異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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被弾

 

 上り始めた太陽によって紺色に染められた夜空へと、アーレイ・バーク級の艦首が向けられる。まるで、完全に夜空が消えてしまうよりも先に、徐々に消えていく星空へと逃れようとしているようにも見えた。

 

 船体を真っ二つにされたアーレイ・バーク級の断面から火柱が生れ落ち、黒煙と共に暴れまわりながら、灰色の船体と共にゆっくりとウィルバー海峡の中へと消えていく。大慌てでハッチから踊り出し、海へと飛び込んでいくアーレイ・バーク級の乗組員たちの頭上では、流星群にも似た炎を吐き出しながら飛翔していく対艦ミサイルの群れが、他のアーレイ・バーク級へと襲い掛かっていった。

 

 辛うじて速射砲とCIWSでミサイルを迎撃したアーレイ・バーク級の艦橋に、1発の対艦ミサイルがめり込む。何発もミサイルを迎撃していたアーレイ・バーク級へと命中したその一撃は、船体が凄まじい衝撃で揺れるよりも先に起爆すると、艦橋の内部を猛烈な爆風で蹂躙し、艦橋の中にいた乗組員たちを瞬く間に焼き尽くしていった。

 

 船体で亀裂が産声を上げ、激震したアーレイ・バーク級の船体が、炎と黒煙を吐き出しながらゆっくりと折れていく。

 

 テンプル騎士団の駆逐艦や戦艦が放ったミサイルは、合計で456発。アーレイ・バーク級たちからのミサイルを迎撃し終えた彼らは、最初のミサイル攻撃でキャニスターに装填しているミサイルを全て発射し、それで可能な限り吸血鬼たちの戦力を削り取ろうとしたのである。

 

 この攻撃で撃沈することができたアーレイ・バーク級は、10隻のうち3隻のみ。キャニスターの中のミサイルを全て発射したにもかかわらず、敵艦隊を全て沈めることはできなかったのだ。

 

 しかし、世界最強のイージス艦を、イージスシステムを搭載していない旧式の駆逐艦や近代化改修型の戦艦たちが3隻も撃沈したのは、大きな戦果と言えた。

 

 イージス艦は、現代の海戦の主役と言っても過言ではない。高性能なレーダーやミサイルを装備しており、弾速の速いミサイルや機動性の高い航空機でもあっさりと撃墜してしまう事ができるのだ。第二次世界大戦までは、逆に爆弾や魚雷を搭載した航空機の方が戦艦大和のような超弩級戦艦をあっさりと”撃沈”することができたのだが、レーダーとミサイルの性能が劇的に向上したため、今では逆にあっさりと撃墜されてしまうことが当たり前になったのである。

 

 それゆえに、対艦ミサイルを温存しようと考えながら少しずつ撃てば、ミサイルを無駄使いすることになる。ミサイルを容易く迎撃してしまうイージス艦に対して少しずつミサイルを発射しても、そのミサイルはほぼ確実に全て迎撃されてしまうからだ。

 

 そのため、テンプル騎士団艦隊を指揮するイワン・ブルシーロフ大佐は、一番最初のミサイル攻撃で全てのミサイルを発射し、それで可能な限り吸血鬼たちの戦力を削りつつ、残った艦を砲撃で仕留めるという戦法を選んだ。ミサイルをまだ温存しているイージス艦や近代化改修型のビスマルク級からのミサイル攻撃を迎撃しつつ、最大戦速で接近し、甲板に搭載されている巨大な主砲で残った敵艦を撃滅するのである。

 

 現代戦の主役を使い果たせば遠距離からのミサイル攻撃ができなくなってしまう上に、敵のイージス艦からは猛烈な対艦ミサイルの一斉攻撃をお見舞いされる羽目になるのは火を見るよりも明らかだ。しかし、テンプル騎士団艦隊の戦艦は全て近代化改修を受けており、接近してくるミサイルを迎撃するための対空ミサイルや機関砲をこれでもかというほど搭載している。命中精度ではイージス艦に劣ってしまうものの、無数の対空ミサイルや機関砲の弾幕ならば、アーレイ・バーク級から放たれるミサイルを迎撃しながら突き進むことができるだろう。

 

