指もろともCz75SP-01を蹴り上げられていた。
『きゃあっ―――――――!』
『あらあら、片腕に当たったのね』
ヴリシア語ではなくオルトバルカ語でそう言った少女は、片腕を失った状態で応戦しようとしていた私を見下ろしながら、ニヤニヤと笑っていた。
『無様じゃないの、”魔女”』
『ま…………魔女…………?』
『ふん…………』
スナイパーライフルを持ち上げ、銃口を私へと向ける吸血鬼。呻き声を上げている私を見下ろしていた彼女は、私に向けていた銃口を唐突に足へと向けたかと思うと――――――――ぎょっとした私の顔を見て楽しそうに笑い、トリガーを引いた。
銃声が轟くと同時に、鮮血と肉片が飛び散る。ぶつん、と左足の太腿が千切れ飛ぶ音が聞こえてきたかと思うと、その音が聞こえてきた位置が何かに押し潰されたような感覚がして、またしても激痛が産声を上げた。
肉片と鮮血を吹き出しながら飛び散っていくのは、カーキ色のズボンの一部を纏った左足。
『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』
『あはははははははははっ! これでもう立てないわよねぇ!?』
『あっ………あぁ…………やだ………やだ…………あぁぁ…………ッ!』
どうしよう…………!?
冒険が終わったら、タクヤは私の事をお嫁さんにしてくれるって言ってたのに。
片手と片足が無かったら、タクヤに嫌われちゃうかもしれない………!
あの子の傍にいられなくなってしまう………!
右手を左足の断面へと伸ばして傷口を押さえようと思ったけれど、その吸血鬼の少女はそれを許してくれないらしく、手を伸ばそうとした私のお腹を思い切り蹴りつけた。呻き声を上げてお腹を押さえている私の胸倉を思い切り掴んだ吸血鬼の少女が、苦しんでいる私に向かって囁く。
『本当に無様ね、鮮血の魔女。…………そういえば、貴女には弟がいるんでしょう?』
『…………!』
『安心しなさい。ちゃんと彼も殺すから』
『や、やめ………て…………! あ、あの………子…………だけは…………!』
タクヤだけは、殺さないで。
そう思いながら彼女を睨みつけたけれど、キメラを憎んでいる吸血鬼の少女がタクヤを殺さないわけがない。ニヤニヤと笑っている彼女は私の胸倉から手を離して砂の上に叩きつけると、もう一度お腹を蹴りつけてから、スナイパーライフルのボルトハンドルを轢いて薬莢を排出した。
ごめんなさい、タクヤ。
タクヤのお嫁さんになりたかったなぁ…………。
私に向けられたスナイパーライフルの銃口を見つめながら、最愛の弟の事を思い出した次の瞬間、その吸血鬼の少女の顔のすぐ近くを、1発の弾丸が掠めた。
片腕と片足を失い、凄まじい脚力で蹴りつけられて肋骨が折れているというのに、今しがた彼女のすぐ近くを掠めた弾丸が何から放たれた代物なのかはすぐに分かった。
テンプル騎士団の狙撃兵たちが愛用している、ロシア製ボルトアクション式スナイパーライフルのSV-98から放たれた、.338ラプア・マグナム弾。中には旧式のモシン・ナガンの弾薬を.338ラプア・マグナム弾に変更して使い続けている兵士もいるけれど、多分この弾丸を放ったのはSV-98だと思う。
凄まじい出血と激痛のせいで身体が動かなくなりつつあるというのに、何で視力だけは変わらないのかな…………。
『くそ、外した!』
『何やってんだ! くそ、教官が…………!!』
『同志ラウラを守れ! 撃ちまくるんだ!!』
他の狙撃兵たちが、私を助けに来てくれたみたい。
助かったけれど、片腕と片足がなくなっちゃった…………。タクヤが見たら、ショックを受けちゃうかな…………?
『アリーシャ様、後退してください!』
『…………了解(ヤヴォール)。鮮血の魔女は仕留めたわ』
『魔女を…………!? さすがです、アリーシャ様。ブラド様も喜ぶでしょう』
スナイパーライフルを肩に担ぎ、砂の上に倒れている私を見下ろしてから去っていく吸血鬼の少女を睨みつけているうちに、狙撃兵たちの足音が聞こえてきた。
ごめんね、タクヤ。
腕と足がなくなっちゃった…………。
「…………」
ベッドの上で目を覚ました私は、息を吐きながら身体を起こした。
腕と足を失った時の夢を見てたみたい。
近くに置いてあるタオルを右手で掴み、額の汗を拭い去る。ブレスト要塞の生存者たちが運び込まれた医務室の中は静かになっていて、周囲のカーテンの中からは負傷兵たちの寝息が聞こえてくる。治療魔術師(ヒーラー)たちがちゃんと治療してくれたみたいで、もう呻き声は聞こえてこない。
安心しながら再び横になると、枕元に黒と蒼のリボンが置かれていることに気付いた。
「あれ…………?」
これ、タクヤのリボン…………?
近くにある小さなテーブルの上のランタンに灯りを付けてよく見てみる。真っ黒なリボンの真ん中に蒼いラインが入っているのが特徴的なリボンで、石鹸と花の香りを混ぜたような甘い香りがする。
やっぱり、タクヤのリボンだ。
21年前のネイリンゲンに行った時に、18歳の誕生日に買ってあげたリボンだと思う。彼の髪の色に合わせるために蒼いラインの入ったリボンをプレゼントしてからは、あの子はずっとそのリボンを髪に結んでポニーテールにしていた。
どうしてこれが置いてあるのかな?