 それに、その怪物たちは分厚い装甲を持つ”戦艦”である。もし仮に対艦ミサイルの迎撃に失敗して喰らう羽目になっても、耐えることができるだろう。さすがに何発も叩き込まれれば超弩級戦艦でも瞬く間に轟沈してしまうが、無数の速射砲と分厚い装甲を兼ね備えた戦艦たちならば、最強のイージス艦に接近することもできる筈だ。

 

 しかし、3隻もイージス艦を撃沈することができたとはいえ、残っているのは7隻のアーレイ・バーク級と3隻の近代化改修型のビスマルク級。未だに艦の数ではテンプル騎士団側が勝っているものの、イージスシステムを搭載している艦がいない以上、性能は大きく劣っているとしか言いようがなかった。

 

「敵艦隊よりレーダー照射! 反撃来ます!」

 

「迎撃準備! 同志諸君、何としても敵のミサイルを全て迎撃せよ!」

 

 テンプル騎士団艦隊の先頭を進む戦艦ジャック・ド・モレーの艦長を務めるイワン・ブルシーロフ大佐は、目の前のモニターに表示されているアーレイ・バーク級とビスマルク級の反応を睨みつけながら命令を下した。

 

 こちらはもう既に対艦ミサイルを使い果たしており、敵の艦隊へと対艦ミサイルを放つことは不可能となってしまった。キーロフ級は辛うじてミサイルを温存しているものの、7隻のイージス艦にダメージを与えるためには、たった数隻のキーロフ級のミサイルだけでは役不足である。

 

 ジャック・ド・モレーが率いる艦隊はすでに河を脱出しており、再びミサイル攻撃を開始した敵艦隊へと猛スピードで直進していた。このまま敵艦のミサイルを迎撃しながら肉薄し、砲撃を始めることができればテンプル騎士団艦隊が勝利できるだろう。テンプル騎士団側の戦艦の数は、ブレスト要塞を支援するために河に留まったガングート級4隻を含めれば12隻。それに対し、吸血鬼側の戦艦は近代化改修を受けたビスマルク級が3隻のみ。河を脱出した8隻の戦艦と砲撃戦を始めれば、どちらが勝利するかは明白だ。

 

 しかし、砲撃できる距離まで接近される前に、敵の対艦ミサイルで撃沈されれば意味はない。いくら戦艦の防御力が高いとはいえ、対艦ミサイルが被弾すれば大きなダメージを受ける羽目になるのだから。

 

「ハープーン17発、接近中!」

 

「グブカ、コールチク、迎撃開始!」

 

 甲板や艦橋の近くにこれでもかというほど搭載されたグブカやコールチクから、立て続けにミサイルが発射され始める。後続の戦艦たちからも同じようにミサイルが発射されたかと思うと、艦隊へと凄まじい速度で接近してくるハープーンへと押し寄せていく。

 

 現時点ではまだ艦隊に損害は出ていないものの、このミサイルの迎撃が失敗し、駆逐艦や戦艦が撃沈されてしまう恐れがある。

 

 CICの中で乗組員たちが凝視していたレーダーからミサイルの反応が一気に消えると同時に、紺色から段々と青空に変色を始めた空の中で、人工的な光がいくつも煌いた。

 

 敵艦を撃沈しようとする敵の殺意を、迎撃用のミサイルが阻んだ証の輝きだ。

 

 しかし、敵の”殺意(ミサイル)”を全て阻むことができたわけではなかった。テンプル騎士団艦隊から放たれたミサイルの餌食にならずに済んだ5発のハープーンが、犠牲になったハープーンたちが産み落とした爆炎を突き破り、艦隊へと飛翔し続けていたのである。

 

 レーダーの中にまだ5つも反応が残っていることを知った乗組員は、CICの中で凍り付いた。

 

「とっ、トラックナンバー058から063、健在! 迎撃失敗!」

 

「速射砲とコールチクの機関砲で迎撃しろ! 絶対に落とせ!」

 

撃て(アゴーニ)!!」

 

 装甲の厚い超弩級戦艦ならば、仮に直撃したとしても耐えることはできるだろう。ソ連軍が建造する筈だった24号計画艦(ジャック・ド・モレー)とソビエツキー・ソユーズ級たちならば、ハープーンを喰らったとしても辛うじて砲撃戦を挑めるに違いない。

 

 しかし、それよりも旧式のインペラトリッツァ・マリーヤ級に命中すれば、下手をすればそのまま轟沈してしまう恐れがあった。いくら装甲の厚い戦艦とはいえ、インペラトリッツァ・マリーヤ級は旧式の戦艦だったのだ。近代化改修を受けているものの、あくまでも旧式の戦艦にソヴレメンヌイ級やウダロイ級などの装備を移植し、可能な限り最新の装備を搭載しただけだ。変更されたのは”中身”であるため、装甲の厚さは全く変わっていないのだ。

 

 コールチクに搭載された機関砲と、全て撤去された副砲の代わりに搭載されたAK-130が火を噴き始める。紺色から青へと変色しつつある空へと向けて放たれていく砲弾の嵐たちがハープーンを射抜かなければ、艦隊に被害が出てしまう。

 

「トラックナンバー059、撃墜!」

 

「トラックナンバー062も迎撃! 残り2発!」

 

 あと2発で、敵が放ったハープーンは全滅だ。まだ敵はすさまじい威力の対艦ミサイルを温存しているだろうが、その2発さえ迎撃できれば艦隊に被害が出ることはない。いくら規模が上回っているとはいえ、艦隊の駆逐艦の性能はイージス艦に大きく劣っているため、1隻でも戦線を離脱すればテンプル騎士団艦隊は大きな損害を受ける羽目になるのだ。

 

 レーダーの向こうで、そのうちの片方の反応が消える。乗組員が「トラックナンバー063、撃墜!」と報告するが、もう片方のミサイルの反応はなかなか消えない。艦隊の先頭を航行するジャック・ド・モレーへと接近してくる度に、乗組員たちが凍り付いていく。

 

 だが―――――――そのミサイルが狙っていたのは、ジャック・ド・モレーではなかった。

 

「え―――――? み、ミサイルが頭上を通過…………?」

 

 アーレイ・バーク級たちから放たれた1発のハープーンは、先頭を進んでいる超弩級戦艦へと牙を剥かずに、やや低めの艦橋の上空に白煙を刻み付けながら通過していくと、立て続けに放たれる対空砲火の間を突き抜けていく。

 

 乗組員たちは安堵していたが、ジャック・ド・モレーが狙われなかったという事は、その代わりに他の艦が狙われていることを意味する。それを察した乗組員の顔が凍り付いた次の瞬間、レーダーに映っていたミサイルの反応が、後続の戦艦『ソビエツカヤ・ウクライナ』の反応と全く同じ場所で消失した。

 

「こ、後続のソビエツカヤ・ウクライナに被弾!」

 

「ソビエツカヤ・ウクライナ、応答せよ! 損害は!?」

 

『こ、こちらソビエツカヤ・ウクライナ…………。煙突の右側に強烈なのを喰らったが、戦闘に支障なし。ついて行きますよ、同志』

 

 今の一撃で早くも虎の子の超弩級戦艦を1隻失うことになるのではないかと思っていたイワン・ブルシーロフ大佐は、息を吐きながら頭をかいた。

 

 もしこの戦いに投入されたのが駆逐艦や巡洋艦ばかりであったのならば、今の一撃で味方の艦を1隻失うことになっていただろう。

 

 戦艦『ソビエツキー・ソユーズ』の後方を航行していたソビエツカヤ・ウクライナは、ハープーンを喰らう羽目になったものの、このまま艦隊と共に航行して戦闘に参加できるらしい。とはいえ、またハープーンをお見舞いされれば致命傷を負うことになるのは火を見るよりも明らかであった。

 

 ミサイルは命中精度の低い砲弾よりも”賢い”、現代戦の主役なのだから。

 

 何とかソビエツカヤ・ウクライナが耐えてくれたことに安心したブルシーロフ大佐は、目の前にあるCICの巨大なモニターに映し出されている敵艦隊が動き出したことに気付き、モニターを睨みつけた。

 

 先ほどから、敵の艦隊の中心部に3隻のビスマルク級が居座り、その周囲にいるアーレイ・バーク級が戦艦を守っているような状態であった。戦艦たちを世界最強のイージス艦たちが守っているため、先ほどの対艦ミサイルの飽和攻撃をお見舞いしたにもかかわらず、中心部のビスマルク級たちは無傷のままである。

 