「タクヤ…………」
枕元に置かれていたそのリボンを握り締めながら、最愛の弟の事を考え始める。
あの子は、まだ戦っているんだろうか。
もし私が腕と足を失っていなければ、あの子と一緒に戦うことができたのに。
「…………」
力になれなくて、ごめんなさい。
彼のリボンにキスをしてから、私はもう一度眠ることにした。
武器庫の中にあった長大なライフルを拾い上げ、それに装填する弾丸が入ったマガジンを次々に腰のホルダーの中へと放り込んでいく。スコープやバイポットを素早く点検してからそれを背中に背負い、別の武器を選び始める。
今しがた背中に背負ったのは、フランス製ボルトアクション式アンチマテリアルライフルの『ヘカートⅡ』だ。セミオートマチック式の銃と比べると連射速度が劣ってしまうものの、高い命中精度と圧倒的な破壊力を兼ね備えた優秀なライフルである。
使用する弾薬は、アメリカの『バレットM82A3』などに使用されている12.7×99mmNATO弾。極めて高い破壊力を持つ、獰猛な弾丸だ。
狙撃にはこのヘカートⅡを使おう。優秀なアンチマテリアルライフルだけど、さすがにこれとサイドアームのハンドガンだけで出撃するわけにはいかないので、メインアームをもう1つ用意しなければならない。幸いキメラの筋力は強靭だし、俺は転生者のステータスによって身体能力が更に強化されているのだから、重装備でも素早く動くのは朝飯前だ。
というわけで、2つ目のメインアームも選ぶことにした。武器庫の中にはずらりと東側の武器が並んでいるけれど、中には西側の武器も含まれている。
壁に掛けられているアサルトライフルの中からある代物を拾い上げた俺は、メニュー画面を開いてそれを少しばかりカスタムすることにした。
今しがたメインアームに選んだのは、ヘカートⅡと同じくフランス製の『FA-MAS』だ。でっかいキャリングハンドルが特徴的なブルパップ式のアサルトライフルで、M16やM4と同じく口径の小さい5.56mm弾を使用する。連射速度の速さと命中精度の高さが特徴的な銃である。
ちなみに、転生してから初めて転生者を始末した時は、このFA-MASの改良型である『FA-MASfelin』と呼ばれるモデルにお世話になっている。
ブレスト要塞の生存者たちが敵から鹵獲した武器を調べてもらったんだが、この春季攻勢に参加している敵の歩兵の大半がXM8を装備しているようだった。しかも使用弾薬は、屈強なオークやハーフエルフの兵士を確実に倒すためなのか、口径の大きな6.8mm弾を使用しているという。
これから単独でラウラの手足を奪った敵兵に復讐しに行くのだから、場合によっては敵兵から弾薬を奪うことになるだろう。そのため、敵の弾薬を使えるようにここで少しばかり改造していくつもりだ。
まず、使用する弾薬を6.8mm弾に変更。マガジンもXM8と同じものに変更し、敵兵から奪ったマガジンを使用できるようにしておく。とはいえ敵兵の弾丸は銀の弾丸ではないため、吸血鬼に撃ち込んでも殺すことはできない。
けれども吸血鬼たちにも痛覚がある。苦痛を与える際に役に立ってくれる筈だ。
キャリングハンドルの上にはオープンタイプのドットサイトを装着し、キャリングハンドルの脇にはレーザーサイトも装備。銃身の下には、ロシア製グレネードランチャーの『GP-25』を装備しておく。
サイドアームはサプレッサーとライト付きのPL-14だ。近距離用の得物は、以前に使っていた『テルミット・ナイフ』を2本ほど装備することにした。
服装はいつもの転生者ハンターのコートである。
カスタマイズしたFA-MASを腰の後ろに下げ、武器庫を後にする。ここで装備を身につけた兵士たちがすぐに出撃できるように、武器庫は地下にある格納庫のすぐ近くに設置されているのだ。そのためバイクで出撃する偵察部隊や装甲車に乗り込む歩兵部隊は、装備を整えてから迅速に出撃することができるというわけである。
格納庫へと続くドアを開け、ずらりと並んでいるバイクの列へと向かう。ウクライナ製バイクの『KMZドニエプル』の上に腰を下ろし、エンジンをかけようとしたその時だった。
「夜中にドライブに行くつもりか?」
「ケーターか」
手を止めながら後ろを振り向くと、シュタージの制服に身を包んだケーターが装甲車の近くに立っていた。俺を止めに来たのだろうか。
「ラウラの仇を取りに行くつもりなんだろ?」
「止めるつもりか?」
「そうしようと思ったんだが…………多分、俺じゃ止められない。だから少しばかりサポートしてやる」
「なに?」
サポート?
バイクに乗ったまま目を細めると、装甲車に寄り掛かっていたケーターはポケットの中から何かを取り出し、こっちに放り投げてきた。
「小型無線機…………?」
「ブレスト要塞から逃げてきた兵士が敵兵から鹵獲したらしい。それを使えば、敵の作戦が分かる筈だ」
「ありがとよ」
ヴリシア語は幼い頃に勉強したから、この敵の無線機から聞こえてくる言葉は理解できるだろう。それに、場合によっては俺がこれを使って敵に嘘の情報を流すこともできるかもしれない。
敵兵をおびき出すのには最適だな。
「…………支援してほしかったら連絡しろ。1機くらいはヘリを派遣してやる」
「いいのかよ?」
「クランに怒られると思うがな」
肩をすくめながらケーターはそう言うと、近くにあるスイッチを押し、格納庫のシャッターを開けてくれた。真っ黒に塗装されたシャッターがゆっくりと上に上がっていき、段々と暗くなっていく砂漠を駆け抜けてきた冷たい風を格納庫の中に迎え入れ始める。
「――――――行け、同志」
「ありがとう、同志」
俺はケーターに礼を言ってから、バイクのエンジンをかけた。