 そのビスマルク級たちが――――――――唐突に、アーレイ・バーク級たちから離脱し始めたのだ。

 

「なに…………?」

 

 艦隊の中心部から直進し、単縦陣になりながらアーレイ・バーク級たちから離れた3隻のビスマルク級。いきなり置き去りにされたイージス艦たちは後方へと下がりつつ、味方艦との距離を開け始めている。アーレイ・バーク級たちが距離を開け始めた理由は不明だが、直進してくるビスマルク級たちの目的を、ヴリシアの戦いの際にジャック・ド・モレーに乗り込んでいたブルシーロフ大佐はすぐに見抜いた。

 

(砲撃戦を始めるつもりか!?)

 

 ビスマルク級たちは、たった3隻で無数の駆逐艦と巡洋艦に護衛された8隻の艦隊に挑もうとしているのである。後方のアーレイ・バーク級たちが対艦ミサイルで援護しつつ、肉薄したビスマルク級たちが砲撃で追撃するつもりなのだろう。

 

 確かに、敵戦艦と砲撃戦を繰り広げながらミサイルを迎撃するのは至難の業だ。乗組員たちが混乱する可能性がある上に、敵艦への砲撃と迎撃を指揮する艦長たちにも大きな負荷がかかってしまう。敵艦隊の司令官は、こちらの乗組員たちに負荷をかけるつもりなのだ。

 

(狡猾だな…………)

 

 しかし、相手から砲撃戦を挑んでくるのであれば、これ以上距離を詰めなくてもいい。元々テンプル騎士団艦隊は敵艦を砲撃で撃滅するために距離を詰めていたのだから、敵の方から接近してくるのであればこれ以上前進する必要はない。

 

 迅速に3隻のビスマルク級を撃沈し、その後に後方のイージス艦たちを血祭りにあげればいいのだから。

 

「敵戦艦、こちらに接近中!」

 

「よし、砲撃戦だ。まず最初にあの3隻を血祭りにあげる」

 

 先ほどの攻撃でソビエツカヤ・ウクライナがダメージを受けたとはいえ、戦闘に支障はないという。このまま8隻の戦艦で集中砲火をお見舞いすれば、瞬く間にビスマルク級たちは海の藻屑と化すだろう。

 

 砲撃戦を挑もうとしているビスマルク級はたったの3隻。搭載している主砲は強力な38cm砲だが、ジャック・ド・モレーやソビエツキー・ソユーズ級に搭載されている主砲はそれよりも強力な40cm砲である。主砲の口径が上回っている上に、その主砲を搭載した艦の数でも勝っているテンプル騎士団艦隊の方が、たった3隻で砲撃戦を挑もうとしている吸血鬼たちよりも有利と言えた。

 

 しかし、それゆえにブルシーロフ大佐は違和感を感じていた。ヴリシアで大敗を喫し、プライドを木っ端微塵にされた吸血鬼たちは、帝都サン・クヴァントで戦った時と比べると隙が非常に少ない。再生能力を持たない種族など一蹴できると高を括らずに、前回の戦いで敗北した原因をしっかりと調べ、同じ轍を踏まないように準備をしてから攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

 プライドの高い吸血鬼たちが、貴重な戦艦3隻を突っ込ませて”無駄使い”するとは思えない。

 

 何か作戦があるのだろうかと思いながらモニターを見たその時、3隻のビスマルク級の先頭を進んでいたビスマルク級2番艦『ティルピッツ』が、いきなり進路を変更し始めたのである。

 

 傍から見れば反航戦を始めようとしている状態から、いきなり左へと進路を変更し、3隻のビスマルク級が直進していくテンプル騎士団艦隊の真正面へと躍り出たのだ。

 

「こ、これは…………」

 

 単縦陣のまま、敵艦隊へと直進していくジャック・ド・モレーの目の前に躍り出たのは、戦艦『ティルピッツ』、『ルーデンドルフ』、『ファルケンハイン』の3隻だ。その3隻のビスマルク級戦艦は速度を少しばかり落とすと、前部甲板と後部甲板に居座る38cm砲の全ての砲塔を、艦隊の先頭を航行する戦艦ジャック・ド・モレーへと向けた。

 

 その戦法は、『丁字戦法』と呼ばれる戦法であった。

 

 

 

 


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